ホール岡路工房岡路庵-TRPG四方山話

結構年季の入ったゲーマーであるEL。が、これまでに体験してきた数々のセッションの中で、皆さんにお伝えする値打ちはあるかな、と思われる体験談を、こちらで紹介していきます。

 第一弾は、'01.3.30の更新日記にも記した、仲間内で意見が割れた時のことなどを紹介します。


 わしのTRPG歴の中で、最も使いまわしているキャラクター「聖騎士エルリッヒ」を、最も愛するキャラクターたるべくしたのは、幾多の試練をこのキャラクターで乗り越えてきたからこそなのですが、その試練のひとつに、友人と紛糾した問題がありました。
 エルリッヒの親友が、Aという敵に殺された、というシチュエーションがあり、怒り心頭に達したエルリッヒは正義の神に、Aに必ず復讐してやる、という誓いを立てました。しかし、Aは、実はBという亡霊に乗り移られていた善良な人物であり、諸悪の根源はBにあったのです。
 Aに復讐する、という誓いを立てたエルリッヒは、そりゃぁもう悩みました。Aをどのようにするべきか。誓いに則るなら、Aに復讐の刃を向けねばなりませんが、A自身は善良な一般人なのです。
 Aに、Bに憑依されている間の記憶があり、良心の呵責があることから、結局プレイヤーのわしと、時のマスターは、エルリッヒに神託を受けさせ、「Aは、実はBであるのだから、Bこそ討つべき本当の敵である」といった内容の啓示を受けて、これを解決したのですが...
 一緒にゲームしていた友人の一人が、「いや、Aを指名して誓いを立てたのだから、エルリッヒはAを復讐の対象にすべきだった」と、セッション終了後に主張しだしたのですね。(セッション終了後にやってくれたところが、彼の素晴らしいところ)
 Aは罪の意識にさいなやまされているのだから、Aの立場に立てば、エルリッヒという裁定役が、彼を裁いてくれるのは非常に助かることです。逆に、セッション中出した答えでは、Aは罪の意識を背負ったまま今後の人生を歩まなければならない、という責め苦を追うことになり、彼に関して言えば、問題を解決することができていないことになるのです。(まぁ、その時友人がそういう考えを持って反論したのかどうかは知りませんが)
 あの時の決断は、結局エルリッヒが、自分に一番都合の良い答えを出してしまった、ということになるのですね。
 しかし、あの時プレイヤーはエルリッヒと共に本気で悩み、苦悩の末にあの答えを出して、プレイヤー自身のレベルアップを体験することができました。
 今、同じ問いを向けられたなら、異なる答えを出すことができるでしょう。それが自分の成長の証だと思っています。
 皆さんは、このような問いを向けられた時に、どのように答えられるのでしょうか?
 上で紹介した事例は、まぁ実際の話し、典型の1つといえるくらいよくありそうなドラマです。しかし、そんな典型的なドラマでも、プレイヤーが真摯に向き合い、自分の答えを見つけることができたなら、どんな答えを出すにせよ、プレイヤーは心の成長を体験することができます。
 十分に悩み、そして、逃げることなく決断したことに向き合える、そんなセッションをこなす。これぞTRPGの醍醐味ですね。
 蛇足になりますが、だからこそわしは、お約束の流れにのってノリばっかりが先行する、上辺だけのゲームは嫌いなのです。

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