
蛮族、ブリーク族の侵入によって、壊滅、崩壊し、略奪された北ベアンツ帝国の中から現れた、
冒険者上がりのリヒターによって建国された封建国家である。帝国風の支配を断ち切ったため、
この地域に特有の代議制の政体は取ってはいない。急激な体制の変化によって、生じた混乱や旧支配層の
反乱の鎮圧を利用して、この地に全く新しい政治体制をもたらすことに成功している。しかし、建国以来の
旧支配層の不満は時に国家的陰謀の中に姿を見せることもあり、完全に収拾したとは言えない。
しかし、他の征服国家に見られるような民族対立問題といったものは、もともとこの地がベアンツ人の
ホームランドであったこともあって、ほとんど見られない。時たま見せる大きな対立といったものは、
ほとんど旧支配体制の子孫と現体制側との争いである。この争いは、民族的に固有であるため、
大なり小なりどこかで小さな論争や闘争が行われているのだが、対立の収拾方法についても
熟知しているので、大きな混乱にはならない場合が多い。
国内の主要な経済は、商業活動による税の徴収と、穏やかなバルリッカ湾での漁による海産物、
広大なヴァーベンシュタット平原での農業や、まだまだ広範囲に渡っている森林資源を利用した林業である。
領主の領内についてはかなりの自治が認められており、よほどの不正や陰謀に参画していない限り、
監察士による調査も、緩やかである。そのため王権は王都であるノイ・ティースには十分に及ぶが、
多くの都市をはじめとする地方については、あまり王権は及んでいない。しかし領民は過去の栄光を
誇りに思っており、帝国崩壊後も「自分たちの国」意識を持ち、支配者はトリール王国の王であると思っている。
また、自分たちの住む領域のことをReichとも呼んでいる。また、領民は帝国時代からの伝統である
「ベアンツ市民権保有者」としての意識が高く、そのことが原因で支配層と領民がもめることもある。
そのため、国王へ市民権の保証を訴える直訴を行うため、遠路はるばる旅をするものも少なくはない。
このように旅をする習慣が領民にあるため、旅人を相手にする商売も数多く存在する。
地理的には、アジャナス大陸の北西部に位置し、一般にはトリーラ地方と呼ばれるテルベル川中流域から
河口に達する沿岸と、テルベル川が流れ込むバルリッカ湾沿岸部、バルリッカ湾から南部へ続く広大な
ヴァーベンシュタット平原に渡っており、領域の東限には活火山であるファウントマイヤー山が常に噴煙を
上げている。都であるノイ・ティースから漁師町のスレース・ブルクにかけてはベアンツ平野が広がり、
かつては多くの都市が点在していたが、暗黒王国時代などに抵抗活動があったとの理由で破壊され、
廃墟となっている。現在では小さな集落が街道沿いにあるのみとなっている。ベアンツ平野から南部に広がる
ラスティス山脈には邪悪な人間型生物が住み着いているとの噂があり、一層人々を遠ざけており、
この周辺には都市も集落もない状態である。
バルリッカ湾は外海からはかなり入り組んだ形状をしており、そのため非常に穏やかである。この湾内には、
各都市を結ぶ定期船が運航されており、商業の発達に貢献している。また、気候的にも温暖であるため
年間を通してこの湾内の港は不凍港となっている。ここに流れ込むテルベル川も、交通路として利用されており、
最上流部にあるドワーフの都市国家バトラーからも彼らの作り出す産品が運び込まれてくる。
降雨量的には、各地ともやや乾燥気味の温暖気候に属しているが、農業が盛んな地方は領域南部の
ヴァーベンシュタット平原であり、そこに位置するファリッツァやヴァーベンシュタットなどの都市は
豊かな農作物を整備された街道を通じて領内各地へと流通させている。前述のバトラーなども彼らの産品と
引き替えに、豊かな農作物を持ち帰っていくので、各地を結ぶ街道は国王だけでなく、租税の期待できる
各地の領主によっても熱心に整備されている。街道の治安状況も非常に良好で、所々に過去に建てられた
帝国時代の石柱などがそのまま建っている。
国家の建設にあたっては、帝国風の知事、総督制を全廃し、国家建設に功のあった臣下に、領地を
分け与える封建制を開始。有能な臣下や、友人にも恵まれ、帝国時代末期には、「斜陽の都」と
呼ばれていたトリーラ地方を復興させ、特にかつては栄華を誇り、「世界を一目で知りうる街」と
謳われたベアンツ帝国の都ティースを彷彿とさせる文化都市、ノイ・ティースを整備し、
西方世界文化発祥の地として輝きを取り戻しつつある。
建国以来、王家であるファウンシュタイン家の人間は常に失われた過去の知識の収集に務めており、
いまだしっかりとした姿を捕らえ切れていないベアンツ帝国時代や暗黒王国時代についての遺跡調査や
資料調査を行っている。それに併せて、取り戻された知識を積極的に統治に活かしており、常に進取の気をもって
調査を行っている。また、自ら調査をしているだけでなく、過去の知識を手にしてきた者については
身分を問わず、報奨の対象とし、そういう調査行動を奨励している。そのことが原因ともなっているのだが、
都であるノイ・ティースに隣接した市街跡へ足を向ける若者が多くなり、そこで行方が判らなくなっている
事件もいくつか発生している。
王家の者たちはノイ・ティース市街に宮殿を構え、そこに住んでいる。そのため、市内には城は存在せず、
統治に関わる者たちの官公庁街がその宮殿の近くに広がっている。王は、巨大な都市を抱えているため、
直接的な統治は物理的に不可能であり、商業については商人組合として帝国時代から絶大なる力を持っている
テルベル同盟を利用し、そこからの税を集めることで、実質的に商人の活動の自治を認めている。
しかし、市内の領民については市が住民台帳を作成し、税の徴収や、新たな事業の許認可などの大きな権限を
握っている。このため、ノイ・ティースでは、豊富に資金のある者しか商人となることができず、一般の「市民」たちは
このことに対して不満を持っている。
そういった不満を紛らわすためでもあるが、市内には娯楽施設が数多くあり、住民登録されている者は、
無料や格安の料金でこの様な施設を利用することができる。現在利用可能な施設は大衆劇場や浴場、
市民広場などに設けられた体育施設などである。
また、地方については都市の多くが地方領主の支配を断ち切って、自治を勝ち得ている。これには、裏で
王家が対立する領主の経済力をそぎ、逆に都市商人を味方につけることで、自身の力が増すために
都市の自治に王家が力を貸したとされているが、実際のところは知られていない。これらの「独立した」都市では
商人ギルドや職人同職組合といった商工業者が街の実権を握っており、都市の統治は評議会などの
組合代表者たちの合議制で運営されている。多くの都市がやはり、商人たちが統治していることもあり、
様々な陰謀や、闘争ゲームを繰り返している。しかし、自律組織などを設けて安定した統治をしようとしている
ヴァーベンシュタットなどもあり、都市の統治状態が一概に不安定であるとは言えない。
都市以外の地域では、領主とその代官による直接統治が行われており、多くの農村がこのような状態である。
しかし、農村部にもいまだに「市民権」意識が根付いており、それが元でトラブルが発生することもある。
だが、農村部では結束したとしても領主の持つ軍事力には及ばないので、農村部では不満がくすぶっている。
また、こういった支配者側に都合の良い状態に乗じて不正を行っていないか監視する監察士という制度があり、
国王へ各地の実情を報告している。しかし、現在では形骸化が進んでおり、実際に諸侯の不正や陰謀を
防ぎ切れていないのが実状である。そのため、国王は規律の強化や新たな組織を作ることを検討している。
こういった不満を持った領民のいる場所などで、力のバランスが崩れるような事態になったら、
事態は緊迫するかもしれない。
都のノイ・ティースは、古き時代の大都市の面影は見るべくもないが、それでも市街の中心部に
人口10000人を擁する西方世界でも有数の都市であり、大ギルド「テルベル同盟」の本部や、伝統ある知識の殿堂
「帝国学士院」、西方世界随一と称されるボース商会などがあり、市の中心部は日夜活気に溢れている。
他にも娯楽施設として、大衆劇場や浴場、市民広場の巨大な噴水など往時を偲ばせる施設が、
所々に破壊を免れて、今に至るまで憩いの場所を提供している。
都の東側には「アルト・ティース」と呼ばれている帝国時代のものと思われる市街跡が広がり、一種異様な
光景を来訪者に見せているが、その市街跡には古代の秘宝が眠っているとの噂が広く信じられており、
勇気ある若者たちが時に探索へと出かけて行くが、そのまま行方不明になってしまう者も中にはいる。
そのため、市街跡の周りには頑丈な城壁が建設され、市街跡への侵入も、正体の判らないものが現市街に
侵入してくるのも防いでいる。また、城壁には所々に門が設けられているが、国王軍の兵士が常にそこに
駐屯しており、市街跡から出てこようとするものを注意深く警戒している。
王国内で最も信者が多いのは、テイスフォー教であり、都市にはもちろん、大きな集落や領主の居城近くの集落には
必ずと言っていいほど、テイスフォー教会のパンテオンか、簡易的な教会が建てられている。しかし、テイスフォー教が
説いている「謙虚たれ」は国内で最も多いベアンツ人の気性とは合わないところがあり、その点について信仰を
貫いている者はあまりいないといった方が早い。
聖界階層(ヒエラルキー)や布教の中心となる大司教座神殿は、都であるノイ・ティースやヴァーベンシュタット、
ファリッツァ、ファウントマイヤー山の麓にあるヴァーリンゲンにあり、それぞれに大司教がいる。特に、暗黒教団との
決戦の場になったヴァーベンシュタットの大司教は戦勝を記念して12月19日に執り行われる光明復活祭の
主催者となるため、他の大司教からも一目置かれる立場となる。この祭りは街をあげて行われるばかりでなく、
総ての善なる神を信仰する者たちが一堂に会する非常に珍しい祭りである。
テイスフォー教に並んで信者が多いのは、レーゲラント教である。特に法と秩序によって統治されてきた
この地域の人々にとっては受け入れやすい教義であったこともあり、支配層や都市の知識人らを中心に信者が多い。
レーゲラント教はシュレーラス近郊の岩山の上にバルリッカ湾を見下ろすように総本山があり、そこでは僧侶や信者が
厳しい修行や教義の修得を行っている。また、レーゲラント教の主物質界での指導者にあたる法主もこの総本山に
居を構えている。この総本山はより深く教義を学びたいと思う信者や僧侶になろうとする者たちの巡礼が
あとを絶たないため、レーゲラント教の総本山では非常に多くの信者や僧侶でいっぱいである。
同様に、国内にもレーゲラント教の教会は数多く建てられているが、大きな教会は、都市にはあまりなく都である
ノイ・ティースやノイ・ティース対岸の都市バンシュヴァイク、ヴァーベンシュタットにあるのみである。しかし、
地方、特に領主の力の大きなところでは、領主の手によって造られた教会があり、そこには領主から招聘された
レーゲラント教の僧侶が人々に教えを説いている。このように、領主がレーゲラント教に好意的なのは、
すでに定められている法を絶対なものとして、法に忠誠を誓うことと、暴力を好まない姿勢を信者に求めているからである。
地方におけるこうした実体は、支配の道具として扱われているが、都市にある教会においては真剣に法と
その支配する世界の理想の姿を求める者たちが日夜熱心に研究にいそしんでいる。全体的に、都市部の信者や僧侶は
法に対してリベラルな立場をしており、悪習や悪法の調査、改善に努めているため、都市での評判は高い。
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