ドラゴンランス会議(仮称) 
主宰:アスキー工藤さま
参加者
Rチャチャさま・マニアックさま・日高 尚さま・ソス教さま・WATOKUさま・コルモノさま・姉々さま
オグリさま・椿さま・おばぴぃさま・森野たくみさま・ありまさま・玉野(兄)さま・ALP
復刊ドットコムでも終始、上位のランクインを果たしてきた「ドラゴンランス」シリーズの
復刊要望ではありましたが、ついにパソコン関連書籍で名高いアスキーから
再販されることが決まりました(公式ページ)。速報は既に様々なニュースソース(文章末尾参照)で
触れられておりますが、実は多くの人々の知らないところで、刊行が公表された直後
密かに会合が開かれていたのです。首謀者(笑)は今回の刊行の総責任者である
アスキーの工藤さまで、ネットのファンを中心にドラゴンランスの販売促進をどのように
方向付けていくのか、忌憚なき意見を賜りたいということでした。
当初、私は全くそうしたことがあるとは知らなかったのですが、Silion's
Groveの日高さまより
会合の存在を知らされ、参加することとなったのです。その節はお世話になりました。>日高さま
さて、会合が開かれた16日について触れていきたいと思いますが、時間ギリギリに到着した
私を待っていたのは、DnD系の名だたる方々ばかり。そればかりではなく、ドラゴンランスに関わる
さまざまなネットの住人たちが集まるというこの会議(名称は結局ないままでした)、非常に
稀有な存在として注目に値するでしょう。
会議はアスキーの工藤さまより、これまでの刊行に至る経緯などが話されました。
というよりも、工藤さまの自分がどれだけドララン、ひいてはAD&Dをメジャーにしたいかという
意思表示の場であったと私は確信しております。それ以上に会議室に集まった一同を
静かにさせたのは、工藤さまがそれまで担当していた月刊アスキーから降りて、この企画を
実行させてくれなくては、アスキーを退職して出版に前向きな他の会社で企画を続けると
会社側に必死の説得(いや、条件提示かも)を行い、スタートさせた以上、後戻りは許されないと
自分自身に言い聞かせるように静かに語ったときでした。普通、我々のようなファンというものは
気楽な、言い方を変えれば残酷なもので、刊行されるというと諸手を上げて歓迎する割には
その功労者に対してのねぎらいよりもまず、目に付いたところや気に入らないところなどを
指摘してしまう癖があるのですが、少なくともこの場にいた有志たちには、そのような無責任な
発言をする気はなくなったと言ってもいいのではないでしょうか。
しかし、世の中というのはどう転がっていくのか、全く判らないもので、ドラゴンランスの刊行に向けて
2000年初頭より社内調整とWotC相手の交渉をしているうちに、世間ではハリー・ポッターに
代表されるファンタジーブームが到来と時期的には刊行に対して後押しとなる要素が増えていったと
淡々と工藤さまは語り続けていきました。あまり浮かれ気分で話していないところからも、
このファンタジーブームは一種の起爆剤としては利用できるかもしれないが、それだけに頼っていたら、
流行りだけで終わってしまい、刊行予定に上がっているドラゴンランス続編の出版には至らないだろうという
シビアな見方をしていたのです。そして、このファンタジーブームはゴールデンウィークで終了するだろうと
不気味に予言めいた言い方で、自身を追い込もうとしているように見受けられました。
そこまで悲観的にものごとを捉えていては、そのうちに体が持たないだろうと思った私はとっさに
「でもハリー・ポッターのDVDは5月の末に発売ですし、まだ余韻は続くんではないですか」と
励ましの意を込めて口を挟みましたが、工藤さまの見解は非常に厳しいままでした。
聞くと、やはり会社に無理を通して企画を進めている以上、失敗は即自身の責任問題になってしまう
ということのようです。未だにアスキー本社内ではドラゴンランスについて懐疑的な見方が支配的で
肩身の狭い思いをしているということから、やはり相当なプレッシャーを受けているんだと
確信すると共に、何もできない自分にもどかしさを覚えたものです。
本来、ドラゴンランスを理解するにはその背景となるゲーム(つまりはDnDです)も紹介する必要があると
工藤さまは考え、WotCに対してはドラゴンランスなどの刊行物(小説など)とDnDの翻訳・出版権を
平行して交渉していたということですが、残念ながらゲームの方は権利を取得できなかったということです。
まあ、この話になりますといろいろと噂話とか、感情論とかが出てくるのが常なのですが、ご多分に漏れず
今回もその話になったところで現在WotCのゲームを翻訳・出版しているゲーム会社についていろいろと
思うところを語る人たちが多かったです。
とにかく、ゲームを出すことはできないという結論に至った以上は、出せる方を全力投球ということで
2001年の刊行を目指して、交渉を続けていったということですが、いざというときになって
WotC側との交渉が暗礁に乗り上げ、結局刊行が2002年にずれ込んでしまったと今に至るまでの
大まかな流れを伝えられました。WotCとの交渉はなかなかうまく行かないということについても
やはり、今までの経緯からご存じの方が多く、いろいろと噂話もここで披露されました。
まあ前回出版されていたときも、権利関係でいろいろともめていただのいないだのと、かつての
話をいろいろと聞くことができましたが、ここでは伏せておきましょう。
さて、決意表明するためだけに我々を呼んだ(私は正式には招待されたのではないですけど)だけなら
非常に簡単なことですが、なにぶん先日CSKグループからの離脱をしたりと、経済的には
いまいち奮わないアスキーのこと。金銭をかけずに一大ムーブメントを起こすにはネットの力を
借りるしかないという、ニュースサイト(ASCII24)を持つ会社らしい方策で、皆が皆思うがままの
販促策を提案する場となっていったのです。さらには、DnD系の人々が多いこともあって、
ドラゴンランスを深く楽しむために、何かしらの刊行物があったら情報を提供して欲しいとも。
やはり、同じ穴のムジナと言うべきか、同好の士の協調体制と言うべきかこうしたエキスパートが
助言をする際には非常に的確で、工藤さまも多くの発言に対して真剣に耳を傾け、残りの発言には
笑いで応えてくれてました。
しかし、文庫版でシリーズ総計100万部を販売したドラゴンランスシリーズを、ハードカバーで
出版することには慎重論はなかったのかというと、やはりそれは予め工藤さまの方から
「文庫のあとのハードカバーはなかなか成功しない」
「旧作品群を購入した層に食い入ることができるかどうか」
などと、不安な点は上がってきたものの、せっかく現時点でブームとなっているファンタジー書籍の
一環として書店の然るべき場所に置いてもらうためには、ハリー・ポッターの装丁を意識せざるを得ないと
いうことでした。確かに今回の刊行に際して装丁の案を聞くことができましたが、ハリー・ポッターの
そばに置かれるということで、ライト感覚の海外ファンタジーに慣れ親しんだ潜在的顧客層に
訴えかけていくと共に「指輪物語」を読むのに挫折した人たちにもアピールしたいと、硬軟取り混ぜた
ドラゴンランスシリーズならではの展開方法だと思います。
そのためにはまず「ドラゴンランス」という名前は前面に押し出すものの、マニア向けなどの
レッテルを貼られないようにDnDの名はなるべく出さないようにする、ゲーム関連書籍としては
広めていく予定はないと現状の方針を聞くことができ、非常に安心したものです。
確かにゲームマニアに照準を合わせて、販売戦略を立てていくという売り方もありますが、
それではハードカバーの書籍が売れるはずはありません。ライトファンタジーの文庫版なら
ともかく豪華な装丁のハードカバーです。情報の発信元が自ら囲い込みをするという1990年代の
TRPG界の愚は再現されそうになかったので、これは本当に一安心しました。
結果として、ネットからのサポート体制として、発売前そしてそのあととドラゴンランスの存在を
周知させるということで、参加した方々は意見の一致を見て、その日は解散となりました。
最後にアスキーの工藤さまが「売れに売れたら、今度はお祝いを開きたい」と言っておりましたが
それも総て、売れ行き次第となります。今までランスを読んでいた層にはもちろんのこと、
今までランスは読んだことがないという新規読者をいかにして掘り出していくか、これが重要だと
痛感しました。
参考
ドラゴンランス公式ページ
[NewsRelease]
Impress Game Watch
[NewsRelease] ASCII24
[NewsRelease] TRPG.NET
ドラゴンランス雑談所(TRPG.NET)
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