「日記のようなもの」である以上、日記であってはイケナイわけだ。日記状のものであり、なおかつ日記ではけっしてないものとなると……むぅ、結構むずかしいな。
10月3日(火)
本日冷蔵庫が部屋に到着しました。これでようやく人間らしい食生活が可能になったわけです……理論上は。
……そう、冷蔵庫は食材を入れなければ意味ないんですよ。でも、多様な食材を買うだけの余裕がないので、もうしばらくバリエーションに乏しい食生活を送ることに。
おっかしいなぁ、こんなはずではなかったのだが。でもまぁ、「『こげぱん』のティッシュカバー」をはじめとして、生活必需品はそろっているからいーか。とりあえず、牛乳と鶏卵でもしまっとこう。
10月5日(木)
「もっと『一人の時間』が欲しい」と思いたち、始めさせてもらった一人暮らし。それが始まってから一週間ほど経つ。
そしてこの一週間の中でわかったことのひとつが「どうも『孤独な瞬間』を感じるナァ」ということである。それこそ今までとは比べるべくも無いほどの『一人の時間』を得たはずなのに、それが『孤独な瞬間』というものすりかわってしまったのだ。
いや、だからといって「『一人の時間』⇒『孤独な瞬間』」というわけでない。依然として『一人の時間』のままの部分があって、その時間は重宝している(だからHPの更新ができるわけだし)。
どうやら『一人の時間』がふとした拍子に『孤独な瞬間』に化けてしまう、ということのようなのだ。もちろん両者がどう違った性質(効能)を持つものであり、その変化がどのような条件が揃うと起きるかについてはまだわからないことばかりなのだけれども。
と、まぁ、適当な晩飯をでっちあげながら、そんなことを考えていたりします。
10月6日(金)
文体をどうしたもんか、悩んでいます。
さて、文体をどうしたもんか。
……この2つの文章のどちらが相応しいのか考え込んでしまうのです。なぜかというと、頁頭に「日記のようなもの」とある以上、ここの文章は日記ライクな文章にならなければならない、と考えているのに、それと同時にこの文は公開して(さほどではないにしろ)第三者が読むものだから、日記ライクな文体は相応しくないのではないか、という矛盾した考えもまた持っているからなのです。
おまけに、過去形を使うということにも、どうも違和感があるのです。おそらくは表紙で「メモ」という名称を採用してるため、無意識に現在形を使おうとしているからなんでしょうが。
はたして文体はどうすればいいのか。そして過去形の扱いはどうするのか。悩みどころです。
……と、こんなことをまぁ半年ぐらい考えていました。
はてさて、どうしたものか。
10月12日(木)
DDIのPHSは支払を自動振込にすると、毎月一定のポイント(ためると賞品交換可)をもらえるようになる。わざわざ振込みに行かなくても済む上に、おまけまでもらえるというのだ。そしてこちらの損といえば、支払を遅らせることで短期的に融通できていた資金がなくなるだけ(でも実は結構重要)。
損得を比較して得をとったのが3日前。早速センターに連絡して今日、『自動払込利用申込書』なるハガキ(記入事項を見られないようシールを貼るタイプ)が郵送されてきた。実はこのハガキ、既に一回郵送してもらっていたのだけど、引っ越しのどさくさで紛失してしまったのだ。だからこれで2度目というわけだ。
また無くすとマズイと思い、さっそく記入を済ませてシールも貼り、後は出すだけという状態までもっていき、ほかの手紙とまとめて机の引出にしまっておく。
10月14日(土)
……部屋で友人とくつろいでいた時のできごと。お茶でも煎れようかと席を立った直後、机のある方向から「これ何だろう(ペリペリ)」というセリフが不穏な効果音を伴って聞こえてきたのだ。
……そこには、無残にもシールを剥がされてしまった『自動払込利用申込書』が一枚。
「それこれから出すハガキだったんだけど…」「アレ?」「……なんでシール剥がすのさ」「だって目の前にシール剥がすハガキがあったら、剥がすでしょ」「ムゥ、たしかに。でもそれって机の引出の中にあったんではないかな?」「アレ?」「…………ヲイ」「ハハハハ」「……ハァ(ためいき)」
……というわけで、またもハガキ請求するはめになったのでした。ごめんよ DDI 。