天羅万象における兵器の中でも、特異な位置を占めるヨロイ。ある意味で
私たちの世界における戦車に匹敵する衝撃が歩兵にはあるでしょう。そのヨロイ
を操る者と、そのヨロイを狩る者。
この小説では、対照的な立場にある二人を描いてみました。
「ヨロイ」
夢を、見る。
いつも同じ夢だ。
暗く狭い場所に閉じ込められ、泣き叫ぶ夢。
苦しくて、助けを呼ぶ。
助けは、来ない。
それでも、呼ぶ。
一つの名を、繰り返し何度も。
その名は───
天馬は目を覚ました。まだ闇が深い。夜明け前の冷たい空気が、寝汗に濡れ
た肌を刺す。手ぬぐいを取ろうとして、天馬は視線に気づいた。隣で眠ってい
たはずの少女が、じっと彼を見つめていた。
「羅沙、喉が乾いた。水をくんで来い」
天馬は少女に命令した。少女は無言のまま身体を起こし、外に出ていく。扉
のゴザをくぐる時、着物の裾からのぞく細く白いふくらはぎが月の光に映えた。
「べっぴんじゃないか」
同じ宿に泊まる薬売りの男が、寝床を区切る屏風の向こうから話しかけてき
た。
「色気はないが、気品がある。どこぞの良家のお嬢さんと見た。旦那、駆け落
ちでもしてきたのかい?」
薬売りの言葉に、天馬は苦笑した。
「あいつはまだ子供だ。それに──」
おれを、憎んでいる。
言葉を呑み込み、天馬は常に側に置いている刀を掴んだ。
人の背丈ほどもある異形の刀。常人であれば、持ち上げて構えることすらか
なわぬ大刀だ。人を斬るための刀ではない。いや、そもそも人の振る刀ですら
ない。
戦場における最強の兵器、ヨロイの使う武器。
そして、ヨロイを倒せる武器だ。
天馬はその柄に彫り込んだ、三つの刻み目を撫でた。その一つはまだ新しい。
羅沙が帰ってきた。竹筒でできた水筒を手にしている。それを無言で天馬に
突き出す。
「毒でも、入れてみたか?」
水筒に口をつけながら、天馬は羅沙に問いかけた。少女は何も言わず、天馬
に背中を向けて寝床に戻った。
水は冷たく、美味かった。
日が昇り、宿を出た二人に薬売りが同行した。二人の脇を歩みながら、薬売
りは天候の話、周囲の田畑で植えられている作物の生育状態、空を飛ぶ鳥の話
と、目につくものすべてを話題にしゃべり続けた。
「ところでお嬢ちゃん。気分が優れないんだったら、いい薬があるよ」
黙々と歩み続ける羅沙を気づかってか、薬売りが声をかけた。羅沙は、黙っ
て首を左右に振る。薬売りはあきれた顔を天馬に向けた。
「旦那。このお嬢ちゃんはしゃべれないのかね?」
「そうでもない。ま、気にせんでくれ」
しゃべれないわけではない。
天馬の耳には、あの時の羅沙の声が残っていた。
『殺してやる』
そう。あの時、羅沙は確かにそう言った。
「殺してやる」
ヨロイから出てきた少女は、まるで老婆のようにしわがれた声で言った。手
に懐刀を握り、天馬に向けて突きかかる。天馬は刃をかわし、手甲をつけた腕
で、少女の横面を殴った。少女の身体が泥だらけのヨロイに倒れ込む。仰向け
になったヨロイの股関節には太い丸太が、首筋には鋭い槍が、それぞれ刺さっ
ていた。
ヨロイにすがりつき泣く少女に、天馬は左足を引きながら近づいた。運良く
ヨロイを倒せたとはいえ、彼の身体もボロボロだった。
「そのヨロイは、もう動かん。俺が、明鏡を、破壊したからな」
少女が泣くのをやめ、天馬を振り返った。白い抱衣が泥に汚れ、唇の端から
血が顎へと伝わっている。両の眼に、暗い炎が見えた。
「だから、俺を憎め」
あれから、二月が過ぎた。
天馬は旅を続け、羅沙はそれについて来た。つい先日まで大事に囲われて育
てられてきた羅沙に、旅の生活がつらくないはずはない。足の裏にマメができ、
潰れて膿を出す。足の爪が割れ、鬱血して黒く染まる。それでも歯を食いしば
り、羅沙は天馬の後を追った。
憎しみに支えられ。復讐への欲求に突き動かされ。
「やれやれ。このあたりで一息入れんかね?」
薬売りがそう言って、街道脇の松の根に腰かけた。天馬がその向かいに置か
れた地蔵の前であぐらをかく。隣で、羅沙が懐から干し飯を取り出し、口に入
れた。
天馬は大刀を地蔵にたてかけた。
「それにしてもでかい刀だねぇ、旦那。どこで手に入れたんだい?」
刀身だけで羅沙の背丈ほどもある大刀を見やり、薬売りが感心する。
「前の持ち主から奪ったのさ」
「ほほぅ。で、その持ち主は?」
興味津々といった薬売りに、天馬はそっけなく答えた。
「こいつで殺した」
毒気を抜かれた表情で、薬売りが黙り込んだ。天馬は、急にこのおしゃべり
な男が不愉快になった。
「おれは先に行く」
立ち上がり、足早に街道を進む。
後ろから、声をかけられた。
「その刀、ヨロイの小太刀ね」
振り返る。羅沙が近づいてきた。薬売りの姿は見えない。
「誰のヨロイだったの?」
「茨城天馬──そこの旦那のヨロイだよ」
街道脇の草むらの中から返ってきた答えに、羅沙が目をみはる。天馬は手裏
剣を取り出し、声の方向へ投げた。
「おっとっと……乱暴な旦那だ」
声だけが、草むらから聞こえる。
「薬売り──だな」
天馬は大刀を抜き、構えた。
「お嬢ちゃんは知らないようだから、ちょいと昔ばなしをしてやろうか。今か
ら十年ほど前、とある国にそれは強いヨロイがいた。『三本槍』ってあだ名で
な。戦場に出れば無敵の働きをするつわものだった。ところが、ある日──」
天馬は、声の方向へとにじりよった。
「不愉快だ。黙れ」
「──ある日、そのヨロイは戦場のど真ん中で止まっちまった。今まで強いヨ
ロイに頼りきってた分、そこの兵隊は弱かった。さんざんな負け戦よ」
「黙れ」
大刀を振りかぶる。
「なぁ、お嬢ちゃん。なぜヨロイが止まったと思う?」
足を踏み出す。
間合いを詰める。
「茨城天馬が、臆病風に吹かれたせいよ」
「黙れぇっ!!」
裂帛の気合と共に振り下ろした刀の根元を、草むらから飛び出した太い腕が
横に叩いた。軌跡を歪められた刀が街道を抉る。
「ヨロイ?!」
木々の間から現われた巨大な武者の姿に、羅沙が声をあげる。天馬は新たな
敵に向けて刀を構えなおそうとし──
「瑞鶴?」
手に鎌槍、背には爆射槍。懐かしい姿をそこに見、天馬の動きが止まった。
巨大な武者が鎌槍を横なぎに払う。天馬はあわてて飛びすさった。
武者の肩が割れ、無数の針が飛び出した。
「ぐっ!」
天馬の右足が朱に染まる。細い針が十本あまり、天馬の足に刺さっていた。
立ち上がろうとして果たせず、尻を落として座り込む。
「瑞鶴じゃない──シキかっ!」
それでも刀を構えようとする天馬の右肩に、小柄が刺さった。
「だめ。お前は、死ぬの」
小柄を投げた体勢のまま、羅沙はそう宣言した。羅沙の唇の端が、つい、と
上がる。そして少女はくすくすと、本当にうれしそうに笑った。
「見たかったの。お前がヨロイに殺されるところが」
「やれやれ、怖いお嬢ちゃん──いや、お姫様だ」
草むらの中から、薬売りが姿を現わした。
「そなた、父上の手の者だな?」
羅沙の問いに、薬売りが己が顔を撫でて答える。
「そうなりますかな。長見の領主が三女、羅沙姫に関して仕事を請け負いまし
て」
「案ずるな。この男が死ねば、父の元へ帰る」
薬売りは残念そうな表情をつくり、羅沙を遮った。
「いえ、長見の殿様のご命令は──羅沙姫、あなたを殺すことにございます」
羅沙の笑みが、消えた。
「やめろ! 羅沙はあの時の事を覚えちゃいない!」
「覚えていない? ヨロイを駆り、お味方の本陣を壊滅させておいて、覚えて
いないと?」
その瞬間、二ヵ月前の記憶が羅沙の中で奔流となって溢れ出した。
戦は、勝利に終わった。
羅沙は撤退する敵の殿軍にヨロイを突入させ、周囲の敵を斬りまくった。ヨ
ロイの動きはいつになく好調で、引き上げの太鼓が打ち鳴らされた時、残念に
感じたことを覚えている。
いや、その感情は本当に自分の物だったのだろうか?
本陣へと戻る道すがら、羅沙は強い違和感を感じていた。まるで、ヨロイを
動かしているのが自分ではないような。
本陣が見えてきた。ヨロイの姿を見て、兵たちが鯨波の声をあげる。そこに、
竜砲の照準が合わせられた。
殺戮が、始まった。
「やめて……もう、やめて……」
羅沙はうずくまり、激しく痛む己が頭を抱えた。そう、ヨロイの中で羅沙は
何度となく殺戮を止めようとした。知る限りのあらゆる接合の技を使い、ヨロ
イの制御を取り戻そうとした。だが、ヨロイは止まらなかった。
やがて、羅沙は明界の中に、ヨロイを操るもう一つの人格があることに気が
ついた。くすくすと笑いながら兵の首をもぎ、竜砲の生み出す業火をうっとり
とながめる人格に。
「あれは……『わたし』……」
「そう。お姫さん、あんただよ。あんたが殺したんだ」
天馬と相対していたシキが、すっ、と薄れていった。
「おや、時間か。どれ、もう一枚──」
薬売りが、式札を取り出して打つ。もやのような物が式札の周囲に集まり、
実体化する。ヨロイそっくりのシキが、出現した。
「……弩嵐」
シキの形を見て、羅沙が呟いた。シキは刀を抜き、羅沙に向けた。
「ま、せめてもの情けだ。自分のヨロイに殺されたら、本望だろう」
シキが近づいてくる。羅沙は逃げるでもなく、ただ呆然とシキを見上げる。
「ばかやろう!」
天馬が吠えた。自分の肩に刺さった小柄を引き抜き、薬売りに向けて投げる。
ヨロイ形のシキが、腕を伸ばして薬売りをかばった。小柄が弾かれ、回転しな
がら地面に落ちる。
「ムダだよ、旦那」
天馬は嘲笑う男を無視した。
「羅沙。お前の弩嵐が救ってくれた命を、ここでニセモノ相手に捨てる気か?」
羅沙の表情が、動いた。
「救った……?」
動揺している羅沙を見て、薬売りが舌打ちした。
「ちっ、うるさい旦那だ。おとなしく見てりゃあ、命ばかりは助けてやったの
に」
シキが天馬に向きなおる。天馬は座ったまま大刀を構えようとする。
肩が、痛む。さすがに切っ先がふらつく。
ふらつきが、止まった。
細い腕が、大刀を握る天馬の手に添えられていた。
天馬は羅沙を見た。いつもと同じ、無表情。
「なんとまぁ……ま、こっちは面倒がなくていいがな」
薬売りが笑う。シキが大刀の間合いの外で歩みを止めた。肩に載せた竜砲モ
ドキで天馬を、そして羅沙を狙う。
「いかなヨロイの小太刀とはいえ、この間合いでは──」
「これは小太刀じゃ、ない」
天馬は鍔の形をした、鉤金具を引いた。大刀の刀身が二つに割れ、地面に落
ちる。
その間から現われたのは、真紅の輝きを放つ、槍。
「槍?──『三本槍』!」
薬売りが目を見開く。鎌槍、爆射槍、そして。
「これが、その三本目だ!」
柄に仕込まれた珠がいっせいに爆発した。二人の手に支えられた槍が、ぐん、
と加速する。
真紅の光が、シキの腹を抉り、貫通した。そしてなおも勢いを止めずに宙を
飛び、薬売りの胸を貫き、背後の木に縫い付けた。
シキが煙と化し、消えた。
「聞きたいと、思っていた」
組立て直した大刀を杖代わりに歩く天馬のかたわらで、羅沙がまるで独り言
のように呟いた。
「なぜ、お前はわたしを殺さなかったのか」
「おれは、殺すつもりだった」
天馬の返事はそっけない。修羅と化したヨロイを狩る。業を背負って濁った
明鏡を破壊する。それは、その中に魂を落としたヨロイ乗りを殺すのと同じ。
「救ったのは、弩嵐だ」
羅沙がうなずいた。
破壊される最後の瞬間、ヨロイは主の魂を解放した。主に、この世に留まる
よう求めたのだ。
「知りたいと、思う」
修羅と化した弩嵐が、自分に何を託したのか。
何のために、自分は生かされたのか。
ふと気が付き、羅沙は天馬を見上げた。
「お前は、知っているのか?」
何を、とは天馬は聞かなかった。それは彼自身の問いでもあったから。
「探している。今でも」
自らの手で、ヨロイを破壊したあの日から。
「おっと」
街道の穴に足を取られ、天馬の身体が泳いだ。羅沙が手を伸ばし、天馬を支
えた。
「わたしも、いっしょに探していいだろうか?」
真面目な顔で、真摯な瞳を向け、羅沙が問い掛けた。
「勝手にしろ」
天馬はそっぽを向いて、答えた。
「そうする」
羅沙はそう言って、笑みを浮かべた。
春風のような、笑みを。
『終』
作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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