戦国乱世につきものといえば、やはり落ち武者、そして落ち武者狩りでしょ
う。天羅世界風の落ち武者狩りについて、書いてみました。
「落ち武者狩り」
物見の兵同士の遭遇に始まった戦は、互いの軍が次々と増援を投入するにつ
れ規模を拡大していった。陣を敷いての堂々たる会戦とは違い、互いに準備が
整わぬままに進められる遭遇戦は、きわめて損耗率が大きい。常に新たな兵力
を投入できねば、総崩れとなる。
昼過ぎ。片方の軍の旗が倒れ始めた。だが、それを支えるための後詰めはな
ぜか動かなかった。実は自軍の金剛機が暴走し、指揮系統が混乱していたのだ。
勝敗は、決した。
夕闇が迫る頃、戦場から尾根一つこえた山道を、二人の兵が歩いていた。一
人は陣笠をかぶり、もう一人は切り落とされた右腕の付け根に布を巻き付けて
止血している。その血と泥に汚れた出で立ちと、焦燥し強ばった表情を見れば
彼らが敗残の兵であることは明白だった。
(....二人だけのようだ)
(やるか?)
(ああ)
弓弦の震える音が連続して響き、二人の落ち武者の前の地面に矢が突き刺さ
った。陣笠をかぶった男が腰を抜かしてその場に座りこむ。
だが、片腕の男はすぐさま左手で腰の刀を引き抜き、木の影へと走り込んだ。
周囲に目を配り、大声で怒鳴る。
「何者だ? 名を名乗れ!」
答えはない。再び矢が飛来し、茂みに刺さる。戦で使う長弓の矢ではない。
狩猟用の短い矢だ。
「首級目当ての野伏りどもか....許さん!」
片腕の男は歯がみすると、茂みの中で背を丸め、低い唸り声をあげた。身体
に埋め込まれた珠がぼんやりと光を放ち、肉が盛り上がりはじめる。
「まずいな....」
サムライは独り言ちた。式の発動が安定しない。敵の囲みを突破して脱出す
る時の戦で体力、気力とも限界にきているせいだ。今のうちに囲みを突破しな
くては----
片腕のサムライは、茂みから飛び出した。飛来する矢を刀ではらいつつ、突
進する。
「サ、サムライだぁっ!」
サムライの姿を目にして射手が浮き足立つ。
「ひるむな、射よ!」
髭面の男が、やや後方で差配している。
サムライは駆けた。矢をはらい、木をかいくぐって髭の男に迫る。
「もらった!」
サムライの刀が髭の男を捕らえようとした、まさにその瞬間。
左右の茂みから分銅付きの鎖が伸び、サムライの身体を捕らえた。
「かかったな。それ、やっちまえ!」
髭の男の命令一下、得物を手にした男たちが鎖に縛られたサムライにおどり
かかった。錆びた鎌が肉を裂き、鋤が腸を抉る。棍棒が骨を砕き、先を尖らせ
た竹の槍が腿を地面に縫い付ける。
それでもサムライは死なない。死ねない。身体をくねらせ、這いずりながら
逃れようと、あがく。
芋虫のように三間あまりものたうちまわった挙げ句、ようやく山刀で首を切
り落とされ、サムライは死んだ。
「よ、ようやく殺ったか」
「この野郎、首を切られても伍助の指を食いちぎりやがった」
男たちは声高に叫びながら、周囲をわけもなく歩き回った。中には、やたら
と手にした得物を周囲の茂みや木々に叩き付ける者もいる。乱世であり、戦国
の世ではあるが、人を殺すという行為は常にある事ではない。
髭男は、サムライの首を拾い上げた。右のこめかみが酷く陥没し、眼球が飛
び出してぶら下がっている。
「化粧がたいへんだな。こりゃ、女衆がうるさいぞ」
ぶつくさ言って眼球を押し戻しながらも、髭男はこぼれる笑みを抑えきれな
かった。名のある武将ほどではないにしても、サムライの首級は高く売れる。
「平次、来てくれ。もう一人を捕らえた」
弓を手にした男が、髭男を呼んだ。
「なに?....ああ、陣笠の男か」
サムライとの戦いの興奮で忘れていた事に気づき、平次は背中に汗を感じた。
平次は悄然と座り込んだ陣笠の男の所へと近づいた。姿形から、農民あがり
の小者であることが分かる。
「お前、名前は? それとあのサムライの名前は?」
平次は、陣笠の男へ問うた。
「おれは瀬太。あのサムライは....知らねぇ」
「何? お前、あいつの手下じゃないのか?」
平次の問いに瀬太は首を左右に振った。
「そうじゃねぇ。おれは小荷駄だ」
小荷駄は糧食や矢玉を運ぶ役、補給部隊だ。全軍のほぼ三割を占め、戦場で
はあまり役に立たない農民兵で構成される。
「へんだな。その小荷駄がなんでこんな所をうろうろしている?」
平次はさらに問い詰めた。士気に乏しい小荷駄は、負け戦ともなると真っ先
に逃げ出す。戦場に近い山をうろついているのはいかにも不自然だった。
「........」
口ごもる瀬太の首に、平次は匕首をつきつけた。瀬太の頬が引きつる。
「わ、分かった、言う。実は昨夜、この山に荷を一つ盗んで隠していたんだ」
平次は無言で匕首を横に動かした。首筋から血が流れる。瀬太は大きく目を
見開き、さらに言葉を重ねた。
「そ、その荷は軍師様が直々に改めていた。きっと値打ち物に違いねぇ。だ、
だから----」
匕首が離れる。瀬太は大きく息をついた。
「案内しろ」
瀬太は何度も首を上下してうなづいた。
荷物の隠し場所は、沢沿いのくぬぎ林の中だった。瀬太の話によると昨夜陣
を張った場所のすぐ近くだという。事実、近くの丘には野営の跡が残っていた。
三人の若い衆を連れた平次は、瀬太と共にくぬぎ林の中に入っていった。
「その荷だが、どのくらいの大きさだ?」
「一尺あまりの木箱だ。地面に埋めてある」
瀬太は手で箱の大きさを示した。
「誰にも気づかれずによく穴が掘れたな」
平次の言葉に瀬太は得意そうに鼻の下をこすった。
「厠用の穴だよ。野営の準備をする時にあらかじめ大きい穴を掘っておいたん
だ----おっ。ここだ、ここ」
上から土をかけられて始末した穴に、瀬太が駆け寄った。平次を除く四人が
手にした板や鍬で糞尿まじりの土を掘り返す。ほどなく、穴の底に木箱が見え
てきた。
「間違いない、俺が埋めた箱だ」
箱の上蓋に押された焼き印を見て、瀬太が笑みを浮かべる。
その胸に、平次は匕首を突きたてた。刃が肋骨の間を滑り込み、肺を貫く。
血を吐いて、瀬太が倒れた。
「ご苦労だったな。お礼に後で土くらいかけてやるよ」
平次はそう言って瀬太の身体を掘り返したばかりの穴の中に蹴り倒した。
「平次さん。この箱、どうします?」
若衆の一人が、箱の泥をはたきながら聞いてきた。平次は匕首を引き抜きな
がら答えた。
「開けてみろ、中の物を確認しておきたい」
嘘だった。文字が読めるほどには学のある平次は、箱の印から中に入ってい
るのが珠であると当たりをつけていた。箱を開けるのは、村に帰る前に何個か
自分の懐にいれておくためだった。珠が一粒あれば、大きな町に行ってお大尽
遊びができる。平次は、まもなく味わうであろう白い柔らかな肌を想像し、悦
にいった。血のついた匕首を瀬太の着物で拭い、顔を上げる。
瀬太が、笑っていた。
平次を見て、笑っていた。
笑いながら、死んだ。
平次の脳裏に、疑問が渦巻いた。
こいつは何故笑う?
俺は何か間違っているのか?
何か見落としていることはないか?
瞬時にそれらの疑問が明滅し、答えのないまま、もう一つの疑問が意識の底
から浮かびあがった。
こいつは、どうしてサムライと一緒にいたんだ?
答えが浮かぶのと、平次の背後で箱が開く音がするのは同時だった。風が吹
き、梢が鳴った。
肉の潰れる音が、三度、聞こえた。
強張った首筋を動かし、平次は後ろを振り返った。
瀬太がなぜサムライを連れていたのか、その答えがそこにあった。
再び、風が吹いた。
肉の潰れる音が、林の中に響いた。
『終』
作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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