人間社会には様々なウソが満ちあふれています。
 それに対して天羅世界の鬼族の社会ではどうでしょう?
 『インディアン、ウソつかない』か、どうかは別として、心を通わせて会話する能
力がある鬼族は人間ほどウソに慣れていないのではないでしょうか。


「ウソツキ」


「ひゃあっはっはっ! 間抜けめ。まんまとおびき出されやがって」
 黄ばんだ歯をむきだしにして、大刀を持った野武士が笑った。
「お千津さんを返してもらおう」
 私の言葉に、今度は他の野武士たちも笑い声をあげる。
「馬鹿か、お前は。なんで俺たちが大事な人質を返さなきゃいけねぇんだよ」
「やれやれ。この尼さん、どっかおかしいんじゃねえのか」
 おかしいのは、こいつらの論理の方だ。私が人質になる代わりに、娘を返す。この
取り引きを申し出てきたのは連中ではなかったのか。
 私がその事を指摘すると、野武士たちは笑うのをやめ、薄気味悪そうな表情をした。
「まぁ、頭のネジが外れていても別嬪には違いない。さっさと縛って連れ帰ろうぜ」
 野武士たちは得物を手に、じりじりと私の方へ接近してきた。私は最後にもう一回
だけ確認する。
「つまり、お前たちは私にウソをついたのだな」
 私の言葉か声か表情かがカンに触ったのだろうか。刀を持った野武士が怒気もあら
わに突進をかけてきた。
「おうよ! それがどうしたッッ!!」
 平突きで胸元に伸びてくる刀を半身になって避ける。野武士はたたらを踏みながら
向き直ろうとし──喉笛を潰されて悶絶した。茂みの中に隠れていた男が、一瞬で三
間もの間合いを詰め、鋭い突きを繰り出したのだ。
「ほれ、俺の言った通りだろうが。こんな連中が約束守るわけないって」
「惧挂(グケイ)。私はついてくるなと言ったはずだが」
「おいおい。惚れた女の危機を見過ごしにできるかよ」
 すっとぼけた声と妙に間延びした口調。おそらく、その顔にはいつものにやけた笑
いがはりついているのだろう。
 こいつも野武士と同じだ。人間は皆、ウソツキだ。
「かまうこたぁねえ。二人ともやっちまえ!」
 野武士が吠えた。まったく、弱い犬ほど吠えたがる。

 屋敷の屋根を、夕陽が赤く染める。
「やれやれ、日が暮れちまったぜ」
「いや、かえって好都合だ。この方が人目につかずに潜入できる」
「おいおい。本気か? 相手はただの商人じゃないんだぜ。ご禁制の品を扱っている、
その方面じゃちょっとは名の知れた大悪党だ。しかも屋敷の中で化け物も飼っていや
がる……おいおい、聞いているのか?」
 私は塀を越えて伸びた松の枝に跳び上がった。下から惧挂の情けなさそうな声が追
いかける。
「お千津さんを、助ける。あの人には恩がある」
 そう呟いて、私は屋敷の庭に飛び下りた。
 広い屋敷は、まるで無人の廃屋のように静まりかえっていた。どこからともなく漂
うイヤな匂いのする香だけが、そこに誰かいることを示していた。
 野武士から聞き出した情報通り、お千津さんは、離れに監禁されていた。
「あなたは!」
 面長な顔に憂色を浮かべたお千津さんが、私の顔を見て驚きの声をあげた。
「助けにきました」
 私は腰の鉈を抜き、扉にかけられた錠前を叩き割った。
≪侵入者有リ。直チニ排除セヨ≫
 音にならない言葉が頭の中に響いた。錠前に仕掛けられた警報? だとしたら──
「お千津さん。早くここを出るんだ。すぐに追手が──ッ!!」
「任務了解。侵入者ヲ排除スル」
 お千津さんの体を借りたそいつは、機械的な動作で懐刀を抜き、腰だめに構えて私
に体当たりしてきた。
 とっさにかばった右腕に、激痛が走った。
「お千津さん。ゴメン!」
 左手でお千津さんの細い首に手を回し、ツボを締める。意識を失ったお千津さんの
体がずるずると床に倒れた。
 痛みをこらえて右腕に刺さった短刀を抜く。ご丁寧なことに、毒まで塗ってあるら
しい。痺れと悪寒が交互に襲ってくる。
「おやおや。困りますね。商売の邪魔をしてもらっては」
 母屋の障子が開き、手に算盤を持った中年の男が現れた。腰に大福帳と筆、墨壺を
ぶら下げている。
「商売? 町娘を誘拐して監禁しておいてか? 陰陽師ともなると商売のやり方も通
常とは異なるらしい」
 男はにたり、と笑って算盤を弾いた。
「ほう。どうやら普通のコソドロよりは知恵が回るらしい。と、いうことはあなたの
お目当ても霧名(むみょう)殿の遺産ですか」
「私の、目的は、この、娘、だけだ。遺産、などに、興味は、ない」
 まずい。この毒は回りが早い。さっさとケリをつけたいが、相手は陰陽師だ。どん
な罠を仕掛けているか分からない。
「そうはいきません。霧名殿の遺産の在り処を知っているのは、忘れ形見であるその
娘のみ。それよりどうです? 私と手を組みませんか?」
「御免、こうむる。陰陽師、なんかと、手を組む、つもりは、ない」
 限界だ。これ以上は待てない。
 私はイ・イルに祈った。体の奥深くからテェ・ライが湧き上がる。
 時の流れがゆるやかになり、風が重く我が身を包み込む。
 私は風に逆らうかのように陰陽師に向かってゆっくりと歩みを進めた。それに対す
る陰陽師の反応は毛虫が這うかのようにのろい。
 いや、陰陽師が遅くなったのではない。彼の目からすると私は疾風のごとき速さで
接近しているはずだ。
 陰陽師まで、残り5歩。
 後4歩。
 3歩。
 ──限界だ。テェ・ライが還っていく。体を蝕む毒のせいだ。
 その時、陰陽師の手にした算盤が弾けた。互いに細い糸で結ばれた珠が四方八方へ
飛び散る。まるで蜘蛛の網のように。
 慣性のついた私の体は自ら網の中へと突っ込んでしまう。衝撃が全身を駆けめぐり、
私は足をもつらせて地面に倒れた。
「……こ……これは驚いた……このような動きができるとは……まさか!」
 指一本動かせない私の前に陰陽師がしゃがみこみ、頭巾をはぎとった。
「やはりそうか! 遺産と同時に、心珠まで手に入るとは! 今年の上半期の経常利
益は五万をこえるぞ! 私は運がいい!」
 陰陽師の哄笑を、聞きなれた声が遮った。
「うんにゃ。あんた、運が悪いよ」
 鈍い音が私の頭上で響いた。顔を朱に染めて、陰陽師が仰向けに倒れる。
「大丈夫かい。今助けるからな──って、こりゃ一体どうやって外すんだ?」
 私の前にしゃがみこんだ惧挂が試しに珠を幾つか引きちぎった。
 体が、動く。声が、出せる。
「バカッ! 後ろっ!!」
 私は大声で叫び、惧挂を押し退けようとした。
「な、なんだ──ぐほっ!!」
「惧挂!!」
 惧挂の背中から腹を、カマキリの形をした式の刃が貫いていた。暖かい血が私の体
を濡らす。
「ふひゃひゃひゃ。詰めが甘かったようですね」
 大福帳に仕込んだ呪符を手に、陰陽師が立ち上がった。前歯がかけている。
「これだけの価値のある品物。他人にくれてやるわけにはいきません」
「誰が……品物だと?」
 震える足で、私は立ち上がった。テェ・ライが再び体に宿る。
「私は、物では、ない!!」
 私は疾風となった。陰陽師の顔は、首が胴体から離れた時にもまだ笑い続けていた。
 微かな物音が、背後からした。お千津さんが目を覚ましたのだ。
「お千津さん。無事……」
 お千津さんの瞳に、角が生え、血に濡れた私の姿が映っていた。
 私の耳に、お千津さんの怯えた、震える声が届いた。
「ばけもの」
 お千津さんは、私を見て、そう言った。

 理由はどうあれ。
 町でも名だたる富豪の屋敷に忍び込んで主を殺したのである。すぐに逃げ出す必要
があった。二度のテェ・ライの行使と、毒の効果で歩くこともままならない私は、惧
挂に背負われて町を出た。
 みじめな気分だった。
 人を殺し、自らも傷ついて、何を得たというのか。
「なあ……」
 町を出て一里ほど歩んだところで、惧挂が話しかけてきた。自己憐憫の甘い渦の中
にいた私は、いつになく沈んだ声の調子に、ふと我に返った。
 考えてみれば、惧挂は私の行動に巻き込まれて町を逃げ出しただけなのだ。深手を
負ったのも──まぁ、彼の場合は『トモダチ』が直してくれるのだが──私を助けよ
うとしてのことだった。
「お前さん、いつも人の事をウソツキ呼ばわりするが──」
 話の筋が見えず、私はただ頷いた。その通りだからだ。
「ありゃ、本当だ。人間はいつも、いつもウソをつく。だから──」
「?」
「だから、お千津さんが言った、アレもな。ウソだぜ、きっと」
「!!」
 胸が詰まった。言葉が出ず、代わりに涙があふれた。言葉にすると、何を言っても
ウソになりそうな気がして。
「あーっと。だけどな。本当の事もある。俺がな、お前さんに惚れているってのは、
これは本当。まじりっけなし、本気で本当」
 あわてた口調で混ぜっかえす惧挂の首に、私は腕を回した。真っ赤になった耳元に
そっと囁く。
「ウソツキ」

                 『終』

 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)

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