人とそっくりでありながら、人とは違う「作られた存在」=傀儡(くぐつ)。 この言葉には、「あやつり人形」という蔑称がこめられています。 ならば、私たち「人」はどれだけ自由な存在だというのででしょう? 社会から。係累から。そして、自分自身の欲望から。
+++ 注意!! +++ ちょっとばかりエッチなシーンもありますので、18才未満の方はご両親に 見つからないようにしてお読み下さい。
波城、高緒両国の境にある山間の街道。 初夏の美林をぬう街道を、一人の童が何度もまろびつつ駆けて行く。 その背後から── 「逃がしはせんぞ、悪魔め!」 六尺棒を軽々と振り回しつつ逃げまどう少年を追い詰めているのは、僧形の 大男である。 「はあぁぁあっ!!」 気合と共に突き出された棒の先端に足をかけられ、少年が転んだ。泥だらけ の顔を恐怖に引きつらせ、背後に迫る大男を見る。 大男はにたりと笑みを浮かべ、六尺棒をふりかぶった。少年は観念したかの ように目を閉じ、顔を伏せる。 六尺棒が振り下ろされんとした、まさにその時である。 「そこまでにしときな、おっさん」 いつの間に現れたのか、一人の若武者が僧形の大男の背後に現れ、六尺棒を 握って止めていた。 「邪魔だてせんでもらおう。こやつは人ではない。『でぃもん』だ」 「『でぃもん』? 聞きなれねぇ言葉だな。ま、何にしても怯えているガキを 相手に大人げない真似をしなさんな」 若武者のからかうような口ぶりに、大男は顔面を朱に染めた。瞳が尋常でな い輝きをもって己の邪魔をする青年をねめつける。 「あくまで留め立てするというのであれば、容赦はせん! 『でうす』よ!! 我に力を与えたまえぇ!!」 大男の口から、怪鳥のような叫び声があがると共に、六尺棒がそれを持つ青 年ごと持ち上げられ、振り回された。 「ちっ、馬鹿力め! 何かに憑かれたか!」 一回転して身軽に着地した青年が、腰の刀を抜いた。通常の太刀よりも細く、 反りが大きい。その頭上へ、大男の渾身の力を込めた重い一撃が叩きこまれる。 雷光一閃。鈍い音と共に大地に倒れたのは僧形の大男であった。 「南双流奥義、狐尖刃。……悪く思うなよ、おっさん」 青年は刀を収めると、倒れた大男に一礼した。そして、まだ座り込んだまま の少年の方を向く。少年は何かにすがりつくような目つきで青年を見ていた。 「やれやれ……」 少年は己の名前を細波(さざなみ)と言った。だが、いくら青年が問うても 己の出自その他について語ろうとはしなかった。 日が傾きはじめた頃、二人は山合いの寒村に着いた。少し前からさかんに日 が落ちるのを気にする風情の少年を村外れのあばら家に残し、青年は夕餉の肴 を求めて村の家々を回った。 塩と引き換えに一掴みの粟といくばくかの山菜を手にした青年があばらに戻 った時、そこに少年の姿はなかった。すでに日は山の向こうに落ち、闇があた りを包み込んでいる。 「どこに行ったのやら。ま、腹が減ったら戻ってくるだろう」 青年は肩をすくめると、火をおこして粥を作りはじめた。 「お兄ちゃん……」 戸口から、少年の声が聞こえた。しかし、その声は本当に先程と同じ少年の 声であったろうか? 青年は背筋をぞくりと震わせて、声の方へ顔を向けた。 少し小首を傾げるようにして、細波が戸口に立っていた。 川で水浴びでもしたのであろうか。肩まで届く黒髪はしっとりと濡れ、幾条 かのほつれ毛が頬にかかっている。泥に汚れていた顔も清められ、長い睫毛に 縁取られた切れ長の瞳に、ゆらゆらと竈の炎の影が映る。 青年の視線は、細波の胸元に吸い寄せられた。襟元から覗くそこには、確か に先刻までなかったはずの、小さな膨らみがあった。 可憐な紅色の唇が開いた。 「お兄ちゃん……ボク、寒い……」 己の身体を抱きしめるようにして、細波が小さく身を震わせた。青年は思わ ず細波の身体を抱きしめようと腕を伸ばした。細波が吸い込まれるように、そ の腕の中に己の身体を投げかける。 「くっ!!」 ありったけの克己心を振り絞り、青年は細波を突き飛ばした。 「貴様、やはり魑魅魍魎の類であったか!」 刀を抜き、真っ向から切りかかる──が、刃は細波の頭上でぴたりと止まり、 それ以上は一寸たりとも進もうとしない。細波が何か術をかけているわけでは ない。青年の心にある躊躇いが、刀を押し止めているのだ。 刀を突きつけられているにも関わらず、細波の表情には怯えの色一つなかっ た。それどころか── 細波は、顔を上向かせると、青年の刀にそっと唇を寄せた。そしてそのまま くなくなと、刀身に沿って舌を這わせていく。 青年はもはや指一本動かせない。細波の舌が動く度に、腰部から頭頂へと痺 れるような快感が走る。 細波の唇が、刀の切っ先に達した。中腰になった細波は潤んだ瞳を青年に向 け、そっと細い両の腕を差し出した。 「お願い、お兄ちゃん……ボクを……暖めて……」 青年の手から、刀が落ちた。 太陽が、ゆっくりと山の間から登っていく。 あばら屋の戸口から、少年が顔をのぞかせた。まぶしそうに太陽を見上げる。 「今日もいい天気になりそうだね。さ、お兄ちゃん。出発しようよ」 明るく話しかける少年の声に。 あばら屋の中の青年は、ぎこちなく首を上下させた。 かすかに、木の軋む音がした。 『終』
作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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