舞台設定2:荒寥の月


 『新星界スターロード』は、広大無辺な宇宙を舞台としたRPGです。
 そして広大無辺であるからには、宇宙港だのスペースコロニーだの、小惑星
だのといった、他のRPGにはない舞台装置があります。
 本コラムではそうしたSF−RPGならではの舞台装置とゲームでの使い方
について解説します。なお、ここでの設定は銅大個人の案によるものであり、
FEARオフィシャルではありません。また、皆さんがプレイされる場合には
そのセッションを管理しているマスターの設定が最優先されます。

 本コラムの進行は、「元偵察局員」ダン・ブルワーと「大富豪の娘」ローラ・
チェスの二人が行います。


第2話)荒寥の月 (アクラ・ベータP2S1)



ローラ「この星って、なんかイヤ。(宇宙船の)外に出たくない」
ダン 「ん? 宇宙服着ないといけないからか? 大丈夫。短時間のミッショ
   ンだからな。尿道カテーテルは必要ないぞ。オムツで充分だ」
ローラ「そんなんじゃないのっ! なんていうか、このきっつい明暗の度合い
   とか。ぐにゃりと歪んでいるヘンな地平線とか。まるで....まるで騙し
   絵の中にいるみたい」
ダン 「明暗がきついのは大気がないから。地平線がヘンなのは惑星の直径が
   小さいから。何しろ2000kmないしな」
ローラ「うーん。だからそうじゃなくって....」


 宇宙には「ちっちゃいモノほどたくさんある」という法則があります。
 大きい恒星は(寿命が短いせいもあって)数が少なく、小さい恒星は(寿命
も何百億年)たくさんあります。
 太陽系を見回しても、地球より大きい星は木星・土星・天王星・海王星とい
ったガス惑星のみ。固体の惑星としては地球が太陽系最大となります。そして
それ以外の惑星・衛星はすべて地球より小さいものばかりです。
 今回のコラムでは、小さな名もなき衛星「アクラ・ベータP2S1」を舞台
装置として使用します。アクラ・ベータが恒星の名前で、P2S1というのは
第2惑星の第1衛星という意味の符号です。

ローラ「暗いね」
ダン 「夜だからな」
ローラ「なんとなく寒い気がするんだけど」
ダン 「安心しろ。テレメーターによると基準値だ」
ローラ「本当?」
ダン 「真空だし、布地は絶縁体だ。放射以外で熱を奪われる心配はない」


 質量が小さい星は、自分の周囲に大気の衣を維持することができません。そ
れだけの質量を持たないせいです。地球の衛星である月は、地球の17%ほど
の重力しかなく、大気と呼べるようなものをまとってはいません。火星は地球
の38%ほどの重力を有していますが、大気圧は地球の1%未満です。
 火星サイズよりも小さな星が厚い大気をまとっているとしたら、それは活発
な火山活動などの自然現象か、または知性体によるテラフォーミングの可能性
を示しています。

ダン 「このあたり、だな」
ローラ「ねぇ。本当にココから電波の発信があったの? 軌道からの走査(ス
   キャニング)でも、変わったモノは何もなかったんでしょ?」
ダン 「だから降りてきたんじゃないか」
ローラ「それにしても、寂しいところね。まるで凍り付いているみたい」
ダン 「凍月か。たしかにそうだな」


 月は静かなる石の砂漠です。
 大気を失い、内部の熱を奪われて冷えきった月の上では、時もまた、凍りつ
いたかのようにその動きを止めます。
 そのように、見えます。
 しかし。

ローラ「ねぇ、もう帰ろうよ。何もないよ」
ダン 「この方角だけ、反射波がヘンだな。ローラ、3時の方角、250m先
   にプローブを打ち込んでくれ」
ローラ「もうっ。分かったわよ」
ダン 「おれは、12時方向に打ち込んで来る」
ローラ「はいはい。んーと、こっちよね。(宇宙服のヘルメット投影のディス
   プレイを見て)え、違うの。わかってるわよ。右手でしょ。だいたいア
   ストロノーツって、何でアナログの針がついた時計を使うのよ。古臭い
   ったら」
ダン 《聞こえてるぞ。そもそも、航法では----》
ローラ「やだ、もう。(通信機オフ)あーあ。だいたい、もしこれでナニかの
   間違いだったりしたらどうするのよ。本当にナニもないことって、どう
   やって証明するのかしら。そろそろ3時間たつし、戻って6時間休憩し
   て、それからまた3時間探し回るのかしら。効率悪いわよね。ええっと、
   どこまで移動したんだっけ。234m。後ちょっとね。あら、壁がある。
   隕石孔のようね。登れなくもないけど、せっかくだから、ジャンプしま
   しょ」

 腰のノズルからガスを噴射して、ローラの身体が宙に浮かぶ。ガスはすぐに
止まるが、ローラのからだはゆるゆると速度を落としながら10m近い高度に
まで達する。

ローラ「うわぁ。怖いけど気持ちいい〜。あら、この隕石孔。中がツルツル」

 力学の法則に従ってきれいな放物線を描きながら小柄な宇宙服は衛星の地表
へと落下していく。高さ10mからの降下といっても、標準重力でいえば高さ
50cmの段差を飛び降りたようなものだ。しかし、その高度に幻惑されたロー
ラは、つい腰のノズルを噴射させてしまう。
 ガスの先端が、地表に触れた瞬間。
 周囲の視界の全てが、灰色の霧で塗りつぶされた。

ローラ「!──ダン!!」

 無線は、届かなかった。周囲を取り巻く微細な塵のカーテンに遮られたので
ある。高速度撮影で見ているかのような塵の噴水は、見事なカーブを描いて地
表へと戻っていく。大気の流れに拡散されることなく、お行儀良く。
 そしてすべての塵が再び地上へと舞いおりる。隕石孔は再び元の鏡面を取り
戻す。
 ローラの姿はどこにもない。


 月には空気がありません。風が吹くことも音を伝えることもありません。
 月には水がありません。流れる川や波が大地を浸食することもありません。
 月には火山がありません。大地を揺り動かす造山活動もありません。
 しかし、地球で潮の満ち引きを起こす潮汐力は、より弱い形ではありますが、
月を歪めようと力を加え、月震を発生させていると言われています。
 そして、太陽があります。熱を溜める空気も水もない月は、昼は灼熱の、夜
は極寒の地となります。この極端な寒暖の差にさらされつづけているうちに、
月の岩は砕け、細かい小石に、そして砂に、最後には埃のようになります。
 そして、もしもその埃が微細な、地球のように風のある惑星であればたちま
ち吹き散らされるような微細なものになったとしても、月ではそれは“そこ”
に居続けるのです。

ローラ「死んじゃった....わけないよね。トイレに行きたいもの。なーんも見
   えないし、指一つ動かせないし、どっちが上でどっちが下かも分からな
   いけど、トイレに行きたいってことは、死んでないよね。まぁそりゃ、
   オムツあててるからしちゃってイイっていえばイイんだけど。レディと
   してはイヤだよね。やっぱり」

 ローラはじっと待ちつづけた。通信機から聞こえてくるのはシャーという雑
音のみ。

ローラ「ライフパックの酸素が6時間。残り半分。後、2時間の予備ボンベが
   あるけどこっちは動けないと交換もできない」

 宇宙服のヘルメットディスプレイには酸素残量を示すマークが輝いている。
 そして、これはたとえナニがあっても着用者は消去できないようになってい
る。ここが人の子に優しくない環境であることを、一瞬たりとも忘れさせない
ように。

ローラ「そりゃ、動けるときにはイイけれどもね。こーして動けないで救助を
   待つだけの身になってみると、これって悪趣味なしかけだと思うな。そ
   ういや、マニュアルにあったよね。こーゆー時にはゆっくりと呼吸して
   酸素の消費を抑えろって。スー、ハー、スー、ハー........ああっ! 
   やっぱ、ダメ。酸素がなくなる前におかしくなっちゃう。それにしても
   チェス家当主の一人娘が遭難してるってのに、これじゃニュースにもな
   らないわね。つまんない。ここが....だったら、大・大・大規模な捜索
   隊や救助隊が編成されて、それをマスコミが報道して、みんながあたし
   のコトを心配....して....」

 ローラの頬を涙の滴がゆっくり、ゆっくりと転がり落ちていった。
 ローラには分かっていた。本当は、誰も“彼女を”心配してはくれないこと
を。惑星の住人の半分はチェス家を憎んでおり、残り半分は恐れていた。そし
てロクな超能力ももたない、みそっかすの少女に向ける一族の冷たい視線を、
ローラは忘れたことはなかった。
 誰にも、必要とされていない。
 誰も、愛してくれない。

ローラ「冗談じゃない! あたしは負けない! 自分の居場所は自分で作るん
   だ! あんな星の連中なんか──」

 ああ、それでも。
 あそこは故郷なのだ。石もて追われるように故郷を去り──

ローラ「え? なに、この感じ? やだ、酸素まだあるのに──」

 石もて追われるように故郷を去り。星から星へと流浪の旅を続け。
 幾年を数えたろう。とうに故郷の太陽の輝きは銀河の深淵に消え、天空を飾
る星の配列は、見慣れぬものばかり。
 そして旅はついに終わりぬ。赤い矮星の、小さな荒寥たる月の上で。
 我が旅は──

ローラ「やだっ! 終らない! あたしはまだ何も見つけてないんだから!!」

 隕石孔の鏡面が割れ、埃が天へと舞い上がった。

ローラ「......?」
ダン 「気がついたか」

 宇宙船の中。医務室のベッドの上。
 ローラは大きなため息をつき、傍らに立つ青年を見上げた。

ローラ「あの中に、誰かいたの?」
ダン 「気付いていたのか?」
ローラ「ちょっとね。“触れた”ような気がする」
ダン 「宇宙船があった。何百万年も、もしかしたら何億年も前のものかもし
   れない。朽ち果てて、すぐに埃になったよ」
ローラ「そう。正体不明の電波はね。その船から出ていたものだと思う」
ダン 「電波でか? どこへ向けて?」
ローラ「故郷の星よ」
ダン 「救難信号か? それにしても、光の速度じゃ、どれだけの年月が必要
   か、分かったもんじゃない」
ローラ「ううん。たぶん、発信していたのはお別れの言葉だと思う。でも──」

 故郷に、その言葉を聞く人は。聞かせたいと思う人は。

ローラ「誰も、いなかったんだ」

 あたしと、同じで。

ダン 「おれがいるぞ」
ローラ「え? ......! ああぁああ! そうじゃなくてっ! もうっ!」
ダン 「??」
ローラ「ふぅっ。そんなこと言うと、信じちゃうぞ?」
ダン 「何を?」
ローラ「撤回しようとしたって、もう遅いから! いてよ!」

 そう言ってローラはベッドから手を伸ばし、ダンの腕を握った。
 暖かいものが伝わる。体温ではなく、心が。超能力がなくても伝わる、生き
物がみな持っている、基本的な欲求。基本的な──

ローラ「!──どいて」
ダン 「だめだ。しばらく休むんだ」
ローラ「いいから! 早く!」

 微小重力の中である。ストラップを外したローラは宙を泳いで医務室を出よ
うとした。トイレは、廊下を右手の方だ。
 ダンの腕が、ローラの腰をつかんだ。その衝撃が、最後のとどめとなった。

ローラ「きゃっ!──!!」

 ローラの背筋から爪先までを、震えが走った。

ダン 「寒いのか──うゎっ!」
ローラ「──バカッ! もう知らない! だいっきらい! あっち行って!
   近づかないでっ! このヘンタイッ!!」

 それからしばらくして。
 二人が乗った宇宙船が、プラズマの尾をひいて天空へと駆け上っていった。
 その振動がすべて消えると、荒寥たる月面は何億年前と変わらぬ、何億年
後も変わらぬ、凍りついた景観を取り戻した。
 ただ一つ。
 隕石孔の塵の池に浮かぶ、一輪の花をのぞいて。

(第2話:終わり)


参考文献−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

※「渇きの海」アーサー・C・クラーク/ハヤカワ文庫SF
 微細な塵の海で遭難した観光船セレーネ号。美しく、そして厄介な塵の海に
沈んだ船を救助するために、さまざまな智恵が絞られます。名作の名に相応し
いSF小説です。今回のコラムは、この作品への私なりのオマージュです。
 よろしければ、ぜひ図書館か本屋(古本屋?)で捜して読んでみてください。

※「凍月」グレッグ・ベア/ハヤカワ文庫SF
 名作「火星転移」のプレ・ストーリー。月そのものよりも、月コロニーの発
展に伴うさまざまな政治的な動きと月文化の変遷が扱われています。


 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)

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