宇宙の住宅:コロニー編


《はじめに》

  皆さんは、スペオペヒーローズをプレイしていて、こんな疑問を感じたことはあ
りませんか?

「このヒーローは、普段はどんな恰好をしているのかな?」

「どんなところに住んでいるんだろう?」

  宇宙船同士のチェイスをしたり、凶悪な異星生物と戦っている場面は想像できて
も、服装や住宅など、普段の生活は意外と思い浮かばないものです。
  そこで、本コラムではヒーローたちの素顔に焦点をあて、彼らの日常生活につい
てシャレを交えながら想像してみようと思います。

  今回のテーマは、SFでお馴染みの巨大建造物、宇宙コロニー(オニール型)の
生活です。
  真面目7分にホラ3分。大ウソついても小ウソはつくな、の言葉をモットーにや
っていきますので、よろしくお付き合いください。


1.コロニーの中の交通機関
空中に優雅な楕円の弧を描きつつ、彼は周囲を見渡した。 彼にとっての『全世界』が眺望できた。 曲がっている大地は両側が持ち上がるようにその腕を広げ、彼をぐるりと取り囲 んで天頂で結ばれている。真っ直ぐに伸びている側の大地は、ここからだと朧にか すんで見える巨大な円盤状の世界の果てで途切れている。 この世界のどこであれ、彼の翼で行けぬ場所はない。 ただ一か所、『世界の中心』をのぞいては。
エド「僕たちは今、『ランジャニ』スペース・コロニーに来ています。直径2km、 長さ10kmの大きさのオニール型コロニーです」 ユン「今はちょうど朝方の勤務交代時間、ようするに通勤ラッシュなんだけど…… 何よこの自転車の群れは」 エド「自転車型のタクシーもありますね。前の方に籠状の座席がついてる」 ユン「なんだか、20世紀後半のご先祖様の土地(ユンはベトナム系の月植民都市 出身)にいるみたい。バイクか車はないの?」 エド「このサイズのコロニーだと危険ですから、自動車両は禁止ですよ、たしか」 高速でカーブを曲がると、曲がる方向の反対側に身体が押されます。これが遠心 力です。速ければ速いほど、またカーブが急であればあるほど、身体を押す力は強 くなります。 スペース・コロニーにおける重力とは、この遠心力を利用した『ウソっこ』の重 力です。巨大な円筒/リングをグルグルと回し続けることで、中の物をカーブの反 対側……つまり円筒/リングの外側に押しつけているのです。 今回ご紹介している直径2]のコロニーですと、標準(つまり地球と同じくらい) 重力を得るために、時速356kmで回っていることになります。 ここで問題になるのが、カーブが同じであれば、速度が大きいほど遠心力も大き くなるという事です。このコロニーで回転方向に走ると身体が重くなり、反回転方 向に走ると身体が軽くなるのが『体感』できます。心臓の弱いお年寄りのジョギン グは反回転方向に沿って行う事をお勧めいたします。 こういう環境ですから、車が時速120kmで反回転方向に走ると重力が半分以下 (0.45)になってしまい、タイヤがちゃんと地面をグリップしないで大事故につなが る可能性があります。逆に回転方向に走った場合は重力が2倍近く(1.78)になって 運転者の反応が遅くなり、やはり大事故となる可能性があります。 エド「……という事なんですよ」 ユン「そういえば、コロニー内に入る時の審査でも高速を出せる地上車・バイクは 持ち込み禁止だったね。でも、端から端まで10kmもあるのに、徒歩か自転車 しかないわけ?」 エド「公共の交通機関が2つありますよ。1つは半地下式の自動車専用道路を走る ロボット・タクシーです」 ユン「自動車専用道路? なんでそんな物が?」 エド「本来は救急車や警察車両、消防車など、緊急車両用に作られた道路です。誰 かが、普段遊ばせておくのは勿体ないって考えたんでしょうね」 ユン「なら、タクシーでなくバスにすればいいのに」 エド「バスはありませんけど、地下鉄ならありますよ。乗ってみます?」 なぜ『地下』鉄かというと、軌条がスペース・コロニーの円筒の外側にやや膨ら んだ楕円を描いているからです。こうしておけば反回転方向なら遠心力を利用して 列車を加速できるので、エネルギーの節約になります。 ユン「ふーん、これが地下鉄の路線図か。真っ直ぐじゃなくて螺旋を描いているの ね」 エド「少ない軌条でコロニー全体をカバーするように設計されているんですよ」 ユン「ふーん──あ、動きだした」 エド「円周の外側に出ました。窓の外に星が見えますよ」 ユン「列車の窓から星空を見下ろす、か。言葉だけだとロマンチックね」 エド「1分で1回転している星空なんてせわしないだけですもんね」 残念ながらエドの言う通りです。筆者としては宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のよ うな光景を描写したかったのですが……
2.コロニーにおける環境問題
彼と、彼の同族が『世界の中心』に行けないのには理由がある。 『世界の中心』へ向かうにつれ、息が苦しくなる。 不安に思って翼を強く打ちつけても、風の流れは妙に頼り無い。 また、さほど速く飛んでいるわけでもないのに、真下を流れる地面は恐るべき勢 いでぐんぐんと流れていく。 こうした全てのことが『世界の中心』の近くではおこる。臆病な彼の同族が『世 界の中心』を嫌うのも無理はない。 だが、彼は違った。 彼だけは『世界の中心』を飛びたいと思っていた。
ユン「このコロニーって、どのくらいの人が住んでいるのかしら?」 エド「このサイズですと面積は約63平方km……採光窓の大きさが全体の半分近く ありますから、利用可能面積はおおよそ30平方kmです」 ユン「コロニーの最適許容人数は約3万人ね」 スペース・コロニーは城壁で囲まれた都市のような物で、それ以上外に拡張する ことができません。人口の増大は、そのまま空気や水などの循環システムに対する 負荷となります。 居住可能惑星を持たず、新しいコロニーを建設する経済的な余裕がない辺境の星 においては、人口を適切な数に保たなくてはいけません。もし人口が増大していく となると、厄介な事になります。 エド「でも、どう見てもその倍は住んでいるみたいですね」 ユン「空気はすえた匂いがするし……おまけに何よ、この暑さは」 エド「二酸化炭素を酸素にする事はできても、匂いの元となる分子すべてを分解・ 吸収することはなかなかできませんから。大丈夫、すぐ慣れますよ」 惑星上において微量ガスを吸収・分解して還元するのは雲そして雨、さらには海 洋の仕事です。スペース・コロニー内においては、化学的な手法と微生物の利用で これを代替することになります。 しかし、この除臭システムもコロニー内の人口が増大すると完全には機能しなく なります。コロニーの管理当局も生命維持に関する部分はある程度ムリをしても維 持するでしょうが、そのしわ寄せは命に直接影響しない部分に現れるのです。 ユン「でも暑いのは本当よ。(手首の携帯端末を操作して)ほら、30度もある」 エド「たしかに、スペース・コロニーにしてはちょっと暑すぎますね……」 頭にターバンを巻いた10才前後の子供が、エドの裾を引っ張った。 子供「大丈夫だよ、お兄ちゃん。もうすぐ温度が下がるって」 エド「ん?……やぁ、今日は。でも、どうやって?」 子供「知らない。でも、涼しい風の吹くところなら知っているよ。お駄賃くれたら 連れていってあげるよ」 エド「へぇー。どこだい?」 子供「その前にお駄賃ちょうだい」 ユン「お金に汚い子ねぇ」 子供「へぇーんだ。オバさんなんかに説教されたくないやい」 ユン「誰がオバさんよ?! あたしはまだ20才よ!」 子供「ふうん。20でそんなにフケた顔してたんじゃ、30になったらどうなるこ とやら」 ユン「なんですって!」 エド「まぁまぁユンさん。(子供に小銭をわたして)これでいいかな」 子供「……ま、いいでしょ。おいら、イルってんだ。兄ちゃんは?」 エド「僕はエド。こっちのお姉さんはユン」 イルが案内したのは、公園にある池だった。何人もの人たちが池を囲む柵の近く に集まっている。 ユン「この池、なんで柵がしてあるわけ?」 イル「危ないからだって……ほら、見ててよ」 サイレンが2度、短く鳴った。その音が途切れるなり、池の底から幾度か泡が吹 きあがり、水位が急激に下がっていく。やがて池の周囲から冷気が吹き上げていっ た。いつの間にか、池はほとんどが白く凍っていた。 イル「な。おいらの言った通りだろ」 ユン「な……なんだったの、今のは?」 エド「(呆然と)緊急冷却システムです……イル、このコロニーではいつもこれを やってるのかい?」 イル「うん。2日に1回、お昼の時間にね。どの公園でもやってるよ」 エド「なんてこった。本来なら非常時のシステムだぞ」
『宇宙の住宅』ワンポイント・レッスン:宇宙で飲むビール

深遠なる宇宙というと、何となく冷たい/寒いイメージがあります。そのため、 宇宙の温度は? と聞かれると、私なぞはつい「絶対零度」と答えたくなります。 しかし、実を言うと宇宙において物を冷やすのはけっこう難しいのです。 ここにぬるい缶ビールがあるとします。これを冷やして飲むことにしましょう。 季節が冬でしたら、冷蔵庫を使うまでもなく外に缶を置いて冷たい空気にさらし てやればビールは冷えます。(沖縄の方はダメですよ) 冷たい空気がビールの熱を奪ってくれるからです。 しかし、宇宙空間でビールを冷やすのは一苦労です。ぬるいビールをそのまま真 空の宇宙にぷかぷか浮かせていても、ビールはなかなか冷えてくれません。もしも 太陽の光を浴びていたら、温度はむしろ上昇することでしょう。 なぜなら、真空の宇宙ではビールよりも『冷たい』物がないからです。ビールか らは主に赤外線の形で熱が放出されますが、その熱量は微々たる物です。 しかし、酒好きの皆さんご安心を。ビールを冷やすいい方法があります。缶に小 さな穴を開けるのです。 注意して! すさまじい勢いでビールが吹き出します。しっかり持っていないと缶がどこかに すっ飛んでしまいます。 吹き出したビールは、周辺からたちまち蒸発していき氷の粒になります。蒸発す る時に気化熱が奪われていくからです。綺麗な氷の粒がダイアモンド・ダストのよ うに流れていきますが、それに見とれていてはいけません。さっさと穴をふさぎま しょう。さもないと残ったビールも全部凍ってしまいます。 さて、量は少し減りましたがこれでビールは十分(過ぎるほど)冷えました。ど うぞ、ご賞味下さい。 え? 真空の宇宙でどうやって飲むのか、ですって? ご安心下さい。人間の身体はけっこう頑丈に出来ていますので、3分くらい真空 にさらされても大丈夫だろう、と予測されております。試した人がいないので保証 はしかねますが。危険なのは急激な減圧により腸内粘膜や肺胞が傷つくことですが、 酒が飲めることに比べればいかほどの物でもありません。 さて、真空で飲むビールの味はどうでした? ……え? 気が抜けてた?
3.コロニーの中の気候
羽根が、空気のわずかな乱れを感知した。 鋭い目が、大地のあちこちでわきあがった霧を捕らえた。 暖かい空気と冷たい空気があれば、そこには風が生まれる。 彼はその空気の流れを利用し、さらに高みへと登っていった。三方から差し込む 太陽の光が彼を包み込む。 すでに上下の感覚はほとんどない。 ここからだ。 彼は、幾度か高度を上げた時の経験を元に、己の翼をゆっくりと畳んだ。 まるで急降下する時のような体勢で── 彼は真っ直ぐに『世界の中心』へと飛翔していった。
ユン「うわっ、風が強くなってきた」 イル「このくらい、どってことないよ。時々“ヒュウ”が降ってくることだってあ るんだぜ」 エド「“ヒュウ”?……ああ“雹”のことか」 コロニーの天候はどうなっているのでしょう? 寒暖の差は、採光ミラーを制御してある程度作れます。今回のお話の舞台となっ ているコロニーのような例だと、熱を溜めないために「夜」を長くし、「日中」も 光を絞っていると思われます。 風もあります。どんなところであれ、暖かい(軽い)空気と冷たい(重い)空気 があれば、その間には風が生まれます。加えて、コロニーの中の空気は洗濯機の中 の水のように巨大な渦を描いていますから、高度の差により空気の流れる速度が違 います(中心ほど遅い)。 しかし、雨や雪となるとやや難しくなります。普通、雨や雪を降らせるには雲が なくてはいけません。雲は空気の断熱冷却によって発生しますが……困ったことに、 断熱冷却は気圧差によって発生するのです。 ユン「へぇ。こんな小さいコロニーでも、雨や雪が降るんだ」 イル「(ムッ)小さいからってバカにすんなよ。アメやユキぐらい……兄ちゃん、 “アメ”って何だ?」 エド「ああ。空の“雲”から降ってくる水滴のことさ。シャワーのような物かな」 イル「“ユキ”は?」 エド「やっぱり空の“雲”から降ってくるんだ。雹のように凍っているんだけど、 柔らかくてフワフワしてるんだ」 イル「凍っているのに柔らかい? ヘンなの」 ユン「なんだ、やっぱり知らないんじゃない」 イル「なんだとぉ!」 エド「しかたありませんよ。小さいコロニーですと気圧差があまりありませんから」 問題の気圧差ですがコロニーの中では地上よりも緩やかであるとの事です。地球 上では地上を1気圧とすると1000m上空の気圧は0.89気圧ですが、直径2 kmのコロニーでは中心部は0.94気圧です。 == 以上の情報はNiftyのSFフォーラムでアクシオンさんから == == 教えていただきました。 == ガンダムのように巨大なコロニーであればともかく、直径2km程度ではよほどの 事がない限り雲は発生しません。よって、雨や雪はコロニーの住人にとって理解の 外ということになります。 ユン「あれ? じゃあ、雹はどっから降ってくるの?」 エド「空気中の水分が、緊急冷却システムの作動で凝結しているのかも知れません」 イル「へぇ。兄ちゃん、物知りなんだね」 エド「いやぁ。それほどでも」 イル「それにひきかえ、こっちの姉ちゃんは……フン」 ユン「(無視よ、無視)ねえ、エド。そろそろお腹すいたし、何か食べましょ」 イル「あ、おいらが安くて美味い店を紹介するよ。この近くにあるんだ」 エド「じゃあ、お願いしようか。行きましょう、ユンさん」 ユン「…………もうっ、エドったら」
4.コロニーにおける職業
不意に、彼を呼ぶ声が聞こえた。 上……いや、下なのか? すでに上下の感覚は失われていた。 注意しながら体の向きを変えて声の方を見る。はるか“下方”を、彼の連れ合い が飛んでいた。 連れ合いは、再び高い声をあげた。 それは、疑念と懸念のこもった呼びかけであった。 ((なぜ、あなたはそんなところを飛ぶの? そこに、何があるというの?)) なぜだろう。 彼は自問した。だが、答えは彼自身の内にもなかった。
ユン「ところであなた、学校には行かなくていいの?」 イル「そんなことないって。おいらは『夜』時間に通うことになってんだ。ほら、 このコロニーって人が多いからな。1回じゃ学校に入りきらないんだ」 エド「そういえば、このコロニーはなんでこんなに人が多いんだい?」 イル「ええっとね。新しいコロニーを作るんで移民を増やしたのに、お金が足りな くて作れなかった、って父ちゃんが言ってた」 ユン「うーん。今回のお仕事、報酬もらえるのかなぁ?」 スペース・コロニーの建造費というのは、どれくらいの物なのでしょう? いく ら中がガランドウだからといって、直径2km×全長10kmや直径6km×全長32km の巨大シリンダーがそう安価なはずはありません。 それでも、惑星一つを丸ごとテラ・フォーミングで人が住めるように改造する事 を思えば、最大規模のコロニーといえども安い買い物でしょう。 エド「イルのお父さんは、どんな仕事をしているんだい?」 イル「“渡し守”だよ。自分の艀を持ってるんだぜ」 ユン「へぇー、すごいじゃない」 イル「へへっ。手作りのドン亀だけどな」 スペース・コロニーに住む人は、どんな仕事をしているのでしょう? まず、お百姓さんはいるはずです。もっとも、農業というよりは生物学や化学の 技術者に近い職種でしょう。主に、水耕農場で働いていると思われます。中には、 水産業にたずさわる方もおられるかも知れません。水揚げされる物はプランクトン、 甲殻類や藻類、貝などに限定されるでしょうが。 現在の社会でも存在する流通や情報などのサービス業、簡単な加工業、病院や学 校などの公共サービスに関する仕事はスペース・コロニーにもそのまま存在します。 さらに、スペース・コロニー独特の仕事も存在します。 イル「おいらも時々、父ちゃんの艀を動かすことがあるんだぜ」 ユン「無免許でしょ? コロニーの管制官がよく許してくれるわねぇ」 イル「そのヘンはごまかしてる。なんせ父ちゃん、腕はいいけど酒好きだろ。酒が あるとすぐ飲んで寝ちまうから……」 たとえば、上述した“渡し守”です。 人が生活する事を第一に考えるスペース・コロニーでは、環境に負荷がかかる重 工業をコロニー内で営むことは考えられません。それに、わざわざコロニーの中に 工場を作らなくても、コロニーの周囲にはコロニー建設のための資材を作るための たくさんの宇宙工場が浮かんでいるはずです。 これらの工場で働く人たちを運ぶ仕事が“渡し守”です。宇宙バスや宇宙タクシ ーといったお仕事と言えるでしょう。“渡し守”の船は、大気のある惑星に下りる わけではないので、非流線型の簡単な構造のロケットで十分です。場合によっては 適当なジャンク・パーツを組み合わせた『手作り』ロケットが使われていることで しょう。 エド「じゃあ、イルも“渡し守”になるのかい?」 イル「冗談じゃない。おいらは恒星間宇宙船のパイロットになるんだ。小さな艀の 船頭なんかにゃなりたくないね」 ユン「恒星間宇宙船のパイロットねぇ……あんまり、いい職でもないよぉ」 イル「母ちゃんみたいな事言うなよ。母ちゃんはしっかり勉強して大学に行って、 “ミュータント・バスター”になれって言うんだ」 他にも“ミュータント・バスター”というのはどうでしょうか。 大気に保護されていないスペース・コロニーでは、被曝する宇宙放射線の量が惑 星上よりも多くなり、突然変異が発生しやすくなります。“ミュータント・バスタ ー”は、有害な突然変異を早期に見極めて処理する遺伝子工学者です。使い魔のご とく加工済みウィルスやマイクロ・マシンを駆使する彼らは、ミクロの世界の支配 者と呼べるでしょう。
5.コロニー内での娯楽
天の中心……そこは、思ったほど居心地の良い物ではなかった。 ここでは、飛行そのものに力は不要だった。ここにいる限り“落ちる”事はない かのようだ。下手に羽ばたくと身体がクルクルと回転を始めるのには閉口したが。 また、自分では動いているつもりがないのに、周囲の大地がすさまじい勢いで回 転していくのも、彼には理解しがたい物があった。 何よりつらいのは、三方向から差し込む太陽の光だった。地上で感じる3倍の光 量は、彼の体表面の温度をじりじりと上げていった。 それでも彼が、自分でも理解できない衝動に従って浮遊を続けていると── 巨大な翼を広げた3つの“大鳥”が、天の端より飛来してきた。
スペース・コロニーはその回転によって生み出される遠心力を重力の代わりとし ています。回転が早くなるほど遠心力は大きく、そして遅くなるほど遠心力は小さ くなります。 これを野球に応用しますと…… ))))) ブンッ(空振り) 審判「ストラーーイク!」 イル「ええーい! ボールを良く見ろよ、もっと上だって」 ユン「うーん。どうもボールが手元で伸び上がるような気がする」 エド「ユンさん、ホームベースはマウンドから見て反回転方向よりにあります。通 常より、落下する割合が小さいですから、気をつけて下さい」 回転方向か、反回転方向かによって、ボールにかかる遠心力の割合は変わってき ます。極端な話、時速356kmで反回転方向に投げた豪速球はコロニーの中心を巡 る螺旋軌道にのって、あさっての方向へ飛んでいってしまいます。 もう一つ、コロニーで無視できない事があります。それは、フライが捕りにくく なる、という事です。 》》》》》 カーン! イル「ねーちゃん、そっちいったぞ!」 ユン「そっち? ぜんぜん、別方向じゃない……て、ああーっ!!」 《《《《《 ポテ イル「へたくそー! そんな凡フライぐらい捕れよなぁ!」 ユン「ええい、うっさい! ボールが空中で曲がるなんて反則よぉ!」 イル「んなの、常識じゃねぇーか!」 ユン「あたしンとこじゃ、曲がんないの!」 直径2kmのスペース・コロニーは、1分間に1回転します。と、いうことは外側 に行くほど早くまわり、コロニーの内側ほどゆっくりと回っていることになります。 コロニーの中で打ち上げられたフライは、外側の回転速度を保ったままゆっくり 回転する内側へと上昇し、再び落下してきます。言葉や数学で表現すると簡単なの ですが、実際にコロニーの大地でボールの動きを追う野手にとっては厄介な話です。 地上であれば単純な放物線を描くはずのボールの動きが、フラフラと振り子のよう に定まらないのですから。 イル「まったく。頭が悪いだけじゃなくて、運動神経も鈍いのかよ」 ユン「むぅぅ……」(<−−−反論できないので悔しい) イル「ねえちゃん、パイロットなんだろ? そんなんで宇宙船操縦できんのかよ」 ユン「うっさいわねぇ。コロニーの中でしか通用しない軌道計算なんかできなくて も操縦はできるわよ。大事なのはバランス感覚よ、バランス感覚」 イル「バランス感覚ぅ?」 ユン「何よ、その疑わしそうな目は」 イル「んじゃ、そいつを確かめに行こうか」 スペース・コロニー独特の環境を利用した遊びはない物でしょうか。たとえば人 力飛行機とかは地上よりも簡単に飛翔し、長時間の飛翔が可能だと思われます。 もちろん危険もあり、コロニーによっては禁止するところもあるでしょう。しか し、禁止される事をやるのが若者という物です(高速の地上車両は(1)で述べた 理由で禁止されていることですし)。 禁止/規制されている場合は飛行機の自作は難しいでしょうから、もっと簡単に 空を飛ぶ手段が必要になります。 そこで── ユン「カイト・ライダー………って、“凧乗り”?」 イル「そっ。この塔はけっこう高いし、近くに熱処理場があって風が強いから凧を あげるにはもってこいなんだ」 エド「で、この凧にぶら下がって空を飛ぶわけか……へぇ、この凧は太陽風帆船の 帆布で出来てるんだ。手作りなのかい?」 イル「ん。おいらの兄貴が、宇宙港のジャンクから漁ってきたんだ。軽いし、丈夫 なんだぜ」 ユン「凧……よりによって、凧……あたしゃ、仮面の忍者マスク・ザ・レッドかい」 イル「何ブツブツ言ってるんだよ。しかたねぇーだろ、空飛ぶのは緊急用の航空機 だけって決まっているんだから。自作できるのはこんなモンぐらいだぜ」 地上であれば(またはもっと巨大なコロニーであれば)バイクや車を飛ばしてス ピードへの渇望を満たす不良少年たちが、巨大な凧に乗って大空に浮かぶ……どこ となく牧歌的でメルヒェンチックな光景ではあります。 ……あまり恰好がいいとは言えませんが。 エド「これって、やっぱり禁止されてんじゃない?」 近くにいた不良少年「まぁな。そういや、学校の職員室に“不時着”しちまって先 生に補導された奴もいたぜ」 ユン「やだなぁ……いい年して補導されるのは……しかも理由が『禁止された場所 で凧をあげたから』ってぇのは……」 エド「おや? 何かがこっちに飛んで来る。グライダーみたいだ」 イル「ええっ? 誰が作ったんだろう?」 ユン「待って! あの機体、下に何か積んでいる……ロケット砲!?」 1機のグライダーが機首を下に向け、下腹部に並んだロケット砲を一発だけ発射 した。炎の尾をひきながらロケットは地上に到達し、爆発した。 イル「うひゃぁ……なんだ、ありゃ」 ユン「頭を下げなさい! 次は本番が来るわよ!」 《下手くそめ。だいぶ流されたぞ》 《仕方ねぇだろ。コロニーの中で爆撃するなんて初めてだからな……せめて スマート爆弾ぐらい用意できなかったのか》 《ンな勿体ないことできるか。とにかくさっさとぶっ放せ》 《よっしゃ。今度はまかせろ》 3機のグライダーは1機ずつばらばらに高度を下げた。先頭の機体の腹から連続 した炎の矢が放たれ、地上に激突して爆音と閃光をあげた。 外壁のどこかに穴が開いたのだろう。霧が発生し、空気が渦を巻いた。
6.コロニーでの戦闘
“大鳥”が大地に向かって火を吹いた。炎の舌が大地を嘗め、轟音が大気を切り 裂く。そこかしこに火の粉が舞い、渦を描いた。 彼の体内の二重螺旋はその赤い色彩を避けるよう、恐怖という感情をもって勧告 した。だが、彼は激しい怒りの感情をもってその勧告を無視した。 炎が伸びるその先に、彼の巣があったからだ。 わが子と巣を守るべく。 彼は“大鳥”に戦いを挑むことを決意した。
イル「ちくしょう! おいら達のコロニーになんて事しやがる!!」 ユン「伏せなさいってば!」 エド「まずいですよ、ユンさん。奴ら熱処理場を狙っています。しかも下手くそで すから流れ弾がここに飛んで来る可能性があります」 (言ってる端から、すぐ近くにロケット弾が炸裂する) ユン「このコロニーの守備隊は何やってるのよ!……と言ってもしゃあないか」 エド「空……ですから」 スペースコロニーの守備隊は内部に敵の侵入を許さないように水際(中心部にあ る宇宙港など、コロニーの出入口)の防御を固めています。いくらコロニーが宇宙 線の防護や微小隕石対策で頑丈に作ってあるとはいえ、自分の家で戦争をしたいと は誰も思わないからです。 それでも、地上の敵(歩兵やパワード・スーツ、戦車)は何とかなるでしょう。 しかし、空中を移動する敵に侵入されると厄介な事になります。 エド「対空砲を撃って外れようものなら……」 ユン「コロニーの反対側に当たるものね」 守備隊側も航空機で相手をしようとしても、事態はあまり改善されません。高出 力のレーザーでは対空砲と同じ問題が生じますし、機関砲の弾も、外れた分はやは り地上に撃ち込まれます。しかも、ようやくの思いで撃墜した敵機は爆撃以上の損 害をコロニーに与えるのです。 そこで…… エド「イル、このコロニーの守備隊は武装した航空機を装備してる?」 イル「うんにゃ。守備隊って言っても自警団みたいなもンだし……なぁ、兄ちゃん。 さっきから何やってんだ?」 ユン「見てわからない? 凧をあげてんの。あんたも手伝いなさいよ」 イル「??」 《また外れだ! 畜生、どうなってんだ!》 《コリオリの力でそれているんだ。 もっと低く飛べ》 《口で言うほど簡単じゃねえ……うぉぉっ!!》 《危ねぇっ!!》 爆撃進路に乗ったグライダーの前に、巨大な銀色の板が立ちふさがった。グライ ダーは慌てて高度を上げ、板を回避した。 《なんだぁ? 今のは?》 《凧だ! コロニーの奴ら、凧を上げやがった!》 《見ろ、どんどん増えていく……くそっ! 厄介な物を!》 イル「すげぇ! あいつら凧を相手に手も足も出ない!」 エド「人間を持ち上げられるほど大きな凧ですからね。いくら軽くてもぶつかった らタダじゃすみません」 ユン「武装はしてるけど、軍用機じゃないしね」 阻止気球(バルーン・フェンス)という代物があります。 第1次世界大戦、および第2次世界大戦にヨーロッパ戦線で使用された対航空機 用の防御兵器です。原理はいたって簡単で、気球を使って空中に網をはり、低空か ら侵入しようとする敵を妨害しようという物です。嫌がらせを主目的とした兵器で、 実際に敵機を撃墜する効果はありません。 今では使用されることのない時代遅れの兵器ですが、密閉されたコロニーの中で あれば、装いを変えて再登場する余地があるでしょう。 《ダメだ! フラフラ動きやがって、狙いがつけられねぇ!》 《まさか、こんな辺境のコロニーに対空兵器があるとは……》 《いや、そうじゃねぇ。見ろ! ガキ共が凧をあげてやがるんだ!》 《何ぃ?! なめやがって。見てろ!》 ユン「このぐらい上げれば大丈夫ね」 エド「みんなもご苦労さん。危険だから退避所に行った方がいいよ」 イル「おいらたちの凧がコロニーを守った、って知ったらみんな驚くぜ」 グライダーが一機、斜めに高度を下げた。傭兵パイロットは、何度かの爆撃で飛 行機が高度を変える時に斜めに動く事に気がついていた。慎重に動きを補正し、進 路を向ける──彼らの攻撃を小癪な方法で無力化した小生意気なガキ共へと。 《おい! やめろ!》 《うるせえ!! こうでもしなきゃ腹の虫がおさまらねぇ!!》 そう言いながらも彼の中のプロフェッショナルな部分は、冷静に計算を続けてい た。面制圧兵器であるロケット弾……それも、歩兵が使う有り合わせの物を民間の 動力グライダーに溶接しただけ……では、人間のような目標を狙うことはできない。 彼は照準を、ガキ共が凧の糸を結びつけている木へと向けた。 《木ごと、吹き飛ばしてやる!!》
“大鳥”の一羽が、彼の巣めがけて飛来してきた。 巣がある木の上で今一度旋回して子供たちに別れを告げると…… 彼は矢のごとき速度で、“大鳥”に突撃した。
エド「ユンさん! グライダーが!」 ユン「!!」 その時であった。 グライダーの操縦席を包む強化プラスチックに、一羽の鳶が激突したのは。 パイロットの視界が飛び散る茶色い何かで遮られる。 その何かが、羽毛である事にパイロットが気がついた時には…… 機体はすでにバランスを失っていた。 エド「鳥だ。でも、どうして……」 ユン「墜落する!」 何が起こったのか分からないまま、第二の本能とも言うべき訓練された動きで、 パイロットは機体から脱出、パラシュートで降下した。 皮肉なことに、彼が降りたのはロケット攻撃の目標としていた木の上だった。 木の枝をへし折りながら地上へ落下するパイロットの耳に聞こえたものは。 片親をなくした雛鳥たちのさえずる声であった。 ユン「話してもらいましょうか……一体何が目的なの?!」 傭兵「さてね……」 イル「お前の仲間は、もう引きあげちまったぞ。言えよ! なんでおいら達のコロ ニーにこんなひどい事をしたんだ!」 傭兵「………」 エド「熱処理場を破壊すれば、そうでなくとも熱処理に困っているこのコロニーは 人が住めなくなります」 傭兵「………」 ユン「3万人も住んでいるのよ! 皆殺しにするつもり?!」 イル「何とか言えよ!」 傭兵「……そろそろだな。おい、お前ら。さっさとここから離れた方がいいぞ」 イル「? 何言ってんだい、おっさん?」 傭兵「分からんのか。ここから逃げろと言っているんだ」 ユン「……! 宇宙船で外側から熱処理場を攻撃するつもりね!」 傭兵「依頼主の要望に沿うとなると、あまり破壊が余所へ及ばない内側からが一番 良かったんだがな」 エド「ぼく達の船を出しましょう。すぐに宇宙港へ」 傭兵「あきらめろ。宇宙港へ通じるエレベーター・シャフトは破壊してある。守備 隊の連中が来ないのを不思議には思わなかったのか?」 エド「あ……そう言えば……」 傭兵「案外、間抜けなんだな」 ユン「何言ってんの。間抜けなのは、あなたの方よ」 傭兵「?」 ユン「ここは、スペース・コロニーよ。宇宙に一番近いところはどこだと思ってい るの」 スペース・コロニーの“地下”に潜っていくと、やがては“宇宙”に出ます。コ ロニーの外壁には整備用その他の目的で外部へ通じるエアロックが幾つも存在しま す。 イル「父ちゃんに連絡がとれた! 外で待ってるから、早く出て来いって!」 ユン「お父ちゃん、今は酒が抜けているんでしょうね?」 イル「何言ってるんだい。シラフの時の父ちゃんが動かす艀なんて、おいら乗りた くないぜ」 エド「イル、凧が余っていたら一個くれないか?」 イル「いいけど、何に使うんだい?」 エド「反射鏡だよ。お父さんの艀に、レーダーで拾ってもらえるようにね」 外壁についたエアロックを開けると、足の下に輝く満天の星と、それが回転して いるのが見えるはずです。一分で一巡りする星空へ乗り出すと、回転するスリング から打ち出される石そのままに、接線方向へと飛んで行きます。 ユン「じゃ、行ってくるね」 イル「ね……姉ちゃん!」 ユン「ん?」 イル「おいら、パイロットになりたいんだ……だから……後で、話をいろいろと聞 かせてくれよな」 ユン「ん!」 ユンとエドはにっこり笑って拳を握り、親指を突き出した。 そして二人は、エアロックの向こうへ──宇宙へと飛び出していった。
薄い煙が、螺旋上に空へと消えていく。 その様子を興味深く見ていた雛鳥は、反射鏡に写った閃光に驚きの声をあげた。 細長い、魚のような影が、反射鏡をすり抜ける。一瞬の光景。だが、その姿は彼 の心に深く刻まれた。 (( あの影のように……ボクもいつか星空の中を翔ぶんだ )) 勇ましいチビの雛鳥は、星空に向かって高らかに宣言した。
宇宙の住宅編:コロニー編 おしまい
 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)