『お姫様と宇宙海賊』その1
宇宙魚雷がきゅんきゅんと音を立てて接近してきた。
「何か、さっきより音が大きくなってないか?」
「なってるな」
「近づいているのではないか?」
「近づいてるな」
「ひとつ疑問があるのだが」
「言ってみろ」
「なぜ宇宙で音がするんだ?」
「いい質問だ」
真空の宇宙で音は伝わらない。だから、宇宙魚雷のきゅんきゅんというのは音では
ない。
宇宙魚雷は目標から何万キロも離れた距離で発射する。当然、目標の位置は推測
でしかない。だから宇宙魚雷は目標への誘導に空間位相レーダーを使う。このレーダー
は空間の歪みをぶつけてその反射を探知する。空間位相レーダー波が宇宙船の表面に
ぶつかると、微細な震動になって船殻を揺らす。それが今聞こえているきゅんきゅん
という音だ。
「なるほど、勉強になるな」
うんうんとうなずいているのは白いドレスを着た少女だった。頭にはちっちゃな
ティアラをつけている。あのティアラについているスターサファイアだけで、俺の
この宇宙船、ハンマーシャーク号が1ダースは買えるだろう。
「分かったら口をつぐんでいろ。加速するからな。舌を噛むぞ」
「うむ」
素直に少女は口をつぐんだ。
その横顔を見て、俺は少なからず胸の動悸が早くなるのを感じる。可愛いし、
スタイルはいいし、ちょっと高飛車だが決して傲慢ではない。
そこまで考えた時、青いライトサーベルが背後から俺ののど元に突きつけられた。
「今、ナニを考えていました?」
こちらはお姫様と違い、シンプルな黒いメイド服に白いエプロンをつけた少女
である。黒い大きな目には冷たい色が浮かんでいる。こちらは可愛くなくはないが
つるぺたでちんちくりんで、きわめて凶暴な性格をしている。
俺は指一本動かせないまま座席で凍り付く。冷たい汗が背中を伝う。
「いや……その……」
「姫様に対てご無礼を働くようでしたら、ただではおきません。――脳内でも」
「脳内でもかっ?!」
「こら、エルバ。今はそれどころではない。みよ、宇宙魚雷がどんどん近づいておるぞ」
「失礼しました」
エルバという侍女兼ボディガードは主人である姫君に一礼するとビームサーベルを
しまった。そして俺を監視するかのように再び後ろにある予備座席に座った。
乗員2名のハンマーシャーク号のコクピットは、この3人だけでいっぱいいっぱい
である。いつもは俺ひとりだけなのでよけいに狭く感じる。
……別に、威圧されてるせいじゃないぞ。
「すまぬな。エルバは悪い子ではないのだが、最近いろいろあってちょっとぴりぴり
しているのだ」
「いろいろ……か」
便利な言葉だ。
「ところで、こちらのセンサーに写っている数字がどんどん小さくなるのは、これは
命中までの時間か?」
「ああ。単位は秒だ」
お姫様がそのぷるんとしたお尻を置いているのは本来が機関士兼砲手の席である。
センサーのパネルには近づいてくる3本の宇宙魚雷が写っている。
「100秒をきったぞ。む? こっちは逆に増えておる」
「とりあえず『いろいろ』とやってみるか」
俺はさっそく覚えた便利な言葉を使うことにした。このお姫様、やたら好奇心が
旺盛なので俺がやることなすことにいちいち質問してくる。
宇宙魚雷が100秒以内に近づいているとなると、さすがに楽しいおしゃべりを
している精神的なゆとりがない。
俺は『いろいろ』やった。
ハンマーシャーク号もがんばった。
だが、3本発射された宇宙魚雷のうち1本は、しぶとくこちらを追尾し続けていた。
きゅこーんきゅこーん。ああ、探信音がやかましい。
「この1本だが、また数字が減りはじめたぞ」
「そうか」
これは困った。さすがにもう打つ手がない。
「船長、お話があります」
侍女が小さな声で言った。
「なんだ?」
「その……姫様だけでも……」
どうやら、こいつには状況が分かっているらしい。
「残念だが、この船の脱出艇じゃそんなに遠くへは逃げられない」
「そうですか。せんない事を言いました」
「気にするな。あんたの気持ちは分かるよ」
「こら。何をふたりでこそこそと話しておる」
「いや、なんでもない」
「失礼しました」
「そうか? やけに仲が良いではないか」
お姫様はむすっとした顔で俺たちをにらんだ。
どこを見たら、今の深刻な会話が仲良くみえるのか。
つうか、そこで何を頬を染めてますか、そこのバーサーカー侍女。
お姫様の機嫌はますます斜めになったようである。
「こら、お前達は状況が分かっておるのか。宇宙魚雷が……えーと、後28、27、
26、25秒後にはぶつかるのだぞ!」
「まったくだ」
「逃げるとか撃ち落とすとかせぬか、早く」
「逃げるのは失敗した。撃ち落とせる武器はこの船にはない」
「ないのか?」
「うん」
「そうか、それは悪いことを言った。よし、妾に任せておくがよい」
「任せるって……」
「姫様?」
「狙うのにセンサーを使わせてもらうぞ」
馴れない手つきでお姫様はセンサーをいじった。レンジを……大きく? なんでだ?
普通、何かを狙う場合、目の焦点を合わせるようにセンサーもレンジを絞り込んで
目標をしっかり見る。だが、姫様がやっているのはその逆だった。
かちりかちり。
センサーのレンジがどんどん大きくなる。ついに、最大まで広がった。惑星や衛星
などが表示される。
「これでよし」
お姫様の長い髪の毛が、無重力であるかのようにふわりと広がった。
青い瞳が、金色の輝きを放つ。
「な……なんだ?」
「姫様! まさか、もう力が?!」
何がなんだか分からないうちに、宇宙魚雷の出すきゅこーんきゅこーんという探信音は
どんどん大きくやかましくなり――
ふ、と途絶えた。
「よし……これ…で…大丈夫じゃ……」
ふらり。
お姫様の頭が、かくん、と前に倒れた。侍女が慌てて駆け寄って支える。
「今のはいったい――」
「船長」
「ん?」
「頼みます。今のは決して……」
侍女が真剣な瞳を俺に向けた。
「どうやら宇宙魚雷が不良品だったらしいな」
「え?」
「勝手に自爆したようだ」
「……そうですか」
「よし、今のうちにフォールド・ドライブして逃げるぞ。姫様はちょっと臭いが俺の
ベッドにでも寝かせておいてくれ」
「分かりました」
侍女がお姫様を抱えてコクピットを後にした。
俺はそれを見送ると、操縦桿を握りなおした。とにかくこの場は36計逃げるに
しかずだ。
何やらとんでもない事に巻き込まれた。そんな気がしていた。
(第1話:完)
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