『魂買います』
「お金がない」
エス君は困っていました。
「お金がないぞ」
給料日まで後2週間。
「このままでは年越しもできやしない」
いや、年末年始は給料日の後ですよ。
「えーと……コミケでこれだけ、DVDとフィギュアがあれだけ。で、残りから
部屋代と光熱費と……ああ、足りないぞ」
計算の順番が違います。
「そうだ。NHKの受信料を支払い拒否すれば! あのじじいが悪いことにして……
えーと、じじいの名前なんてったっけ……確かえび……エビ……ツインテール?」
怪獣じゃねぇ。
「しかし、困った、お金がない」
エス君はぼやきながら朝最初の仕事としてメールの確認をします。
仕事のメールが2通。
友人からのメールが1通。
そして残りは数えるのもばかばかしいほどにスパム、スパム、スパム、スパム。
「スパム、スパム、弾持ってこい、スパーム……ぷぷぷ」
エス君のユーモアの感覚はだいぶ歪んでいます。すでに修正不可能です。同僚の
女の子が何かこう、可哀想なモノを見る目でエス君を見ています。
「ん? なんだこのスパムは?」
sub:魂買います
「ふむ。なかなか意表を突いたサブジェクトだな」
とうぜん、中身はなんの関係もないアダルトサイトの宣伝か何かなのでしょうが、
なかなか興味をひくではないですか。
エス君はそのメールを開いてみることにしました。
『あなたの魂を高額で買い取ります。
まずは、魂の値段を査定してみてください。
こちらのサイトであなたの魂の値段を査定しています』
「へぇ」
サイトのurlをながめてみます。いきなりグロ画像とかが出てきそうなサイト
ではなさそうです。
「試しにのぞいてみるか」
今のところ、急ぎの仕事はありません。エス君は性格も言動もアレですが、
頭もあればスキルもあります。これでまっとうなコミュニケーション能力があれば、
プロジェクトリーダーにしてやってもいいのになぁ、とエイチ課長はいつも残念に
思っています。
エス君は自分の所持品の端末を立ち上げると、無線でネットに接続しました。
会社のネット経由では会社のサーバにログが残るからです。むろん、後で改竄する
方法はいくらでもありますがめんどうな事はごめんです。
「どれ」
ブラウザソフトには、ひとめでホームページビルダーで作ったと分かる素人臭い
サイトが出てきました。
「悪魔……のインターネット出張所、か。なんて読むんだこりゃ?」
悪魔の名前のところは、怪しげなフォントでぐにぐにとなんか書いてあります。
読めません。
このサイトは、悪魔のサイトです。神や仏を信じる人はご覧いただけない内容を
含んでいます。
あなたは神を信じますか?
はい いいえ
「ぶふっ」
思わずエス君は吹き出してしまいました。何かツボにはまったようです。あわてて
咳払いをします。大丈夫、周囲の人間には気づかれなかったようです。
『いいえ』を押します。すると、フレームで区切ったサイトが表示されました。
しかし、あまりよくできていないのでどこに何があるのかよくわかりません。
サイトマップすら存在しないのです。
「素人の仕事だな」
どうやら個人の愉快系サイトのようです。ですが、それはそれで話のネタには
なるでしょう。
しばらくあちこちに飛んだ後で、ようやくエス君は魂の値段を査定するcgiに
到達しました。いわゆる、よくある想定設問に答えていくタイプです。
『高校生らしい集団が、煙草を吸っていました。あなたはどうしますか?』
などという、倫理面の質問もあれば。
『宝くじで1000万円が当たったら、何に使いますか?』
などという、行動原理を問う設問もあります。
「けっこう、数が多いな……お、終わった」
さて、どんな答えが返ってくるだろう。
エス君はわくわくしながら『査定開始』のボタンを押します。
そして画面に表示されたのは――
『57,241円』
これだけです。
「なんじゃこりゃ……」
エス君は拍子抜けした気持ちでブラウザの数字をながめました。こういう愉快系
サイトでは、値段はともかくその後で、あれこれと『あなたの霊的なレベルは……』
とか『もっと、神を敬う生活を……』とかそういう文章が続いて、そこで笑わせるのが
ポイントのはずなのに。
「こりゃダメだ。えーとなになに、この値段で魂を売りますか、だって?
バカ言うな」
エス君はブラウザを閉じました。さあ、仕事仕事。給料をもらわないとDVDも
フィギュアも買えませんし、コミケにも行けません。
そしてエス君はそのメールのことはすっかり忘れてしまったのでした。
「どうだね? インターネットを利用した魂の売買は?」
地獄では、悪魔が新しいビジネスの評価をしていました。
「出だしとしては、まあまあ順調な方です。契約者はすでに100人を突破しました」
「ほうほう。これからは悪魔もネットビジネスだからね。私も“下”にはいつも
そう言っているんだよ」
「けっ、羊皮紙に血でサインしないと本物の契約じゃねぇとかぬかしてたくせによ」
「何か言ったかね?」
「いえ。ですが、やはりネックとなるのは買い取り価格です。魂の査定ですが、
基準が少し古すぎるようです。いくら現代人の魂の質が悪いといっても、10万円以下
ではとてもとても……」
「ううん。まあ、そこはほれ。予算があるから。これが軌道にのれば、追加予算も
計上できるし」
「その軌道に乗せるためにも、追加の予算をお願いします」
「うーん……」
そして一週間後。
再びエス君はメールを受け取ります。
sub:魂買います(高額買い取りセール実施中)
「ふん」
エス君は他のスパムと一緒に、そのメールも消去しました。
(おしまい)
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