『護衛艦の戦い』

  まだ若い護衛艦艦長は、汗で湿った掌を握りしめ、ディスプレイを睨みつけていた。
戦闘配置について6時間。その間ずっと、彼は飽きることなく画面を見詰め続けてい
る。しかし、彼の忍耐心を試すかのように画面には敵の存在を示すいかなる情報も表
示されることはなかった。

(もちろん……)

  宇宙服にまだ新しい少佐の階級章をつけた艦長は声に出さずに呟いた。

(敵はすでにこの艦を見つけているだろう。レーダーの電磁波は、その有効範囲より
も遠くにまで伝わっていく)

  だからといって、アクティヴ・スキャンを止めるわけにはいかない。エンジンを絞
り、艦体表面を『吸収』モードにしている軍艦は、ネガティヴ・スキャンではなかな
か見つからない。危険でもアクティヴ・センサーを全開にして敵を探すしかない。も
ちろん、その任務に全艦隊を振り分ける必要はない。護衛艦や偵察艦を艦隊前方に展
開し、艦隊の触覚とするのだ。士官学校の宇宙船戦術の授業でも、最初に教える基本
中の基本である。

(当然、偵察任務の艦は真先に敵の攻撃を受ける)

  まだ若い艦長は、理屈では割り切れない恐怖が胸を締め上げるのを感じた。今、こ
の瞬間にも敵が隠れていた宙域から飛び出し、砲門を開くかもしれない。たかが1000
排水素トン級の小型艦など、集中砲火を浴びればひとたまりもない。彼の脳裏に轟沈
する自分の艦の姿がありありと浮かんだ。

「艦長、少し休まれたらどうですか?」

  彼が自らの妄想に捕らわれていた時、その心を見透かしたように副長が声をかけた。
もう40才近い年令で第五次辺境戦争にも参加したことがある男だ。実戦経験も豊富な、
兵卒からの叩き上げの副長は、何かと未熟な艦長を支えてきた。

「敵と遭遇するのはまだ先のことでしょう。それにこの艦だけじゃなく、2隻の僚艦
と網を張っていますからね。逃すことはありませんよ」

  のんびりした副長の言葉の裏にある意味は――
(探知機の情報をチェックするのは観測員に任せて艦長はどっしりかまえて下さい)
 ――というものだろう。
 艦長は何となく救われた気分になった。自分は自分の職務を遂行すれば良い。それ
は、ディスプレイを睨みつけることではない。敵の出方を推測し、自艦の採るべき行
動を考えることだ。

(俺が敵艦隊を指揮していれば、どうするだろう?)

  正面から戦うか、それともいろいろな策を弄するかは問題ではない。どのような作
戦を立てるにせよ、何らかのアクションを起こす必要があるのはこちらではない。敵
なのだ。

(このまま何もしないでいると、発見されるのは必定。いくら身を潜めていても、い
ずれはレーダーに捕らえられる)

  宇宙の戦いで、自軍の戦力や軌道要素を相手に知られるのは、敗北したに等しい。

(それを防ぐ方法はただ一つ。接近してくる偵察部隊……つまり我々を撃破するしか
ない。それも速攻で)

  さっきまで感じていた恐怖が再び鎌首をもたげてくる。しかし、それを妄想で無闇
に拡大はしない。艦長は恐怖を感じつつも、それを制御して推論を続けた。
(しかし、小型とはいえ軍艦を一撃で撃破するのはかなり難しい。高火力の砲があれ
ば良いのだが、大型艦では接近する前に探知されてしまうだろう。小型で高火力の艦
といえば砲艦だが、こいつは足が遅い。一撃目を外すと逃げられてしまう)
  もう一手、必要だ。艦長は腕を組んで目を閉じた。

(高速の戦闘艇……しかし、加速を始めればすぐに探知される。小型の機動爆雷……
これもこちらがアクティヴ・スキャンをしている今は、一撃必殺の距離にまで近づけ
まい)

  艦長の脳裏に特殊な艦の姿が浮かんだ。ミサイル・ボート。小型の輸送船に探知機
と対艦ミサイルを積んだ使い捨て兵器だ。

(あれなら問題ない。1隻あたり100基近いミサイルを全弾まとめて発射すれば、
小型の護衛艦には対処しきれない。少し勿体ないが、自軍の情報を相手に知られない
ためにはそうするしかあるまい)

  艦長はそこまで考えて、苦笑した。これでは、こちらに生き残る道はないことにな
ってしまう。今度は対応策を考えなくては。

(まず砲艦による遠距離砲撃だが、正確な射撃をするためにはレーダーでこちらの位
置を特定する必要がある。つまり、敵のレーダー波を探知すると同時に乱数加速に入
ればいいわけだ)

  距離5万キロメートルを越える遠距離砲撃は、かなり優秀な射撃管制レーダーで相
手を探知してもなかなか命中しない。何しろレーダーに写る敵の姿はコンマ数秒以上
も昔の映像なのだ。6万キロメートル離れた敵艦を射撃することを考えてみよう。
 レーダー波が相手に到達するまで 0.2秒。戻ってきてスクリーンに敵の像が写るま
で 0.2秒。その像めがけて撃ったレーザーが届くまでにやはり 0.2秒。
 つまり、 0.4秒の時差の中で射撃を行うのである。
 相手が軌道要素を変更していないならともかく、乱数加速をしているようではまず
命中しない。

(問題なのはミサイルだ。おそらく集中してくるだろう。こちらのレーザー砲で撃ち
落とすにしても、100基単位できた場合には対処しきれない。ならば……)

「砲術長、本艦に核ミサイルは何基搭載してある?」

「9基です、艦長」

  帝国の軍艦には、必ずといっていいほどミサイル砲塔がある。そして、各ミサイル
砲塔1門につき、最低3基の核ミサイルが搭載されている規則だ。

「全ミサイル砲塔に、核ミサイルをマウントしろ」

「……了解」

  声にちょっとした戸惑いがあった。親父め、戦艦でも狙う気か?

(さて、うまくいくといいが……)

***

  2時間後、3隻の艦隊護衛艦はほぼ同時に敵を探知した。彼我の距離は7万5千キ
ロメートル。
 敵艦隊はただちに攻撃を開始。中でも4隻のミサイル・ボートは、合計420基の
ミサイルを3波に分けて投射してきた。各艦平均140基のミサイルのシャワーであ
る。
 成す術もなく撃破されるかと思われたが、1隻の護衛艦が機敏に反応した。ミサイ
ルの群れが自艦に接近したところを見計らって、核ミサイルを発射。
 核ミサイルは自艦にもダメージを与えかねないぎりぎりの距離で自爆。大量の放射
線と破片を周囲に撒き散らした。7万5千キロメートルを旅してきたミサイル群がそ
の破片と放射線の嵐に突入、目標の手前で次々と機能不全を起こしていく。

  結局420基のミサイルは、3つの目標の内の2つしか破壊することはできなかっ
た。そして、残る1つの目標は、ようやく正確になってきた砲艦の射撃を尻目に、軌
道を変えて退避していった。敵艦隊の情報を後方から接近する味方艦隊に伝えながら。

「ふむ、5万排水素トン級の巡洋艦6隻を中核とする打撃部隊か。結構な戦力だな」

「相手の戦力が分からないまま攻撃をかけていたら、こちらにもかなりの損害が出て
いたでしょうね」

  艦隊護衛艦の中では、艦長と副長がデータを整理しながら話し合っていた。
  艦のダメージは少なくない。5基のミサイルが近距離で爆発、その爆散球に巻き込
まれて燃料タンクやエンジンにかなりの被害が出ている。しかも、自爆させた核ミサ
イルの余波で、センサーの多くが破壊されていた。しかし、艦の乗員の表情は明るい。
彼らは任務を達成したし、何よりも生き残る事ができたのだから。

「それにしてもうまくいきましたね」

「状況が有利に働いただけだ。敵のミサイルは7万5千キロメートルを進む間にかな
りの相対速度を持っていた。わずかな衝撃でも破壊されてしまうぐらいにね。それに
集中しすぎていた。もう少し分散していたら、とても防げなかったろう」

  艦長は遠ざかる敵艦隊を見た。敵・・だがあの艦隊にいるのは、自分と同じ帝国軍
人なのだ。内乱の中で敵味方に分かれたとはいえ、いつまで同胞と戦うのか……。
  真空だというのに、彼には星がまたたいて見えた。
                                                                      (終)

 これはSF−RPG、『メガトラベラー』を題材にした短編小説です。  『メガトラベラー』では銀河帝国が皇位を巡る内乱によって四分五裂し、互いに 争うようになりました。その結果、これまで味方であった帝国海軍同士が戦う事に なったのです。  なお、この短編はかつて草の根パソコン通信EXCEL-NETにアップしたものをデータ の中から掘り出してきました。

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