●第1章:新造戦艦
 リーン星系にある演習宙域で、2隻の宇宙戦艦が対峙していた。
 新型戦艦〈マイティローザ〉と、旧式戦艦〈レーゲンベール〉の一騎打ちである。宇宙戦艦は艦隊の要である。戦場において宇宙戦艦同士が単艦で出会うことはない。演習とはいえ、このような想定にあまり意味はない。
 だが、それでもこの戦いは必要だった。
 新型戦艦〈マイティローザ〉に乗るのは、士官学校を出たてのエドガー達若い士官で、逆に旧式戦艦〈レーゲンベール〉に乗るのは予備役から戻った老兵たちである。
 新しい技術は使えないが経験だけは豊富な老兵によって若い士官を育てることがこの演習の目的だった。
 演習宙域で互いを発見した後、〈レーゲンベール〉はすぐに退避行動に入り、〈マイティローザ〉がそれを追った。
 新型戦艦である〈マイティローザ〉は攻撃力、防御力、機動性のいずれも旧式戦艦な〈レーゲンベール〉を上回る。それゆえに逃げる敵に不審を抱かずに追うのだが、これこそが罠だった。
 この時すでに〈レーゲンベール〉はいくつもの宇宙機雷を演習宙域に配置していた。そして自分が逃げることで〈マイティローザ〉の動きを誘導して、用意した宇宙機雷が死角となる後方から接近するようにし向けたのだ。
 地上でいう伏兵。奇襲とは敵が見えていても成立する。「そこにいるはずがない」と思えばどんな情報も見落としてしまうのだ。
 この罠にかかり、〈マイティローザ〉との距離が五〇〇キロメートルになるまで宇宙機雷の存在に気づかなかった。乗員と頭脳体――宇宙戦艦の情報系を統括するアンドロイド――の経験不足を突かれたのだ。
 迫る宇宙機雷。気づくのが遅れたためにもはや逃げきるには近すぎ、すべて迎撃するにも時間が足りない。

「なんで? こんなに近づくまで見つからないなんて、そんなのありえないのに!」
「当然だ、これは罠だからな」
「罠?」
「ああ、罠だ。気づかれないのも不意打ちされたのも罠だから当たり前だ」
「そっか、罠ならしかたない……のかな?」
「このままってのも気分が悪いからな。この罠、食い破るぞ」
「できるの、エドガー?」
「できるさ、ローザ。俺と、お前なら」

 〈マイティローザ〉の操舵手エドガーと頭脳体ローザは宇宙機雷の制御プログラムを読んで、その動きを予測して罠にかけた。
 全力で逃げると見せかけて推進剤タンクを投棄する。後方から追いすがる宇宙機雷が推進剤タンクに近づいたところで推進剤タンクをレーザーで熱して爆破、推進剤の霧で宇宙機雷のセンサーを一時的に使えなくするのだ。
 もちろん、これだけで宇宙機雷は無力化しない。
 見えなくなった敵に逃げられることを防ぐため、宇宙機雷は最後の推進剤を使って加速をかける。だが、これを読んでいた〈マイティローザ〉は宇宙機雷のセンサーを無効にするや否や一八〇度回頭して宇宙機雷めがけて最大加速でつっこんだのである。
 推進剤の霧を突っ切って〈マイティローザ〉が現れた時、宇宙機雷は〈マイティローザ〉に近づきすぎ、相対速度も上がりすぎていた。宇宙機雷が爆発しても破片で包み込む前に〈マイティローザ〉と交差してしまうほどに。宇宙機雷はなすすべもなく通過してしまう。
 新型戦艦であればこそ可能な機動で〈マイティローザ〉は宇宙機雷を無力化したのだ。

「たいしたもんじゃのぉ、〈マイティローザ〉は」
「スペックの無駄遣いだけどね」

 老練な〈レーゲンベール〉の艦長と頭脳体ベルは、〈マイティローザ〉の性能に感嘆するも、おそれることなく砲撃戦を挑む。それは〈マイティローザ〉にとって予想外の行動だった。
 正面から撃ち合って〈レーゲンベール〉が〈マイティローザ〉に勝つことはできない。いかに〈レーゲンベール〉の乗員がベテラン揃いで、頭脳体のベルが四半世紀にわたる経験を積んでいようとも、圧倒的な性能の差をくつがえることはできないのだ。
 それでも〈レーゲンベール〉には十分な勝算があり、それはすぐに〈マイティローザ〉の側でも認識することになる。〈マイティローザ〉は宇宙機雷を回避するためにかなり強引な全力噴射を長く続けており、それによって蓄積された熱が〈マイティローザ〉の性能を大きく阻害していたのだ。
 それを〈レーゲンベール〉が知ったのは、赤外線探知によってである。〈マイティローザ〉が排熱のために広げた放熱板の輝きが、〈マイティローザ〉が砲撃戦をするには熱が溜まりすぎていることを示していたのだ。
 〈マイティローザ〉の側もすぐに自分が熱を溜めすぎている事に気がつく。砲撃戦では的になるだけの非装甲な放熱板は畳むので、現状のまま主砲を発射できる回数は五回が限度だ。それ以上は艦内に熱が溜まりすぎてハードウェアではなくソフトウェア――人間の側がもたない。
 かといって、逃げるのも難しい。推力最大で逃げるにしても主砲発射と同じように熱が溜まる。そもそもここまで熱が溜まって苦労しているのは宇宙機雷の攻撃を封じるために後先考えずに全力加速で機動を続けたせいである。

「それでも、逃げるしかないだろ」
「そうだ。逃げるしかない。だからこそ、逃げてはだめだ」
「どういうこと、エドガー?」
「忘れたか、残っている推進剤の残量を」
「あ」
「そうか、煙幕がわりに推進剤タンクふたつ切り捨てたんだったな」
「推力最大でぶん回し、さらに満載の推進剤タンクをみっつ、合計一万二千トンを捨てた。残った推進剤は三千トンを割り込んでいる。艦が軽くなった分、運動性は上がっているからそれでもこの場を逃げることはできる。だが、その結果推進剤が底をつけば」
「漂流するしかなくなるね。港に戻ることもできないよ」
「その前にゆっくり追いかけてきた〈レーゲンベール〉に降伏するしかなくなる」

 そしてエドガーは策を講じる。
 しかしそれは、あまりに危険な策だった。

「ダメよエドガーちゃん。そんな危ないこと、保護者として……じゃなくて、指揮官として許可できません」
「頼むよフィー。勝つには、いや負けないためにはこれしかないんだ」
「私からもお願い、フィー。こんな形でベル姉さんに負けたくないの」
「論理的に考えてボクもエドガーに賛成だ。これはただの演習だが、演習だからこそ、今やっておくべきだと思う。実戦ではどれだけ危険でも選択の余地がないし、失敗すれば確実に死ぬ。ならば、危険が少ない今やっておくべきだ」

 迫る〈レーゲンベール〉に対し〈マイティローザ〉は正面から向き合う。
 堂々と交差軌道に乗る〈マイティローザ〉の動きに、〈レーゲンベール〉の艦長と頭脳体のベルは相手の狙いを読もうとする。

「チキンレースのつもりかしら?」
「それはない。この相対速度では互いに衝突するほどに近づける前に、砲撃戦で決着がついてしまうわ」
「正面から戦って勝つつもり? いくらこちらが旧式だからって、一発や二発命中したところで宇宙戦艦は沈んだりしないわよ」
「〈マイティローザ〉は今の蓄熱で、どのくらい主砲を発射できる?」
「五回ね。無理をしても七回よ。それ以上は中の乗員がもたないわ」
「いかに最新鋭戦艦で優秀な電子機器を備えていても百発百中とはいくまいが。七回の斉射で命中するのは二発か三発というのが妥当じゃの」
「私はこれまで実戦で七十二発の敵弾をくらってきた。どこに当たれば、どれだけ痛いか、どうすれば我慢できるか、私ほどに知っているフネはない。大丈夫、四発くらっても戦闘力は残すわ」
「なら五発ならどうじゃ?」
「……意地悪なことを聞くのね。あなたっていつもそう」
「相手を甘く見るな。お前が四発をくらっても動ける艦だということを知っているのはわしだけじゃないぞ。〈マイティローザ〉のデータベースにもお前の戦歴は残っとるけえ」
「五発、当てるつもりだというの?」
「近距離砲撃戦じゃ。通常の砲戦距離三万キロではなく、一万キロメートルを、さらにそこから接近して殴り合うつもりだとしたらどうする。七回の斉射で五発当てることも不可能じゃないで」
「なら、そこまで近づく前に仕留めてみせるわよ。三万キロに入る前から撃てば――」
「宇宙戦艦は一発や二発では沈まんわ。それは〈マイティローザ〉にも言えることだ。遠距離砲撃戦はお前の得意とする戦法じゃない」
「じゃあどうするのよ」
「軌道をずらす。再接近距離が一万五千キロメートルを割らないように。距離を置いて撃ち合えば、ラッキーヒットではなく手数の多さが勝敗を決める」
「堅実ね」
「気に入らんのか」
「ちょっとね。演習なんだからもうちょっと欲張ってもいいんじゃない?」
「だめじゃ。この演習はあいつのためにある。あいつには、堅実な戦いを教えてやりたい。後悔するようになる前にな」

「〈レーゲンベール〉が軌道をずらしたよ!」
「どっちだ。こっちか、あっちか」
「あっち!」
「よーし。ひっかかったな。フィー、みんなの準備は?」
「機関部をのぞいて準備できたわ。撃ち合いが始まったら機関員も引き上げるわよ」
「主砲はどうだ、クラリッサ」
「いける――計算上はな。最大射程四万キロメートルで初弾必中をねらえるスペックはあるんだ」
「距離三万五千! 〈レーゲンベール〉はまだ主砲発射態勢に入ってないよ」
「よし、ローザ。放熱板をたためっ! 砲撃戦開始だ!」
「了解っ!」

 三万を越える遠距離から砲撃戦を開始する〈マイティローザ〉。斉射回数に制限がある側としては最悪の選択である。蓄積された熱はそう簡単には排出されない。放熱板をたためばなおさらである。五回の斉射を終えれば、後は一方的に殴られ続けることになる。

「本当に撃ってきたっ! 何のつもりよあの子はっ!」
「本気で遠距離砲撃戦をするつもりなんかのう」
「ありえないわよ。あんなに蓄熱してて、ぎりぎり七回しか斉射できないのに遠距離砲撃戦なんかできるわけがないもの」
「待て――本当に、〈マイティローザ〉は蓄熱しとるんか?」
「え? でも、放熱板からの赤外線反応は――」
「そうだ、こちらはその観測結果を知った上で〈マイティローザ〉に砲撃戦を挑んだ。だが、それが罠だったら?」
「罠? なんで罠を?」
「考えてもみろ。宇宙機雷から逃げる時に、〈マイティローザ〉は推進剤タンクをみっつ捨てている。おそらく推進剤の残りはわずか。この状態で〈マイティローザ〉にとって最悪の展開はなんじゃ」
「そうか! ――私に、敵に、逃げられる事。推進剤がない状態では敵を追うこともままならない」
「守りの要となるべくコンパクトに設計された〈マイティローザ〉は、もともと推進剤の容量が少ない。高性能のエンジンに裏付けられた機動力も推進剤がなければ意味はない。旧式戦艦であるこの〈レーゲンベール〉にも追いつけんのじゃ」
「だから放熱板に細工して、蓄熱が大きすぎるかのように見せかけて。こっちから砲撃戦を挑むべく近づいてくるように仕向けた? まさか、そんなっ」
「ありえんことじゃ、ないぞ」

「などということを、向こうは考えているのではないかと」
「すごいねー、エドガーちゃん。まるで見てきたように」
「違います、フィーさん、じゃなくて副長。こいつは口から出任せを言ってるだけです」
「でも今さらどうしようもないよ」
「そうだ。諦めて撃て、次ぐらい当てろよ、クラリッサ」
「わかってる!」

 三射、四射、五射。
 ほぼ一分間隔で〈マイティローザ〉の主砲が十二発のプラズマ砲弾を発射する。遠距離砲撃戦だけあって最初の三斉射までは全弾はずれたが、四射で一発が命中。模擬弾であるから衝撃はわずかで装甲板が焦げるぐらいだが、艦内に鳴り響く音は大きい。(模擬弾は集束が甘くほぼ艦全体にプラズマが当たるため、音は大きくなる)演習用の被害判定プログラムが動き、〈レーゲンベール〉のいくつかの機能が低下した。

「まさか、本気で撃ち合いを?」
「びびっているヒマはないぞ。距離三万を割った。こっちも反撃開始じゃ!」
「わかったわ」

 反撃を開始するも、先手をとられた不利は〈レーゲンベール〉に重くのしかかる。
 先の被弾によって艦内が騒擾している〈レーゲンベール〉の一射目は外れた。二射目のエネルギー充填開始。だがそれが終わる直前に、〈マイティローザ〉の六射目が、その中の一発が〈レーゲンベール〉を捉えた。

「命中箇所は――くっ、よりによって主砲の誘導砲身に当たらなくてもいいじゃない。充填していたエネルギーをディスチャージ! 再充填まで90秒!」
「こいつはいかんの」
「まったくよ。ここまで不利になるなんて」
「このままでは〈マイティローザ〉が危ない」
「え?」

 続く〈マイティローザ〉の第七射。
 しかしそれは、ありえないほどに見当はずれの砲撃だった。十二のプラズマ砲弾は〈レーゲンベール〉をかすめるどころかあさっての方角へと消えてゆく。

「何よ、今のは。またなんかの罠?」
「演習中止! すべてのセンサーと情報リンクを復旧させろ!」

 機能を回復した〈レーゲンベール〉の目に、〈マイティローザ〉の惨状が露わになる。

「みんな、大丈夫か?」
「らいひょうふ(大丈夫)。ひらはんはっはへろ(舌をかんじゃったけど)」
「ローザ、艦の状態は?」
「主砲が壊れちゃったみたい」
「こっちでも確認した。誘導砲身の先端から三分の一が溶けてるわ」
「艦内温度も三十度ぐらい一気に上昇してるわね。ブリッジ内部も二〇〇度越えたかな?」
「誘導砲身の制御コイルが吹っ飛んだみたい。それで、拡散したプラズマが砲身を焼いたんだと思う」
「そうか、模擬弾で助かったな」
「〈レーゲンベール〉から通信よ。演習中止だって」
「やれやれ。妥当なところだな」
「フィー、みんな無事か?」
「えーと、衝撃で何人か転んだりしたみたいだけど、全員装甲宇宙服(ハードスーツ)着用してるから、壊れたのは船の備品の方ね」
「そいつは良かった」

 もちろん、ちっとも良くはなかった。
 〈マイティローザ〉がやったのは、インチキすれすれの方法だった。
 艦の全乗員をもっとも堅牢で、熱の影響を受けにくいブリッジに集める。さらに全員に装甲宇宙服(ハードスーツ)を着用させたのだ。
 指揮所のメンバーだけは機材を動かすために簡易宇宙服(ソフトスーツ)だけであった。
 そして、事実上、頭脳体ローザと指揮所の三人の四人で宇宙戦艦を動かして戦闘を行ってきたのである。
 トラブルさえなければ、この状態でも宇宙戦艦は動く。戦闘行動も可能であったのは最新鋭の〈マイティローザ〉ならではだが。
 けれど、どこか一カ所でもトラブルが発生すれば、乗員がいないツケが返ってくる。蓄熱によって故障した主砲の磁気コイルが溶けてはじけ飛ぶ。〈マイティローザ〉に起きたのはまさにそれだった。

「やれやれ、帰ったらボク達はそろって軍法会議だぞ。新造戦艦を最初の演習で撃沈寸前にしたんだからな」
「最初の実戦で本当に撃沈されるよりはマシさ」
「……なあエドガー。何がキミをここまでさせるんだ」
「負けたくないからさ」
「見え透いた嘘をつくなエドガー。負けないだけなら、キミの腕と〈マイティローザ〉の機動力で避け回りつつ時間を稼ぐ方法もあった。その方が確実で安全だ」
「そうだったかな。いいじゃないか、こっちの方が派手で」
「ああ、そうだ。派手で、意表を突いた戦いだ。まるでDDが好みそうな――あ」
「……」
「クラリッサ」
「すまない」

 士官学校の同期で、〈マイティローザ〉完成の暁にはその基幹要員となるべく訓練を続けた七人の男女。数々の訓練や演習で最強のチームとして常勝不敗を誇ってきた少年と少女。いずれは実戦においても帝国最強となると、誰もが、とりわけ自分たちが自負していたエリート候補生。
 けれども、帝国を揺るがす内戦が彼らを引き裂いた。
 実際に〈マイティローザ〉に乗り込むことができたのはエドガーとクラリッサのふたりだけ。

「俺は勝たなきゃいけないんだ。あいつらの分も」