『ポケット戦艦マイティローザ』●第一章:新造戦艦


 星空を背景に、赤と緑の2隻の宇宙戦艦が対峙していた。
 傷一つないきらびやかな装甲を輝かせた、赤い宇宙戦艦の横腹には『マイティローザ』という名前が書いてある。
 あちこちに増加装甲をつけ、くすんだ真空迷彩をほどこした、緑の宇宙戦艦の横腹には『レーゲンベール』という艦名があった。
 最初に互いを捉えた時、彼我の距離は六万五千キロメートル。一般的な砲撃戦距離が三万キロメートル以下であるから、撃ちあうには遠すぎる。
 かといって、無視するには近すぎた。
 先に仕掛けたのは赤の『マイティローザ』だった。
 長いプラズマの尾をロケットノズルから噴射しつつ、『レーゲンベール』へとしゃにむに突っかける。
 限界ぎりぎりの加速に、赤い宇宙戦艦のスマートな船体がびりびりと震える
 だが、互いの距離は思うように縮まらない。

「敵艦との距離変わらず……ああっ、離されているじゃないのっ?! 何やってるのよっ!」
 赤い宇宙戦艦『マイティローザ』のほぼ中央。堅牢な装甲に包まれた直径二十メートルの球体が艦橋である。さらにその中にある直径五メートルの円形の部屋が戦闘司令室だった。さほど広いとも言えぬこの部屋に四人の男女がいた。不在の艦長に代わって指揮を取る副長、操縦など航法全般を受け持つ操舵士、砲撃など火砲の管理と操作を担当する砲術長、そして頭脳体。
 『マイティローザ』のブリッジ中央に座るツインテールの少女が、操縦桿を握る青年をにらみつけた。少女のジャケットの胸に付けられたIDカードには『頭脳体:マイティローザ』と名前が記されていた。
 非難された操舵士も唇をとがらせて少女をにらみ返す。青年の胸には『操舵士:エドガー・ライズ・リートマイティス』と書かれたIDカードがある。
「それはこっちのセリフだ。どうして俺の指示通りに動かないんだお前は」
「あんたがへたくそだから私が補正してあげてるのよ。感謝して欲しいわね」
「それがよけいな事だと言ってるんだよ! こっちはちゃんと考えて動かしてるんだ、素直に従え」
「いやよ。エドガーの操縦って優しくないから嫌い」
 つん、と少女が顔をそらす。
「女の子の身体はね、とーってもデリケートなんだから」
「はぁ? 女の子だって?」
 エドガーが無遠慮な視線をローザの肢体に向けた。
 ちっちゃくてやせっぽちな少女の身体を一言で表現するのならば、それは「薄い」であった。胸に起伏はなく、腰にくびれはなく、お尻に曲線はない。
「ふ」
 ため息とも聞こえるかすかな笑い。哀れむような、気の毒な人を見るような、そんな生暖かい表情がエドガーの顔に浮かぶ。
「な―――」
 反論の必要すらないと言わんばかりの青年の態度に、ローザの顔が真っ赤になる。少女の怒りにあわせてツインテールがぴょん、と跳ねた。
「何よ何よこの変態ーっ! もー、あんたなんかだいっきらい!」
「嫌いでけっこうだね。オレはメリハリの効いたボディが好みなんだ」
「育ち盛りだもの! 絶対に大きくなるんだから!」
「本当かぁ? お前、生まれた時からそのまんまじゃないか」
「今は本体の方に意識が集中しているだけだってば!」
 戦艦と同じ名前を持つローザは、厳密な意味では人間ではない。
「へいへい、期待してるよ」
「なっ――何を馬鹿な事言ってるのよっ! 別にあんたのためにおっきくなるとか、そういうんじゃないんだからっ! 宇宙戦艦は政治的な行事にも出るから頭脳体の外見も重要なのよっ!」
 真っ赤になって怒鳴るツインテールの少女は、宇宙戦艦『マイティローザ』の頭脳体である。機械知性【ルビ:ぶれいんちっぷ】と呼ばれる種族だ。彼ら機械知性は宇宙船や都市などの管理者になる事が多い。いわば、この戦艦そのものが少女の本体とも言える。
「そいつはどうかな? こんな簡単に敵に逃げられているようじゃ、戦艦の頭脳体、クビになるんじゃないか?」
「うっ……」
「ひょっとしたらオンボロの海防艦とか、砲台衛星の頭脳体にされるんじゃないか?」
「そんなこと、あるわけない……わ」
 語尾が微妙に自信がなさげになってくる。
「辺境の砲台衛星はさびしいぞぉ? 小惑星ひとつないような田舎で、衛星にも人っ子一人いなくて、わびしーく、さみしーく、何年も過ごすのは」
「あうううう」
「コスト削減のために、バイオボディは凍結されちゃうかもな? ご飯も食べられないし、お風呂にも入れないぞ」
「ううっ……」
 ローザの顔が泣きそうに歪む。
「こら、エドガーちゃん。ローザちゃんをイジメない!」
 ぽかり。
 勝ち誇るエドガーの頭を、左隣りから手が伸びて叩いた。
「なんだよ、フィー」
「エドガーちゃんがいい加減なことばかり言ってるからでしょ」
 エドガーの隣りに座った黒髪の少女がぷんすかと怒る。
「フィー、あたし辺境の砲台衛星になっちゃうのかな?」
「大丈夫だよ、ローザちゃん。私達がついてるから。ローザちゃんを辺境に左遷させたりしないって」
「ありがとう、フィー」
 ローザが黒髪の少女に抱きついて、なでなでしてもらう。外見年齢十五、六才ほどの少女の胸にあるIDカードには『副長:ファンディス・マリス・リートマイティス』と書かれていた。今現在、『マイティローザ』には艦長がいないので、彼女がこの艦の責任者である。
「おい、フィー。あんまり甘やかさないほうがいいぞ」
「何言ってるの、エドガーちゃん。私達だって他人事じゃないんだよ。このまま『レーゲンベール』に逃げられちゃったら、私達も辺境に左遷になるかもだよ?」
「そりゃあ、そうだけど」
「エドガーちゃんがやる気になってくれたから、私も操舵士に推薦したのに。ちっとも仕事してくれないんだから。ローザちゃんをイジメてばっかりだし」
「うっ、それは、その」
「任せろって、言ってくれたじゃない。私、エドガーちゃんのこと信じてたのに」
「それは言ったけど。あの時は、その」
「ダメなの?」
「わかったよ、フィー。何とかする」
 エドガーはうるうると潤む瞳から視線をそらして言った。まだ子供の頃から、エドガーが彼女のお願いに抵抗できた試しはない。
「とはいえ、どうするかなぁ」
 彼我の状況を表すホログラフを広げてエドガーは考え込んだ。
 ホログラフの中央に自艦(『マイティローザ』)のマークがあり、そこから、矢印が伸びている。
 そして、『マイティローザ』から少し離れた場所に敵艦(『レーゲンベール』)のマークがあり、そちらからも、矢印が伸びている。
 ホログラフには他に何も映っていない。己と敵。戦艦同士の一騎打ちだ。これ以上にシンプルな戦いというのは他にない。ならば、さっさと殴り合ってケリが付きそうなものだが、これがそう簡単ではない。
「相対速度と角度が大きすぎるんだよな」
 それぞれの艦のマークから伸びている矢印。これが互いの艦が持っている運動量である。宇宙空間では、慣性の法則に従い動いている物体はそれが戦艦だろうがヤカンだろうが、外からエネルギーが加えられない限りずっと同じ速度で飛び続ける。
 空を飛ぶ飛行機とはそこが決定的な違いだ。飛行機は空気抵抗をうまく使うことで減速したり方向を変えたりできる。
 しかし、宇宙船はそうはいかない。太陽や惑星の重力場を利用して速度や方角を変えることはできるが、そうでない場合はロケットを噴射しない限り速度も方角も変えられない。
 『マイティローザ』と『レーゲンベール』の運動量を示す矢印はいずれも太くて長い。太さは質量で長さは速度だ。
 そして矢印の向きはまるで別の方角を指している。
 だから、よほどうまく艦を動かさないかぎり、互いの距離は離れる一方なのだ。
「なあフィー、『レーゲンベール』の目的はなんだと思う?」
「うーん、ただ逃げてるだけ……ってことはないよね」
「そりゃ絶対ないな。何せ、『レーゲンベール』を指揮してるのは黒髭オヤジだ。きっと意地の悪いことを考えてるに違いない」
「『レーゲンベール』逃げた先に敵が待ち伏せているんじゃないの? 合流するのよ、きっと」
 元気を取り戻したローザが口をはさむ。
「待ち伏せ? 聞いてないぞ、そんなの」
「バカねー。知られてたら待ち伏せにならないじゃない。内緒にしてるのよ、きっと」
「そりゃそうだが……センサーにそれっぽい形跡はあるのか?」
「あったら教えてるわ」
 宇宙空間での待ち伏せというのは、とても難しい。真空の宇宙にはほとんど何もなく、隠れる場所が限られているからだ。たとえば惑星の影に隠れるとか、太陽を背にしてセンサーを目くらましするとか、幾つかの方法はあるがいつでも使えるようなものではない。
「『レーゲンベール』の進路前方に、登録されている惑星や小惑星はないわ」
 航法データをチェックしたフィーが言った。凝り性で几帳面なフィーがそう言うからには、ないのだろう。エドガーはさらに考え込んだ。
「待ち伏せじゃないとすると、誘引のつもりかな?」
「誘引? なによそれ?」
 ローザが首をかしげた。
「つまり俺達をここから動かすのが目的なんじゃないかって事だ」
「なんでそんな事をするのよ」
 ローザは不思議そうに聞いた。ここから動いたところで、『マイティローザ』に不利になる事は何もない。動かして意味があるとは思えなかった。
「それが分かれば苦労はないって」
「なーんだ、結局何も分からないんじゃない」
「そいつはお互い様だろうが」
 言ってから互いに顔をしかめる。分からない人間同士で話あっていてもらちが明かない。
「フィー、もう一度互いの戦力比較を表示してみてくれ」
「分かったわ」
 『マイティローザ』と『レーゲンベール』の性能諸元が表やグラフで映し出された。
 宇宙戦艦の性能を表す数値は幾つもあるが、もっとも重要な能力を三つあげるとしたら、火力と装甲、そして機動力となる。
 火力が大きくないと、敵を倒すことができない。装甲が硬くないと、すぐにやられてしまう。そして機動力がなければ思うように戦うことができない。
「主砲は火力、射程、いずれもこちらが上ね」
 フィーの言葉を受けて、ローザがにっこりと笑った。
「こっちの方がちっちゃいけど、その分、守るべきところはきっちり守ってるしね。相手の有効射程距離で撃ちあっても、二発や三発ならびくともしないわよ」
「そして小さい船体は、機動力では有利に働く。しかも最大出力は二割増しだからな。推進剤が特殊なせいで、信頼性にはちと難があるんだが」
 エドガーはエンジンのパラメタを比較して言った。ローザが図に乗るのであまり口にはしないが、エドガーは自分が乗り込んでいるこの宇宙戦艦、『マイティローザ』を気に入っていた。今度の戦艦同士の一騎打ちでも、『マイティローザ』であれば『レーゲンベール』に負ける事はないと考えている。
 それも道理で、『レーゲンベール』は艦齢27年になる旧式戦艦。一方の『マイティローザ』は今年建造されたばかりの最新鋭戦艦である。火力、装甲、機動力。いずれも『マイティローザ』の方が上なのだ。
 しかし、こうして逃げられていては戦う以前の問題である。
 なぜ相手が逃げているのかはとりあえず置いておいて、エドガーは打てる手だてを考えることにした。
 さっきからずっと黙り込んでいる、この指令室の四人のうちの最後の一人に声をかける。
「砲術長、クラリッサ大尉。この距離から撃って『レーゲンベール』の逃走を牽制できないか?」
「無理ね」
 メガネをかけた理知的な女性は冷たい声で一刀両断に斬って捨てた。胸には『砲術長:クラリッサ・グラツキー』と書いてある。
「どうしてだ? 彼我の距離は七万キロだ。届かないことはないだろう?」
「そりゃ届くわよ。何もない空間だもの。命中を問わないなら、七万キロが七億キロだって届くわ」
「じゃあ無理でもないだろう。牽制して、相手の動きを少しでも止めれば追いつけるかも知れないじゃないか」
「相変わらず大雑把な事を言うわね、エドガー君は」
 突き放すような口調は士官学校時代と同じだ。だが、文句を言いながらもちゃんとノートは貸してくれたし、分からないところは教えてくれた。意外と面倒見はいいのである。
 今もそうだった。理路整然と説明をしてくれる。
「遠距離砲撃で一番大事なのは精度なの。いくら牽制だといっても、当たらないのが分かっていたら意味ないものね」
「そりゃそうだが、カタログデータだと、目標が七万キロでも誤差は一キロ以内って書いてあるぞ」
「そのカタログデータはね、あくまで船を停止させてじっくり狙って砲撃したときのものよ。ロケットエンジン全開で飛びながらじゃ、船の振動で砲撃がどこ飛んでいくか分かったものじゃないから」
 人間が銃で狙撃する場合を考えれば分かりやすい。
 正確に目標を狙う場合、歩きながらよりも止まって撃つ方が当たりやすい。
 ただ止まっている場合でも、銃を手で持つよりは地面などに固定して撃つ方が当たりやすい。
 戦車の場合も、宇宙戦艦の場合も、基本的には同じ事だ。
「じゃあ、砲撃の間だけエンジンを止めればいい」
「一時間も止めたら、敵はどっかいっちゃうわよ」
 あきれたようなクラリッサの言葉に、エドガーが仰天した。
「なんでそんなに止める必要があるんだ? ふつうは、停止してすぐ撃てるはずだろ?」
「だーかーらー。何度も言うけど、遠距離砲撃だからなの! しっかり観測データをチェックして、砲撃も1回じゃなくて何度も調整しながら撃って、それで目標を包み込むようにしないと意味がないのよ。遠距離砲撃は一発必中の狙撃じゃないわ、弾幕のように撃って相手を包み込み、命中の確率を上げていく射法なのよ」
「それじゃあ、牽制できないじゃないか」
「ええ、だから最初に無理だって言ったでしょ」
 あきれたようにクラリッサは言った。
「つまり、宇宙戦艦の射程は、届くかどうかじゃなくて、当たるかどうかで決まっているのか」
「まったく。常識よ、これぐらいは? あなた士官学校で何を勉強してたのよ」
「クラスメイトだったんだから俺の成績は知ってるだろ?」
「そうね。愚問だったわ」
「エドガーちゃんはもともと宇宙戦闘機のパイロットだもんね」
「フィー、それってフォローになってないと思う」
「宇宙戦闘機の武装はほとんどが敵に肉薄して撃ちこむものだからな」
 当たるかどうか悩むくらいなら、まず近づく事が先決だった。そしてどうやらそれは、宇宙戦艦も同じであるらしい。
「やはり、接近するしかないか」
「それなんだけどさ。エドガー君、ログであなたの航路を見るとえらくひねくれてるわよ。なんでこんな回り込むような動きで接近してるわけ?」
 クラリッサは眼鏡を人差し指で押し上げるようにして言った。
「そうね。『マイティローザ』の加速力は『レーゲンベール』を凌駕してるんだから、いくら向こうが逃げようとしても近づくことはできるはずだよ?」
 フィーも不思議そうに聞いた。彼女たちが不思議に思うのも道理で、確かにエドガーの操縦には無駄が多かった。
「さっきも言ったけど、この距離ならこちらの砲撃はおろか、向こうの砲撃だって当たりはしないわ。気にせずまっすぐ近づいてもいいんじゃない?」
「うーん」
 がりがりとエドガーは頭をかいた。
「なんかなぁ、引っかかってるんだ。『レーゲンベール』のケツを見てると、鼻のへんがむずむずしてくるんだよ」
 それを聞いてクラリッサとフィーがあきれた顔になる。
「何が『鼻がむずむずるする』よ、あきれたわね」
「それは鼻炎だと思うよ、エドガーちゃん。冷房かけすぎなんじゃないかなぁ」
「いや、そうじゃないって。本当になんかヤバイ感じなんだよ」
 エドガーは力説するが、フィーとクラリッサはエドガーを無視して相談をはじめた。
「最短時間で接近するとしたら、どの軌道がいいと思う?」
「うーん。この軌道なら最接近までは一時間もかからないけど、すぐにまた離れちゃうから砲撃できる時間は短いよ」
「ならこちらね。これなら軌道角度が近いから、砲撃に十分な時間が取れるわ。ローザもこれでいい?」
 ふたりはてきぱきと航路プランをまとめてローザに見せる。
 後はそれをローザが了承すればすぐに実行されるはずであったが――
「えっと……その……悪くはないんだけど……」
 ローザの歯切れが悪い。
 ちらり、ちらり、とエドガーを横目で見る。エドガーは鼻の下をこすりながら、興味なさそうにフィーとクラリッサの作った航路プランをながめている。
(う〜〜、ヘンな事を言って人を不安にしたくせに。今度はどーでもイイって知らん顔してさ。文句があるなら何か言いなさいよ)
 フィーとクラリッサの作り出した航路プランは、数学的に無駄のない、きれいなものだった。ローザの目で見ても瑕疵はほとんどなく、何がやりたいのかも不明なエドガーの航法とは雲泥の差だった。
 でも、どうしてだろうか。エドガーの操舵では感じなかった不安を覚えるのは。
「ローザちゃん? 何か問題でもあったの?」
 黙り込んだローザを見て、フィーが心配そうに顔をのぞきこむ。ローザはあわてて手を振った。
「ううん、そんなんじゃないの。別に私があいつを気にしてるとか、そういうんじゃなくって」
「え? 気にしてる?」
「そうじゃなくてっ。うん、これでいい。これでいこうっ!」
 ローザが航路プランが映し出されたホログラフに手を触れると、立体映像は光の粒子となってローザの指に吸いこまれていった。
「航路承認。行くね」
 ローザはそう宣言すると目を閉じた。頭脳体ではなく、宇宙戦艦の方に意識をシフトさせる。
 今のローザは全長二百四十メートル、全備質量四万トンの宇宙戦艦『マイティローザ』そのものだった。五感はセンサーと連動し、拳は主砲と、足はロケットエンジンとつながる。
 ローザは耳を澄ませた。『マイティローザ』のレーダーが周囲に電波を放ち、その反射がローザには音として聞こえてくる。コウモリやイルカなどがやる音響定位【ルビ:えころけーしょん】に感覚としては近い。
 もちろん、周囲の宇宙空間に反射するものはあまりない。ずっと向こうに『レーゲンベール』が、そして自分の背後にはもやもやとした霧のようなもの。
「うわ、相変わらず目立つなぁ、コレ」
「どうしたの、ローザちゃん?」
 『マイティローザ』の中にいるフィーがローザのつぶやきを耳にして聞いた。直接話しかけるのではなく、端末を経由しての通信である。宇宙戦艦に意識を集中している場合、頭脳体のフィーはぼんやりとしていて、見たり聞いたりが難しくなるのだ。
「うーんとね、後ろの方で推進剤がレーダーの電波を遮ってる感じがするの」
「あ、やっぱり?」
「後で機関長に調べてもらっておいた方がいいと思う」
 『マイティローザ』にはいろいろな新機軸の技術が搭載されている。そのひとつが、推進剤だった。
 既知宙域の宇宙船はほとんどがロケット燃料に反物質を、推進剤には水を使っている。対消滅であるから推進剤は何でもかまわないのだが、宇宙のどこにでも大量にあり、化学的にも安定した物質である水は扱いに便利だという理由である。
 新型戦艦である『マイティローザ』は推進剤に水ではなく、比重の重い、特殊な金属粉末を利用している。これにより、マイティローザは小さな推進剤タンクに大量の推進剤を詰め込むことに成功し、船体をコンパクトにまとめているのだ。
 だが、良いことばかりではない。
「推進剤は高速で後方に噴射するから、設計段階ではレーダー波を妨害することはないっていう話だったんだけど」
「うん。そんなに邪魔な感じはしないんだけどね、やっぱり靄ってる感じ」
 推進剤の金属粉末がレーダー波を散乱させるという危険は、最初から危惧されていた事のひとつである。
「まあ、今はちょっとうっとおしいだけだし。後ろ側だけだから、敵に囲まれることがなければ大丈夫だと思うけどね」
 ローザは、前方をにらんだ。カメラの映像はそのまま視界と連動している。可視光だけでなく、赤外線も紫外線も、短い波長から長い波長まで見ることができる。はるか前を飛ぶ『レーゲンベール』は可視光だけであれば星空に隠れて見えないが、ロケットエンジンが放つ高熱が、まばゆい光となって見ることができた。
「『レーゲンベール』の軌道確認。うん、これならすぐに追いつけるよ」
 ローザは自信満々に言った。ぐっと足に、足と連動したロケットエンジンに力をこめる。
「加速、開始っ!」
 走り出す。最新型で、特殊な推進剤のロケットエンジンを使ってはいるが、『マイティローザ』は巨体に似合う重さを持つから加速は鈍い。宇宙戦闘機のような機敏な動きはできない。それでも、ためこんだ推進剤の量が桁違いなのでいつまでも走り続けられる感じだ。大型宇宙船というのは短距離スプリンターではなく、長距離ランナーなのだ。
 『レーゲンベール』を横目に見ながらローザは走り続けた。大きな相対速度があるから、『レーゲンベール』の後ろを追いかけてもなかなか追いつけない。それよりは『レーゲンベール』の未来位置を予測して、そっちに向かって走った方が早く追いつけるのだ。
 予測だから『レーゲンベール』が加速して向きを変えれば、未来位置も変わる。実際にはそのあたりを修正しながら追いかける必要があり、フィーとクラリッサの作った航路プランにもそのための余裕が組み込まれていた。
 しかし、実際に追跡を開始すると修正はほとんど必要なかった。『レーゲンベール』はまるでフィーとクラリッサの航路プランに従うように素直に直進し、互いの距離はみるみる狭まってきた。
「どう? フィーちゃん、疲れてない?」
 長時間の全力加速を気遣って、フィーが聞いた。
「大丈夫、いい調子だよ。もうすぐ、主砲の射程に追い込めるはず」
「そうね。クラリッサに準備させるわ」
 『マイティローザ』の二百四十メートルの全長のうち、前半分の百三十メートルは主砲とその誘導砲身である。砲術長であるクラリッサが管理し、ローザがふるうこの拳は高温高圧のプラズマを亜光速で撃ち出す。これを最大出力で放てば、宇宙戦艦の主装甲でも余裕で打ち砕く事ができる。
「主砲を撃つ前にはエンジンを停止させた方がいい?」
 クラリッサが答えた。
「お願いできるかしら。できれば相手の射程の外から先制パンチをぶつけたいから」
「分かった。じゃあ距離三万五千で一度止めるね」
「待て」
 追跡の間、ずっと黙って考え込んでいたエドガーが口をはさんだのはその時だった。
「止まるな、ローザ。走り続けろ」
「え?」
 いつもとまるで違う、真剣なエドガーの声。ローザは意識を半分だけ頭脳体に戻した。
「どういうことよ、エドガー」
「このまま加速している状態で砲撃しても命中できる距離まで近づくんだ」
 エドガーは大まじめだ。冗談を言っている顔ではない。こうして改めて見ると、意外と精悍な顔つきである事にローザは気づいた。いつもこんな顔なら、もう少し……
(もう少し、ナニ?)
 なんかヘンな事を考えそうになっている自分に気づき、ローザは視線をはずした。
 フィーが困惑した顔でエドガーを見た。クラリッサはエドガーを無視して砲撃準備にかかっている。
「どうしたのエドガーちゃん? 何かあったの?」
「何もない、だからこれは罠だ」
「え?」
 さすがにこれは意味不明すぎる。しかし、エドガーはそれ以上説明するつもりがないらしい、操縦桿を握ると操舵士資格で操縦の権限を奪おうとした。
「ちょっと待ってよ、エドガーってば」
 口では止めたが、ローザもどうすればいいのかは分からない。『マイティローザ』の頭脳体としてローザには絶大な権限があるが、あくまで指揮と決断は人間の将校の仕事である。エドガーの行動がおかしいとは思っても、強制的に止めるのはためらわれるのだ。
 その時、ローザの耳にポーン、とイヤな音が聞こえた。
 頭脳体の耳ではない。『マイティローザ』の聴覚、つまりレーダーの反応である。
「レーダーに反応! 十時の方向、距離三千!」
「三千?! どうしてそんな近くに?」
「小さいし、熱を出してなかったから分からなかったの。サイズは約二十メートル」
 ローザがその物体に注意を集中すると、『マイティローザ』のセンサーが優先的に割り振られた。レーダー波がなめるように集中し、物体のディテールが明らかにされていく。
「宇宙戦闘機……違う、機動爆雷っ!」
 機動爆雷は、ミサイルの一種だが性能的には無人宇宙戦闘機に近い。無人機ならではの高機動性能を利用して敵に肉薄してビームを撃ったり、あるいは体当たりする。ただし、小型だけに搭載できる推進剤の量が少なく、戦場までは大型の宇宙艦に運んでもらわなくてはいけない。
 発見した機動爆雷が閃光に包まれた。爆発したように見えたが、実際にはロケットを噴射しただけ。そして機動爆雷はぐんぐんと『マイティローザ』へと接近してくる。どうやら体当たり攻撃を仕掛けるタイプのようだ。
「近接防御。クラリッサちゃん、お願いね」
 フィーの言葉にクラリッサがうなずいた。白い指が鍵盤を叩くピアニストのように端末を縦横に走る。
 三万キロメートル届く『マイティローザ』の主砲にとっては、三千は内懐のようなもので、かえって使いにくい。かわりにクラリッサが起動させたのは舷側に並んだ砲台に設置してあるレーザー砲だった。威力や精度は劣るが、素早く狙いをつける事ができるし連射性能も高い。それに何より数が多い。
「右舷レーザー砲起動。大丈夫、すぐに撃ち落とせるわ」
 クラリッサが発射コマンドを入力したその時、身体が横に引っ張られて姿勢が崩れた。
「ほえ?」
 間抜けな声がもれる。
 『マイティローザ』のブリッジは船体の重心に近い、ほぼ中央にある。下が艦尾で上が艦首。加速している時には身体は下に引っ張られているから、姿勢がずれることはない。
 それが横に引っ張られたということは、『マイティローザ』が向きを変えた事を意味する。
「エドガー君っ!」
 ずれた眼鏡を直しながらクラリッサはローザをはさんで対面に座っている操舵士のエドガーを怒鳴った。砲撃途中の戦艦の向きを変更するというとんでもない事をするのは彼しかいないとクラリッサは思ったし、それは正しかった。
 そして彼女が必中を確信して放ったレーザー砲は、機動爆雷をかすりもしなかった。
「何やってるのよっ! 砲撃中は勝手に艦を動かさないでくれるっ!」
「うるさい」
 エドガーはそう答えて操縦桿を動かし続けた。『マイティローザ』は機動爆雷から逃れるように動くが、機動力が違いすぎる。機動爆雷はなおも衝突軌道を維持したまま接近してきた。
「ダメだよエドガーちゃん。宇宙戦艦じゃ、機動爆雷からは逃げきれないよ」
「そうよ、機動爆雷のひとつぐらいすぐに撃ち落とせるから艦を止めて」
「ひとつなんかじゃない」
 エドガーがかみつくような強い語調でフィーとクラリッサを遮った。
「え?」「ほえ?」
 その時、幾つもの警告音が重なり合ってブリッジに鳴り響いた。

 直前――
 ローザの視界に、幾つもの閃光が同時に飛び込んできた。
 それまで『マイティローザ』の後方に隠れていた軌道爆雷が一斉にロケットを噴射したのだ。
「数、十二。距離――五百っ?!」
 何かするには絶望的に短い距離。
 しかし、なぜ?
 どうして、今の今まで見つけることができなかった?
 最初の一発は、距離三千で発見できたのに。
「違う」
 天啓のように、ローザの脳裏にひらめくものがあった。
「あれは、最後の一発だったんだ」
 頭の中で航法ログを巻き戻す。
 『マイティローザ』が追跡を開始した時の『レーゲンベール』の位置と軌道をチェックする。あの時に、『レーゲンベール』は機動爆雷を射出したのだ。レールガンによる射出はほとんどエネルギーを使わないから、六万キロメートルも離れていれば気づかれる危険はない。
 もちろん、射出された機動爆雷は初速そのままに一直線に飛び続けるだけ。それが一時間後に『マイティローザ』の軌道と交差する確率は、限りなくゼロに近い。
 もし交差したとしても、通常であれば機動爆雷ははるか遠くでセンサーに引っかかる。ロケットエンジンを噴射していなければ熱はでないし、小さいのでカメラにも捉えられることはないが、『マイティローザ』が常時放ち続けるレーダーの電波を浴びるのだ。
 『マイティローザ』にとってただ唯一の死角、レーダーの電波が噴射した推進剤の作る靄によって遮られる後方をのぞけば。
「けれど、私がこの軌道を取ることが分かっていれば――」
 いや、分かっていたのではない。
 フィーとクラリッサが計算したこの軌道は、数学的にみて最善手だった。
 そして、ローザはそれをまったく修正せずに使うことができた。
 なぜなら、『レーゲンベール』がこちらの軌道に合わせるかのように一直線に飛び続けたから。
 そうだ、『レーゲンベール』は『マイティローザ』がこの軌道を取る事が分かっていたのではない。
 この軌道へと、追い込んだのだ。機動爆雷が待ちかまえる、このポイントへ。

 ローザは、自分が罠にかかった事を自覚した。

「頭脳体としての緊急権限発動っ! 全火器自動発射っ!」
 意識よりも先に、ローザの中に組み込まれたプログラムが動き出した。人間としてのローザの自我が吹き飛び、全にして一の機械となったローザと『マイティローザ』は兵器としての機能に己を集中させた。
 強力な、大気圏であれば飛ぶ鳥を電子レンジの中に放り込んだかのように焼き鳥にできる高出力の射撃管制レーダーが十二の目標を絞り込む。
 照準がセットされると同時にレーザー砲を発射。片舷八門のレーザー砲が、一秒間に三十発の光条を放つ。そのうち二発が機動爆雷を射抜いた。爆発、四散。
 すぐさま次の目標へ。さらにその次へ。
 限界を超えた連続発射に、砲台が過熱する。高熱で砲口レンズを維持する磁場が維持できなくなった時、機動爆雷はまだ七つが残っていた。
 船体を軸回転させて、別の舷側のレーザーを使うか? いや、時間が足りない。ローザはレーザー砲は諦めて自らも機動爆雷を使うことにする。
 レールガンを展開する時間はない。格納庫から機動爆雷をロボットアームで『放り投げる』。三つある格納庫から一発ずつを投げるのが精一杯。加速を続ける『マイティローザ』からこぼれ落ちたように取り残される機動爆雷がみるみる遠ざかっていく。
 安全距離まで離れたローザの機動爆雷は次々と点火。向かってくる機動爆雷と秒速百キロメートル近い高速で激突した。爆薬を点火する余裕も必要もない。互いにきれいに消し飛ぶ。
 四つまでその数を減らした機動爆雷が迫ってくる。もう時間がない。あまりに近すぎて、あまりに速すぎる。『マイティローザ』の持つあらゆる火砲が無力化される距離。
 打つ手を失ったプログラムが停止し、ローザは再び自我を取り戻した。といっても、ローザに何かできるわけではない。
 むしろ自我と共に戻ってきた感情がローザを押しつぶしていく。恐怖と絶望。圧倒的な無力感。
「ごめんっ、みんなっ!」
 ローザが諦観と共に何もかもを放り出そうとした時、彼女の身体を誰かがぐいっ、と引っ張った。
 機動爆雷の爆発ではない。機動爆雷との衝突ではない。
 『マイティローザ』の、彼女自身のロケットエンジンがあげた咆吼だった。
 それを動かしているのは、ローザではなく、操縦桿を握ったひとりの青年。
「エドガーっ?!」
 ローザには、エドガー・ライズ・リートマイティスが何をしているのかは分からなかった。
 ローザに分かったのは、エドガーがまだ諦めていないという事だけ。それだけで、ローザの心から恐怖と絶望が消えた。何かをやろうという気持ちが戻ってきた。
「ローザっ! ありったけの推進剤をエンジンにぶちこめっ!! エンジンがぶっ壊れてもかまわねぇ!!」
 ローザは、そうした。あらゆる安全装置を解除し、とにかく推進剤をロケットエンジンに流し込む。
 すさまじい衝撃が『マイティローザ』を包み込み、今度こそローザの意識を吹き飛ばした。

 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)