■『ホワイトクローバー』の初陣

 惑星航路上に漂いでてきた小惑星を映すレーダーの輝点は、その数を秒間隔で増やしていた。
 小惑星が分裂しているのではない。そこに付着していた真空戦闘生命体、通称『虫』が、接近する美味そうな金属に惹かれて漂いだしているのだ。
 『虫』にとっては餌である宇宙船の名前を『ホワイトクローバー』という。マスコミ向けのパブでこそイージス戦艦と呼ばれているが、その実態は護衛艦でしかない。
「『虫』がさらに増えたのです。273匹目なのです」「『虫』がさらに増えたのです。273匹目なのです」
 『ホワイトクローバー』の頭脳体であるシロとクロがあうあうとつないだ手を振り回しながら報告する。
「この距離なら、主砲があれば狙撃して掃討なんだけどね。副砲が届くにはちょっと遠いかな。厄介なことさね」
 砲術長のシノニムが流れるような手つきで『虫』の観測データを集計する。273匹――さらに増えて288匹の『虫』のどんな挙動もシノニムの指先からは逃れられない。
「ちっ、航海演習ってんで主砲もミサイルも積んでねえってのに。ツいてないぜ」
 蛇輪を握るトリフォは不機嫌さを隠さない。開いた右目が追うのは、シノニムから転送された『虫』の予測軌道だ。288匹――さらにさらに増えて312匹の『虫』の未来位置を示す赤い破線は悪意をこめた蜘蛛の巣となって十重二十重に『ホワイトクローバー』を包み込んでいる。
「うわわわ。あれに捕まったらどうなるのかな? 食べられちゃうのかな? 逃げられないのかな?」
 艦長席の後ろで落ちつきなく体を揺らしているのはコックの詰草ベニバだ。小さな艦内重力の元ではわずかな上体のぶれが増幅され、突出した胸のふくらみが縦横無尽に弾みまくっている。
「ええい、落ち着かんかベニバ! うろたえても事態は改善されぬぞ。まずその跳ね回る乳をなんとかせい!」
 大きな艦長席に小さな身体を半ば埋めるようにしたゲンゲ・蘭・リャンゼンがベニバを叱咤する。
「蘭ちゃん、それセクハラだよっ!」
「いいから、補助席を出してそこに座れっ! これから艦を振り回すことになるかも知れんのだからな」
「そっか。えとえと……」
「そこのレバーは、消火剤を出すやつだっ! 補助席はこっちの……あれ?」
「そっちは気密用の粘着バルーンを出すレバーなの」「そっちは気密用の粘着バルーンを出すレバーなの」
「そんなことはわかっておる! えいえい……よし、ほら座れ。ちゃんとベルトも締めるのだぞ」
 もたもたと素人まるだしのやりとりに、トリフォの眉がぴくぴくと動く。
「まったく。忙しいってぇのに。そもそも、なんでコックのベニバがココにいるんだ」
「いいじゃないか、トリフォ。艦内で一番安全なのはココさね。それに我らが蘭ちゃんは今のやりとりで落ち着いたみたいで結構なことだよ」
 艦橋でも常に着用しているサングラスの向こうで、シノニムの瞳が優しい色を浮かべる。
 『虫』が出現した時にはこわばっていた蘭の仕草も表情も、ベニバとのやりとりをへて柔らかくなっている。
 誰かを守る。
 誰かを助ける。
 誰かの役に立つ。
 どんな小さなことでも、どんな些細なことでも、それを決意して動く時、人には力が宿る。
「……だな」
 トリフォがへの字に引き結んだ口元をゆるめた。
 知識も技能も経験もないお飾りの艦長である蘭から。彼女を守ろうとすることから。自分がどれだけの力をもらっているか。それは彼女自身が一番良く知っていた。
「おいこら、ゲンゲ艦長。そんなコトしてねえで、どうすりゃいいか決めてくれよ。さもなきゃ、あたしらそろって『虫』の晩ご飯だぞ」
 そしてそれが分かっているからこそ、トリフォはわざとぶっきらぼうな物言いをする。
「ゲンゲって呼ぶでないーっ! 蘭と呼ぶのじゃーっ!」
 艦長席のゲンゲ・蘭・リャンゼンがむくれてこぶしを振り上げる。
 もうすっかりいつも通りのチビで生意気な艦長殿だ。
「ねえ蘭ちゃん。近づかれる前に全部撃ち落とすわけにはいかないの?」
「うむ。それができれば全部解決じゃな。シノニム、できるか?」
「うーん、残念だけどそいつはちょっとばかり無理なのさ。副砲の射程は短いからね。これだけ多いと全部落とす前にとりつかれちまう」
 レーダーに映る『虫』の数はついに333匹まで増えていた。
 蘭は今度はトリフォに聞く。
「なら、逃げることは可能か?」
「主砲を外して軽くしてあるからぎりぎり逃げることはできるけどね。でも、うちらが逃げると『虫』は後からここを通る他の輸送船を襲うぜ?」
「む、それはまずいな。ここは航路のど真ん中じゃ。『虫』を放置するわけにはいかん」
「でも、戦って負けてしまったら同じなのです」「でも、戦って負けてしまったら同じなのです」
「うーむ。困ったのじゃ」
 蘭は腕組みをして首をひねる。
 もちろん、首をひねったところでいい考えが浮かぶわけではない。彼女は王族であるという理由だけで、護衛艦サイズでありながらロストテクノロジー満載の高価な『ホワイトクローバー』の艦長になったお飾りにすぎない。
 華麗な作戦も、敵を一網打尽にする秘策も、蘭の中から出ようはずもない。
 それが分かっているので、蘭は素直に問いを口にする。
「シノニム、トリフォ、目の前にいる『虫』の群れをしとめるにはナニが必要じゃ?」
「そうだな。護衛艦が、3隻か4隻……いや、5隻は欲しいところだ」
「それだけの増援を呼び寄せることは可能か?」
「『虫』による電波擾乱の範囲外へ出れば、通信は可能さ。ただ、到着までに三日はかかる計算になるのさ」
「そいつはまずいぞ。これだけの『虫』が散ってしまったら、全部退治するのに何ヶ月もかかっちまう。その間この航路はふさがったまんまだ」
 シノニムとトリフォの言葉に蘭は耳を傾ける。世間一般の基準でいえばまだヒヨっ子の砲手と操舵手だが、貧乏なリャンゼン星系は無能な人間に最新鋭艦をゆだねたりはしない。口も性格も悪いが、彼女らがプロとして行うアドバイスに蘭は疑問を感じない。
 戦っても勝てない。
 逃げることはできるが、それでは解決策とはならない。
 増援を集めても、それが到着するまでに『虫』が散ってしまっては、すべて退治するまでに時間がかかりすぎる。
 シノニムとトリフォがそう言うのなら、その通りなのだ。
「うーん、どうすればいいのやら」
「……ねえ、蘭ちゃん。蘭ちゃん」
 補助席に座ったベニバが蘭の袖をつついた。
「なんじゃ?」
「『虫』って宇宙船食べちゃうんだよね?」
「そうじゃ。宇宙船でなくても金属ならなんでもいいらしいが、宇宙船に使う金属は特にごちそうなのじゃ」
 この程度のことなら、蘭にでも説明できる。
「ごちそうって言っても、ここ宇宙だからおいしい匂いがするわけじゃないよね? どうやって嗅ぎ付けたんだろ?」
「む――そういえば、どうしてなのじゃ?」
 今度の問いに答えたのはシロとクロだった。
「光の反射や吸収の分光分析なのです」「光の反射や吸収の分光分析なのです」
「――だそうじゃ、つまりは美味しい物は見ただけで分かるのじゃな」
「ふーん。それでこの船を見つけた『虫』が寄ってきているのね。蘭ちゃんみたいだね」
「失礼なことを言うのはこの口か? この口なのか?」
「ひた(痛)い、ひた(痛)いよ、蘭ちゃんー」
「じゃれてないで、そろそろどうするか決めてくれよ」
 さすがに焦れたトリフォの声がきつくなる。展開にエネルギーを要するアイギスのため、『ホワイトクローバー』は艦の大きさに比してハイパワーのエンジンを搭載してある。だから、『虫』に寄ってこられても逃げ切る手だてはあるが――333匹ともなれば、できるだけ距離を置いた状態から手を打ちたい。
「うむ。今ので決まったぞ」
 蘭がベニバのほっぺから指をはずして不敵な笑みを浮かべた。

 『虫』の群れは、数百年ぶりにであったごちそうにふるいたっていた。一種の自動機械である彼らは、その呼び名通り、決められた本能――によく似たプログラムで動く。
 強力で、凶悪で、無慈悲であるが。
 彼らのことを良くしっていれば、その動きはすべて予測可能なのだ。
 その本能に従い、『虫』たちは久しぶりのごちそう、精錬された金属の塊が素早い動きで彼らの包囲をくぐりぬけて遠くへ去った後も、しばらく諦めきれずにその後を追った。
 そろそろ諦めて散ろうかと考えた彼らの視界に、新たな金属の塊が映った。ドップラーは青。
 取り逃がした獲物から分離したと思われる新たなごちそうは小さくはあったが『虫』の食欲を誘った。333匹の『虫』は追跡を続行した。

「お? 引っかかったようさね」
「そいつは良かった。空になった燃料タンクでも誘引が可能で」
 その様子をレーダーで監視していた『ホワイトクローバー』の艦内で、シノニムとトリフォが笑みをかわした。
「うむ、わらわの計略通りなのじゃ」
「蘭ちゃんは艦そのものを餌にしておびき寄せようと考えていたのです」「蘭ちゃんは艦そのものを餌にしておびき寄せようと考えていたのです」
 シロとクロがじとっとした目で蘭を見る。
「成功したからいいのじゃ」
 蘭はまるで悪びれず、薄い胸をそらして威張る。
 蘭が考えたのは、増援が来るまで『虫』を散らさないために『ホワイトクローバー』が囮になるというものだった。
 効果的だが危険なその作戦を、シノニムとトリフォ、そしてシロクロが手直しした。誘引のための餌を分離した燃料タンクにしたのだ。
「よし、増援がくるまでこの調子でがんばるぞ!」
「あいよ」
「了解さねー」
「アイアイマムなのです」「アイアイマムなのです」
 艦橋の扉が開いた。
 甘い匂いが漂いだす。
「作戦成功祝いのおやつを持ってきたよーん」
「おお、すぐに食わせるのじゃ」
 扉が開くと同時に匂いを嗅ぎ付けた蘭がすぐさまベニバに近づいてクッキーをつかむ。
「蘭ちゃんが『虫』の動きが読める理由が分かる反応さね」
「こいつは『虫』よりもいやしんぼうだぜ」
「蘭ちゃんがおデブになって重くなると、機動性が低下するの」「蘭ちゃんがおデブになって重くなると、機動性が低下するの」
「全部聞こえておるぞっ! 罰として、このおやつは全部わらわがいただくのじゃ!」
「そいつは横暴だぞっ!」
「食い物の恨みは反乱を起こすほど深いのです」「食い物の恨みは反乱を起こすほど深いのです」
「はいはい、こうなると思って、皆さんには生クリームをふんだんに使ったケーキを用意しましたよー」
「わーい、ショートケーキなのです」「わーい、ショートケーキなのです」
「なにーっ? そっちもよこすのじゃー」
「ダメだってば蘭ちゃん、カロリーオーバーっ!」
 少女たちの乗る『ホワイトクローバー』の、これが初陣だった。

【おしまい】


 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)