注意:これは『くまたん』シリーズの4話です。先に3話の『くまたんとお布団』をお読みになってから読まれると、より楽しむ事ができます。
目が覚めた時、あたしの目の前に祐介の顔があった。 「ふにゃ……」 半ば寝ぼけたまま、あたしは祐介の顔に手を伸ばした。 ぺちぺち。 「んーんー」 祐介が眉をひそめてうめく。あは、可愛い。 ぺちぺちぺちぺち。 「んーんーんーんー」 「あ、ひげが生えてる。祐介のくせに生意気」 子供の頃は女の子そっくりの優しげな顔だったのに。 ぐに。 「ひゃっ?!」 突然、あたしの、む、む、む、胸に指の感触。 「ゆ、ゆ、ゆ、祐介っ?!」 起きてたの? いや、ぺちぺちしてたのはあたしだからそりゃ起きるのも当然かも 知れないけど……その、いきなり胸っ?! ぐに。ぐに。ぐに。 「ひゃ。ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」 パジャマの下は何もつけていない胸をわしづかみにされ、ぐにぐにと揉まれる。 「んー」 祐介は目を閉じて眠ったふりをしている。 「だ、だめよ祐介っ?! そんな、だって、こんなのって――やっ、やだっ?! ちょっと、そんなっ」 「んんー?」 祐介が顔をしかめる。な、何よ? 人の胸を勝手に揉んでおいて、何が不満なのよ? ぐり。 「ひっ?!」 突然、胸を揉んでいた手が今度はその――えっと、さきっちょの方を…… ぐりぐりって。 「や、痛っ。だめっ、それ本当に痛いって――だめっ!」 「んんんんー?」 ぐりぐりぐり。 「ゆ、ゆ、祐介のっ――」 「ん……あ? お、おはよう。香澄、それと……」 「祐介のばかあああぁぁぁぁっ!!!!」 がごんっ! 私はお泊まりセットを入れてもってきた鞄で祐介の顔を叩きつぶした。 「げごっ?!」 祐介がかえるが潰れたような声をあげる。 「はー、はー、はー……あれ?」 ぐりぐりはぐにぐにに戻っていた。だが、祐介は両手を広げて大の字でひくひくと 痙攣している。 ……じゃあ、あたしの胸をぐにぐにしてるのは? 視線を下げる。 するとそこに、あたしの胸に抱きつくようにして眠るくまたんがいた。 「首が痛い」 「ごめんってば」 「あの鞄、何が入ったらあんなに固くなるんだ」 「悪かったわよ。え――やだもうこんな時間?」 朝のどたばたが終わって携帯を見るとすでに7時30分だった。通学時間を考えると ちょっとやばい。祐介に後ろを向かせて制服に着替える。 「お腹が空いたのじゃー。朝ご飯を食べるのじゃー」 ひとり平和なくまたんが足をばたばたさせて空腹を訴える。 「くまたん、そこの食器棚の脇にパンがないか?」 「1枚しかないのじゃ」 「その下は?」 「あ、お餅があるのじゃ」 「よし、くまたん。お餅を焼いてくれ」 「よしきたのじゃ。祐介と香澄は何個食べるのじゃ?」 「俺は3個」 「あたし1個でいい」 「では6個焼くのじゃ」 制服に着替え終わった時、ちーん、とベルが鳴った。 「うむ、よく膨らんでおるのじゃ」 牛乳にきな粉餅の朝食。 何やら朝から妙な取り合わせであるが、栄養的には案外いけてるのかも知れない。 ああでも野菜がないか。 「いただきます」 「いただきます」 「いただきますなのじゃ」 三人で手を合わせて丸い皿の上の餅を箸とフォーク(箸は2膳分しかなかったので くまたんがフォーク)でいただく。 「うーむ」 「どうしたくまたん」 「膨らんだお餅を見ると、ゆうべ見た夢を思い出すのじゃ」 「どんな夢なの?」 「かーさまの夢なのじゃ。柔らかくて暖かくて……とても気持ちが良い夢だったのじゃ」 「そう、それは良かったわね」 あたしはくまたんの頭を撫でた。 食事は3分で終わった。 「あ、こら祐介。ネクタイが曲がってる」 「いいだろ別に」 「良くないわよ」 うちの学校は男子も女子も制服はかっこいい。祐介は中身もいいのだが、外見が だらしないので損をしている。いや、損をしているのは祐介だけで、あたしは得を してるんだけど。 「ほら、顎を上げて」 「ん」 祐介は基本的にあたしに逆らわない。あたしは祐介のネクタイを直しながら、朝の 出来事を思い出して顔を赤らめた。 あれがくまたんではなく、祐介だったら―― 祐介はあたしに逆らわない。あたしが優しくしてくれって言ったら、きっと――って、 やだ、何考えてるのよっ?! ぎゅううううう。 「ぐあああああっ!」 「おお、祐介の顔が赤から青へ。まるで信号機のようなのじゃ」 そんな事をしているもんだから。 「ああもうこんな時間っ?!」 「だからどうしてお前はトイレがそんなに長いんだ」 「うるさいっ! 走るわよっ! あ、そうだくまたん」 「なんじゃ」 「えーっと、帰るのは5時過ぎになると思うんだけど、お腹空いたらうちに来てね。 母さんにメールしてお昼ご飯用意させておくから」 「お気遣いは無用なのじゃ。今日はくまたんもやるべき事があるのじゃ」 えへんぷい。 なんだろ。畑を荒らしたり、柿の木に登られるのは困るんだけどなあ。 「? そ、そう。あ、それならほら」 あたしはいつも持っているこの部屋のスペアキーをくまたんに渡した。 「それじゃ、いってきますっ!」 「くまたん、いってくる」 「うむ、いってらっしゃいなのじゃ」 あたしと祐介はアパートの階段を駆け下りた。 道に踏み出したその場であたしの足が凍り付く。 「あらおはよう」 何気なく箒を持った母さんがにこやかにこちらを見ていたのだ。 「おばさん、おはようございます」 「かっ、母さんっ?! あのねっ、これはねっ!」 「ほらほら、早くしなきゃ遅刻するわよ?」 「え、あ、そうねっ! 行ってきますっ!」 あたしは祐介が何かとぼけた事を言わないように祐介の手を握って走り去った。 えーと、学校でゆっこと口裏を合わせて……祐介にも何か適当な言い訳をさせて ……うん、大丈夫。アリバイは工作時間さえあればなんとかなる。 そうだ。 これまでも。 これからも。 あたしと祐介にはうんと長い時間があるんだ。 それでも。 だとしても。 り〜んご〜ん。 「うお、予鈴が鳴ってるぞっ?!」 「ああっ、時間がないっ! 祐介っ! 壁っ、壁越えするわよっ!」 あたし達はその時間を駆け抜ける。 いつまでも。 どこまでも。 ...next story『くまたんのお仕事』