くまたんとお風呂

 注意:これは『くまたん』シリーズの2話です。先に1話の『くまたんが来た』をお読みになってから読まれると、より楽しむ事ができます。

 ご飯を食べておなかが一杯になると、眠くなる。
 くまたんもそれは一緒らしい。
「むぅ〜なのじゃ」
 目をごしごしする。
 まだ8時だが、野生に生きるくまたんは日没と共に寝る習性があるのかも知れない。
 それとも熊は夜行性だったろうか?
「眠いのじゃ」
「じゃあ、ちょっと早いけどお風呂にしよう。くまたんはお風呂に入るのか?」
「むろんじゃ。くまたんは温泉が大好きなのじゃ」
「うちはユニットバスだけどな」
 たしか試供品の入浴剤があったはずだ。別府温泉かどこかそのへん。
 俺は風呂を入れるために立ち上がった。
 ぴんぽー。
 玄関のチャイムが鳴った。そしてこちらのいらえを待たずに、ドアが開けられた。
「やっほー、祐介。生きてるー?」
 香澄だった。
 紫藤香澄。俺の幼馴染みであり、大家の娘である。香澄は、大根の入ったビニール
袋を持っていた。
「母さんがね、お野菜が高いから祐介に持ってけって……」
 言葉がとぎれる。動きも止まる。
「大根か。うまそうじゃな」
「じゃあ明日は、ふろふき大根にしよう」
「がおー」
 熊耳をぴょこぴょこさせてくまたんが喜ぶ。
「ありがとう香澄。おばさんにお礼を言っておいてくれ」
 俺は彫像のように動かない香澄の手からビニール袋を取った。
「祐介、早く風呂を入れるのじゃ」
「ああちょっと待って。確かこのへんに……」
 俺はがさごそと入浴剤を探した。
「祐介っ!!」
 香澄が隣近所に聞こえるような大声で叫んだ。顔が真っ赤である。
「な、な、な、な、何をっ!」
「どうした?」
 香澄ははいていたサンダルを蹴飛ばすように脱いで部屋に上がると、ずかずかと
俺に詰め寄った。
「何をしてるのよっ!」
「入浴剤を探してるんだ。試供品でもらったのが確かそのへんに」
「入浴っ?!」
 声が裏返っている。
「風呂に入るんだ。くまたんが温泉が好きだっていうから」
「風呂っ?!」
「そうじゃ。祐介とお風呂に入るのじゃ。がおー」
 くまたんが言う。
「祐介と……お風呂……」
 くらっ。香澄の足元がふらついた。
「おっと」
 俺は香澄の肩を抱いて支えた。ショートにした髪から、柑橘系の香りが漂う。
はて。こんな夜に化粧水をつけるとは、どこかに出かけでもするのだろうか。
「どうした香澄。気分でも悪いのか」
 さっきまで真っ赤だった顔が今は真っ青である。
「……だめ」
「あん?」
「だめよ」
「何がじゃ?」
 と、くまたん。
「祐介とお風呂にはいっちゃだめーっ!」
 香澄がアパートがびりびりと震えるような大声で叫んだ。

 そういうわけで。

 くまたんは香澄とお風呂に入ることになった。
 ばしゃばしゃばしゃ。
 さかんに水音がする。
「こら、お湯で遊ばない」
「湯加減を調べておるのじゃ」
 磨りガラス越しに、桃色の物体がふたつ動いている。大きいのが香澄で、小さいのが
くまたんであろう。
 それにしても……
 香澄はなぜわざわざうちの風呂に入りたがったのだろう。しかもくまたんと一緒に。
そうでなくても狭いだろうに。
「温泉はやはりいいのじゃ」
「こら、ちゃんと肩までつかりなさい」
「香澄はうるさいのじゃ」
「ほら、洗ってあげるから背中むいて」
「がおー」
 ぴるるる。
 電話が鳴った。
「もしもし」
「祐介ちゃん?」
 香澄ん家のおばさんだった。
「うちの香澄、そっちに行ってないかしら?」
「はい来てますよ」
「なかなか帰って来ないからどうしたのかと思って」
「ああ今、風呂に入ってます」
 電話口の向こうが静かになった。
「もしもし、おばさん?」
「うふふふふふ」
 おばさんが何やらものすごくうれしそうに笑った。
「祐介ちゃん、見直したわ」
「は?」
「これは一本とられたわね。うーん、そこまで進展してるとは思わなかったわ」
「何のことでしょうか、おばさん」
「やーね、おばさんだなんて他人行儀な。おかあさんって呼んでちょうだいな」
「はぁ」
 そういえばこの人には子供の頃、お姉さんと呼ぶようにしつこく迫られたことが
あったな。あのときには香澄が本気で怒り出したっけ。ひょっとしたら今回のも
その流れだろうか。
「風呂から出たら香澄に連絡させましょうか?」
「いえ、その必要はなくてよ。あ、私から電話があった事も黙っててね。お父さんは
私がだまくらかしておくから」
 この件とおじさんにどんな関係が? 疑問には思ったが口にはしなかった。
「分かりました。香澄には話しません」
「それじゃ祐介ちゃん。しっかりがんばるのよっ」
 電話が切れた。俺は首をかしげた。
「がおー。香澄は胸が大きいのじゃな」
「そ、そうかな?」
「おっぱいもたくさん出るのじゃろうな」
「出ないわよっ!」
 女の子の風呂は長いとどっかで聞いた覚えがある。
 俺は先に布団を敷くことにした。

 ひょっとしたら――
 女の子は夜も長いのではないか。布団を敷いているとそんな思いが去来した。

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お題もの書き2004年11月テーマ企画「クマ」

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