くまたんが来た

「また熊かよ」
 テレビをつけると、またどこぞで熊が出没したというニュースをしていた。
「熊も食い物がないのかね」
 俺はスーパーで買ってきた野菜コロッケを皿に移しながら言った。袋には50円
引きシールが貼ってある。昨日炊いたお冷やを茶碗によそい、もらいものの漬け物
の瓶を引っ張り出す。
 しゅーしゅー。
 湯がわいた。
 ピーンポー。
 玄関のチャイムが鳴った。ボロアパートなせいか「ン」が鳴らない。
「はいー?」
 ガスを止めて流しの窓から外をのぞく。視界が狭いのではっきりとは見えないが、
玄関の前に誰かがいるようだ。
「が、がおー」
「?」
 なんか妙な声が聞こえたな。
「誰ですかー?」
「がおー」
 うーむ。そこはかとなく言葉が通じてないような、そんな感じが。もしかしたら
4号室のはっつぁん(ハッサン)の知り合いだろうか。
「はいはい」
 玄関のドアを開ける。
 そこに。

 くまたんがいた。

「がおー、なのじゃ」
「えーと……誰?」
「くまたんなのじゃ」
 その言葉を強調するかのように、くまたんの熊耳がぴくぴくと動いた。
「あ、俺は高沢祐介」
 俺は自分の名前を名乗った。
 くまたんは、きょろきょろと周囲を物珍しげに見ている。
「どこから来たんだ?」
 その問いかけに、くまたんは俺の無知を責める顔になった。
「山から降りてきたのじゃ」
「ああ、そうか」
「邪魔をするぞ。がおー」
 くまたんは靴をぬいでアパートの中へ入ってきた。ちゃんと靴をそろえて。
「ところでくまたん」
「なんじゃ」
「何しに来たんだ?」
「むろん、おなかがすいたのじゃ」
 一枚しかない座布団をひっくり返して、くまたんはそこにちょこん、と小さなお尻を
のせた。
「食料をよこすのじゃ。がおー」
「何を食べるんだ?」
「くまたんは雑食性だから、なんでも食べるのじゃ」
「そうか」
 さすがにハチミツとかはこの部屋にはないからな。それでも、そこらへんに何か
もらいものでもないかと部屋の隅の箱を動かしたら。

 かさかさかさかさかさ。

 つやつやと黒光りするヤツが出現した。
 たたきつぶそうとしてハタと気が付く。
 確か熊は昆虫も食べるんだよな。うん。
 そいつは突然の隠れ場所を失って狼狽したのか、くまたんめがけてS字カーブを
描きながら突進した。
「あ、ちょうどいい。そいつでも食べていてくれ」
「?!!!」
 くまたんが、文字通り飛び上がった。熊耳がぴーん、と立っている。
「が、がお〜〜〜〜っ!!!」
 どんがらがっしゃん。
 座卓をひっくり返してくまたんが逃げ出した。狭いアパートの中を猛烈な勢いで
走り回る。そしてどういうわけか、その後をかさかさとホーミングする黒いヤツ。
「がお〜〜〜〜っ?!!」
 そしてついに、ヤツは最終手段に訴えた。ふだんはしまってある羽根を広げて、
くまたんめがけて飛びかかったのである。
「〜〜〜〜〜っ!!」
 くまたんが俺の首っ玉にしがみついて悲鳴をあげる。俺は手近にあった新聞紙で
空中を飛ぶやつをはたき落とした。床に落ちたそいつは戦意を喪失したのか部屋の
隅へと逃げていった。
 くまたんは、俺の体によじ登るようにしてしがみついたまま、ぶるぶると震えて
いる。
 俺はぽんぽんと、くまたんの頭を軽くたたいた。
「ほら、あいつはどっかいったぞ」
「……本当か?」
 目をうるうるさせてくまたんが言う。俺はまじめにうなずいた。
「部屋を片づけるから降りてくれ」
「がおー」
 それでも怖いのか、くまたんは俺の服の裾をしっかりと握ってはなさない。
 俺は座卓を元に戻したり、散らばった雑誌などを再び部屋の隅にけり込んだりして
片づけをすませた。
「昆虫は食べないのか」
「むろんじゃ!」
「蜘蛛も?」
「蜘蛛も虫じゃ!」
 くまたんは強く主張する。厳密には違うのだが。
「うーん。となると俺の夕食のコロッケぐらいしかないんだが」
「それでよい」
「いいのか?」
「がおー」
 うなずくくまたん。
 そういうわけなので、俺は皿をもう一枚用意し、朝食用に残すつもりであった
コロッケをのせた。
「いただきます」
「いただきますなのじゃ、がおー」
 手を合わせる。くまたんは旺盛な食欲をみせ、俺は自分のコロッケのひとつを
半分にしてくまたんにあげた。
 もぐもぐ。
 もぐもぐ。
「ごちそうさまなのじゃ」
「おそまつさま」
 食事の後、俺はごろんと床に寝転がった。
 くまたんは流しに行って木箱の上に乗り、皿を洗っている。
「ところでくまたん」
「がおー」
「おなかがいっぱいになったら、山に戻るんじゃないのか?」
「うむ。そうじゃな」
 くまたんはしばらく腕組みをして考えた。熊耳がぱたぱたと動く。
「もうしばらくここにいることにしよう。がおー」
「そうか」

 そういうわけなので。
 くまたんはまだここにいるのである。

 ...next story『くまたんとお風呂』

お題もの書き2004年11月テーマ企画「クマ」

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