小さいが強い赤外線反応が私の後ろの宇宙空間で発生した。
数は一二個。距離は五〇〇キロメートル。
「ほえ?」
我ながら間抜けな声が出た。
「なんで? なんでこんな近くに?」
いやそうじゃない。本当の疑問はそこじゃない。
「なぜ、後ろから?」
熱紋を照合する。すぐに答えが返る。帝国標準型の宇宙機雷だ。設定された距離に敵が近づいたら化学ロケットに点火、肉薄して爆発。周囲の空間に無数の破片をばらまき、その破片で敵をずたずたに切り裂く。
とても単純で原始的で、それゆえに確実な攻撃。
でも実際にはそう簡単ではない。宇宙空間は広い。宇宙機雷のロケットは近くまでやってきた敵に食らいつくためのもの。基本はあくまで待ち伏せ兵器である。
やってくるなら前方から。
加速を続ける戦闘艦を追いかける事はできない。
だから。
「私に、届くはず――ないのにっ!」
信じられない。
ありえない。
でも、確かに宇宙機雷は背後から迫りつつあった。
「どうしよう。どうしたらいいの、フィー?」
艦長不在の今、副長のフィーが指揮官だ。フィーは困った顔で答えた。
「落ち着いて。ドップラーシフトを確認するのよ。相対速度がマイナスなら、あるいは逃げられるかも」
「あ、うん。えと――相対速度はプラスの、七キロメートル、違う八、九……どんどん増えてるよっ」
相対速度がプラス。つまり近づいている。宇宙機雷の威力は相対速度で決まる。破片の運動エネルギーは相対速度の自乗だ。
「クラリッサ砲術長。迎撃は可能かしら?」
フィーは視線を左に転じて砲術長のクラリッサに聞いた。クラリッサはコンソールを操作しながら答える。
「時間が足りない」
クラリッサの言葉はにべもない。それはそうだろう。砲術班はさっきまで四万キロメートル彼方の敵を攻撃する準備をしていたのだ。こんな至近距離にいきなり敵が出現する事は想定外だろう。
「でも、なんで? こんな場所に宇宙機雷がいるなんてありえないよ」
過去にさかのぼって、センサーのログをチェックする。宇宙機雷は小さいからレーダーが見落とすことはあるかも知れない。でも赤外線反応を消すことはできない。こちらの動きに合わせて加速すれば、絶対にエンジンの熱が探知されるはずだし、それを見落とすことはありえない。
「こいつら、どこから来たの? そっか。今の軌道を逆算すれば――」
「何やってる、このバカ!」
そこまで考えたところで操舵士のエドガーが私の頭をつかんだ。
わしわし。ぐりぐり。
「何するのよっ!」
それはすごく腹ただしく、すごく懐かしい仕草。
「なんで今、軌道の逆算してるんだよ、お前は」
私の不安は一瞬で消える。
「だって、ほら。こいつらが偶然でてくるわけないじゃない」
「当たり前だ。罠なんだから偶然じゃなくて必然だろうが」
「罠?」
「そう、罠だ。安心しろ、罠なんだから探知できなかったのはお前のせいじゃない」
いつになくシリアスな顔でおかしな事を言うエドガー。ツジツマはあってないし、言ってることの意味もわからないけれど、なぜか私は安心してしまう。
「そっか。罠なのか。罠ならしかたないよね」
あれれ。私もおかしな事を口にしてるぞ。
「そうだ。俺達は罠におちた。だから」
エドガーの顔に笑みが浮かぶ。楽しくてしかたがないという笑み。いたずら小僧の笑い。この四年間、何度も見た笑い顔。最近はちっとも見ない顔。
そういえば、さっきのように頭をぐりぐりされたのだって本当に久しぶりだ。
「この罠を食い破ってやろう。俺とお前なら、それができる」
どこからこの自信がくるのだろう。
どうして私をそこまで信頼してくれるのだろう。
「できるかな?」
できるわけがない。
鋭い弧を描いて交差軌道をひた走る一二個の宇宙機雷は必殺の布陣。どのような退避軌道をとろうが、投網のように広がって私を捕まえる。
データベースにある過去の戦術データを総ざらいしても、この結末を逃れる方法は見つからない。それでもエドガーは私を見て、大きくうなずいた。
「ああ。お前は特別だ、〈マイティローザ〉」
〈マイティローザ〉。エドガーは甘く囁くような声で。
恋人に愛を語りかけるような声で。
私をそう呼んだ。
銀河帝国宇宙軍所属、マイティ級一番艦。全長二四〇メートル、全備重量四万トン。宇宙戦艦としてはコンパクトな船体に、強力な主砲と桁外れのロケットエンジンを搭載しているがゆえに、ポケット戦艦の愛称でも呼ばれる。
それが私の名前。私はポケット戦艦〈マイティローザ〉だ。
私が生まれたのは今から四年前のこと。
“大歪曲”前より稼働を続けるブレインチップ工場が私のお母さんだ。
便宜上の肉体であるバイオボディへの初期設定(インストール)の後で私は宇宙戦艦の頭脳体としての適性を認められ、士官学校へと送り込まれた。
同時に、私の本体となる宇宙戦艦の設計と建造もスタートしていた。
エドガーと出会ったのはその時になる。偶然ではない。宇宙戦艦とはとても高価で複雑な戦略兵器だ。実戦で使えるようになるには十分な熟練がいる。その期間を少しでも短くするために、宇宙戦艦となる頭脳体と、その宇宙戦艦に配属されることになる士官候補生は一緒に勉強や訓練を共にする習いだ。
一方でもっと上級の現役士官は、頭脳体ではなくて本体の宇宙戦艦の建造に携わる。これを艤装委員と呼ぶ。
私と同じクラスに、士官候補生はエドガーを含めて八人いた。
「キミが頭脳体か。これから四年間、よろしく頼むよ」
みんなのリーダーで、鋭い知性と優しい声を持っていた、DD。
「女の子なんだから、ちゃんと名前もつけてあげなくちゃね」
どんな時にもほほえみをたやさず、チームを柔らかく包んでくれた、ミネルバ。
「名前か。ええのんつけてやらんとな。気が強そうやし、赤い服もよう似合うとる。そやなスカーレットでどうや」
帝国西部域の訛りまじりで、いつも剽軽な事を言うムードメーカーの、アンサム。
「慌てないんだな。この子の意見も聞くんだな」
のんびり屋さんだが、実は誰よりも敏捷で器用。幅も厚みも桁違いな高重力惑星出身のモルモル。
「僕としてはこんな場所で立ち話をするよりは談話室なり食堂なりに移動すべきかと思います。早く行かないと席がなくなってしまいますよ」
いつもせっかちで早口。マイペースなみんなをせきたてる役だった、ビルバ。
「いいじゃないかそれでも。この先、長い付き合いになるんだから慌てなくてもよぉ!」
常に大音量で豪傑笑い。喧嘩ばかりする乱暴者だったが私には優しかった、フョードル。
まだ生まれたばかりの私は、突然現れた若い男女に囲まれて、動転していた。あらかじめ情報としては全員の名前と顔、パーソナリティを伝えられていた。なのに情報と実物の間にある大きな差に、私は圧倒された。
「騒々しいな。これで士官候補生というのだからあきれてしまう。キミも不愉快だろうが勘弁してくれないか」
そう言って私に手を差し伸べてくれた眼鏡の女性がクラリッサ。
私はその手を黙ってにらみつけた。彼女が言ったように不愉快だったからではない。
私はブレインチップだ。大量の情報を瞬時に処理するために生まれた存在。なのに、五感が伝える情報に、ナマのままの情報に、どうすればいいのかわからなくなっていた。そして、その分からない事がさらに私を混乱させた。
気がつくと、流入する情報はその量を大幅に減らしていた。皆が黙り、動くのをやめたからだ。クラリッサは手を差し出したまま、少し困った顔をしていた。
何ということだろう。処理すべき情報が減ったというのに、それでも私は何をすればいいのか、どう反応を返せばいいのかわからなかった。何か自分が間違っているという事だけは強く感じるのに。正解が分からない。
もしかしたら正解などないのかも知れない。
私はぞっとした。
どんな答えも間違っているのだとしたら。
私はどうやって情報を処理すればいいのだろう。
何を基準に行動すればいいのだろう。
「おいこら、チビすけ」
わしっと。
私の頭を、誰かの掌が掴んだ。
「――っ?」
「何をぼけっとしている。実戦でもそんなんだったら、俺もお前もお星様だぞ、おい」
わしわしわし。ぐりぐりぐり。
言葉を強調するように、乱暴にぐりぐりされる。
頭がふりまわされて目がまわる。
「何やってもいいし、慎重なのも構わないが、足を止めるな。宇宙で動くのをやめたら、そいつはただの標的だ」
こんな風に、と。
そいつはぺちぺちと私のおつむを叩いた。
「わかったかチビすけ」
「分かったわ」
私はそう答え、思いっきりそいつの手に噛みついた。
私にとって最初の味覚情報は、ちょっとしょっぱくて、少し苦かった。
『足を止めるな。宇宙で動くのをやめたら、そいつはただの標的だ』
エドガーが私に最初に入力した情報は、エドガーにしては珍しく真実だった。
そうだ。今やるべき事は情報の分析じゃない。
相手は今や秒速一〇キロメートルに近いプラス速度で近づいてきている。最接近して破片のシャワーを浴びるまで一分もかからない。
私がやるべきことは、時間を稼ぐことだ。私の自慢の足で。
「みんな、何かに掴まって! エンジン最大出力出すよ! 加速警報!」
艦内全域にブザーを鳴らす。二度長く。そして一度短く。
本当なら、エンジンの様子を見ながら少しずつ出力を上げて最大推力へ。でも今は一瞬たりとも無駄にできない。
「推力、全開っ!」
手順を全部すっとばして、助走なしで私は走りだす。
頭の上から、目に見えない何かがぐうっ、と私の身体を抑える。椅子に身体が押しつけられて沈み込む。
「はっ――はあっ――はっ――」
視界が暗くなっていく。うわ、しまった。自分にかかる加速のこと、忘れてた。まあいいや。バイオボディの肉体が気絶しても、しばらくの間なら頭脳体としての私の機能は維持できる。
三基のロケットエンジンが咆吼をあげ、船体がびりびりと震える。水よりも比重の重い液体金属を利用した特殊な推進剤を使うことで一二億とんで七二三三万ニュートンのパワーをたたき出す。
けれどまだ足りない。ほぼ全備重量に近い今だと、これでも三Gの加速が精一杯だ。宇宙機雷の包囲を突破できない。もともとの慣性もあるので、軌道の遷移はイヤになるぐらい鈍い。
「あ、まずい」
焦る気持ちが機関の制御を乱した。足がもつれる感覚。えっと、どこが悪いんだろう?
「B−二の磁場ノズルが過熱。機関長、応急願います」
私が何かするより早く指示を出したのは副長のフィーだ。急な全力噴射で生じた不具合を次々に片づけながら、私に向かって微笑んだ。
「こっちは大丈夫。ローザちゃんは思いっきりやって」
「うん。ありがと、フィー」
どれだけがんばっても逃げ切ることはできない。それでも時間は稼げる。その時間こそが、今引き出せる最大のアドバンテージ。
「クラリッサ、この状態なら宇宙機雷を迎撃できる? 時間、ちょっとは稼げたと思う」
「やってるよ。でも、難しい。成功は期待しないで欲しい」
いつものようにぶっきらぼうに、クラリッサが答える。砲手を担当しているクラリッサの手には、主砲を含む私のすべての火力が握られている。
この距離では主砲は使えない。三万キロメートルの彼方を射程に収める私の主砲にとって、五百キロメートルを割り込んだ宇宙機雷はあまりに近すぎる。同じくミサイルや宇宙機雷もダメ。
となると、近接迎撃用の対空レーザー砲を使うしかない。
「射界が足りないな。使えるのは七番と九番だけ。後は機会射撃だから命中率が低下する」
他人事のような淡々とした口調。でもレンズの向こうの瞳は硬い。
実はこの対空レーザー砲が私の泣き所なのだ。私はできるだけ小さい船体に可能なぎりぎりの機能を詰め込んである。そのしわ寄せが、宇宙戦艦としては副次的な機能である近接迎撃能力に来ている。対空レーザー砲塔は十二基しかなく、射界も限られている。宇宙戦艦同士の長距離砲撃戦であればどんな大型戦艦であっても遅れをとることはないが、こまわりの効く宇宙戦闘機が相手だと苦戦してしまう。そんな事は設計段階から分かっていて、それを補うために私には常に護衛艦がつくことになっていた。
「ん。射撃データそろった。迎撃開始する」
クラリッサが射撃開始を宣言すると、レーザー砲に電力を奪われて艦内の電圧がわずかに下がった。私には貧血の軽い感じとして伝わる。
レーザーは光だから反射するものがない宇宙空間では目に見えない。でも、私のセンサーが、断続的に送り出される収束された電磁波のパルスを捉える。弾丸のシャワーのように発射されたレーザーが宇宙機雷がある空間へと駆け抜ける。
五百キロメートル向こうにある全長十数メートルの物体をねらい打つ。三万キロメートルむこうにある全長百メートルの物体をねらい打つよりもよほど簡単そうだが、精密射撃に必要な観測データの蓄積がない。命中率は決して高くない。その分を手数でカバーするんだけど……
「七番レーザー、オーバーヒート。砲身交換はできる?」
「だめ。全力加速中だから」
弾薬を消費しないレーザーであっても、電力さえあれば無限に撃てるというものではない。連続射撃を行えば熱がたまる。冷却システムを全開にしても追いつかない。磁場レンズを含めた砲身部分を交換すれば射撃は続行できるが、3Gの加速中だと作業は危険だし、時間がかかりすぎる。
「そうだね。ならばこのまま撃つ。砲身が溶けるまでに一発は落としておきたい」
「いや、三発だ」
それまで何やら計算をしていたエドガーが口をはさんだ。接近する一二発の宇宙機雷のうち、三発にマークをつける。
「この三発を落としてくれ、クラリッサ。そうすれば逃げられる」
「ムチャばかり言うな。キミはいつもそうだ」
クラリッサはエドガーを眼鏡越しに見た。
「無理ならそう言え。他の手を考える」
エドガーの方はクラリッサの方をちらりとも見ていない。視線を下げて自分の制御卓で計算を続けている。きっと、クラリッサが無理だと言った時の手を考えているのだ。クラリッサの眼鏡がきらりと輝いた。
「やってみせるとも。ローザ、船体をロールさせてくれ。回転速度は二〇秒で一回転。それで他のレーザーの射界が確保できる」
「いいの? 連続射撃でないとそれまでの射撃データが使えなくならない?」
「大丈夫。私が補正する」
クラリッサが平然と答えた。彼女は冷静沈着に見えて、意外と負けず嫌いなところがある。
「分かった。回すね」
姿勢制御ノズルを噴射。私は推進軸を中心にゆっくりと回転をはじめた。戦闘艦橋はほぼ中心に位置するので遠心力はかからない。
回転によって射界を確保できたレーザー砲が射撃を開始する。六秒後、射界がはずれて射撃停止。今度は別のレーザー砲がうなりをあげる。
宇宙船の砲撃は一発必中を狙う狙撃ではない。弾幕のようにレーザーやビームをばらまいて、その中に目標を包み込む。たくさん撃つことで、命中の確率を上げるわけ。
「ヒット! 三番砲塔が目標を捕まえた!」
宇宙機雷のひとつに、レーザーが当たったのだ。当たったことは赤外線の反応で分かる。でも、照準のために広くばらまくレーザーパルスは一発あたりの威力が弱い。一秒間に数万発の小さなパルスを広くばらまくからだ。装甲をもたない宇宙機雷であっても、一発二発当たっただけでは致命傷にならない。
「砲撃プログラムを変更。効力射、開始」
赤外線反応から目標の位置を絞り込み、威力が大きいレーザーパルスを目標宙域へと発射する。今度ははずれ。次も――はずれ。
ここで時間ぎれ。射撃中のレーザー砲が船体の回転にともなって射界を失う。
「逃がさない。散布パターンを二段階戻して五番レーザー砲で継続」
クラリッサが三番レーザー砲のデータをいじって転送してきた。照準をつけ直すことなく、五番レーザー砲で射撃を続行しようというのだ。
「理論上は不可能じゃないけど、大丈夫かな?」
「理論は、そのためにある」
クラリッサらしい答え。私は五番レーザー砲の狙いをつけて、砲撃を開始する。
即座に。
宇宙機雷のあった場所に、大きな赤外反応が出現した。レーダーでも確認する。目標が消失していた。
「やったっ! 一機撃破っ!」
「当然」
はしゃぐ私に、冷静に答えるクラリッサ。でもレンズの向こうで目が笑っている。
続いてもう一発の宇宙機雷が爆発。
さらに三発目は、爆発こそしなかったが制御系を撃ち抜かれたらしく、あさっての方向に飛んでいく。
エドガーの指示した三発の宇宙機雷は、こうして撃墜した。けれど、その間に残る九発との距離は一〇〇キロメートルを割った。もう、いつ爆発して破片をばらまいてもおかしくない。
「どうするの、エドガー? もう、時間ないよ」
エドガーの指示通りに宇宙機雷を落としたものの、私には逃げ出せる穴なんか見つからなかった。確かに動く余地はあるけど、どう動いてもやっぱり取り囲まれる。
「なあローザ。このフネと宇宙機雷の根本的な違いはなんだと思う?」
なのにエドガーはのんびりと私に話しかけてきた。手も止まっている。
まさか、あきらめたりしたんじゃないよね?
「えと……小さいこと?」
首を振るエドガー。
なんだろう。宇宙機雷も宇宙戦艦も、兵器であるところは一緒だ。ロケットという点でも同じ。性能は違うけど、それは根本的な差じゃない気がする。
だとしたら、それはひとつだけ。
「宇宙機雷には誰も乗ってない」
「その通りだ。あいつらには、お前がいない。お前がやれることが、あいつらにはできない」
「私にできることで、宇宙機雷にできないこと?」
それはなんだろう。
私はなぜ宇宙戦艦に乗っているのだろう。
ヒトと同じ肉体を持ちながら、同時に宇宙戦艦としての船体も持つ。それにはどんな意味があるのだろう。
宇宙機雷にだって、コンピュータは搭載されている。けれど私のように肉体はない。お腹も空かないし、泣いたり笑ったりもしない。
それはつまり。
「あいつらには、私のように考える事ができない」
「いいぞローザ。それが正解だ。あいつらは与えられた刺激や情報に反応する事ができる。けど、それだけだ」
「うん。どんな反応をするか分かっていれば、それを逆手に取れるんだね」
私は艦内にあるライブラリから宇宙機雷のプログラムを呼びだした。シミュレータを起動し、その中で今の状況を再現する。
この状況から逃げるには、相手に間違った反応をさせればいい。わざと包囲網に穴を開けさせ、そこから逃げ出す。
罠にかけるんだ。今度は、私が。
九発に減った宇宙機雷は、それでも揺らぐことなく赤い宇宙戦艦を追いつめていった。兵器たるもの常に完璧に動作することはないし、敵がまったく無抵抗ということもない。そのための一二発という数である。半数が撃破されたり誤動作しても残りの半数で敵を仕留めることができる。
一二発という数にはそれだけの余裕がある。
すでに距離は一〇〇キロメートルを割った。現在の相対速度であれば、一〇キロメートルまで接近して爆破すれば、確実に複数の爆散球――宇宙機雷の破片が作り出す破片のシャワー――に目標を捉えることができる。
目標の動きはすべて事前のプログラムにあった通り。単艦としての性能は新鋭艦だけあって優れているが、世の中に無敵の宇宙戦艦など存在しない。
いかに強くても、力は力で押しつぶせる。五〇〇キロメートルという距離まで宇宙機雷の接近を許した時点で、〈マイティローザ〉の敗北は決まっていたのだ。
距離五〇キロメートル。もはや勝利は疑いない。
興奮も、喜びもなく。宇宙機雷は獲物を追いつめる。
その時、宇宙機雷のセンサーが想定外のデータを受信した。目標とのドップラーシフトが少し青方向に引っ張られたのだ。目標の加速が上昇している。センサーの値を積分する。〈マイティローザ〉の加速が3Gから4Gへと上がっている。
驚きも、疑念もない。宇宙機雷にそのようなプログラムは最初からない。いかなる感情も持たず、センサーの数値をそのままに受け取る。受け取りはするが――宇宙機雷のプログラム群にはわずかな混乱が生じた。
目標の加速能力=機動力というデータは、宇宙機雷が自らの行動を決定する上での最重要項目である。目標の防御力とか攻撃力というデータは、それに比べたら重要度は格段に落ちる。それらは宇宙機雷にとって自分ではどうしようもないデータだからだ。宇宙機雷の仕事は目標との交差軌道に自らの軌道を遷移させて、接近して爆発することである。結果として目標が破壊できるかどうかまでを考える必要はないし、悩む価値もない。
けれども、目標の加速能力を読み間違えて交差軌道に乗れないようでは存在そのものが無意味となる。
優先コードをつけたコマンドが宇宙機雷の中で走った。九発の宇宙機雷のロケットエンジンが点火される。爆発直前の最終加速のために残された最後の燃料が消費され、蹴り飛ばされるような勢いで宇宙機雷は突進した。その加速力は最大で二〇〇Gを凌駕する。無人で、小型、しかも燃料がほぼ空になって軽いという条件がそろっての事だが、それもコンマ一秒に満たないわずかな時間。完全に燃料を失ってロケット噴射は停止する。
距離四〇キロメートル。
宇宙機雷のレーダーは、その時までに〈マイティローザ〉から分離したみっつの物体を捕まえていた。デコイを判断するプログラムはすぐにそれらの物体に攻撃する価値はなく、脅威もないと判断している。レーダーの解析結果はそのみっつが推進剤タンクであると判断したからだ。
もしも、宇宙機雷に頭脳体が乗っていれば。
そこで疑問を抱くと同時に納得もしたはずだった。
〈マイティローザ〉の全備重量四万トンのうち、半分は推進剤だからである。まだ満載状態の推進剤タンクをみっつ分離したということは、ひとつ四千トンとして一万二千トンの重量軽減になる。〈マイティローザ〉の加速が突然上昇したのは、この推進剤タンクの分離によるものなのだ。
しかし同時に疑問も出てくる。
推進剤タンクの分離により生み出された加速力は確かに貴重なものだ。しかし、現状では明らかに手遅れである。もしも宇宙機雷が最後の燃料で加速しなかったとしても逃げ切れるものではない。つまり、推進剤タンクの分離は無意味となる。
しばしば宇宙戦闘において推進剤タンクと中に入っている水が敵の攻撃を吸収することで被害を軽減する役割を果たしていることを考えれば――さらに〈マイティローザ〉の推進剤タンクに入っているのが液体金属であり、緩衝用としては水よりも優れている――無意味どころか有害ですらある。
現実には宇宙機雷に頭脳体はいない。
疑問も抱かなければ納得もしない。
受けた反応を、与えられたプログラムに当てはめて行動するだけだ。
距離三〇キロメートル。
〈マイティローザ〉のレーザー砲が、パルスではなくビームとなって放たれた。
目標は宇宙機雷ではない。みっつの推進剤タンクだ。
回転する〈マイティローザ〉から分離された時の遠心力そのままにゆるやかに遠ざかっていた推進剤タンクをレーザー砲は撃ち抜いた。レーザーのエネルギーは内部の推進剤を熱し、気化させる。圧力が高まり、推進剤タンクは内側から破裂した。
一万二千トンの気化した推進剤は、ぐんぐんと広がっていく。広がり、薄くなったそれは物理的な障壁ではない。赤外線やレーダー波を吸収し情報を遮断する霧の壁だ。
その壁に阻まれて〈マイティローザ〉の姿が消えた。
宇宙機雷は慌てない。慌てるような能力を持たない。持てない。センサーの不具合や敵のジャミングという状況は常に想定されている。目標を見失った場合は、最後に得た情報を元に行動するだけ。
見えなくなった相手が、見えない間に何をするかなどと考える能力は、宇宙機雷には過ぎたるものだ。
それが、勝敗を決した。
残り距離二〇キロメートル……と宇宙機雷が想定した時。
霧の壁を貫いて。
〈マイティローザ〉が出現した。
彼我の距離は、一〇キロメートルを割っていた。
霧の壁に隠れて〈マイティローザ〉がしたのは、反転して宇宙機雷めがけて突っ込んでくる事だった。
宇宙機雷の内部で幾つものプログラムが同時に動いた。
即座に爆発するか? 否。ここで爆発しても相対速度が大きすぎて破片が目標に到達する前に、目標はすり抜けてしまう。
軌道を遷移するか? 否。もはや燃料は残っていない。最後の加速で一滴残らず消費してしまった。
九発の宇宙機雷は何もなすことなく、〈マイティローザ〉とすれ違った。
任務には失敗したが、宇宙機雷は後悔などしていなかった。
悔しいと思うような能力もまた、宇宙機雷には与えられていないからだ。