「あっちのでかいのは、けっこう手勢を率いているようだな。在郷の領主だろう」
藤也はひのふのみ、と兵を勘定した。三十余りの重装騎士のうち、そうした手勢を率いているのは二十ほど。槍兵が二百で弓兵が百だから、荷役人夫も入れれば平均して二十人ぐらいを連れている計算になる。
「このへんの田舎領主には、重い軍役だろうな。できれば早くカタをつけたいだろう」
夏は戦争にはいい時期だ。昼の時間が長いという戦術的な意味ではなく、領民の過半を占める農民を農作業から引き離すには小麦の刈り入れが終わった後が都合がいい。
「海賊(ノルマン)の連中も冬になる前に帰りたいだろうしな」
藤也は懐にいれた地図を引っ張り出した。手書きの地図である。帝国領を縦断する途中、貴族の館に潜り込んでこっそりと写し取ったのだ。
「それにしてもあいつら、どこを狙ってやがるんだ?」
長引く帝位空白によってその勢威が見る影もなく衰えているとはいえ、帝国は強大である。本格的に侵攻するなら万を数える兵がいるだろう。
「となると、どっかで掠奪して……この近くにある大都市はロイディゲンハイムか。だが、ここは辺境伯の都邑だ。いくらなんでも獲物としちゃあ大きすぎる」
しかし、小さな町や村を襲撃しても利益はあがらない。そして地図によるとこの近辺に、ロイディゲンハイム以外のめぼしい城邑はなかった。
藤也はくるくると地図を巻いて丁寧に懐にしまいこんだ。
「ま、考えてもしかたないか。だけどなんか不自然なんだよな」
帝国の領主連合軍が到着したのは昨日の夕方だったが、ノルマン軍が丘の上に陣取ったのはその五日前。藤也がここに到着して物見をはじめてからは四日になる。
今丘の上にいるノルマン軍は槍兵百五十に弓兵が百。歩兵の数はほぼ互角だが、騎兵がいない。重騎兵を持つ帝国軍に比べて明らかに劣勢である。
そうしているうちに、丘の下で休息と再編成が終わった帝国軍がふたたび槍兵を前進させはじめた。どんどんどん、という太鼓の音が聞こえてくる。
対抗するように丘の上で、じゃん、じゃん、と鐘が鳴る。弓兵が散開し、矢を放つ。
高地にある弓兵は槍隊が二百五十ヤード(約二百二十七メートル)の距離まで近づいたところで矢を射はじめる。槍隊にぱらぱらと矢を射かけるが、弓隊の数に比べてその数はまばらな印象があった。
「矢が不足しているのか」
ある程度の隊列を組んだまま駆け足で丘の上にある敵陣へ突入するまでの時間は一分から二分。馴れた射手であれば、その間に十本ぐらいは矢を放つことができる。
しかし、藤也が見たところ射手の足下に刺してある矢は平均して三本というところだった。弓の上手らしい兵にのみ、五本の矢がある。射手もそれが分かっているのか、慎重に狙いをつけて矢を射ている。
それでも二百人の槍兵の隊列に三百本近い矢が降り注いだ。五、六人の槍兵が丘を登る途中でうずくまったり、自軍側へ逃げ戻ったりしている。
近づけば槍兵同士の叩き合いである。弓兵は後ろに下がり、隊列を組んだ槍兵と槍兵が正面から激突する。距離を置いての殴り合いはほぼ互角と藤也には見えた。