禁じられた情熱を追求する本シリーズでは、これまでさまざまな『愛』を皆様
にご紹介してきました。
第1話:リョウジとシンジ編
第2話:シンジとミサト編
第3話:レイとシンジ編
第4話:シンジとアスカ編
5回目の今回は、いよいよ本命中の本命。
**** トウジ君とシンジ君 ****
この二人による真摯で情熱的な『愛』を、皆様にご紹介したいと思います。
よろしいですか?
逃げるなら、今のうちですよ?
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短編小説「鏡の国の少女」
「な……なんだ、これはああっ!!」
起きぬけに、洗面所の鏡をのぞいたシンジが、すっとんきょうな声をあげた。
鏡の中に映った彼の顔には、赤やら紫やらの斑模様が浮かび、不気味な隈を作っ
ていた。
「何よ。朝っぱらから大声だして……」
髪をぼさぼさにしたアスカが、不機嫌そうな顔をのぞかせた。
「ん? 何よあんた。化粧そのままにして寝たの? ちゃんと落としときなさい
よね」
「け……化粧?」
「なんだ。覚えてないの? 昨夜、酔っぱらったミサトが……」
シンジは眉をよせて、記憶の糸をたぐりよせた。
「あら、シンちゃんの肌ってきめが細かいのね。張りもあるし……お化粧のノリ
が良さそう」
ミサトの瞳に、妖しい光が灯った。
「ちょっと、ミサトさん。やめてください! わわっ! だめですってば!」
「ええい! アスカ、そっちの手ェ押さえて! ちっ! これでも飲んで、おと
なしくしなさいっ!」
ウィスキーの瓶が、シンジの口に突っ込まれた。
「……そこまでは覚えているんだけど」
「シンジったら、いきなり積極的になるんだもの。化粧だけじゃなくて、自分か
ら進んで女装までしたのよ」
「そんな、ウソだろ?」
アスカは答える代わりに写真を一枚突き出した。頬を(アルコールで)上気さ
せた長髪の少女が、愛くるしい微笑みを浮かべている。それが自分であることに
気がつくまで、シンジは数秒を要した。
(これが……ボク?)
かくして『少年』と『少女』は出会い、恋におちた。
はなはだ不毛で、しかも報いのない恋ではあったが。
化粧という作業は、慣れない間はなかなか思ったようにはいかない。加えて、
シンジの場合はノウハウを聞く相手もいなかった。だが、ありがたいことに同居
人の一人、同年代の少女が購入している雑誌には化粧の手順を基本から解説して
いるコーナーがあった。シンジはこっそりと雑誌を盗み読みし、誰もいない部屋
で胸をときめかせながら己の唇に紅をひく練習をした。
再び、『少女』に出会うために。
服を着替え、化粧をし、ヘアピースをかぶる。
鏡の向こうに『少女』がいる。
「可愛いよ」
『少年』の言葉に、『少女』がはにかんだ笑みを浮かべる。『少年』は、『少
女』に向けて手を伸ばした。『少女』も同じ仕種を返し、二人の掌が重なり合う。
続いて、二人の唇が吸い寄せられるように接近し、一つに重なった。
唐突に鳴り響いたチャイムが、二人の逢瀬を引き裂いた。
「おうっ、シンジ。おるかぁ? 入るでぇ」
無遠慮な声と足音が闖入者の接近を知らせる。
(トウジ?!)
シンジの顔から血の気がひいた。
「むっちゃ、腹立つわ。イインチョーの奴なぁ──?!)
トウジの視線が、部屋の中にいた『少女』に向けられた。その瞬間、彼がそれ
まで抱いていたもろもろの感情──憤懣や苛立ちといったものは、きれいに消去
されてしまった。
かくして『少年』と『少女』は出会い、恋におちた。
これまた不毛で、しかも勘違いに満ちた恋ではあったが。
「ユミちゃんか。ええ名前やなぁ」
「ありがとう、トウジ..君」
「しっかし、シンジの野郎。こんな可愛いイトコを放りだして、どこほっつき歩
いとるっちゅうねん」
言ってしまってから、トウジは(初対面の女の子に可愛いっちゅうのは、ちい
と早すぎるんちゃうやろか。なれなれしい奴じゃ、ゆうて嫌われたらどないし
ょ)と内心で後悔したが、『少女』が気にした様子はなかった。
事実、シンジはそれどころではなかった。遊びにきたイトコという言い訳で自
分の正体を隠したものの、いつばれるか分かったものではない。しかもトウジが
「わし、シンジがよく遊びに行く場所知っとるから、案内したる」
などと言うものだから、女装したまま家の外に引き出されてしまった。
(何とかしなきゃ……)
トウジが案内したのは近所にあるゲーム・センターだった。
「おっ。ココや、ココ。シンジの奴、ようガッコ帰りにココに来とるねん」
(それはトウジ、お前がムリヤリ誘うからだろうが。ボクが好きで来ているわけ
じゃないぞ)
ここでシンジが冷静であれば、なぜ自分が本来いそうもない場所に連れて来ら
れたのかいぶかしむところだろうが、今のシンジにその余裕はなかった。
「どこか……おっ、新しいのが入荷しとる」
ゲームセンターの中は休日ということもあって、かなり混み合っていた。
(チャンス!)
シンジは、トウジが新ゲームに気をとられているスキを狙って人ゴミの中に紛
れ込んだ。足早に裏口へと向かう。言い訳は後で考えるとして、今は逃げだすこ
とだ。
だが、気が急くあまりシンジは二つの間違いをおかした。
一つは、無断借用したアスカの靴で走り出そうとしたことである。
履き慣れないヒールのある靴に足を取られたシンジは、ゲームセンターの裏の
路地でタバコをふかしていた高校生にぶつかってしまった。
「!! ……おっと。おい、ぶつかっといて挨拶もなしかよ」
「ごめんなさい」
そしてもう一つの過ちは、女装した自分の魅力を過小評価していたことである。
「おっ。よくみたら、けっこう可愛いじゃん。なぁ、お詫びってことでちょっと
付き合えよ」
高校生がシンジの手首をつかんだ。シンジは泣きそうな顔で首を左右に振り、
逃れようとする。しかし、その瞳に浮かぶ哀願の色が、かえって相手の嗜虐心を
あおる結果となった。
「いいじゃんか。俺がおごるからさぁ」
ニキビだらけの顔を近づけた高校生が、シンジにヤニ臭い息をはきかける。シ
ンジは顔をそむけて目を閉じた。
「その手をはなさんかい、このうすらボケェ!!」
『少女』を巡る戦いは、ほぼ一方的な展開を見せた。トウジは高校生にボコボ
コにされたのである。しかし、騒ぎで人目を集めてしまったため、高校生は捨て
ゼリフを残して立ち去らざるをえなかった。トウジは、戦術的には敗北したが、
戦略的には勝利したのである。
「イテテテ……」
公園のベンチの上で、トウジが情けない声をあげた。並んで座るシンジが、濡
らしたハンカチでトウジの額の傷をぬぐった。
「すまんなぁ、ユミちゃん」
「ううん。いいのよ」
いつしか、シンジは違和感なく女言葉を使っていた。
「あの……すまんかったな。シンジを見つけられんで。実は、わし……」
シンジの手が、トウジの握りしめた拳の上に重なった。
「今日はありがとう。とても、楽しかった」
『少女』が立ち上がった。
別れの時が来たのだ。
「ユミちゃん!!」
身体の中で膨れ上がる感情を抑えきれず、トウジは『少女』を抱きしめた。
「わし、ユミちゃんのこと──」
『少女』の唇が、トウジの言葉を塞いだ。語られぬ言葉が、熱い思いが、唇を
通して『少女』の心へと伝わっていく。
(ごめんなさい……)
トウジは、冷たいものが自分の頬を濡らすのを感じた。
『少女』の涙だった。
「さよなら」
『少女』はそう言うと、身を翻して駆けていった。
かくして『少年』と『少女』は出会い、恋におちた。
すべての物語はこうして始まる。
(終わり)
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作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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