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 前回のシンジとレイ編では、タイトルに偽りアリで『禁断』でもなければ
『愛』でもありませんでした。今回は『禁断』でこそありませんが、『愛』
はふんだんに盛り込んでみようと思います。何しろ本編がアソコまでやって
いるのですから、【妄想】が負けてはいけません。

 なお、この物語はTV版第9話の直後という設定になっております。

 では──

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短編小説「キズモノ」

 後から思えば、その前兆はいたるところにあったのだ。
 登校途中に、ふと感じる敵意に満ちた視線。
 校門の近くで、自分の方を見て何やら話し込んでいた女子の集団。
 下駄箱のシューズの中に入っていた画鋲。
 察しのいい人間であれば、このあたりで何か良くない出来事が起こっているこ
とに気づき、学校をさぼって遊びに行くなりなんなりするものである。
 しかし、最近少しは変わったとはいえ、碇シンジという少年は基本的に内向的
で、そして真面目な少年であった。彼は久しぶりに学校に行ける事を素直に喜ん
でおり、己におそるべき危険と苦難が振りかかろうとしているのに気がつかなか
った。
「おはよう」
 そう言って教室の扉を開けたシンジに向け、その場にいた全クラスメイトの視
線が集中した時、さすがの鈍感少年も何か悪い事態が進行中であることを悟った。
 だが、すべては遅すぎたのだ。
 委員長こと洞木ヒカリがつかつかとシンジに詰め寄ってきた。
「碇君。聞きたいことがあるんだけど──」
「な、なんだい?」
「あなた、惣流さんとキスしたって本当?」
 彼が加持リョウジのように世馴れた人間であれば、この質問を適当にはぐらか
したろう。また、彼の父親のように強烈な個性の持ち主であれば、『ふっ』と口
の端を歪めるだけで相手を黙らせることができたろう。
 残念ながら、彼は碇シンジ以外の何者でもなく、こういう時には最悪の返答を
することになる。
「ど、どうしてそれを……!!」
 それを聞くなり、クラスメイトが口々にわめきはじめた。
「やっぱり、そうだったのね!! 見そこなったわ!!」
「碇ぃ! てめぇという奴はぁ!!」
「あたし、碇クンのこと信じてたのにぃっ!!」
「よくも抜け駆けしやがったなぁっ!!」
 今や、使徒と戦う時以上の生命の危機を感じつつ、シンジは手を左右に振って
弁明につとめた。
「ちがうんだ。本当にキスしたわけじゃなくて、惣流が寝ぼけてボクの布団の中
に入ってきて、それで──」
 もちろんその弁明が、ぱっくりと開いた傷口に塩を塗り込むような行為になっ
ているところがシンジのシンジたる所以である。
 シンジへの弾劾が集団リンチに変わる寸前、惣流アスカが入ってきた。
「おはよ〜……何してるの? みんな?」
 アスカは、男子生徒にもみくちゃにされているシンジと、それを冷やかに見守
っている女子生徒を等分に見ながら問いかけた。
「あっ、惣流さん。あなたムリヤリ、碇君にキスされたんですって?」
 すでに情報に尾鰭がついていたりする。
「え?! えーと……」
 アスカの脳細胞がフル回転で稼働しはじめた。実際にはキスは未遂だし、ここ
で否定しても問題はない。が──
(ここでシンジがあたしにキスをした、って事にしとけばシンジはあたしに頭が
上がらなくなる。本人が何を言おうが世論が許さないものね)
 ──瞬時にそう判断するとアスカは涙目で皆に訴えた。
「そうなの。あたしがイヤだって言ってるのに、シンジが……」
「ウソだぁあああっっ!!」
 シンジの言葉に耳を貸すものは、誰もいなかった。

 ボロ雑巾のようになったシンジの前に、ヒカリが仁王立ちになった。
「いいこと、シンジ君。あなたは人間として最っ低の事をしたのよ。あなたは惣
流さんをキ・ズ・モ・ノにしたの。男らしく、ちゃんと責任取りなさいよ」
「……..ハイ」
 判決は下された。
 碇シンジ(14)は、惣流アスカ(14)の『下僕』となったのである。

 アスカが『キズモノ』にされたという噂は、たちまちの内に校内に知れ渡った。
もちろん伝言ゲームであるから『A』が『B』となり『C』に変わっていくのは
避けられない。
 こうした情報は、『チルドレン』に関する物であれば何であれ欲している各国
情報部にも伝わった。アメリカCIAとロシア軍情報局は『チルドレン同士を交
配して新たなチルドレンを生み出そうとするネルフの陰謀』説をとり、中華民国
(中国南部と台湾が合併した新国家)情報総省は『精神汚染による暴走』説を唱
えた。比較的まともなのは、ヨーロッパ連合情報部で、『実際にはキスだけ。そ
れも未遂である可能性大』との判断をくだしていた。やはり、EU統合時にフラ
ンス情報部を意図的に排除したのが良かったのだろう。

「ちょっと、シンジ。ちゃんとついてきなさいよ! ほんと、グズなんだから」
「そんな事、言ったって...」
 両手いっぱいの荷物を抱えたシンジが、よたよたとアスカの後を追いかける。
 浮かない顔のシンジとは対照的に、アスカの方の表情は明るい。
(『キズモノ』の噂が広まった時にはちょっとヤバイかなぁ、なんて思ったけど、
そのせいであたしに懸想する男子がいなくなったのは幸いよね。あたしがキッパ
リと交際を断ったのに、それを逆恨みする子がやたらと多いんだもの)
 もちろん、その恨みはシンジの方に向けられたのである。おかげでシンジは生
傷が絶えない日々を送っている。
(ま、あたしは加持センパイのような『オ・ト・ナ』の男性にしか興味ないし。
同い年の男子なんか『コドモ』だもん。それでもこうして休日を付き合ってあげ
てるんだから、あたしも優しい女よね)
 電話一本で呼び出され、待ち合い場所で30分も待たされ、買い物で街中を引
き回された上に荷物持ちをさせられているシンジがこのアスカのモノローグを聞
いたら、おそらくは初号機が暴走するどころではない大惨事になったろう。
「それにしても、あんた──」
 アスカはシンジの服装をジト目でにらんだ。
「どうしたんだい?」
「その服装。センス悪いわよ」
「そ、そっかなぁ……」
 自信なげなシンジ。
「よし。じゃ、あたしがシンジの服をみつくろってあげる。感謝しなさいよね」
「いいよぉ、別に……」
 断ろうとするシンジを引きずって、アスカはデパートに入ろうとした。
 その時、頭上から質感さえも伴った空気の波が押し寄せてきた。

 時間は10分ほど遡る。
 パトロールを行っていた自衛隊の対潜哨戒機が、太平洋上で使徒と思われる謎
の物体を発見。その情報はただちに第三新東京のネルフ本部へと伝えられた。
「外観はきれいな流線型をしています。水中型の使徒ですね。速度は50ノット。
おそらくは水流ジェットでしょう。しだいに水面の浅いところへ移動中です」
 青葉シゲルの分析にミサトはうなずいた。
「エヴァの準備は?」
「できてるわ。後はパイロットだけよ」
 リツコが間髪をいれずに答える。
「零号機パイロットは自宅待機中。初号機と弍号機パイロットは……今は一緒に
ブティック『睡蓮』の中ですね」
 伊吹マヤが笑みを含んだ声で知らせると、加持リョウジがとぼけた声をだした。
「おやおや、デートかね。いいねぇ、若いってのは」
 その軽口に、ミサトが顔をしかめる。
「とにかく、連絡してこっちに来るように言ってちょうだい。それから、各部署
に通達を──」
 ミサトの言葉を日向マコトの叫び声が遮った。
「目標が、海面に浮上……と、飛びました!!」
「しまった! あいつは水中型じゃない! 空中機動型の使徒だ!」
 海面から空中へ飛び出した使徒は、たちまちの内に音速を突破した。触接して
いた対潜哨戒機が衝撃波を受けて墜落する。そのまま使徒は低速を超音速で飛来
し、第三新東京の上空に達した。
 シンジ達が感じた衝撃波は、この使徒によるものだったのである。

 気がつくと、アスカは固いタイル張りの歩道の上に押し倒されていた。のしか
かっているのはシンジである。
「あいたたた……ちょっと、どいてよ。重いじゃない」
 邪険に押し退けるアスカの手に、ぬるり、とした感触が伝わった。
 血である。
「?!──シンジ!!」
「う……」
 シンジがうめき声をあげながら上体を起こす。右の二の腕に長さ10cmほどの
傷ができていた。衝撃波で割れたガラスの破片によるものだろう。かなり深いら
しく、鼓動に合わせて血が吹き出す。
「大丈夫かい、惣流?」
「──バカッ!! 人の事より自分の事心配しなさいよ!」
 アスカはそう言って自分のスカートの裾を引きちぎった。即席の包帯をシンジ
の腕に巻く。白い布はたちまち真紅に染まった。

 空中を我が物顔で飛び回る使徒に対しては、第三新東京の迎撃システムはあま
り有効とは言えなかった。もちろん、国連軍の航空機隊の攻撃も同様である。
 やはり、使徒の脅威に対抗できるのはエヴァンゲリオンだけであった。
 だが──
「ちょっと、シンジ。大丈夫なの、その腕?」
「大丈夫だよ。ほら、すぐに出発しなきゃ」
 本当は歩く度にズクン、ズクン、と傷口が疼くのだが、シンジは強がってみせ
た。即製の包帯ではもはや血を吸いつづけることができず、流れた血が手首を伝
っている。ちらちらと黒い斑点が視野の中でまたたいた。
 管制室から、ミサトが通信を送ってきた。
「聞こえる、二人とも? 今回の使徒は高機動型よ。弍号機が組み付いて相手の
動きを止め、初号機が格闘戦でコアを破壊して。弍号機は相手の動きに追随する
ためにケーブルはつけません。内部電源だけでやるわ。時間との勝負よ。いいわ
ね」
「了解」
「了..解」
「エヴァンゲリオン、発進!」

「ドンピシャ!」
 エヴァ弍号機は、狙い違わず使徒の正面に射出された。互いのATフィールド
が閃光を散らし、使徒と弍号機はがっしりと組み合った。失速した使徒は弍号機
もろとも地面に叩きつけられる。身体をよじらせて必死に逃げようとする使徒。
そうはさせじとしがみつくエヴァ弍号機。
「シンジ君、今よ!」
 初号機は走りながらプログレッシブ・ナイフを抜いた。だが、使徒に突き立て
た瞬間、腕から弾き飛ばされる。
「キャアアアッ!!」
 アスカの悲鳴。使徒の表面がぱっくりと割れ、中からノコギリのような鋭い歯
が現れたのだ。歯は回転しながらバリバリと弍号機の肩をえぐっていく。
「アスカ!!」
 シンジは叫んだ。そして地面に落ちたプログレッシブ・ナイフを拾うと、渾身
の力をこめて使徒の中心にあるコアに向けて突き立てた。
 コアを破壊された使徒が動きを止めたのを確認し、アスカは、大きなため息を
ついた。
「まぁったく。あんたがグズグズしてるから、あたしの弍号機にキズが──聞い
てるのシンジ? シンジ!!」
 返事は、なかった。

 医療主任は、心配そうなセカンド・チルドレンに対し、サード・チルドレンは
単なる貧血で命には別状はない、と説明した。
「傷口の縫合は済んだし、輸血もした。後は寝かせておけばすぐに元気になる
よ」
 アスカは無言のまま、深々と頭を下げた。

 医療主任と看護婦は立ち去り、病室にはシンジとアスカだけが残された。シン
ジは健やかな寝息をたてて眠っている。
「こっちの気もしらずに幸せそうな顔して寝ちゃって。分かってるの、あんた?
だいたいちょっと時間もらって傷口塞いでもらったら、貧血で倒れるなんて情け
ない事にはならなかったのよ。いっちょまえにカッコつけたりなんかするからこ
ーゆー事になるんだから……でも……」
 アスカは室内を見回した。誰もいない。扉も締まっている。よし。
 アスカは足音を忍ばせてシンジの枕元に歩みよった。
「カッコ良かったぞ……」
 アスカの唇が、シンジの唇の上に重なっていった。

「ん……」
 何やら柔らかい物が触れた感触に、シンジは目を覚ました。アスカが『なぜ
か』頬を上気させて自分をのぞきこんでいるのに気がつく。
「やあ、惣流。おはよう」
 身体を起こす。右腕は使わない。
「傷、痛む?」
「少しね」
 暫しの間。
「あの時、かばってくれたのよね……ありがとう」
「いや、いいよ──ああっ! しまった!」
 シンジが慌ててベッドから下りる。
「あそこに惣流の買い物。放りだしたまんまだ!」
 病室を飛び出そうとするシンジをアスカは優しく押し止めた。
「いいのよ。だって、あの件は相子になったんだもの」
「どういうこと?」
 まだ意味の見えないシンジの頬に、アスカは軽くキスをした。
「こういうコト。さっきシンジが寝てる時にね──だから相子よ」
 シンジが目をまん丸にする。やがて、どちらからともなく笑みがこぼれた。
 ひとしきり笑った後。

 二人は、今度こそお互いに求めあいながら、唇を重ね合わせた。

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 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)

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