ジオン共和国軍建軍秘話


1:地球連邦宇宙軍

 地球連邦軍は、アメリカ軍を中心に、世界各国の軍を吸収して設立している。
 この時、アメリカ、ロシア、中国などの宇宙軍もまた、地球連邦軍に加わっている。だがそのほとんどは地球低軌道を制圧するための、地上配備ミサイルや無人攻撃衛星であり、有人の宇宙戦闘艦は2隻(ロシアと中国)しかなかった。

 その後、コロニーの建設に合わせて地球連邦は宇宙軍の編制を開始する。
 だが当時の地球連邦に外敵は存在しておらず、密輸船の取り締まりや遭難救助が主任務がないとなれば、宇宙軍に所属する宇宙戦闘艦がいわゆる警備船(カッター)や警備艇(ボート)になってしまうのも当然であった。

 小型の警備艇は、航続距離が短い(気密区画がコクピットだけで、数日以上の航宙ができない)ため各コロニーに駐屯した。
 大型の警備船は、任務に応じてさらに三つのクラスに分類された。
 地球軌道や各コロニー間のパトロールを行い、大気圏突入能力を持つ気圏警備船。
 月航路や各コロニー間のパトロールを行い、月面への離着陸能力を持つ月圏警備船。
 外惑星――小惑星帯から木星まで――への長大な航続距離を持つ大型の外宇宙警備船。
 これらは武装も装甲もほとんどないが、優秀な電子機器を搭載した高速船であった。

 やがて、各サイドが設立するようになると、地球連邦宇宙軍の役割は通常の治安維持からさらに踏み込んで、各サイドを恫喝するための暴力装置へとシフトされるようになる。ここで新たな宇宙軍の戦闘艦として選ばれたのが、月圏警備船でも外宇宙警備船でもなく、気圏警備船をスケールアップした巡洋艦(クルーザー)であったという点が、地球連邦宇宙軍が地球の権益を守るための存在である事を明示している。

 その後、大型化を続けた戦闘艦はU.C.40年に設計された1万トンオーバーの〈鄭和〉級になるにいたり、ついに大気圏突入能力を失ってしまう。しかしそれでも地球から打ち上げ可能という、明らかに不要と思われる機能を地球連邦宇宙軍は頑なに維持し続ける。純粋に技術面や財政面でいえば無駄なこだわりが、一年戦争末期の反撃作戦『星一号』を成功させることになるのであるから、歴史は皮肉に満ちている。

 地球連邦宇宙軍が各サイドが地球連邦に持つ不平不満を押しつぶす暴力機関であるからには、その宇宙軍に所属する乗員は地球出身者であることが望ましい。
 だが、地球出身者の多くはたとえ軍に入ったとしても宇宙艦隊勤務を嫌った。そのため、地球連邦宇宙軍が拡充するにつれてその乗員はしだいに植民地兵とでもいうべき、サイド出身者で占められるようになる。

 それでも将校だけは地球出身者のみという原則が長く続くが、それもU.C.50年代に入り宇宙居住者が全人口の8割となるともはや維持が不可能になった。
 U.C.0050年、コロニー出身者向けのルウム士官学校が開校される。その後、各サイドにも士官学校が建設され、その卒業生の多くは宇宙軍艦隊勤務となった。
 ジャブローにある参謀本部の高級将校のほぼ全員が地球の士官学校卒業者であるのと反比例するように、艦隊勤務の将校はサイド出身者となったのである。

2:ジオン共和国の独立

 U.C.0058年、ジオン・ズム・ダイクンがサイド3共和国の独立宣言を行った時、サイド3には『地球連邦軍』の士官学校が開校したばかりであった。
 当初、独立宣言は地球連邦政府により黙殺された。地球連邦は表面上、サイド3は独立も何もしていないという形式を押し通していた。ところが、これが結果としてジオンを利することになる。
 この頃、サイド3において理想家肌のダイクンの影として実務を取り仕切っていたのが、デギン・ザビである。もともとサイド3建設以来の名家であるザビ家には血縁地(宙?)縁で結ばれた郎党が多く、それら私的なパトロネージはサイド3内の警察や役所、そして駐屯宇宙軍の中に広く浸透していた。彼らは形の上では連邦政府の職員として地球連邦から給料をもらって仕事をしていたが、実際には共和国の独立宣言前かザビ家のために働いていたのである。

 サイド3の政治運動を無視できなくなった地球連邦は翌0059年に経済制裁などの対抗措置をとる。そして遅ればせながらサイド3駐屯軍の再編成に着手するのだが、この時すでにサイド3駐屯軍将兵の多くが共和国国防隊にスカウトされ、“集団脱走”していた。
 サイド3駐屯軍の編制は、他のサイドと同様にコロニー内にある基地守備隊と、コロニー間の航路を警備するサイド3鎮守府の二本立てである。
 基地守備隊といっても、正規の軍人は各コロニーに1個大隊ずつ配備されているにすぎず、仕事の多くを民間警備会社に委託していたのが実情である。
 戦力として認識されていたのはサイド3鎮守府だ。ここには、サイド3が月をはさんで地球から遠いサイドである点も合わせて、航続距離の長い大型船が配備されていた。〈鄭和〉級巡洋艦3隻を基幹とし、駆逐艦12隻、警備艇27隻を含む鎮守府艦隊は、サイド3のあらゆる航路を実力で封鎖し、その経済機能を麻痺させる事が可能であった。

 サイド3駐屯軍の将兵が“集団脱走”した時、連邦軍は鎮守府に所属する戦闘艦艇が“脱走兵”に奪われないように手配を行った。戦闘艦艇の情報システムと主機関がジャブローからのコマンドで凍結されたのである。
 コロニー内の基地守備隊は“集団脱走”によってその機能を失い、ひどいところになると基地司令ら幹部が放逐されて基地丸ごとが不法占拠されてしまう中、鎮守府艦隊は機能停止に陥りつつも艦艇が奪われるという失態だけは免れたのである。
 コロニー内の基地守備隊が保有している火器がどれだけ奪われようが、こうなれば関係ない。
 連邦軍には元からコロニー内での市街戦などやるつもりはない。連邦軍最強の月軌道艦隊をサイド3に送り込んで各コロニー間の交通を封鎖してしまえば独立など雲散霧消する。  その考えは軍事的にみて妥当なものであったし、もしもその通り実施されていれば共和国の命運もそれまでであったろう。
 が、実際には月軌道艦隊は動かなかった。
 これはジオン・ズム・ダイクンの政治手腕によるものである。地球出身のエリートで、かつては次代の地球連邦首相と目されていたダイクンの名声はこの時点にあっても高く、テロリストにするような直接武力介入を連邦政府は忌避したのだ。
 また、連邦軍の中にもサイド3をあまり素早く鎮圧することは得策でないとする一派があった。
 軍備の増強には名目が必要である。地球圏の治安維持という名目で拡大を続けた地球連邦軍であるが、仮想敵ひとつない状態での軍拡にはそろそろ限界がきていた。サイド3は、その点で実に好都合だったのである。
 こうして、軍事的にはもっとも脆弱なタイミングでありながら、サイド3は武力による制圧をまぬがれた。
 が、すべてが平穏無事というわけではなかったのである。

 U.C.0059年12月31日。サイド3で大型輸送船〈コバヤシマル〉が宇宙海賊によって強奪される。〈コバヤシマル〉事件である。

3:〈コバヤシマル〉事件

 設立当初の共和国国防隊は、アマチュアの集団であった。
 地球連邦軍を『集団脱走』した将兵の多くは下士官兵である。佐官級の将校で『脱走』に加わったものは2名だけ。それも兵科将校ではなくサイド出身者でたたき上げの技術将校(巡洋艦の機関長と、工廠の設計主任)である。ジャブローで高度な軍事教育を学んだ作戦指導のできる人間はひとりもいない。
 それを証明するかのように、共和国国防隊のトップにはデギン・ザビが就き、幹部クラスのほぼ全員がザビ家とパトロネージにあるサイド3の警察官僚出身者だった。
 彼らはコロニー内部の治安維持ぐらいなら可能であっても、宇宙空間の戦闘に関しては素人同然である。強奪された〈コバヤシマル〉を取り戻すことなどとうていなしえることではなかった。
 だが、事態を放置することはできなかった。いやしくも独立国家を名乗るものが、その領内において犯罪者の横暴に手も足も出ないとなどあってはならない。事態を注視している連邦や他のサイドへのメンツというだけではない。サイド3内部でも独立に対して日和見、あるいは消極的な市民の数は多かった。もしも〈コバヤシマル〉事件を共和国が処理できないとなれば、共和国は内部崩壊する危険があったのである。

 ここで登場したのが、当時まだ15歳の少年、ギレン・ザビであった。

 デギン・ザビの長男として次代のザビ家のリーダーと目されてはいたが、いまだ経験も実績もないこの少年が〈コバヤシマル〉の奪還作戦を指揮したのである。
 この時、ギレンの部下として活躍したのが任官したての若い将校たちであった。
 連邦軍サイド3士官学校の第一期卒業生である。卒業が共和国独立宣言と重なった彼らは、3名をのぞく227名がそのまま共和国国防隊に任官したのである。第一期生主席がエギーユ・デラーズ少尉。後のデラーズ・フリートの指導者だ。

 ギレンが〈コバヤシマル〉奪還作戦を父のデギンに立案したのは、事件発生からわずか3時間後である。公式には、デギンはギレンの作戦を受け取り準備を進めはしたが、実際の指揮は国防隊幹部に任せるよう命じたとされている。

「父上、私をお使いください。私には成算がありますし、よしんば失敗して私が死んだとしても――」
「そなたを殉教者に仕立てればよい、と?」
「はい」

 実際には、デギンはギレンの行動を黙認していた。これはギレンに期待したというよりは、しょせん素人集団の国防隊幹部にギレン以上の経験や知識があるわけではなく、成功の確率はさほど変わらないと踏んでのことである。
 成功すればよし。失敗したとしても国防隊の受けるダメージは最低限ですむ。そして、作戦失敗にともない発生する犠牲は、むしろ国内の世論をまとめるにあたってプラスに働くだろうと。

 そのころ強奪された〈コバヤシマル〉は海賊船に曳航されながら月へと向かっていた。全備重量2万トンの大型輸送船〈コバヤシマル〉に対し、中古貨物船改造の海賊船はわずか1千トン。ロケットを全開にしても加速は毎秒1mを下回る。(この時期はまだミノフスキー粒子利用の核融合ロケットは実用化されていないので、イオンロケットや化学ロケットが使われていた)
 宇宙空間のスケールでいえば亀が這うような速度でじりじりと逃げる海賊船と〈コバヤシマル〉の姿はサイド3の各コロニーに設置されたカメラからもよく見えた。グローバルネットで地球圏すべてに中継されるその映像は、サイド3の共和国宣言がいかに実力を伴わない無力なものであるかを知らしめるものであった。

 そのとき、わずかに画像が乱れた。星が――またたいた。

 〈コバヤシマル〉の周囲を、細かな金属の埃がとりまいていたのである。コロニー建設資材を砕いて作ったそれを、ギレンはこれまたコロニー建設現場に数多くある小型マスドライバーで大量に、途絶えることなく投射し続けていた。
 〈コバヤシマル〉はその埃の流れる帯の中にとらえられた。
 とらえたとはいえ、しょせんは埃である。濃度は地上で発生する靄よりも薄い。観測できるレベルでいえば、星の光を乱して大気中のようにまたたかせるほどの効果しかない。
〈コバヤシマル〉の動きを止めることも、できはしない。
 だがこれで、通信も、レーダーも、無効化された。
 今なお外部カメラは使える。目も見える。だが、巨大な〈コバヤシマル〉の船体を曳航している海賊船にはあまりに死角が大きすぎた。

 その死角をついて、2隻のタグボートが〈コバヤシマル〉に接近。中にいた共和国国防隊の兵士が〈コバヤシマル〉と海賊船にとりついた。

 15分後、すべての海賊が捕らえられた。犯人側の死者は3名。共和国国防隊も2名が死亡した。国防隊の死者は戦闘の結果ではなく、乗り込みに際しての事故死である。はからずもこうした事件への訓練不足を露呈した形になる。
 そして〈コバヤシマル〉乗組員の死者はゼロ。

 〈コバヤシマル〉は奪還された。

 〈コバヤシマル〉事件が、地球連邦によるジオン共和国への揺さぶりをかけた工作であるという指摘は、事実に反する。地球連邦はこの事件を奇貨として政治的に利用しようとはしたが、それは事件発生の後である。宇宙海賊の中に元連邦軍人がいたというのも、この時代の宇宙海賊であれば別に珍しい話ではない。
 逆に〈コバヤシマル〉事件が共和国政府の――あるいは、ザビ家による自作自演であるという連邦側ジャーナリズムで広く流布した視点も、同様に妥当性を欠いている。
 この事件は単純に、共和国独立で治安機能が低下したサイド3に乗り込んだ宇宙海賊が引き起こした強奪事件という、ただそれだけなのだ。

 が、この単純な事件の影響は大きかった。
 ジオン共和国と共和国国防隊は大いに面目をほどこした。独断専行を行ったギレン・ザビは形の上で処罰されはしたものの、一躍、サイド3の英雄となった。
 おそらくこの事件がなくとも、いずれギレンが父デギンにかわってサイド3の政権を掌握することにはなっただろう。だがそれにはもっと長い時間が必要になったはずだ。

 〈コバヤシマル〉事件の解決は共和国を救った。
 だが、この事件によって生み出された英雄が、最後には共和国を滅ぼすことになるのである。

(続く)

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