ローマ:トータル・ウォー プレイレポート:ファラオ編

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その1)神は舞い降りた
 ユリウス編ではマップの西側メインで戦ってきたので、気分を変えるためにも東側に
移動する。
 象を使えるセレウコス朝シリアも悪くはないのだが、ここは悠久のナイル、
プトレマイオス朝エジプトでいってみよう。

 エジプトの書記による、因果律を逆転したデスノートみたいなオープニングを見てから
スタート。

 ……うーん、エジプトだからいきなり豊かというわけではないのだな。初期戦力は
たいしたことはない。
 期待していたナイルワニ部隊も存在しない。うう、期待して副読本として
『バナナワニプリンセス』も用意しておったのに……

 ナイルワニの代わりに序盤でエジプト軍の主力となるのが『ヌビア槍兵:Nubian Spearmen』
である。
 ヌビア人というのはエジプトの南に住む黒人で、腰簑だけ付けた半裸の野蛮人である。
だが同じ野蛮人といっても、西でさんざん戦ってきたガリア人とはひと味違う。

 なんとこいつら、ファランクス隊形が可能なのだ。

 ファランクス隊形というのは、いわゆる槍ぶすまである。厳正な規律と訓練がなくては
できることではない。すごいぞ、さすがはヘレニズム国家!

 ここでもうちょっと背景について説明すると、ピラミッドを建造したエジプト古王朝と
このローマ:トータル・ウォー開始時点の紀元前3世紀のプトレマイオス朝エジプトは
まるで違う。そもそもファランクス隊形は、エジプトではなくギリシア由来の物である。

 ゲーム開始より2世代ほど前、紀元前334年。
 こないだ映画にもなったアレクサンドロス大王(前の聖杯戦争ではサーヴァントとして
召喚された)は、ギリシアの北にあるマケドニアの王子であったが乳王父王の
フィリポス2世が横死したので二十歳そこそこで王になり、そのわずか2年後、
オヤジの鍛え上げた軍を率いて宿敵アケメネス朝ペルシアとの決戦を挑んだのだ。

 国力では圧倒的に差があったが大王には勝算があった。彼の率いるマケドニア=
ギリシア連合軍はとても戦争が得意だったのである。
 とにかくまとまるという事を知らないギリシア人は飽くことなく内輪で戦争していたし、
戦争がなかったら傭兵として件のペルシアにも出向いていっていたほどだ。
 実戦で鍛え上げられたギリシア兵法に、アレクサンドロスの天才(彼は間違いなく
自分の才能を自覚していた)が加わるのである。少々の兵力差などは物の数ではない。

 結果としてアレクサンドロス大王は勝って勝って勝ちまくり、ペルシアどころか
中近東一帯、さらにははるばるインド北部まで遠征したあげく、あっけなく32才の
若さで死んでしまった。

 その後さんざんもめたり流血したりしたあげく、アレクサンドロスの帝国はばらばらに
分解した。その中で有力だったのが、アンティゴノスのマケドニア、セレウコスのシリア、
プトレマイオスのエジプトの3国である。いずれも、ローマ:トータル・ウォーの時代には
それなりに強国として残っている。
 彼らはいずれもアレクサンドロスの後継者であり、その文化的な背景には征服者である
ギリシア文明が根強く残っていた。だからこれらの国はヘレニズム諸国と呼ばれるのである。

 特に、軍事技術のような優劣がはっきりしている分野においては伝統よりも何よりも、
アレクサンドロスの遺産が色濃く影響していた。手元に資料がないのでエジプトの
ヌビア兵が現実においてもファランクス隊形を運用できたかどうかは知らないが、
いかにもありそうな話ではないか。

 だがファランクス隊形はどちらかというと防御的な戦法である。敵を打ち砕く破砕力が
別に必要だ。ゲーム序盤でそれを提供するのが『大弓兵:Bowmen』である。
 火力としてはそんなに強力というわけではないのだが、射程の長さが魅力である。

 さて、それでは戦略をたてよう。
紀元前3世紀の地中海
 エジプトはマップの南東の端にある。西には北アフリカ沿岸地帯が広がり、北にはシリア
やパルティアが待ちかまえている。
 そして海の向こうにはギリシアやローマがいるのだが、そこまではまだ考えなくていい。

 まず、やたらと広くて移動だけで時間を食う北アフリカ方面はほうっておこう。誰かが
攻めてくるにしても迎撃の時間は十分にある。
 となると、北のシリアとパルティアである。

 そこでまず、パルティアに外交官を送り、誼を結んだ。感触もいいので、同盟にまで
持ち込む。パルティアは史実では騎馬弓兵の国であった。序盤の、優秀な騎兵がいない
状態のエジプトでは対処に困る事も考えられる。

 狙いをセレウコス朝シリアに絞り、地中海沿岸を北へ驀進する。地続きだし、海軍の
整備には金がかかるのであくまで歩いて進軍である。
 シリアには恐るべき戦象部隊もいたが、数をそろえられる前に各個撃破していく。

 意外と順調な展開には、新たなファラオの存在があった。
 シリア戦線で20才になるやならずやで頭角を表し、その後30才の若さでファラオと
なったメリュレである。
 内政能力はてんでお話にならないメリュレであるが、指揮能力に関しては
アレクサンドロスにも匹敵する名将であった。彼が率いれば金目当ての傭兵ですら
最後のひとりが倒れるまで戦いを放棄しなかった。

 メリュレの戦い方は多くの名将と呼ばれる人物と同じく、少数の精兵を切り札として
持っておき、ここぞという時に戦線の要所に投入した。特に、ダマスカスで雇った
象傭兵部隊はメリュレのとっておきであった。

 そのメリュレの最後の戦いとなったのは、アッシリアの都市ハトラ(Hatra)郊外であった。
 頑丈な城塞都市を落とすために、メリュレはハトラのすぐそばでシリア野戦軍に攻撃を
仕掛けた。ハトラの守備隊が敵の増援として出撃してくるのを見越してである。
 ハトラ守備隊を敵野戦軍もろともに撃破できれば、損害の大きい攻城戦なしで都市を
落とせるのだ。

 戦いの経過は次の通りである。
メリュレ最後の戦い
 メリュレはシリア野戦軍とハトラ守備隊が合流する前に各個撃破しようと考えた。
このふたつは合計するとメリュレの軍より多数になるが、別々であればさほどに
脅威ではなかったからである。
 そこでまず、歩兵部隊を敵にぶつけ、その間に騎兵は右翼に展開した。
 敵が歩兵と戦っている間に、右翼から後方に回り込んだ騎兵部隊は半包囲で敵を蹂躙した。
 その間、ファラオ直属戦車部隊と象傭兵部隊は少し離れた位置で敵を射撃していた。
 敵が壊滅状態となり、敵将が逃げ出した時、メリュレはすぐにそれを追撃した。だが
ここで命令伝達の齟齬が発生する。ファラオは麾下の騎兵部隊にも追撃するように
命令を出したのだが、騎兵部隊はその命令を受け取っていなかったのだ。
 ファラオの後ろをついてきていたのは象傭兵隊だけであった。そして、象は戦車や
騎兵ほどには早くない。

 敵の増援=ハトラ守備隊が見えてきたとき、メリュレはすぐに追撃を中止した。
そして騎兵にハトラ守備隊へ突撃するように命令を下そうとした。

 戦車の巻き上げた砂塵がおさまる。後ろが視認できるようになる。

「!!?」

 ファラオの目に、必死になって駆けて来ている味方がはるか遠くに見えた。視線を
転じれば、敵の増援はこの千載一遇の好機に脇目もふらず突進して来ている。
 メリュレはすぐさま後方に転進しようとした。
 そしてその判断がメリュレの運命を決めた。
 部隊が方向転換するために隊列が乱れたまさにその時、ハトラ守備隊の騎兵が突っ込んで
きたのである。さらに、弓が頭上から降り注ぐ。
 ファラオの戦車をひく馬に矢が当たり、動きの止まったところへ敵騎兵が体当たり
してきた。
 享年35才、あまりに若すぎるファラオの死であった。

 ファラオ死す――凶報はすぐさま首都メンフィスに届いた。
 後継者のラムファトスは50代半ば。大臣、そして神官として後方に勤務を続けていた
人物で、メリュレのような将器もカリスマもなかった。

 そして悪い知らせはそれだけではなかった。
 エジプトの伸張を快く思わない黒海沿岸のポントスと、ギリシア連合が宣戦布告した
のである。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その2)神は死んだ!
 軍神メリュレ死亡の知らせは、整備された街道を使ってたちまち首都メンフィスへと
伝わった。

「なんと! ファラオが戦死なされたと?!」

 伯父にあたる宰相ラムファトスは、思わず蛇の杖を取り落とした。
 すでに50代半ばのラムファトスは内政手腕こそ優れていたが、一軍を指揮する
能力などかけらもない。しかし、メリュレが常に最前線で後顧のうれいなく指揮できたのは、
年長の彼が後見人として控えていたからであった。
 そして今や、4ヵ国を敵に回した(北アフリカ方面から、ヌミディアまでもが
宣戦布告してきたのである)エジプトの命運がこの一見ぱっとしない壮年の男の肩に
かかっていた。

「宰相、いやファラオ・ラムファトス様。我らはいかがすればよろしいのでしょうか?」
「むぅ……まずは……ヌミディアに使者を送れ」

 領土が接しているポントスとギリシアとは和平の可能性は低い。だが、ヌミディアは
間に広大な砂漠があるのでまだ利害の調整がつきやすいだろう。
 エジプトの外交官は船でヌミディアに向かった。

「何をするにしても……しばらくは辛いな」

 メリュレが戦死し、最精鋭の軍が失われたことによってエジプトの国家戦略は事実上
破綻していた。といっても、それまでの国家戦略というのがそもそもかなりムチャクチャ
なものであった。

 メリュレは予算のほとんどを軍事費に回していた。社会インフラはまったくといって
いいほど整備されておらず、例外は軍が使用する道路だけである。
 これでは金が足りない。そこでメリュレはシリアの都市を奪い、根こそぎ掠奪する
ことによって金を集め、それで軍隊を養っていたのである。
 1500年後の30年戦争時代におけるドイツの傭兵隊長ワレンシュタインのような
ものだ。しかも、消耗した兵はコスト高の傭兵で補っていたため、戦って勝てば勝つほどに
国家財政は苦しくなっていったのである。

「誰にも言えぬがメリュレが戦死せずとも、早晩このやり方は破綻していただろうな」

 ラムファトスは嘆息した。
 いずれにしても、ラムファトスにはこの劣勢を挽回して勝利する能力はない。だが、
手がないわけではない。まずは時間を稼ぐことだ。
 北方戦線では、タルススとアンティオキアのふたつの都市がポントスとギリシア連合に
よって攻囲されている。いずれもセレウコス朝シリアからメリュレが奪った領地で、
ありがたいことに防備は固い。

「最悪、このふたつの町は奪われてもかまわん。どうせ掠奪した後で人も金もろくに
残ってはおらんのだからな」

 しかし、防衛している軍には死守命令を出す。もしも敵が強襲してきたら、最後の
一兵になるまで戦えというのだ。その戦いでひとりでも多く敵を道連れにして敵の兵力を
減らせば、さらなる敵の攻勢を遅らせることができる。
 そうやって時間を稼ぎ、その間に社会資本の整備を行い、金を集める。
 軍事力の増強などその後でいい。身の丈に合わない軍事力を持ったところで維持
できなくなるのは、メリュレの最後がよく表している。

 ラムファトスのこうした方針は、メリュレ麾下の部将達からは不評であった。彼らは
何を置いても失われた軍事力を補充し、逆襲に転じるようにラムファトスへ願い出た。
 ラムファトスは、しばらく考えた後で、各都市に残された守備隊を再編成して臨時の
軍を作り、部将と共に前線へと送り込んだ。

「よろしいのですか?」
「援軍が来たとなると、包囲されている都市の士気も上がるだろう。それに、よしんば
負けたとしても――奴らはしょせん前のファラオの部下だ。主と共に冥界に行くのも
忠義のひとつであろうよ」
「……は」

 ラムファトスの冷酷な思いを知るよしもないエジプト軍は、アンティオキアを攻める
ギリシア軍と戦った。
 結果は辛勝。エジプト軍は大損害を受けながらもギリシア軍を撤退に追い込んだので
ある。しかし、タルススはポントスに奪われた。
 四面楚歌の状態ではあったが、元々あまり戦争に乗り気でなかったヌミディア王国との
停戦に成功したラムファトスは、ひたすら守りの姿勢を固め、財政の立て直しを急いだ。
 メリュレの元で活躍した傭兵部隊は最前線に送り込んで消耗させ、解散に追い込んだ。
これは敵に損害を与える役にも立った。軍事費を削減して浮いた金はすべてインフラ整備に
費やした。元々、ナイル流域は古代地中海において並ぶ物がない穀倉地帯である。
放漫さえ慎めば金はほっといても貯まった。
 約10年=20ターンにわたり、エジプトは外征をせず内政に専念した。軍隊の増強も
ほとんど行われなかった。例外は通商保護のための海軍の整備で、三段櫂船による軍船が
東地中海の重要な交易拠点であるキプロス島(エジプト領)からギリシア海軍を追い散らした。

 20年近いラムファトスの治世の後に残されたのは金銀財宝でいっぱいの国庫だった。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その3)神の試練
 財政再建に成功したエジプトは、新たなファラオの元で御前戦略会議を開いた。
 地中海の覇者となるべき道を探るためである。
エジプトと周辺諸国
「参謀本部としては、二正面作戦は避けるべきであると考えます」

 皆がうなずく。
 巨大な軍隊をリストラすることでエジプトは財政の健全化に成功した。
 つまり軍隊の規模もそれなりに小さくなっているという事である。
 特に、先々代(メリュレ)時代の傭兵部隊は象1部隊(儀礼用)をのぞいてすべて
前線で使いつぶされている。
 そのおかげで正規軍はさほどの被害を被ってはいないが――幾つもの国を同時に
相手する戦力はない。

「将軍はどこと戦うのが良いと思われるか?」
「セレウコス朝シリアです。歴史的な敵国でもありますし、何よりすでに彼の国の領土は
2つを数えるのみ。さほどの苦労をせず滅ぼすことができるでしょう」
「だがその結果、戦線が拡大する。私はアルメニアを攻めるべきだと思う」
「アルメニアは強兵の国だ。ここはポントスあたりで……」
「滅ぼさずとも属国(保護国)にすれば良いではないか」
「そのような手ぬるいことでは100年たっても我が国はナイル川に縛られたまま
ですぞ」

 百家争鳴。
 話がまとまらないまま感情のボルテージだけが上がっていく。
 やがて、それまで黙っていたファラオが口を開いた。

「我が国が最終的に目指すものは何か」
「それは地中海世界の覇者でございます」

 臣下がいっせいに答えた。

「そのために必要なものは何か」
「強大無比な軍」
「軍を養うものは何か」
「民と金」
「民と金を得るには何が必要か」
「それは……」

 現在エジプトの富は、列国に並ぶものがない。
 しかしそれは、エジプトが今のままの領土を維持する場合のみ。軍隊を増強し、
侵略を始めれば富はたちまち失われるだろう。
 それは単純に領土を増やした程度では補いがつかない。
 否、領土を増やして発生する損失の方が大きいとさえ言える。
 軍の編成にかかる費用。
 軍を維持するのにかかる費用。
 それらは決して減ることはない。
 領土を増やしても、そこを守る、あるいは造反させないために一定数の軍を駐屯させる
必要があるからだ。

「領土を増やしても金は増えぬ。だが、領土を増やすことによって、金を得るチャンスを
上げる手だてはあろう」
「ファラオがおっしゃるのは、貿易にございますか」
「そうだ」

 ローマ:トータル・ウォーにおいて、もっとも利潤をあげるのは民に課す税金ではない。
 町と町との間で行われる交易に課す関税などの間接税である。
都市の収益
「もっとも貿易のうまみが大きいのは――」
「東地中海だ」
「陸上よりも海洋貿易だな」
「となると……」

「そうだ。我がエジプトが倒すべき敵は、ギリシアだ」

 こうして戦略目標は決定された。
 だがエジプトが富国に精を出している間、当然ながらギリシアもまた国威を伸張させて
いた。さらに西にローマという覇権国家があるため、ギリシアにとって東方のアジア
沿岸地域は生命線とも言うべき後背地であった。
 東地中海の二大強国の激突は、長く、熾烈なものとなった。

※短編小説:『鉄の時代』
 ちょうどこの時期のギリシア側はどうだったろうかしらんと妄想をたくましゅうして、
小説を書いてみました。
 ギリシア軍といえばテーバイの神聖隊が有名です。この精鋭部隊では愛し合う男達が
兄弟のちぎりをむすび、兄は愛する弟に恥ずかしくないよう、弟は愛する兄を悲しませ
ないよう、力を振り絞って戦ったとか。
 そういうわけでちょっとヤオイ風味でございますので、ご注意をば。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その4)機械神(デウス・エクス・マキナ)
 先に述べたように、ギリシア戦役は東地中海の海上交易路を奪取するためのもので
あった。
 地中海世界随一の海軍力と経済力を背景にしたギリシア軍には、エジプト軍は
これまでも幾度となく痛い目にあってきた。そのギリシアと戦うからには幾つかの
準備が必要であった。
 まず後背のパルティア王国を撃破し、はるかカスピ海にまで追放する。
 続いてポントスと一戦してこれを打ち破り、保護国(属国)にする。
 このようにして後顧の憂いをたって後に、ようやくエジプトはギリシアに正面から
挑むことができたのである。
ギリシア包囲網
 むろん、ギリシアの持つ交易路を狙っているのはエジプトだけではなかった。興隆
著しい共和国ローマも、アドリア海を南下するようにしてギリシア諸都市を攻め落として
いた。
 すでにマリウスの軍制改革を迎えたローマは、その強大な軍事力をいかんなく発揮して
ギリシア軍を撃破していく。
 一方のエジプト軍であるが、こちらは一進一退を繰り返していた。
 この時期のエジプト軍の主力はナイル槍兵と大弓兵である。
ナイル槍兵
 ナイル槍兵は見ての通り、長い槍を構えたファランクス隊形が可能な兵である。そして、
ギリシア軍の主力もまた、ファランクスが可能なホプリタイであった。
 守りの堅さでは定評あるファランクス同士の衝突はしばしば持久戦となり、勝敗を
決するのはそれを支援する部隊と指揮官の力量の差となった。

 まず支援部隊であるが、エジプト軍の大弓兵は射程が長く、何より大量に前線に投入が
可能だった。対するギリシア軍は実にギリシア人らしいことに、弓ではなくスコルピオン(弩)
やオナガー(投石器)といったメカニカルな火力を多用した。両軍共にこの面ではほぼ
互角と言っていいだろう。

 対して指揮官の能力ではエジプトに分があった。エジプト軍の将帥は伝統的に最前線で
戦うことを良しとした。エジプトの将軍は伝統的に戦車に乗っていたが、戦車は攻撃に
きわめて脆く、これが(あの軍神メリュレをはじめとする)エジプト軍の将軍の死亡率の
高さとなって現れていた。
 だが、最前線で激戦を繰り返していくうちにエジプト軍も世代交代が進む。いつしか
若い将軍の間では戦車ではなく、直接騎乗して戦う者が増えてきた。
 前線で戦うことによって戦傷を負う将軍は後を絶たなかったが、死亡する割合は確実に
減ってきていた。
 ローマとエジプトの二大国から同時に攻められては、いかなギリシアといえども劣勢を
覆すことはできなかった。やがて、小アジアからギリシア軍は駆逐され、さらにロードス島、
クレタ島という東地中海の要石も海軍に支援されたエジプト軍によって占領された。
 ギリシアに残されたのはペロポネソス半島だけとなったのである。

 ローマ軍がコリントスを陥落させるのとほぼ同時に、クレタ経由で上陸したエジプト軍が
最後に残された首都スパルタを攻略する。

 だが、ギリシアの敗北は平和の到来ではなく、新たな戦いの始まりでしかなかったのだ。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その5)神の道化芝居
 ギリシア滅亡!
 朗報はエジプト全土に広がった。
 全土といってもかなり広い。今やプトレマイオス朝エジプトはナイルデルタだけでなく
シリア、アラビア、ペルシア、小アジアまでを版図におさめる一大帝国に成長して
いたのである。これはアレクサンドロス大王に征服されるまでのペルシア帝国に匹敵する。

「やれやれだな」

 ファラオ、アレクサンドロス――かつての大王と同じ名前――は捷報を小アジアの
イオニアで聞いた。これでエジプトの敵国はカスピ海の北、中央アジアに陣取る
パルティア王国だけとなった。こちらから戦争をふっかけない限り、当面は平和が訪れる。

「キプロス、ロードス、クレタの三島を我が国が押さえた今、海上の交易だけで巨万の富が
手に入るようになった。ゆるりと国力を高めていけばおのずと地中海世界の覇権は
我がエジプトの物となるだろう」

 しかし、その考えが甘いことをエジプトはすぐに思い知らされることになる。

「なにっ?! ローマ軍がっ?!」

 ギリシア滅亡から一年もたたないうちに、ローマ共和国はそれまで結んでいた
友好条約のすべてを一方的に破棄し、エジプトに宣戦布告してきたのだ。
 ギリシアにあるエジプト領スパルタを、十重二十重にローマのブルトゥス一門が囲む。
ローマ軍の裏切り
「おのれ恥知らずのローマ人め。すぐにギリシア遠征軍のラモセ将軍に命じて
スパルタの守りを固めよ!」
「ラモセ将軍は亡くなりました」
「なにっ?!」
「暗殺です」
「くっ、ならば副将のディオニソス将軍に――」
「ディオニソス将軍も、死亡されました。やはり暗殺者の手にかかり……」
「?!」

 今度こそファラオは絶句した。

 詳細が知らされたのは次の使者からであった。
 スパルタ陥落の後、ローマ軍がスパルタの城門までやってきた。名目はギリシア滅亡の
祝いであったが、ローマ軍は臨戦態勢でいかにも物々しい。
 むろん、エジプト軍のラモセも歴戦の宿将である。スパルタ陥落後すぐに戦闘で
いたんだ城壁の修理を行っており、隙は見せない。
 すると、ローマ軍は大きな木馬を引き出してきた。

「木馬だと?」
「は、おそらくはトロイの故事を真似たものではないかと」
「ふむ」

 ラモセは木馬を城内に入れた。そして、兵で囲んだ上で内部をあらためた。

「やや、これは」

 木馬の中には人がいた。だが、トロイの木馬のように武装したギリシア兵がいたわけでは
ない。中にはギリシアの美女が入っていたのである。そしてワインの樽を従者らしい
男が転がしてきた。

「ほう、これはこれは」
「ローマにも諧謔を心得た者がおるようですな」
「なかなか気に入ったぞ」

 その夜、ラモセは木馬に入っていたギリシア美女と同衾し――翌朝、死体となって
発見された。
 副将のディオニソス将軍も、戦闘指揮所内で殺されていた。
 そしてギリシア美女と、その召使い――実はその召使いこそが暗殺者であったのだが――
はまんまと混乱に乗じて姿をくらましていた。

「してやられたかっ」

 ギリシアを滅ぼし、ローマと国境を接すると戦争になるやも知れぬ。そこまでは想定
されていた。だからこそ、エジプトはすでにろくな兵力もないスパルタを攻めるためだけに
ふたりの有能な将軍を送り込んでいたのだ。
 こちらが隙を見せねば、ローマとて無理はすまい。
 そういう想定であったのだ。
 ファラオはそれが糖蜜のごとく甘い考えであったと思い知らされ、歯がみした。

「残された兵ではスパルタ防衛はままなりませぬ。すぐさま小アジアから援軍を送り
ましょう」
「うむ――いや、待て。待て」

 すでにエジプトはローマの術中にはまっている。
 この状況で小アジアに置いた手持ちの兵力を投入した場合、エジプトは行動の自由を
完全に失う。スパルタを守りきるか、あるいは失うかするまで、ひたすらギリシアに
援軍を送り続けるしかなくなるのだ。
 制海権も定かでない状況で、それはまずい。

「まず沿岸地域の防備を固めよ。そして予備部隊をアンティオキアに送れ――装備を
更新するのだ」
「それでは間に合いませぬ! ここは一刻も早い救援を送るべきです」
「どちらにせよ、もはや間に合いはせぬ」
「しかし――」
「間に合うようならそれは罠だ。こちらを泥沼の消耗戦に引きずり込むためのな」

 アレクサンドロスは苦渋の決断をくだした。
 えりすぐりのギリシア遠征軍を見捨てるという決断を。

「ローマと戦うのであれば、正面から戦って勝てるだけの条件を整えてからだ。
アンティオキアの兵器工廠で装備をそろえ、海軍を増強して東地中海の制海権を掌握し、
それからだ。それから」

 これより2年後、アレクサンドロスは小アジアで死亡する。まだ50代の若さで
あったため、すわこれも暗殺者のしわざかと思われたが、過労により体をこわした
ためであると分かった。

 そしてその1年後。
ギリシア遠征軍壊滅
 ローマの重囲を3年にわたって防ぎ続けたエジプトのギリシア遠征軍がついに壊滅。
 エジプトはギリシアにおける橋頭堡を失った。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その6)神の都の物語
 アンティオキア。
 かつてセレウコス朝シリアの首都であったこの町は、今やエジプトの兵器工廠と
なっていた。
 各地で編成されたエジプト軍は、このアンティオキアにおいて装備を調え、前線である
小アジア、そしてギリシア方面へと出撃していったのだ。
 アンティオキアがそのような役割を担ったのはこの地に鍛冶の神、ヘパイストスに
捧げられた大神殿があったためである。

 少し話はずれるが、この時期のプトレマイオス朝エジプトにおける守護神はオシリスでも
アヌビスでも、ましてやバステトでもなく、インホテップであった。

 インホテップ――

 なんとなく、SANの下がりそうな名前であるが、這い寄る混沌の黒いヒトとはまったく
関係がない。医学と健康の神で、これを祭ると健康にプラスのボーナスがつく。
 なぜこんなマイナーな神(エジプトの神話に詳しくなければこの神の名前を知っている人は
少ないだろう。それこそ、日本では黒いヒトの方が知名度は高いのではないか)を
祭っているかというと、ぶっちゃけこの健康ボーナスゆえである。

 ローマは都市の規模にあわせて衛生施設が四段階にレベルアップする。

 [下水道]→[公衆浴場]→[水道橋]→[都市の水道管]

 だが、エジプトが建造できるのは[公衆浴場]まで。すなわち2段階である。都市の
衛生面ではローマに大きく劣る。衛生施設をあなどってはいけない。
 ローマ:トータル・ウォーでは人口がふくれあがった都市はすべからくこの衛生面での
不満を住民がいだくようになるのである。
 だから、エジプトではマイナーだろうが、邪神と名前が似ていようが、インホテップ神を
守護神として各都市では祭っていたのである。
 他の国の領土を征服したときも、東方やギリシアの神が祭ってある地元の神殿は
たちまちたたき壊されるか郊外へ移転してインホテップの神殿が建立された。

 だが、アンティオキアが占領された時、ヘパイストスの神殿はそのままに残された。
これは占領した時のファラオが軍神メリュレであった事と関係が深い。メリュレにとっては
都市の住民が健康で満足しているかどうかよりも(むろん彼は兵士の健康には十分に
気をつかっていたが)戦争にどのくらい役に立つかが重要であったからである。
 そして鍛冶の神ヘパイストスの大神殿による武器防具のボーナスはメリュレを大いに
満足させた。アンティオキアで作られる武具はエジプトのどの都市で作られるものよりも
優れていたからである。

 また地の利もよかった。アンティオキアはシリアの首都であった事が示すように
戦略上の要地にあり、エジプトがどちらへ侵攻するにしても中継拠点とするのに
ふさわしい町であった。
 だから、各地で集められた兵士はこのアンティオキアで武具を整え、最前線に
送られたのである。

 ローマとの全面戦争に突入したエジプトにとって、高品質の武具は何よりも重要であった。
戦術における洗練度でアレクサンドロスの伝統を受け継ぐヘレニズム諸国はローマを
上回っていたが、この時期のローマ軍が持つ軍事システムのバランスはそれを凌駕
していた。
 それは二正面作戦という不利があったとはいえ、ギリシアがローマに本土を
蹂躙された事からも明らかである。
 これと対決するエジプト軍にはより強力な部隊(ユニット)を編成するという選択肢も
あったのだが――それは行われなかった。
 エジプトは、ひたすらこれまで通りナイル槍兵と大弓兵による歩兵主力の軍を訓練し
続けたのである。これはすべての軍を均質化しようというエジプトの戦略方針に
基づいている。

 戦いに負けるにはふたつの理由がある。
 ひとつは、敵が想定していたよりも強かった。これはどんな場合でも起こりえる。
完全に防ぐことはできない。
 もうひとつは、味方が思っていたよりも弱かった、あるいは思うように動かなかった
ためである。こちらは防ぐことが可能だ。自軍の戦力を指揮官が読み違えないように
すればいいのである。
 部隊が均質化していれば、それが可能なのだ。

 そういうわけで、対ローマにおける緒戦の大敗北の後も、エジプト軍は頑固に自軍の
編成を変えようとはしなかった。ただ、兵士の装備を良くする努力だけは怠らないように
したのである。

 だが、軍を再編成するだけではローマに勝つことはできない。
 ローマに勝利するにはどうしてもやらねばならない事があった。
 かつてギリシア遠征軍が敗北した最大の原因――暗殺者を取り除くという難事が。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その7)神の目の小さな塵
 アテネの町は、陰気に静まりかえっていた。
 この古き都がペルシア戦争における勝利の後、デロス同盟の盟主としてギリシアに
君臨したのはもう3世紀も前の話だ。
 その後マケドニアの覇権の後、今度はローマがギリシアの上に君臨するようになった。
 それで終わるのであれば、ギリシア人としては覇権国家としての義務をローマ人に
任せて、その下で文化と経済の充実に目を向けられたのであるが。
 どうやらそのローマの覇権も怪しくなってきたようである。

 長城でつながった港に目を向けると、そこには何隻もの船が帆を畳みオールを上げた
状態で停泊している。
 それが積み込むべきワインをはじめとした荷物は倉庫でむなしく日々を過ごしている。
 海の男たちは諦めの混じった顔で、美しいエーゲ海を見る。
 嵐ではない。
 風待ちでもない。
 船が出港できないのは、彼らの視線の先に遊弋している艦隊のせいだった。
 ひるがえる旗はファラオの紋所だ。
 ギリシア諸都市は、東地中海最大の海軍国となったエジプトによる海上封鎖を受けて
いたのである。

「これは予想外でゴザるな」
 犬耳の娘は出港できずに昼間から船乗りがたむろしている酒場からでてきて言った。
 短いスカートにくりぬかれた穴から伸びているしっぽをぱたぱたと振る。
「小アジアに渡れないと依頼された仕事ができないでゴザるよ」
 この犬娘は暗殺者であった。
 ローマ:トータル・ウォーでは暗殺者の仕事はふたとおり存在する。
 殺すか、壊すか。
 彼女が請け負っていたのは殺しであった。依頼人はローマ最大の権門、ブルトゥス家で
ある。ターゲットは小アジアの都市にいるエジプトの将軍である。
 彼女だけではない。現在、多くの暗殺者がローマに雇われてエジプトの将軍を狙って
いた。
 しかし、いかに凄腕の暗殺者でも、相手が海の向こうではさすがに仕事ができない。
「黒海をぐるりと回れば歩いてエジプト領へ入ることはできるのでゴザるが……
何年かかるかわかったものではないでゴザるよ」
 これがシーン制のRPGなら[登場判定]に成功すればどんなに離れていても瞬時に
その場に登場でき、さらに過去にさかのぼって「なぜそこにいるのか」の整合性を
取ることができるのに……
「毛唐の作るゲームはそのへんが面倒くさいのでゴザるよ」
 毛唐どころか、この世界の住人でもないくせに犬娘はえらそうに批評した。
「しかし自爆はできないが、暗殺者というのは良い職業でゴザる」
 ローマ:トータル・ウォーにおいて暗殺の効果は絶大である。
 絶大なのだが――これに対処する方法はきわめて限られているのだ。

 強大な軍事力も、暗殺者には無力だ。暗殺者を軍ユニットで討伐することはできない。
ターゲットとして暗殺者を選ぶことができないのだ。

 莫大な財宝も、雄弁な言葉も、暗殺者を止めることはできない。金と言葉で戦わずして
軍隊を解散させ、都市を寝返らせることができる外交官も、ターゲットとして暗殺者を
選ぶことができないのだ。

 暗殺のターゲットとなるであろう将軍達にできるのは、あくまで受動的な対応だけである。
将軍が持つ[特徴]や[従者]によって、あるいは指揮下にあるユニットの数によって、
暗殺される確率を下げることはできる。だがそれは暗殺されそうになった時に防ぐ可能性を
上げるだけで、サイコロを振るのはあくまで暗殺者の側なのである。

 プレイヤーにできる暗殺の危険をゼロにする唯一の方法は、暗殺者の移動可能エリアに
将軍を置かない、これだけである。
 間に海があり、港湾をエジプト海軍が封鎖している現在の状態は、だから安全という
意味ではたいへん安全なのである。
 とはいえ、そのままというわけにはいかない。
「小アジアでは大勢のエジプト軍が出撃準備を整えているという噂を聞きつけたでゴザる。
もうすぐ仕事にとりかかれるでゴザる」
 犬娘はほくそえんで海上に浮かぶエジプトの軍艦を見た。
 そこにちかり、と白い光が見えた。

 ぼっ。

 笑顔の真ん中に、丸い穴があいた。続いて、後頭部が破裂し、白いのやら赤いのやらが
吹き出す。
「お?」
 笑顔のまま、犬娘はばったりと倒れた。
 たーん、たーん、たーん、たーん……
 しばらくして追いついてきた音が周囲に木霊した。

「やったっ! 命中した!」
 軍艦の上で、頭に見事なアホ毛をつけた少女が手にしたライフル銃を持って大喜びしていた。
「いや、この場合ライフルって……ありなのか? 今はまだ紀元前2世紀なんだけど」
 幼馴染みの少年が、心配そうに言う。
「そうねー。リプレイ2巻まで使っていたマスケット銃の方がよかったかしら」
「この場合、マスケット銃も同じだと思う……やはり僕がやった方が世界観の整合性はとれたんじゃ
ないかなぁ」
 手にした愛用のカタナ、菊一文字を手にして少年が過ぎたことをぐだぐだと言う。

 どっちもどっちである。

「細かいことを気にしないの。さ、次の暗殺のターゲットの暗殺者は誰?」

 そうなのである。
 ローマ:トータル・ウォーでは歴戦の将軍も練達の外交官も腕利きのスパイも暗殺者を
どうこうすることはできないのだが――

 暗殺者だけは、暗殺者をターゲットに暗殺というアクションが可能なのだ。

 かくして――
 エジプトはファラオ暗殺兵団を編成。彼らはエジプト軍が上陸する前に密かに
ギリシアの地へ上陸するや、次々とローマ側の暗殺者に攻撃を開始したのである。
 歴史に語られぬ、闇の者と闇の者の戦いが、ギリシアを舞台に繰り広げられたのだ。

※ここで登場した暗殺者の犬娘やライフルを使う少女などは、菊池たけしさんの
『アリアンロッド・リプレイ』に登場します。(富士見書房刊)

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その8)神の雷作戦
 闇の戦いが始まって数年。
 ギリシア本土からローマの暗殺集団は駆逐され、ファラオ暗殺兵団が闇の社会を
支配した。
 装備の改編とアルメニア討伐も順調に行われ、いよいよ二度目のギリシア上陸作戦が
行われることになる。

 主力は4個軍。
 各軍の編成は――

 ・槍歩兵×8
 ・弓兵×8
 ・軽騎兵×3
 ・将軍近衛騎兵×1

 当初は投石機(オナガー)を編成に入れてはどうかという意見も出たのだが、後方から
重量のある投石機を運ぶ手間を考えて見送られた。ちなみに、史実においてはこういう
攻城兵器はわざわざ遠方から運ぶのではなく、金属部品のみ運び、ほとんどを占める
木材などのパーツは現地調達で、現場で組み立てていたものと考えられている。
 そらそうだわな。攻城兵器といっても、大砲じゃないんだから。

 ローマ軍を相手にした場合、機動力では圧倒的に劣るもののファランクス隊形が
可能な槍歩兵の戦列はきわめて守りに強い。装備を更新した事と合わせると腹背に
回り込まれない限りはかなりの戦果が期待できた。

 ファラオ神軍参謀本部では、上陸する4個軍をふたつに分け、A軍集団をアテネ近郊に
上陸させ、B軍集団をその北側にある港町(現在のラミア)に上陸させてここにローマ軍を
迎え撃つという『神の雷』作戦を立案した。
「神の雷」作戦
 この作戦の肝となるのは派手な攻城戦ではなくB軍集団による野戦築城にあった。
柵を作り、壕をめぐらし、ローマ軍の機動力を削いで狭い戦闘正面における戦闘を
強要するのだ。
 いかに戦力の増強をはかったとはいえ、ローマ軍と比較してエジプト軍は1/3以下の
劣勢であり、これが海をこえての遠征となるとその差はさらに広がる。できるだけ少ない
損害でローマ軍に回復不能な損害を与えるためには、地の理を生かす事がどうしても
必要だった。

 外交――謀略の面でもできるだけの手だてが取られた。まだ暗殺者の排除を行っている
時期からローマと敵対しているトラキアとブリタニアに外交官を派遣。両国に合計して
3万デナリウスの軍資金が渡された。これは2個軍(40ユニット)を編成することが
可能な大金である。
 こうした大金をぽん、と出せるようになったのも、うまみの大きい東地中海貿易を
エジプト商船団が牛耳っているためである。
 それまでは防戦一方であった両国だが、この大金によって軍備の増強に成功。いきなり
手強くなった両国に対処するためローマ軍の主力が北上し、ギリシア方面が手薄になった。

 そしてさらに、内政面でもここで大きな決断がくだされる。
 遷都である。
 これまでも歴代のファラオは長らく小アジアで転戦を続けていたりしたのだが、
それでもそこは仮の玉座であり、王城は常に古き都、メンフィスであった。
 しかしついに東地中海の要衝ロードス島にファラオが都を移すことを発表。以後
ますますプトレマイオス朝は海上貿易帝国にシフトするのである。

 こうして戦略面で打つべき手をすべて打ったエジプト軍は満を持して「神の雷」作戦を
発動したのである。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その9)神々の黄昏
 ガイウス・バルプスは無精髭の伸びた顎を撫でた。
「糧秣は届いたか」
「は。小麦とオリーブ油が二日分」
「よし、兵には腹一杯食わせてやれ」
 しとしとと降る雨をうっとおしく思いながらもガイウスは小高い丘の上に身をさらした
まま前方を確認していた。
 南へと伸びた街道の先に、行軍する敵の姿がみえる。
「ここまで……およそ半日か」
 雨を蒸気に変えるほどに兵気がみなぎっているのが分かる。敵もここで決着をつける
つもりなのだ。
「援軍は? ブルトゥス軍は来ているか?」
「残念ながら……」
「しかたあるまい。兵力の過半を失ってはな」
 ギリシアにエジプト軍が上陸して、すでに10年近い歳月が経過していた。
 アテネを電撃的に占領したエジプト軍は、そのままギリシアを南下、コリントと
スパルタを制圧した。ローマの東部方面軍――ブルトゥス軍は当時、北のトラキアに主力を
送っていたがすぐさまとってかえし、エジプト軍を追い出すべく波状攻撃をしかけた。

 そして、ことごとく失敗した。エジプト軍は、損害を受けた兵を次々と後方の都市に
下げて新手を補充した。前線にある野戦陣地には常に2個軍がおり、その半数は
ファランクス隊形可能な槍兵であった。
 ローマの精鋭達は、堅牢な陣地にこもる槍衾に次々と攻撃を仕掛け、そして大損害を
こうむった。
 損害を受けたのはエジプト軍も同じであるが、補充能力においてエジプト軍は
ローマ軍の比ではなかった。

 5年が経過する頃には、ローマ三軍の中でも最大最強であったブルトゥス軍は
回復不能なまでに消耗していた。それからエジプト軍の攻撃が始まった。
 消耗したブルトゥス軍では、エジプト軍を食い止めることはできなかった。ギリシア、
マケドニアのローマ諸都市は次々と陥落した。

 西部方面軍としてブリタニアやゲルマニアと戦っていたユリウス軍がブルトゥス軍に
取ってかわったのはこの時期からだった。ガイウスもまた、ゲルマニア戦線より
転戦することになった武将のひとりであった。
 ガリアの蛮族と比較して、エジプト軍の豊かなことは驚くほどであった。
 ローマは兵站で勝利する、とはよく言われた言葉であったが、エジプト軍はそれ以上
だった。確かにローマほどには兵ひとりひとりを大事にしないが、兵を十分に食わせ、
決して無理をしなかった。
 ゲルマニアの蛮族がよくやるような、森の中からの奇襲などの策をエジプト軍は
とらなかった。
 それどころか、策らしい策はまるで取らないのだ。
 エジプト軍の主力である槍兵はすばやい動きなどできない。だから隊列を組み、槍を
かまえてひたすらまっすぐに歩いてくる。それだけなのだが――それゆえに、まことに
対応が難しい。
 側面や背後から回り込もうにも、槍兵は二段になっており、後ろの段の部隊が側背を
常に守っている。かといって、今度はその後ろの段の部隊の背後に……などとやっていると、
前列の槍兵がこちらの戦列を食い破って包囲の意味をなくしてしまう。
 さらに、あまり長い迂回機動をしていてはエジプトの誇る射程の長い弓兵に
いすくめられて部隊が損耗してしまう。

 エジプト軍の鉄壁の防御に対抗するには――

「投石機の準備はできているな」
「は」

 ガイウスは、この戦いに投石機(オナガー)部隊を用意していた。野戦で投石機を
使うのはあまり例がない。投石機は威力はともかく命中率が低いからだ。だが、
ゆっくりと密集して動く槍兵が相手であれば、あるいは……

「やってみるしかあるまい」
神々の黄昏
 兵数では若干劣るものの、ゲルマニア戦線で鍛えた自分の部隊とそして投石機などの
重兵器の威力にガイウスはそれなりに自信を持っていた。

 戦いがはじまった。
 いつものように、エジプトは槍兵2段構えの後ろに弓兵の隊列が続き、その後方に
騎兵が続く。
 一瞬だけ、ガイウスは自軍の優勢な騎兵戦力を使った機動戦に対する誘惑にかられたが
その思いを押し殺した。小手先の技でエジプト軍には勝てない。彼らに勝利するには、
圧倒的な火力あるのみだ。

「撃て!」
「ファイアーッ!」

 ずらりと並んだ投石機が真っ赤に焼けた石弾を放つ。次々と発射されるそれらは
多くがあさっての方向に飛び去っていったが、中には見事に目標を捕らえるものがあった。
 いざ命中してみると、その威力は絶大であった。
 密集隊形の槍兵が吹き飛び、隊列に大きな穴があく。
 さすがのエジプト軍の動きが乱れた。

「よしっ! 全軍、前へっ!」

 華やかな赤い鎧を着たローマ軍団歩兵が前進を開始する。その動きは、エジプト軍に
比べて実に軽い。素早く攻撃開始位置へと移動して、槍を投擲し、さらなる混乱に陥った
敵へ向かって突撃を開始する。

「第二列、第三列、続けっ!」
「おうっ!」

 次々とローマ兵が前進を開始し、エジプト軍と血戦を繰り広げる。
 だが――

「馬鹿な、なぜ崩れぬ」

 ガイウスがうめくように言う。
 エジプト軍のファランクスはひたすら堅固に守りを固め、ローマ軍歩兵を寄せ付けない。
長い槍をかいくぐるようにして敵の最前列にもぐりこんだローマ兵が短い剣
(グラディウス)をふるい練達の技で敵を切り倒す。だが、その兵の頭上に後方の
エジプト兵が持つ槍がふりおろされる。よろけたローマ兵は繰り出された槍に貫かれ、
血まみれになって倒れた。
 もはや互いの距離はゼロである。こうなっては投石機も役に立たない。味方をも
吹き飛ばすだけだからだ。

 戦いは続いた。
 次々と兵が倒れていく。ローマ兵も、エジプト兵も、一歩も引こうとはしない。
 だが、戦いが長引けば長引くほどに、有利になるのは守備力に優れたエジプト軍だった。
 いや――それだけではない。

「なるほど、これがラモセ将軍の指揮というものか」

 ガイウスは蒼白になった面をエジプト本陣に向けてうめいた。
 エジプト軍は決して引かない。退かない。まるで全員が死兵になったかのように戦い
続ける。決して兵が強くなるわけでもなければ、華麗な戦術を使うわけでもない。最後の
ひとりまでを戦わせる能力こそが、エジプト将軍の持つ神懸かった指揮能力なのだ。

「ならば、そなたのそっ首をいただけば、良いわけだな――馬ひけいっ!」
「しょ、将軍っ?! まさか?」
「ラモセの首をはねる。さすれば敵は崩れよう。それができるのはどうやら我らだけの
ようだからな」
「しかしっ」
「今しかない。今ならばまだ逆転できる。行くぞっ!」

 ガイウス将軍は、自らの馬回りを連れて突撃を開始した。
 いつしか雨はあがり、どこまでも青い空が続いていた。
最後の突撃
 戦いは終わった。
 ラモセ将軍は巌のような肉体を馬にゆらせて前線を見てまわっていた。
 自ら槍を握ったローマの将官がおおぜいの軍靴によって泥濘となった地面に倒れていた。
「ガイウス・バルプス将軍のようでございます」
 部下のひとりが馬を下りて確認した。
「いかがいたしましょう?」
「捨ておけ。死体に用はない」
 ラモセは言った。彼にとってはこの戦いもまた、数多くのローマとの戦いのひとつに
過ぎなかった。
「ふん。これだけ痛めつけてもローマ軍め、まだまだ戦意を喪失せぬ」
 偵察部隊が、前方にまだ戦力を有するローマ軍が布陣していることを伝えてきた。
「ダキア領を突破して……いや、それではよけいに時間がかかるだけか」
「いかがいたしますか」
「ファラオにおうかがいをたてるぞ。いちいち相手にしておっては100年たっても
ローマまでたどりつけぬわ」
「では――」
「知れたこと。イオニア海をわたるのよ。イタリア本土に殴り込むぞ」

 戦いはいよいよ、終幕へと動き始めた。

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その10)魔神皇帝
 東地中海最強のエジプト海軍がイオニア海、アドリア海のローマ軍を駆逐するのに
2年とはかからなかった。そして、その後に陸続ととぎれることなく槍兵と弓兵が
イタリアへと運ばれていった。
 カプアなど南イタリアの諸都市はブルトゥス一門やスキピオ一門の根拠地となっていたが、
エジプトとの熾烈な戦いによって消耗しきったこれらの都市にもはや十分な守備部隊すら
残されていなかった。
 戦いによって鍛え上げられたエジプト軍は容赦なくこれらの都市を占領し、掠奪した。
ローマの神殿は破壊され、エジプトの守護神インホテップの神殿が建立された。

 そして10年が経過した紀元前162年。
 ラモセ将軍はローマの市街を見上げる位置に布陣していた。
ローマ攻略1
「でかいな」
「はっ」
「しかしこれほどにでかいとかえって助かる。守る側は城門周辺に集中しているだろう
からな」
 ラモセは投石機(ローマ製)に城門への攻撃を命じ、その一方で主力をそこから遠く
離れた城壁にさしむけた。トンネルを掘り、城壁を崩す。
 投石機に注意を集中していた守備隊はこれを防ぐことができず、崩れた城壁を乗り
越えてエジプト軍は市街へと突入した。
 すぐさま隊列を組み直した槍兵が100万都市ローマの市街を前進する。
 すると、前方にローマ軍団が現れた。城門の守備から駆けつけてきたのだ。
「おのれ、ナイル川に住むワニ風情が!」
「全軍、突撃ぃぃぃ」
 ローマ攻略2
 ローマ軍団の第一大隊歩兵と、ナイル槍兵が激突する。
 1対1であれば、ローマ軍団第一大隊歩兵は地中海最強の歩兵だ。
 だが、槍衾をつくる5倍もの数の敵が相手では、勝負ははじめから見えていた。
じりじりと時間が経過するにつれて損害が増えてゆき、そしてついには潰走をはじめる。
 だが、どこに逃げようというのか。
 もはやここはローマの心臓。この先に逃れる場所などありはしない。
 都市の中心部にある広場で最後の、そして絶望的な戦いが繰り広げられ、ローマ軍は
ついに壊滅した。
ローマ攻略3
 3倍もの敵を相手に、自軍よりも大きい損害を与えたのであるからローマ軍の奮闘は
賞賛に値する。
 エジプト軍は自らの基準でその奮闘に報いた。捕虜も含めて市内に残るすべての
ローマ兵士が殺され、市民はことごとくが奴隷として売られた。
 掠奪によりローマは炎上し、三日三晩燃え続けた。

 こうして、地中海の覇権をかけた戦いは終結した。

 ラモセ将軍は自らが占領したローマにとどまり、軍政を敷いたが翌年死亡した。
ラモセには4人の娘と1人の息子がいたが、その長女の女婿はローマの暗殺者によって
若くして死亡していた。それから20年、ラモセは常に対ローマの最前線で戦い続け、
勝利を重ねていった。その軍功は次のファラオにふさわしいものであったが彼はそれを
固辞し続けていた。

 首都ローマを失ったとはいえ、ローマ人は滅びたわけではなかった。北イタリアには
なおもユリウス一門が勢威をふるい、ドナウ河流域のダキアはそのユリウス一門の
保護国であった。さらに北アフリカを支配しているスキピオ一門と合わせれば、
まだまだ侮れない戦力を保有していた。
 エジプト首脳部は、それを完全に滅ぼすのは得策ではないと判断した。
 確かに戦えばエジプトが勝つだろう。だが、これ以上広がった領土を維持するとなると
どうしても無理がでてくる。それよりは、エジプトの覇権を認めさせる方向で
これらのローマ人を自軍支配圏に取り込んだ方が良い。

 交渉の末、ローマ人はそれを受け入れた。プトレマイオス朝エジプトは――いや、
もうすでにナイル河流域をその本拠としていない以上、エジプトとは呼びにくいが――
ヘレニズム国家であり、文化的にもローマ人にとっては親しい存在であったためでもある。

 ロードスに首都を移したプトレマイオス朝は、さらに西、クレタ島に首都を移転した。
 そして、エジプトという国名を、ミュケナイ帝国――ミケーネ帝国へとあらためた。
 古き時代にギリシアにあった国名を蘇らせたのは、ギリシア文化がこの時代の地中海に
おいてはもっともコスモポリタンな物であったためである。
 そして、ファラオの呼称を魔神皇帝とあらためた。

 こうして、地中海に初の統一国家、プトレマイオス朝ミケーネ帝国が
誕生したのである。
 紀元前160年のことであった。

(おしまい)

 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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