『信長の野望:革新』プレイレポート

『大友帝国の野望』

 私の名は大友義鎮(よししげ)。いわゆる大友宗麟として知られている戦国武将である。  ゲーム開始時点での九州はこんな感じである。
九州勢力図1555
 我が大友家の領土は、豊後と筑前。
 同盟国は大内、阿蘇、河野の3家である。後は中立、つまり将来の敵だ。
 このうちやっかいなのが実は味方の大内家である。大内家の領土である豊前のおかげで、我が大友家の領土は分断されているも同然なのだ。

1)毛利水軍に敗北
 1557年末。四国の河野家が援軍を要請してきた。
 敵は毛利家である。我が大友家は友誼に厚いのですぐに八千の兵を送る。
 年が明け、伊予沖で海戦。小早川隆景の兵五千と激突。だが、さすが小早川は毛利両川の一角である。あっさりと敗北してしまった。まあいい。援軍は送ったからな。

2)龍造寺攻め失敗
 そうこうしているうちに、大内家との同盟が切れてしまった。これは豊前を手に入れるチャンスかも知れないとも思ったが、いきなり昨日までの味方に攻撃するのも気が引けたので、まずは龍造寺を攻めてみる。
 何しろ我が大友家の武将にはベッキーこと戸次鑑連(べっきあきつら)がいる。立花道雪という名前で知られる猛将だ。これを先陣に、後陣は私が鉄砲隊を率いて龍造寺を攻める。が、いいところまでいったところでなんと大内家が豊後に攻めてきた。
 しょうがないので龍造寺攻めを中断してベッキーを豊後に送り、我が娘の都と組ませて迎撃させる。
豊後防衛戦
3)豊前攻略失敗
 迎撃は成功したが龍造寺攻めは中断。兵力も消耗した。
 やられたらやり返すのが戦国のならいであるからして、豊前攻略を実施する。
 ベッキーは豊後から兵8千を率い、私は筑前から兵1万で攻める。
 が、なんとしたことだろうか。
 今度は南の伊東が豊後に攻め込んできた。しかたないのでベッキーを伊東にぶつけ、私だけで豊前を攻める。兵は半減したが、私の1万は火縄銃装備である。城攻めには問題ないと思われたのだが……
 城は堅かった。
 私は兵力の過半と火縄銃1万挺を失い、筑前に敗走したのである。

4)富国強兵
 ここにきて、私は戦略を見直すことにした。
 やはり、場当たり的な戦いというのはよろしくない。
 やるからには、しっかり戦備を整え、しかる後にがっつり攻め込んで占領する。これである。
 そこで、兵力の増強と攻城兵器の開発に取り組む。それまでは何があっても動かない。
 私はひたすら国力と兵力の充実を心がけた。ありがたいことに海外貿易の拠点である我が分国は戦争さえなければ金はいくらでも入ってくる。
 そして3年が過ぎた。
 その間に一度、筑前に大内家が、豊後に伊東家が攻めてきたのを撃退した。

5)大内家滅亡
 そしていよいよ戦機が熟した。私が自ら1万8千の兵を率いて豊後から、ベッキーが8千の兵を率いて筑前から、それぞれ豊前を攻める。
 戦いは激戦になった。
大内家滅亡
 大内家は本州側からも兵力を引き抜いて頑強に抵抗したし、豊前にはあちこちに防衛拠点(鉄砲櫓)が建設されていた。
 さらに今回も伊東家が豊後に、そして龍造寺が筑前に攻め込んだがこれは守備隊の奮戦もあって撃退に成功した。
 半年にわたって大内家は粘ったが、山陰の雄、尼子家が兵力を引き抜かれて弱体化した周防と長門の大内領に攻め込んだ事でついに勝敗は決した。
 大内家は滅亡し、我が大友はついに豊前を手に入れたのである。

6)龍造寺攻略
 領国が三ヶ国になったので、我が大友は九州では並ぶ物のない大国となった。
 次なる獲物は龍造寺であるが、これが大内攻めよりもやっかいである事がすぐに分かった。
 龍造寺は鉄砲技術に優れ、火力が高い部隊がそろっている。大内家を滅ぼした余勢をかって攻め込んでみたところ、たちまちベッキーと私(宗麟)の部隊が壊滅して撤退を余儀なくされたのだ。
 さらに、四国の西半分を制圧した長宗我部の水軍が豊後水道を通って盛んに我が領国を襲撃しはじめたので、これの手当も必要となった。
 そういう状態であるので、龍造寺攻めは兵ではなく計略をもって行なった。
龍造寺攻め
 龍造寺は我が国の他に、阿蘇と有馬と国境を接している。
 そこで、同盟国である阿蘇と組んで龍造寺攻めを行ったのだ。最初は真面目に戦ったが、途中からは主に阿蘇軍に戦わせて我が軍は後方から支援に専念した。
 むろん、敗北し、撤退する。
 だがこれを繰り返していくうちに国力の差がしだいに明らかになった。連戦に疲れ果てた龍造寺の兵がしだいに細っていく。
 それを見て、今度は龍造寺よりもはるかに格下の有馬が龍造寺を攻める。これも撃退するが、その頃には龍造寺の支配する肥前は戦で荒廃しきっていた。
 頃は良し。
 我が軍は3万の兵をあげて龍造寺を攻めた。なおも獅子奮迅の戦いぶりを見せた龍造寺隆信であるが、ついに刀折れ矢尽き、我が軍門に降ったのである。

7)火力増強
 その後、我が大友家では大砲技術を開発した。
 さすがにこれには金と時間がかかり、南蛮貿易によって得た富のほとんどが吸い尽くされていったが、戦いは火力であると信じる私はひたすら大砲製造に邁進した。
 そしてついに大砲製造技術と国崩し技術を手に入れ、さらに大砲を艦船に搭載して制海権の確保に乗り出したのである。
 四国を制圧した長宗我部がちょっかいを出してきたが、なに、しょせんは斬り込み戦術しか知らぬ鯨取りの蛮族ども。大砲装備の大型船で次々と海の藻屑にしていく。

8)ベッキー死す!
 後はゆるゆると九州統一である。
 すでに九州に単独で我が大友家にかなう勢力は存在しない。
 私はのんびりと一国ずつ支配下に組み込んでいった。
 別にあわてる事はない。あわてるとかえって失敗するのは最初に何度も負けて身に染みている。
 じわじわと……じわじわと……
 やっているうちに、時間は過ぎ、ふと気がつくと10年以上が経過していた。残るは島津一国である。
 1585年。熊本城にいる私の元へ急使が来た。なんと、ベッキー(すでに道雪を名乗っていた)が死の床にあるというのだ。
 私はすぐに馬を飛ばした。

「無事かベッキー!」
「おお、お屋形様。私の命もここまでのようです……」
「ちょっと待てベッキー! まだ死ぬのは早いぞ!」
「そうはおっしゃいますが、史実で死んだのと同じ年でございますぞ」
「あれは史実の私が無理に働かせたからだろうが」
「こっちでも、戦闘がある度に転戦させられたように思いますが」
「なんだ文句でもあるのか」
「いえいえ。武人として働き場所を得たのは喜ばしい限り。しかし、九州統一をこの目で見られないのが残念です」
「何を言う。お前には私が日本を統一するのを見せてやる! だから死ぬな、ベッキー!」
「……お屋形様。ときどきは全国マップを確認されてますか?」
「いや、めんどくさいから見てない」
「……まあよろしいでしょう。それでは私はこれで」

 かくしてベッキーは死に、私はベッキーに報いるためにも九州統一を誓ったのであった。

9)九州統一!
 そして2年後。
 私は島津を屈服させ、九州を統一した。
 さあ、いよいよ京都へ上り、天下布武である。
 私はさっそく全国マップを開いた。
九州統一!
 ……
 …………
 ………………なんじゃこりゃあああっ?!
 そう、私がのんびりと九州で各地の温泉につかりながら転戦しているうちに、近畿から東はすべて上杉謙信によって支配されていたのである。
 私は目の前が真っ暗になった。

9)大友帝国の逆襲(Otomo Empire Strike Back!)
「う〜ん、う〜ん」
「お屋形様、お屋形様」
「う〜ん、上杉がくるよ〜。軍神が止められないよ〜〜」
「お屋形様、しっかりなさいませ」
「……はっ! なんとお前はベッキー! 黄泉の国からわしを迎えに来てくれたのか!」
「私はまだ黄泉平坂を越えてはおりませぬぞ」
「そういえば、ちゃんと自分の足で歩いているようだな……」
「?? どうなさいました、お屋形様」
「はっ、ここはどこだっ?! というか今はいつだっ?!」
「ここは大友家累代の城、府内館でございます。で、いつかといいますと弘治元年。西暦の1555年です」
「タイムスリップかっ! 歴史は私に何をさせよーというのかっ!」

 こうして私は再び大友帝国の野望をかけて戦うことになったのである。
 二度目であるからして、前回の教訓から無駄のない国力増強と戦力の充実をはかることができた。
 具体的には――

 『兵舎』をたくさん造って、ひたすら兵士の数を増やす。

 これに尽きる。とにかく兵士がたくさんいれば、戦争は何とかなるのだ。
 むろん、兵士を食わせるためには食料の増産も必要だが、ありがたいことにこのゲームでの兵士は従軍している時だけタダ飯を食う(兵農分離してない)から、大軍で短期間にもみつぶすような戦いをすればさほど食料は消費しないのである。

 こうして、前回よりも素早く増強した軍団をベッキーらが率い、まずは龍造寺、そして有馬を攻め滅ぼす。

「さすがですなお屋形様。九州統一もこれならたやすいでしょう。次は阿蘇ですか? それとも伊東?」
「周防の大内家だ」
「はぁ?」
「九州のような田舎に閉じこもっていても、時代に取り残されるだけだ」
「しかし、島津をほうっておいては後の禍根になりませんか?」
「確かにいずれ島津は攻め滅ぼす。だが、今の国力で正面から島津と戦うのはかえって損害が増え、時間がかかる。それよりは中国地方へ進出して国力を増やし、何より優秀な武将を集めておきたい」
「なるほど」
「島津とはとりあえず同盟を結んでおく」
大友帝国ふたたび

9)技術革新
 元々、大友家は、大砲につながる兵器製造技術を有している。
 これに龍造寺とその武将を吸収したことで、鉄砲技術を追加し。
 さらに有馬家を傘下におさめて水軍技術を確保した。

 そして領内のいたるところに建造された鉄砲鍛冶で火縄銃が量産され、兵士のふたりにひとりに行き渡るという、火力充足率では史実の豊臣政権を上回るほどの強化を行ったのである。
 攻城兵器としては大砲が生産され、大友家独自技術『国崩し』によって、いかなる城であっても短期間で打ち破る事が可能となった。
 中国地方には毛利や尼子といった勢力があったが、火力を集中する我が大友帝国の前には従来の弓矢で戦う軍団など物の数ではなかったのである。
中国地方への進出
 しかし、私にとってこれらの諸勢力との戦いは前座に過ぎない。
 私の本当の敵は、東にいる。
 奴らと正面からぶつかるまで、どれだけの戦力をそろえる事ができるか。
 それが勝負の分かれ目となるだろう。

10)第一次弓木城攻防戦
 そしてついに、我が大友帝国と上杉帝国とがその領土を接する時がきた。
 場所は、弓木城。
 上杉軍20万(!)が突撃をかけてくる。
弓木城攻防戦
 上杉謙信、上杉景勝といった上杉一門の他にも、織田信長、柴田勝家ら織田家臣、斎藤義龍、明智光秀、竹中半兵衛ら斎藤家臣がぞろぞろそろい踏みである。
 これを、我が大友帝国は10万の兵力で迎え撃つ。こちらはベッキー(立花道雪に改名)はじめとする大友家臣はむろんのこと、血縁(島津家の13才の姫を私が嫁にもらった)となった島津一族、今や重臣となった毛利一族、さらに占領したばかりの本願寺からも知略に優れた武将をかき集めての総力戦である。
 半年にわたるすさまじい消耗戦の結果は我が軍のぎりぎりの勝利であったが……すでに東日本をほぼ手中におさめた上杉帝国は東国の戦力を根こそぎ動員し、さらに80万の兵力を近畿方面に投入してきたのである。
 ……どう戦えというのだ。

11)大友帝国の落日
 それからの日々は、大友帝国にとって苦難の日々であった。
 決して大友帝国が弱かったわけではない。国力も兵力も、有能な武将も、大友帝国は上杉帝国に決して見劣りはしなかった。上杉が150万の兵力を持てば、大友は80万の兵力を用意した。上杉が大納言の位を得れば、大友は中納言となった。
 しかし、しょせん戦場は絶対数が物を言う。
 しだいに大友の兵力は減少カーブを描きはじめた。兵力が回復する前に、次の戦いが始まるせいだ。
 第三次弓木城攻防戦において、大友軍20万がこもる城に、上杉軍50万が押し寄せた。
 地を埋め尽くすかのように大地を黒く染めて押し寄せる上杉軍を前に、黒田官兵衛はしわの深い顔に愉快そうな表情を浮かべた。

「これはまた、すごい数ですなベッキー殿」
「官兵衛か。またよろしく頼むぞ」
「相変わらず我らが一番槍ですか」

 大友軍中、最強の指揮能力を持つベッキーと、最高の頭脳を持つ黒田官兵衛。このふたりのコンビによる槍隊は、大友軍の守りの要だった。いかな上杉の騎馬軍団といえど、このふたりを打ち破らねば城にはたどりつけない。
 そして、ふたりの背後には10万にもなる島津鉄砲隊と大友大砲隊がずらりと銃口、砲口を並べているのだ。
 ベッキーが粘って食い止めている間に、火力を集中して数で勝る敵を粉砕する。
 これが大友軍の必勝――いな、不敗の戦法であった。

「や、先鋒は真田幸村隊ですな」
「若いな、それに思い切りがいい」
「真田昌幸殿の次男とか」

 武田はすでになく、その部将はすべて上杉謙信の配下となっていた。例外はただひとり、武田信玄である。彼は今なお東日本で唯一、上杉に抗戦している北条家の客将となっている。

 戦線後方で謙信は静かに目を閉じ、本陣に座していた。
 前線に出たいのは山々なれど、何しろ前がつかえて身動きがとれない。恐るべきベッキーの槍隊もロボットではないから疲弊して城に戻る事があるが、その間は高橋紹運や鍋島直茂、羽柴秀吉などの猛将が支えていて上杉軍50万を一歩も近づけない。
 先鋒の真田幸村隊がさんざんに打ち破られて潰走した。
 続いて、斎藤義龍、徳川家康が大友軍の火力を前に敗走する。
 次々と新手をくりだして攻勢を続けているものの、上杉謙信の本陣では焦燥の色が濃かった。
 まだか――
 まだ来ないのか――
 あの、“うつけ者”は――
 諸将が浮き足立つ中、それでも謙信は静かに瞑目したまま動かなかった。

 ばさり、と。
 陣幕を開け、きらびやかな衣装をまとった武将が入ってきた。

「謙信殿、ただいま参着しましたぞ」

 その声に謙信はようやく目を開いた。

「おお、信長か。よくぞ来た。さっそく頼む」
「ははっ」

 謙信の部下中もっとも切れ者である織田信長は得意満面で自分が連れてきた部隊に命令を下した。彼が自分がこの戦いにおいての一番手柄になることを疑ってはいなかった。

 轟音と閃光。
 衝撃で黒田官兵衛は地面に打ち倒された。

「何事かっ!」
「お、大筒でございますっ! 上杉軍の大筒による攻撃ですっ!」
「なにっ!」
「あれをごらんくだされっ!」

 官兵衛は部下の手を借りて立ち上がると敵陣を見やった。
 そこにはこれまで大友家にしかなかった兵器、大筒が並んでいた。騎馬軍団の突撃にも耐える密集隊形の槍隊も、大砲による制圧射撃には弱い。

「して……やられたか」

 この戦は負けだ。官兵衛はすぐに判断した。だが、自分らが殿軍となって粘れば、大友軍の主力である島津&本願寺鉄砲隊は後方に脱出が可能だろう。
 今すぐに命令をくださねば――
 そこで官兵衛は大事な事に気がついた。

「ベッキー殿はどうしたっ?!」
「立花道雪殿、討ち死にーっ!」

 ベッキー戦死。
 不敗の魔術師ベッキーの戦死は、大友全軍を震撼させた。
 そしてそこに、竹中半兵衛を軍師とした上杉謙信が出馬したのである。
 大友軍は、崩れた。

 かくして大友帝国はふたたび落日を迎えた。
 守りの要である弓木城を失い、多くの将兵を失った大友帝国はついに上杉謙信に膝を屈した。上杉謙信は京都に幕府を開き、日本を統一。
 戦国の世は、ここに終わりを迎えたのである。

(終わり)

 作成者:銅 大(アカガネ ダイ)
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