放課後ワールドウォー番外編:クリミア戦争
私がテキスト、とんぷう先生がイラストと漫画を担当した『放課後ワールドウォー:完全版』が2010年9月末、ついに発売となりました。
『MC☆あくしず』誌で連載した、第二次世界大戦編と日露戦争編を加筆し、さらに第一次世界大戦編と冷戦編、紹介漫画、イラスト多数を添えて、ボリュームは2倍以上の348頁。たいへんお買い得となっております。
販促も兼ねて、どんな感じの内容かを、番外編としてクリミア戦争でご紹介してみます。
1853年――
日本にペリー提督の黒船が襲来した、ちょうどその頃。
日本からはるか西にある黒海で、ロシア対トルコ&イギリス・フランスの戦争が起きようとしていた。

『放課後ワールドウォー』番外編、ということでクリミア戦争のロールプレイをやることになったわけだけど……誰がどこの国やる?
任せるのじゃ。いつものように自分がロシア担当なのじゃー!
では、大英帝国も、いつものように私ですわね。
なら、フランスは第一次世界大戦編で担当したウチがやろうか。ナポレオン3世の時代やな。
残る戦争当事国は、トルコですね。
じゃあ、それは私がやるわ。今回、ドイツは全然でてこない――ていうか、ドイツまだないじゃない。
では、アメリカの私と……日本の撫子が進行・解説役……
オスマン・トルコ帝国。
永遠の都コンスタンチノープルを陥落させてビザンチン帝国を滅ぼし、オーストリアの都ウィーンを脅かした中世の強国は、いつしか「ヨーロッパの病人」と呼ばれる程に弱体化していた。
江戸時代の日本にとっては、これまで縁のなかった遠い異国ですね。何が良くなかったのでしょう?
オスマン帝国は皇帝に独裁権力が集中する古いタイプの中央集権……初期は相対的に効率が良いため成功と征服を繰り返していた……
そして気が付くと、時代遅れになってたのよ。「うまくいってる」システムを延命させてるうちに、どんどん時代や状況に合わなくなって、最後には全部が古くなっちゃったの。
なんだか、江戸時代と良く似てますね。気が付いたら、どこをどう直せばうまくいくのか、さっぱりなことになっちゃって、倒幕運動につながりました。
日本はそれでも、長い平和の間に人や文化が均質化されて、まがりなりにも民族国家への道を歩むことができましたわ。
周辺国家や民族を征服しまくったオスマン帝国は、内分にいろんな民族や文化、宗教を抱えることになったのじゃ! そんなので強力な統一国家は維持できないのじゃ! というわけで、国境周辺の領土を奪うのじゃ。グルジアやアゼルバイジャン、ゲットなのじゃ!
まさに「お前(ロシア)が言うな」やな。そういうわけで、19世紀になってからは、ギリシアやの、バルカン半島やの、エジプトやの、被征服の民族が自分とこの自治を求めて大暴れや。
内憂外患よね。ギリシア独立では英仏露にタコ殴りにされたし、エジプトの反乱だと、今度はフランスが敵で、ロシアが味方……あんたら、民族の独立とかどうでもよくて、自分の利権さえ得られればそれでいいのかーっ!
その通りなのじゃ! さあ、ボスフォラス海峡とダーダルネス海峡の通行権を寄越すのじゃ! これで黒海から地中海に艦隊が出られるようになったのじゃ。
お待ちなさい。ロシア帝国は少しやりすぎでしてよ。
ありがとう……と言いたいところだけど、裏はあるのよね?
もちろんですわ。ロシア艦隊が、地中海に出てきて、そこからさらに大西洋やインド洋に進出しては、七つの海を支配する我が大英帝国海軍にとって由々しき事態になります。
地中海から紅海、ほんでもってインド洋へ抜けるスエズ運河を掘ることになるんは、もうちょい先やな。そやけど、この頃にはアイディアはでとったし、時間の問題やったろ。
エジプトの反乱や独立はフランスが味方していたこともあって……フランスが、主導権を持ってスエズ運河を掘ることになる……
開通が1869年で明治元年です。スエズ運河って、意外と新しいんですね。
むう、イギリスに邪魔されたのじゃ。けれどロシアは不屈のスラブ魂で諦めないのじゃ。
ほな、フランスとしては平和な利権としてエルサレムのキリスト教関係の管理権をローマ・カソリックに渡すように、トルコに請求するで。これならイギリスも文句つけんやろ。
そりゃ、かまわないけど。なんでフランスが口だすわけ?
ウチとこはカソリック国やで。ローマ教皇に恩売ったら、国民の人気取れるやんか。
この時のフランスの支配者は、ナポレオンの甥のナポレオン3世……おっちょこちょいで根っこのところでは善人……
むつみが演じるにはぴったりやな。けど、それはロシア的には許せないことなのじゃ!
うるさいわね。今度は何が不満なのよ。
キリスト教関係の聖地管理権は、これまでギリシア正教が持っていたのじゃ! そして、ロシア人はギリシア正教を信仰していて、ロシア皇帝はローマ皇帝を受け継ぐものとして、その守護者なのじゃ!
つまるところ、どっちも国民の人気取りに、聖地管理権を使いたいわけね。知らないわよ、そんなそっちの国内事情まで。
1853年7月ロシア軍は、バルカン方面に侵攻……10月トルコ軍はロシアに正式に宣戦布告……クリミア戦争が勃発する……
むむ? 意外とトルコ軍が強気なので驚いたのじゃ。こっちが軍事行動に出たら、泣いて謝ってくると思ってたのじゃ。
こう見えても、ヨーロッパの技術や制度を取り入れて改革はしてるのよ。それに、今回はイギリスもフランスも味方になってくれそうだしね。
ロシアがこれ以上トルコから利権や領土を奪っては、我が大英帝国の利益になりません。よって、阻止させていただきますわ。
フランスは、直接の利害はともかく、叔父さんのナポレオン時代にロシア軍にひどいめにおうとるからな。ここらで仕返ししたら、国民は大喜びや。
納得いかないのじゃ! ナポレオン時代にフランス軍にひどい目におうたんは、こっちなのじゃーっ!
本当に皆さん、元気ですねー。世界では、こういうのが当たり前なんですか?
国家の利権や面子のためであれば、事実や歴史的経緯などどうでもいい……それが、帝国主義時代の実質標準(でふぁくとすたんだーど)……
なるほど。勉強になります。日本もこれから開国するんですから、しっかり世界の実質標準を身につけないといけませんね。
なんだか、悪いお手本を見せてる気がするけど、こうなったら、とことん戦い抜くわよ。ロシア相手に勝ち星を拾えれば、国民意識も高まって、政治改革がうまくいくように……なるといいなぁ。
寝言は寝て言えなのじゃ! そーれそれ、トルコのシノーベ海軍基地を襲撃なのじゃ。ふははは、木製帆船の軍艦は良く燃えるのじゃー!
この海戦については『MC☆あくしず』18号掲載の……速水螺旋人さんの『ロシア妄想主義概論』も参照して欲しい……
ロシア海軍の数少ない輝きのひとつですわね。このシノーベ海戦でのロシアの圧勝が、「シノーベ虐殺」として報道されたため、イギリスの国内世論が沸騰。良い機会ですので、イギリスとフランスはロシアに宣戦布告いたしますわ。
弱小国の言うことには鼻も引っかけん大国も国内世論には逆らえんからなー。国民が平和が一番やゆうたら平和を。戦争したれ言うたら戦争するんが正しい国民国家のありようというもんや。
なるほど。それも勉強になります。
味方だと思っていたオーストリア=ハンガリー帝国の動きも怪しいし、周囲は敵ばかりになったのじゃ! ええい、かまわないのじゃ! 敵が多ければ多いほど、名誉も大きくなるのじゃ。
そういうわけで、英仏の艦隊が黒海へと入ったわけですが……実は、この時点で、戦争は終わったも同然なのですわ。
バルカン方面の戦線は、トルコ軍ががんばって、ロシア軍を押しとどめてるものね。
英仏の艦隊が黒海に入った以上、地中海のロシア海軍などゴミクズも同然やしな。トルコ海軍相手には勝てても、うちとこの艦隊には手も足もでんやろ。
ですが、ここまでお膳立てしておいて、目に見える戦果がありませんでした、では国民が納得しませんわね。
そやけど、陸軍はそんな数がおらんからなー。バルカンに送っても、あまり効果はなさそうやで?
なら、艦隊の支援も得られますし、クリミア半島にあるロシアのセバストポリ要塞を落としましょう。それを国民への手みやげにして停戦ですわ。
なんじゃと? しまった、陸軍の主力はバルカンやポーランド方面にいるので、クリミア半島は手薄なのじゃ。
1854年9月、英仏トルコの連合軍がクリミア半島に上陸……しかし、クリミア半島での戦いは簡単には決着がつかなかった……衛生環境が悪化する中、コレラなどの病気が兵士を襲う……
海軍力の発達で兵員輸送力が上がったことも、裏目にでましたわね。上下水のインフラがないロシアの大地に、いきなり万単位の兵隊を送り込んでぎゅうぎゅう詰めにすれば、こうなるのは当然の結果……というのは、後になって分かることですが。
クリミア戦争で従軍看護婦として活躍したナイチンゲールは、戦後、統計学の手法を持って衛生に関する報告書を政府に提出している……丸山健夫先生の『ナイチンゲールは統計学者だった』という本も参考にして欲しい……
ナポレオン戦争の頃もそうやけど、ロシア人は幾重にも堡塁作って守りを固めるんが得意やなぁ。ウチとこの軍が大砲でセバストポリ要塞を攻めたら、堡塁の大砲に撃ち負けしてしもうた。
ふはは、おとといきやがれ、なのじゃ! そうやって要塞が時間を稼いでいるうちに、ロシア各地から兵隊を集めることができたのじゃ。
バラクラーバの戦いですわね。ここを突破されては、セバストポリ要塞の包囲が解かれてしまいます。守り抜きますわよ!
行けー、突撃なのじゃー。
わわわ、ダメ。トルコ軍ではさすがに持ちこたえられない。
不甲斐ありませんわね。スコットランド第93連隊! ここが死に場所と心得なさい!
スコットランド高地人(ハイランダー)は、特徴的な赤い制服(レッドコート)を着ていた。ロシア軍の突撃を粉砕した『赤く薄い戦列(Thin Red Line)』は戦史に残る偉業となる。
イギリス軽騎兵旅団の無謀な突撃もこの戦いでやな。命令に絶対服従で、損害を厭わない戦いぶりのエエ面と悪い面が同時に出とるな。
そして冬になると、自然と戦闘は下火になって、年を越すことになったわ。1855年。そろそろこの戦争を終わらせたいんだけどなー。
良いニュースがありますわ。サルディニア王国が、我が連合軍に参加してロシアと戦ってくれるそうです。
サルディニア王国? 聞き慣れない国の名前ですね。
この時代、ドイツがまだ存在しないように、イタリアも存在しない……サルディニアは、イタリア統一を掲げている王国……。
それがまた、どうしてクリミア戦争に参加することになったんですか?
イタリア統一は、国内国外から反発が予想されますからね。サルディニアは英仏に恩を売っておいて、後で支援してもらおうと考えたのですわ。
実際、ロシアと連合軍とで兵力が拮抗しとるからな。サルディニアの援軍はありがたいところや。よし、これでセバストポリ要塞を落として、終戦や!
うがー! こっちは皇帝のニコライ1世が戦争がうまくいかないので、心労のあまり死んでしまったのじゃ! とはいえ、戦争をやめることはこっちにも出来ないのじゃ。
冬の自然休戦もあったわけですし、ロシア各地の軍隊をクリミア半島に集める時間はあったと思うのですが、どうしたんでしょう?
それが、インフラもないのに無理矢理、大軍に遠距離を移動させたせいで、疫病の発生や、補給の途絶のため移動途中で死屍累々なのじゃ。一説によると30万の兵士が、餓えと病で死亡したのじゃ。
はい? 今なんと?
30万の兵士が、餓えと病で死亡したのじゃ。もしかしたらもうちょっと多いかもしれないし、少ないかもしれないのじゃ。
あのー、平時のロシア軍の数は?
60万人なのじゃ。戦争になったので、動員して増えているのじゃ。
国内を移動するだけで、平時の半分の兵士が餓えと病で死ぬなんて……ロシアっていろんな意味ですごすぎます。
これでは皇帝が憤死してしまうのも、分かるのじゃ。しかし、おかげで20万の兵士をクリミア半島に集めることができたのじゃ。
あまり時間をかけられないのはこちらも同じですわね。これまでの戦死者1万に対して、コレラなどの病死者は6万人出てますわ。ライフル兵を密集隊形で戦わせるやり方は、どうしても兵士が一カ所に集中して衛生に良くありませんわ。
そうは言うても、他のやり方は未来の技術や。できることでやるしかないやろ。よし! 坑道掘って、要塞に肉薄できたで! 最後の突撃や!
1855年9月、ついにセバストポリ要塞が陥落する。ほぼ1年がかりの攻囲戦により、連合軍は6万人、ロシア軍は11万人の戦死者が出ている。
最後は意地の張り合いだったけど、これでようやく戦争が終わりそうね。
うぐぐぐ……しかし、このままやられっぱなしで終わると、戦争が終わった後で、国内の反発でヒドイことになるのじゃ。よし、コーカサス地方のトルコの都市をひとつ、攻め落とすのじゃ。
1856年1月パリで講和会議……とりあえず現状維持という形でクリミア戦争は終結する……
ロシアはこの戦争でボロボロになったのじゃ。負けた理由も明らかなのじゃ。やはり、産業革命を進めて技術や経済の底上げをしないと、古い体制のままでは勝てないのじゃ。
イギリスとしては、軍の衛生や指揮での課題が明らかになった戦争ですわね。なかなか改革は難しいのですが。
フランスは損害の割には、あんま国民の人気もとれんかったなー。まあ、ええわ。そのうち、なんか人気取りのネタが転がってくるやろ。
やっぱり、列強の軍隊は違うわね。改革をさらに進めないといけないわ。あと、ロシアはいつか泣かす。
そして、列強諸国がクリミア戦争で躍起になっている間に……アメリカはペリー提督を日本に派遣して、開国を強制することに成功……このあたりの顛末は、みなもと太郎先生の『風雲児たち 幕末編』に詳しい……
これで黒海から地中海に出る道はアウトなのじゃ。なら、今度は極東に港を求めるのじゃ。不凍港の確保と海へのアプローチはロシアの悲願なのじゃ!
え? え? こっちに来るんですか?
地中海への道を封鎖されたロシアは、国内の工業化や体制の改革と合わせて軍事的には極東へと進出を開始する……それがやがて日本との戦争へ発展するが……
そちらは『放課後ワールドウォー完全版』の第二章、日露戦争編をお読みください。宣伝、宣伝。
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作成者:銅 大(アカガネ ダイ)