(ステンレスではない)スチール・ラットの墓荒らし日記


黒豚の月 十日(曇り)
  私の名前はスチール・ラット。墓荒らし専門の盗賊である。
  とある寺院の地下にたんまりとお宝が眠っていると聞いた私は、ここ、
トリストラムの村にやって来た。
 この村に来る途中、野ざらしになった死体が街道脇に転がり、それをカ
ラスがついばんでいる光景を見かける。うぅむ、末世じゃのぅ。
 トリストラムは小さな村ではあるが、宿屋があり、鍛冶屋があり、施療
院があって村外れには魔女まで住んでいる。おまけに酔っぱらいの親父ま
でいて、昼間からクダを巻いているという、実に平和な村である。
 長旅で疲れているので、今日は『朝日亭』という日章旗をかかげた宿屋
に泊まって、寝る。


黒豚の月 十一日(晴れ)
 今日は寺院に下見に行く。並行世界で私より先に寺院の地下に潜った友
人のラッキーによると、寺院の入り口には瀕死の兄ちゃんがいて「わしは
もうダメじゃ。兄貴ぃ、わしの代わりにここの地下におるブッチャーの命
(タマ)を取ってくれやぁ……(ガク)」と言い残して死ぬらしいので線香
と花束を用意していく。
  しかし、瀕死の兄ちゃんはおらず、死体も転がっていなかった。
  しかたないので、線香と花束は裏手にある墓に供える。日付が新しい墓
が多く、なんとなくイヤな気分になる。


黒豚の月  十四日(晴れ、ときどき曇り)
  いろいろ考えた結果、お椀のような兜をかぶり、短弓を持って地下に潜
る。本当は革鎧が欲しいところだが、手持ちの金貨が足りないのではしか
たない。
 地下に降りる。腰に吊るしたランタンの明かりは、それほど遠くまで届
かないので、かなり怖い。なんで、田舎の寺院の地下墓所がこんなに広い
のか謎であるが、すくなくともギゼのピラミッドよりはでかい。おそらく
仁徳天皇陵ぐらいはある。インディ・ジョーンズも真っ青だ。
 中に入ってうろついていると、あちこちから動く骸骨だの、動く死体だ
の、腐肉食らいだのが現れて、迫ってきた。あまり友好そうでもないので
弓矢をお見舞いする。実は私は弓の名手であり、ほとんど自動拳銃なみの
速度で連射が可能である。(矢をどこにしまっているかは聞かないで欲し
い。職業上の秘密というヤツである)化け物どもは針ネズミのようになっ
て倒れる。例外は動く死体で、こいつらだけは弓矢で倒されてもメイスで
殴り倒されても首が飛んで動かなくなる。
 墓を暴いてそれなりに金を稼いでから、村に戻る。この村はしけた村だ
が、施療院のピピンという親父はひとかどの人物で、タダで傷を直してく
れる。カント寺院(ウィザードリィ)の腐れ坊主どもにも見習ってもらい
たいほどである。


銀狐の月 三日(雨)
 今日は雨なので仕事はせず、村人からイロイロと話を聞いて過ごす。
『朝日亭』の主人であるオグデンは、客商売のせいか愛想が良い。この仕
事は長いのかと思ったら、そうでもないらしい。宿を始めた時の資金をど
こから手に入れたのだろう。
 鍛冶屋のグリスワルドは、本職は刀鍛冶だそうだ。狂王レオリックや、
その騎士たちのために武具を鍛えたというのが自慢のタネだ。狂王レオリ
ックのためには『ドラゴンをも倒せる剣』を作ったそーだが、これは話半
分にでも聞いておこう。
 村の長老のカインは、話上手で物知りだ。ただ、あまり知らないことで
ももっともらしく語るクセがある。
 村はずれの魔女アドリアは常に大釜でナニやら怪しげな物をグツグツと
煮ている。東部戦線(大祖国戦争)のソ連兵の口癖である『魔女の大釜う
んぬん』のアレである。何を煮ているのか聞いたところ、ニタリ、と笑っ
て答えてくれなかった。
 『朝日亭』で給仕をしているジリアンは、まだ若い娘だ。将来はもっと
大きな宿で働きたいという夢を持っている。
 年がら年中酔っぱらっているのが、農夫のファーナムだ。医者のピピン
に言わせると、「身体は直せても腐った性根までは手が回らない」とのこ
と。ごもっとも。
 さて、明日からまた迷宮で地獄めぐりだ。


銀狐の月  八日(迷宮に天気はない)
 今日は地下三階。いよいよ仁徳天皇陵サイズという説が正しく思えてき
た。いったい、この迷宮は地下何階まであるのやら。
 ここまで下りてきたのは、『朝日亭』のオグデンから依頼があった仕事
を果たすためである。すなわち、死んで葬られたはずの狂王レオリックが
蘇って死霊軍団を率いて大暴れをしているから、レオリックをもう一回、
黄泉の国に送り返してくれ、というのである。まぁ、いきさつはどうあれ
自分の部下によってたかって殺されちゃあ、化けて出たくなるのも分から
なくはない。
 地下三階で、レオリックの墓所を発見。いよいよ、レオリック(元)王
とのご対面であるが----
  なんじゃ、あの『剣』は!
 うぅむ。十フィート(3m)棒ならぬ十フィート剣というのは初めて見
た。たしかにこれならドラゴンでも殺せそうだわい。どうでもいいが、レ
オリック王って、蛮王コナンか? あの剣を軽々と振り回すとは。
 弓矢ではどうしようもなさそうなので、用意しておいた脱出用ポータル
を使って町に帰還する。
 さてさて、どーやってあの化け物と戦おうか?

銀狐の月  八日(薄曇り)
 鍛冶屋のグリスワルドの勧めに従い、弓矢で戦うのをやめ、槌と盾を
装備して死霊王レオリックとの決戦に向かったのだが----

  死にかけた。いや、まじで。

  こちらの槌(ダメージ1d6+STR修正)が何発当たろうが、テフロン加工し
た骸骨王の骨にはヒビ一つ入らず、一方で骸骨王の両手剣が振り下ろさ
れる度に、私の鎖骨は砕け、兜は頭蓋骨ごと陥没し、折れた肋骨が肺に
突き刺さる始末。その度に、私は耳からボトボトと脳髄を滴らせながら、
腰にずらりとぶら下げた薬瓶を一気飲みして傷を塞ぐ。
  コストパフォーマンス悪すぎ。
  しかたなく、用意しておいた転移門を使って、町へ逃げ帰る。
 慌てていたので、思わず切り落とされた右腕を忘れて帰るところだっ
た。


銀狐の月  二十五日(雷雨)
  傷を癒しながら『朝日亭』で二週間、英気を養う。とはいえ、どう戦
えばいいのかさっぱり分からない。町外れの魔女エイドリアに相談に行
く。
「戦術の基本は、相手の土俵で戦わないことだよ」
  あやしげな薬草茶を注ぎながら、年齢不詳の魔女はそう言った。
「その両手剣の間合いに入っちまった段階で、あんたの負けは決まった
ようなもんさ」
  しかし、狩猟弓ではろくなダメージが与えられそうにない、と私が反
論すると、魔女は小屋の中に転がっていた杖を一本、無造作に振ってみ
せた。光弾が私に向けて飛んで来た。腹に命中する----が、なんともな
い。
「“聖雷”を蓄呪した杖さ。イエズス会の対死霊戦標準装備の品だよ。
こいつを持って行きな」
 その杖は、血のりがべったりと付いていた。エイドリアにその事を問
いただすと----
「“聖雷”は、死霊にしか効果がないのさ。だから、それ以外の敵が出
て来たら、杖でブン殴るしかないだろ?」
 そうではなく、商品という物に対する配慮が足りないのではないか、
と言いたかったのだが----
「安心しな。あたしだって魔物の血ならちゃんと浄化するって。そいつ
は元の持ち主の血だから、呪われたりすることはないよ」
 黙っておくことにした。


銀狐の月 二十八日(晴れ)
 迷宮の他の場所でアンデッド相手に“聖雷”の効果を確認してみてか
ら、いよいよ死霊王レオリックと決着をつけに行く。
「往生せいやぁ!」
 景気付けにそうわめいて、“聖雷”を連射する。五十六連発あるから、
弾切れの心配はない。“聖雷”が命中すると、前回はひるむ様子一つ見
せなかったレオリック王がのけぞり、その骨に傷が入る。
「オノレッ! 余ハ偉大ナルれおりっく王ナルゾ! 下郎ガッ!」
 王が迫ると、連射を中断して後方に下がる。そして、再び“聖雷”を
放つ。王は両手剣を使って光弾をなぎ払おうとするが、ムダな事だ。
「亡者の王よ! 冥府に帰るがいい!」
 十数発目が命中。腕の骨が砕け、両手剣が床に落ちる。
 もう一発。骨盤が割れ、上半身が床に投げ出される。
 さらにもう一発。頭蓋骨が砕け、冠が床に転がる。
 もう一発----だが、“聖雷”は効果を発揮せず、床に当たって散るだ
けであった。
『“聖雷”は、死霊にしか効果がない』
  エイドリアの言葉を思い出し、私は杖をしまった。
  そして死せる王に向かって黙祷した。
  もちろん、金目の物をかき集めた後の話であるが。

青鯖の月  三日(晴れ)
  レオリック王の遺産は、死霊王にふさわしく骸骨の盾だの死者の王冠
だの吸精の斧だのと、持つだけで呪われそうな品々ばかりだった。例外
は“聖雷”を蓄呪した杖で、私が死霊王を倒したのよりも高級そうな飾
りがしてある。どうやら、死霊王は自分の弱点を心得ていて、危険そう
な品は手元に保管しておいたものと思われる。
 ……けっこう小心者だな、レオリック。


青鯖の月  七日(曇り、夕方に一時雨)
 友人の魔法使い、ツクッタから携帯電話で相談を受ける。彼は最近に
なって迷宮に潜ったばかりで、地下二階で悪魔の肉屋と対決している真
っ最中。

「(ガリガリ)で、こいつがもー(ザザザザ)で、諦めてくんねえのよ!!」

  さすがに地下二階からともなると、雑音ばかりで聞き取りにくい。地
上に出てからかけ直すように言ったのだが、このままだとハムとウィン
ナーにされてしまうので、なんとか助言を頼むとのこと。
  そうはいっても、私は件の肉屋と会っていないので助言しようにも状
況が分からない。ためしにレオリック王相手に効果があった“聖雷”を
使ってみてはどうかと提案する。

「分かった、やってみる!! 聖雷!!(ポシュン) 聖雷!!(ポシュン) せ….
……うわあああっ!!」

  ずばっ、どばしゅっ。(ブヒブヒという鼻唄も聞こえた)

「……だめだ。(ゼェゼェ) 聖雷は効かないらしい」

  私は考えてみた。
  もしかしたら、魔法そのものが効きにくい体質なのかも知れない。近
接戦闘はどうだろうかと助言してみる。

「分かった、杖で殴ってみる。てええい!!」

  ゴン。(杖の音)
  ずばっ、どばしゅっ。(肉切り包丁の音)
  ゴン。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ゴン。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ゴン。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。
  ずばっ、どばしゅっ。

「……だ、だめだあぁああっ!!!」

  考えてみれば、ひ弱な魔法使いが肉弾戦で悪魔に勝てるはずもない。
(それにしては、タフな気もしないでもないが)
 やはりここは初心に帰り、魔法で間合いをとって戦うべきであろう。

「もうマナが足りねぇ! 一発でなんとかなる魔法はないか?」

 そんな便利な魔法は……あった。
  “炎壁”である。
  扉のところで使えば、部屋の中にいる敵をまとめて焼き殺すことも可
能な便利呪文だ。

「なるほど、それとは逆におれの方が部屋に入って、ヤツが近づいたら
----」
「目の前で扉を締めて、呪文を唱えてやれ。肉屋のローストができるは
ずだ」
「分かった! やってみる!! じゃあな!」

 受話器を置いた後、私は自分の言い間違いに気がついた。
 『呪文を唱えて』から『扉を締める』と言うべきところを、逆に言っ
てしまったのだ。
 まぁ、たいした違いではないから特に問題はないだろう。

 ……たぶん。

青鯖の月  十ニ日(晴れ)
  『朝日亭看板泥棒事件』を解決すべく迷宮に入る。
    ・
    ・
  間違えて、オグデンではなく小鬼に看板を渡してしまう。
    ・
    ・          Fire Wall
「どわわわっ!!  “炎壁”!!」


青鯖の月  十八日(薄曇り)
  『骨々会議室』からお宝を強奪すべく迷宮に入る。
    ・
    ・
  骨が散乱している部屋に入る。
    ・
    ・          Fire Wall
「うひゃあっ!!  “炎壁”!!」


青鯖の月  二十三日(洞窟は熱帯)
  『黒いマッシュルーム』を採取すべく迷宮に入る。
    ・
    ・
  ついでに『魔族の脳味噌』を採取することになる。
    ・
    ・                      Fire Wall
「とりあえず石像を見つけたら“炎壁”」


赤兎の月  一日(霧)
  ついに地下十三階に到達。最初は、冗談でピラミッドだの仁徳天皇陵
だのと言っていたが、ここまで来るとシャレではすまない。
  何しろここは、『地獄』なのだ。(その地獄へ通ずる出入り口の隣に
住んでいるジリアンっていったい……)
  このヘンになると“炎壁”があまり効かない魔族も多く、苦戦する。


赤兎の月  三日(晴れ)
  ……どう考えてもへんだ。
  ここはもう一度考えなおしておいた方がいい。
  私は今まで、『教会の地下に魔族がやって来て拠点を築いた』と考え
ていた。だが、この考えはどうやら間違っているようだ。
  逆なのだ。
 『魔族の拠点の上に教会が建設された』と考える方が理にかなってい
る。ケインの爺さんに聞くと、教会は魔族を封印するための物で、その
昔、超ド級聖者によって作られたらしい。その封印は、魔族には決して
触れることができない聖なる物だそうだ。
  だとしたら……
  封印を解き、魔族への通路を開いたのは誰だ?


赤兎の月 十四日(不明:最近は迷宮の中にいる時間の方が長いので)
  地下十五階に到達。淫魔の魔法をかいくぐり、防火装甲に身を固めた
黒騎士の突撃をかわしつつ、私は迷宮の調査を続けた。
  誰が。
  誰が聖者の封印を暴いたのか?
 そして私はついに目的の物を見つけた。
  龍殺しの聖者ゲオルグが作り上げた封印が無残に破壊されているのを。
  その封印に突き刺さる

  大司教ラザルスの杖を。

赤兎の月  十六日(雨)
「やはり、そうであったか」
  私が持ちかえった杖と、封印の状況について話すと、長老ケインはそう答
えた。言葉とは裏腹に、表情は苦渋に満ちている。ラザルスの言葉に踊らさ
れ、町の人々を迷宮に送り込んでしまった責任を感じているのだろう。
  ケインの息子もまた、ラザルスと共に迷宮に入り、そして帰ってこなかっ
た大勢のうちの一人だという。
「わたしは、愚か者だ……」
  ケインはそう言って、杖を持ったまま自分の家に帰っていった。


赤兎の月 二十二日(晴)
 拍子抜けしたことに、迷宮は地下十五階で終わっていた。
 どこを探しても地下へと通ずる階段はなく、ラザルスの姿も見えなかった。
 まぁ、広い迷宮の中のことである。見落としはあるかもしれない。


赤兎の月 二十五日(曇りのち雨)
 何か手掛かりになることはないかと思い、ラザルスについて町の人に聞い
て回る。
 ジリアンを始め、町の人々の多くは今でもラザルスを敬愛しており、彼の
無事を祈っている。(さすがに私も、神の代弁者たる大司教が魔族に手を貸
しているとは一般の人には言えない)
 ただ、鍛冶屋のオグデンやウィットの小僧は、ラザルスの言動に何やらう
さんくさい物を感じていたようだ。
 私がラザルスの杖を持って帰ってからというもの、自宅にこもりっぱなし
の長老ケインとは会うことはでできなかった。
 そして、ラザルスと共に迷宮に入ったものの、何とか生きて帰ってきたフ
ァーナムは----

「おれは怖かったよ。迷宮の中には魔物たちがいるからな。後ろで震えてい
たおれのところに、大司教様がやって来て、お声をかけてくださった。そし
て、おれに祝福をしてくださったんだ」

  ファーナムは懐から一本の短剣を取り出した。それはどこにでもある安物
の短剣だった。金貨六十枚で誰にでも買える、何の能力もない短剣。だが、
ファーナムはまるで酒瓶を扱うかのように優しくその短剣を扱った。

「これが、祝福をくださった短剣だ。これがある限り、魔物はおれに手を出
せないって。だから….でも……みんなは……」

  涙と鼻水で髭をぐしょぐしょにしながら、ファーナムは私に短剣を押しつ
けた。

「お願いだ、あんた。こいつを、地下に持っていってラザルス様に渡してく
れ! あの方はきっと生きている! この祝福された短剣さえあれば!」

 おいおい泣き続けるファーナムをなだめすかして家に送った私は、今、短
剣をながめながらこの日記をつけている。
 ファーナムの言っていることは支離滅裂だ。だが、彼はずっとその壊れた
精神の中で、ラザルスに、迷宮から帰って来なかった人々に、謝り続けてい
たのだろう。

** 注! ここからは日記(回想)形式ではなく、リアルタイムに **
** 物語が進行します                     **

 日記を書き終え、眠りについた私は、乱暴に扉を叩く音で目を覚ました。
 扉の向こうから宿の主人のオグデンと、そして鍛冶屋のグリスワルドの声
が聞こえる。

「たいへんです! 長老ケインがいなくなりました!」
「どうやら爺さん、一人で迷宮の中に入っていったらしい!」

 私はすぐに身支度を整え、宿を出た。ある程度は魔物を掃討したとはいえ、
ろくに身を守る術もない老人が迷宮の最深部に行って無事ですむはずがない。
 町に作った転移門の前で、エイドリアに出会った。エイドリアは眉をひそ
めて私に忠告した。

「気をつけな。さっき、妙な時空震を感じたよ。誰かが空間をねじ曲げたん
だ」

 私はうなずき、転移門に----“地獄”に足を踏み入れた。
  エイドリアの言っていた意味はすぐに分かった。破壊された聖ゲオルグの
封印の上に、きらきらと輝く赤い転移門があったからだ。
  そしてその傍らに、ケインが倒れていた。
  私は駆け寄り、長老の上体を抱え起こした。掌がぬるり、と濡れる。
 血だ。

「しっかりしろ!」

 ケインが、私を見てかすかに微笑んだ。

「やはり……年かの。返り討ちにあって……しもうた……」

  転移門と、そしてその前に置かれたラザルスの杖を見て私はすべてを理解
した。長老ケインはこの“場所”と“杖”を触媒に、ラザルスの元へと通ず
る転移門を作りだしたのだ。ラザルスに会うために。町の人と、息子の、仇
を討つために。
  そして、敗れた。

「ムシのいい願いだとは分かっておる。だが、あんたに頼みたいことがある」
「後にしろ」

  ケインは首を左右に振り、震える手で私の服の袖をつかんだ。

「お願いだ、ラザルスのところへ行って……」
「その前に、ペピンのところだ」
「彼を……」
「分かっている」
「ラザルスを……救ってやってくれ」

  ケインの口から出た言葉は、私の予想とは違っていた。私は転移門の呪文
を唱えながら、ケインの言葉に耳をすました。

「あれは、わたしの知るラザルスでは……ない。手遅れになる前に、魔族か
ら……解放して……」

  私は転移門の呪文をキャンセルした。必要なくなったからだ。
  私はケインが作った赤い転移門に向き直った。ゆらゆらと、揺らいでいる。
  術者の死とともに、消えかかっているのだ。
  私は、ファーナムから預かった短剣に手をやった。

「約束、だからな」

  転移門の向こうは、教会だった。大司教の法衣を着た壮年の男性が、魅力
的な微笑みを浮かべて両手を広げた。

「今日はお客さまの多い日だ」

  その目は、赤く輝いていた。
 唇の端から、伸びた犬歯が突き出ていた。
 男は両手を広げ、呪文を唱えた。

「盛大におもてなしをせねばな」

  ラザルスが腕を広げると同時に、十数体の淫魔が現れた。一斉に魔法を
唱えはじめる。私は炎壁を作りだした。淫魔の甲高い悲鳴が、炎の壁の中
から聞こえる。

「なかなかやるな!」

 ラザルスが楽しそうに叫び、青白い閃光を叩きつけてきた。鎧が砕け、
私は床に倒れた。続く二撃目、三撃目を転がって避ける。

「最近、迷宮の中に強いニンゲンがいると聞いていたが、お前のことだっ
たようだな」

 起き上がり、黄金弓を放つ。炎壁を抜け出てきた淫魔が、再び炎の中に
崩れ落ちる。

 わずかに注意がそれていた私の背後に、ラザルスが転移してきた。
 節くれだった手が、私の首を掴む。そのまま、ぎりぎりと締め上げてく
る。息が、詰まる。

「答えろ。なぜ、お前は私と戦う。お前はトリストラムの住人ではない。
私に会ったこともないはずだ。それなのに、なぜ?」

 良い質問だよ、ラザルス。私もそれを考えていたところだ。
 お前と戦うのは、お前が憎いせいじゃない。お前が『悪』だからでもな
い

「私が、お前にならない……ためだよ」

「わけの分からんことを」

  ラザルスは容赦なく握力を加えていく。
  私は弓を捨て、極楽剣 を抜いた。後ろ手に掴む。
  視界に黒い斑点がちらつく。チャンスは一回だけだ。

「「死ね!」」

 私は渾身の力を込め、ラザルスの心臓に剣を突き入れた。ラザルスが悲
鳴をあげて倒れる。首に食い込んだ指をふりほどき、咳き込む。

「……むだだ。ニンゲンごとき定命の者に、私を倒すことはできない」

  心臓を剣で貫かれたまま、ラザルスが立ち上がった。なんてタフなヤツ
だ。私は間合いをとり、呪文を唱えた。火球。放射雷。炎霊召還。知る限
りの呪文をラザルスに放つ。
  無数の爆発と煙が、ラザルスの姿を隠した。

「むだだといっている!」

 煙の中からラザルスが現れた。その両手に青白い魔法の輝きを見て、私
はあわてて盾を構えた。
 衝撃。盾が呪文の魔力に耐えきれず、割れた。
 弓は床の上。剣は奴に刺さったまま。魔力は尽き、巻物はない。
 再び、ラザルスが魔法を唱えはじめる。先程に倍する光が、両手に集ま
っていく。
 万事休す。
 半ば覚悟を決めた私は、懐に入れておいた物に気がついた。

「死ね!!」

 ラザルスの魔法が完成する寸前。
 私が投げた短剣が、ラザルスの喉に突き刺さっていた。

「かはっ! ば、ばか……な……」

 血を吐き、ラザルスが倒れた。短剣を抜こうともがく。

「抜けぬ……なんだ、この短剣は?」
「普通の短剣だよ。どこにでもある」

  ただ、大司教に祝福を受けたというだけの。
 酔っぱらいが大事に持っていた短剣。

「ばかな……そんなもので……私が……この……私が……」

  そのまま、ラザルスは死んだ。魔物のように溶けてなくなるのでもなく、
変身して奇怪な本性をあらわすのでもなく。ただの、人として。
  こいつにはもったいないくらいの死に方だと思う。





「いいのかいダンナ。この黄金弓まで売っちまって?」
「もう用はない。迷宮に潜るつもりもないし」

 ラザルスの教会から転移門で帰った私は、残った武具や魔法の品を、グ
リスワルドとエイドリアに売り払った。

「もったいない話だね。このままここにいれば、新しい王様になれるかも
知れないってのにさ」

 エイドリアが冗談めかした口調で言う。私は肩をすくめた。
 大司教ラザルスは、『大司教でしかない自分』に耐えきれず、封印を破
り、魔族と災いをもたらした。私もそうだ。『墓泥棒』である自分を見失
ってしまえば、ラザルスと同じになってしまう。
 世界を救うのは、『勇者』かなにか、そーゆー人に任せておけばいい。
 私はしがない墓泥棒だ。それでいい。

 旅支度を整えた私は、町の人々に別れの挨拶を告げて回った。
 エイドリアは笑って片目をつぶった。
 ジリアンは少しさびしそうだった。
 ウィットは舌打ちして肩をすくめた。
 オグデンとガルダは礼儀正しく頭を下げた。
 ペピンは旅の無事を祈ってくれた。
 ファーナムは相変わらず酒を飲んで酔っぱらっていた。
 グリスワルドは、武器も持たないで旅をすることの危険についてまくし
たてた。あんまりうるさいので、私は護身用に短弓を買った。なんと、私
が以前に売ったヤツだ。何の魔法もないので売れ残っていたらしい。
 最後に、町外れの墓地にいき、私はケインの墓にまいった。小さな花が、
供えられていた。

 そして私は、旅に出た。この町に来た時と同じように。短弓を一本だけ
持って。
  さわやかな初夏の風が、街道を駆け抜けていった。

               <おしまい>


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