『盗人(クゾロ)』

 銃弾が、コンクリの壁に穴を穿った。
 コンクリの破片が、頬をかすめていった。
 さらに。
 最初の一発に続けとばかりに、大量の鉛の弾が、シャワーのように降り注い できた。
 まずい。
 これは、まずい。
 おれはべったりと地面にはりつき、遮蔽物を求めて両手両足をしゃかしゃか と動かして這い進んだ。こうしていると、ゴキブリの気持ちがよく分かる。次 に出会った時には問答無用で叩きつぶすのではなく、お茶と菓子でもてなして やろう。

 自己紹介が遅れた。これ以上遅れると、自己紹介したくてもできなくなる危 険があるので今のうちに手短にすませておこう。
 おれの名前はダン・ブルワー。職業は探検家である。
 こう言うと、セールスマンの10人中9人は用事を思い出して立ち去ってい く。しつこくて困っているようなら試してみるといい。
 え?
 なぜ、広い宇宙を飛び回り、未開の惑星で、今まさに食人植物の蔦でぐるぐ る巻きになりその鋭い顎門(あぎと)の餌食にならんとしている美女を助けて いるべきおれが、どうしてこんな都会の星の湾岸沿いにある倉庫街でゴキブリ の境地に達しているかって?
 いい質問だ。なろう事ならおれがその質問をしたいくらいだ。
「出て来い、ダン・ブルワー! そこに隠れているのは分かっているんだ!」
 大声で無茶な事を怒鳴っている低脳はハジェット・マスキン。そう「スカラ ベ(ふんころがし)」マスキンだ。あちこちの遺跡惑星から金目になりそうな 物をひっぺがしては、好事家に高値で売る悪徳古物商だ。
 まぁ、ここまで言えば、状況はだいたいわかってもらえた物と思う。
 まず、ある惑星でおれが遺跡に入る。
 そして、貴重な秘宝を発見する。
 そこへ、「スカラベ」マキスンが現れる。
 マキスンが秘宝を奪い、逃走する。
 おれは義憤にかられ、マスキンを追跡する。
 ああ、『義憤にかられ』というのを太字で頼む。
 最後に、秘宝の裏取引の現場を押さえ、マスキンから秘宝を取り戻す。
 ちょうど今、その最終段階である。
 そのはずだ。

 タタタタタタタタタタ。

 ちゅいん、ちゅいん、ちゅいん、ちゅいん、ちゅいん。

 あわわ。跳弾が当たるところだった。うーむ。これはまずい。
 おれはますます姿勢を低くし、近くに停車してあったエアカーを盾にした。 装甲も何もない普通のエアカーである。銃弾は情け容赦なくエアカーを穴だら けにする。明日の朝になったら、持ち主はさぞびっくりするだろう。おれも色 々な経験をしているのでよくわかるのだが、この場合、保険がおりる事はまず ない。おれの時もおりなかった。それ以来、かける保険は健康保険だけにして いる。健康保険だけはかけておけというのが死んだ婆ちゃんの遺言だった。

 しびれをきらしたのか、ガボンがどこからともなくロケットランチャーを取 り出して構えた。ガボンはマスキンの子分で、用心棒である。歩く武器庫のよ うなやつでさっきから撃ってきている弾の9割はこいつの物だ。
 まずい。ロケットランチャーはさすがにまずい。すでに廃車決定のエアカー はともかくおれの健康に良くない。おれは健康に良くない事はアルコールだけ と決めているのだ。これも死んだ婆ちゃんの遺言である。
 しかし、マスキンに輪をかけて低脳のガボンがそんな事を気にするはずもな い。こいつはとにかく武器を扱っていれば幸せなのだ。きっと頭蓋骨を開いた ら中には筋肉が詰まっているに違いない。
 ガボンはうれしそうに白い歯をむき出しにしてロケットランチャーを、

 空中に発射した。

 わざと外したのではない。そんな洒落た真似のできる男だったら友人になっ てる。ガボンの肩に刺さった矢が、やつの狙いを外したのだ。
「クゾロ、何をしている? 早く秘宝を取り戻せ」
 おれは背後にある倉庫の天井を見た。
 矢を放った人物が、膝立ちで弓を構えている。動物の腱でできた短弓は、近 距離なら拳銃並の威力を誇る。クールな声と表情とは裏腹に、その肢体は実に ホットでグレイトである。浅黒い日焼けした肌の下は引き締まった筋肉で覆わ れているが、その滑らかな曲線は出るべきところで出、引っ込むべきところで 引っ込んでいる。化粧一つしていないが、ファッションモデルの仮装だと言わ れればまず誰もが納得する美貌の持ち主だ。
 念のためにいっておくが、もちろん女性である。おれは男を描写するのにこ こまで形容詞を使う趣味はない。マスキンなら、男、成金、デブ。ガボンなら、 男、筋肉、ゴリラ。これで必要にして十分である。
 男、黒服、ヤクザが女に気付いて銃を構えた。しかし女が矢を放つ方が早い。 男は腕に深々と矢を刺してぶっ倒れた。女はそれ以上銃口に身をさらす事なく、 素早く飛び降りておれの隣にきた。
「早くしろ、クゾロ」
 ちなみにクゾロというのはおれの事である。おれの名前はダン・ブルワーな のだが、女はおれを「ダン」とも「ブルワーさん」とも呼ばない。部族語で
「盗人(ぬすっと)」を意味する「クゾロ」とだけ呼ぶ。
 いや、そんな目でおれを見ないでくれ。あのジャングルの奥地にあった神殿 が廃虚じゃなくて、そこに置かれていた純金のカエルが現地の部族民の神様の 像だなんて知らなかっただけである。神殿の中はきちんと掃除がしてあるので ヘンだなー、と思わないでもなかったのだが。
 純金のカエルを抱え、たまっているローンの返済計画を立てていたおれに、 問答無用で矢を射てきたのが今おれの目の前にいる女性である。狩人で神官で 裁判官でついでに執行人と一人何役も務めているのだが、なぜか「美女」の役 は演じてくれない。名前はカルデラ。大人びて見えるが芳紀まさに18才であ る。ここのような文明惑星では少女と呼ばれてもおかしくないくらいだ。
「どうした。魂でも抜かれたか、クゾロ」
 カルデラが言う。だからそのクゾロ、クゾロというのを連発しないで欲しい。 人には誰でも過ちというものがある。
「心配するな。いい作戦を思いついたところだ」
 ちなみにおれとカルデラはカルデラの部族語で会話している。現地語に素早 く堪能になるのも探検家には必須のスキルだ。
「言ってみろ」
 カルデラはぶっきらぼうな口調で言った。その前に形容詞がいろいろとくっ ついていたようだが、さすがのおれもスラングまでは手が回らない。
「あいつらの弾が尽きるのを待って、」

 ガシャン。

 重い物が据え付けられる音がしておれとカルデラはエアカーの残骸から顔を のぞかせた。
 マスキンの悪趣味な金色のリムジンのトランクから、黒光りする重機関銃が 取り出されていた。扱っているのはもちろんガボンである。重機関銃からは長 い弾丸のベルトが伸びていた。少なくとも10メートルはありそうである。
「私は銃には詳しくないが」
 カルデラが底の見えない黒い瞳をおれに向けて言った。ついでに弓矢の照準 もおれに向けているが、これはきっと何かの間違いだろう。
「あの弾丸が尽きるのと私達が蜂の巣になるのと、どっちが早い?」
 おれはもっともらしく答えた。
「そうだな、それは難しい問題だ」
「早く他の方法を考えろ、クゾロ」
 おれは考えた。
 必死に考えた。
 何も思いつかなかった。
 そういう時もある。
 そんな時には、まず家に帰ってぐっすり寝ろというのが死んだ婆ちゃんの遺 言だった。
「どこへ行く?」
 きりきりと弓を引き絞ってカルデラが言った。照準はおれの眉間。
「一時撤退。転進。後退。最終的な勝利のためのわずかな退却」
 難しい戦術なので、おれは言葉を尽くして説明した。
「だめだ、クゾロ。アカチの神像をこれ以上余所者に触れさせる事はかなわぬ。 取り戻すか。ここで死ぬか。どちらかを選べ」
 カルデラは神官なので頭が固い。裁判官なので専横である。執行人なので容 赦がない。そして狩人なので弓矢の腕は抜群である。
 彼女を説得するのは時間の無駄だし、そもそもそんな時間はなかった。

 どっどっどっどっどっどっどっどっ。

 重機関銃がそれまでの銃声とはまるで違う重い響きをあげた。エアカーにぼ こんぼこんぼこんぼこんとでかい穴が開いた。次の瞬間、燃料タンクが爆発し、 エアカーは内側から破裂して炎を吹き上げた。
 ダン・ブルワー人生劇場、これにて一巻の終わり。
 てなわけではもちろんなくて。
 寸前に牽引ワイヤーをそばにあった作業クレーンに向けて発射したおれは、 カルデラの身体をかっさらい、空中へと舞い上がっていた。鍛えてるだけあっ て、それなりにしっかりとした抱き心地が腕に伝わる。
 おれは空中を振り子のように飛んで、少し離れた倉庫の天井に着地する。こ れでしばらくは時間が、
「戻れ。どこへ行く」
 なかった。おれの腕からするりと抜けだしたカルデラが弓矢を構えてこちら を睨んでいる。
「分かった。分かりました」
 おれは両手をあげて降参した。マスキンには死んでも降参しないが、相手が 美女なら話は別である。ちなみに美女には近づくなという死んだ婆ちゃんの遺 言があるのだが、こればかりはいくら婆ちゃんの頼みでもきけない。
 マスキンはおれがエアカーの爆発で吹き飛んだと思っているらしく、探しに は来ない。
「いっちょやってみるか」
 おれは窮地を救ってくれた作業クレーンを見上げた。コンテナをアームでつ かんでつり上げるタイプだ。これなら扱いは簡単だ。

「いやはや、油断も隙もない世の中ですな」
 男、老人、好事家が額の汗を拭きつつマスキンに笑いかけた。炎上したエア カーの照り返しで顔が赤い。
「さよう。あのダン・ブルワーめは蛇のように執念深い男でした。過去形で話 せるのはうれしいかぎりです」
 マスキンがビヤ樽のような腹を揺すって笑った。あいにくだがな、お前をう れしがらせるつもりはないよ。
「では約束の品を」
「わかりました。おい」
 マスキンが部下に命じてリムジンの中から一抱えもある耐爆ボックスを運び 出させた。パスワードを入力し、掌紋を当て、ロックを解除する。
 蓋が開いた。中にあるのはまぎれもなく金のカエル。いや、アカチの神像。
「今だ!」
 おれはコンテナのアームレバーをいっぱいに押し下げた。

 ぐわらがっしゃーん!

 ちょっと狙いがずれ、マスキンではなく客の方の高級エアカーがへしゃげた。 アームに乗っていたカルデラが飛び降り、高度差を利用した、ほれぼれするよ うなかかと落としをマスキンの頭頂に決めた。「げこ」と奇妙な悲鳴をあげて マスキンがぶっ倒れる。そのすきにカルデラが神像を取り上げ、再びアームに 飛び乗る。おれはすぐさまアームレバーを押し上げ、

 ずどんっ。

 ガボンが猛獣のように突進してカルデラに体当たりした。矢がまだ刺さった ままだというのに闘志満々である。ガボンとカルデラの身体がアームから落ち る。金のカエルはアームに乗ったまま上昇。
「返せ!」
「ダメだ!」
 それぞれの言葉で、ガボンとカルデラが同時に叫んだ。
「返さないと女を殺す!」
「ダン! 神像を――あうっ」
 ガボンの太い腕がカルデラの細い首に回された。前に言ったようにガボンは 脳味噌まで筋肉の達磨だ。いかに鍛えてあっても女一人ひねり殺すのは造作も ない。
 さあ、どうするか。
 神像をマスキンに引き渡すか?
 神像を遺跡の惑星に持っていって神殿に返すか?
 はたまた、マスキンもカルデラもほっぽっちゃって神像を売っ払ってたまっ ているツケを返済するか?
 おれは鼻を鳴らした。
 結論は最初から決まっていた。

「いい度胸だな、ダン・ブルワー。げこ」
 悪運強く息を吹き返したマスキンが下卑た笑いを浮かべておれを見上げた。
 おれは今、クレーンのアームの上にいる。金のカエルを持って。そして真下 にはマスキン一党とガボンに押さえつけられたカルデラがいる。高さは約10 メートル。
「さあ、早く神像を渡せ。げこ」
 かかと落としの後遺症かはたまたアカチ神の呪いか。マスキンの語尾がびみ ょーにおかしい。
「神像は女と引き替えだ」
「神像が先だ。でなきゃ貴様を撃ち殺して神像を取り戻すまでだ。げこ」
「おいマスキン、忘れたのか。この神像は金で出来ているんだぜ。おれがここ から落としたらそれだけでぐちゃぐちゃの金塊だ。そんなもんが欲しいのか?」
「ちっ。げこ」
「まず女を離せ。そして女が逃げおおせるまでおれはここにいる。それからお まえに神像を渡してやるよ」
「……ふん。いいだろう。げこ」
 これみよがしにマスキンの手下どもが銃を構えた。おれが逃げようとしたら、 あるいは神像をマスキンに馬鹿正直に渡したらおれは蜂の巣にされる。それは おれも分かっているし、マスキンも分かっている。
 そしてカルデラも。
 カルデラがおれに目で訴える。逃げろと。自分はどうなってもいいからと。
 そうはいかないんだよカルデラ。あんたはあの時、おれを「クゾロ」と呼ば なかった。盗人のおれを、「ダン」と呼んでくれた。
 おれは探検家とは名ばかりの墓泥棒かも知れない。
 けれど、盗人には盗人の仁義がある。
 それに死んだ婆ちゃんの遺言なんだ。お天道様に顔向けできない生き方だけ はするな、と。
「よしガボン。女を離してやれ。げこ」
 マスキンが言った。ガボンがカルデラを解放した。

 その時。
 どおおおおおん!!!
 ソニックブームを響かせて、一機の黒い宇宙機が急降下してきた。漆黒の機 体に銀の文字。『シャドウニードル』。その名の通り、影を疾走する鋭い針だ。

《ダン! お待たせ!》

 おれの手首のコムログ――さっきからスイッチは入ったままだった――から、 元気のいい声が飛び出す。シャドウニードルに乗っているローラだ。
《くらえっ!》
 どどどどどどど!!!
 シャドウニードルの先端の20ミリ機関砲がうなった。ローラの射撃の腕前 は決してうまくない。というか、下手である。だが、それだけに怖い。マスキ ンの部下が逃げまどい、リムジンが爆発する。倉庫が吹き飛ぶ。そして、
「あ」
《あ》
「あ」
「あ。げこ」
 おれとローラとカルデラとマスキンの言葉が重なった。20ミリ機関砲の炸 裂弾がクレーンを直撃したのだ。ゆっくりと倒れるクレーン。
 おれは。
 跳んだ。
 後にして思うと、おれは約20メートル跳躍した事になる。助走も何もなし で。人間のなせる技ではない。
 もしかしたらもしかして。
 ひょっとしたらひょっとして。
 おれが手にしていた金のカエルは。本当の本当に。
 ……それは誰にも分からないだろう。神官でもあるカルデラでさえも。
 おれは金のカエルを抱きかかえたまま、海に飛び込んだ。

 問題は、海底までがかなり浅かったという事である。

「ごめんね、ダン」
 ショートカットの金髪の上から作業帽をかぶり、袖なしのTシャツを着てシ ョートパンツをはいた、細い腕も脚もむき出しの少女が両手を合わせて謝った。 着るべき人間が、そう、たとえばカルデラあたりが着れば色気が匂い立つであ ろうその服装も、ローラが身につけると活発な男の子にしか見えない。化粧一 つしていないが、していたらこれからマスカレードに出るのだと言われればま ず誰もが納得する童顔の持ち主だ。
 まぁ、まだ13才なのだからしかたあるまい。
 おれは答えなかった。びしょぬれの上、たらふく海水を飲んで喉がいがいが する。くじいた足はずっきんずっきんと痛む。よくぞこの状態で海上まで浮上 できたものである。
「それが今回の獲物? うわ、純金じゃない。やったー」
 小躍りして喜ぶローラ。おまえには回りの惨状が見えていないのか。警察が 来る前に逃げないとえらい事になるんだぞ。特におれが。なぜなら保護者だか ら。そのあたりの事は説明すると長くなるのでやめとく。
 今はやるべき事をやらないと。
「カルデラ」
 カルデラがやって来た。弓矢を腰に下げたままの無手で。
「大丈夫か、ダン?」
 最初にカルデラが口にしたのは神像の事ではなく。
 だからおれはにっこり笑ってみせた。額から海藻を垂れ下げたまま。
「なーに、これぐらい。いつもの事だ。さ、約束だ」
 神様だなんだと言われてみても。やっぱりおれには金のカエルにしか見えな い像を、おれは差し出した。
「ありがとう、ダン」
「どういたしまして」
「え? なに? どうしたの?」
「これでアカチの神は故郷に戻る」
「よかったじゃないか」
「ねぇ、さっきから二人で何言ってるのよ?」
 ローラ、少し黙ってろ。といっても部族語が分からないから無理か。
 カルデラが、冷たい仮面を脱ぎ捨て、年相応の顔をしておれに抱きついた。 くじいた足が悲鳴をあげたが、そんなものは物の数ではない。
「お前に、良い獲物が見つかることを」
 カルデラはそう言って、おれの目の上にキスをした。そして神像を受け取り、
 走り去っていった。
「……ダン」
 口をあんぐりあけて硬直していたローラが、底冷えのする声で呼びかけてき た。
「じーっくり。納得のいくように説明してもらうからね」
「それより、ここから逃げるぞ。早くシャドウニードルに戻れ」
「ごまかさないで! なんなのよあの女! なんで金の像をわたしちゃうわけ!
 どうしてキスなんかしたのよ! どこで、知り合ったの!」
「だから。警察が来るって。早くしないと」
「あの女、泣いてたじゃない! いつからそんな関係になったのよ!」
「論点がずれてるぞ、ローラ。今はそんな場合じゃ、」
「そんな場合もこんな場合もない! ぜーっったいに許さないんだから!」

 おれの名前はダン・ブルワー。職業は探検家である。
 おれの冒険と受難の日々は、まだまだ終わりそうにない。

【おしまい】


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