| 05月01日 |
■本日の読書:『風の聖痕(スティグマ)』山門敬弘
読む前に、友人から「主人公最強な作品ですから、そのへんは覚悟しといてください」と言われたので――
主人公が「貴様を、150通りの方法で殺してやる」などと『お気に召すまま』(シェークスピア)なセリフをはいてみたり
「精霊王を召還しろ! 念体で手足を再生して立ち上がれ! 時間を巻き戻して攻撃をキャンセルしろ! 早く、早く早く早く早く!」とうそぶく『ヘルシング』(平野耕太)でウォーモンガーな敵が出たり
あるいは「オレの風で、空間ごとヤツの防御結界を切断するっ!」とゆー、『ウィザードリィ』漫画(石垣環)な必殺技でトドメをさすのではないかと
とりあえず、心の準備だけはしっかりと読んだのだが、意外と普通だった。
炎術を使う敵に、空気中の酸素濃度をいじって酸欠/暴発させるなど、マスタング大佐っぽい頭脳戦術もあり、主人公がむやみに最強とか、そういう感じはない。
が、一方で確かに主人公が負けそう――というか、バトルが重い感じもしない。
理由はやはり、敵の扱いが人間ドラマ的にはぞんざいだからだろう。
主人公サイドと敵サイドでバトル以外のコミュニケーションがないので、ラストバトルなど敵と戦っているというよりは、協力して自然災害を克服している感じである。
取り憑かれる前は友人だったとか、恋人だったとか、そういうドラマでもあれば別だろうが、知らないヤツが危険な敵になったら、そりゃリナ・インバースのごとく容赦なく吹っ飛ばすしかないよなぁ。まあ、リナ・インバースなら知っていても容赦なく吹っ飛ばすが。
もちろん、これはこれで悪い展開ではない。その分、主人公と表ヒロイン(綾乃)、真ヒロイン(煉)らの関係や演出にページを割けるからである。
ちなみに愉快だったのは、ヒロインが大けがをした時の霊薬『エリクサー』を使う顛末である。(p214〜p224)
RPG的にはこんな感じのシーンだったのではあるまいか。
綾乃:ぎゃーっ。死ぬ、もう死ぬっ!
和麻:諦めろ。これは勝てない。
綾乃:舞台裏でながめてないで助けなさいよっ! ていうか、登場判定ぐらいしてよ、お願いだから。
煉:そ、そうですね。じゃあ、サイコロを……
和麻:待て待て。ここで俺らが登場すると、決着するまでバトルしないといけないんだが……おい、綾乃。まだ戦えそうか?
綾乃:無理言わないでよ。ヒットポイントもマジックポイントも底をついてるんだから。
和麻:回復しないとダメか。が、俺は回復系は得意じゃない。
煉:僕もそうです。
綾乃:回復アイテムぐらいあるでしょうがーっ! よこしなさいっ!
和麻:だいたい自分の回復アイテムはどうしたんだ。
綾乃:もってないの。
煉:え? どうしてです?
和麻:まさか――おい、キャラクターシートよこせ。
綾乃:あ、こらっ。何勝手に人のキャラクターシートのぞきこんでいるのよ。
和麻:おいおい……アイテム欄が武器:[炎雷覇]と防具:[学校の制服(+7)]だけなんだが。
綾乃:しょうがないでしょ! [炎雷覇]の消費経験点がバカ高いんだからっ!
和麻:今回のセッションは回復役がいないんだから、回復アイテムとっとくのが当然だろう。何考えてるんだ、このバカっ!
綾乃:う、う、うるさーいっ!
煉:でもどうします? とりあえず登場して、兄様が敵をひきつけている間に僕が姉様を助けますか?
和麻:いや、このシーンは登場しない。
煉:で、でもそれじゃ、姉様が死んじゃいますっ!
綾乃:鬼ーっ! 悪魔ーっ! 経験点ひとりじめする気ねーっ!
和麻:経験点……か。しょうがない、使うか。えーと、回復アイテムのコストは、と……
綾乃:え? 何してるの?
煉:あ、そうか。舞台裏だから、登場せずに未使用経験点使えば、回復アイテム買えますよね。
和麻:常備化できないんで、このシナリオで使ったらそれっきりだがな。
綾乃:で、でも、このままじゃ、あたし……死んじゃわない?
煉:そうですね。死んじゃったら、回復アイテム使っても効果ありませんよ。
和麻:とどめを刺されないなら、まだ可能性はあるってことさ……おし、[エリクサー]買うぞ。うわー、経験点なくなっちまった。くそっ、もったいねえ。
綾乃:ご、ごめん……
和麻:いいさ。その分、身体で払ってもらう。
綾乃:なんですってーっ?! このスケベ! 変態! 信じられないっ!
和麻:何勘違いしてやがる。HPもMPも全回復するんだからラスボス戦でしっかり戦えってことだ。
綾乃:あ……う、うん……
むちゃくちゃ貴重な霊薬の『エリクサー』が唐突に出てきた背景には、このような展開があったと考えるしだいである。
| 05月02日 |
■本日の読書:『イタリア軍入門 1939〜1945』吉川和篤/山野治夫
1939〜1945というのは年号であり、これは第二次世界大戦のはじまり(ドイツのポーランド侵攻)からおしまい(ドイツと日本の降伏)までである。
日独伊三国同盟という言葉が中学校の歴史の教科書にも登場するほどに一般的であるように、第二次世界大戦における枢軸国側を代表するのがこの三カ国である。もちろん東欧のハンガリーとかルーマニアとかスロヴァキアなども枢軸側であったのだが、主体となるのは日本とドイツとイタリアだ。
が、このイタリア、ミリタリーファンの間でもあまり評判はよろしくない。
弱いから、というだけではない。ポーランドやフランス、ギリシアなど、戦争がはじまってからすぐに負けた国は多い。
イタリアに人気がないのは、そこにやる気が感じられないのだ。真面目に戦争をしようという気概がなさげなのである。
そりゃ戦争の準備があまり整っていなかったのは事実だ。
武器も弾薬も燃料も、いろいろと足りていなかった。
親分のムッソリーニが勝手にはじめた戦争ということで、国家と軍の意識が高まっていなかった点もあるだろう。
しかし、国家の浮沈をかけた大戦争である。負ければ国が滅ぶかもしれないのだ。もうちょい真面目にやっても悪くはなかろうという気はしないでもない。
だが、その「国家」というレベルで、イタリア人は自分たちをひとまとめにする意識がファシズムをのぞけば乏しかったのかもしれない。
日本も、イタリアも、ドイツも。
わずか100年ほど前に、いくつもの地方自治体が集合してようやく統一国家になったばかりの新興国家である。日本は別としても、千年もの間、都市国家や地域単位の小王国であったドイツやイタリアの人々にとって、自分たちが「同じ民族」という意識を高めるために何か特別な政治的、思想的な仕掛けが必要であったとしておかしくはない。
ファシズムの流れは、決して悪意から生まれるのではない。
「仲間意識を高めて、一緒にがんばろう」
そして世の中を良くしよう、みんな仲良くしようという意識が、ファシズムを生んだのではないか。少なくともそれを支持した人々の心の中では。
それが外部への排他につながったことは確かに良くないし、結果的には致命傷であったが。思想そのものを産んだ土壌は悪意ではなく善意だと思う。
それはつまり、今の我々だって。
善意ゆえに、同じ過ちを繰り返すことも考えられるのだ。
えー、話がずれたので『イタリア軍入門』に戻ると、歴史や戦史については入門書らしくざっと概略だけ記されている。が、ばらばらな資料に散在している兵器などがきちんとまとめられており、さらには当時の写真付きで軍装や兵士の生活なども紹介されている。
「イタリア軍って、あの弱っちい軍隊だろ?」と切って捨てる前に。
本書から彼らなりの努力や熱意を感じることができれば、見方も変わってくるのではないかと思う。
| 05月03日 |
■本日の読書:『ミリタリークラシックス VOL.17』
巻頭特集は「高雄型」重巡洋艦。
堂々とした城のようなでかい艦橋が目印の、デザイン的に実にカッコ良い艦である。
スペックを見ても、心躍るものがある。
なんといっても攻撃力が素晴らしい。アメリカの同クラスの艦よりもでかい大砲を搭載し、さらに魚雷まで装備している。
機動力としての速力、航続距離も十分なものがあり、見た目の精悍な印象を裏付ける。
装甲はどうしても薄くなるが、これは巡洋艦という艦ならしかたがないことだ。
ゲーマー的なデザインとしては実に納得のいく高雄型であるが、実際の使い勝手はあまりよろしくない。これは空母をのぞく日本の大型戦闘艦が想定していたのがどれも「艦隊決戦で敵を倒す」ことであったのに、その想定通りの展開にならなかったせいで、別に高雄型が悪いわけではない。
高雄型の過剰なまでの攻撃力は、その決戦で一隻でも多くの敵を屠るためのものであったのだ。……決戦が終わった後で浮かんでいたかどうかは定かではないが。
環境への過適応が、進化の袋小路になるというのは、生物に限らず兵器にも言えることなのだろう。
もうひとつの特集が、「ときめき大祖国戦争 ソ連軍大進撃」。
実に頭の悪いタイトルであるが、中身はまともである。
特に速水螺旋人さんのイラストコラムは秀逸。やはり、何かを語るには対象への愛が必要であると強く思う。その愛ゆえにちょっと色眼鏡がつくかもしれないが、対象を醒めた目で見るよりは、よほど鮮やかになり読んでいて楽しい。
コトの真偽については、読者が自分でじっくり考えればいいのだ。
軍事とは関係ないが、イラストコラムにもあるようにロシア人は紅茶にジャムを入れない。これは私もチャット仲間であるモスクワ在住のロシア人さん(以前見せていただいた、冬のモスクワで零下30度ならバナナで釘が打てるかという挑戦映像はすばらしかったです)から聞いてびっくりしたのだが、本当だそうな。
でも甘いのは好きらしい。やっぱ、寒い地方だからだろうか。
後もうひとつ、この特集で書いてあった戦車の上に直接乗って突撃をするタンク・デサント戦術が本当にあったかどうかについては、疑問視する向きもあるらしい。今ロシアで手に入る、T-34戦車に乗っていた兵士などの手記にはそういう描写がないらしいのだ。
前線後方でのちょっとした配置転換で戦車の上に乗るというのはまあ、当時の軍隊ではそれほど珍しくなかったそうだが、弾がびゅんびゅん飛ぶ最前線で不整地の上を敵陣に突撃するのに生身の兵士を戦車の上に載せていたかどうかについては……さて、どうだろう。
もし本当にやっていたら、なるほど、記事に書いてあるようにタンクデサント兵の戦場での生存期間は2〜3週間であったろう。
いくら赤軍でもまさかそんな、という意識とともに。
まあ、赤軍ならそのぐらいやってもおかしくないとも思えるのが、なんともはや。
| 05月04日 |
■この春のアニメ:『ロミオ×ジュリエット』
とりあえず1話だけ。
友人に「まあまあ見てください」と言われて内容もタイトルも知らぬままながめていると、冒頭で空に浮かぶ大陸が出たり、王様が殺されて姫様が逃げて、ジェイガンみたいな騎士が助けたりペガサスが出てきたり――
「これはどこのファイヤーエムブレムかね」
などと言っていたら、OPでタイトルが出て飲んでいたウーロン茶を吹き出しそうになる。ロミオとジュリエットかよ!
ロミオのほうがペガサスナイトでジュリエットがレイピア使ってそうなのはどうかと思うが、これならそのままファイヤーエムブレムのシステムでゲームに出来そうだなぁ。
| 05月05日 |
■この春のアニメ:『天元突破グレンラガン』
これまた1話だけ。
ドリルが出てきて、敵のガンメンを貫きつつ地上に出るあたりは、あほうのように口をあけてぽかんとながめつつ、テレビの前で正座。
そして地上に出るだけでなく、そのまま空中へ舞い上がるあたりの演出には素直に脱帽。
これは立派なSFである。つまりあれか、地底世界は永遠都市ダイアスパー?
| 05月06日 |
■この春のアニメ:『らき☆すた』
これまた1話だけ。
このタイプは以前、『ぱにぽに』でテンポが合わなくて断念したのだが、こちらはそんなことがない。私の感覚がこういうのに合うようになったのか、あるいは、実はすごい作品なのか?
| 05月07日 |
■この春のアニメ:『魔法少女リリカルなのはStrikers』
3話まで見た。
魔法少女としてスタートしたものの、気がつくと魔砲少女になっていたなのはさんも、もう19才。
我が知人には成長した彼女をして「あの魔砲女」と呼び捨てるやつがいるが、せめて「魔砲乙女」か「魔砲娘」ぐらいにしてやれよ。
今回は24話ということで、出だしはのんびりであるが、いまのところ物語は安定しているようで、何より。
| 05月08日 |
■本日の読書:『反逆者の月』デイヴィッド・ウェーバー
月の探査をしていた主人公は、いきなり異星人の宇宙船に拉致される。
これはケツから尻子玉を抜かれるかと覚悟していると、宇宙船のコンピュータはいきなり驚愕の告白をする。
なんと月とは異星人の宇宙戦艦なのだ。
「まてまて、それなら元の月はどーなった?」
A:壊しました。大きさはだいたい一緒だったので、カモフラージュ用の表面の岩や砂だけ残してばらばらにして太陽に沈めたのです。
「なんで誰も気づかないんだよっ!」
A:だって、5万年も前のことですしねー。観測している人なんかいないですよ。
「なんでそんなに長いこと居座ってるんだ」
A:実は叛乱が起きまして。つうか、まだ続いているんですが。それで、叛乱が終わるまでは私、命令で動けないんですよ。人類の歴史にもちょくちょく叛乱側が介入しているっぽいですしね。
「すると人類の中に宇宙人が混ざっていたのか」
A:いえいえ。実はあなたも含めた人類はですね、叛乱に巻き込まれて地球に漂着した私の乗員の子孫なんです。
などといきなり冒頭のオープニングフェイズ(全500頁中の60頁ほど)で明らかになるのを本屋で立ち読みした私はスキップしながら、レジに向かったのである。
本書のように、月に行ったら宇宙船なり宇宙人がいました――というのは、SFでは定番のひとつである。
遭難したり漂流した宇宙船がいる場合もあれば、「地球の知的生命体が月にまで到達したら――」という前哨のような話もある。
『反逆者の月』に一番近いネタとしては、やはり『まるぺ』ことペリーローダンの第一話であろう。月に到着した宇宙飛行士のローダンは、そこでアルコン人の宇宙船を発見し、異星の優れた技術を利用して地球征服をたくらむのだ。(本当)
この話の主人公の場合は、今も地球に隠れている反乱グループを見つけ出すために地球に向かうわけであるが、その前に肉体強化のサイボーグ手術を受ける。
受けるのだが――役に立ってない。
5月1日の読書日記で『風の聖痕』の主人公をRPG的に分析してみたが、あちらはスペックもさることながら、主人公のプレイヤーがベテランゲーマーである。やることにソツがないし、ちゃんと勝てる算段をしている。
それに対して『反逆者の月』の主人公のプレイヤーは、明らかにビギナーというかルーキーである。
「主人公だからボーナスを余分にあげます」と言われて、そいつをパラメタ全部を満遍なく上昇させるのに使用しているのである。
具体的に言えば、『トラベラー』のPCで、能力値を全部F(15)に上昇させたようなものだ。確かに平均値7(2d6なので普通は最高C=12)の他のPCに比べれば高いし、戦闘をしても他のPCよりは死ににくいだろう。
が、しかしだ。
このシナリオで出てくる敵(叛乱側)はフュージョン・ガンとか撃ってくるし、ヴィークル戦闘だってあるのだ。能力値など気休めにしかならない。
そういうわけなので、地上に降りた主人公はほとんど役に立っていない。むしろ、肉体強化とかそういうのが全然されていないヒロインや参謀のほうが大活躍である。特に参謀はすばらしく、最後のクライマックスでの戦闘では、できるだけ負けない算段をして「最悪、俺たちが全滅しても負けない」というのをはっきりさせた上で戦いに挑んでいるのである。これぞ、ベテランゲーマーというものだ。
5万年続いた反乱をようやく鎮圧した主人公達は、キャンペーンのボス敵と戦うべく、増援を求めて銀河帝国(どうも滅びているか機能不全を起こしているか、あるいはロボット摂政に支配されている)の基地に向かうところで終わっている。
ぜひぜひ、続きを読みたいものである。
| 05月09日 |
| 05月10日 |
■本日の読書:『歴史群像 No.83』
南北戦争の「新兵器」というフォトギャラリーが面白い。南北戦争で登場した、貨車に大砲を乗せた列車砲は有名。
今回イチ押しは、電信通信のために電池を運搬する馬車から電線がのびている写真。メカ好きが高じるとこういうのが面白くなってきて困る。
●再検証 本土爆撃(佐藤俊之)
B-29による本土爆撃を中心に、日本の戦争遂行能力に与えた影響についてまとめた記事。
結論から言うと、本土爆撃はきわめて有効な戦略であったが、日本の継戦能力を奪ったのは潜水艦などの通商破壊や、南方での消耗とミックスしての話なので、B-29だけが日本を敗北に追い込んだのではないというもの。
戦争中においてはまったくもって佐藤俊之さんに同意であるが、戦後の日本に与えた影響という点では、B-29と本土爆撃は他を圧しているようにも思う。
当時の民衆にとって、本土を守ることができなかった軍隊への不信や不満はきわめて大きかったろう。
また空を悠然と飛んで町を焼き尽くし、圧倒的なまでの格の差を見せつけたアメリカへの畏怖や絶対的な強者という意識も、戦後政治を大きく左右しているはずだ。
もしもB-29がなければ。
あるいは、日本中の都市を焼き、広島と長崎へ落とした原爆というものがなければ。
たとえ戦争終結までの流れに差がなくとも。
日本の戦後史は、大きく様変わりしたのではないかと思うのである。
ただ……良いか悪いかについては……どうも、悪い例しか想像できないのだ。
●米英戦争1812(荒川佳夫)
1812年――というと、ナポレオンのモスクワ遠征であり、ボロディノの戦いなどのウォーゲームで私の視線はおおむねロシアにある。
が、実ははるか大西洋をこえてアメリカでは、アメリカとイギリスがケンカしていたりしたのがこの年なのだ。
カナダをめぐるアメリカとイギリスの戦いの流れや、それがインディアン(ネイティブアメリカン)などを巻き込み後の西部開拓時代を招来した点、五大湖における水上の戦いなどあれこれ興味深い情報が満載。
何より、今の視点ではけっこう謎な、「なぜカナダは合衆国にならなかったのか」というあたりが読み取れて面白い。
●九七式中戦車大研究(田村尚也)
九七式戦車は、決してダメな子ではない! ――というのは、田村尚也さんが『MC☆あくしず』4号の『萌えよ! 戦車学校』でも書かれていたが、あちらがマレー電撃戦(エポックのウォーゲームが秀逸)という戦場での活躍(ソフト)であったのに対し、こちらは兵器としての進化(ハード)から見た記事。
確かに中国戦線で戦っていた戦車兵のインタビューによると九七式戦車が評価されている。歩兵(支援)戦車としては悪い戦車ではないのだ。
M4シャーマンや、末期になるとT-34と戦わされたという理由でダメ戦車の烙印が押されているが、それはイラクでM1エイブラムス相手にボコボコにされたという理由でT-54/55がヘッポコ呼ばわりされるようなもので、かなり不当な評価とも言える。
けれども、それはそれとして。
究極の後付理論で言うと、やはり九七式中戦車の発展する余地のある優れた設計は、この戦車の評判にとって良くなかったと思う。
一式中戦車、そして三式中戦車は九七式中戦車を発展させたシロモノであるが、もしも九七式中戦車が余裕のない設計であれば、けっこう早い時点で九七式系列をあきらめて、もっとデカくて強そうな戦車を作り直していたのではあるまいか。
もちろん、そんな贅沢な戦車が当時の日本でそれほどたくさん作られるはずはないし、戦争の展開に寄与することもあるまい。負け戦は、負け戦なのだ。
しかし、少数でも強い戦車を作り、シャーマン戦車やT-34と互角に戦ったという実績さえ残せば、後々まで語り継がれることになったろう。
そうすれば、タイガー戦車のかたわらでがんばる3号戦車みたいな感じで、九七式中戦車も旧式だが健気な戦車としてそれなりの評価を与えてもらえたのではないか――そんな風に、この記事を読んで思ったりもした。
| 05月11日 |
| 05月12日 |
| 05月13日 |
■本日のビデオ:『銀と金 地獄の裏麻雀』
『異議ありっ――!』
スポーツにせよ、格闘にせよ、コンゲームにせよ。
戦う物語を盛り上げるのは、やはり逆転である。
勝利した、あるいは敗北したと思われる場面から、勝負をひっくり返す。これぞ、バトル物の醍醐味だ。
私は自分が見た逆転にランク付けをしている。
もっとも低いランクは、明白な理由も伏線もない逆転である。
もっとも高いランクは、何もかも仕込まれた、最初から予定された逆転で、かつ、敗者がその瞬間まで自分が勝ったと思いこんでいるパターンだ。
その点で、愛する『リリカルなのは』11話の、なのは−フェイト戦における逆転を私はあまり評価していない。
物語そのものは大好きなのだが、あの逆転はないだろうと思うのだ。(もちろんあれは逆転演出ではなく、管理局の白い悪魔が実力相応に勝利したという視点もあるだろう)
一方で最高点をあげていいのが、『銀と金 地獄の裏麻雀』の逆転である。
イロイロな追加ルールで麻雀ではない謎のギャンブルとなっているが、それらの追加ルールがすべて最後の逆転において意味を持っている。
その上で私がこの作品に最高点をつける理由は、逆転の対象が作中の敵である蔵前だけではなく、見ている視聴者(ないし読者)も含まれるという点だ。
勝負を決める大三元。そのアタリ牌である「中」の行方。
敵である蔵前はあの手この手でどこにあるか探ろうとするが、見つからない。「中」が出なければ自分の勝ち。出れば負け。
疑心暗鬼で狂気に侵される蔵前を見ながら、視聴者も又、はたして「中」はどこにあるのかと疑問に思う。
が、視聴者的にはこの疑問はまだ予測の内だ。
逆転演出の一貫として、アタリ牌が視聴者にもいつ出るかわからないままにするというのは、ごく当然のことだからである。
そして、最後の牌が引かれる――
逆転を愛する方で未見の方はぜひ見て欲しい。
実に見事な逆転劇であるから。
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