■本日の読書:『All You Need Is Kill』桜坂洋
大阪で塩サウナを堪能した時に友人のファルシオン君から勧められた一冊。
昨年勧められた『栄光への飛翔』(エリザベス・ムーン)がちょいとばかりアレだったので、あまり期待せずに読み始めたのが良かったのか、これが実に面白い。
ネタとしては、時間ループ物である。
新兵が激戦地に放り込まれて戦死しては、一日前に戻る。
そしてイヤも応もなく、翌日には再び戦場に放り込まれて戦死する。
軍を脱走してもなぜか敵が目の前に現れ、ループはじまったとたんに自殺してもやはり巻き戻される。
腹をくくって戦って生き延びる方法を探す新兵は、いつしか実戦経験をしこたま積んだ絢爛舞踏(ガンパレード・マーチ)な存在へと進化を遂げていく。
私が楽しく読めたのは、やはり『何度繰り返しても戦死』に共感を覚えたからである。
死ぬ、あるいは殺される。
無限の繰り返し。摩耗しかねぬ徒労の中、それでもがんばる動機として無惨な死を免れようという事ほど強いものはない。
同じように繰り返しを扱った他の小説、漫画、あるいはゲームは数多い。だがその中で特に私がこの本の主人公に対する共感の元となっているのはアドベンチャーゲーム、それも25年前のパソコンのアドベンチャーだ。
8ビットCPUに64kバイトのメモリ。プログラムはカセットテープからびーにぎょにぎょと読み込む。
FM-7だのAPPLE II-Cだのの不格好なキーボードからlookだのmoveだのtakeだの入力しつつ、ちょっとしたコマンドミスによって即死する『私』。
それでも、少しずつ、ほんの少しずつではあるが繰り返しを続ける中で『私』は生き延びる術を身につけていく。屋根にあがってはいかん(滑って転落する)、パイプをいじってはいかん(そいつはガス管でガスが漏れる)。何か新たな行動を成功させるためには、そのための準備行動やアイテム確保を先に行わなければいけない。
右も左もわからぬ新兵が戦場の掟を繰り返す死の果てに会得するように。
『私』もまた、いつ果てるとも知れぬ唐突な死をかいくぐるようになっていった。
諦めずに、より良い未来を求めてあがき続ける。
そしてそれは、フィクションにおける無限ループでなくとも。
現実の世界においてこそ、必須の能力なのだ。
■本日の読書:『ヴィンランド・サガ 4』幸村誠
3巻に続き、デンマーク王国によるイングランド攻めのお話。
後に大王となるクヌート王子もレギュラーとして定着し、この先のお話が楽しみである。
この4巻の見所はなんといっても、アシェラッドがいよいよその秘めたる野望をむき出しにしてきた点だろうか。
アシェラッドは、クヌート王子に取り入ることによってデンマーク王国を内部から動かそうというのだ。
3巻でローマ帝国の遺跡をながめていたアシェラッドであるが、決闘の際に『我が祖アルトリウス』(アーサー王のモデル)と誓いをたてているように、彼の心は父であるデーン人の側ではなく、母を通してブリタニア=ウェールズの側にあると言える。
誰よりもデーン人らしく略奪や戦争に卓越していながらアシェラッドがそれに淫することがないのも、周囲との精神的な立ち位置のずれにあるのだろう。
しかし、そのずれはやがて破滅をも予感させる。
「水くせェ野郎だ。十何年一緒にやってきて、何も話しやしねェ」といらだつビョルン。
その一方で「オレはデーン人がきらいだ」と言い切るアシェラッドの内面には彼が心底敬服したトールズを殺さざるをえなかった一件で、ビョルンを憎む気持ちすらありそうだ。
復讐者であるトルフィンが救われるためには、復讐を果たすことができない――アシェラッドを殺すことができない展開が望ましい。第26話「アルトリウス」を読みながら、アシェラッドを殺す役はビョルンが受け持つかもしれないと考えたりもした。
■本日の読書:『ミミズクと夜の王』紅玉いづき
電撃文庫の新人作家さんの本。
『ドラゴンになった青年』や『青き月と闇の森』といった、ハヤカワな海外ファンタジー小説を思わせる良質の物語だ。
ライトノベルとしては珍しく、表紙をのぞくとイラストがない。表紙もどちらかといえば童話風で幻想的である。このまま中学生の課題図書として扱われてもおかしくない。
こういう本を読む場合、私は脳内でイラストや漫画をでっちあげる。
最初に脳内イラストとして起用したのは永井豪さんだ。ヒロインのミミズクが小汚い浮浪児風であるので、『オモライくん』な感じで。
これはこれで悪くないが本編の内容からするともうちょっと少女漫画っぽい方がいい。そこで次に脳内イラスト描きに登用したのが紫堂恭子さんだ。これだとミミズクが小汚くなくなってしまうが、夜の王とかアン・デュークら、他のメンバーにはぴったりである。夜の王はカイルを、クロちゃんはデシとダシで、そしてオリエッタは――ああほら、紫堂さんのヒロインってどれもあんな感じじゃない。はかなげそうな顔してながら、ここぞという時にどんな男よりもタフになるあたりが。
他にもメルヘンメーカーさんや竹宮恵子さんも候補にあがったが、今のところ紫堂さんが私の脳内では一番しっくりときている。
『ミミズクと夜の王』には特別に新しい内容も、目新しいネタもない。そんなものは必要ない。
この作品はこれで十分に面白いし、登場人物はいずれも魅力的だ。ライトノベルらしく文章が平易で読みやすい点も好感がもてる。最初は重苦しく破滅的な結末が待っているのかと身構えたが、まっとうにハッピーエンドでラブラブであった。
次の本も読んでみたいと素直に思える新人さんの本である。
■本日の読書:『超妹大戦シスマゲドン 2』古橋秀之
バカを究めるシスマゲドンの2巻である。
これでおしまいというのは短いようでいて実はけっこうギリギリな感じ。こういうのは、薄くなってはイカンのである。
2巻は少年漫画でおなじみのトーナメント・バトルがメイン。
せっかくなので一戦ごとに物書き的に分析してみよう。
●第1戦:烏山ソラ◎vs御子神ヒミコ×
初戦は主人公と脇役対決。勝敗は読む前から決まっている。だからこの戦いのキモは、ソラが主役らしいパワーをどのように見せるかという点にある。
元気玉マシンガンと超発勁龍(ハッスル・ドラゴン)がこの戦いで発動。いずれも次の戦いの仕込みである。
●第2戦:イーシャ・ダルシェマ◎vs獅子神エリカ×
エリカは1巻でソラと戦ったことがあるので、彼女が勝ち残るという目は残念ながらない。よってイーシャが貫禄をみせての圧勝となる。
●第3戦:マリア・クレイトン◎vsクララ・ティーガー×
『ベルリン郊外に領地を持つ名門ティーガー家の令嬢、白皙の美少女クララ。生来病弱であった彼女は、自力での歩行もままならず、車椅子の生活を余儀なくされてきました。しかし、祖国は彼女に新たな“鋼鉄の脚”を――さらに、強力な主砲と堅牢な装甲をも与えました! ドイツ最新最強の機甲妹【パンツァー・シュベスター】クララ・ティーガーの誕生です!』(p100)
脚までならともかく、主砲と装甲は病弱な妹には与えません。
2巻の妹ではやはりこのクララがとびぬけて愉快。ちゃんとクララが大地に立つ【クララ・イスト・アウフゲスタンデン】し。ブンダバー!
さて、どっちが勝っても読者的には(この時点では)どうでもヨイ戦いであるが、それゆえにこそ、この勝負こそが最初の4つの戦いで一番意味を持つ。
ここいらからマリアではなく、マリアの兄クレイトンの異常さが際だつ。いや1巻から異常ではあったが、1巻ではまだ他のアニキ達と同じタイプの異常でしかなかったからだ。
●第4戦:シルヴィ・サマラン◎vsキャシイ・ノーマン×
これまで格の違う強さをみせてきた、キャシイ。
よって、彼女が手も足も出ずに負けるのは必然でしかない。合掌。
この時点で読者的にはシルヴィがラスボスめいて見えるが、これも仕掛けのひとつである。
●第5戦:烏山ソラ◎vsイーシャ・ダルシェマ×
ソラの最終戦のためのパワーアップのための戦い。普通のスポーツ物であれば試合の前の練習とか特訓とかで行う描写を、実戦でこなしているわけだ。
それだけだとあまりに作者の都合が透けて見えるので、ココではイーシャと兄の側に「戦いよりも重要な事」を用意しているあたりがウマイ。
●第6戦:マリア・クレイトン◎vsシルヴィ・サマラン×
シルヴィが1巻のクトゥルー妹海冥寺ユウカであるのは読者的にはこのへんで丸わかりであろう。
だから、ラスボスとしてもふさわしいのだが――実は彼女はすでに1巻でネタを全部出している。最終決戦とはそれまでの戦いより「もう一段階上」でやるべきである。
そこで、1巻で最強のキャシイを手もなくひねったシルヴィを、さらにココでマリアが桁違いの戦いで勝利するというトーナメント戦得意の論法でマリアの強さと兄のクレイトンの異様さを演出している。
●決勝戦:烏山ソラ◎vsマリア・クレイトン×
前座における最後の戦いである。これまでの2戦でパワーアップ済みの烏山ソラが、第6戦で演出上最強となったマリアを凌駕するあたりはごく普通。
決勝戦のポイントは、だから妹同士のバトルではない。しょせん、パワーなどパワーでくつがえるのだ。
ポイントであり見所であるのはアニキのサトルが、偽物の兄であるクレイトンを言い負かして勝利するあたりだ。つまり、兄同士の、妹への愛を競う戦いこそが本当の決勝戦なのだ。つまりは哲学戦闘である。どれだけパワーで上回ろうとも、言い負かされた側が勝てるはずがないのだ。
決め台詞はこれだ。
「おまえは妹のカタログスペックにしか興味がない! 妹を真に愛してはおらん! ぶっちゃけこの会場で、妹を嫁にする覚悟がないのはおまえだけだッ!!」(p213)
……あれだ。
哲学戦闘数ある中で、ココまで頭の悪そうな戦いというのはあまりないように思う。
もちろん、この後の真の戦いでももう一度、サトルのアニキとしての力量が問われるのだが、こっちは逆に普通に感動できるネタを使っているあたりが見事である。
そしてエピローグの戦いはとゆーと
……やっぱ、石川賢エンドだったか。
だが、これはこれでヨシッ!
■本日の読書:『キミキス 1』東雲太郎
大人気ギャルゲーのコミック版。
ゲームはめんどそうなのでやってないが、このコミックのノリのままだとしたらなんとも見事な出来と言えよう。
とにかくひたすら甘く、徹底的にモテモテである。この巻はゲームに出てくるヒロインのひとり、摩央姉ちゃんがキスのお相手だ。最初に年上というのはえらくニッチだなぁ、と思っていたのだがこれがけっこう破壊力大きい。
いきなり1話で主人公にキスの練習をさせてあげるという――実は自分がしたいだけ――のはまあ、よくあるパターンだとしても、その場所がよりにもよって膝小僧へのキスである。
主人公はいったいどんなフェチ野郎ですかっ! 素晴らしいっ!
雑誌のアンケートでも『甘えさせてくれるお姉さん』が人気だというのは、前にイカロス出版の編集部で聞いた
とすると、この先にあるのは『甘えさせてくれる人妻』とかの流れであろうか。そして究極には『甘えさせてくれるおばあちゃん』か。
……オレの時代が来たようだなっ!
■本日の読書:『超鋼女セーラ ロボ娘はボクの夢を見る』寺田とものり
『キミキス』に続いて、年上のお姉さんが優しく甘えさせてくれるだけでなく甘えてくれるという強烈なコンボをかます本、第二弾。
いや、私がそういうのばっかり選んでいるのではなく、時代が要求しているんだってば。だからやらねばならんのだよ、アムロ。
さて、表紙は1巻と同じアングルで主人公の茸味(キノコアジではなくタケミ)君が年上のお姉さんの胸に顔をうずめている。うらやましいことに別のキャラでやっぱりロボ娘。……って、表紙には番号ふってないのか。この話の展開ではけっこう長くなりそうなので、今のうちに番号を振っておいていただきたい。
1巻では、「なぜ超鋼機武闘会(スティールアーツ)にヒロインが出るのか、好きな女の子が殴ったり殴られたりするのがヤなはずの主人公はどうして参加を了承したのか」などのドラマの根幹に関する部分が曖昧なまま未消化に終わっていたが、この巻ではそれなりに理由というか、動機付けがなされている。
読んでみての感想は――ちょっと、微妙。
なんとなれば、相変わらず肝心な情報を隠しているからである。いわゆるセーラが作られた理由とか、東北の女王の問題とかが絡んでいるのだろうが……どうなんだろう、ココまで読者にも隠す理由というのはあるのだろうかと疑問も感じてみたり。
もちろんドラマ的にはクライマックスを盛り上げるために意図的に隠しているのだろうが、はたして『番長学園』を知らない人でも盛り上がるようなネタなのか心配だ。むしろ裏情報は早めに公開して、読者の期待やら不安やらを適度にあおっておいた方がいいんじゃないかとも考えてみたり。今のままでは思わせぶりな部分は単に意味不明で読者の感情を動かすには弱い気がする。予測するに足る情報がないので、読んだことを片っ端から保留のコーナーに放り込むしかないのだ。
そうした構成部分での好みのズレはあれど、オープニングからエンディングまでひたすらだだ甘な展開は見事の一言。
オープニングではロボ娘なのに夢をみたセーラが
「夢を見たの。わたし、夢を見たの……」
そんなふうに言ったら、茸味はどんな顔をするだろう。すごいねって、おめでとうって言ってくれるだろうか。僕もセーラ先輩の夢を見ましたって、言ってくれるだろうか。
そうであってほしい。
そうでなくちゃ……いやだ。
贅沢になっていく。どんどんわがままになっていく。
甘えちゃいけないってわかってるのに……。
「だって、茸味が甘えさせてくれるから……た、茸味が、いけないんだから」
(p7〜8)
などと、読んでいるほうがのたうちまわりそうなコトをぬかせば。
エピローグではデートで一緒に買った携帯を背中合わせにかけてセーラがそのことを告白し。
『あのね茸味、わたし夢を見たの』
セーラが思い切って口にしたのは、ずっとしたかった話。
茸味は驚きに目を見張る。
夢を見ないはずのセーラが夢を見ただなんて……。
「すごいです、おめでとうございます!」
茸味は知らないけれど、それはもちろんセーラの望んでいた言葉だった。
そうして茸味も、やっぱり恥ずかしそうに告白するのだ。
「僕、毎日セーラ先輩の夢ばっかり見てます」
(p266)
きちんと思いを伝え。
正面から思いに答える。
シンプルであるが、とても大切なことだ。
読んでいる方としては「ごちそうさま」であるからして、ぜひ早めに「おかわり」をいただきたい。
■本日の読書:『硝霊島 I.N.U.短編集』I.N.U.
I.N.U.さんこと、豊島U作さんのSF漫画。いわゆるロリコン漫画雑誌、『ブリッコ』とか『マルガリータ』とかがあった頃の作品である。それらに掲載された可愛らしい絵柄の漫画の中には、SFやミリタリー、ファンタジーなどでディープな作品も数多くあった。
I.N.U.さんの作品は、特にスペオペ魂の感じられる良作が多い。
表題作は私がデザインした『スターレジェンド』というRPGの知性化猫にも大きな影響を与えている。登場するミックは二足歩行だか明らかに猫で、猫以上ではない。だがちゃんと道具も使うし言葉もしゃべる――その指では道具は使えないだろうとか、脳の大きさが足りないじゃないかとか、そういうのは言うだけヤボというものだ。
人類が消え去った地球。実験動物として宇宙に送り出され、行った先で機械知性と出会って生き延びた猫=知性化猫の探検家(エクスプローラー)ミックは6万年ぶりに種族を代表して母なる星地球へと戻る。
人類と文明の消えた地球には、磁界に覆われた土地が広がりそこには新種の生命が生まれてきていた。
はたしてこの磁界はどこから発生しているのか。
人類が消失したのはなぜか。
コールドスリープで助かったただひとりの生き残りの少女メメと一緒に、ミックは磁界の中心である“硝霊島”へと向かう。
この作品の見所のひとつが、磁界に適応したさまざまな新静物である。『アフター・マン』や『フューチャー・イズ・ワイルド』のような感じで、これぞSFの醍醐味だ。
磁場を利用して空中に舞い上がり、そこで磁場を反転させて急降下。獲物を串刺しにして捕らえるイカヅチムシ。
磁場を利用して巨体を維持し、さらには生体磁気ローターで飛行する巨大な肉食の貝、トビガイ。
根に磁気球を持ち、浮上移動する林、ファクトリー。
リニアな要領で磁場の砂を滑走するカッソウガイ。
これらの魅力的な生き物が、漫画ならではの納得力をもって描かれている。
現在は入手困難というか、持っている友人を見つけ出すだけでも苦労しそうではあるが。隠れた名作が多くの人に知ってもらえる機会になればと思いつつ、ここにご紹介した。
■本日の読書:『歴史群像 No.82』
魚雷艇や潜航艇という小型戦闘艇ネタ多し。
『回天追跡六〇余年の遺産』上原光晴
『発見相次ぐ日本海軍の特殊潜航艇』編集部(フォトギャラリー)
『英独魚雷艇BATTLE』白石光
『WW2高速魚雷艇』白石光
こうして一冊の中にいくつもの記事がまとまって入ってくれているのは検索するのに便利である。
●『[検証]世界制覇の原動力 モンゴル騎馬軍団』中西豪
モンゴル帝国とは不思議な国家である。
中央アジアに住む遊牧騎馬の民が軍事的に強い、という点はモンゴルの1000年も前、匈奴の時代からよく知られている。
モンゴルに滅ぼされ、征服された国々はいずれも敵手が強いことがわかっていてそれでも負けたわけで、ここが私には興味深い。
この記事でも『戦争の実際』という項目で記されているが、モンゴル騎馬軍団の戦い方は、多数の騎馬軍団を広く散会させて敵を包み込み、多数の斥候部隊によって敵の情報を集めつつ味方の集結ポイントに誘導し、そこで一気にたたきつぶすというものである。
中西さんは『そのような常套戦術が敵陣営に明らかになったあとでも、あまりに大規模、徹底していたため、追撃の誘惑に勝てなくなるのである』(p75)と書かれている。この「わかっていても罠にかかる」背景にはどういう心理があるだろうか。モンゴルの侵略を受けた側の将軍となって考えてみよう。
>>妄想スタート
時代背景からして将軍の元に集められた軍勢というのは、常備軍ではない。モンゴル軍来たる、タルタル(地獄)からの軍団がやってくる、というので集められた諸侯らの軍勢だ。常にない大軍を集め、食わせていくのにかなりの無理や負担がかかっている事も間違いない。
強力であるが、いつまでも手元に置いておけるような軍勢ではない。
かといって、モンゴル軍がそのままなのに解散するわけにもいかない。
となれば、モンゴル軍と一戦して勝利し、相手を追い散らさねばならない。
一方のモンゴル軍は、そうした時間的な制約をそれほど持たない。彼らにとっては敵の領土内かどうかに関係なく、馬や家畜に草を食わせてやることができれば、普段の生活とそう変わるものではない。
なんと、決戦を強いられているのは侵略するモンゴル軍ではなく、防衛側なのだ。
さて、将軍のところに、前衛部隊がモンゴル騎馬軍団と接触、これを追い払ったという情報が届く。追い払ったのではなく、単に敵が引いていっただけなのだが、前線の兵士たちにとっては自分たちの勝利である。「なんだ、モンゴル軍が相手でもやれるじゃないか」と意気は上がっている。
将軍は考える。これが罠だということはわかっている。追えば、敵の主力が待ちかまえている。が――ここで戦わなかったらどうなる? 敵は騎馬軍団であり、大量のかいばを食わせてやらねばならない。こちらが決戦を回避すれば、再び散ってあちこちを略奪しながらうろうろするだろう。村が襲われ、畑が荒らされることになる。
そうなれば味方から不満が出る。いつまでも出撃しない自分の指揮には従えないという者も出てくるだろう。この時代の将軍の指揮権とは絶対ではない。将軍が王であっても不平不満をすべて押し殺すことはできないのだ。
ならば、戦うべきだ。
今なら士気は高い。モンゴル軍といっても不死で不敗ではない。これが罠だとわかっていれば、戦い方もある。
たとえ勝てなかったとしても、モンゴル軍に深刻なダメージを与えることができれば――うん、我が軍にだってそのぐらいのことはできるはずだ。
かくして将軍は出撃を命じる。その先に待つ運命も知らずに。
<<妄想終了
とまあ、こんな風に記事を読みながら考えてみた。
皆さんはどう考えるだろう?
■本日の読書:『歴史群像 No.82』
●『上杉激震! 御館の乱』福田誠
上杉謙信の後継者である、上杉景勝については今ひとつぱっとしない印象がある。
まず内戦を勝ちぬいて権力を掴むために、武田勝頼と手を組んでいる。
武田信玄と勝頼。
上杉謙信と景勝。
どちらも偉大な父を持つだけに、なんとなく頼りない息子同盟というイメージがぬぐえない。もちろん武田勝頼はそれなりに力量のある戦国武将であったという意見もあるにはあるが、何せ結果がアレである。あの戦力差ではたとえオヤジであっても滅亡はまぬがれなかったかもしれないが、やっぱり信玄ならああも無様をさらすことはなかったんじゃあるまいかとも思えてしまうのだ。
そして続く織田軍による上杉攻めでも景勝はぱっとしない。北陸から柴田勝家、信州から森長可、上野から滝川一益と三方から織田軍が迫るやたちまち上杉家は滅亡の危機にたたされる。生き残れたのはひとえに本能寺の変があったせいで、景勝の功績ではない。これまた武田と同じく、同じ状況にオヤジ(謙信)がいたらやっぱなんかしてくれそうな期待があるのだ。
とどめは、豊臣政権を生き延びた後の関ヶ原である。家康にケンカを売っておきながら、石田三成らの西軍とはろくに連携もとらず、緻密でありながら柔軟性に乏しい自分勝手な作戦をたてて案の定うまくいかずに大失敗し、領地を大幅に削られている。
そういうわけなので、御館の乱の記事についても私はどことなく学生運動の内ゲバぐらいな気分で読んだわけだが。
ちょっと、景勝を見直してみたり。
いや、能力的にはやはり、誉められるものではない。
謙信の喪中に軍事行動に踏み切った果断さは良い。やってることは暴力団組長が亡くなったときに、葬式を利用して集まったライバルを殺そうとするヤクザの幹部という感じであるが。しかも、本命には逃げられているし、その後は押し切れずに北条や武田など外部勢力の介入を許している。このへんもなんかヤクザの跡目争いっぽいなぁ。
戦の采配にしても、義父の上杉謙信がみせた水際だった指揮とは比較にならない。
なんというか、全体として「うまくやってない」のだ。泥臭く、あか抜けない感じである。
しかし翻って我が身を省みてみよう。フィクションであればともかく、現実においてこちらの思惑通りスマートにモノゴトが進むことはまずないと言っていい。『ディプロマシー』で華麗に裏切りを決めたのに、その後で盛り返されてぐだぐだになった経験は誰しもあるだろう。
現実世界にセーブポイントはなく、失敗を選択し直すチャンスはない。
つまり、「うまくやってない」のが常態である。
その「うまくやってない」「ミスしたー」「こんなはずじゃなかったんだがなぁ」という状況で、諦めない。そうなっても、あがく。
それこそが、景勝が持っていた平凡で非凡な力なのではないだろうか。
運や時代がよければ、景勝がもっと成功していたとは思えない。たぶん彼はどうがんばっても戦国時代を滅ぼされずにすむのがせいぜいの男である。
だが、一度しかない人生で、それほど運も時代も良くないというのに、自分の力量ぎりぎりまで到達できたというのは。
それはスゴイことなのではないかとも思えるのである。
●『激突! タラワ攻防戦』瀬戸利春
肉弾突撃をかけるアメリカ海兵隊と、火力で迎え撃つ日本海軍陸戦隊。
ちょっと気になったのは、最後の『タラワ島の残したもの』という項目である。
アメリカ海兵隊は、本格的な島嶼への上陸作戦は太平洋戦争でコレが初めてで、物量も火力も活かすことができなかったという戦訓を得てその後の戦いに活かした――というのはうなずける部分だ。
しかし、日本軍の方で『一方で、タラワにおける水際陣地の予想以上の効果に幻惑され、サイパン戦まで水際配置を続ける一因になってしまった』(p49)というのは、さて、どうなのだろう。
タラワの戦いは1943年11月20日に始まり、その日のうちに第3根拠地司令部は砲撃で壊滅している。そして上陸3日目の22日には佐7特本部が落ちて、組織的な戦闘は終結。翌23日には最後の陣地が陥落した。日本軍は4690人の戦死者をだし、日本人捕虜はわずかに17名。他は朝鮮人労働者129人が捕虜になっているが、どの視点からしてもこれは全滅、玉砕である。
ここまで徹底した玉砕で、水際陣地がアメリカ軍をさんざんに苦しめたという情報が日本軍の上層部に上がっていたかどうかについてはやや疑問を感じないでもない。戦時中で、相手の損害がわからない状況であるからして、「あっというまにやられてしまった」ぐらいの認識しかなかったのではないだろうか。
ただ、ひょっとしたら、航空機による偵察か何かでそれらしい情報をつかめたり、タラワの根拠地司令部から水際でアメリカ軍を射的の的にしているという景気のいい連絡があったのかも知れない。
※3/11追記
mixiで速水螺旋人さんから指摘があったが、アメリカの公開情報から日本はアメリカ軍の損害を推測し、そこから水際陣地を評価したのではないかとも考えられる。公開情報といってもバカにできるものではなく、最初に引用されている『タイム誌』の記事(戦闘の次の週)にも、アメリカ海兵隊が3000人の死傷者を出したことが書いてあるのだ。
■本日の読書:『斬魔大戦デモンベイン ド・マリニーの時計』鋼屋ジン+古橋秀之
ドクター・ウェストはたいへん魅力的なキャラクターである。
デモンベインに出てくるキャラの中で誰が好きかと問われれば、答えは人によって異なるだろう。だが、面白いキャラは誰かと問われれば、おそらく最初の三人のうちに確実にドクター・ウェストが出てくるだろう。
九郎がデモンベインの物語に絡むようになったのは。
アルと出会うことになったのは。
アルを失ったときに立ち上がることができたのは。
そしてひとつの結末で――
すべてが『なかった』事にされた時に、
すべてのキャラがそれぞれ『別の役柄』を演じる事になった時に、
それでも彼の前に現れたのは。
そう。そこにいたのは常にドクター・ウェストなのである。
『斬魔大戦デモンベイン ド・マリニーの時計』は、3編の短編が収録されているが、そのいずれもドクター・ウェストが登場する『ドクター・ウェスト祭り』な本である。それだけでも十分に読む価値があるのだが、ついでに『遺跡破壊者』にはシュリュズベリイ博士が登場する。
「――では諸君、これより講義を始める!」p93,p124,p157
すげえよ、シュリュズベリイ博士。きちんと3回連続で繰り返しギャグを真面目にやってくれたその姿勢には感服するしかない。(3回目は言い終える前に中断となったが)しかも私は最後にはシュリュズベリイ博士は教え子と鬼械神アンブロシウスもろとも死ぬに違いないと予想していたのであるが――それゆえにドクター・ウェストは道を踏み外すのではないか――ちゃんと生き残るし。
しかしこの予想はドクター・ウェストに対して失礼であったと今なら思う。彼は道を踏み外すも何もなく、何がどうであっても ああなる のだ。ブラックロッジがあろうがなかろうが、九郎の前に巨大ロボを操って出現したように。
時空がどうなろうとも我が道をばく進する男、ドクター・ウェスト。
いろいろな意味で他人とは思えぬのである。
■本日の読書:『おまもりひまり 1』的良みらん
「漫画とは女の子のパンツを描けば人気が出るというものではない」
これは大いなる真実である。
が、一方で女の子のパンツがあってうれしいという漫画もある。
それは、作者の持つパンツに対する思い入れの違いではないかと思う。
絵が稚拙であったとしても、作者自身が描きたい、見せたいというパンツには、そうでないパンツにはない魅力があるのである。
あるったらあるのでアル。
本当かどうか疑問の向きがあれば、この『おまもりひまり』という本を手にとって読んでみるといい。私の言いたいことが、わかる人にだけはひょっとしたらわかることもあるだろう。
……めいびー。
この『おまもりひまり』は構成要素はオーソドックスな物語である。
退魔師の末裔として生まれた少年が16才になった時に、その護り人としてひとりの少女がやってくる。猫のあやかしで猫耳を持つ緋鞠(ひまり)だ。
そして同時に、彼の周囲では退魔の一族に恨みを持つあやかし達がうごめくようになる。
緋鞠とのドタバタ同居生活に、さらに別のあやかしまで加わって――というのが1巻での展開。
退魔師の血筋。覚醒せぬ力。あやかしの護り姫。
さらに死別した両親の変わりに世話を焼く近所の幼なじみ。
話の要素は実に定番である。手堅く面白く、またエロい。
的良みらんさん自身、こうした伝奇風の作品はいくつも描かれている。ノリ的に近い感じがするのは『希望恋月』(※18禁)に収録の『鬼と彼女と閉ざされた世界』だろうか。
パンツだけでなく乳も尻もけしからん、みらん風の王道漫画。
ぬるーく、ゆるーく、続きを楽しみにしよう。
■本日の読書:『スマッシュ! 1〜2』咲香里
テニス漫画というともはや格闘技というか、コロ(殺)シアムな『テニスの王子様』をはじめ昔懐かしの『エースをねらえ!』など名作怪作がめじろおしである。
一方で似て非なるバドミントン漫画というと、これがもう数えるほどしかない。
どっちかというとマイナーなバドミントン漫画を、週刊少年漫画の一角である少年マガジンでやろうという意欲的というか、無謀な作品がこの『スマッシュ!』である。
咲香里さんといえば、昨日の的良みらんさんと並んで、萌え系エロ漫画では有名な方である。同じ萌えエロでも的良さんがエロ重視であるとするならば、咲香里さんは萌え重視。かの名作『Sweet Pain Little Lovers』(※18禁)では病弱な実妹(エロ用語 対比:義妹)という劇物にも似た素材をとことんまで活用したストーリーと演出をみせてくれている。
『スマッシュ!』においても、その萌え要素は健在。今回は声を出せないヒロイン、優飛ちゃんが出てくる。台詞がない分だけ仕草が実に愛らしく、2巻で亜南君と主人公がケンカした後の、親指たててぐっ、とやる気満々な場面では萌え転がる人が多数でている(はずだ)。
一方でちゃんとバドミントン漫画としても、スポーツ漫画としてもちゃんと作ってある。主人公の翔太が亜南と優飛の試合の後で、「どうして……ゆうひと対等に打ち合ってたのが、どうして……ぼくじゃないんだ?!」と悔しがる場面など、強くなるための動機作りもきちんとしている。
この漫画の不安材料はただ一点。週刊連載ということである。
ぜひぜひがんばって、オチまで引っ張っていただきたい。
■本日の読書:『フェイト/ゼロ 2 王たちの狂宴』虚淵玄(ニトロプラス)
第四次聖杯戦争に参加している魔術師や英霊たちはおしなべて“弱い”。
これは、性能やヒットポイント、戦闘力の話ではない。そっちの面では、彼等はいずれもボスキャラ級である。
ここでいう“弱さ”とは、人間としてのいびつさであり、欠損している部分の話だ。
第四次聖杯戦争において彼等が敗北するのは、その戦闘力が劣っているせいではなく。
人間として弱い部分。己の心にある闇。それが致命傷となるのではないだろうか。
フェイト本編の情報などから私は最初、第四次聖杯戦争は『魔術師殺し』に特化した衛宮切嗣が銃や爆発物といった近代兵器、合理化された戦術を利用して次々と敵を屠っていく話ではないかと考えていた。
しかし、科学も技術もまるで知らないロード=エルメロイですら近代兵器と戦術が仕留めきれなかった箇所を読むにいたり、それはもうないものと考えている。
魔術でも火力でもなく。人を超えた英霊や人智を超えた魔術師が持つ、どうしようもない“弱さ”こそが、彼らを殺すのだと。
どこかが“弱い”英霊たちの中で人格面に隙がないのはふたり。
英雄王アーチャーと、征服王ライダーである。
2巻の副題である『王たちの狂宴』のACT8を読みつつ、私はそのように思った。
英雄王アーチャーは他者を必要としない点でつけいる隙がない。
「我(オレ)は英雄王だ」という論法ひとつで、たかが古代メソポタミア地方の領主が世界のあらゆる財が我がモノであると言い切れる問答無用の“強さ”を持つ。
英雄王は自分の論法が他者から見てただのわがままであるとわかり、知った上で、それを選んでいる。だから英雄王に論戦を挑んでも勝負にならない。このあたり、単に己の妄執にとらわれているだけのキャスターとは一線を画している。
……まあ、他者の意見を聞かない我が道をばく進する性格ゆえに、フェイト本編ではいつもうかつに敗北してしまうのだが。
対する征服王ライダーは英霊の中で子供のようにはしゃぎまわり、やることなすこと破天荒ではあるが。
おそらく、7人の中でもっとも成熟した人格の持ち主である。
彼にとって聖杯戦争は無駄である。
これだけの英霊がいて、なんでわざわざちっぽけな、歴史の闇に消えるだけの争いをしなければならないのか。力の無駄遣いであり、あまりにもったいない。
神話ではなく、歴史においてひとりの人間として生き、世界の果てを夢見た男ならではの視点であろう。
このふたりの王にとって、騎士王セイバーは王としてあまりに“弱い”。
己の業績を“なかったこと”にしたいと願う後ろ向きの“弱さ”は見ていて痛々しいほどである。征服王がなんとかしてやりたいと思い、英雄王が嗜虐心をたぎらせるのも故なきことではない。
が、残念なことにセイバーの弱さを指摘してやり、克服してやれるのは本編での士郎の仕事である。第四次聖杯戦争で征服王の言葉にセイバーがうなずくことはないのだ。
魔術師の側も、その“弱さ”が次々と露呈している。
挫折を知らない天才であるが故に己を律する能力を欠如したロード=エルメロイや、己に淫するだけの快楽殺人者、雨生龍之介などはまだ良い方である。
自分のやっている方法ではもはや、絶望をばらまくしかない事に気づけない間桐雁夜。
冷静で冷徹、徹底した現実主義者という一見して強固そうな仮面の下に、大学紛争をやった学生すら及びもつかない夢想家という素顔を持つ衛宮切嗣。
このあたりになると、いつ自滅してもおかしくはないほどだ。
逆に、明らかに“弱い”が、その“弱さ”が単に未熟なだけという我らがウェイバー君はどうだろうか。
私は、彼だけにはその“弱さ”を克服する道が残されているのではないかと期待している。克服するだけではなく、それを他者をも支える強さに変えていけるのではないかと。
なんとなれば、征服王ライダーが見せた最強宝具、『王の軍勢』(アイオニオン・ヘタイロイ)で参集した征服王由来の英霊軍団の中に。
ウェイバーの姿もまた、あったのではないかと思うからだ。
[戻る]
この日記は簡単ホームページ日記で作成されました。