■宇宙の戦場その6:『GM&ボールによる対艦基本戦術』
歴史群像から出た『一年戦争全史 上』はたいへん刺激的で面白い本である。
カラーページのp70〜71に、『MSの運用例 #1 宇宙空間における対艦攻撃』(佐藤俊之)としてザク3機の小隊で敵艦を攻撃する機動が説明してある。
ジオン側があるなら、連邦側もあってよかろうというので考えたのがコレである。

『一年戦争全史』にあるジオン側の戦術が実にアグレッシブなので、対比の上でも消極的なやつにしようと考えてみた。
とにかく一撃必中とか、先手を打って撃破とか、そういう勇ましい話はいっさいなしである。子供の頃にテレビで見てた時も、ボールは蹴飛ばされる場面やビグザムに溶かされる場面しか覚えがないし、ジムは初陣でのシャアズゴックに腹をぶちぬかれる場面が印象的すぎる。
だが、その情けないボールとジムが、戦争を勝利に導いたのも間違いない。
それはなぜかということで、高望みをしないがゆえに破綻しない戦い方を考えてみた。
イメージとしてはM4シャーマン戦車が、ひたすら手数の多さでタイガー戦車を圧倒した感じでひとつ。
■本日のガンダム:『ジオン共和国軍建軍秘話』
歴史群像の『一年戦争全史』をつらつらと読みつつ。
大山格さんの『ジオン公国の成立』のp109欄外に『地球連邦軍の一部を共和国陣営に取り込む』というたいへん衝撃的な考察(※)がある。
私はこういう歴史の裏エピソードというのが大好きである。
詳細については触れられていないので、自分なりに補完してみよーと思ってちょこちょこと書いてみた。
こちら である。
※大山格さんから、デギン・ザビがサイド3駐留の連邦軍を取り込んだのは『公式百科事典』p504に出典があると教えていただきました。
■本日のガンダム:『無敵の敗者:連邦軍電脳作戦2課の挫折』
歴史群像の『一年戦争全史』をつらつらと読みつつ。
当たり前であるが、一年戦争にサイバーパンクな要素はない。
放映当時すでにインターネットの原型であるARPANETは存在しているが、それはあくまでTCP/IPプロトコルを利用した学術・研究用ネットワークというだけでまさか今のように生活に密着したアイテムになるとは誰も考えていなかった。
が、どうせなら『ない』理由も合わせて考えてみると面白いかもしれない。
ジオンが新兵器モビルスーツを開発したように、連邦もひょっとしたらいくつものハイテクな秘密兵器を隠し持っていたのではないだろうか。
けれどそれらは実際に使われることはなかった。戦う前に敗北した、本来ならば無敵であるはずの秘密兵器。
そんなわけで、ちょいと考えてみた。
こちら である。
■本日の読書:『補給戦 何が勝敗を決定するのか』マーチン・ファン・クレフェルト
補給に関する戦史研究の――いや、啓蒙書か?
そして啓蒙書というのは、煽り文句が必須である。本書でも序章に実に素晴らしい煽り文句がある。
司令官が作戦行動とか戦闘発起、前進、浸透、包囲、せん滅、消耗など、要するに長々と続く全戦略の実行を頭に描き始める以前に、彼にはしなければならないし当然すべき事柄がある。それは麾下の兵卒に対して、それなくしては兵として生きられない一日当たり三〇〇〇キロカロリーを補給できるかどうか、自分の才能を確かめることである。
『補給戦』序章:戦史家の怠慢(p10〜11)
序章のタイトル『戦史家の怠慢』からして挑戦的であるな。
●第一章:一六〜一七世紀の略奪戦争
たとえば三十年戦争だとか、北方戦争だとかの資料を読めばわかるが、この時期の軍隊というのは実にぐねぐねと動き回っている。へたをすると一年間ずーっと敵の領土の奥深くをてくてく動き回っていたりするわけで、昔の私にはそれがえらく謎であった。
私にとって戦争のルールとはボードのウォーゲームから学んだものであり、ウォーゲームではおおむね自軍からの連絡線が届かないと軍隊(ユニット)は損耗したり動けなかったりするものである。敵地に孤立してイイことなど何もない。
が、実際にはこの時期の軍隊は敵地の中で孤立どころか守りも固めずにあちらをふらふら、こちらをふらふらしていたわけで、それはなぜかというと本書にも書かれているように、「ご飯を求めて」さまよっていたのである。
中世騎士の時代のように、あちらの諸侯、こちらの諸侯が10人とか20人とかの手勢を率いて集まって、戦争が終わったら封土に戻るという戦争ではもはやない。戦争ともなれば傭兵をかき集めて万人単位の軍隊が編成される時代である。
傭兵として集まってきた、この時代では大都市の人口に匹敵する万人単位の人間に、毎日メシを食わせるのはたいへんである。自分の領土に抱えたままにしておいた日には、あっという間に周辺の町や村が備蓄していた食料を食い尽くすであろう。
だから、将軍は傭兵が集まるなり敵地へと入っていく。そして、敵であるから容赦なく遠慮なく、備蓄食糧を食い散らかすのだ。なくなったら、今度は別の町へ移動である。
戦争で敵に与えるダメージとしては、敵軍を撃滅するよりはよほどこちらの方が大きい。どうせ敵も味方も傭兵なのだ。敵の軍隊を壊滅しても、金さえあればいずれ再建されてしまう。それよりは敵の町や村を略奪してそこから金も食料も集められなくする方がいいのだ。
そういうわけで、軍隊は敵の領土内をあっちへふらふらこっちへふらふらする。一度根こそぎ略奪した地域はしばらく何もなくなるので、そこに戻ることはできない。だから作戦行動が場当たり的で、一貫性も何もないいい加減なものになるのも当然なのだ。将軍としては、自軍の腹を満たす食い物がある場所へしか移動できないからである。
フランスの政治家ルーヴォアが開戦時に監督官に出した命令書が本書では紹介されている。
「皇帝陛下は大軍を召集された……異教の国オランダに侵入し、ネーデルラントの総督が陛下の要求に屈するまで、彼等の犠牲において生きてゆくためである。……(監督官は)スペイン領に課す諸税の取り立てに責任を持たなければならない」
『補給戦』p46
ルーヴォアは、軍隊の補給品のための倉庫建設に熱心だった政治家であるが、彼はあくまで『軍隊を編成し、装備や指揮系統を整えて使えるようにするまで自国の負担を軽減する』ための補給品を必要としたのである。いざ戦争をはじめてしまえばいつものように、敵の食料を食い散らかすわけだ。
●第二章 軍事の天才ナポレオンと補給
ナポレオンがヨーロッパの過半を制圧できたのは、とにかく彼が軍事において徹底を旨としていたためである。ジョジョ的に言うと、こうだ。
「君がッ! 降伏するまで! 殴るのをやめないッ!」
ナポレオンはとにかく止まらなかった。敵軍を撃破するまで追いつめ、その後も足を止めることなく敵の首都へと殴り込みをかける。だらだらと包囲戦を続けてお金と食料がなくなったら解散するというそれまでの戦争とはひと味違う。このへんの「やるからには徹底的に」というあたりは、ユリウス・カエサルの直弟子と認めてよいだろう。
ナポレオンがこうした戦争のやり方を実現できたのは、彼が国民軍を中核とする大軍を動かしたせいである。ちょっとした要塞などは粉砕しつつひたすら前進というわけだ。
しかし、三十万人の軍とは同時に三十万の口と胃袋である。
歩兵はすべて歩いて移動させるわけなので道路の幅や整備状況からしても一カ所に集中はできない。ナポレオンは麾下の将軍たちにそれぞれの軍団を任せて分進させ、戦場において合撃させた。
そしてそれらを、それまでとあまり変わらぬ補給技術で実現してのけたのだ。
もちろん、いくつか違いはある。
たとえば、大航海時代から普及するようになった保存食、ビスケットの存在がある。今の日本ではお菓子のイメージが強いビスケットだが、元々はパンを二度焼いて日持ちするようにしたものである。なお、ナポレオンは保存食の研究に熱心で、缶詰(瓶詰め)にも関心を寄せている。
何より大きな違いは、西〜中ヨーロッパが19世紀を迎えるころにはそれなりに豊かで生産性も上がっていたという経済的背景がある。
人口800人のハール地方からフランス軍は6万人分のパンを徴収しているし、マルモンは麾下の1万2千人の軍隊がプフールという村(40世帯、人口600人)に5日間滞在した時のことを「不足する物は何もなかった」と言っている。
もちろんこれらの備蓄は繰り返し徴発すれば底をつくものであるが、ヨーロッパの経済はこの頃までに相応の流動性を持つようになり、30年戦争の時のように戦争後半になると人口が激減して戦争どころではなくなるほどのダメージは受けていない。
これには、調達が個々の兵士による略奪ではなかった点も大きい。
ナポレオンの軍隊は主計官を村や町に派遣させて補給物資を準備させた。そして帳簿にきちんとつけ、領収書も発行したのである。支払いは後払いで、おおむねナポレオンに敗北した敵に押しつけられることになるわけだが。ちなみに、命令ではこの時に調達される敵国の人間を「フランス人であるかのように遇せよ」とある。
この方法であれば、過去の傭兵達がしばしばやったように根こそぎ略奪してその地を以後は敵にとっても味方にとっても焦土と化す危険は少ない。
こうしてヨーロッパで過去の軍隊がどうやってご飯を食べていたかを読んでみると、やはり日本の戦国武将が持っていた補給能力の高さが際だつ感じである。よくもまあ、日本中で百年近く戦争を続けられたものである。米は偉大だ。
続く3章からについてはまた後日。
■本日の読書:『灼眼のシャナ XIV』高橋弥七郎
13巻までひたすらヒロインふたりのフラグ上げに終始し、どっちかのルートに入るのを頑なにこばんでいた我らが主人公がこの14巻でついに引き延ばしを断念(時間経過による強制イベント発生)。
念のためにセーブしてからルート選択を――――しなかったーっ!!
すがすがしいまでの逃げっぷりである。
もちろん、これは主人公たる悠二に責任があるのではなく、主人公を操作しているプレイヤー(作者と読者)に責任がある。本人はちゃんと選んでいるのだ。ただ、OVA版『ジャイアントロボ』のフォーグラー博士よろしく情報公開に意図的な欠落があるだけで。
さて、主人公がラスボス(ただし二段変身の前段階)になったおかげで停滞気味っつうか、明らかに思いっきり停滞していた話も動きはじめた。善哉、善哉。
続く展開としては、やはり真のラスボスになるのが誰かとか、一美ちゃんはどのタイミングでヒラルダを使うのかとか。そのへんが山場になると思う。
ヒラルダの機能がフィレスの言うそのままだとしよう。
即時召還アイテムで、呼ぶと吉田一美の存在の力を使い切るというものだ。
いかなる場合でも即時召還というと、世界の狭間をこえるフレイムヘイズの誕生がどうしても連想される。
すると一美ちゃんとフィレスが融合してフレイムヘイズがもうひとり増えるという展開もアリだが、となると、余るのがメガネマンこと池速人君である。
その場合、悠二から追い出された『祭礼の蛇』がメガネマンを乗っ取ってくれるとバランスが取れるのだが……果たして、このまま退場したほうが彼には幸運なんじゃないかとも思えるなぁ。
■本日の読書:『銀星みつあみ航海記01』鷹見一幸
銀河をまたにかけた――という枕詞の後にくるのは、一般には『大冒険』とか『大活劇』とかそういう言葉である。
それがこの作品の場合『大運送』となる。
スペオペで運送ネタのシリーズというと、海外SFでは『銀河辺境シリーズ』(A.B.チャンドラー)が、日本SFでは『銀河乞食軍団』(野田昌弘)が有名だろう。なんかどちらも辺境でビンボくさい展開であるが、本書は宇宙大元帥の『銀河乞食軍団』にテイストは近い。食い物ネタ多いし。
星から星へ移動する恒星間宇宙船に必須なのが光よりも速い(FTL=Faster than light)超光速航法である。これがないと、星と星との間を行き来するだけで何年も何十年も何百年もかかってしまう。ハードなSFはそれでオッケーだが、主人公やヒロインが物語の途中でおじいちゃんおばあちゃんになってもらっては困るスペオペではおおむねココで超光速の出番となる。(あるいは太陽系諸惑星のみの冒険となる)
このFTLをどう設定するかで、作品世界の雰囲気はだいぶ違ってくる。
FTLの制約やコストは未来宇宙の政治や経済に深く関わるからだ。一般に制約やコストは小さいほうが星と星の交流は簡単で盛んになる。もしもコストがばか高いとか使うのにすごく手間がかかるようでは、運送会社など成り立たないだろう。
しかし、自由自在になりすぎるのも考え物である。どこでもドアのような物で宇宙空間を経由せず、あまつさえ宇宙船も利用せずに星から星へ移動するようでは風情に欠けるというものだ。
そこで、よく使われるのがゲート利用方式のFTLである。本書ではタンホイザーゲートを利用した跳空間航行がそれだ。
図で説明するとこんな感じだ。

ゲートを利用しなければ他の星へ行けない、ゲートは宇宙空間にあるのでそこまでは宇宙船で普通に移動する、というのがゲート利用方式のFTLの特徴だ。
ゲートの支配権を巡っての争いや、ゲートを利用した航路の設定など、ネタを仕込むのにも便利である。
制約がミリタリー風スペースオペラと相性がよく、『オナー・ハリントン』(ディヴィッド・ウェーバー)や『アンタレス突破』(マイクル・マッコーラム)、『地球連邦の興亡』(佐藤大輔)など数多くの作品で使われている。
この制約はゲーム的にも具合がいいので、私がデザインしたRPG『スターレジェンド』でもゲートを利用した超光速航行を採用している。
さて、本書は実際にはシリーズ2冊目に相当し、次に出る『00』とセットのお話であるから内容についてはそちらでまとめて触れよう。
この巻ではけっこう星から星へと忙しく移動しているので、地図にまとめてみた。左のエンデバーからスタートして、右のバレリアまでで銀河の半分を横断する形での『大運送』である。

すでに読まれた方は、地図を参考にもう一度読み返してみてはいかがだろう。
■本日の読書:『咲 1』小林立
萌え麻雀漫画。
小林立さんといえば、私にとっては『ロケットの夏』(※18禁エロゲ)の原画家さんで、実にヨイ感じのシナリオと合致した、これまたヨイ具合にほのぼのとした絵柄がお気に入りである。
私は麻雀といってもさっぱりな人なのだが、この作品はいわゆる麻雀漫画の皮をかぶった女子高生のスポ根ものであるからして、麻雀はわからなくても問題なし。
ていうか、いくら天才といっても
「次のツモの[南]をカン……嶺上牌の[八萬]で和了って原村さんをまくる……!」
(『咲 1』p181)
これは明らかに、イロイロと見えてはいけないものが見えているぞっ!
1巻では、「ちょっとしたきっかけで入部」から「良きライバル&友人との出会い」があり「天才の片鱗が明らかに」なって「より強くなりたいと願う」ようになるまでの流れとなっている。このように、萌え美少女で麻雀漫画という一見して色物な組み合わせであるが、スポ根漫画の王道パターンを踏襲しており、レベルはたいへん高い。
続きが楽しみな漫画である。
■本日の読書:『ソードゲイル 1〜2』佐藤信
中世風ファンタジー世界における戦記漫画。
小国の国王の庶子である主人公が、大国の侵攻に際してその実力を発揮するようになるという展開。
王道であり、なかなかに楽しめる。
■本日の読書:『世界の歴史 フランス革命の群像、ゴヤほか』
18世紀における人々。
フランス革命の群像は、『ベルサイユのばら』などで有名な人々がぞろぞろ。
革命初期の思想家、シエイエス、ラファイエット、ミラボーという貴族や聖職者出身の改革派。
決して暗愚というわけではないが致命的に間の悪い人物であったルイ16世やその尻をたたいたマリー・アントワネット。
そして、革命といえば、ギロチンと弾圧と内紛がなければ物足りない人のためのダントンとロベスピエールらである。
でも、章立てが『群像』であるからして、個々の人にはページ数あまり割かれておらず。
さて、これらの人々に比べると歴史的オモシロさとは無縁だが興味深いのはリンネとその弟子ツュンベリー。18〜19世紀というと博物学全盛の時代であるが、その博物学の基本にある『分類と体系化』において、リンネが出した方式は特に優れていた。
その著作『性体系(systema sexuale)』は、植物の分類に雄しべと雌しべという生殖器官を選び、その形態や数で植物を秩序づけようというものである。
この分類と体系は、なんといっても簡単ですぐ理解でき、誰でも使いこなすことができる。それゆえに、リンネの方式をもって植物を体系化しようとする『リンネの使徒』と呼ばれる弟子たちが大勢、世界中に行って植物を調べてまわったのだ。
そのひとり、ツュンベリーは鎖国をしていた日本にやってきて、短い期間、限られた環境の中ですばらしい業績をあげている。
リンネの方式は現代の目から見ればベストでもなければ合理的とも言い難い。だが、唯一無比の正解でなくとも、何もやらないよりは役に立つのである。多くの人にやってみようという気を出させたという点だけとってしても、リンネは立派な仕事をしたのだと私は思う。
■本日の読書:『補給戦 何が勝敗を決定するのか』マーチン・ファン・クレフェルト
第三章:鉄道全盛時代のモルトケ戦略
鉄道である!
やった、これで貧弱な補給も万全に――とはやっぱいかない。
モルトケの戦った普墺戦争、普仏戦争が事例としてあげられているが、いずれも通説とは違い鉄道は補給にあまり役に立っていない。
いや、鉄道そのものはすごい役に立っている。とにかくこれのおかげで国内での兵の動員から編制、そして出撃までが迅速に行えるようになっている。が、始まったとたん、補給はいきなり頓挫してしまう。
その理由のひとつが、敵国の鉄道を使うことの難しさである。それなりに時間や作業が必要だ。
そしてもうひとつが、鉄道の駅で荷降ろした補給物資を前線の部隊まで届ける方法が昔ながらの馬車や川船しかないという制約だ。
補給物資を用意はしても、鉄道のあちこちで詰まったまま行くも戻るもできず、そのまま貨車や駅でパンやかいばが腐っていったのである。
そういうわけで、結局このふたつの戦いでは相変わらず兵士は移動した先で食い物を現地調達してご飯を食べていたのである。
なお、弾薬に関してはまだまだ消費量が少ないのでさほど問題にならなかったそうな。普墺戦争では小銃1丁につき163発の弾丸を用意してこれを兵士の背嚢や各部隊の荷馬車に運ばせたが、追加補給の必要はなかった。小銃1丁で平均すると7発しか使わなかったからである。ただこれは短期間で戦争が終わったためで、普仏戦争になると平均56発が五ヶ月の戦闘で消費されている。大砲は1門あたり199発である。
第四章:壮大な計画と貧弱な輸送と
そしていよいよ20世紀が到来し、最初の世界大戦が勃発する。
1871年の普仏戦争以来、1914年の第一次世界大戦までのおよそ50年でヨーロッパの人口は2億9300万人から4億9000万人と70%も増加している。産業も経済もその規模を拡大させてゆき、それは軍隊においても言えることだった。
大砲の威力も数も増え、機関銃などの装備が整い、さらには戦争がはじまるや飛行機、戦車、毒ガスなどが登場するようになるこの新時代の戦争において、とうとう戦争は補給が後方から届かなくてはにっちもさっちもいかなくなってしまう。具体的には弾薬の消費量が増え、ご飯を現地調達しているだけではどうにもならなくなったのである。
大砲でいえば、ドイツは大砲1門あたり約1000発の砲弾をもって戦争をはじめたが、1ヶ月後にはこれを使い尽くしている。
とにもかくにもシェリーフェンプランにしたがってドイツがさっさと戦争を終わらせるためにベルギーへ侵攻した時(普仏戦争では独仏国境という今ひとつ大軍向きでない土地を突破して戦争したのでけっこう苦労したのである)やはりというか、いつものように食べ物が足りなくなることがしばしばあり、兵士は昔ながらの武装遊牧民としてベルギー領内でせっせと現地調達してご飯を食べたのである。
それでも、なんとかがんばって絶対に補給をしなくてはいけない弾薬だけは――こればっかりは現地調達ではどうにもならない――せっせと運ばれることになった。大活躍したのはまだ登場して間もない自動車である。
そして次はいよいよ第二次世界大戦であるが、それはまた後日。
■本日の読書:『絶対可憐チルドレン 8』椎名高志
相変わらず兵部少佐がヨイ味を出している。
信じている人に裏切られたことに傷ついていて、仲間=超能力者を社会から守るために戦う兵部は、皆本の裏面である。
彼の目指す先については今もって不明瞭な部分が多い。
皆本の見た未来は、兵部にとっても不本意なものだろう。ノーマルと超能力者が憎み合う永遠の闘争は論外だろうし、勝利したとしても不断の緊張を強いられるようでは、今ひとつぱっとしない。
ふたつ、兵部の狙いを予想してみよう。
1)超能力者だけの租界を作る
地球の一角を超能力によって物理的、精神的に切り離し、そこに超能力者の国を作り上げる。完全に分離しないのは、ノーマルの世界では今後も仲間=超能力者が誕生するし、それを見つけ出して保護するため。
2)すべての人を超能力者にする
『地球へ……』(竹宮恵子)とか『不定期エスパー』(眉村卓)的なエンドではない。
超能力を持たない人間を皆殺しにしてしまう、生きていけなくする細菌か何か、そういうものでの攻撃だ。
こうして考えると、兵部は『GS美神 極楽大作戦!!』のアシュタロスの役割だなぁ。悪いやつだから悪をなすというのではなく、この世界のありようを満足できないという意味で。
■本日の読書:『私立! 三十三間堂学院 5』佐藤ケイ
正統派学園群雄戦略ラブコメも、とうとう5巻に。
4巻での雨での戦いが祟り、シリーズのキーパーソンである生徒会長が風邪でお休みである。
このことに、深い懸念を抱いたのは私だけではあるまい。1巻と4巻における闘争の構造をひとりで支えてくれたのは他ならぬ生徒会長だ。高い本気と低い正気の担い手である生徒会長なくしてはたしてキモである群雄戦略が成り立つのか疑念もあった。
読んでみて、その疑念と懸念は払拭された。
今回は、『誤解の拡大再生産』によって生徒間の対立を成り立たせたのだ。もちろん、誤解を成り立たせるためにはあらゆる手が使われている。
誤解その1)重い荷物を持つおばあさんを助けようとしてひったくりと間違えられる
「おい、ババア!」
「チンタラしてんじゃねーよ! 危ねーだろーが!」
「オラ寄こせババア。持ってやっからよ」
以上は、おばあさんを手助けしようとする心優しい明日香ちゃんの呼びかけである。
このどうにもありえねー台詞を堂々と書くあたりが佐藤ケイさんのおそろしいところだ。脱帽である。
誤解その2)明日香ちゃんのぬれぎぬを晴らせる唯一の女性との会話を阻止する
だが、その明日香ちゃんにも敬愛する先輩がいた。
お堂の中に閉じこめられて写経の罰を受ける明日香ちゃんのところへ樹葉先輩が話を聞くために中に入ると――
窓から信じがたい勢いでボールが飛び込んできた。そして真っ直ぐに樹葉の頭を直撃。更にボールはそのまま室内で激しくはね回り、硯や筆をひっくり返すと、まだ衰えない勢いで再び窓から外へ飛び出していった。
樹葉は突然頭を横殴りにボールで弾き飛ばされて、避ける間もなくその場に倒れた。
『私立! 三十三間堂学院 5』p75
生徒会のメンバーが駆けつけるとそこには(窓の外でボール遊びをしていた相手に)怒り狂う明日香ちゃんと、気絶した樹葉先輩が倒れているわけだ。
樹葉先輩に暴力をふるったということで、以後、半径10m以内に近づくのを双方ともに禁止されるのである。
かくして、平和裏に誤解を解く方法は失われたのだ。
この後にでてきた『仔猫を保健所に送る』とか『法行の恋愛禁止令』とかも誤解の拡大に役立っているが、やはりポイントは最初のふたつである。
とにかく、対立軸さえ作ってしまえばこのシリーズは動くのだ。
ただ、これは3巻の女子寮攻防戦でもそうだったが、対立軸が恋愛にない分、今回はやや弱い感じもする。恋愛=男の争奪戦が原因となった対立であればこれは1巻で定められたシリーズの根幹なので読者である私も無理なく読めるのだが、そうでないと読みながら「ここはコレで納得せねば」と内心の疑念を押し殺していかないと楽しめないせいだ。
個人的にはそろそろ、生徒会長や須美を上回る何かすごいシチュエーションかキャラに登場いただきたいところではある。学園の外に話をもっていける夏休みか修学旅行あたりがねらい目だろうか。
■本日の読書:『人気テレビ番組の文法』純丘曜彰
『朝まで生テレビ!』などのテレビ番組にも関わった人が描く、テレビ番組の作り方やそれに関係する人々の仕事についての本。
こういう、自分の知らない仕事についての本は面白い。特に、人間が集まってよってたかってナニかを作り上げるという点では、システムエンジニアもテレビ局のスタッフも、それほど差はないのだ。そこにいるのは専門とする技術や職務は違えども、同じ人間だからである。
本書はまことに密度の高い、読み応えのある本である。どれもこれも紹介したいが、それでは量が多すぎる。
そこで最近話題になったねつ造、あるいはヤラセについてピックアップしてみよう。
テレビ番組というのは公共の電波の一部を占有して行う金儲けである。それは『公共の公園を独占して有料コンサートのようなカネ儲けの商売をやっているのと同じ』(p20)である。
だからこそ、スポンサーの望むがまま、あるいは視聴者が望むがままではイカンわけで。ここで『番組を見ない人にも正当な発言権がある』(p20)というのは、実に謙虚なご意見である。これは建前ではあろうが、人間、建前をなくせば野獣も同じである。
そして、放送する情報については『客観(objective)』(p23〜25)が重要である。これは『公正(fair)』と『中立(neutral)』と合わせてテレビの三原則だそうである。社会的に妥当であり、独立して均衡した意見を述べ、事実に立脚した情報を流すのが心得だというのだ。
だが、建前や心得をほっぽっちゃってねつ造しちゃうのはどうなのか。
それについては『第3章テレビ局中御法度』で、『ヤラセ』(p39〜41)という項目としてきっちり書いてある。
昔のテレビでは、ヤラセというのは、パクリと同じくまあ、普通のコトであったそうだ。だが、ヤラセがばれるとたちまち視聴者は離れ、スポンサーも逃げてしまう。本書では『ヤラセなしではうまくいかない、などとボヤく出演者やスタッフは、この業界で生きる運や才能がないだけ、と思い知るべきです』(p40)と切って捨てている。
切って捨てているということは、掃いて捨てるぐらいそういう人が多いのだろう。つまりは現在進行形での問題らしい。
じゃあどうすればいいのだとなると、これは『第7章 本番の番組と編成』のp119で次のように書いてある。
困ったことに、スタッフや下請制作会社の中にも、ネタ切れに追いつめられ、つい出来心でこういうガセを混ぜ込んでしまうバカがおり、つねに内部にも多重チェック体制を整えて、裏を確保していく必要があります。
まさしく、最終的にはココに尽きるのだろう。大は国家から、小は家族まで。ねつ造や不正は人間社会につきものだ。心を入れ替えようが魔は差すものだ。やらなきゃイイことをついやっちゃうのが人間である。
となると、やはり外部からのチェックが必要だろう。国家や企業の活動への外部からのチェックはマスコミの仕事である。だからそのマスコミに対しても、やはり外部からのチェックがあったほうがいい。最近、ネットなどでマスコミにきついコトを言う人がいるが、言っていることの是非はともかくとして、これもまた外部からのチェックと考えるべきだ。
もちろん、チェックする側が常にまっとうなチェックをするとは限らない。だからこそ、いくつもの視点、異なる思想を持つ人間のクロスチェックがあると良いと思う。
■本日の読書:『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 開戦編(11〜12)』安彦良和
安彦良和さんのORIGINはいきなりガンダム初号機が大暴れした上コロニーの外壁に穴をあけてさっさと退場するなど愉快な独自展開が多い。ガルマ・ザビが地球方面軍司令官から北米司令官に格下げされた一方で、マ・クベが大佐から中将に昇進して地球方面軍司令官に成り上がっているなど、軍組織や階級面の微調整がけっこうある。ルナツーのワッケイン少佐も少将に3階級もランクアップしてるし。
ORIGINの11〜12巻は一年戦争開戦数年前のエピソードである。
士官学校時代のシャアとガルマを中心に、モビルスーツ開発やララァのエピソードが描かれている。ララァに絡んで12巻ではチャクラムをくるくる回すアーガというオヤジが出てくるが、チョイ役のくせにやたら強く、なんかガンダムじゃないモノを読んでいるようで楽しい。
開戦編の圧巻は、ミノフスキー博士亡命事件でのジオンのザク(MS-05)と、連邦のガンキャノン(RX-77)による月面での戦いである。
ザク――それも旧ザク5機と、ガンキャノン12機の戦いだ。
結果はガンキャノン部隊の全滅。ザク部隊は1機も損失なし。12対0のパーフェクトゲームだ。
ガンキャノン側は名前なしの汎用キャラで、ザク部隊は隊長ランバ・ラル以下、ガイア、オルテガ、マッシュの黒い3連星とシャアである。パイロット補正はかなりでかい。
けれどパイロット補正以上に、旧ザクには何か香港映画っぽい演出が目白押しなのだ。
展開を簡単に紹介しよう。
MS運搬艦から12機のガンキャノンが月面に降下。
「博士の車を護れ! 追跡してきている敵モビルスーツを撃破する! 目標5! 距離400! 一斉射で叩くぞ!」
砲弾が12発(初期型なので左肩のみに搭載)発射され月面で炸裂。
その爆発の中から煙をたなびかせて跳躍する5機の旧ザク。
白土三平さんの忍者漫画みたいな動きで攻撃をかわしてガンキャノン隊長機に青いランバ・ラルのザクが迫りマシンガンの一連射。
着弾の衝撃で体勢を崩したガンキャノンのあごに跳び蹴り。頭が吹き飛びもんどり倒れるガンキャノン隊長機。周囲のガンキャノン部隊は 「わああ」 という叫びをあげて動揺する。
――このへん、まじでガンキャノンが「狼狽している」感じなのが安彦良和さんの絵だとよくわかる。
ラル隊長に続けとばかり、月面すれすれを飛びながら残りのザクがマシンガンで攻撃しつつ間合いを詰める。
くそ、やられてなるものかとガンキャノンの一機が至近距離に近づいたザクにキャノン砲を撃つ。これを紙一重で横にかわしたザクがそのままつっこんでくる。
必中を期した砲撃がはずれ、虚をつかれた(本当にそんな仕草なのだ)ガンキャノンへシャアのザクがショルダーアタック。
後ろの機体(なんでそんな密集してるんだ)を巻き込んで倒れる2機のガンキャノン。手にしたライフルで反撃しようとするもザク(シャア)のヒートホークが右手ごと切断。胸のガトリングで牽制しようとしても、ザクはそれをモノともせずに弾き、斧を振り下ろす。ガンキャノンの頭部が半ば胴体にめりこむ重い一撃だ。
後はなぶり殺しである。
こんなわけでガンキャノンごときではザク、それも旧ザクとすら勝負にならないという事実が判明し、連邦軍とテム・レイはガンダム開発へと動くわけである。
■本日の読書:『キャプテン・フューチャー全集11 鉄の神経お許しを 他全短編』エドモンド・ハミルトン
これまで、キャプテン・フューチャー・ハンドブック(SFマガジン別冊。たいへん稀少。うかつにも私は捨てたので長らく友人のhiroクンから借りている。今度返すからね)ぐらいでしか読むことのできなかった短編が集まった、まことにめでたい1冊。
めでたいので短編ひとつずつ紹介。
『キャプテン・フューチャーの帰還』
太陽系人類の先祖であるデネブ人の秘密を追うカーティスが、アンドロメダ星雲にある遺跡で凍結されていた異種族ライニッドの一柱を発見する。彼はこれをよみがえらせて失われた知識を得ようとするのだが……というもの。
このライニッドという種族はそのままデモンベインあたりで邪神かその眷属として登場してもおかしくないやつである。人類の科学では滅ぼすこと能わず、っつうので封印されているところといい、なんともRPG向きの敵なのだ。
『太陽の子供たち』
身体をガスに変換して太陽の中で生存する生命となった友人を追って、自らも太陽に飛び込んだカーティスはその生活が素晴らしいものであると知り……というもの。
『サンダイバー』(デイヴィッド・プリン)と『都市』(クリフォード・D・シマック)を足したようなお話。
他の短編とも共通する、ビターな味わいが実にグッド。
『衛星タイタンの〈歌い鳥〉』
タイタンの原住民と鉱夫との争いを仲介できる人物が殺される。だが脳をのぞく肉体はほぼ無傷であることから、『生きている脳』サイモン教授の脳を移植して事態を沈静化させようとする……というもの。
『太陽の子供たち』とは逆に、失われた肉体を再び取り戻したサイモンが、肉体に伴う情動に揺さぶられる。サイモンが肉体を借りている死んだ男の息子が登場。すでに父は死んでいると知らぬまま、父を守るために凶漢の攻撃を受けて死ぬくだりは涙なくしては読めない。
『鉄の神経お許しを』
自分が神経症になったと思いこむグラッグが、治療も兼ねて連絡の途絶えた衛星鉱山にゆくと、そこの自動機械鉱夫たちは知性を獲得して人間らしく仕事をボイコットしていた……というもの。
人間にコンプレックスを持つグラッグが、精神科医に薬の処方を要求したりするバカバカしさが、後半になると知性を獲得した機械どもの仕事をさぼるバカバカしさと重なる。
グラッグの一人称なので彼は己の愚かさを認識していないが、読者にはグラッグも、自動鉱夫機械(マック)も同じ愚かさをもっていることがわかるので、これまたホロ苦い感じである。
『忘れじの月』
かつての喜ばしい記憶を再現させる麻薬〈リフレイン〉の中毒患者が……って、それは『コードギアス』の第9話か。
正しくは〈第二の生〉、その名も〈セカンド・ライフ〉である。本当。
老人たちに蔓延する〈第二の生〉の調査をしていたエズラ・ガーニーもまた、その虜になってしまい……というもの。
『衛星タイタンの〈歌い鳥〉』のバリエーションのひとつ。やっぱり苦い。
『もう、地球人では……』
小惑星帯で乗っていたロケットが遭難し、仮死状態で漂流していた宇宙飛行士がキャプテン・フューチャーらによって蘇生される。だが彼は宇宙時代の初期、1991年に遭難した過去の男だった。彼にとり地球はもはや見知らぬ世界で……というもの。
ウラシマ効果といえば宇宙SFには付きものである。光速に近い速度の宇宙飛行により、時間の流れが遅くなって何年も未来へ飛ばされるというやつだ。自分の故郷も家族も恋人もすべて過去に消え、孤独な未来に取り残されるという点がドラマにぴったりなので女性漫画家(萩尾望都、竹宮恵子ら)によって傑作がいくつも描かれている。
そのバリエーションである本作は他の短編同様にいかにも苦そうな設定なのだが、あにはからんや、実はけっこう最後でイイ具合に未来へとつながるお話である。
『〈物質生成の場〉の秘密』
かつて水星の危機を救う事件でキャプテン・フューチャーが発見した〈物質生成の場〉。無から有を生み出すこの究極の秘密を探ろうとした若い科学者を追って、カーティスは再び宇宙の中心へと向かう……というもの。
全短編集の中で私がもっとも好む一編。
2003年9月の読書日記で紹介したのでご紹介。( こちら )
[戻る]
この日記は簡単ホームページ日記で作成されました。