■本日の読書:『完全覇道マニュアル 〜はじめてのマキャベリズム〜』架神恭介・辰巳一世・君主論太郎 共著
これは素晴らしい本である。
今年の、銅大賞(三割大賞)の最有力候補。
小学校5年生のクラスにおいて発生した権力闘争をネタにして、マキャベリズムについて語ろうという、たいへん愉快な内容となっている。
クラスの中で覇を握るために、クラスの中の小君主たちが繰り広げる謀略と裏切りの事例を紹介し、それをマキャベリの『君主論』を題材に解説している。
たとえば「第9章:籠城について」では、ドジボール大会についてこのように語られている。
ドッジボール大会で優秀な成績を修めたグループはみなから尊敬を受け名声を高めますが、逆に他勢力に惨敗を喫してしまえば、そのグループの名声は地に落ち、小君主は指揮能力を疑われてしまうのです。ドッジボール大会は実力の低い仲良しグループが一斉淘汰される審判の時なのです。
『完全覇道マニュアル』p56
まあこんな感じで、遠足にしても給食のプリンにしても、ホームルームである「おわりの会」にしても、学校のイベントのすべてが覇道を究めるための道具として扱われている。
もちろん、ドッジボール大会の前、メンバーの選抜や引き抜きの時点で戦いははじまっている。
「ひろしくん、もうすぐドッジボール大会ね。今日の放課後、大会に備えて私たちと一緒に公園でドッジボールをしましょ」
これは要するに「今日の放課後、私たちがお前のグループをドッジボールでギッタギタのメッタメタに負かしてやるから覚悟しやがれ」という、りょうこちゃんからの宣戦布告なのです。
『完全覇道マニュアル』p57
この手の小学生言葉と、その裏にあるマキャベリズムの乖離はいっそすがすがしい。
「実はまあやちゃんや、かえでちゃんってね。ひろしくんのことが好きみたいなの。今回のドッジボール大会で活躍して、ひろしくん、いいところ見せなよ。きっと彼女たちと仲良くできるよ。私も応援するからさ」
『完全覇道マニュアル』p82
という言葉は、かみ砕いて言うと「ひろしくんがドッジボール大会でそれなりの成績を修め、まあやちゃんグループ、かえでちゃんグループを吸収することをりょうこちゃんが容認する」という内容になっている。っていうか、それはちっともかみ砕いてねぇっ!
かように、頭のてっぺんから、しっぽの先まで見事に謀略と奸智が詰まった一冊である。
世の中のすべてには裏があり、なければ勝手に作ってでも裏があることにしたいあなた。
この本はあなたのためにある。ぜひ読んで、おおいに笑おうではないか。
■本日の読書:『エリヌス 戒厳令』谷甲州
先月に『海軍めしたき物語』でも最後に触れた、宇宙戦艦でのめしたき屋というと、やはりこの本である。
谷甲州さんは、青年海外協力隊での仕事や工事現場の監督をされたりと、いわゆるフィールド経験が多い方である。よって、航空宇宙軍史シリーズに出る宇宙戦艦も、「手で触れる感じ」、いわゆる皮膚感覚の優れた作品となっている。
もっとも、この本が出たのは昭和58年(1983年)で、その時点で甲州さんの代表作である航空宇宙軍史シリーズはこれ1冊だけである。
それでいて、ここまでの完成度なのだから見事としか言いようはない。
さて、本書に登場する宇宙戦艦はゾディアック級フリゲート艦アクエリアスである。
谷甲州さんのファンクラブ『青年人外協力隊』ではその昔から、このゾディアック級フリゲートに関しては考察を重ねている。このファンクラブの面々(甲州組)は甲州さんに似てどっぷり濃い人が多いので、やることも徹底している。
その研究成果はココをご覧いただくとして。
アクエリアス乗員の、スペースと質量を切りつめた暮らしぶりは、まるでUボートなどの潜水艦をイメージさせる。本書に限らず、ハードSF(科学的整合性を重視)においての宇宙戦艦というのは海上船舶ではなく、潜水艦のように描かれる事が多い。
むろん形状が似ているのもあるのだが、宇宙戦艦というのはマジメに考えると姿を隠したがってしまうせいである。何しろ、遮蔽のない宇宙空間である。空気の摩擦がないので撃った弾はどこまでも同じ威力で届く。ビームやレーザーは距離に応じて拡散するが、それでもやはり遠くまで届く。
それに比べて、レンズマンのような特別な機動力がない限り、宇宙船の機動力は低すぎる。これは相対的なもので、速度が衛星軌道でも秒速数kmとか、惑星間であれば秒速100kmとか出てるため、急停止したり、方向転換したりがえらく時間がかかるのである。
そのため現在位置や軌道要素をきっちり敵に握られると、「確実に当たる攻撃」をくらってしまう危険が大きいのだ。そして、相対速度が秒速100kmとかで飛来してくるような弾丸は、パチンコのような大きさであっても戦艦ひとつを撃沈してしまう危険がある。このへんは、宇宙のゴミ(スペースデブリ)問題なんかで一般にも広く知られるようになっている。
かくして、宇宙戦艦は姿を隠すようになった。
なぜなら、姿を隠さない宇宙戦艦が生き残れる方法を作者も読者も考えることができないからだ。もちろん、これまたレンズマンよろしくシールドとかバリアーとか出せば生き残るという点はなんとかなるが、ハードSFのハードSFたるところは、「じゃあそのシールドを生み出す技術が普及した世界はどうなるのか」というところまで考えてしまうので、そんな超技術があっては他の設定とのバランスが取れなくなってしまうのだ。
まあしかし。
そのへんをうまく処理して、リアルっぽいがついでにSFファンでなくても面白い宇宙戦艦モノが書けないものかどうか。
あれこれ思案しているところである。
■本日の読書:『ねこめ〜わく 4』竹本泉
忘れかけた頃にやってくる、ねこの惑星。
毎度毎度、いつもの竹本ワールド。
じみーに長いので、百合子は天下無敵の女子高生から浪人生をへて、現在は女子大生だろうか。
……ところで、人妻もいいとは思わないかね。
■本日の読書:『陰からマモル! 7』阿智太郎
こちらも気が付くとけっこう長い。
これまたいつもの阿智太郎作品。
話が進んでいるよーな、進んでいないよーな。
まあ、これはこれでいいと思うのであるが。
■本日の読書:『武装錬金 10』和月伸宏
はらしょー!
無事に完結である。
なんというか、きれいに収まるべきところに収まったというべきか。
ビクターの恨みとか絶望がちょい軽いのをのぞけば、文句なし。
9巻の感想で書いたように、10巻のキモは『このカズキの決断に、地球に残された彼の仲間や友達がどう答えるかである』のだが、ここがもう、おじさん大喜び。
なんと、バスターバロンに再殺部隊の火渡&毒島コンビが乗り込んでロケット打ち上げ! 宇宙空間でランデブー!
大まじめにバスターバロンが発進した場面では読んでいて思わずガッツポーズ。いや、これまで核鉄を使う機会のなかった毒島ちゃんにも出番があってよかったなぁ。
その後の読み切りアフターも、ほのぼのとしてよろしい。個人的には、最初ちょいキャラだったハンバーガーショップの店員さんがいつしかレギュラーになっていたのがうれしい。いつのまにか順応しちゃってるし。
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 核・コンピュータ・宇宙』
ついに世界の歴史技術編も残り2冊。20世紀の技術史となれば、副題ともなった核・コンピュータ・宇宙の3つははずせまい。
百科事典の面白さは写真や図版にある。
たとえば、『情報空間を結ぶ 電気通信の歴史』というところでは、通信のはじまりということで4つの写真がある。
1:叫ぶゴリラ
2:万里の長城
3:中央アジアか西アジアの烽火台
4:江戸の飛脚
つまり、叫び声で情報を交換する獣のレベルから、烽火や狼煙を使ったり、郵便を発達させたりというわけだ。これらはいずれも産業革命以前である。
産業革命によって電信技術が誕生すると、1844年にはワシントン=ボルティモア間の商用電信線が、そして1866年には早くも大西洋横断海底ケーブルが敷設されている。
1866年といえば明治維新である大政奉還(1867年)の前だ。世界が電気通信でつながるようになるのは、意外と早いのである。
ただ、本書が出たのは1991年である。携帯電話やインターネットの普及がはじまる直前で、この記事にもそのへんの考察はない。このあたり、自分なりにいろいろ考えてみるのも面白そうだ。
■本日の読書:『栄光への飛翔』エリザベス・ムーン
海洋冒険小説とスペオペを組み合わせた傑作といえば、A.B.チャンドラーの『銀河辺境』シリーズであるが、最近(ここ10年)でも、『銀河の荒鷲シーフォート』シリーズやら『紅の勇者オナー・ハリントン』シリーズなどがハヤカワ文庫で邦訳されている。いずれも、傑作というわけではないが冒険小説としてはそれなりに楽しい。
にもかかわらず、実は私は本シリーズを少し敬して遠ざけていた。
いや、なんとなくね。こー、なんか「危ない」感じがしていたのだ。
先月にファルシオン(くらげっこ)君から本書を借りたのでこれも何かの縁だろうと読んでみた。
読んでみると、普通に面白い。私の勘はその点でははずれていた。
つまり、悪くはないのだが……微妙に違和感が残る。
本書では、女主人公のカイは士官学校を放逐されるのを手始めに、オンボロ貨物船が故障したり、そのせいでお金が足りなくなったり、戦争に巻き込まれたり、反乱事件が発生したり、実は海賊の罠があったりと次々と苦難に遭遇し、それを乗り越えて成長する。
この展開自体に、異論はない。
問題は、障害とその解決の連続にまるでつながりがないことである。
たとえばカイは、開発途上の惑星で農業機械を運ぶ契約を行う。金儲けのチャンスである。しかし、その後、オンボロ貨物船はとうとう超光速エンジンが故障して修理費が必要となる。農業機械を仕入れると修理費は払えない。
さあどうしよう。
カイはいろいろ悩んだあげく、しょうがないので、会社社長である父親に会社の金を送ってもらって不足分を補おうとする。ところが、ここで戦争勃発。星系の超光速通信システムが破壊されて連絡が取れなくなり、お金はもらえなくなる。修理しないとこの星を出られないが、修理しようにもお金はない。
さあどうしよう。
どこにも行けずに戦争になった惑星の衛星軌道でのたのたしていると傭兵艦隊が出現する。傭兵艦隊の臨検を受けたカイはできるだけ礼儀正しく応対しようとする。ところが、新しく雇いいれた若い乗組員が完全武装の傭兵に抵抗しようとして殺され、巻き込まれたカイも重傷を負って傭兵艦隊で治療を受ける。
さあどうしよう。
治療してもらった縁で、カイは傭兵艦隊と契約。自分の船に拘留した他の宇宙船の乗員を搭載して、隔離&難民キャンプとして使用することになる。ところが、その連中が共同して反乱を決意。宇宙船の制御系を乗っ取る。カイは鎮圧に出向き、反乱の首謀者を射殺する。しかし宇宙船は暴走したまま止まらないし、通信ビーコンも止められている。
さあどうしよう。
……もうけっこう。
本書での、ひとつひとつのエピソードは悪くない。まあ、そういうコトもあるだろうなぁ、というぐらいのものである。
しかしこのエピソードのブツ切り感はただごとではない。ひとつひとつのエピソードが、まるで別の話なのだ。さらに、各エピソードは次の場面に行くと、まるで主人公とは別のところに運び去られて結末を迎えずに終わる。
たとえば本書における大事件、超光速通信システムの破壊である。ただの内戦にしてはただごとではない事件で、誰がやったのか、何のためにやったのか、大きな謎として提示される。しかし、解決はされない。
反乱を起こした連中が宇宙海賊の一味で、どうやらその超高速通信システムの破壊とも縁があったらしい。しかし、奴らについても謎は謎のままである。
さらに言えば、本書の冒頭でカイが士官学校を放逐された事件。いったい何がどうなってそういう事件になったのか、さっぱり意味不明のまま、カイはほとぼりを冷ますためだけにオンボロ貨物船の船長として宇宙へ行く。はい、やはりこれも謎のまま終わる。
本書はシリーズ1巻である。
シリーズ1巻であるからして、その中で全部の謎が解決されることは望めない。しかし文庫で570頁のけっこうな分厚さで、提示された謎のうち解決されたのが「グレイシーおばさんのフルーツケーキの謎」だけというのは、やはりどうかと思う。
いや、ひょっとしたら2巻以降は謎がひとつにつながり、怒濤のごとき大展開があるかも知れないのだが……
なんとなく、私にはこの後もこの調子でブツ切りエピソードが並ぶように思えてしょうがないのである。
■本日の読書:『ゲームジャーナル18号 特集:古代中華世界の激闘』
収録ゲームは、『項羽と劉邦』&『戦国七雄興亡記 張儀』。前者は高校の世界史でも出るし、有名な歴史小説もあるのでわりとメジャーであるが(一般的な認知度で言えば同じく古代のカエサルと同じくらいか?)、張儀の認知度はたぶん、おそらく、べらぼうに低い。
デザイナーズノートによると開発初期のタイトルは『張儀』だけで、雑誌編集部の付けたタイトルが『春秋戦国』。意味合いとしてはそりゃ『張儀』が正しいだろうが(ゲームには春秋時代は含まれない)編集部の気持ちも分からなくもない。
いくら良いゲームを作ったところでユーザーに無視されては面白さも伝わらないではないか。いや、『春秋戦国』でもかなり挑戦的ではあるとは思うが、それを言うと、この号の特集記事である古代中華世界そのものが……ねぇ?
さて、この号の記事では高梨俊一さんの『わたしのベストゲーム』での『World War I』(SPI)紹介が光る。高梨さんはその明晰な頭脳によって物事を徹底的に「ぶっちゃけ」る人である。
氏による『アフリカンギャンビット』というアドテクノス時代の北アフリカ戦役のゲームは、プレイヤーはただひたすら補給チットをあっちへこっちへと運ぶ事に全神経を集中する。やがて、補給の絶対的な不足に苦しむ枢軸側プレイヤーは、必勝法を思いつく。
「イタリア軍を砂漠に放り出して補給をやらなければ(飢え死にさせれば)補給が楽になる……!!」
ざわ……
ざわ……
もちろん、それはイタリアにとって政治的自殺であるが(そうでなくてもムッソリーニの政治基盤は弱い)、そこに北アフリカ戦役というものの基本構造が透けて見えるのである。
「補給が前線まで十分に届けば、勝つ(負けない)。届かなければ、負ける」
さて、本記事で高梨さんは『World War I』について「シミュレーションゲームはどうあるべきかという点について多くの事を教えられた」と書いておられるが、私の見たところ、高梨さんは紆余曲折があろうが、同じ結論に達したに違いない。それぐらい、『World War I』(SPI)は高梨俊一っぽい「ぶっちゃけ」に満ちている。
第一次世界大戦っぽく、塹壕でひたすら動かない前線。攻めても守っても、減るのはCRP(戦争資源ポイント)という国力を表すマーカーの数値である。もちろん、前線では多くの兵士が死んでいるわけである。『西部戦線異状なし』なのだ。
しかも、これまた第一次世界大戦らしく、攻勢をかけると塹壕、鉄条網、機関銃などの効果で、攻めた側の方が損害が大きい(CRPがより多く減る)。効率は悪い。
じゃあ、どっちも攻めないじゃないかというとそうもいかない。
勝利得点では英仏露に自動的に75点が入る。なぜか。ヨーロッパをのぞく世界では英仏露が圧倒的であるからだ。
よって、独墺プレイヤーはとにかく攻めないといけない。どこを攻めるかというと、ロシアだ。ドイツ軍はロシアには2倍ダメージを与えることができるので、CRPの効率は攻める側有利。とにかくロシアを攻めて早く降伏させ、とってかえして西部戦線で攻勢にかかりたい。
一方の英仏露プレイヤーとしても、ロシアの早期降伏は避けたい。避けるにはどうするか。そう、ドイツのCRPを少しでも削れば攻勢にかかりにくくなる。よって、効率は悪いが西部戦線で攻めてドイツを消耗させる必要がある。
かくして、大戦略(グランドストラテジー)の名のもとに東部戦線も西部戦線も地獄のような泥沼の戦いが繰り広げられる。その戦いの多くは、ユニットが吹き飛ぶわけでも、劇的に領土を奪われるわけでもない。しかし、じりじりと低下していくCRP(戦争資源ポイント)が、国家総力戦というものの恐ろしさ、容赦のなさをプレイヤーに教えてくれる。徹底的に抽象化されているがゆえに、逆にすげー怖いのだ。
やがて、どこかの国のCRPが致命的に下がる。もはやそうなると、前線を維持できない。戦線が崩壊し、一気に戦いは終幕へとなだれ込むのだ。
シンプルでありながら、そこには明確なデザインポリシーがある。それは歴史をどのように捉えるのかというデザイナーの視点なのだ。そこにブレがない高梨俊一さんのゲームは(視点そのものの是非はおいて)常に勉強になる。
■本日の読書:『潜水艦気質よもやま物語』槇幸
宇宙戦艦は、水上戦艦(……微妙な語句だな)よりは潜水艦に近いという話を上に書いたが、じゃあ潜水艦の乗組員的にはどんな感じなのかと本を引っ張り出す。
本書は、筆者の体験を元に潜水艦乗員の暮らしが書いてある。
先月に紹介した『海軍めしたき物語』と比較すると、駆逐艦や潜水艦といった小型艦では戦艦とはまた違ったルールで動いているのがよくわかる。
潜水艦は小型で、乗員は必要最低限しか搭乗していない。また艦内での生活も厳しい。
だから、潜水艦に役立たずの新兵は乗せられない。千人も二千人も乗るような戦艦と違ってフネの中でしごきやいじめをしている余裕など誰にもないのである。
そういう意味では、潜水艦は職業軍人の艦である。
原子力潜水艦が登場するまでは、潜水艦というのは名前とは裏腹に「ちょびっと潜ることができる艦」であった。
潜水艦の主機関であるディーゼルエンジンは、酸素(空気)がないと動かない。水中では電池を使うが、この時代の蓄電池の容量では、全速で30分も動けばもうバッテリー切れである。へたをするとモビルスーツよりも稼働時間は短い。
そこでどうしても水上航行してディーゼルエンジンを動かし、電池を充電しながら動くことになる。シュノーケルを使えば、少しは潜れるがこれとてちょびっと水面下に隠れているだけである。
本書でも、潜水艦は敵地に近づくまでは水上を航行する。その間も常に見張りが立ち、敵(特に飛行機)を見つけるとすぐさま潜航して隠れる。
敵地に近づくと、ばんばん飛行機が飛び回り、敵艦がうろうろとしているから昼間は危なくて水面に姿を出せない。昼間はこそーと水中に隠れ(でも電池がもったいないので動けない)夜になったら浮かび上がって水上を走るのである。
そして敵艦を発見したら攻撃である。
潜水艦は潜っていると電池の問題から自由には動けない。よって、その戦い方は原則として待ち伏せである。敵の動きを読んで配置につき、雷撃をくらわせて沈めるのだ。
第二次世界大戦で猛威をふるったドイツのUボートは、陸にある司令部と定期的に連絡をして連合軍輸送船団の情報を集めていた。
司令部は、敵輸送船団の進路を割り出し、周囲にいるUボートに連絡して船団の未来位置に集める。そして、集まったUボートは夜間に浮上して集団で雷撃をくわえ、船団をずたずたに切り裂くのである。
この海狼戦術(ヴォルフパック)によって、イギリスは息の根を止められる寸前までいったのである。日本の潜水艦は輸送船ではなく敵の戦艦など主力艦を狙っていたので、こうした海狼戦術のような戦いはしなかった。
本書に登場する伊−25潜もアメリカ本土まではるばる遠征しているが、それは哨戒などの目的であり、通商破壊ではない。
潜水艦の動きは遅い。攻撃をくらって穴でも開こうものなら潜航はそのまま沈没となる。機動力もなければ防御力もないのだ。さらに攻撃力も魚雷をのぞけば皆無に等しく、たとえば飛行機から攻撃されても反撃など思いもよらない。
潜水艦の唯一にして最大の武器は水中に潜むという隠密性である。潜水艦は海の忍者なのだ。
筆者は1942年の10月末に伊−25潜が本土に帰港した時点で潜水学校の教官に配置転換となり、フネを降りている。
それからおよそ1年後。
伊−25は南太平洋のニューヘブライズ沖でアメリカ駆逐艦の攻撃を受けて戦没している。
しかし、それが分かるのは戦後にアメリカ海軍の記録からだ。海の忍者である潜水艦は、戦いに敗れた時も、ひっそりと、誰に看取られることもなく沈むのである。
週末より微熱が続く。土曜日にトレーニング行ってから、どうも微妙だなぁ。
■本日の読書:『図説都市の歴史1 地中海沿岸の都市バルミ』
イタリア半島にある架空の都市バルミを、その誕生から現代までイラストと解説とりまぜで紹介してある本。
なぜに架空の歴史かについては、本書の紹介文に書いてある。
これらの町は架空のものではあるが、さまざまな実在の都市をモデルにしているので、「ある地域」「ある時代」の特徴をすべて凝縮し、代表して表現している点で、資料性が非常に高い。
『図説都市の歴史1 地中海沿岸の都市バルミ』表紙折り込み
そういうわけで、架空の都市であればこそ、実際の都市では望むべくもないレベルでその時代、その地域の都市の様子を描くことができるのである。
地中海沿岸であるからには、やはりローマ人が来てからが見所である。
それまではほんとーに自然のままな集落が、ローマ人が来るやいなや石造りの都市に変貌する。
しかしローマ帝国が滅び、「外敵の侵入」(6世紀)からの中世のはじまりによってたちまち中世の暗くて地味な内向きの都市へと変貌する。まるでローマ時代が一幕の夢であったかのように。
かつてローマ人が作り上げた劇場や橋、街道が廃墟と化しつつも往時を偲ばせる様子を見れば、なるほど、確かにヨーロッパ人にとって『ローマ帝国』という言葉が意味するものの大きさが分かる。
それはかつて偉大であった文明への鎮魂と憧れであるのだ。
そのへん、日本人にとっては古墳というのはただの「昔のモノ」であり、思慕の対象ではない。法隆寺などの古い木造建築に至っては、「今も現役なシロモノ」であり、過去を偲ぶよすがにはならない。その点で、日本人というのは常に今を生きるアグレッシブな民族と言えるかも知れない。
さて、それでもルネサンスを迎え。さらに堡塁を並べた「城塞都市」(17世紀中葉)の時代ともなると都市は拡大し、ローマの偉大を超えるようにまでなる。
それでも人間が生活する都市であるからには人間の行動範囲に縛られる。都市の占める面積には限界があるのだ。それを示すのが城壁であり、周囲に巡らせた堀である。
その限界が突破されるのは、いみじくも「蒸気機関の時代」(19世紀中葉)と名付けられた時代である。ついに鉄道が敷設されると同時に、古代から中世にかけて都市を守り続けていた城壁や堀が崩され、埋められるようになる。
このへん、画面の片隅でこそーっと工事しているので見落としがちであるが、まさにその「つい見落としてしまう」事こそが、城壁や堀がその時代の人間にとってすら意味のないシロモノに成り下がったことを表しているようで興味深い。
そして20世紀になり自動車の時代を迎えることにより、都市の境界線はさらに意味を失う。「郊外への拡大」(20世紀初頭)の時代となるのである。
こうして、最後の「未来に向かって」(20世紀後半)になり、紀元前4世紀から続いたバルミという都市の歴史が「今」にたどりつく。最初の農民達の見ていた風景は大きく変化し、かつての面影は残っていない。
にぎやかで、活気に満ちた風景の中に、廃墟を見る以上に「時の無情」を感じるのは私だけではあるまい。
風邪らしい。めけめけ。
風邪続く。みけみけ。
どうも今ひとつ。もけもけ。
■本日の読書:『萌えよ! 戦車学校II型』文/田村尚也 イラスト/野上武志
先に読んだ椎出さんが「パンターよりパンツが多い」と紹介してくださった、萌え戦車読本のその2。
実は、前作は評判を聞いて読んでみたものの、内容はごく普通の戦車入門な本だったのでかなりがっかりした覚えがある。
そして1年の間を置いての2冊目。今度はどうかと思ってみたところ、田村尚也さんの本文はごく普通だが、イラストや漫画がよりふんだんに使用されて柔らかい印象を出している。
これなら、萌え戦車読本としても及第点ではないかと思われる。
何しろ本文を萌えキャラの会話形式や口語調にすると、どうしても冗長で散漫になりがちなのである。
たとえば、一番最初の部分、「第1章戦車乗員の役割&単車〜小隊の戦闘」の「戦車の乗員数」(p19上半分)を登場キャラ会話調で書いてみよう。
教官:はい、それでは戦車に乗って乗ってー。パンターは5人乗りだからね。
ジェニファー:私が戦車長です。ヒルデガルドは砲手でしょ? お先にどうぞ。
ヒルデガルド:仕切らないでよ。でも、後ろがジェニファーなのは気分的にラクよね。ちっちゃいから。
ジェニファー:ちっちゃい言うなーっ!
ナターリャ:別にいいいじゃない。ソ連の戦車兵は身長制限あるって言われているくらい戦車は狭い乗り物だもの。あ、あたしは装填手ね。弾込め、弾込め。
ヒルデガルド:ぼよんぼよん、乳を揺らさないでよ、乳をっ!
ナターリャ:ソ連の戦車兵に身長制限はあっても、バスト制限はないの。
エリカ:3人も入るから砲塔はたいへんよね。私は操縦手です。マニュアル車はひさしぶり……うわっ、ギア重っ。
ヒルデガルド:え? このぐらい普通だと思うけど?
ナターリャ:重いなら木槌でギアを叩くといいわよ。
エリカ:シャーマン戦車ならこんなに重くないんだけどな。やっぱり人間工学的になんか間違ってるんじゃない? 装填手も右側だし。
ナターリャ:確かにこれだと砲弾の尻をたたき込むのは左手になるので、右利きにはちょっとつらいわね。
セシル:私は機関銃手デスか? ナニをしたらいいのでしょう?
ジェニファー:無線手も兼用よ。この時代の無線機は真空管で操作や整備もたいへんだし。
エリカ:あ、操縦手のサブもお願いね。
教官:他にも見張りをやったり、雑事雑用を押しつけられるわね。
セシル:うう、新人いびりデス……
教官:第二次世界大戦末期ぐらいから、機関銃手は乗らない戦車とかもでてきてるわね。戦後は機関銃手をのぞいた4人がだいたいの定数になってるわ。
ヒルデガルド:90式戦車は3人ですよね?
教官:自動装填装置があるからねー。装填手も省いちゃった。
セシル:効率化なのデス。
教官:でも、毎日の整備や掃除、書類仕事なんかの雑事を全部3人でするから、4人乗りの74式戦車にくらべてたいへんみたいよ。
まあ、ざっとこんな感じでえらく量が増える。上記でおおむね2倍の1ページ分だ。
そういうわけで、本文はそのままでイラストと漫画を増やしたのは大正解であると言えよう。本書では主に第二次世界大戦の各国の戦車と戦車戦術について書いてあるが、次の3が出たら現代の戦車と戦車戦術なんかが中心になるようで、たいへん楽しみである。
■本日の読書:『惑星のさみだれ 1』水上悟志
すっきりとした絵柄に、ディープな世界。
ひとりぐらしをする大学生のアパートに、しゃべるトカゲが現れて「地球の危機だ」とか「お前は選ばれた騎士だ」などと愉快ワードをかますところからスタート。
対する主人公の行動が実に愉快で、事態を認識してもまるで取り合わず、「よくある巻き込まれ型の主人公は相手にペース握られるからダメなんだな」とか、「ぼくは戦わない。おまえはそこで地球の運命を、指をくわえて見ているがいい」などとこれまた脱力ワードをかます。
さらに登場した最強の姫(プリンセス)が、普通の女の子みたいな顔で「魔法使いに地球は壊させへん。なぜなら、この地球を砕くんは あたしの拳やからやー!」などと危険ワードをぶちまける。普通の人はおらんのか、この漫画は。
惑星を砕く魔法が、宇宙に浮かぶ巨大なハンマーで名前は「ビスケットハンマー」などとマトモなんだかマトモでないんだか分からないトコロもなかなかに良し。
もちろん、アバンギャルドなだけの話ではない。どう考えても最弱の主人公が、7話「騎士 雨宮夕日」で最後まで諦めずに知恵を使って勝利するあたりは、まっとうに燃える。
サミシイ少年少女と、病んだ世界の不安定な物語。
さて、この先どう転がることやら。
■本日の読書:『暴れん坊本屋さん 1&2』久世番子
ネット書店とかネット古書店を利用することが増えた現在も、やはり本好きにとって本屋巡業は欠かせない。
なにせ、ネット書店では立ち読みができんし、立ち読み可な本があったとしても、やはり視野の中に「止まる」本、「俺を読めー」と訴えかける本というのは、本屋でないと出会えないものだからだ。
つうわけで、ウェイトトレーニングの帰りに立ち寄った広島は『虎の穴』(ここが本屋かとゆーとアレだが)で目にとまり(POPのおかげだと思う)、ついでに立ち読みもできた(1巻だけ)せいでそのままレジに持っていったのがこの本、『暴れん坊本屋さん』である。
少女漫画家で、かつ本屋の店員でもある筆者の、あることないことつらつら漫画にした、愉快なエッセイ系漫画。本好きのみクリティカルヒット部分多し。
私が笑い転げたのは、「第9刷:俺の売り場は俺の庭」である。
コミックやボーイズラブの売り場担当のハチさん(現役の腐女子)が、自分とこでマッチョや鬼畜系のBLの売れ行きがいいもんだから、がんばって仕入れて売り場を肉色に染めたところ、客から「うわきっつー この店そろいすぎ」「店員の趣味なんじゃない?」と言われて愕然としてしまう。
泣きながら逃げるハチさんをおいかけて、番子さんが叫ぶ。
「待って!!
私ちゃんとわかってるから!!
ハチさんが好きなのは「王子さまモノ」なんだってこと!!」
「しかも 砂漠の王子 が好きで売り場でひっそり
王子さまフェア やったことも!」
「ハチさんうれしそうに言ってたじゃん!!
「王子さま話には 8割の確率でオークションシーンがあって
9割方、受けが出品される」って…………!!」
鬼かあんたーっ!!
いろいろなところでオモシロ愉快な本屋さんの奮闘話が満載の漫画である。
……せっかくなので、番子さんの他の漫画も読んでみようかしらん。
■本日の夢:我々はレビル・フリートである
みょーな夢を見た。
ガンダムのレビル将軍が「我々は、レビル・フリートである」などと演説をかまして、リックドムに乗ったドズル・ザビが「ソロモンよ、俺は帰ってきたぞーっ!!」などと叫んで核バズーカ・ランチャーをぶちこむ夢である。
どうやら、いろいろ混ざっているようなので整理してみよう。たぶん、ガンダム0083の逆パターンであろうから……
宇宙世紀0079。南極講和条約締結により連邦とジオンの戦争終結。
このへんが歴史改変のポイントであろう。レビル将軍の「ジオンに兵なし」演説で講和条約が流れた事に関しては、林譲治さんのガンダム小説なんかでしばしば「軍人が政治に口を出した悪い例」として描かれている。
歴史が改変され、レビル将軍の救出が遅れたか、あるいは演説があってもやはり政治主導で講和条約が締結されたかして、和平がなったわけだな。
レビル将軍は、部下を連れて地下に潜り、反ジオン運動の指導者に。
ジオン側では、ザビ家兄弟の間で政治抗争があって、ドズルが失脚したとか。
そして、ジオン管轄になったサイド7では連邦の実験施設を受け継いで、新型モビルスーツの開発が続いていたと。
逆パターンにするなら、アナベル・ガトーはここでテストパイロットしていたことにしよう。
そして宇宙世紀0083。暗礁宙域に隠れていたレビル将軍麾下の旧連邦軍が、『星の屑』作戦を実施する。最初は、バニング大尉らによるサイド7ジオン軍基地襲撃。
核装備の新型モビルスーツ、ガンダム2号機が強奪されるのだ。
ガンダム開発を担当していたテム・レイ(ジオンに寝返っている)の息子で父の手伝いをしていたアムロ・レイは残ったガンダム1号機に乗り込んで、レビル・フリートと戦うことになるわけであるが……
これはこれで、愉快な展開になりそうである。シャアがザビ家の分裂をうながすためにこっそりレビル側に手助けをしてシーマみたいな役を演じるとかな。
■本日の読書:『簡単に断れない』土屋賢二
この本を友人に勧められて買ったのは、かなり前のことである。
かなり前というと、寒かった頃か暑かった頃か、それとも寒くも暑くもなかった頃か。
地球の気温は上がったり下がったりしていて、今は間氷期で少しぬくい。原始人というとマンモスで氷河期なイメージがあるが実際のところ人類誕生からの歴史は洪積世という氷河期の時代であったりするのだ。
それはともかくとして、友人に勧められた本を長らく放置しておくのは私の本意ではない。私も本を薦めることはあるが、「あの本どうだった?」と聞いて「まだ読んでないよ」と答えられるのはサミシイ。特に私は日記に読んだ本についてつらつらとよしなごとを書いているから、それがないと「ひょっとしてまだ読んでないのだろうか」「いやいや、もしかして読んだがすごくツマラなかったのではないだろうか」「それとも、もしかして俺の事がキライで本を薦められてうっとうしいとか、そんな風に感じられていたのではあるまいか」などと心配されるかも知れない。そんなことはない、愛しているよ、■■さん……えーと……そういやこの本を薦めてくれたのは誰だっけ、思い出せないんだが、それを正直に書いていいものやら書かない方がいいのやら、でも俺も40過ぎて記憶力も減衰しているからなぁ、人間、ぼけの恐怖というのは常にあるから、チャーリー、チャーリー、俺もアルジャーノンの墓に花を添えてあげよう。なお、SFマガジンの600号だったかに掲載されたアルジャーノン中編版はふくやまけいこさんのイラストであったのを俺は覚えている。覚えているのがうれしい。
まあ、こんな感じでだらだらと。
ツチヤ教授のぐだぐだっぷりはまったく無意義で、人生の役にまるでたたない無駄っぷりが私の心のひだには実にヨイ感じである。
しかし、この本が見つからなかったのは、本の地層があちこちに形成されはじめたせいである。そろそろまた「大処分」の頃合いであろうか。
■本日の読書:『僕と先輩のマジカル・ライフ』はやみねかおる
久しぶりのはやみねかおる。
内容は「いつもの」はやみねかおる。
このへん、作家のカラーがしっかりしているので読んでいて安心できる。ぬるくて、いい加減で、それでいて、作品内ルールをきちんと守ったミステリである。
個人的に大好きなのは、オカルト大好きな長宗我部先輩が、ヒロインである春菜ちゃんの霊能力を調査するところ。
トランプのカードの赤か黒かを当てるやつだ。ESPカードの簡易版である。
「さぁ、このカードは、赤か黒か?」
眉を寄せて考えた振りをしてから、春菜は答えた。
「うーんと、赤!」
先輩がカードをひっくり返すと、スペードのカードだった。
「残念だったね。じゃあ、これは?」
「えーと、赤!」
今度はクローバーのカード。
「なかなか当たらないね。じゃあ、これは?」
「黒!」
ひっくり返すと、ハートのエースが微笑んでる。
その後も、春菜ははずし続けた。
「うーん、残念だけど、春菜君の霊能力は皆無と言うしかないね」
五十二枚のカードすべてを外した春菜に、先輩が言った。
ぼくは、先輩が怪しまないうちに、春菜を連れて学生会館を出た。
『僕と先輩のマジカル・ライフ』p70〜71
気付よ、先輩。
■ボクの考えた妹:一次元な妹と、ティンダロスの妹
古橋秀之さんの『シスマゲドン』の2巻発売が一日も早いことを祈念して、妹を2人考えてみる。
「妹は2次元に限る」
などとゆー、スットコドッコイな言葉から考えた、2次元よりさらにディメンジョンカットした1次元な妹と、3次元よりもさらに存在感あふれる4次元な妹である。
名前:大門ザボ子
妹スタイル:電撃系・一次元型妹
電気の流れと一体化した新時代の妹。
モールス符号(トンツー信号)でのみ会話が可能なのでコントロールに難があるが、その電撃能力と、一次元ゆえの攻撃しにくさは脅威だ。
兄(操縦者):大門ユタカ
名前:村田マタギ
妹スタイル:ストーカー系・跳時型妹
兄を求めて3000年。
兄を慕う妹の思いが時空を超える奇跡を起こした。
どこへ兄が逃げても、そこに鋭角があれば追いかける。それがティンダロスの妹だ。
兄(操縦者):村田マタグ
■本日の読書:『皇国の守護者 3』原作/佐藤大輔 漫画/伊藤悠
素晴らしい。
いやもう、素晴らしい。
漫画にせよゲームにせよアニメにせよ、原作を漫画化するならやはり、文字では表現できないプラスアルファが必要である。伊藤悠さんの『皇国の守護者』や伊藤勢さんの『荒野に獣、慟哭す』には、それがある。
百聞は一見に如かずという言葉そのままの、絵が持つ説得力。
地図の活用により、描き出される戦場のダイナミズム。
そして――ページの表面から、浮き上がってくるような激情。
まさしく、漫画でなければできぬ、漫画でこそできる、演出や表現が本書にはある。
そのすべてを、伊藤悠さんは奇をてらわず、既存の手法を堅実に積み重ねることで達成している。
特にこの巻では小苗という渡河地点での戦闘がメインになっているが、地図以外にも、ちょっとした背景として描かれる高低差や、地物などがさりげなく(本当にさりげなく)描き込まれていいてうならされる。
原作を読んでいる人間にも、読んでいない人間にも、手放しで勧めることができる傑作である。
■本日の新聞:『アッラーと日本の奇跡だ』
朝日新聞の2006年4月23日の日曜版より。
上の台詞は、2004年12月の大地震&大津波をくらったインドネシアの大臣の言葉。
記事の内容は、大津波によって泥水をかぶった現地の公文書を、日本の技術などを利用してせっせと読めるように復元しているというもの。
日本の何を使っているかというと、真空凍結乾燥機である。カップ麺作ったりするアレであるが、今から50年ほどまえにヴァイキングのロングシップを復元する作業に使われ、最近は日本でも遺跡から掘り出された木簡などを復元するのに使っているそうな。
大津波の後。泥水でぐちょぐちょになった文書がまず運び込まれたのは、マグロを保存する大型冷凍庫だった。そしてこれを日本から運び込まれた真空凍結乾燥機を使って1週間ほど乾かし(乾かしすぎると元の紙も壊れるそうな)ヘラや刷毛でせっせと汚れをはきとって、復元するのである。
土地台帳のような書類は、なるほど、戦争があろうが大津波がこようが、必要なのだ。人々の生活とは、生命が維持できればいいわけではない。それが借金の証文であったとしても、公的な書類は残らないよりは残った方がいいのだ。
[戻る]
この日記は簡単ホームページ日記で作成されました。