09月01日

■本日の読書:『小惑星遊侠伝』横田順彌
 JGCでヤクザSFの話をしたので読み直す。
 ヨコジュンといえばハチャハチャであるが、これはきわめてまっとうなヤクザ・スペースオペラだ。
 冒頭からこうだ。

 その朝、流刑星タイタンは、いつになく激しく吹雪いていた。
 その激しいアンモニアの雪の中で、第四刑務所の網目状電磁バリヤー扉のスイッチが切られ、濃紺の宇宙服の看守にうながされて、ひとりの男が外にでてきた。男は一見して渡世人のそれとわかるしぶいい茶の宇宙服(きもの)に身を包み、右手に唐草もようのアタッシェケースを下げていた。
「長いあいだ、ごくろうだったな。もう、二度とこんなところへくるんじゃないぞ」
 看守は宇宙帽を男の宇宙帽に接触(くっつけ)ていった。
「お世話になりました」

 そして最後までこのノリで続く。
 主人公は高倉健さんが演じるヤクザのように筋目を愚直なまでに貫き通す不器用な渡世人である。ヤクザ映画の基本を押さえた上できっちりスペースオペラにしてある点を私としては高く評価したい。

09月02日

■本日の読書:同人誌『MechanicalEncyclopediaIV モビルスーツ/メカ図鑑』サークル“奈落の道”
 JGCでいただいた同人誌。
 『ガンダム戦記 一年戦争全戦闘記録』というRPG用の追加データ。
 メインはZガンダム時代のMSで、後はサイバーコミックスなどから幾つか。
 なかなかの力作である。

 ところで本書にはマラサイとマラサイ改のデータがある。
 両者の武装に「クレイバズーカ」があるのは納得なのだが、マラサイ改にだけある「マラサイバズーカ」というのはなんなのだろう。クレイバズーカはZでは標準的なMS用バズーカで、汎用性が高い。ここでわざわざマラサイ専用の「マラサイバズーカ」を作る必要性はあまり感じられない(データもそんなもんである)

 もちろんこれは、元となる資料にそういう武装が書いてあったのだろうがそれをそのままデータにしてしまうのはやはりひねりが足りない。
 こういう一見すると無駄に見える武装があれば、そこになんかそれっぽい理屈をでっちあげてみればさらに面白くなると思うのだが。たとえばこんな風に。

『マラサイを改修した際、一部のパイロットからクレイバズーカについての要望が出た。大型化したスパイクやシールドがクレイバズーカの取り回しに幾分か邪魔になったためである。そこで、クレイバズーカの砲身や弾倉を切りつめたマラサイ改専用のバズーカが作られたのだ。これをマラサイバズーカと言う』

09月03日

■本日の読書:『すぱすぱ 5』三宅大志
 えろえろー。

09月04日

 フィットネスプラザで月初めの体組成計。

2005年9月4日(前回8月7日)
 体重 70.0kg(71.3kg)
 基礎代謝 1525kcal(1543kcal)

 全身体脂肪率 22.1%(22.7%)
 右腕体脂肪率 16.5%(17.1%)
 左腕体脂肪率 17.8%(18.5%)
 右足体脂肪率 21.4%(21.4%)
 左足体脂肪率 21.9%(21.6%)

 全身筋肉量 52.1kg(52.6kg)
 右腕筋肉量 2.8kg(2.9kg)
 左腕筋肉量 2.6kg(2.6kg)
 右足筋肉量 9.8kg(10.1kg)
 左足筋肉量 9.5kg(9.9kg)

()内は前回

 体重が減ったのはこれはダイエットではなく夏バテだろうなぁ。

09月05日

 へろへろー

09月06日

■本日の読書:同人誌『D.L.Action31』なかじまゆか
 ほのぼのー。

09月07日

■本日の読書:『エマ 6』森薫
 さてそれでは、いつものよーにうちのサイトの『龍の守護者』の面子に感想を聞こうか。
「…………」
「あの、有樹様? どうなさいました?」
「……いや、その。ちょっと展開が予想外で。ショックを受けてる」
「どうしてだ? ヴィクトリア朝時代の大英帝国であるのだろう? この程度の事は当然だと言えるが」
「う〜ん。恋の修羅場とか家族がらみでのごたごたとか、そういうのは想像していたんだが……これはどちらかというと……なんかえらく原始的な恋の戦いなもので……」
「そうですね。たとえて言うならば、選挙戦(時事ネタ)で勝つために、対立候補を選挙事務所ごと爆弾で吹き飛ばすようなものですから」
「それに比べると子爵はてぬるいな。ここは**して****して****するところだろうに」
「うぐぅ……」(意外とこういうのにもろい)
「ソフィアちゃんっ!」
「む、すまない。しかしこれはまずいな」
「あら? ソフィアちゃんんはエレノアさんを応援していたんじゃなかったの?」
「そうだ。しかし、恋敵を自分で排除するならともかく、父親(子爵)がやったんではむしろ不利だ」
「そうですね。ともあれこの先の展開が楽しみです」
「……うーんうーん」

09月08日

■本日のアニメ:『マクロスゼロ1〜5』
 全5話。
 第1話のオープニングでいきなりF−14による派手なドッグファイトを堪能できる。
 かつて『マクロスプラス』で見た時とは比べものにならない良質のCGアニメだ。テクノロジー万歳。

 ストーリーを『スターレジェンド』のシナリオにするとこんな感じだ。

オープニング:
 原始的なテクノロジーしかない『精霊惑星』マヤン
 この星に大歪曲以前の汎銀河文明のロストテクノロジーがあると知った宇宙海賊ユニオンは、マヤンに海賊艦隊を送り込む。
 海賊艦隊による封鎖を突破してなんとかマヤンに着陸したPC達は、精霊の声を聞く巫女サラ(NPC:ヒロイン)と出会う。

ミドル:
 宇宙海賊よりも先にロストテクノロジーを見つけるためにPCは調査を開始する。
 その過程でPC1は巫女のサラと心の交流を重ねていく。
 一方で宇宙海賊は精霊を裏切ったマヤンの民から情報を引き出し、ロストテクノロジー『鳥の人』を発掘する。
 数万年の時を超えて目覚める『鳥の人』。しかし、海賊が自分の力を悪用しようとしているのを知った『鳥の人』は重力波による歌声で惑星マヤンもろともすべてを破壊しようとする。

クライマックス:
 『鳥の人』の歌声に共鳴した惑星が砕け散るまで後わずか。
 そうなる前に『鳥の人』の中枢にサラを送り込んで魂鎮めを行わなくてはいけない。
 前半:宇宙海賊ユニオンの艦隊を突破して『鳥の人』にボーディング。
 後半:サラを護衛しながら『鳥の人』の内部に侵入した宇宙海賊を排除。

エンディング:
 巫女サラの歌声によって、『鳥の人』は機能を停止した。
 だが宇宙海賊ユニオンが仕掛けていた爆弾により、『鳥の人』は失われてしまう。
 PCはサラと別れて再び地球を探す旅に出る。

 とにかく戦闘シーンだけでも一見の価値あり。

09月09日

■本日の読書:『艦艇学入門』石橋孝夫
 かつて『紫電改のタカ』とか『0戦はやと』などの戦記漫画を愛読していた少年であれば、日本帝国海軍が誇った戦艦の名前はすぐに思い出せるであろう。

 大和、武蔵。
 長門、陸奥。
 伊勢、日向。
 扶桑、山城。
 金剛、比叡、榛名、霧島。

 こういう戦艦に素直に憧れを抱くのは男の子としてそれほど珍しいことではない。ミーハー的に楽しむことができるからだ。

 しかし、だんだんとこっち側の道に足を踏み入れるようになると同じ戦艦でも、第一次世界大戦の頃や日露戦争の頃の戦艦に興味がわくようになる。

「日清戦争で捕獲した清国の鎮遠のその後は?」
「ドレッドノート級が建造された時、イギリス海軍には何隻の前ドレッドノート級があったのだろうか?」

 こうなるとかなり危ない。
 さらに病状が進行すると戦艦ではなく補助艦艇について調べはじめるようになる。

「工作艦明石はどのくらいの修理能力をもっていたのだろう?」
「日本の給糧艦には何人の料理人がいたのか?」
「丁方海防艦の建造期間はどのくらいだろうか?」

 こうなってはもはや手の施しようがない。後は立派な軍オタの道まっしぐらである。

 さて、本書はタイトルにこそ『入門』と名前がついているが、決して初心者向けではない。すでに手遅れになった人間向けの本である。
 本書を手にとって読もうか読むまいか考えた時には、まず目次を読む事だ。
 そこにはこうある。

1 水雷艇・魚雷艇
2 駆逐艦
3 スループ・コルベット・フリゲイト
4 揚陸艦艇
5 機雷敷設艦・掃海艇
6 砲艦
7 モニター

 本書では、章ごとにこれらの艦艇の歴史や代表的な艦種のスペック、図、戦歴などが丁寧にまとめてある。良書ではあるが、初心者用ではない。
 それでも病膏肓にいった人間には優れた処方箋になると思われる。
 例をあげると本書p271にこういう記述がある。

 余談だが、当時シェフィールドのワードというスクラップ業者は、戦艦5隻、巡洋艦12隻、駆逐艦および水雷艇88隻、モニター艦5隻など113隻、約30万トンの海軍艦艇をトン当たり約2.5ポンドの価格で払い下げをうけたという。
 たとえば、最初の14インチ砲搭載モニターのアバークロンビー級の建造費は約55万ポンドであったから、払い下げ価格は約37分の1の1万5千ポンドということになる。

 こういうネタになる話が満載の本。
 あなたが我が同好の士であるならば、ぜひ一度読んでみられるといいだろう。

09月10日

■本日の読書:『歴史群像No.73』
 今号も読み応えあり。

●『検証・武田騎馬軍団不在説』桐野作人
 武田信玄といえば風林火山の旗と並んで騎馬軍団である。
 ところが最近は、この騎馬軍団の実在についてあれこれと疑問視する向きがある。
 当時の日本馬は馬体が小さい上に蹄鉄もしておらず、戦力として有効ではないというのだ。また、当時の史料には武士が戦場においては馬を下りて戦ったという記述もある。

 桐野氏は、この記事においてそれらの『騎馬軍団不在説』に疑問を投げかけている。
 やはり武田には騎馬軍団があったというのだ。

 いろいろと史料の例もあげてあるがそのあたりの分析については他の方にゆずるとして。
 私としては騎馬軍団が存在していたか否かは次のポイントに絞ることができると思う。

◆当時の軍隊におけるコマンド・コントロールはどうなっていたのか

 戦国大名は、配下に何人もの武将を持つ。
 有力な武将はさらに自分の子飼いの武士を何人も抱えている。
 いざ戦争となると、兵の動員はそれぞれの地域や武将単位で行われる。それぞれにはもちろん騎馬武者もいれば鉄砲足軽、長柄や槍を持つ者、弓を持つ者などが混在している。

 さて、こうして集まった兵士はどのような編制になるのだろうか?

 もっとも効率が良い編制は武器=兵科ごとに兵をまとめなおし、そこに指揮官(鉄砲なら鉄砲奉行、長柄なら長柄奉行など)をつけて統制することである。
 これならば騎馬武者は騎馬武者だけを集めたいわゆる騎兵部隊=「騎馬軍団」が作れる。たとえ当時の日本馬が貧弱であったとしても100騎ぐらいの「騎馬軍団」があれば、その機動力と打撃力は侮れない。戦上手な武田信玄であればそれを見事に使いこなしたであろうし、周辺諸国は「武田騎馬軍団恐るべし」との思いを抱いたはずだ。

 だがその一方で、そこまで効率よく編制はできなかったという考えもある。知行(領土)に応じて軍役を課せられた武将は自分の配下の兵をそれぞれに手元に握っており、各部隊は鉄砲や弓や長柄や槍などが数人から十数人単位で混在していたかも知れない。
 この場合、高価で数が少ない騎馬武者は各部隊ごとに数える程しかおらず、しかもそういう武士は中級指揮官であるから部下をほっとらかしにして自由な行動は取れない。
 もし武田家の軍制がこうならば「騎馬軍団」は存在しない。

 さて、実際はどうだったのだろう。

09月11日

■本日の読書:『歴史群像No.73』
 続く。

●『戦艦ウォースパイト』伊吹秀明
 “大艦巨主義”で知られる伊吹氏の記事。
 :英国戦艦ウォースパイト
 :大和型戦艦(比較のため)

 大英帝国を代表する戦艦ウォースパイトの軍歴はこんな感じである。

1915年:竣工
1916年:ジュトランド沖海戦に参加。ぼこぼこに殴り、どかばきべきぐしゃと殴り返される
大戦間:二度の改装工事をするも舵がときどきおかしくなるのは直らず。
1940年:4月。第二次ナルヴィク海戦に参加。ドイツ駆逐艦隊を血祭りにあげる
1940年:7月。地中海に行きイタリア海軍相手にカラブリア沖海戦。イタリア海軍に格の違いを思い知らせる
1941年:3月。再びイタリア海軍相手に夜戦を挑む。マタパン沖海戦。見敵必戦じゃ、いてもうたれ
1941年:5月。クレタ島からの撤収作戦中、ドイツ空軍の爆撃により大ダメージを受ける
慰安旅行:傷ついた身体を癒すためにアメリカに行き、修理してもらう。
1943年:7月。シチリア島上陸作戦の支援。艦砲射撃で島を撃ちまくる。
1943年:9月。空からの刺客。ドイツの誘導爆弾“フリッツX”を2発くらう。ちなみにイタリアの新造戦艦ローマは1発で沈んだがウォースパイトは2発受けても沈まなかった。
1944年:6月。ノルマンディ上陸作戦の支援。X砲塔(第三砲塔)はまだ使用不能だが残りで地上部隊を支援。帰途に触雷してさらにぼろぼろに
1944年のその後:もう戦争も終わるしここまで痛むと修理の手間もばかにならないので、後は浮かぶ砲台として11月まで西ヨーロッパ沿岸のあちこちを転戦。
1945年:2月。終戦前に予備役に編入。解体が決まる。
1946年:6月。退役。

 こうして、並みいる最新鋭戦艦や、第二次世界大戦の主力となった空母や潜水艦ではなく、この第一次世界大戦生まれの老嬢がイギリス海軍の最高殊勲艦となったのである。

 ではなぜウォースパイトなのか?

 身も蓋もない言い方をしてしまえば、この戦艦が「失ってもあまり惜しくない」旧式艦だったからである。
 戦いには常にリスクがつきまとう。
 そしてリスクをおかしてこそ、戦果は得られる。

 ウォースパイトはそれを指揮下におく提督や海軍司令部にとっては「失えば痛いが致命的な損失ではない」戦艦だった。だからこそ、危険な戦いに次々と投入された。
 もちろん、それを勝ち抜いたのはウォースパイトとその乗員の力であり、誰はばかることのない名誉である。

 しかし、我が日本における戦艦大和が艦隊決戦の夢ゆえにあたら戦機を無為にすごし、統帥の外道――特攻作戦にしか使い道を得られなかったことを考えると。

 ウォースパイトの輝かしい戦歴に私としては羨望を感じずにはいられないのだ。

※今回のアイコンは、アイコン&お絵描き工房のフリー素材を利用させていただきました。

09月12日

■本日の議題:第三次スーパーロボット大戦アルファはなぜ(私にとって)ダメか
 世の中は総選挙から一夜明けてなにやら愉快なことになっているようだが、それはそれとして。
 ちまちまと暇を見つけてはプレイしている第三次スーパーロボット大戦アルファであるが、どうもこー、後半になってやる気が減衰している。
 そこでなぜダメなのか。
 どうすればイイのか。
 ちと考えてみた。

●スパロボここがダメ#その1:戦闘が簡単すぎる
 凡百のウォーゲームなら致命的な問題であるが、我らがスーパーロボット大戦では、これはあまり重要ではない。
 かつてのウィンキー時代は升目を一個ずつ数えて「よしここなら次のターンに攻撃を受けない」などとえらくきついプレイをしたものであるが、今や本作のスーパーロボットはどいつもこいつも無敵に近い。(ちゃんと改造すればだが)
 その無敵ぶりを楽しむゲームなのだから戦闘システムがぬるいとかそういうのは、かまわないのだ。
 よってこれはスルー。

●スパロボここがダメ#その2:シナリオが趣味に合わない
 となると、やはりコレである。
 今回のシナリオはやっていて楽しくないのだ。
 これは個人的な感想であるからして、個人的に分析してみよう。

 私は昔から負け戦が大好きな人間である。もちろん、負けてゲームオーバーが好きというのではなく、その過程で発生するさまざまなドラマが脳内劇場を刺激して盛り上がるのだ。

 これは一見すると戦闘が簡単ですぐマップクリアできるというスーパーロボット大戦のシステムと相反するようだが、そうでもない。戦場(ミッション)では勝利できても戦争では負けるというシナリオを作ることはそう難しくないからだ。

 だが今回の第三次スーパーロボット大戦は、シリーズ完結という大きな制約がある。
 これまで登場した、そして今回登場したいろいろな敵――そのすべてに勝利して終わる必要があるのだ。
 そのため、後半はひたすら敵の本拠に乗り込んでいって殲滅戦というのを延々と繰り返すはめになる。

 この「敵を完膚無きまでに殲滅」が最終シナリオだけならいいのだが、個別の敵ひとつひとつに繰り返すのである。
 私にとっては最悪の展開としか言いようがない。

 ではどんなシナリオだったら“私が”満足するのか?

●逆転の発想
 鉄人28号やマジンガーZの時代から、「主役ロボが敵の手にわたって苦戦する」という展開は常にあった。
 これをシナリオの根幹にすえるのである。
 プレイヤーは正義の側をプレイするのではない。

 悪の側――スパロボでいえば、ゼ・バルマリィ帝国側をプレイするのだ。

 もちろん、最初はすべてのスパロボは敵(地球人)側である。まともに戦ってはとても勝ち目はない。
 そこで計略を使い、罠を仕掛け、分断したスーパーロボットを一体、また一体と屠っていく。屠ったスーパーロボットはこちらの手駒として使用できるようになる。

 スーパーロボットはモビルスーツなどの例外をのぞいて特定のパイロットがいなければ動かせないから、もちろんパイロットもこちらの側に引き込む必要がある。
 仲間を人質にとっての脅迫やゼ・バルマリィ帝国お得意のクローン人間製造やら洗脳を駆使してパイロットをかつての仲間と戦わせるのだ。

 そしてスーパーロボットをすべて破壊するか取り込んだら、最後は帝国の皇帝に叛旗をひるがえし、自らが皇帝の座につくのである。

 これならば、システム的には勝利が続くものの、私の心理的にはひたすら負け戦(スーパーロボット側に感情移入して)が続くという夢のようなゲームになる。

 タイトルは……そうだな、こういうのはどうだろうか。


スーパーロボット大戦ダーク:反逆の銀河
〜それも私だ〜

09月13日

■本日の読書:『ドラゴンエイジ10月号』

●『仮面のメイドガイ』赤衣丸歩郎
 もはやとどまるところを知らないフブキさんの萌えキャラ化。
 最初に出たときはクールビューティーなお姉さんメイドだったのに、今や犬にまでパンツをずりおろされて脱がされてしまうとゆー。
 そしてセリフ回しも絶好調。

『ククク
 犬神牙三郎……
 誰よりも犬を愛し
 そして犬よりも下着を愛した男』

 メイドガイがこうのたまえば、

『フフフ
 闘犬師と闘犬は
 以心伝心一心同体
 ブラとパンティの間柄
 その信頼関係特上肉ごときで切れはせん』

 今回のゲストキャラ、闘犬師下着ドロもこうほざく。

 ぜひこの調子で行けるところまで行ってもらいたいものだ。

09月14日

■武田騎馬軍団実在仮説
 貧弱な日本馬でも騎馬軍団を作る方法をふかにゃが考えついた。
 武田騎馬軍団コロボックル説
 なるほどっ! 馬よりも人間をさらに小さくしてしまえばいいのかっ!

09月15日

■ガンダムSEED=日中戦争仮説
 チャットでの話題。
 日中戦争での消耗により、日本軍の規律や士気は急降下。
 そこでまぁ、規律引き締めの意味もあって『戦陣訓』が出たのである。
『生きて虜囚の辱めを受けず,死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』
 などとゆートチ狂った話が出たのも、こういうのは過激な言動の方が効果的だからだ。

 ここで連想したのが「ガンダムSEEDデスティニー」の戦争のぐだぐだぶりである。
 日本人にとってたいへんなじみ深い日中戦争をガンダムにすると、なるほど、なんとなくぴったりしっくりSEEDっぽくなるではないか。

「ナチュラルとコーディネイターの戦争は、日中戦争をモチーフにしています。自分勝手に行動する軍部、規律のかけらもない兵隊、無能な政府、終わりの見えない消耗戦。これらはすべて当時の日本の置かれた状況そのままです」

 などと福田監督あたりが胸を張って言ってくれたりしないかしらん。

09月16日

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 天文と解剖』
●天動説から地動説へ
 新しい視点をもたらす発想の転換であるが、実は「思いつきだけ」ということもある。
 16世紀初頭『コメンタリオルス』を書いたコペルニクスは、『コペルニクス的転回』として動いているのは地球の方だという宇宙観が示した。

 しかしコペルニクスは地球が動いているという証拠は持ち合わせていなかったのである。

 その後のティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーによる観測も、「地球が動いているっぽい」という状況証拠こそ集めたがあくまで傍証でしかなかった。

 そしてガリレオ・ガリレイによるガリレイ裁判。

 後にヨーロッパの哲学者の誰だったかが「ガリレオは地動説を唱えたがそれは彼にとって命をかけるほどの事ではなかった。裁判で身の危険を感じると自説を撤回したのだ」などとシニカルな口調で語っているが、これはガリレオに対してちと厳しすぎる意見である。
 教皇庁は繰り返し「地動説を訴えるなら証拠を出せ」と求めており、ガリレオはその証拠が出せなかったという点も忘れてはいけない。

 最終的に地動説を力学的にも確定するのは「地球が林檎を引っ張るなら、林檎も地球を引っ張っているのではないか」などとトンチのきいた万有引力の法則を導き出すニュートンの登場をまたねばならないのである。

●病院の移り変わり
 古代戦のゲーム『ローマ:トータル・ウォー』では治療神の神殿を建てると都市の健康度が上昇した。これは理由がないわけではなく、実際に古代ギリシアではアスクレピオス神殿などに病人が収容されたりなんかしたのである。初期の病院と言っていいだろう。
 またRPGでは僧侶が治癒魔法が使えるゲームが多いので神殿が病院になるのは分かりやすい。

 その後、中世ヨーロッパでは教会関係の病院や収容所が建てられたりしたが、これらの多くは治療をする場所というよりは「安息の場所」として機能していた。病人は自分の身の回りの世話も難しくなるので、社会福祉を担当する教会がそうした施設を運営したわけである。

 近世になると、病院は今度は「治療法の研究の場所」となる。
 19世紀のドイツの外科医テオドール・ビルロート曰く「有能な外科医になるために屍の山を築かねばならない」というやつで、無料で病院に収容された患者は医者の経験値稼ぎに使われたのだ。そして腕をあげた医者は自分の(金を払う)患者に治療をしたわけである。

09月17日

■本日の読書:『図説 スターリングラード攻防戦(歴史群像欧州戦史シリーズ24)』
 表紙に『迫力の超詳細マップで独ソ両軍の動きがよくわかる!!』とあるのでぺらぺらめくってみたら、確かに地図が充実していたので買ってみた。

 スターリングラードの戦いとは、ただ一都市をめぐる攻防戦というだけではない。
 それは、第二次世界大戦の帰趨を決したと言ってもいい、一大キャンペーンなのだ。

 1941年夏。ドイツ軍300万はソ連に侵攻。破竹の勢いで進撃するも補給不足や消耗に耐えかね、冬将軍の訪れと共についに首都モスクワを前に無念の敗退を喫する。

 しかしまだ全てが失われたわけではなかった。(少なくともヒトラーはそう思った)

 1941年冬のソ連の攻勢をしのぎきったドイツ軍は、1942年の雪解けと共に新たな作戦を発動する。
 作戦名『青(ブラウ)』
 コーカサス地方にある油田地帯を狙った南方方面での侵攻作戦だった。

 攻勢に出たドイツ軍は昨年と同様に順調に進撃を開始。だが、ソ連軍は撤退を続けるも昨年のように総崩れになる事はなかった。
 ドイツ軍のモーメンタム(momentum:運動量。この場合は戦闘を続けるために必要な戦力や補給能力などの総和)は進撃と共に失われていき、やがてヴォルガ河で拮抗するようになる。
 もはやコーカサスの油田が手に入ることがないのは明らかだった。だが作戦の失敗が自らの指導力低下につながることを恐れたヒトラーは、その代わりとなる戦果を求めた。
 それが、ソ連指導者の名前を冠した町、スターリングラードの支配だった。

 かくして、ドイツ第6軍は本来ならば捨て置くべき工業都市へと突入、泥沼の市街戦を繰り広げることになる。工場をはじめとする頑丈な建築物は格好の防御拠点となり、ドイツ軍の戦力は際限なくこの町へと吸いこまれていった。

 すべてはヒトラーの面子を立てるために。

 だが、スターリングラードの町にドイツ軍の主戦力が吸収された結果、その側面を守るべき部隊は戦力的にも士気的にも問題があるドイツの同盟軍――ルーマニア、ハンガリー、イタリア――に任せられ、しかもそれらの戦線は薄くのびきっていた。

 そして、態勢を建て直したソ連軍はその弱点を見逃しはしなかった。

 11月。ドイツ軍はスターリングラードのほぼ全域を制圧した。
 ドイツの勝利かと思われたその時――
 ソ連軍が『天王星(ウラン)』作戦を発動。
 ドイツ軍の薄い戦線を突破したソ連軍はスターリングラードの町ごとドイツ第六軍を包囲。今度は逆にドイツ軍が死地に追い込まれる。

 こうなってはもはやスターリングラードに拘泥する場合ではない。スターリングラードを捨て、撤退するしかなかった。
 だが、ヒトラーは最後までスターリングラードにこだわり死守命令を出し続ける。
 名将マンシュタインによる解放作戦もソ連軍包囲網突破ならず、ついにスターリングラードのドイツ軍の命運は尽きた。

 1943年1月31日。ドイツ第6軍は降伏。ここにスターリングラードの戦いは終幕を迎えるのである。

09月18日

■本日の短編:『郵便配達人と銃』
 久しぶりに短編小説を掲載
 かつて明治政府は郵便配達人に護身用として銃を持たせることがありました。
 もちろん全員が持ち歩いていたわけではありませんし、銃の所持については戦後日本よりもよほどゆるやかな時代ですからさほど特別すごい事ではありません。
 ただ、そのあたりとこないだの選挙を絡めて何かできないかと考えてみたのがこの作品です。

09月19日

■本日の読書:『パンプキン・シザーズ 1〜4』岩永亮太郎
 帝政ドイツっぽい国と、ロシアっぽい国が停戦する場面から物語はスタート。
 それから3年
 その停戦の後の国内のごたごたを片づけるための陸軍情報部3課に所属するヒロイン、アリス少尉と、その部下でかつて軍実験部隊にいた対戦車拳銃(!)で戦車相手にゼロ距離戦闘をぶちかますオーランド伍長たちの悪戦苦闘ぶりを描いた漫画。

 2巻読み終わった時点での評価は「まあまあ」だったが、3巻で急浮上。4巻は文句なしに面白い。

 3巻でヒロインのアリス少尉は婚約者に自分はもうすぐ貴族の次期当主の地位を弟に譲るから婚約解消を申し出る。婚約者の伊達男は苦笑いしながら聞く。

「ですが一つだけお答えください。
 いずれは弟が当主になると知っていながら
 なぜこれまで次期当主として情熱を保ち続けることができたのか」
「?
 なぜもなにも、今は私が次期党首ですから」
「??
 いや、ですが数年で失効なのでしょう?」
「ん〜〜
 問われている意味がよくわかりませんが――
 やがて失うものに意味がないのなら、
 あなたの命もまた無意味でありましょう」
「――!」
「時か病か刃か
 いずれは奪われる。
 ならば今すぐ死にますか?」

 やあ、いいヒロインだなぁ。
 2巻まではアリス少尉の心にちと揺らぎがあったが、3巻からはそれがない。これに続く4巻の啖呵も見事のひとことである。

「貴族だから裁かれない
 平民だから赦される
 笑止!
 罪あらば裁く!
 悪あらば斬る!
 それが貴族でも平民でも――皇帝陛下であろうとも!」

 続きがたいへん楽しみである。

09月20日

■本日の読書:『皇国の守護者 弐』原作/佐藤大輔 漫画/伊藤悠
 2巻も実に素晴らしい。
 地図はあるし。地図があるし。地図もあるし。
 この巻でのおいしいキャラはやはり笹嶋中佐と「大瀬」艦長の坪田中佐の水軍ふたり。
 外連味たっぷりの会話はまことに読んでいて楽しい。

09月21日

■本日の読書:『よつばと! 4』あずまきよひこ
 小学校2年生の姪もよつばちゃんが大好きで、母親である妹に言わせると「真似をしてヘンな言葉を使う」そうな。

 我が英才教育は順調なようである。

 さて4巻。
 この巻でもよつばちゃんは大冒険の日々である。
 そしてよつばちゃんだけではなく、とーちゃんも恵那も風香もジャンボもみんな大冒険の日々である。

 もちろん、なんかイベントがあればそれはそれで大冒険なのだが、ただ『よつばと! ばんごはん』のようにただ晩ご飯を作るだけでも大冒険になるのである。このあたりの丁寧な描き方には脱帽するしかない。

 そろそろ夏休みも終わる。1巻で夏休みの最初(終業式の日)によつばたちが引っ越してきた事を考えると夏休みの終わりがこの作品のひとつの落としどころのような感じなのだが。

 はてさて。

09月22日

■本日の読書:『スクールランブル 10』小林尽
 もけけぴろぴろ。

09月23日

■本日のゲーム:『ロケットの夏』月面基地前※18禁ゲーム
 18禁といっても、恋愛の延長線上としてのセックス描写があるとゆーだけでそっち方面のゲームではない。むしろ淡泊といっていい。

 じゃあどっち方面かとゆーと、真っ向から宇宙モノである。

 とにかく宇宙SF好き、ロケット好きが泣いて喜ぶイベントや場面のオンパレード。
 もちろん、タイトルでもある『ロケットの夏=Rocket summer』もオープニングに出てくる。(音楽がまたイイんだ)

 1943年。第二次世界大戦の真っ最中に異星人達が地球にやってきて戦争は終結。
 人類は異星文明との交流の中で宇宙への進出をすすめていく。
 だが、主人公の少年が子供のころ、“シャットダウン”という突然の鎖国政策により宇宙への道は閉ざされてしまう。

 地球から発進する最後のロケット客船が打ち上がる夜。
 少年は雪の中、少女と共にその打ち上げを見守る。
 ごうっ。
 ロケットが上がり、その熱風が遠く離れた丘にいる少年と少女の元に届く。
「あったかいね」
 不思議そうに少女が言う。
「ロケットの夏だよ」
 少年が答える。
 かつて宇宙と交流が盛んだったころ、たくさんのロケットが宇宙港を飛び立った。
 だが、それもこれで最後。
 ロケットの夏は過ぎ去ってしまった。

 ええもう、この時点で私の涙腺はゆるみまくりである。
 そしてまあ少年が大きくなってなんかこー、ひねくれちゃった頃にロケットへの情熱をいまだ持ち続ける少女と出会い、彼自身の心にも火がついて――という展開。

 ロケット好きなら文句なしにオススメの1作。(といってもまだ1ルートだけなのでひょっとしたら評価が変更されるかもしれない)

09月24日

■本日の読書:『カルドセプト 5』かねこしんや
 ゲーム機のカードゲームを漫画にしたもの。
 かねこしんやさんらしいギャグと暖かいユーモアがある良作。
 欠点は遅いこと。なんか1年に1冊ぐらいしか出ていないよーな気がするぞ。

 さて、カルドセプトに限らず、トレーディング型のカードゲームでよくあるのがデュエル(対戦)で勝者が敗者から1枚カードをもらうという賭け(アンティ)の制度。
 カルドセプトでは、女神の遺産であるカードを全種類集める(コンプリート)すると、神の力(カルドセプト)を手に入れて新しい世界を作り出すことができるのだそうだ。

 で、ふつーに考えれば負けてカード奪われるというのはRPGでいうところのエナジードレインのようなもんで、すっげー悔しい事なのだが――この巻でヒロインのナジャランが対戦相手に語る賭けカードの解釈がイイのである。

 父ちゃんは言ったわ。
 賭けカードは奪うものでも負けた罰でもないんだよって。
 ブックは……セプターがそれぞれの夢のために作り上げた結晶!
 戦って力を認め合った相手には、自分の夢のひとかけらを託すんだって!

 今なら――わたしにもわかる。

 いつの日か――神の力を手にするセプターはたったひとりかもしれない。
 でも、その人の手にあるのは――
 新しい世界を作るのは――

 すべてのセプターの夢が集まった、
 みんなの夢の結晶なんだって!!

 不覚にも感動してしまったり。
 だから早く次の巻をー。

09月25日

■本日の読書:『超戦艦大和 龍神の艦隊 最終決戦』中里融司
 ゲッター戦艦三部作、ついに完結!
 6400万年前。
 巨大隕石の衝突によって恐竜は絶滅した。
 だが、高度な技術文明を築いていた恐竜人の恐竜帝国は、時空転移装置によって未来へと脱出。昭和初期の日本へと時間跳躍する。

 このシリーズのポイントはその恐竜帝国の技術によって大和や武蔵が合体変形するという愉快設定で、いつしかついたあだ名がゲッター戦艦

 だが、愉快設定の割りには1巻はあまりはっちゃけてはいなかった。もちろん、普通に戦記として面白いのだが、設定のトンデモぶりに比べるとおとなしい感じであった。
 そしてその傾向が2巻の前半まで続き、「こりゃ今ひとつかしらん」と私が危惧を抱いたその時、もうひとつの愉快設定によって本書はいきなりはっちゃけたのである。

 ゲッター戦艦とゲッターエネルギーによって苦渋をなめたアメリカが、ついに禁断のマッドサイエンスの扉を開いたのである。ニコラ・テスラやウィルヘルム・ライヒ達により作り出されたマッド兵器の数々を用いて逆襲をはじめたのだ。
 未来の情景を映し出す『超次元カメラ』
 生命エネルギーを打ち消す殺人光線『反オルゴン砲』

 これらの超兵器によって一気に戦況はアメリカ有利に。

 3巻において日本軍はなんとかこれらの超兵器に対抗する術を編み出して再建なったアメリカ太平洋艦隊を撃滅するが、だがまだアメリカには切り札があった。

 そう、マッドサイエンスなど使わずとも彼らには核兵器が存在するのだ。これが実用化されるようになればナニがどうなろうと結果は日本の負けである。
 そして日本の敗北は、時を超えてこの時代にやってきた恐竜人の命運が尽きることにもなる。何せ同じ人間ですらないのだ。

 核兵器による破壊を防ぐには同等の破壊力を持つ兵器で抑止するしかない。
 ゲッター戦艦大和は時空転移弾『J弾』を搭載してアメリカ本土へと向かう。砂漠にこいつを撃ちこんでデモンストレーションするのだ。

 信濃、武蔵と変形合体して巨大潜水艦になりこっそりとアメリカ西海岸に接近した大和であるが、アメリカは封じられた『反オルゴン砲』に代わる超兵器を開発していた。
 それは、地球を音叉にして固有振動を送り込んで共鳴を起こし、目標を粉砕する『振動砲』であった。
 ゲッター戦艦大和に、この『振動砲』が牙をむく。だが、恐竜帝国の提供したゲッター金属の固有振動が分からないために『振動砲』は暴走をはじめ、逆に地球そのものを共鳴させていく。

 大地が裂け、海が沸騰する。
 このままでは、地球が粉砕される――

 地球の危機に、大和は目標を変更。
 暴走をはじめた『振動砲』を『J弾』によって破壊せんとする。内陸にある『振動砲』を破壊するために、アメリカ西海岸へとひた走る大和。
 だが、陸地に近づくにつれて強まる固有振動の共鳴によって、いかなゲッター戦艦大和といえども無事にはすまない。艦が不気味な軋みをあげ、あちこちが歪み、崩れていく。
 もはや満身創痍。
 だが、大和は止まらない。最後の力を振り絞って陸地にどし上げると『J弾』を発射する。

 狙い違わず『J弾』は『振動砲』を直撃。

 『J弾』の内部に組み込まれた時空転移装置が、一瞬だけ、6400万年前の地球と時空をつなげる。はるかな過去。巨大隕石が衝突した瞬間の地球と。

 大地を揺るがし、恐竜の絶滅を引き起こしたセカンドインパクトのエネルギーが一瞬だけ、現代によみがえる。それは暴走する『振動砲』を完全に破壊するのに十分であった。
 地球を破壊する唸りは止まった。
 かくして、地球は救われたのだ。

 だが、『振動砲』によってアメリカ全土はずたずたになっていた。戦争はなし崩しに休戦となり、平和が訪れる。

 それから60年後。変形機能を利用した万能の宇宙往還機『ユニバーサル・ゲッター・ウィング(宇宙を掴む翼)』が宇宙へと旅立つ。恐竜人と地球人の交流は、こうして新たな時代の幕開けとなったのだ。

 とまぁ、もう、最後の方になるとスケールがどんどんでかくなって、話もどんどんヒートアップしていく。さすがだなぁ、中里さん。
 たいへん満足のいくシリーズであった。

09月26日

■本日の読書:『コミック新旭日の艦隊21 最終兵器発動』原作/荒巻義雄 作画/飯島祐輔
 私は『大戦略』のような資源獲得&生産型のゲームがどうも好きではない。終盤が一方的になって面白くないのだ。こちらが優勢になるととたんにプレイする気力が失せる。
 誰か他の人とプレイするのであれば、劣勢になった対戦相手の脂汗が浮いた顔や苦し紛れのセリフなどを楽しむことができるが、相手がコンピュータではそういう楽しみもない。
 ただひたすら、少なくなった生産力でちまちまと戦力を作って抵抗を続けるのだ。それを踏みにじっても泣き言のひとつもない。
 これでは面白くないという気持ちは、ほぼすべてのゲーマーが共有しているものと確信している。

 さて、『コミック新旭日の艦隊』もいよいよ第三帝国最期の日が近づいてきた。一時はユーラシア大陸ほぼ全土を支配していた第三帝国も、今やヨーロッパ本土を残すのみ。それも西から東から連合国(日本、ロシア、アメリカなど全世界)に袋だたきにあってもはや勝利の可能性は皆無である。

 だが、ここにきていよいよヒトラーは最終兵器を完成させる。巨大な飛行船で高度2万mまで持ち上げ、そこからロケットブースターによって加速、軌道速度を得る超巨大戦闘衛星『トリスタンとイゾルデ』である。
 もちろん核兵器を満載したこの軌道プラットフォームは後世世界の技術をもってしてもまだ手の届かない高度300kmの位置を悠然と遊弋する。地球上のいかなる場所であっても核攻撃が可能なのだ。

 デモンストレーション用の一発でアメリカ北大西洋艦隊(この作品における被害担当役)が蒸発。

 その威力をまざまざと見せつけられ、アメリカ大統領はヒトラーに交渉を申し出る。

「状況は理解した。交渉の席につこう。そちらの要求はなんだ?」

「交渉? 要求? なにを勘違いしているのだ?」

 ヒトラーは傲然と問い返す。

「私は地上の富の分配などに興味はない」
「戦争に勝利するためではないというのか? ではその兵器はなんのために……?」
「私の望みは……人類史のリセットだ。
 汚れきった今の文明を浄化し――
 人類に新たな歴史を歩ませる――
 それが私の望みだ」

 でましたーっ!!
 これだよ、これ。
「わしが勝てんのならお前らも道連れじゃ」
 ゲーマーたるもの、この心意気である。ゲームに負けそうなら、ちゃぶだいひっくり返してでも対戦相手を勝たせない。ブラボーだ総統。

 さていよいよ次が最終巻。楽しみになってきましたぞ。

09月27日

■本日の読書:『われ笑う、ゆえにわれあり』土屋賢二
 死せる詩人殿の薦めで読んでみる。
 オモシロ小話を集めた作品で、オモシロのベースとなるのは『屁理屈』である。
 ツボをつかれてしまい、げらげら笑いだして止まらないというタイプの作品ではないが、ところどころの愉快描写に「ぷっ」と吹き出してしまう。
 未読の方はとりあえず『はじめに』の部分だけでも読んでみてはどうだろう。土屋教授があれやこれやとこの本を売るための創意工夫について語っているから、これで笑えればしめたものである。
 私は次の部分で吹き出した。

 本そのもの価値を高める工夫も検討した。有名画家に表紙と挿絵を描いてもらい(本物のピカソのリトグラフでもよい)、中身の文章も有名作家に書いてもらったらどうか、それがだめなら、せめて著者の名前だけでも有名作家の名前を借りたらどうか、と提案してみたが、白い眼で見られただけだった。
 こうなったらペンネームを工夫するしかないと思い、「赤川次郎著」というペンネームにしようとしたが、これもひんしゅくを買っただけだった。もし本書の内容や著者名に問題があったとしても、それはわたしのせいではないことをここに確認しておきたい。

 内容のほとんどは、だいたいこんな感じのぐだぐだである。このぐだぐだを楽しめなかったからといって人生を損するわけではないが、得をしたわけではないことを私としては強調しておきたい。特に私には何の得にもならないのは断言してもいい。
 一方でこのぐだぐだが楽しめたということは、それはその人物が心が広い、度量の大きな人物であることを示すかも知れず、そういう人はやがて社会的にも家庭的にも成功して幸せな老後を迎える事が期待できるかも知れない。すでにそうでない老後を迎えていているかも知れないが、それはその人の責任ではなく社会か家庭かあるいはその両方が悪いのである。

 というわけで、ツチヤ小話、心にゆとりがありすぎてすきま風が吹いている人にオススメである。

09月28日

■本日の読書:『猫丸先輩の空論』倉知淳
 『猫丸先輩の推測』の続編。
 相変わらず年齢不詳で万年躁状態な猫丸先輩が、手当たり次第に適当なことをでっちあげるシリーズである。
 今回特にすっとぼけていたのがやはり『水のそとの何か』で、ここではダイイングメッセージの猫丸先輩型分類が開陳されている。

問:なぜミステリにおけるダイイングメッセージは読み取りにくいか?
答1:被害者が途中で力尽きた場合
答2:被害者と捜査する側に、知識のギャップがある場合
答3:最初から難解な場合
答4:メッセージの一部、もしくは全体が改変されている場合
答5:本当はダイイングメッセージでも何でもなかった場合
答6:メッセージの受け手があまりに鈍くて意味が通らなかった場合


 1〜4はオッケー。6もまぁ、別にありえるだろう。
 だが5の『本当はダイイングメッセージでも何でもなかった場合』はさすがにルール違反だろうと思わないでもないのだが。
 今回、感動というわけではないがオチが光っていたのはスイカ割り用のスイカが破壊されていた事件『な、なつのこ』である。ミステリ部分よりオチの部分がいかす。

09月29日

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 鏡とレンズ』
 遠くを見る望遠鏡。
 細かく見る顕微鏡。
 まるで違うようでいて、このふたつはいずれも鏡とレンズという光学機器から作られている。
 この世界を、より詳しく知りたいという気持ちが、このふたつにはあるのだ。

 後、この本には「自動計算への夢」として、さまざまな計算機についての紹介がしてある。
 写真で紹介してあるのだけでも次の通り。
 パスカルの加算機、大小18の円を回して計算する計算盤、ネーピアの骨、計算尺、ジャベス・バーンズの加算機、ライプニッツの歯車計算機、グスタバス・リンダルーズの加算機、バベッジの階差機関、ホリレスのパンチカード式計算機、日本のタイガー計算機、真空管を1万8千本使用したENIAC、最初のノイマンコンピュータ、エドサック。
 いや、堪能堪能。

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