08月01日

■本日の読書:『キャプテン・フューチャー全集5 輝く星々のかなたへ!/月世界の無法者』エドモンド・ハミルトン
 暑い夏にはスペオペがよく似合う。
 というわけで、全集の5より『月世界の無法者』を読む。
 前の話で太陽系の外へ冒険に出て戻ってきたキャプテン・フューチャーは、自分の故郷である月で、企業がラジウムの発掘をやっている現場にでくわす。

 この貴重な鉱物資源であるラジウムは、カーティスが「いずれ人類がただのエネルギー源としてでなくこの放射性物質を必要とする時のために」隠していたのであるが、それを「キャプテン・フューチャーが私利私欲のために隠蔽していた」と宣伝され、掘り出されることになったのだ。

 シリーズ当初からの馴染みである、太陽系政府主席のジェイムズ・カシューに直談判したカーティスは、彼を納得させることに成功するが、その場でカシュー主席はロボットアームに殴り殺され、主席殺しの罪はカーティスにおっかぶされる事になる。

 いきなり重犯罪人の無法者になってしまったカーティスであるが、この先の行動がさすがキャプテンである。
 彼は、まず月のラジウムの鉱脈を掘っている現場に行って、それを阻止しようとするのである。

 普通、こういう場合は濡れ衣を晴らそうとするとか、そういうものなのだが、そんなことはしないのだ。太陽系パトロールにがちがちに包囲されながらもカーティスは苦心惨憺して月に忍び込み、月の地下で生き残っていた月人と協力して、ラジウムの鉱脈を守り抜こうとする。

 なぜか?

 理由はひとつしかない。
 今回は、月のネタを書くための話だったからである。

 月の地下には空洞があり、そこには絶滅したと思われていた月人の生き残りが住んでいた。彼らは純粋なラジウムの塊でできた聖なる山(!)を崇め、そこから出る放射線を太陽の光の代わりにして(!)生活していたのである。
 むろん、あまり近づきすぎると被爆して死んでしまうのであるが。

 ちなみに、この光景を見たグラッグとカーティスの会話がたいへん愉快である。

「山全体がラジウム鉱なンて! とても考えられませんよ!」グラッグがさけんだ。「もしそうだとすれば、この距離だって放射能は致命的な強さのはずですぜ」
「いや、この距離なら大丈夫だ」カーティスがいった。「ラジウムから放出されるエネルギーの90パーセントがアルファ線なのを忘れちゃ困るぜ。そのアルファ線っていうのは、すぐ大気に吸収されてしまうんだ。だから強力な放射線の90パーセントは大気に吸いこまれてここまでは届かないんだよ」

 ちなみにα線がどれだけ届くかは、ガイガー=ヌッタルの法則で導き出すことができるが、おおむね半減期が短いものほど遠くまで届く。この月の下にあるラジウムがどんなラジウム(我々の知るものと同じかどうかも含めて)かは謎であるが、何万年にもわたって月人の生活を支えてきたことからして、かなり半減期は長いと推定される。
 となれば、意外と飛距離は短いかも知れない。よかったな、カーティス。

 ……よくねぇって。

 さて、そんなこんなで迫る太陽系パトロールと鉱夫の群れからラジウムの山を守るべく、カーティスがやってのけたのがラジウムのエネルギーを利用して「半径100万マイルにわたり、全ての原子力エネルギーを無効にするフィールド」を張り巡らしたのである!

 このフィールド内(月で起動したがもちろん地球全土も含まれる)であれば、原子力を利用するすべてのロケット、すべての発電所、すべてのモビルスーツが停止するのである。そう、ガンダムSEEDにおけるニュートロンジャマーの原型がここにっ!

 そして、すべてが停止した地球に乗り込んだカーティスは主席殺しの真犯人をとっつかまえ、フィールドを解除して汚名をそそいだのである。
 なお、おそらくいきなりすべてのエネルギーが停止したため交通機関や医療機関ほか、地球の各地で事故が多発し、これで死んだ人間の数もへたをすると万単位で存在するかも知れないが、まあ、そういう野暮は言いっこなしである。よかったな、カーティス!

 ……よくねぇって。

 真犯人を突きだしたカーティスははれて無罪放免になるのだが、たぶん私が想像するに、「この男を敵に回すと今度はどんな災厄があるかわからねぇ」という恐怖こそが彼を無罪にしたのではないかと思われる。

 というわけで、いろいろな意味でアレなのだが、話としては面白いんだ、これが。

08月02日

■本日の読書:『風雲児たち 幕末編 4〜6』みなもと太郎
 『風雲児たち』の、真の主役……という表現もなんなのだが(複数形だし)、おそらくベースとなるキャラというのは坂本龍馬である。

 の、はずなのだが。

 他の濃いキャラと比べて6巻までで坂本龍馬があまり魅力的に感じられないのはなぜだろうか?

 いや待て待て。
 この場合は他のキャラが坂本龍馬より魅力的というべきか。では4〜6巻で魅力的なキャラをあげてみようか。

佐久間象山 関係:自身
 そのえばりんぼぶりがどうにも他人に思えない。

ペリー提督 関係:好敵手
 その腹黒さががどうにも他人に思えない。

村田蔵六(大村益次郎) 関係:同行者
 そのマイペースぶりがどうにも他人に思えない。

 ……
 …………
 ………………おお、なんかしらんが傾向が見えてきたぞ。
 そうか、この漫画の坂本龍馬は自分とはまるで違うタイプ(友人にもいない)なのでシンパシーが湧かなかったのか。そうかそうか。
 同様に、この漫画の吉田松陰もなー。こいつも言動が共感できない。

 それにしても4〜6巻で主にがんばって仕事をしているのはペリー来航時の老中阿部正弘や、お台場を建設した伊豆代官の江川太郎左右衛門らである。

 後のいわゆる『風雲児』たちが、それまで日本にあった既成の枠を破壊して外から新しい国造りをすすめていくのに対し、彼らは内部からの改革者であった。
 彼らの仕事は結果だけを見れば不十分で不徹底で未完成で、とても満点をあげられるようなものではないが――それゆえに、後世の人間はもっと評価してもいいと思う。世の中そう簡単にうまくいくわけがないのだ。彼らの失敗があったからこそ、『風雲児』たちは世に出る事ができたのだから。

08月03日

■本日の読書:『武装解除 紛争屋が見た世界』伊勢崎賢治
 “紛争屋”とは何か?
 最近はお茶の間でも有名になった、イラクなどで活躍する民間警備会社か――というと、これが違う。

 本書p44〜45にあるが、伊勢崎さんのような“紛争屋”というのは、紛争が発生した当事国に乗り込んでこの被害をできるだけ少なくする仕事である。
 といっても、もちろん現実の話であるからにしてそこは生臭い。


・紛争発生。

・国際社会がこの問題を解決しようと介入を試みる。

・国連事務方が、まず人をかき集める。
場合によっては総勢1万人になるPKO要員を集めるのだ。

・各国の国連代表部も動き始める。
特に紛争当事国に権益があるのならば、ここで口を出さないと外交力のない国と見なされる。
だから国連ミッションの幹部ポストに自国の人間を送り込むべく工作を開始する。

・幹部ポストについた人間は、身近な“紛争屋”を集める。
国連の紛争関連のミッションは、数ヶ月ごとに安全保障理事会でチェックが入り、ダメそうなら縮小、撤退となる。
彼らは短期間で成果をあげるべく、気心の知れたメンバーをかき集める。

・“紛争屋”もいろいろと動きはじめている。
今回の『ミッション日当』や『危険手当』はいくらぐらいか?
これは危険度に応じて国連がミッションごとに決めるのだ。
当然、仕事の環境や自分が持つ権限についても探りを入れる。

 目的は崇高でも、手段はえげつない。そこには己の力量を示す顕示欲もあれば困難を克服したという達成感もある。

 ようは、他の仕事と一緒である。

 何のために紛争地帯に乗り込み、危険をおかして民兵の武装解除を行なうのかといえば、『自分のため』なのだ。

 だがそれでも、個人レベルでの“紛争屋”の仕事になっている間はまだましと言える。
 本書の後半でも書かれているが、9.11以後の世界はいろいろな意味で虚飾がはぎとられつつある。
 アメリカがやっているように、民主主義や人道支援をかかげて戦争を起こす事が人々にとって当たり前の出来事になっている。

 私は2003年3月の日記にたとえどんなに悪辣な独裁者の国があるとしても、それをよその国が「解放してあげよう」というのはよけいなお世話だと書いた。それをやる権利と義務は、その国の国民にしかないのだと。

 しかし今。世界は様変わりした。もはや強国はそのようなナイーブな理由で軍事力の行使をためらわなくなったし、しいたげられた(あるいはそう思っている)人々も暴力を応酬することに罪悪感はない。お互いに、虚飾をはぎとって好きなようにやりはじめたのだ。

 そういうわけなので、伊勢崎さんのような“紛争屋”の仕事がなくなる事はないだろう。むしろ、増えるだろうし、そこには大きな利権も絡むようになるだろう。個人の“紛争屋”ではなく、民間の営利企業がこれを担当するようになるかもしれない。

 いや、もうすでにそうなっているのかも知れない。

08月04日

■本日の読書:『機動戦士ガンダム MSイグルー』林譲治

 この本をぺらぺらとめくった私はそこに描かれたメカを見て驚愕した。

「闇討ち一号っ! 闇討ち一号じゃないかっ?! なつかしいなぁ、元気だったかオイ」

 さて、本書は副題が「一年戦争秘録」である。歴史の闇に埋もれたジオンの試作兵器にスポットをあてたもので、3つの試作兵器がここでは登場している。
 とりあえずは、公式サイトのメカをごらんいただきたい。

 さて、「闇討ち一号」というのは元々はガンダムではなく谷甲州さんの『航空宇宙軍史』、それも作者ご本人ではなくそのファンの集まり『青年人外協力隊』(谷甲州さんがむかし青年海外協力隊に参加していたためそこからもじった)の有志一同が考えたものだ。
 やはりMSイグルーと同じく、

「戦いの歴史に埋もれた異常兵器をいかにもそれっぽく紹介する」

 という冗談企画から生まれている。
 その嚆矢となった「闇討ち一号」はこんな兵器だ。

 外見といい、威力といい、歴史の闇に消えた異常兵器である点といい、MSイグルーの艦隊決戦砲「ヨルムンガルド」と一脈相通ずるものがあると思うのは私だけではあるまい。

 さて、本書はこの他にも巨大戦車「ヒルドルブ」、EMS10「ヅダ」のふたつにまつわるエピソードが紹介されている。
 この中で林譲治さんの筆がさえ渡っているのは、なんといっても巨大戦車「ヒルドルブ」がアリゾナの砂漠で行なう戦闘である。
 ジオンの主力兵器ザクによって日陰に追いやられた戦車「ヒルドルブ」が、他ならぬ連邦によって鹵獲されたザク部隊と死戦をくりひろげるさまには心をわきたたせる物がある。

 ちなみにどの兵器も秘密兵器で、しかも歴史の闇に消えたという物であるため、エピソードは基本の骨格がすべて同じである。

1:秘密兵器が実験部隊に送り込まれる。
2:秘密兵器を扱うのは、素行や経歴に傷のある将校である。
3:秘密兵器は危険な戦場において活躍し、死に花をさかせる。
4:秘密兵器と共に、それを扱う将校も死ぬ。

 この繰り返しである。
 これを様式美ととるか、はたまた少しはひねれよ(これは作者の林譲治さんの責任ではない。私は見ていないがどうやら原作となる映像作品がそういうものであるらしい)ととるかは読む人次第であろう。

 私としてはもうちょっと何とかならんかったかと思うのだが、この制約の中できれいにまとめてある林譲治さんの力量には素直に感服する他はない。

 なお「ヨルムンガルド」そっくりの「闇討ち一号」であるが、これを考えたのが実は他ならぬ[艦政本部開発部長]譲治さん(当時はまだ作家ではなかった)であるというのは、なんとも愉快である。

08月05日

■架空戦記ネタ:『疾風迅雷 戦国蒙古騎馬軍団』
 イエズス会士、ルイス・フロイスの『日本史』という書物に戦国時代の日本の騎馬武者が、戦闘時に下馬して戦うという記述がある。
 ヨーロッパの人々にはこれだけでは納得してもらえないと思ったのか、フロイスはこれに「馬から下りて戦うのが日本の習いである」と注釈をつけている。

 対して現代日本での戦国武将のイメージとしては『武田騎馬軍団』という言葉もあり、我々は騎乗した武士を、後の騎兵隊と同じようなイメージでとらえがちである。しかし、これは正しくない。
 戦国時代には騎乗した武士による騎兵突撃という戦い方は行われていなかったらしいのだ。

 馬に乗るような士分の武士は寄親=小隊指揮官が多く、彼らだけ集めてしまうと、その寄騎=兵卒の指揮が満足に行えないというコマンド・コントロール上の問題もある。

 だが、最大の問題はやはり当時の日本の馬が騎兵突撃にあまりに不向きであったためである。馬体が小さくパワー不足というのももちろんあったが、馬との文化的、経済的なつながりも影響している。日本では蹄鉄の技術もなく、馬を去勢するという飼育方法も知らなかった。おかげで日本の馬は気性も荒く、なかなか言うことを聞かなかったそうである。

 そこで、ここに if を入れてみよう。

 13世紀の元寇を思い出して欲しい。日本に攻め込んだモンゴル=高麗軍は、鎌倉武士の奮戦やモンゴル=高麗軍の作戦上のミス、そしてさらには台風などによって打ち負かされ、撤退を余儀なくされた。

 ここで、モンゴルが九州に橋頭堡を築くことができたという歴史改変を入れてみよう。

 台風や作戦上のミスがなかったとしても、九州から先にモンゴルが進む事ができたとはあまり思えない。鎌倉時代の日本というのは、中世社会らしく、日本全国いたるところに武装集団が存在している。集まった野戦軍を一撃のもとに撃破して敵を無力化するというモンゴルの得意技は使えない。

 しかしそれでも、九州中部あたりまでをモンゴルが支配し、元帝国が斜陽を迎えるまでの半世紀あまりそこに居座っていたという仮定はそれなりにもっともらしく聞こえなくもない。

 さて、歴史改変物ではできるだけ「歴史上の著名人は登場させる」という前提があるので(架空の歴史における架空の人物によるドラマではファンタジーとの境目がなくなってしまう)鎌倉幕府から室町幕府、そして応仁の乱を経ての戦国時代という表向きの歴史年表は、そのままにしておく。

 ただ、それっぽくするために、鎌倉幕府が倒れた理由は九州のモンゴル領回復戦争の負担が原因であるとか、建武の新政の後、京での戦いに敗れた足利尊氏が九州に逃げそこでモンゴル伝来の騎兵戦術を使う蒙古風の武士を味方につけて逆襲するとかのエピソードはいれておこう。

 そして戦国時代。我々の知る戦国大名が各地で興亡を繰り広げる中で、尾張の国にひとりの英雄が誕生する。

 織田信長である。

 彼は遠くヨーロッパからやってきた商人や修道士から彼の地の戦における歩騎砲の諸兵科連合――コンバインド・アームズについて聞き出す。そして、そこから導き出した原則にのっとった軍備を整えはじめる。

 そのころ東では『海道一の弓取り』の呼び名も高い今川義元が虎視眈々と尾張を狙っていた。
 義元の麾下で実戦経験も豊富な蒙古風の短弓を装備した今川弓騎兵隊を、信長は打ち破ることができるのか?

08月06日

■本日の読書:『風雲児たち 幕末編 7』みなもと太郎
 はるばるサンクトペテルブルグからバルト海、北海を通り、大西洋を南下してアフリカは喜望峰を回り、インド洋から東シナ海をへて長崎にやってきたロシア艦隊。出港はなんと3巻のことである。

 その間に本国ではクリミア戦争が発生してイギリスやフランスが敵になってしまう。遠い東の果てでほとんど孤立無援の状態にあるロシア艦隊は、これまでの巻でも上海に戻ったりマニラに行ったりとうろうろしている。

 そしてこの7巻になってようよう日本に上陸、ロシア艦隊を指揮するプチャーチン提督と幕府の間で国交を結ぶ交渉が行われるようになる。

 やれやれ。

 ところが国境問題を論議している間に、地震やら嵐やらがやってきて――プチャーチン提督が乗るディアナ号は沈没。乗員500人と共に遭難してしまう。

 なんかこう、いろいろな意味で不幸な巡り合わせにあるプチャーチン提督であるが、どうにも憎めないなぁ。

08月07日

 先月、体重の記録をつけていないというので私に「ダイエットはやめたのですか?」と聞いてきた人がいる。
 やめてはいない。
 ちゃんとフィットネスプラザには通っている。ここ7月からは週に2回ペースである。

 ただ、いつも使っている体脂肪計(かなり古い)がついにおなくなりになってしまい、データの継続性がなくなってしまったのである。
 しゃあないので、フィットネスプラザにある少し新しい体組成計を使うことにした。着衣重量を指定できないので計測値から0.5kgを下げて記録する。


2005年8月7日
 体重 71.3kg
 基礎代謝 1543kcal

 全身体脂肪率 22.7%
 右腕体脂肪率 17.1%
 左腕体脂肪率 18.5%
 右足体脂肪率 21.4%
 左足体脂肪率 21.6%

 全身筋肉量 52.6kg
 右腕筋肉量 2.9kg
 左腕筋肉量 2.6kg
 右足筋肉量 10.1kg
 左足筋肉量 9.9kg


 ……なんとなくこの記録を書いていて、『バトルテック』でメックをデザインしているような気分になったのは秘密だ。しかしこの全身筋肉の値は信用していいものだろうか?
 なんか、脳みそまで筋肉のようなそんな数字なのだが。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 印刷と絵の具』
 本を愛し、本に生きる(そのわりには大事にしない)私としては紙と印刷技術こそ文明というものである。
 手書きから活字へ、そして電子データへと書物は進化してきた。

 ちなみに、グーテンベルクの以前にもたとえば木版印刷本は敦厚の千仏洞から『金剛般若波羅蜜経』が発見されているが、これにはちゃんと唐の年号が入っていて西暦でいえば868年の物だが、たいへん美しい印刷でありこの時点ですでに技術の蓄積はそうとうされているから最初の印刷はもっと前であろう。

 ではグーテンベルクの発明のポイントは何かというと次の3点になると記事を書かれた庄司浅水先生は述べる。

・父型を打ち込んで黄銅の母型を作り、それに溶かした活字地金を流し込んで鉛鋳造活字を量産できるようにした。

・印刷用の油性インキを発明。

・オリーブ油搾り機やブドウ搾り機などにヒントを得て木製の平圧式印刷機を作った。

 こうして1455年頃、グーテンベルクは現存する最古の鉛鋳造活字印刷の「42行聖書」を刷り上げたのである。(1頁42行×2段なのでこの名がついた)

 木版印刷の元祖は、仏像印に墨をつけてこすった摺仏であるという説もある。そして、グーテンベルクの印刷機は聖書を大量につくりあげた。
 私自身は信心深い方ではないが、これらの事は信仰心が必ずしも技術の発展と相容れないものではないという証明のようで、まことに心強い。

 本書ではレオナルド・ダ・ヴィンチの業績についても記事がある。
 彼のスケッチの数々をながめてあらためて思うのは、ダ・ヴィンチという人は計数が苦手であったに違いないという事だ。

 たとえば彼が考えた、回転刃つき戦闘馬車。ぎゅるんぎゅるんと回転する巨大な刃で敵をなぎはらいながら進む馬車なのだが、その動力は馬2頭である。

 あるいは、全方位に火器を満載した、UFO型(独楽型)戦車。これの動力は中にいる人間である。

 他にも巨大砲、ヘリコプター、運河掘削機など。

 ダ・ヴィンチの発想のすばらしさは現代にも通用するが、その発想を実現するための素材や動力に関する技術面に対する貧弱さを忘れてはいけない。彼は天才であったが、その天才は「とりあえず不都合には目をつぶる」というかなり調子のいい部分と裏表であった。

 また、そのぐらい割り切れるようでなければ、おそらくいろんなアイディアを生み出す事はできなかっただろう。彼に必要なのはスポンサーではなく、実際に物作りを担当する技術者の相棒であった。さすれば、湯水のようにあふれかえるアイディアの幾つかからスピンアウトした発明品が世界の歴史に大きな影響を与えたかも知れない。

 ただ、その場合はごく普通の発明家のひとりとして今のように有名にはなれなかったかも知れないが。

08月08日

■本日の読書:『たべもの戦国史』永山久夫
 たとえば紀元前5世紀のヘロドトスの著作『歴史』における記述によれば、ペルシア帝国によるギリシア遠征軍の総勢は500万人だそうである。当時のペルシア帝国の住人が全員遠征にやってきたんかいと言いたくなるよーな、むしろ民族大移動みたいな話である。
 ちなみに後世の史家は実数を5万ぐらいと見積もっている。

 ヘロドトスはペルシアが大軍であるという傍証として、遠征軍が川で水を飲んだら川の水が干上がったというエピソードを紹介している。
 私は高校の歴史でこの話を聞いた時、500万人という数字は信用しなかったが、川の水が干上がったというエピソードは信用した。いや、実際に干上がったというのを信用したのではなく、500万の軍勢というのはそういうむちゃくちゃな存在だというのを信用したのである。

 思えば、兵站について考えるようになったのはこの時が最初かも知れない。戦場にはコンビニもなければ、ほか弁もないのだ。兵隊のご飯を運ぶだけでもえらいことであるし、トラックなどの輸送手段がない昔の戦争では輸送だって気をつけないといけない。

 さて、本書は日本の戦国時代、我々の先祖はいったいどんな具合に戦場でメシを食っていたのかという本である。

 内容についてはおおむね首肯できる部分と、ヘロドトスのじいさまのような部分とが混ざっている。このあたり、読者は自分なりのフィルターを通して本書を読まれるとよかろう。
 私が本書をひっぱりだしたのは「そういえば、軍馬には何をどのくらい食わせていたのだろーか」との疑問からだが、かような記述がある。

 馬糧の大豆は騎馬で1日1頭あたり三升、駄馬で二升あたえた。大豆はよく煮てさまし、糠をまぶす。そのほか、干した豆腐滓や穀粉も用いてあるので、中身は相当濃厚になる。しかし、大豆や穀粉だけでは腹にもたれるから、青草や干し草、ワラなどもふんだんに与えた。

 一方で巻末の「戦史・武将のたべもの史」というのではいきなり最初の項目がコレだ。

猿人:人類のはるか遠くの祖先は、長い間木の上で生活していたが、あるとき、地上のネズミや昆虫、イチゴなどの味を覚えると、常食の果実や木の実だけでは物足りなくなり、より頻繁に地上におりて食いものあさりをするようになった。
(中略)やがて猿人は、両足で立ち上がり歩くようになった。長い両手をだらりと下げ、前こごみになって草原や森の中をうろつきまわった。下ばかり見て歩いたのは、地上に転がっている食いものをさがすためである。

 このあたりの愉快描写は実に秀逸なので、機会があればぜひ読んでみられるといい。

 私としては、ヘロドトスの魂が現代にも受け継がれていることを再確認でき、まことに心強い限りである。

08月09日

(昨日から続く)
 兵糧は最前線まで運んでやる必要がある。

 史料などによると、戦国時代の足軽は1日5合の米を食ったそうである。
 現代的な感覚では大食らいに思えるが、米をのぞくと後は具がほとんどない味噌汁だけである。
 米1合が150gでおおむね500kcalであるからこれで2500kcalとなる。おかずのプラスアルファがない事を思えば、兵士の食事としてはまあこんなもんだろう。
 この米5合を朝にまとめて炊いて1日の主食にしたわけだ。

 足軽が自分で運ぶ兵糧の量は、原則3日分であったという。およそ2kgでこれまた他の装備とかも考えれば妥当な線だ。戦国より1500年前のローマのカエサルが書いた『ガリア戦記』でも「兵士に食料を3日分もたせて」という表現があるから、3日というのはひとつの目安になるのかも知れない。

 さて、大きな戦ともなると千とか万とかの単位で軍隊が移動することになる。試みに1000の軍勢が今の計算でご飯を食ったとしてどのぐらい必要かというと、1日あたり5000合=500升=50斗=5石=900リットルである。
 米の運搬というと米俵である。あれはおおむね4斗で1俵だから、1日12.5俵を運ばねばならない。

 桶狭間の時に、松平元康(徳川家康)が義父であり主君である今川義元に命じられて兵糧を最前線の大高城に運び込んでいる。
 このときに指揮した兵はおおむね500〜800ぐらいで、輓馬150頭で米450俵を運んでいる。1000人の兵士を1ヶ月あまり養える量だ。

 戦国の戦いは基本的に城の取り合いであり、日本全国いたるところに城が築かれていた。自分の町の郷土史あたりを調べてみるとわかるが、その多くは交通の要衝を押さえる場所に築城され、見晴らしのよい小高い丘や山の上にあった。それらの城を拠点に軍隊は動くため、城の米倉には常に兵糧を蓄えておく必要があったのだ。

 さて戦国期でも万の軍勢ともなると大軍である。計算では10000人の軍勢は1日で125俵の米が必要である。足軽は3日分の兵糧を持ち歩いているから、3日ごとに375俵を輓馬125頭で前線まで運ばなくてはいけない。
 馬のための馬糧や矢玉など他にもいろいろと必要な物はあるので大高城兵糧入れと同じく馬150頭で800人の小荷駄隊(補給部隊)を編成したとする。

 策源となる城に兵糧を蓄えておいたとして、前線まで10日の距離にある本軍へ兵糧を運び込むには、往復20日の行程の中に7部隊の小荷駄隊が必要となる。その数5600。
 なんと、10000人の兵士を前線で戦わせるのに5600人と輓馬1050頭(しかも実際には彼らの飯の分も考えにいれないといけない)が必要となる。

 もちろんこれは前線まで10日(1日分を25kmとすると250km)の場合で、距離が短くなれば必要な輸送能力は減るし、伸びれば増える。

 史実でも、大軍を擁しての出戦では総数の3〜4割がこれらの小荷駄、つまり補給部隊であったらしい。
 大軍による遠征というのは補給にえらく負担がかかるのだ。

08月10日

■本日の読書:『ゼロの使い魔 5』ヤマグチノボル
 今回は短編集で、ストーリー的には一日休み。
 しかし、このシリーズは意外とこういう小さなエピソードの積み重ね部分の方が面白いとゆーか手慣れている感じである。

 たとえばルイズがはじめて賭け事(ルーレット)に手をだしてすっからかんになるやつでは、最後に、親の総取りである『0』におっこちちゃって、『ゼロの使い魔』らしくオチがついている。

 また、ウェイトレスのバイトをすることになったルイズが最初はそれこそどうにもならなかったのに本巻の最後のエピソードではそれなりに手管を身につけて主人公のサイトをひっかけてひどい目にあわせるとか。

 その分、シリアスな話がいまひとつこー、食い合わせが悪いのだが。
 なかなかにこういうのもいい感じである。

08月11日

■本日の読書:『エレメンタルジェレイド 9』東まゆみ
 表紙はフィロである 。・゚・(ノД`)・゚・。
 絵も内容も悪くはないのだが、前の巻あたりからどーも展開がとろくさぁてならん。
 いやもちろん、人気も出たしTVアニメとかもあるのでそれなりに引き延ばす算段とかもあるのであろうが、こう露骨に展開が遅くなっては興が削がれる。

 このあたり、『鋼の錬金術師』がたとえどうであろうとひとつひとつのエピソードが実に濃いのと比べるとやはり残念。

08月12日

■本日の第三次スーパーロボット大戦あるふぁ:『丸い頭のくせにつんつんとがってやがる』
 イデオンのエピソードとガオガイガーのエピソードが混ざっているとどうも違和感が大きい。イデオンというのは、とにかく不幸てんこもりで人間が信用ならない話なのだが、ガオガイガーの方はその逆だからである。

 だから、丸いのが「あんた達だってイデの力が欲しいだけなんだろ」などととがった発言を吐き捨てるよーに言っているエピソードの次に、自分が異星人であることを知った護くん(スーパーパワーがある)とその父母(ごく普通の人)とでこんな会話が出るのだ。

「ぼく、お父さんとお母さんの本当の子供じゃなかったんだね」
「それは違うよ」
「え?」
「あなたはお父さんとお母さんの本当の子供よ」
「ただ授かり方が普通とは少し違っただけさ」

 ……
 すいません、ちょっと涙腺が刺激されました。

08月13日

 お盆である。
 田舎に帰り、オヤジの墓を参る。

08月14日

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 船と地図』
 なんといっても大航海時代といえば帆船である。
 前にも書いたが、19世紀における列強の条件のひとつが、「世界のどこにでも自国の船団を押し出せる」である。大型帆船の時代を迎え、海運力と海軍力は陸運と陸軍に優越するようになったのだ。

 とはいえ、いきなり最初から大型帆船だったわけではない。
 紀元前3000年、エジプトはナイル川で利用していた帆船(王の副葬品だったのが発見された)は45mある船体を構成する外板が、なんとロープで結んであった。川船であればそれでもいいだろうが、荒波にあってはたちまちバラバラである。

 その後も地中海沿岸航路ではオールを漕ぐ船が(特に軍船では)使用された。風を自在に使いこなすことができないので、機動力をオールに頼っていたのである。

 やがて帆とその張り方が改良されてゆき、高速で機動力のある帆船ができるようになった。そして輸送力の要となる船体の大型化にも新たな技術が使われるようになった。
 たとえば釘で固定する場合、打ち抜いて反対側に出た部分も叩いて丸め、簡単には抜けないようにしたのだ。いわゆるリベット止めの原型のような感じだ。
 他にも、西洋では竜骨を要とし、そこから伸びる肋骨で支えて船体の強度を上げているが、東洋、特に中国船では横隔壁を何枚も用意して船体下部を仕切って大型船に必要な強度と安全性を高めている。

 後、15世紀〜16世紀ぐらいからは、博物調査船による航海もひんぱんに行われてきた。博物航海の結果は美しい彩色された図入りの本で出版され、遠い海の向こうの景色や文物、そして何よりエキゾチックな鳥獣が人々を魅了した。
 百万の言葉を連ねるよりは、一枚の絵が強い説得力を持つことがあるのは別に現代に限らない。

 マクシミリアンのブラジル探検記。
 マルティウスによる南米探査。
 フレシネのユラニー号世界周航図録。

 これらは銅版で単色刷りをした上に手で彩色したという事もあり、発行部数こそ少なかった(200部とかそんなもの……『親子丼』と一緒かっ)が、多くの人の注目を集めた。
 そして、それらを読んだ、あるいは話を聞いた人々に未知の世界への旅を決意させたのである。

08月15日

■本日の読書:『ゆらゆらと揺れる海の彼方 5』近藤信義
 ついにバストーニュ大戦が勃発。
 この巻では新キャラも大増員である。
 新キャラの中ではアーミッシュ教国の女聖騎士カルナちゃんは裏表のない、いい感じのキャラ。相棒のひねくれた聖騎士オルランドとの漫才も王道である。

 そのほかの人間ドラマについてはぐだぐだが過ぎる。ちと食傷気味。

 さて、いつもの「地図を出せ地図を」とゆーことで。
ゆらゆら バストーニュ大戦
 青丸は、レールダム福音王国の都市。
 赤丸は、アールガウ神聖帝国の都市。
 緑丸は、バストーニュ王国の都市。
 点線は冥海の航路である。(エルメロー=モンディディエ間とかヘルデルラント=アルデージュ間のように、間に幾つも都市を中継する航路もあるが省略した)

 おおむねこの5巻における動きはこれで分かると思うのだが、問題は、今回ラシードやジュラ達のレールダム福音王国と同盟を結んだアーミッシュ教国である。
 どこにあるのか今ひとつ位置が謎。

 案外と地上の位置とは無関係に、冥海を通してのみ世界中のいたるところとつながっている国家なのかも知れず。

 本巻における戦闘だが、アーミッシュ教国の神聖騎士が使う海獣の特殊能力について、もうちょっと伏線をひいて欲しかったとは思う。
 効果が絶大すぎるため、前フリなしのアレでは唐突な感じがいなめなかった。

 3巻のノウラビームの場合は典型的な「イヤボーン」なのでかまわない。元々「イヤボーン」は道理ではなく感情に訴えかけるものなのだ。

 しかるに今回のはイカサマ博打なので、いかにイカサマをそれらしく見せるかが重要である。
 イカサマしてるんだから勝つのは当たり前だが、それゆえに盛り上げる演出がうまくいかないと、同じイカサマでも後出しじゃんけんになってしまう。

「じゃーんけん、ぽん」
「グー」
「ふふふ、グーを出したな。私はこれだっ――パーだっ!
「がーんっ、負けた……」

 などと文句を言っていたら、enoさんに説教されてしまった
 確かにちと多くを望みすぎかも知れない。

08月16日

■本日の読書:『突撃! へっぽこ冒険隊』浜田よしかづ
 ソード・ワールドのリプレイキャラによる漫画。
 ソード・ワールドのリプレイといえば、やはり私のお気に入りは『バブリーズ』である。

 中村博文さんのイラストもさることながら、全体を通して流れる「勝てば官軍、死して屍拾うものなし」という身も蓋もない雰囲気が大好きであった。

 だが、すでに時代は違う。いや、過去においてもそれが本当に良かったかどーかは疑問なしとは言えない。たとえば私が本サイトの『RPG今昔物語』で書いているよーなエピソードを面白そうだという奇特な若い人もいるようだが、アレは紹介できるレベルの物を加工して提供しているので、実際にはアレをはるかに上回るつまんねープレイや、後味の悪いプレイが存在するのである。

 もし過去の私に『へっぽこーず』と『ばぶりーず』のどっちでプレイしたいかと聞けば、間違いなく『へっぽこーず』を選ぶだろう。時代とともに、RPGのプレイは洗練されていると私は思う。

 さて、そういうRPGの話はあっちにおいておいても本書はたいへんぬる〜い面白さに満ちている。このぬるま湯感覚がなかなか良い感じ。

 ところでヒース兄さんであるが、最終話で幻覚で「大事なモノが失われる夢」を見せられた時に、

イリーナ:パーティが解散する夢でした……
マウナ:私小鳩亭が火事でなくなる夢〜〜
エキュー:マウナさんが失踪しましたよ!(マウナ:はいはい)
バス:歌えなくなるというのはぞっとしましたぞ
イリーナ:ヒース兄さんは?
ヒース:(赤面して)……忘れた

 どうやら、イリーナがいなくなる夢を見てしまったようで。
 いつも尊大な態度のヒースだが、意外と「ツンデレ」な部分があって笑える。

08月17日

■本日の読書:『アミーゴ! 戦艦大和!!』小林たけし
 昭和20年。
 敗色濃い日本は、残った帝国海軍の至宝である戦艦大和を中立国であるアルゼンチンに譲渡する
 牛5000頭と引き替えに。

 この序章を読んで私がげっらげら大笑いしたのは言うまでもない。

 だがユーモア架空戦記を期待していた私としては残念なことに、笑えるのはここまでである。
 後はごくごくまっとーな展開になってしまうのだ。

 たとえば、本書でアルゼンチンが戦艦大和(改装後の艦名は「アントノ・リベロ」)を使うのは後にも先にも1982年のフォークランド紛争の時だけである。

 当時は中学生であった私は新聞やテレビで報じられた、ミサイル1発でイギリスの駆逐艦が沈んだとニュースにたいそう驚いたものだ。(ミサイルの名前をとって『エグゾゼ一発』という言葉がその年の流行語にもなった)

 後は、潜水艦が鬼のよーに強い印象がある。実際、アルゼンチン海軍はイギリス潜水艦に対抗する術をもたず、戦争の後半ではほとんど出撃不能になってしまう。

 で、そんなアルゼンチン側に戦艦大和があったとする。はたして活躍できるだろうか?

 この疑問には誰もが「否」と答えるであろう。いくら戦艦大和が世界でもっとも優秀な戦艦であったとしても、それは第二次世界大戦での話である。アルゼンチンが(貧乏なのに)がんばって電子装備や対空兵装を買ってきて装備したとしても、できることは限られている。
 確かに戦艦大和のような巨艦を沈めるのは困難だろうが、戦闘力を奪うだけならぞうさもない。

 とゆーか。

 現代戦において戦艦大和の戦闘力――46センチ主砲――を使う相手などほとんどないのだ。

 ここに本書の最大のネックがある。
 せっかくの戦艦大和である。戦うべき相手はできれば戦艦がいい。
 だが、イギリス海軍はもうすでにとっくにすべての戦艦を退役させてしまっている。
 かといって、戦艦以外の艦では――最初から大和の主砲の届く範囲に来てくれやしない

 そういうわけなので、本書のクライマックスはどういう場面かというと、ミサイル攻撃で足を止められた半身不随のイギリス空母を、苦労してなんとか射程にとらえた戦艦大和が一方的にぼかぼか撃って沈めるのである。

 こんな盛り上がらねークライマックスというのも珍しい。(いや正直な話、たいへんのろわしいことに、最近の架空戦記では珍しくもなくなってきている)

 なぜこうなったかというと、これは作者の小林たけしさんが『嘘をつかない』ためであろう。
 フォークランド紛争でアルゼンチンに戦艦大和があったら? という設問を常識的に分析して、常識的に物語をくみ上げているのだ。

 あれだけ最初に愉快で非常識な設定――牛5000頭で大和を売却――をだしておきながら、その後の展開に非常識を排除するというのは私にはたいへんもったいないと感じられる。同じフォークランド紛争をやるにしても、なぜ時代を1950年ぐらいにして、イギリスの戦艦と殴り合いさせたりしなかったのだろう。
 あるいは、そう、『遥かなる星』みたいにキューバ危機が核戦争になって、北半球の国家がことごとく崩壊した後の世界でもいい。

 なんとも実に残念な一冊である。

08月18日

■本日の読書:『荒野に獣慟哭す 2』原作/夢枕獏 漫画/伊藤勢
 伊藤さんの漫画にはいがある。

 キャラクター達が立ち止まらないためだ。
 とにかく敵も味方も一瞬たりとも逡巡しない。無駄なことで悩まない。
 それが作品のスピード感につながっているのだが、その一方でひょっとしてコレはそのスピードやノリについていけない客を逃しているんじゃないかなぁとも思う。

 たとえばこの2巻の序盤。
 新宿駅の近く、5階ぐらいの高さにある喫茶店の窓際の席で、主人公の御門=宮毘羅が眼下を通る人物を監視している。
 ところが接触前にいきなり別の連中がそいつを拉致して車に押し込んだ。

 さあどうする主人公?

1コマ目:
「下に人はいない! よし!」
 窓際の席をたって走り出す。

2コマ目:
「勘定と修理代!」
 ばん、とレジのお姉ちゃんに金を出す。
「ありがとうございま……」

3コマ目:
 はたと気がつくお姉ちゃん。
「は? 修理代って、お客様っ?!」
「すまん!!」
 再び窓へ向かってダッシュ。

4コマ目(次ページ):
 窓を蹴破って外に飛び出す御門=宮毘羅。

 これがいきなり窓を破って飛び出すのなら、ストレートではあるが分かりやすい。
 だが、伊藤勢さんのキャラは、ここでわざわざ勘定と修理代を払ってから飛び出すのだ。ちゃんと頭を使っているし周囲も見えている。(物語的には緩急をつけるという機能も果たしている)

 理性的ではあるが、ためらいもない。

 このへんのノリが私としては大好きなのだが。はてさて。

08月19日

■本日の読書:『関口大砲製造所』大松騏一
 現在は東京ドームや後楽園遊園地がある場所。
 ここに戦前は東京砲兵工廠があり、日本陸軍の兵器を生産していた。
 さらに時代をさかのぼってここが水戸藩の江戸屋敷であった頃。
 ここから西の関口町(現在の江戸川公園の南側)に、江戸幕府は大砲製造所を建造した。

 この本は、

・江戸幕府が大砲生産を推し進めるようになった背景
・優秀な大砲を作るためになぜ関口が選ばれたのか
・大砲製造所が建設されるまでの経緯
・大砲製造所での大砲生産の様子
・その後の関口大砲製造所

 というような内容になっている。
 当時の官僚文書(幕府の役人の予算申請書など)もふんだんについていてなかなかに興味深い。

 関口に大砲製造所が作られるまでは、日本では寺の鐘と同じように鋳型に青銅を流し込んで大砲を鋳造していた。
 これでは失敗も多いし品質もよろしくない。

 そこで、一本の棒のような青銅の塊をくりぬいて大砲の砲身を作る製法を導入する事になったが、手作業でそのような事をしていたのではコストもかかるし生産も追いつかない。

 蒸気機関もコストや技術の面でまだまだ高いし難しい。

 最終的に選ばれた――というか他に選択の余地がなかったのだが水車の力を利用することになった。当時関口は上水道からの水で水車を回しており、この力を使うことになったのだ。
 ちなみに1昼夜かけて30cmほど掘り進んだそうである。

 オランダから大金(1万2千ギルデン=銀280kg)で購入した螺旋条(ライフリング)をつける機械なども用い、関口大砲製造所ではせっせと大砲を量産した。
 工場の建設開始から1863年の生産開始まで2年。江戸幕府の役人は決して無能ばかりではなかったのだ。

 だが関口大砲製造所がその役目を果たした時期は短かった。1865年の第二次長州征伐とその失敗、1868年の江戸無血開城の後は新政府軍に接収された。

 いろいろと苦労もし、大金を投入もしたが、関口大砲製造所は江戸幕府にとってそれほど役には立たなかった。しかし、だからとしてそれをして無駄と言い切るのはどうかとも思う。

 関口大砲製造所とも縁の深い台場について、明治になってその無駄を非難する声があがったとき、勝海舟はこのような言葉を残している。

 然りといえども、彼が一弾も受けずして、平和にその局を了り、今日に至りてなお無用視せらるるは、また我が人民の至幸というべし。
 我れいまその無用の贅物たるを咎めずして、却ってその当局者の苦心を察する者なり。

 この言葉をもって、本書の紹介を終わろう。

08月20日

■本日の読書:『ドラゴンエイジ 9月号』

●『かりん』影崎由那
 雨水少年を吸血したかりんだが……雨水少年に変化がないんですが。
 次回でお父さんの話に決着がつくか?

●『ツバメしんどろ〜む』茜虎徹
 前の話でその想いを告白してしまったツバメねえさんがもはや完璧にダメ人間にっ。

●『仮面のメイドガイ』赤衣丸歩郎
 そしてこちらでは、フブキさんがただの萌えメイドに。
 待望の新キャラは金髪&ツインテール&貧乳&生意気のコンボ。
 いろいろな意味でなえかちゃんと良いライバルに。

08月21日

■本日の読書:『サイパン機動防御戦』陰山琢磨
 かつて『大反撃一式砲戦車』として飛天出版から出たものの再版。
 けっこう高い評価を受けていたというのを思い出して読んでみることに。
 同時に取り寄せたのが『アミーゴ! 戦艦大和』で、こちらがダメだった時の保険であったのだが、実際にその通りになってしまった。

 さて、本書の主役は一式砲戦車である。一式砲戦車といえば、ちゃんと史実にも存在する。コレだ。

 本書ではこれをどう改造したかというと、こいつに8センチ砲(88ミリ)を搭載したのである。
 元が75ミリで、そいつを88ミリに変えただけならたいしたことがないと思われるかも知れないが、これが実はだいぶ違う。

 この88ミリ砲というのは日中戦争において国府軍から押収したドイツ製の優秀な大砲である。史実においても九九式八糎高射砲として高射部隊に配備されている。
 ややこしーのだが、タイガー戦車などで一躍有名になった88ミリ砲とこの砲は別物である。一世代前の第一次世界大戦の頃の大砲で、ドイツ帝国海軍などで使用されていたという。WW1後のドイツは軍備を大幅に削減されたから、それにともなって外貨獲得などの目的で中国にわたったのだろう。(他にも国府軍はたくさんドイツ製や東欧製の兵器を輸入している)

 だが、一世代前とはいえ元が高射砲であるからして初速が高い。弾丸重量9.0kg、初速800m/secである。(数値は榴弾のもの)
 元が九〇式野砲で弾丸重量6.0kg、初速680m/secの75ミリ砲と比べると、やはり数段上の大砲といえる。

 が、しかし。

 優れた砲の搭載には問題も生じる。高速の弾丸を撃ち出すために砲身は長いし、頑丈なので重量はかさむしで、バランスが大きく崩れる。
 そこで陰山さんが考えたのが、逆向きに搭載しようというものであった。つまり、大砲を後ろ向きに搭載してしまえば、バランスの問題は解決されるというのだ。

 戦場に到着するまでは大砲を敵とは反対に向けて走ることになるが、この一式砲戦車の仕事を『機動力のある対戦車砲』と限定してしまえば、その問題の多くは解消される。
 自分から攻撃に向かうのではなく、敵の攻撃を待ち伏せして隠れて遠距離からしとめるための兵器なのだ。

 さてこのようにして誕生した一式砲戦車(陰山ver)は、本書でサイパンの島に送られて上陸してくるアメリカ軍と死闘を繰り広げる。

 このあたりの戦場の設定もよくできている。

 先に読んだ『アミーゴ! 戦艦大和』が、「フォークランド紛争でアルゼンチンに大和があったら」というだけの架空戦記であるのに対し、こちらは「せっかくオレが改造して作ったこの一式砲戦車を活躍させられる戦場はどっかないか」というたいへん前向きな設定となっている。

 こう言ってはなんだが、これだけ改造したところで戦場が満州で敵が1945年のソビエト赤軍戦車隊では、鎧袖一触で吹き飛ばされておしまいである。一式砲戦車(陰山ver)の敵はM4シャーマンでないとダメなのだ。

 かといって、フィリピンではやはりよろしくない。確かにフィリピンで戦ってもそれなりに戦果はあがるだろうが、あそこで一式砲戦車がどれだけ気炎をあげようが戦争の流れに影響はまったくといっていいほどない。

 ここはやはりサイパンなのだ。多くの民間人の犠牲者もだし、ここから発進したB−29によって日本が焦土と化したという史実があればこそ、終戦までサイパンで一式砲戦車が粘ったことで日本本土を守ることができたという本書のストーリーが読者に満足感を与えるのだ。

 娯楽読み物とは読者のためにあるということを、やはり忘れてはいけないのである。

08月26日

■JGC2005レポート:第1日

※注意※
 このレポートは私の(かなり歪められた)主観と、私(に都合がいい)記憶に従って構成された、事実を元にしたホラ話です。
 ぶっちゃけ、3割話なのでそのへんよろしく。


●横浜へ向かう
 広島は今日も暑い。台風は来なかったが熱気だけは来た。
 このうだるよーな暑さの中を新幹線にのって横浜へ。
 昨夜のうちに通り過ぎた台風によって、関東もやはり熱気が押し寄せてきていた。
 あぢぃ。

●打ち合わせ
 FEAR(ゲームフィールド)の面子が集まって開会式前に打ち合わせを行なう。
 打ち合わせの中で、運営に必要なものがあった時にゲームフィールドの経費として領収で落とすという話が出るとさっそく田中天ちゃんが挙手をする。
「はいっ。ではホテルのレストランで大量に飲み食いしても、それを経費にできるのですなっ!」
「それはだめです」とこちらは苦笑しつつ田中信二(かわたな)さん。
「えー、ルールブックにはそんな制限事項は書いてないですよ?」
「ばかもの、常識で考えろ。ゴールデンルール(ルールの判断はGMに従え)だ」
「いやそこは、ユーザーフレンドリーに処理するということで」
 そこで中島社長が胸を張って言う。
「よし、じゃあオレは天の原稿料で飯を食おう」
「オレの原稿料がーっ」
「それも未払いの原稿料で食う」
「じゃあオレが、原稿料もらおうとしたら?」
「『馬鹿野郎、お前の原稿料はオレがJGCで全部食っちまっただろうが』と言う」
「おおうっ」
 まだ開会式も始まってないのに、なんであなた方はこんなに愉快なんでしょうか。

●TRPGセッションwith F.E.A.R.(1回目)
 開会式後の最初の仕事である。
 スターレジェンドのGMとして参加。
 今回は、スターレジェンド1回だけプレイ経験ありの人が3人、初体験が2人。
 でも、いずれのプレイヤーもRPGそのものはたいへん上手で手慣れており、楽しいセッションとなった。
 どのPCもキャラが立っていたと思うが、特に立っていたのはやはりPC4:公団監察官の人だろう。元『魔王子(デーモン・プリンス)』で、仲間が4人殺されたので逃げだして公団の犬となったという設定。まわりのキャラをひっかきまわしながらも、きちんとしめるべきところはしめているのがお見事。

●越後湯沢の面子と会う
 このJGCの後に越後湯沢オフをする面子と会う。
 まー、21時か22時ぐらいには着けるだろー。

08月27日

■JGC2005レポート:第2日

●ヤクザとSF
 今回は、第3回と第5回でスターレジェンドのGMなので、それまでは自由行動。
 といっても、ゲストで呼ばれている以上、ゲームやイベントには参加できない原則である。
 そういうわけで、おしゃべりとかする。
「SFでヤクザとゆーと何かありませんかね?」
「すぐに思いつくのは『ヤクザ・ウォーズ』だな。石川賢の」
「うわ、いきなり愉快に」
「あの人は普通のヤクザ物で軌道レーザーとか出ますからな」
「N◎VAでやるとな、音羽南海子の目玉がぐるぐるなんだ。ぐるぐる」
「でも、無重力で、ヤクザが床だけでなく壁にも天井にもずらりと並んでいるのは絵としていいですよ」
「どうせ無重力なら球状の部屋にしよう。それで言うんだ「ここには上座も下座もねぇ」って」
「そいつは確かにないよなっ」
「でも親分は真ん中にいて、これできちんとおさまる」
「後はヨコジュン(横田順弥)の『小惑星帯遊侠伝』かなぁ。最初に主人公が網走刑務所ならぬタイタン刑務所から出所するの」
「タイタンですかっ」
「で、タイタンは寒いから水じゃなくて酸素の雪が降るのな。で、看守と主人公が酸素の雪のふりしきるなか、
「長い間ごくろうだったな。もう二度とこんなところへくるんじゃないぞ」
「お世話になりました」
 っつうて、宇宙服のヘルメットをくっつけて接触通信するんだ」
「わははは、それはいい」

 ああそういえば。
 スターレジェンドではまだヤクザ物はやってなかったな。

●TRPGセッションwith F.E.A.R.(3回目)
 今回のJGC2005用のスターレジェンドのシナリオは、PC1:冒険者猫というわけで知性化猫が大活躍である。
 ちなみに1回目は猫の王の王子様で、2回目は猫の王様。
 なんとなく猫とゆーのは偉そうな感じがするほうがこういう物語ではいいらしい。
 なお、冒険者猫は『ファントムプラネット』では身長1mぐらいであるが、『スターレジェンド』の表紙の猫が元々のモチーフなので、ああいう外見は普通の猫というのもオッケーである。『猫の地球儀』の猫っぽく、ヒゲから電波出して身につけた機械を操作するとゆー感じなのだろう。

08月28日

■JGC2005レポート:第3日

●TRPGセッションwith F.E.A.R.(5回目)
 最終日は、当日参加の人たちと一緒に卓を囲む。
 こうやって同じシナリオを何度も繰り返し遊ぶと、メンバーが入れ替わるたびに驚くほどに展開が変化するのが分かって楽しい。
 3回目の今回はパーティー全体としてかなりクレバーな行動が多く、PCが何度も「集まって相談していいですか?」と自主的にシーンを要求してくれた。
 こうした積極性は私としても望むところである。

●天ちゃん、スティーブ・ジャクソンの通訳をする
 今回のJGCにはスティーブ・ジャクソンさんが来日されていた。
 お会いすることはなかったが、通訳の方が一緒に行動していたという。
 それを見た、我らが天ちゃんはかくのたもうた。
「オレはあの通訳をぜひやりたい。というかやらせろ」
「ほほー、天ちゃんはヒアリングもオッケーなのか」
「いや、ヒアリングはダメなんですがね。大丈夫です。なんでもしゃべりますよ。たとえばほらこんな風に」
 そして両手を広げ眉をあげ、ポーズをとりながら、
『今度ボクは、GURPSd20というのを企画している。
 こいつはたいへんクールでエキサイティングなゲームになる。
 楽しみにしてくれたまえ』

「それは口から出まかせじゃないかっ! つうか、なんだよGURPSd20って!」
「いやオレに聞かれても。スティーブの言ったコトですから。とにかくこんな感じでどんな質問がきてもすべてオッケー。英語だけでなくてドイツ語でもロシア語でも通訳できます」
「できてねぇっ!」

●終了……だが
 閉会式も無事に終わり本来ならここで広島へ帰る……のであるが、今年はこの後、越後湯沢オフが待っているのである。
 JGC組のばんゆー君と、めるとだうん君と一緒に会場から越後湯沢に向かうのだが……その過程でおそるべき中華マフィアとの戦いが繰り広げられることになったのだ。

08月29日

■#もの書きオフin越後湯沢

●黄金の中華饅頭
 JGC2005終了後、我々(私とばんゆー君とめるとだうん君)は越後湯沢へと向かった。
 だが、その途中、我々は黄金の中華饅頭をめぐるチュイニーズ・マフィアの陰謀に巻き込まれることになる。
 詳しく述べるには時間がないので、かいつまんで幾つかの場面を紹介する。

 人民服を着た美少年が私にすがりついてうるうると潤んだ瞳を向ける。
「お願いです。ボクを助けて……」
「いたぞ、あそこだ!」

 白い手袋をした男が中国拳法の構えをとる。
 その前にたちふさがる、タイ人の山賊Mr.ばんゆー。
「なかなかやるな。だが、シンガポールじゃあ二番だ」
「なにっ! 一番は誰だ?!」
「ちっちっち」(くい、と親指で自分を指すばんゆー)

 腹部をおさえて笑う西上征。その足下には真っ赤な血だまりが。
「何をしている、ここは俺に任せて先に行け」
「マサやん!」
「へっ。大丈夫だ。俺も後から行く」
「しかし――」
「早く行けよ……いてぇんだからよ」

 中華マフィアに囲まれた私と美少年とばんゆー。
「追いつめたぞ」
「さあ、黄金の中華饅頭を渡してもらおうか」
「……待て。ひとりいないぞ」
 がらがらとキャタピラの音。壁を突き破って巨大な重機がバックホウを振り立てて突入する。どこからともなく特攻野郎Aチームの音楽。
「な、なんだっ?!」
「おお、来たかめるちゃん!」

「ありがとうございました」
「なぁに、気にすることはない。可愛い男の子の頼みを聞くのは私の義務だからね」
 美少年の頭をなでなでする。
 真っ赤になった美少年が、ぎゅ、と私の首に手を回す。そして、柔らかな唇をほほに押しつける。

 というわけでいろいろと大変な出来事があり、我々が越後湯沢についたのは日付が変わる頃であったのである。

●温泉三昧
 今回、オフ会の場所を提供してくれたのはenoさんこと鷹見一幸さん。
 enoさんの別荘はホテルと隣接しており、夜は午前1時まで、朝は6時から温泉が利用できる。
 というわけで、28日の深夜に到着していきなり温泉に入る。
 29日も朝に温泉、昼は外湯(江戸時代から地元の人にも使われている原泉の掛流し)を使い、夜も温泉。
 翌30日も朝に温泉に入り、都合4回温泉につかったことになる。
 たいへん堪能させていただきました。

●銃、ガン、てつはう
 enoさんは無稼働実銃をたくさん所持している。
 日本では銃の保有に許可が必要であるが、銃の発射機能を使用不可能に工作したもの――無稼働であれば、所持できるのである。
 そういうわけで、コレクションされている銃をいじらせてもらう。
 いじって面白かったのはやはりドイツのMG34とマスケット銃(こちらは実銃ではなくレプリカ)である。
 MG34は、ドイツの機関銃である。第一次世界大戦の敗戦で重機関銃の保有制限など、火力面で制約を受けたドイツ軍が分隊火器の中核と位置づけたのがこの軽機関銃だ。
 軽機関銃といっても重量はたいしたもので、小銃のように持って撃つようにはできていない。据え付けて撃つものだ。三脚にすえれば重機関銃としても使用可能である。
 実際に触って思ったのが、まことにこまごまとした作りの機関銃だという事である。丁寧に面取などの工作がほどこされており、量産に適しているとはとても言えない。
 そのへん、やはりコレクションされていたイギリス人のステンMk2(だっけ?)というおもちゃのような(実際におもちゃ工場でも作られた)短機関銃とは雲泥の差がある。
 これはいたしかたないことで、何せヴェルサイユ条約によってドイツ軍は平時に最大10万人と規模を制限されていたので、MG34は元からそんなにたくさん作る予定はなかったのである。MG34はその名のとおり1934年に制式化されたがヒトラーが政権をとってヴェルサイユ条約を破棄するのは翌35年のことである。

●至高の親子丼
 29日の午後に、椎出さんが山口より到着する。
 さっそく全員で出迎えて拉致同然に温泉(外湯)へ放り込む。
 地元のおじさん、おじいさん、いきなり大勢でおしかけてごめんなさい。
 そして椎出さんといえば『親子丼』
 そこでenoさんが腕によりをかけて至高の親子丼を作り、皆にふるまう。
 ちなみにそれを手伝っていたのは猫屋さん。他の面々は黙々と食うだけ。
 すなわち「食客」
 今度オフ会をやるときは、料理当番は持ち回りにしよう。

●汝は人狼なりや?
 せっかく大勢集まっているので、皆で『汝は人狼なりや?』を遊ぶ。
 これは、プレイヤーが村人や村人にまぎれた人狼になるゲームだ。誰がどの役かは分からない。
 人狼は夜間にひとり村人を喰い殺し、村人は昼間にひとり誰かを吊して殺す。
 人狼をふたりとも吊してしまえば村人の勝ちで、人狼の数=村人の数になるまで減らせば人狼の勝ち。
 その人の性格が露骨に出るゲームなのでまことに面白い。
 どうでもいいが、ばんゆー君。
 昼間の部で「人狼だと思う人に投票してください」(こうして多数決でひとりが吊される)というところを
「こいつは死ねばいいのに、と思う人に投票してください」というのは愉快すぎるぞ。

1回目:
 私は村人。
 自分が予言者だと言ってはしゃぎまくるenoさんを見て、どうやらenoさんと猫屋さんが人狼に違いないとみきわめる。(実際にはenoさんは「狂人」だったが)
 そこでさっそくenoさんを吊そうとするが、どいつもこいつも人を見る目がなく逆に私が最初に吊される。
 いったいぜんたい私のどこが怪しいというのだ。
 ぷら〜ん。
 人狼側の勝利。

3回目:
 私は人狼。
 まずは1回目のお礼で、enoさんを吊るし返す。
 たぶんあの時点で私が人狼である事はばれていただろう。
 最後は1回目と同様に私とenoさんのどちらを吊すかで決戦投票になったが、これはむしろ望むところであった。「前回はenoさんに騙されたから」というプレイヤー心理が働くからである。さらに、ここでいったん私を吊さなければ、一度信じてしまった手前、二度目に吊される可能性はぐっと減るからである。
 その後も楽しく村人を喰い殺しながら「はて、予言者はどうなったのだろう?」と疑問に思う。
 3日目になって、椎出さんが「私が予言者です」と言い出すが、さすがに遅い。そこを突いて逆に椎出さんを吊すことに成功。うけけけけ。
 人狼側の勝利。やあ楽しかった。

4回目:
 私は霊媒師(昼間に吊された人が人狼だったか村人だったかが分かる)。
 1日目にばんゆー君が「実は私が予言者です。そして銅さんを調べましたが村人でした」と宣言する。
 これで私はばんゆー君を信用してしまったのだが、実はばんゆー君こそが人狼だったのだ。(本物の予言者は1日目にすでに喰い殺されていた)
 人狼が予言者になりすますというのはよくある事で、なぜかとゆーと人狼は「誰が人狼で、誰が村人か」最初から知っている唯一のキャラだからである。ようは自分達以外は全員村人なので「**さんは村人だ」と言ってもボロが出ないのだ。
 ここで本物の予言者が出るとややこしくなるのだが、「どうやら最初に本物は喰い殺したらしい」と判断し、素早く決断したばんゆー君の度胸にはおそれいる。
 人狼側の勝利。してやられたなぁ。

 かように、ことごとく人狼側の勝利であったのだがこれはすべて予言者がうまく機能しなかったためである。何度もこのゲームを遊んだことがあるばんゆー君によると、「こんな事は滅多にない」のだそうだ。
 珍しくも楽しい経験であった。

08月30日

■#もの書きオフin越後湯沢

●ばんゆー君と落語
 人狼の後で風呂に入ったのだが、このへんから連日の疲労がそろそろピークに達する。
 なんでもばんゆー君が落語についてひとくさりやったそうだが、ごめん、記憶にない。
 次のオフには全員がなんか落語を一席ずつやるのも楽しいかも知れない。

●土産をもらう
 楽しく騒いだが、「31日に締め切りがある」とenoさんがのたもうのであまり長居をしてもいかんだろうと帰途につく。
 土産として、昭和32年の丸の特集号を1冊いただいて帰る。
 こうした古い雑誌には戦中に佐官や将官として前線にいた人の記録などがあり、現在となっては貴重きわまりない。なぜかというに、戦後60年が経過したため、今や兵卒や新米少尉であった人ぐらいしか生き残っていないからである。よって、軍や部隊を指揮した人の意見を聞く機会はもはやない。
 現在は英米からの資料が豊富になったため、数値データの信頼性は上がっている。しかし、現場の指揮官がどのような経験をしたかという、「戦場の空気」は逆に掴めなくなっている。
 このような古い雑誌には逆に生の声がたっぷりあって私のような三割もの書きにはまことにありがたいのだ。
 たいへん良いものをいただいたので、面白い小説を書いてお礼に代えたいと思う。

●そして広島へ
 福岡まで帰るこーいっちゃんと、山口まで帰る椎出さんと三人で、新幹線に乗りこみ、一路西へ。
 疲労であまり活躍はできなかったが、まことに楽しいオフ会であった。
 参加した諸氏と、忙しい中、ホストとして八面六臂の活躍をみせたenoさんに感謝。

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