■本日の読書:『エマ 5』森薫
メイド物なので『龍の守護者』のキャラにいつものよーに感想を言ってもらおう。
紫苑:今回はいつにもましてエマの気持ちが丁寧に描かれていると思います。ロンドンから戻ってきてメイド服を着た時のやる気満々な様子とか、手紙のやりとりをする場面とか。それにしても、メルダースご夫妻はいい人ですね。「さて――『それではどうするか?』 さ、話し合おうか」とかすごくかっこいいです。
有樹:……
紫苑:有樹様? さっきから次巻の予告ページを見て固まってますがどうされました?
有樹:……怖い。
紫苑:ああ、キャンベル子爵ですか。厳格な方のようですからね。何をされるのでしょうね。
有樹:……そっちじゃなくて。
紫苑:は?
有樹:キャンベル夫人の顔が、すっげー、怖い。
紫苑:そういうものですか。それで、ご感想は?
有樹:うん? うーん。ウィリアムのやつは、身から出た錆とはいえ……どーすんのかなー、と。
ソフィア:それだ!
有樹:わっ、ソフィア。
ソフィア:ウィリアムは無責任にもほどがあるぞ! エレノアの気持ちはどうなるのだ! こんなのでメイドと幸せになっても私は認めないぞ!
紫苑:ソフィアちゃん、感情移入しまくりですね。
ソフィア:そういう紫苑こそ、同じメイドだからといってエマに感情移入しすぎだぞ。
紫苑:あらそんなことはありませんよ。
ソフィア:私は断固として反対! 反対ったら反対っ!! こんなのは誰も幸せにならないーっ!
有樹:そりゃ分からないが、いずれにしても茨の道だろうなぁ……。キャンベル子爵のように愛人を囲うような器用な男でもないし。
ソフィア:それだ!
有樹:ん?
ソフィア:メイドは愛人にしろ。そして私と、じゃなくてエレノアと結婚するのだ。それなら百歩譲って認めてやらなくもないこともない。
紫苑:待ちなさいソフィアちゃん。何かイロイロと混ざってますよ。
ソフィア:うるさいうるさーい。使用人の意見は却下だーっ!
有樹:ソフィア。
ソフィア:う……
有樹:……
ソフィア:ごめん、紫苑。
紫苑:いえ、いいんですよ。元はといえば有樹様がはっきりなさらないのが悪いわけですし。
有樹:え?
ソフィア:そうだな。こういうのは先延ばしにすればするほど傷口が広がる。さ、そろそろはっきりさせてもらおう。
有樹:はっきりって――あー、とにかく。みんな幸せになれるといいねーっ!
ソフィア:あ、逃げたっ!
紫苑:追いますよ、ソフィアちゃん!
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 牧畜と農業』
犬の家畜化は非常に古く、旧石器時代に遡る。
猫は……どうだろう。
そういえば今から8000年前だったか紀元前8000年だったかの地中海にあった墓から、人骨と一緒に猫の骨が発見されたというニュースがあった。
そこから導き出される答えは――
A:埋葬された人は、猫好きだった。たいへん美味なので。そういうわけで、副葬品として猫を埋めた。
B:埋葬された人は、ネズミ嫌いだった。そういうわけで、副葬品として猫を埋めた。
C:逆だ逆。埋葬されていたのは猫の方だった。人間はペットの餌係。お猫様にあの世でも仕えるために、副葬品として埋められた。
皆さんはどう思うだろうか? 私はCだと思うね。
他にも豚(猪)、鶏、ガチョウ(ガン)、アヒル(鴨)、羊、山羊など、世界中でいろいろな生き物が人間の家畜として飼われるようになった。
古代における人類文明の最先端は西アジアであったが、そこの遺跡などを調査した結果は、おおむね紀元前8000年〜7000年頃から馴化が行われていたらしい。
なかでも野生動物としては凶暴な野獣に分類できる牛と馬の家畜化は人間の文明を大きく変革した。牛は食料としてだけでなく、鍬をひかせるなど労働力としての効果が大きかったし、馬の機動性についてはこれはもう、言うまでもないだろう。人類は20世紀になってもまだ騎兵を重要な兵科として運用していたほどなのだ。
さて、この号に限らず、世界の歴史シリーズでもとりわけ技術編は写真が多い。私は大喜びなのだが、たとえば野性小麦の群生地や小麦の刈り取り、野性稲の群生地や野性稲の収穫など、写真は西アジアであったりアフリカであったりして、実際に現在(この本が出たのは20世紀後半だが)人々がそういう生活をしている場面が描かれていてたいへん興味深い。日本人の生活は100年で様変わりしたし、アフリカなどでも都市化は急速に進んでいるが、それでも何千年と繰り返してきた生活風習は根強く残っていたりするのである。
歴史というのは過去の死んだ記録ではない。
そういうのが感じられるのは、やはり楽しい事である。
■本日の読書:『陰からマモル! 5』阿智太郎
やあ、いつものアレである。
全体的に今回はどれも小粒。インパクトが薄い。
前回の最強忍者と比べるとやはり、物足りない。
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 紙とはり灸』
紙に関する不朽の名作SFというと小松左京の『紙か髪か』であるのは間違いないが、まあそれはさておき。
紙を発明したのは後漢の蔡倫となっている。しかしどうやら彼は従来の製紙技術の改良者であったのが事実のようである。
史書である後漢書(南朝宋の時代に編)にいわく
「古くから書物は多く竹簡をもって編み、絹布を使ったものを紙としていたが、絹は尊く、簡は重く、みな不便であった。蔡倫はそこで、樹膚(じゅふ)、麻頭(まとう)、敝布(へいふ)、魚網などを用いて紙とした。元興元年(105年)にこれを和帝に奏上し、帝はこれを喜び、もっぱら使用した。それで天下はみな、蔡侯紙と称した」
つまり、紙というのは元々が貴重な絹糸を生産する時に発生した繊維クズを、これはもったいないから何かに使おうというので綿を作ったりしている過程で発生したもので、きれいだが脆い。だから、最初のうちは包装用に使っていたのだ。中央アジアなどで発掘された古い紙などは、だから文字は書いてない。
なんと、紙のそもそもの使用目的は包装紙であったのである。
そこに蔡倫は改良とコストダウンを加えて現在の紙につながる物を作り出したのであるから、紙そのものの発明者ではないにしてもやはり、歴史に残る立派な仕事であったといえる。
さて、この号には他にも漆などの技術についての記事が載っているが、やはり技術編らしくさまざまな美しい漆器の写真がずらずらずらりと並んである。
それを感心してながめていてふと気が付いたのであるが、阿部棟也さんという方の写真で『東京 個人蔵』というのが何点もあるのだ。黒漆六花椀や花鳥螺鈿漆絵合子など、宋や元、明といった時代に作られた中国の漆器が並んでいる。これはどうも同じ人が持っているのではないかと思われるのだが、こういうのを個人で持ち、そしてながめて楽しむというのもまこと、優雅な生き方である。
しかし、宋の漆器を置いて楽しむのは優雅で、宋の壺をして「あれはいいものだ〜!」と叫ぶのが愉快だというのに、これが現代になって同じ中国でぺたぺたと彩色された美少女フィギュアをながめてにやにやするのはいきなり変態さんになってしまうというのもなんともアレだ、芸術を愛する心というのはなかなか世間に理解されないようで面白い。
■本日の読書:『ゼロの使い魔 4』ヤマグチノボル
表紙にかかっている帯をはずしてみると。
清楚な白いドレスを着た女王様が、いきなりすごいことに。
すごいことになっているのだが……
問題は、こういうのにすっかり馴れてしまった自分がここにいるのだよなぁ。なんか、このぐらいは当たり前というかなんというか。
さて今回もご主人様のルイズはツンデレぶりがたいへんほほえましく、しかも中盤からは媚薬を飲んでしまってツンの部分がなくなってしまうのでもはやデレがレッドゾーンに。
使い魔である主人公サイトの全身にキスマークをつけまくって
「だめ。やめないもん。サイトはわたしのものだもん。だから、こうやって他の女の子に取られないように、わたしのものだっていうしるしをいっぱいつけとくんだもん」
新手の拷問でしょうか、これは。
全体的な物語構成とかについて言うのならば、どうにも木に竹を接いだようないい加減な場面展開といい、前後の脈絡のない演出といい、唐突すぎる伏線といい、かなりアレなのだが、キャラクター小説としてはこれはもう、立派なもんである。たいへんよろしい。
友人がかなりとんでもないことを言い出す
「信教の自由ってあるじゃないか」
「あるなー。まー、理想ではあるが」
「うむ。誰がどんな宗教を信じようが、それは自由だっつうわけで」
「まあ、そのへんを認めないからいろいろとトラブルになるんだが」
「そこでだ。そこから一歩踏み込んで歴史の自由というのはどうだろうか?」
「……は?」
「つまり、その人がどんな歴史を信じようが、その人の自由ということで」
「待て待て待て待て。歴史を変えてはいかんだろう」
「んなこたぁない。古今東西、不変であった歴史なんかありゃせんだろう」
「まあそりゃそうだが」
「つうわけで、歴史の自由。どんな歴史認識もその人の自由ということで。これならみんな幸せになれる」
「なれるかなぁ……?」
なお、私の脳裏をよぎったのは『1984年』的な世界である。あれは政府の言うことがころころ変わるのだ。過去に遡って。主人公は禁じられている日記を付けることでそれに気が付くのだな。
まあ、住んでいる人はそれはそれで幸せ世界なんだろうが……
■本日の読書:『かりん 1〜5』影崎由那
『仮面のメイドガイ』を読むために買った先月号のコミックドラゴンエイジにたいへん懐かしい絵柄の漫画があったので、買ってみる。どうでもいいが、リノのアンリミテッドレースを扱う飛行機漫画が新連載だそうなので今月も買う予定。アンリミテッドは男の浪漫だよねぇ。
この影崎夕那さんに関しては……ん? ああ、なるほど。事情がおありのようですな。
では、久しぶりに倉庫から引っ張り出した影崎夕那さん原画の『みお&みほ』(voice:こおろぎさとみ)は後でこっそり楽しむといたしまして。
さて、いろいろと関係ない話題が続いたが、『かりん』の方である。これは吸血鬼の一家に生まれた15才になる果林が吸血ならぬ増血体質のおかげでどたばたするというラブコメ漫画だ。
増えた血を誰かに供血しないと、噴水のごとく盛大に鼻血を吹き出すヒロインというのもなかなかこれはこれでインパクトがあって愉快。
それよりも物語的になかなかうまいなぁ、と感心したのが、果林の生活である。
だいたい吸血鬼というのはどんな作品でもおおむね優雅な生活を送っているものと相場が決まっている。
しかし果林は違う。ここまでびんぼくさい吸血鬼というのもなかなかいない。何せ自宅の光熱費を払うためにバイトをしているくらいなのだ。まあ家に金がないわけではないようだが、将来のために自立できるよう訓練しているのである。
主人公である雨水(幸薄い)少年はさらに悲惨で、母子家庭で築三十年のアパートに住むのだが、そこの家賃すらろくに払えていない。お昼ご飯も食べられないでいて、果林がお弁当を食べさせてあげているのだ。(このへんの展開はなかなかのったりとうまい)
雨水少年の貧乏は、お母さんの、増血しちゃう果林よりもある意味で難儀な体質(?)せいもあるのだが、なんとも似合いの貧乏カップルである。
さて、果林達吸血鬼は200年前に大陸から流れてきたそうなのだが、生まれてくる子供も少なくなり、しだいに滅びへと向かっている。その中で、なぜか3人の子宝(ここ100年で唯一子供を複数産んでいる)に恵まれている果林の家に注目が集まっていく。
まあ、私の予想(的中率3割)では果林の増血機能は、人間に血を与えるのではなく、吸血鬼に血を与えて、吸血鬼を人間と同じような存在にしちまうためにあるのではないかと思っていたりなんかする。長寿や特殊能力がなくなり、代わりに太陽の下で生活できる逞しい生命力を取り戻すために――という感じだろうか。
誇り高い吸血鬼がどーするかちと不安ではあるが。
なお、この作品のまったりぶりは果林ちゃんが自分の恋心に気づくのに4巻まるごと使ってしまうという点にもあらわれている。
で、5巻冒頭に自分の部屋でのたうちまわるのである。
「ううう……だめよ、だめなのよ〜〜〜」
「だって雨水君に近づくと増血しちゃうんだもん。近寄れない人を好きになっちゃうってなんなのよ〜〜〜だめじゃん」
「第一種族が違うし。
それってゴリラがオランウータンに恋するような……こっけいなことなのよ〜〜!!」
なお、姉(15)のこの様子を部屋の外でうかがっていた妹(11)は、父親にこう報告している。
「だめ
お姉ちゃんすっかり発情期だから」
「は、発情?!」
「つまり発情期の猫のように
ばかになってるの」
そういうわけで、なかなか楽しい作品である。果林もエロ可愛いし。
さてさて(こそこそ)。
じー、かしゃ。
じーじーじー。ぽーんっ。
……ああっ、このwin95ソフト、win2000で動きやがらねぇっ?!
■本日の読書:『ノービットの冒険』パット・マーフィー
ネタだしのために、本棚から引っ張り出す。
小惑星帯に暮らすノービットのベイリーは、蒸気ロケットで我が家〈休みなき休息(restless rest)〉に戻る途中、メッセージポットを見つける。
そしてそれが冒険の旅の始まりだった――
という本書は、原題が『There and back again』。つまり『ゆきて帰りし物語』であり、内容もこれ以上はないというくらい、立派に『ホビットの冒険』である。
たとえば、ちゃんと指輪が出る。指輪をつけると見えなくなるし、その指輪の元の持ち主であるゴトリとは謎かけ合戦をする。
ベイリーはよく食べるし、食事のシーンも多い。
しかし、その一方で本書は立派なSFである。これ以上はないというくらい立派なSFである。
たとえば、指輪(実際にはメビウス・リング)は古代文明による時間伸張装置で、これを動かすと時間を引き延ばすことができる加速装置である。だから、周囲が停止した状態で目にもとまらない速度で移動することができ、だから“見えない”わけである。
奇怪な身体をしているゴトリは、マッドサイエンティストに切り刻まれた哀れな実験体である。肉体を歪められ、脳もあちこち削られて正気を失った哀れな存在なのだ。
ベイリーはよく食べるが、たとえばワームホールを一回抜けると、右と左が逆転した鏡像になるので、右旋性の有機化合物ではなく左旋性の有機化合物でないと食べても栄養にならない。もう一回抜けるとまた元に戻るが、そういうわけで、宇宙旅行者の食事は両方に対応しないといけないのでたいへんだったりするのだ。
他にも暗黒星雲には星雲のガスから生まれて進化した生物がいて、こいつらが逃げ込んできたベイリー一行の宇宙船を襲撃したりするわけである。展開的には洞窟でトロルに襲われる部分であるのだが、真空生物の描写や、それの退治のしかたはまっことSFらしいSFである。
そういうわけで、『ノービットの冒険』は私のお気に入りの小説である。
物語としての構造を名作である『ホビットの冒険』からそのまま持ってきて、それを見事にSF的に換骨奪胎した本書は、私の目指すべき方向のひとつであると思うからだ。
つうわけで……(ごそごそと『エレニア記』を引っ張り出す)
2週間ぶりにフィットネスプラザでウェイトトレーニング。
少し軽めにバランスボールとかも使ってみたり。
体重と体脂肪を測定。
前回(3/5) 今回(4/9)
・身長166cm ・166cm
・体重69.4kg ・70.4kg
・脂肪率23.3% ・23.9%
・脂肪量16.1kg ・16.8kg
・標準体重60.6kg ・60.6kg
・肥満度14.8% ・16.1%
グラフも修正。
うーむ。風邪をこじらせて日常生活でもあまり動かなかったからな。
またがんばろう。
病院で血液検査の結果をもらう。
GOT:42→39(基準10〜40)
GPT:56→48(基準5〜45)
γGTP:140→131(基準16〜73)
中性脂肪:101→196(基準50〜149)
尿酸:7.4→7.7(基準7.0以下)
むむ。肝臓はだいぶよくなったが、ちょっと栄養過多か?
■本日の読書:『武装錬金 7』和月伸宏
鳴り物入りで登場した再殺部隊ですが、いきなりこの巻でひとり(犬飼くん)脱落でございますよ。
しかも、そのやられかたが実に涙を誘う。
寝入りばなに不意打ちをかけたら、ヒロインとサブは実はテントにはおらず、落ち葉の中に隠れていたというのはいいだろう。
しかし、主人公のカズキがいきなり、ずどん、と犬飼くんの眼前に槍を突き立ててその上に立ち――
「……遊びのつもりなら帰ってくれ。
俺は――先に進まなきゃならないんだ」
と、涼しくも厳しい顔で諭すもんだから、あなた。戦う前にすでに格が違うというか。
ぶっちゃけ、三下扱い。
元々、このカズキという主人公には主人公らしくないというところがある。
特にこの巻でライバルに相当する剛太くんと対峙してみるとそのへんが浮き彫りにされるのだが、まったく浮ついていない。むろん年齢相応にバカはするが、それはブラボーのブラボーな所と一緒で、あくまでキャラクター表現でしかない。カズキは完成した円満な人格の持ち主で、それは敵や剛太と相対するとよけいに際だつ。
まあそういう意味ではこれ以上大きくなりようがない人間ではあるのだが、その一方でこのカズキであればこそ、パピヨンがひねくれた友情をいだくのもよくわかるというものである。
■本日の読書:『ドラゴンエイジ 5月号』
お目当てはみっつ。
●仮面のメイドガイ その6:赤衣丸歩郎
毎度毎度のバカ騒ぎ。
愉快だったのは、同じ構図を3回1ページごとに繰り返した部分。
1回目:
銀行強盗に襲われるヒロインのなえか。そこへ登場するメイドガイ、コガラシ。
殴り倒される銀行強盗。
すちゃ、っとポーズを決めてメイドガイ。
「たとえ火の中、水の中。主人が呼ぶならどこへでも。
それがこの俺メイドガイ!!
貴様を助けにただいま参上!」
感動するなえかちゃん。
2回目:
突入する武装した警官隊。助かったと安堵なえか。そこへ銀行強盗の武器を手にしたメイドガイ、コガラシ。
ショットガンでぼこぼこにされる警官隊。
すちゃ、っとポーズを決めてメイドガイ。
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。主人を守れと俺を呼ぶ。
それがこの俺メイドガイ!!
峰打ちだから心配するな!」
硬直するなえかちゃん。
3回目:
再度突入する武装した警官隊。やめてやめてと叫ぶなえか。そこへ両手に銃を握ったメイドガイ、コガラシ。
最後は手榴弾で吹き飛ばされる警官隊。
すちゃ、っとポーズを決めてメイドガイ。
「この世に正義のある限り。悪の栄えたためしはない。
それがこの俺メイドガイ!!
よい子のみんなは真似するな!」
自らもショットガンを構えるなえかちゃん。
爆笑しましたよ。ええ。
●かりん:影崎由那
鼻血を吹いて貧血になるヒロインというだけでもなかなか愉快なのだが、大まじめにそれで生命の危機というのは、これは笑うところなのかどうなのか。
一途で健気なヒロイン果林の思い。
雨水親子を追ってきた実家(祖母?)の雇った探偵。
それと同行している雨水少年の実の父親。
いよいよ事態は混迷の度合いを深めていくが、この調子でいくと、雨水少年の父親は実はそう悪いヤツではないのではないかというオチだろうか。いや、そのへんで家族の間に絆ができないと雨水少年の不幸が終わらないので。
●アンリミテッド・ウィングス:松田未来
リノのエアレースの、アンリミテッドを舞台にした漫画である。
監修は藤森篤さん。リノのエアレースについては本も出されている。
さて、リノのエアレースではP51などの第二次世界大戦末期の戦闘機が原型をとどめぬまでにさんざっぱら改造されて飛びまくるのであるが、今回は主人公が日本人。
よって、機体も日本の機体。
そこで登場したのが、『研三』である。日本陸軍の高速研究機、キ78の幻の2号機、『研三改』。
うーむ。
確かに『研三』はそこそこ有名だが……ああいや、しかし一般の知名度でいえばP51と同じだよな、どっちも知られていないという点で……しかし、P51に匹敵する機体としての説得力(納得力)でいえば……どうなんだろー。
そのへんの、こう、絵で納得させる力業を今後に期待。
再び風邪をこじらせる。
うう、しんどい。
ばたんきゅー。
風邪を治すには寝るに限る。
ぐうぐうと寝る。
んで、夢をみる。
どうやら『くまたん』シリーズの夢っぽいのだが……
「お迎えにあがりました、我らが主よ」
「あるじ、だって?」
「華奈美ちゃん。こっちにおいで」
「お兄ちゃん……?」
「ダメよ、華奈美。離れて!」
ひゅがっ。
「歌織お姉ちゃんっ?!」
「いきなり破魔矢か――容赦ないね、歌織さんは」
「教えて。何があったの」
「そもそもの始まりは、10年前になるのじゃ」
「我らが主を惑わすあなただけは、許すわけにはいきません。ここで死になさい」
(祐介――ごめんっ!)
……な、なんかえらく緊迫してるな、おいっ?!
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 文字と道』
占星術のところでも紹介されていたが現代へと続く占星術は地中海生まれである。
海が大好きなギリシア人はGPSの代わりに星空をながめて自分の位置を確認していた。
そしてギリシア人は太陽と月の運動が地上の生き物に影響を及ぼすように、惑星や恒星の動きもまた、人の運命にも関係があるものとしてホロスコープ占星術を生み出したのである。それは西暦150年頃にはインドにまで伝わり(そのちょっと前にインド洋に吹く貿易風「ヒッパロスの風」が発見されたので、海伝いではなかろーか)インド占星術に深く影響を与えた。
当時のインド占星術は、星宿(ナクシャトラ)という月の満ち欠けを元にした単純な占いであったが、ここに十二宮+七つの惑星という複雑な概念がはいり、占星術は一気に高度なレベルに到達したのである。
なんと、現在でもインドの大きな寺院には惑星神(ああっ! なんて甘美な響き!)を安置するほこらがあって、惑星神の怒りを鎮める呪文を唱えながら信者がその周りを巡っているそうである。
ちなみに、インド人は、惑星7個(土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月)に、日食をおこす(太陽を食らう)惑星「ラーフ(羅喉)」と、月食を起こす(月をくらう)惑星「ケートゥ(計都)」を入れて惑星9個に設定してある。ちなみに仏典ではラーフとケートゥはそれぞれ喰神頭、喰神尾となっている。
で、これがさらに仏典などといっしょに中国にわたり密教の「宿曜経」などに集大成される。それはさらに平安時代に日本にまで伝わり、ホロスコープ占星術は宿曜道として陰陽と一緒に平安貴族の間にはやったのである。
山田ミネコさんの最終戦争シリーズなどをつらつらと思い出してみたり。
『メビウスコイル』など当時としてはみごとなSFガジェットがてんこもりであったよなぁ。
■本日の読書:『ヴィンランド・サガ 第1話北人(ノルマンニ)』幸村誠
『プラネテス』の幸村さんが、歴史漫画というのは、これは別に不思議でもなんでもない。
だが、『週刊少年マガジン』で週刊連載となると、これはどうだろうか。
内容はすごく面白い。文句なしである。
しかし、これ、マガジンの読者と合っているのか?
そもそも、この内容で週刊連載を続けられるのか?
なんとなく、すでに3巻分ぐらい絵コンテまではできていてとりあえずそこまで脇目もふらず突っ走って読者の人気がわるいならそこで終わらせるとかそういう予定ではなかろうかと思ってみたりなんかしたり。
■本日の読書:『オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ サクソン/ヴァイキング/ノルマン ブリテンへの来寇者たち』テレンス・ワイズ/著 G.A.エンブルトン/彩色画
『ヴィンランド・サガ』を読んだせいでなんとなくひっぱりだしてみたり。
ふむむむ。やはりこう、主人公もヴィンランド目指すぐらいなら、せっかくなのでコンスタンチノープルを目指してヴィザンチン帝国の皇帝親衛隊『ヴァランギアン・ガード(ヴァリャーギ親衛隊)』になってくれないかなー。
ちなみに、このヴァイキング親衛隊というのは、ロシア経由でコンスタンチノープル(今のイスタンブール)まで掠奪にでかけたヴァイキングの猛者に皇帝陛下がいたく感銘を受けて親衛隊&突撃部隊として雇われていたというものである。
あれだ、スターウォーズの皇帝親衛隊みたいなもんで。……いや、あいつら戦ってないから、『デューン砂の惑星』のサルダウカー部隊(むちゃくちゃ危険な惑星で育った凶暴な戦士)かっ?!
朝日新聞を読んでいて大笑いする。
記事の内容は、こないだ亡くなられた教皇に関するもので、引用するとこんな内容である。
故ヨハネ・パウロ2世を「聖人」にするよう求める声が信者の間で高まっている。
殉教者や模範的な信者が列される「聖人」には厳しい審査や手続きが必要で、数十年から100年以上かかることもある。
聖人になるには、その前段階にあたる「福者」に列せられる必要がある。福者の審査は死後5年以上経なければ開始できず、届け出を受けたうえで書類や現地調査など厳しい審査が行われる。
殉教者以外は「奇跡を起こした証明」が求められ、最終的な判断は法王が下す。福者から聖人になるには、さらに別の奇跡が必須条件だ。
なんつうかこー。殉教者以外は、聖者の前段階の「福者」ですら「奇跡を起こした証明」が求められるのである。世の中そうたくさん奇跡があるとは思えないのだが……
ヨハネ・パウロ2世は列福、列聖に熱心で、26年半の在位中に1338人を福者に列した。
どうやら我々の世界は奇跡に満ちているらしい。
いろいろと悪名高いラムズフェルド国防長官であるが、なんだかんだいって、彼はイラク戦争を短期間で勝利に導いている。
もし私が彼と同じ立場にあれば、もっとじっくり腰をすえて戦っただろうし、その結果は両国民にとって悲惨な事になっただろう。
私はあくまで一介の軍事ヲタクでしかなく、過去の戦史や戦術についての知識はあっても、現在や未来を見通す能力はない。いわば、第二次世界大戦勃発時におけるフランスのペタン元帥みたいなもんである。たぶん、電撃戦の恐ろしさは実際にくらって自軍が壊滅しないと分からないだろう。
■本日の読書:『護衛空母入門』大内健二
護衛空母について、その成り立ちから終焉までをまとめた本。
この本を読めば護衛空母というものについてひととおりの基礎知識が身に付くし、図版は多いしで、たいへんな良作。ぜひ多くの人に読んでもらいたい。
護衛空母というのは英国においてはその名の通り、輸送船をescort(護衛)するために作られ活躍した。護衛空母こそが、大西洋の戦いの勝利の原動力となったのである。
米国では大西洋では護衛空母を英国と同じような使い方をしたが、太平洋戦域ではさほど護衛の必要性が高なかった。そこで、護衛空母群は上陸作戦などにおける支援任務などを担当したのだ。まあ、なんせ1941年から45年にかけて累計77隻も就航させたわけであるからしてゆとりもあるわな。
しかし、最大の激戦であったフィリピン作戦においては、日本の特攻機などによる攻撃を受けて大打撃を被り、商船改造、あるいは基本構造が商船と同じという脆さが浮き彫りになっている。
そして日本においては商船改造の護衛空母といっても元々の戦争における思想からして正規空母の補助であった。しかし、船体そのものは手間暇かけた改造などによって英米の護衛空母よりも優れていたのだが、まともなカタパルトを持たないがために航空機の運用に支障をきたしてしまう。しょうがないので一番の仕事は裏方である航空機の輸送任務となった。そして海上護衛総隊に所属した場合も船団護衛にがんばったのであるが、最終的には商船改造空母5隻のすべてが失われてしまう。
英米の護衛空母の活躍、そして日本での苦闘を読むとまことにもって第二次世界大戦というもののなるよーにしかならない構造というのが分かる。たとえば、日本の護衛空母は油圧式のカタパルトを持っていなかったが、もし持っていたとしても戦果はともかく結果はさほど変わらなかっただろう。
確かに日本海軍が艦隊決戦思想しかもたず、海軍の本来の使命であるシーレーンを守るという機能を果たさなかったのは事実である。しかし、これはいたしかたない。英米を敵にした時点で、いかに海上護衛に力を入れたとしてもじりじりと敗北するのは免れない。では逆に英米に対し通商破壊をするとしても――そもそも、英国は遠いし米国は通商破壊を少々くらった程度ではびくともしない。
短期決戦で、敵艦隊を撃破する。そして講和する。
それが不可能なのは後知恵があるからして我々にはいくらでも非難はできよう。だが、当時の日本海軍に他に手だてがあったようには思えないのだ。
むしろ、非難されるべきは組織と思考の柔軟性のなさである。艦隊決戦がうまくいかないのが明らかになったミッドウェイの戦い以後、日本は全般的な戦略を見直すべきであった。それをしなかったのは、多くの人の命を預かる立場の人間の怠慢であろう。
とはいえ、その点を非難するにしても、他人を責めたりあげつらったりすることで自分をエライように見せかけるのはやはり筋違いである。他人の失敗を分析するのは、その人間をおとしめたり自己満足を得るためではなく、自分の成功につなげるためでなくてはなるまい。
うおー頭痛がー
今日も頭が痛いー
病院へいき、クスリを処方してもらう。
ぼりぼり。ぐびぐび。
うう……痛くはないがすごく眠いっ!
ぼりぼり。ぐびぐび。
らりぱっぱ。
ひょーほれほー。
■本日の読書:『RPGamer 9号』
特集が銀河大戦ロマンで、付録ゲームがDark Nebula(意訳:暗黒星雲のかなたに)である。
SF好きの心がたぎるたぎる。
さて、特集記事の最初では桂さんと藤浪さんが『宇宙艦隊戦もの映像ガイド』というのを書いておられる。
こらまたえらいニッチな話で、確かに私もコレを見ておけという映像にはほとんどお目にかかった事がない。この記事にもある『宇宙戦艦ヤマト』第一話の冥王星会戦、『銀河英雄伝説』劇場版第一作『わが征くは星の大海』ぐらいであろうか。他はあまりゲームの参考にはならない。
で、付録ゲームのダーク・ネビュラであるが、インペリウムと違い私はこちらはプレイした事がない。評判もインペリウムほど(盛り上がるもの)ではないというのを聞いているので、これまではあまり食指が動かなかった。
インペリウムはゲームバランス面ではかなりどうかというぐらい壊れているが、背景設定とゲームシステム、ミサイルボートをはじめとするユニットの奇天烈な能力値などがめくるめくイメージの奔流となってプレイヤーを太陽系近傍宇宙へといざなうのである。
しかし、ダーク・ネビュラでも次のユニットはなかなかいい。
●ドレッドノート級
ソロマニ側:ビーム力9/ミサイル力10/防御シールド9 (建造費13RU/維持費5RU)
アスラン側:ビーム力9/ミサイル力8/防御シールド9 (建造費13RU/維持費6RU)
ごらんの通り、ドレッドノート級主力艦はソロマニ側が優れている。
●改良型ドレッドノート級
ソロマニ側:ビーム力3/ミサイル力10/防御シールド9 (建造費7RU/維持費6RU)
アスラン側:ビーム力10/ミサイル力8/防御シールド9 (建造費14RU/維持費5RU)
ところが改良型ドレッドノート級主力艦ではこれが逆転する。それどころか、ソロマニ側の改良型ドレッドノート級はビーム力が小型戦闘艦レベルに低下するのだ。
しかし、そのデメリットを補ってあまりあるのが建造費である。なんと、ドレッドノート級の半分の費用で建造できるのだ。
速水さんの漫画にあるように『戦時急造』という言葉がこれほどに似合う戦艦もあるまい。個艦戦闘力を追求するのではなく、戦艦に必要な能力を強力な防御力と艦隊戦、惑星砲撃の両面で使用できるミサイル火力に絞って建造したものなのだ。
暇を見つけてどこかでプレイしたいものである。
■本日の読書:『キャプテン・フューチャー全集5 輝く星々のかなたへ!/月世界の無法者』エドモンド・ハミルトン
ふたつあるうちの前編『輝く星々のかなたへ!』を読む。
とにかくしょっぱな、空気がなくなりつつある水星から水星人が続々と疎開していくというせっぱ詰まったシチュエーションからスタート。
水星は月よりも小さな星なので、大気をつなぎとめるだけの重力がもてないのだ。
「俺達はガニメデなんかに逃げたりしないぞーっ!」
避難民が暴徒と化す寸前にそれを止めるのが我らがキャプテン・フューチャーその人である。
そしてキャプテン・フューチャー=カーティス・ニュートンは、水星の大気を維持するためにひとつのアイディア(まさに知謀泉のごとしである。カーティスが三国志演義に登場したらさぞ活躍するであろう)を実行に移す。
▼前提その1
水星の空気工場を増設しても、水星には必要な酸化物がもはやない。
(注釈:酸化物を還元して酸素を取り出すのだ。理屈には合っている)
▼前提その2
太陽系中の宇宙船でそこらの惑星にある酸化物を運んでも、水星に必要な量には遠く及ばない。
(注釈:これまた理屈には合っている。たとえそれぞれの惑星で独自に空気工場を作って酸素を液体酸素にして圧縮するだけにしても、重量は変わらないわけであるから不可能には違いない)
凡人の発想であれば、ここで大気が逃げないように水星を薄くて透明なネットで覆うとか、惑星間大量輸送のためのリニアカタパルトを建設するとかするものだが、我らがカーティスの天才はそのような場当たり的な対策では我慢ならない。
▼根本的解決法
無から有、すなわち物質生成の秘密を解き明かし、無限に物質=大気を生産できる工場を水星に建設する。
……くらっ。
最初にこの物語を読んだのは小学生向けのジュブナイル版で、その後、高校時代に図書室で借りて読んだのだが、その時にはただ感心しただけであった。
こうしてあらためて読み直すと『マッカンドルー航宙記』の相殺航法にも似ためまいに似た感覚=センス・オブ・ワンダーを感じてしまう。
目的のためには手段を選ばずというが、ここまでいけば手段が目的をすでにイロイロな意味で凌駕してしまっているというか。
だって、物質生成ですぜっ? 最近は『鋼の錬金術師』のおかげで子供でも等価交換という言葉を知っているが、無から有を生み出すのはあらゆる法則を吹き飛ばすオーバー・テクノロジーである。
しかし、いかに我らがカーティスといっても、そんなスゴイ発明は可能なのか?
もちろん、簡単にはできない。
▼根本的解決のために(その1)
銀河宇宙の中心方向、すなわち星々が密集している方角――輝く星々のかなたに、その謎を解く鍵がある。
▼抜本的解決のために(その2)
そこまで行くには従来のプロトン・ロケットではとてもおっつかない。振動ドライブという未完成のウルトラ技術をコメット号に搭載しよう。
▼根本的解決のために(その3)
振動ドライブを実用化するには、その超振動でロケットの中の人間がばらばらにされないように、停滞力場というハイパー技術を完成させねばならない。
こうして、瓢箪から駒というか、お話の必要性に迫られてというか、我らがフューチャーメン一行はコメット号に乗ってシリーズのそれまでの舞台であった太陽系を飛び出し、銀河中心核へ(ちなみに3万光年ぐらいある)ひたはしるのである。
後はまあ普通にいつものキャプテン・フューチャーの冒険であるのだが、一事が万事この調子で、ひたすら凄いネタのオンパレードである。もちろん、現代科学の目で見れば穴だらけだし、別に科学は無関係のヒトでも「はてこの伏線に見えた場面はなんだったんだろうか」というのがぞろぞろ出たりするのだが――まことに面白い。
私はこれを、出し惜しみしない面白さであると考えている。
ネタが未消化でもかまわない。その場限りの演出でもかまわない。
完成や洗練は、美しくはあるがそこにそれ以上のドキドキは存在しない。
この作品には未完成で、荒削りでなくては得られない、ドキドキワクワクがそこにはある。とんでもないほどのパワー。どこへ突っ走るか分からない疾走感。
紙の質も、作品の程度も、読者のレベルも、いずれも低いと嘲られていたパルプマガジンのスペースオペラ。
それでも――
低俗の看板であればこそ光る面白さもあるのだ。
私は広島市民であり、まっとうにカープファンである。
しかし、それでも今日の巨人=広島戦における男の打席ではテレビの前でエールを送らせていただいた。
なぜかというと――
連休初日ということで、県立総合体育館はそこそこににぎわっていた。
ここの地下にあるフィットネスプラザで私は週末ごとにウェイトトレーニングをしている。今日も先輩と待ち合わせ、朝9時に開くのと同時に中に入った。
着替えてトレーニングルームに入ると――なんか雰囲気が違う。
そこにロッカールームにはいなかった男がいた。
男はひとりだけで、黙々と基礎トレーニングをしていた。
男は長身で、立派な骨格の上に、見事な筋肉がみっちりとついていた。
男の全身には静かな気魄のようなものが満ち、呼吸のひとつ、汗のひとしずくから肉体に収まり切らない闘志が陽炎のように立ち上っていた。
私も、先輩も、朝からトレーニングに来た他の利用者も、ただ黙ってそれぞれ自分のメニューをはじめた。
男に声をかける者はいなかった。
男も、周囲には一顧だにせず、ただ自分のメニューをこなしていた。
腹筋をするために男の近くを通った際、男が20kgのダンベルをぐっ、ぐっ、と持ち上げているのが見えた。
私にはとても真似できないその自然で力強い動きが、男の肉体にとっては単にウォームアップに過ぎないのは見ていて分かった。
男がやっていたのは、10時間の後に自らの肉体を最高潮のレベルに到達させるための幾つもの手順のひとつに過ぎなかった。
やがて男は一言も発することなく、誰とも会話することなく、手荷物をまとめてトレーニングルームから出て行った。
そして夜――
テレビの画面からは、私が朝感じていた男の大きさも、存在感も、感じ取ることはできなかった。
男がバットを振り抜き、ボールが夜空へと舞い上がった。
男はプロになって500回目になるランニングを始めた。
これは凄いことで。
これは偉業なのだろう。
だが、私にはその偉業が実に自然に見えた。
そうだ。
朝、トレーニングルームで男を見た時から、私にはこうなるのが分かっていたような。
そんな錯覚すら、覚えるほどだった。
清原選手、500号ホームラン達成、おめでとう。
■本日の読書:『ベルガリアード物語1 予言の守護者』デイヴィッド・エディングス
本屋をのぞくと表紙が変わって再版されていたので本棚から引っ張り出す。
エディングスお得意の、とてつもなく有能な連中がすっとぼけた事を言いながら世界の命運のかかった探索行に出るという展開。
これがクソ真面目な顔で悩みながら旅をすると『時の車輪』シリーズになるのだが、私にはこのぐらい心に余裕がある方が好みである。
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