03月01日

■本日の読書:『鉄人28号〜皇帝の紋章 3』原作/横山光輝 漫画/長谷川裕一
 ナチスの“秘宝”をめぐる戦いもいよいよ終幕を迎える。
 世界各国で作られたロボット達の戦いが終わりを迎える時。それは同時にロボット兵器という時代のあだ花が消える時でもあった。

 ロケットが、航空機が、より遠くから、より安全に、敵を破壊する時代。
 戦う、死ぬ、殺す――敵をこの目で見る必要がない時代になっていたのだ。

 それに、たとえそうでないとしても。

 どうあがいたところで、鉄人のような大きなロボット兵器にそれほどの意味はないのだ。人間サイズの、人間のかわりができるようなロボット兵器なら意味を持つ。兵士のかわりとして使うことが、使いつぶすことができる。今はアメリカなどの一部の国で無人兵器が使われているだけだが、おそらく、ロボット兵士はこれからどんどん戦場で活躍するようになるだろう。そのアメリカで、かつてある将軍が言った。

「ロボットは兵士になれない。ロボットには人を殺した責任を取ることができないからだ」

 なんともアメリカ人らしい、ヒューマニズムに満ちあふれた言葉である。けれども9.11の後、アメリカ人は戦場にヒューマニズムを持ち込むのをやめにした。誰かを間違って殺してしまうよりも、味方が死ぬ危険を排除する方が優先されるようになったのだ。

 だから、やはり、戦場に鉄人は必要ないのだ。

 それを喜ぶべきだと言う正太郎君は、まさしく前しか見ていない。
 見えていないのではない。見たくないのでもない。それがどんなに辛くとも、どんなに悲しくとも、前に進むことこそが、進むべき未来を奪われた人々に対する、自分なりの答えの出し方だと思っているから。

 だから――

「いっけえぇっ鉄人!」

 リモコンをにぎりしめ、もはや二度と戻れぬ宇宙へと飛び立つ鉄人に向かい、正太郎は叫ぶ。

 この後に続く最後の場面。
 自らを巨大な大陸間弾道弾とした最後で最強のロボット兵器は軌道上で動かぬ鉄人をあざ笑う。

「ほうら!」
「残念! やはり……ここまで電波は届かない!」
「かわいそうにこうなってしまっては、あなたはただのブリキの人形」
「宇宙を漂う……ゴミになりなさい!」

 ぎ……ぎぎぎぎ……

「なに?」

 ぎぎぎぎぎぎ

「ば、馬鹿な?! なぜ手を離さぬ? なぜ引きはがせぬ?! きさま――鉄人28号?!」
「あり得ぬ! 確かに……電波はとぎれているのだ! おまえにそんなことができるはずはない! 自分で判断力を持つほど……高度なロボットであるはずは?! なぜだっ?!」


 鉄人はゆっくりと右手を伸ばす。
 その先に輝く、青い地球。
 ぐっ、と鉄人が――
 拳を、握りしめて。

 常にこれまで、そうであったように。
 このときも、また。

03月02日

■本日の読書:『皇国の守護者9 皇旗はためくもとで』佐藤大輔
 たいへん長々と続いたクーデター騒ぎもようやくに終結。

 第一部完。

 佐藤大輔先生の次回作にご期待ください。
 ……
 …………
 ………………
 ……………………しゃ、しゃれになってねぇえええっ?!
 むろん本シリーズはコミック版もはじまり、作品もそれなりに人気が高い。
 編集も、読者も、そして私も、この続きを待ち望みこそすれ、ここでシリーズが終わることは望んではいない。そのはずだ。ああ、そのはずだとも。

 だが、佐藤大輔はどうだ。彼はこの作品に対する愛着と執着を持ち、今後も書き続けてくれるのか。そいつはおおいに疑問だ。
 むしろ私としては佐藤大輔はこれで肩の荷が下りたとばかりに周囲の思惑に頓着せず、そして残されるのは作品に恋着する我らと固着する編集だけという結末に帰着するのだと思えてしかたがない。

 そういやあ、家康公も突撃したままどこまで行ったのかねぇ……

 そういうわけなので、本書のページをくる私はどうにもこうにも盛り上がらないのであれば――まあそれはそれで諦めもつこう。
 だが、実際にはおおいに愉しませていただいた。1頁1頁を、堪能させていただいた。まことに楽しいひとときであった。決して優れた作品でもなければ、全体のとりまとめの手際が良いわけでもないのだが――実にしっくりくるのだ。
 古女房のような感じ、と言い換えても良いだろう。

 いずれにせよ、クーデターは終わった。おおかたの予想通りに進行し、おおかたの想像通りの人物が亡くなった。強大な帝国はいまだに皇国の半ばを占領してはいるが――そろそろ金と政治を気にしなければいけないようになっている。かつてロシア帝国が日本との戦争で感じたように。
 さてさて。せめて最後に帝国(というかカミンスキー)との大きな戦いがあればこちらもきれいな思い出にしてしまえるのであるが――

 そういや、パナマに向かった連中もまだ到着してないようだなぁ……

03月03日

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その9)神々の黄昏
 ガイウス・バルプスは無精髭の伸びた顎を撫でた。
「糧秣は届いたか」
「は。小麦とオリーブ油が二日分」
「よし、兵には腹一杯食わせてやれ」
 しとしとと降る雨をうっとおしく思いながらもガイウスは小高い丘の上に身をさらけだしたまま前方を確認していた。
 南へと伸びた街道の先に、行軍する敵の姿がみえる。
「ここまで……およそ半日か」
 雨を蒸気に変えるほどに兵気がみなぎっているのが分かる。敵もここで決着をつけるつもりなのだ。
「援軍は? ブルトゥス軍は来ているか?」
「残念ながら……」
「しかたあるまい。兵力の過半を失ってはな」
 ギリシアにエジプト軍が上陸して、すでに10年近い歳月が経過していた。
 アテネを電撃的に占領したエジプト軍は、そのままギリシアを南下、コリントとスパルタを制圧した。ローマの東部方面軍――ブルトゥス軍は当時、北のトラキアに主力を送っていたがすぐさまとってかえし、エジプト軍を追い出すべく波状攻撃をしかけた。

 そして、ことごとく失敗した。エジプト軍は、損害を受けた兵を次々と後方の都市に下げて新手を補充した。前線にある野戦陣地には常に2個軍がおり、その半数はファランクス隊形可能な槍兵であった。
 ローマの精鋭達は、堅牢な陣地にこもる槍衾に次々と攻撃を仕掛け、そして大損害をこうむった。
 損害を受けたのはエジプト軍も同じであるが、補充能力においてエジプト軍はローマ軍の比ではなかった。

 5年が経過する頃には、ローマ三軍の中でも最大最強であったブルトゥス軍は回復不能なまでに消耗していた。それからエジプト軍の攻撃が始まった。
 消耗したブルトゥス軍では、エジプト軍を食い止めることはできなかった。ギリシア、マケドニアのローマ諸都市は次々と陥落した。

 西部方面軍としてブリタニアやゲルマニアと戦っていたユリウス軍がブルトゥス軍に取ってかわったのはこの時期からだった。ガイウスもまた、ゲルマニア戦線より転戦することになった武将のひとりであった。
 ガリアの蛮族と比較して、エジプト軍の豊かなことは驚くほどであった。
 ローマは兵站で勝利する、とはよく言われた言葉であったが、エジプト軍はそれ以上だった。確かにローマほどには兵ひとりひとりを大事にしないが、兵を十分に食わせ、決して無理をしなかった。
 ゲルマニアの蛮族がよくやるような、森の中からの奇襲などの策をエジプト軍はとらなかった。
 それどころか、策らしい策はまるで取らないのだ。
 エジプト軍の主力である槍兵はすばやい動きなどできない。だから隊列を組み、槍をかまえてひたすらまっすぐに歩いてくる。それだけなのだが――それゆえに、まことに対応が難しい。
 側面や背後から回り込もうにも、槍兵は二段になっており、後ろの段の部隊が側背を常に守っている。かといって、今度はその後ろの段の部隊の背後に……などとやっていると、前列の槍兵がこちらの戦列を食い破って包囲の意味をなくしてしまう。
 さらに、あまり長い迂回機動をしていてはエジプトの誇る射程の長い弓兵にいすくめられて部隊が損耗してしまう。

 エジプト軍の鉄壁の防御に対抗するには――

「投石機の準備はできているな」
「は」

 ガイウスは、この戦いに投石機(オナガー)部隊を用意していた。野戦で投石機を使うのはあまり例がない。投石機は威力はともかく命中率が低いからだ。だが、ゆっくりと密集して動く槍兵が相手であれば、あるいは……

「やってみるしかあるまい」
神々の黄昏
 兵数では若干劣るものの、ゲルマニア戦線で鍛えた自分の部隊とそして投石機などの重兵器の威力にガイウスはそれなりに自信を持っていた。

 戦いがはじまった。
 いつものように、エジプトは槍兵2段構えの後ろに弓兵の隊列が続き、その後方に騎兵が続く。
 一瞬だけ、ガイウスは自軍の優勢な騎兵戦力を使った機動戦に対する誘惑にかられたがその思いを押し殺した。小手先の技でエジプト軍には勝てない。彼らに勝利するには、圧倒的な火力あるのみだ。

「撃て!」
「ファイアーッ!」

 ずらりと並んだ投石機が真っ赤に焼けた石弾を放つ。次々と発射されるそれらは多くがあさっての方向に飛び去っていったが、中には見事に目標を捕らえるものがあった。
 いざ命中してみると、その威力は絶大であった。
 密集隊形の槍兵が吹き飛び、隊列に大きな穴があく。
 さすがのエジプト軍の動きが乱れた。

「よしっ! 全軍、前へっ!」

 華やかな赤い鎧を着たローマ軍団歩兵が前進を開始する。その動きは、エジプト軍に比べて実に軽い。素早く攻撃開始位置へと移動して、槍を投擲し、さらなる混乱に陥った敵へ向かって突撃を開始する。

「第二列、第三列、続けっ!」
「おうっ!」

 次々とローマ兵が前進を開始し、エジプト軍と血戦を繰り広げる。
 だが――

「馬鹿な、なぜ崩れぬ」

 ガイウスがうめくように言う。
 エジプト軍のファランクスはひたすら堅固に守りを固め、ローマ軍歩兵を寄せ付けない。長い槍をかいくぐるようにして敵の最前列にもぐりこんだローマ兵が短い剣(グラディウス)をふるい練達の技で敵を切り倒す。だが、その兵の頭上に後方のエジプト兵が持つ槍がふりおろされる。よろけたローマ兵は繰り出された槍に貫かれ、血まみれになって倒れた。
 もはや互いの距離はゼロである。こうなっては投石機も役に立たない。味方をも吹き飛ばすだけだからだ。

 戦いは続いた。
 次々と兵が倒れていく。ローマ兵も、エジプト兵も、一歩も引こうとはしない。
 だが、戦いが長引けば長引くほどに、有利になるのは守備力に優れたエジプト軍だった。
 いや――それだけではない。

「なるほど、これがラモセ将軍の指揮というものか」

 ガイウスは蒼白になった面をエジプト本陣に向けてうめいた。
 エジプト軍は決して引かない。退かない。まるで全員が死兵になったかのように戦い続ける。決して兵が強くなるわけでもなければ、華麗な戦術を使うわけでもない。最後のひとりまでを戦わせる能力こそが、エジプト将軍の持つ神懸かった指揮能力なのだ。

「ならば、そなたのそっ首をいただけば、良いわけだな――馬ひけいっ!」
「しょ、将軍っ?! まさか?」
「ラモセの首をはねる。さすれば敵は崩れよう。それができるのはどうやら我らだけのようだからな」
「しかしっ」
「今しかない。今ならばまだ逆転できる。行くぞっ!」

 ガイウス将軍は、自らの馬回りを連れて突撃を開始した。
 いつしか雨はあがり、どこまでも青い空が続いていた。
最後の突撃
 戦いは終わった。
 ラモセ将軍は巌のような肉体を馬にゆらせて前線を見てまわっていた。
 自ら槍を握ったローマの将官がおおぜいの軍靴によって泥濘となった地面に倒れていた。
「ガイウス・バルプス将軍のようでございます」
 部下のひとりが馬を下りて確認した。
「いかがいたしましょう?」
「捨ておけ。死体に用はない」
 ラモセは言った。彼にとってはこの戦いもまた、数多くのローマとの戦いのひとつに過ぎなかった。
「ふん。これだけ痛めつけてもローマ軍め、まだまだ戦意を喪失せぬ」
 偵察部隊が、前方にまだ戦力を有するローマ軍が布陣していることを伝えてきた。
「ダキア領を突破して……いや、それではよけいに時間がかかるだけか」
「いかがいたしますか」
「ファラオにおうかがいをたてるぞ。いちいち相手にしておっては100年たってもローマまでたどりつけぬわ」
「では――」
「知れたこと。イオニア海をわたるのよ。イタリア本土に殴り込むぞ」

 戦いはいよいよ、終幕へと動き始めた。

03月04日

■本日の読書:『旭日の鉄騎兵 満蒙に吼ゆ!』陰山琢磨
 『旭日の鉄騎兵』シリーズの最終巻である。
 最終巻なのだが……
 ……うわぁ、盛り上がらねぇ。
 いや、決して、作品の質が悪いわけでも低下したわけでもないのだ。

 しかし物語が盛り上がるにはどうしてもサプライズが必要なのである。

 この作品でいえば、すげぇ戦車か、すげぇ戦場、あるいはすげぇ状況である。

 このうち、戦車は確かにすごい。このシリーズでは恐竜的な進化をとげていた戦車はついに本書におけるドイツの駆逐戦車エレファントにおいて、そのひとつの頂点に達する。
 日本側の10式、すなわち前作のT−51は改造だけで終わっているので、前作の読書日記から引用しよう。

T−51=10式戦車(陰山ver)
全備重量:56t
最大装甲:260ミリ
戦車砲:70口径105ミリ

 対するエレファントはというと。

エレファント(陰山ver)
全備重量:95t
最大装甲:300ミリ
戦車砲:72口径128ミリ

 この戦象はアウトレンジの帝王である。何せ、この巨大な砲塔の中に、戦車砲の発射速度を維持するためにふたりめの装填手をつめこんでいるほどなのだ。

 重量を見ていただければ分かることであるが、この95tというのはもはや戦車としては破格の、恐竜的な進化の産物である。現代でもこんな重い戦車は使われていない。
 理由は簡単で、生産してから長期間かけて訓練し、戦場まで運び、整備し、戦わせた後に補給し、修理し、という作業を考えた場合、95tではもはやかかる手間が大きすぎて軍隊としてはむしろ邪魔になるからである。
 そんなばかでかい恐竜を少数配備(当たり前だが、こんな手間暇のかかる兵器を多数装備しては、後方の運用部隊が先にネをあげる)するぐらいなら、50〜60tの使い勝手のよいMBT(主力戦車)を増やした方が戦力の増加になる。

 だから、このエレファントは作者が後書きで言うように、戦車好きがプラモデルを組み立て、その箱をながめながら考える妄想の行き着く先なのだ。

 そして、このエレファントをドイツの戦車兵ごと雇い入れたソビエト軍と、満州を守る日本軍との戦いはこの作品の最後の華であり、そこには戦車好きの脳髄をしびれさせるほどに甘美で腐臭に満ちた鉄と炎、オイルと血の戦場があるべきであるのだが……

 ない。

 なんと、ここにきて陰山さんは理性を取り戻してしまうのである。
 どうやら、陰山さんはこのエレファントという戦車を作り出す(つまりプラモデルを完成させる)妄想を出すまでで満足してしまったようなのだ。ああ、まあ、人外協でいろいろちょ〜兵器書かれて(描かれて)いた頃からそういやそういう人だったかも知れない。

 つまり、すげぇ物を作り、そこにすげぇもっともらしい理屈をくっつけるところまでは素晴らしいのだが……その後は、飾って楽しんじゃうのである。

 私はそれが残念で残念でしょうがない。
 なぜなら、私は作ったら使いつぶし、最後はぶちこわす人なのである。
 だからそう、私ならエレファントを作ったら最後の満蒙の決戦は、核戦争にするだろう。
 日本とソビエトが、互いに核の応酬をして、モスクワも、東京も、核の劫火に包まれてしまう。指揮系統は互いにずたずたになり、最前線に取り残された戦車兵は状況も分からぬまま、放射能をたっぷり含む黒い雨の中で戦いを繰り広げるのだ。
 そういう環境では、互いの戦車部隊は急速に戦力を消耗する。エレファントも、10式戦車も、破壊されるよりは故障や燃料、弾薬の不足で動けなくなり、その骸をさらす。それでも鋼鉄の破壊神の戦意は衰えない。もはや無意味となった戦いは最後の一両になるまで続くのだ。

 まさに、地獄絵図。だが、それこそが戦車という兵器――凝縮されし殺意にはふさわしいと思えるのである。

03月05日

 フィットネスプラザで体重と体脂肪を測定。

  前回(2/5)    今回(3/5)
 ・身長166cm     ・166cm
 ・体重69.6kg    ・69.4kg
 ・脂肪率23.3%    ・23.2%
 ・脂肪量16.2kg   ・16.1kg
 ・標準体重60.6kg  ・60.6kg
 ・肥満度14.8%    ・14.5%

 グラフも修正。ううむ変化なしか。
 ま、こういうのはゆっくりと気長にやるのが吉であるよ。
 何より、身体を動かして汗をかくのはやはりいいものである。

■本日の短編:『くまたんと三姉妹』
 くまたんシリーズの第6話である。
 今回のメインキャラは、祐介の幼なじみで近所でも評判の美少女3姉妹である。
 おっとりで癒し系の長女:歌織(かおり)さん。
 元気いっぱい猪突猛進得意技は妄想と自爆の次女:香澄(かすみ)。
 さらさらヘアーと切れ長の瞳。ちょっとミステリアスですこぶる黒い三女:華奈美(かなみ)ちゃん。
 さーて、争奪戦、はじまりはじまりー。

03月06日

■ローマ:トータル・ウォー ファラオ編その10)魔神皇帝
 東地中海最強のエジプト海軍がイオニア海、アドリア海のローマ軍を駆逐するのに2年とはかからなかった。そして、その後に陸続ととぎれることなく槍兵と弓兵がイタリアへと運ばれていった。
 カプアなど南イタリアの諸都市はブルトゥス一門やスキピオ一門の根拠地となっていたが、エジプトとの熾烈な戦いによって消耗しきったこれらの都市にもはや十分な守備部隊すら残されていなかった。
 戦いによって鍛え上げられたエジプト軍は容赦なくこれらの都市を占領し、掠奪した。ローマの神殿は破壊され、エジプトの守護神インホテップの神殿が建立された。

 そして10年が経過した紀元前162年。
 ラモセ将軍はローマの市街を見上げる位置に布陣していた。
ローマ攻略1
「でかいな」
「はっ」
「しかしこれほどにでかいとかえって助かる。守る側は城門周辺に集中しているだろうからな」
 ラモセは投石機(ローマ製)に城門への攻撃を命じ、その一方で主力をそこから遠く離れた城壁にさしむけた。トンネルを掘り、城壁を崩す。
 投石機に注意を集中していた守備隊はこれを防ぐことができず、崩れた城壁を乗り越えてエジプト軍は市街へと突入した。
 すぐさま隊列を組み直した槍兵が100万都市ローマの市街を前進する。
 すると、前方にローマ軍団が現れた。城門の守備から駆けつけてきたのだ。
「おのれ、ナイル川に住むワニ風情が!」
「全軍、突撃ぃぃぃ」
 ローマ攻略2
 ローマ軍団の第一大隊歩兵と、ナイル槍兵が激突する。
 1対1であれば、ローマ軍団第一大隊歩兵は地中海最強の歩兵だ。
 だが、槍衾をつくる5倍もの数の敵が相手では、勝負ははじめから見えていた。じりじりと時間が経過するにつれて損害が増えてゆき、そしてついには潰走をはじめる。
 だが、どこに逃げようというのか。
 もはやここはローマの心臓。この先に逃れる場所などありはしない。
 都市の中心部にある広場で最後の、そして絶望的な戦いが繰り広げられ、ローマ軍はついに壊滅した。
ローマ攻略3
 3倍もの敵を相手に、自軍よりも大きい損害を与えたのであるからローマ軍の奮闘は賞賛に値する。
 エジプト軍は自らの基準でその奮闘に報いた。捕虜も含めて市内に残るすべてのローマ兵士が殺され、市民はことごとくが奴隷として売られた。
 掠奪によりローマは炎上し、三日三晩燃え続けた。

 こうして、地中海の覇権をかけた戦いは終結した。

 ラモセ将軍は自らが占領したローマにとどまり、軍政を敷いたが翌年死亡した。ラモセには4人の娘と1人の息子がいたが、その長女の女婿はローマの暗殺者によって若くして死亡していた。それから20年、ラモセは常に対ローマの最前線で戦い続け、勝利を重ねていった。その軍功は次のファラオにふさわしいものであったが彼はそれを固辞し続けていた。

 首都ローマを失ったとはいえ、ローマ人は滅びたわけではなかった。北イタリアにはなおもユリウス一門が勢威をふるい、ドナウ河流域のダキアはそのユリウス一門の保護国であった。さらに北アフリカを支配しているスキピオ一門と合わせれば、まだまだ侮れない戦力を保有していた。
 エジプト首脳部は、それを完全に滅ぼすのは得策ではないと判断した。
 確かに戦えばエジプトが勝つだろう。だが、これ以上広がった領土を維持するとなるとどうしても無理がでてくる。それよりは、エジプトの覇権を認めさせる方向でこれらのローマ人を自軍支配圏に取り込んだ方が良い。

 交渉の末、ローマ人はそれを受け入れた。プトレマイオス朝エジプトは――いや、もうすでにナイル河流域をその本拠としていない以上、エジプトとは呼びにくいが――ヘレニズム国家であり、文化的にもローマ人にとっては親しい存在であった。

 ロードスに首都を移したプトレマイオス朝は、さらに西、クレタ島に首都を移転した。
 そして、エジプトという国名を、ミュケナイ帝国――ミケーネ帝国へとあらためた。
 古き時代にギリシアにあった国名を蘇らせたのは、ギリシア文化がこの時代の地中海においてはもっともコスモポリタンな物であったためである。
 そして、ファラオの呼称を魔神皇帝とあらためた。

 こうして、地中海に初の統一国家、プトレマイオス朝ミケーネ帝国が誕生したのである。
 紀元前160年のことであった。

03月07日

■本日の読書:『私立三十三間堂学院』佐藤ケイ
 システマティックでよくまとまっている佳作。

ポイントその1)目的が明確
 萌え系の女の子をたくさん出す。
 たくさん出すから、ひとりあたりの描写は少なくなるが、そこは記号化を多用。

ポイントその2)展開が明確
 主人公に相当する少年は、元女学校に転校。女の園に男ひとり。そのため周囲の女の子が男の子をめぐって争奪戦を繰り広げる。

ポイントその3)情勢が明確
 男の子争奪戦は複数の女の子による多視点型で語られる。
 そのため、情報はできるだけオープンにしてある。へたに読者に情報を隠したり、もったいぶったりした場合、たいへん読みにくくなるであろうからこれは英断と言える。

 他にも、少年は両親をなくして親戚(ひとり暮らしの女の子)のところに転校してきている。少年の持つ環境への情報はきわめて少なく、それが少年の持つ情報量と読者の持つ情報量との格差をなくしている。

 また、少年に関してはマイナス面(姑息、へたれ、妄想癖など)をなくし、プラス面(知力体力外見がそろい、性格も良く決断力がある)を増やしている。これが読者の反感を買わないようにバランスを取るため、不幸(両親を亡くした)や鈍感(女の子の好意に気づかない)などのペナルティを付けている。少年に感情移入する読者を良い気分にさせてくれること間違いなしである。

 また、男の子争奪戦に関しては誤解と勘違いと思いこみを解消せず、発展させる事によって状況を派手にしている。

 奇をてらわず、策におぼれず。
 職人の技というのはこういうものであろう。

03月08日

■本日の読書:『ツバメしんどろ〜む 3』茜虎徹
 主人公のタイガ君が、色っぽくて世話焼きなツバメお姉さんにドキドキするとモンスターが出現するという、なんかある意味できわめてメタな構造を持つ本作であるが、3作目になってそのメタっぽさがどんどんふくらんでいるのが面白い。
 特に、主人公が精神世界で狐面をかぶったもうひとりの自分に会う場面がある。
 ここで、狐面はこうのたまう。

「親友同然に接してくる同級生に良からぬ妄想をいだいたことは?」
「予期せぬ来訪者の思わぬ行動に新鮮な刺激を感じたことは?」

「美しく完全なものを汚してしまいたい。
 自分の愛してやまないものを壊したいという願望……」
「むしろ君くらいの年齢ならこの程度の性的欲求から発生する破壊衝動は
ごく自然なものかも知れない」
「だが、君は“原始の心臓”を持つ者だ」
「君の想いはいずれツバメを――殺す」

 ツバメ姉さんがエロエロであればあるほどに。
 ハルカちゃんがムチムチであればあるほどに。
 ウラちゃんがロリロリであればあるほどに。
 まったくもって、タイガ君は健康な男子であればうらやましいどころの騒ぎではない環境に置かれているのであるが。
 それがタイガ君の状況を悪化させているという、見方によってはかなり皮相的な視点がかいまみられて面白い。

 何にしても絵はエロエロだし服装はギリギリだし構図もポーズも実にいやらしく、そういうのが苦手でないかぎり、かなり楽しめる作品となっている。
 このまま突っ走っていただきたい。ぜひぜひ。

03月09日

■本日の読書:『BLOOD ALONE 1』高野真之
 まったり吸血鬼もの。
 吸血鬼のお姫様が、作家で探偵の青年といちゃいちゃラブラブする話。
 あー、どこかで読んだ覚えが……(ごそごそ)
 (同人誌をひっぱりだす)おおなるほど、コレか。
 同人誌時代はもうちょっとクロエがやさぐれていて。ミサキの方は商業誌になってよりロリロリな感じになったのであるな。サイノメさんはそのまんまですがっ?!
 個人的にはやさぐれクロエとロリロリなミサキの組み合わせが好きだが、これだととても犯罪的になっちゃうからなぁ。まあ今のでよしとするか。
 それはそれとして、『クロノスヘイズ』はちゃんと(驚くべきことに)まだ廃棄せずに我が家の本棚に置いてあるのであるからして完結していただきたいものである。

03月10日

■本日の読書:『仮面のメイドガイ 第5話』赤衣丸歩郎(月刊ドラゴンエイジ4月号収録)
「いやもうすごいから一度読んでみてくださいよ」
 などと知人から薦められたので、えらくごつい雑誌を買ってみる。

 これは大財閥の孫娘の家に護衛としてやってきたふたりのエージェント・メイドが巻き起こすどたばた騒ぎである。
 メイドのひとりは、お姉さんキャラで、腹は黒いが外面はいい。まあ、これはこれでよくある。
 問題はもうひとりだ。
 まず性別が男。
 これはまあいい。そういうキャラはこれまでもいた。女装の似合うショタっ子とかな。
 次に筋骨隆々で鮫のような口。
 さすがにここまでくると、どこかおかしい。何か間違っているのではないかという気分になってくる。
 最後に言動がアバンギャルド。
 たとえばこの第5話において、主人公の女の子は数学で赤点をとって困っている。
 それを知ったこのコガラシというメイドガイのセリフがこうだ。

「どこまでも世話のやけるご主人よ
 だが心配するな。貴様にはこの俺がついている!
 恋に!
 遊びに!
 勉強に!
 任せて安心メイドガイ!!
ククククご主人
 貴様の試験、この俺が預かった!」

 間違っているとか、反対車線を逆走しているとかではなく、これはもう、車で海を渡っているようなもんである。おまえはボンドカーかっ。メイド物とかそういう範疇を軽く逸脱してなおもフルスロットルだ。ガンダムでいうと『Gガンダム』か『バカがゾックでやってくる!』みたいなものだ。
 どうにもこうにも、アホらしく、バカバカしく、しょーもない。
 まことにもってブラボーである。
 世の中ってあなどれないなぁ。

03月11日

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 占星術と錬金術』
 そういえば、子供の頃シャンデリアの絵や写真を見て不思議だったものである。
「なんでこんなにでかくてじゃらじゃらしてるのだろうか」
 当たり前であるが、シャンデリアがでかいのは、たくさんろうそくを灯すためで、それはつまりろうそくの灯りが1本1本では暗いからなのだ。
 だが、それが分からないほど私にとって電気の明かりは当然のものであった。
 夜を昼にする技術。それがどれほどに世界を変革したか。
 変革の中にいるものには逆に見えないものなのである。

「れぼりゅーしょん・まいせるふーっ!」

 ……ドクロちゃんの出番は明日だってば。

 さて、アラジンと魔法のランプに出てくるランプ。子供の私はアレも常々、「あれはランプじゃなくてカレーの入れ物だろう」と思っていたのだがそれはさておき。
 ああいう急須型の油壺を使ったランプは、ギリシア・ローマ時代になって登場したものである。油はオリーブ油などである。
 油壺に灯心をさした方法だと油が減った時の吸い出しがよろしくないってんで、16世紀のカルダーノさんは油壺の位置を灯心より高くする改良型を発明。さらにフランスのカンケは風を防ぐためのガラスのほやを発明。
 そして19世紀になると灯油を利用した石油ランプの時代を迎えるのである。

 中世ヨーロッパでは教会建築が盛んであったが、その教会で使うために蝋燭産業はそこそこ大きい産業であったそうな。一般家庭用は牛や羊の脂を使った獣脂蝋燭であったが、教会はこの匂いを嫌い、蜜蝋を使った蝋燭であった。
 18世紀になるとマッコウクジラの頭蓋から得られる良質な油を使った蝋燭が普及するようになり、油を求めて鯨はあちこちで狩られることになる。愉快なことに、『白鯨』においても主人公達は「鯨の肉は他に新鮮な肉がないから食べるのであって不味い」というので意見が一致している。歴史上をながめてみてもしばしばみられるエピソードであるが、人間は飢え死にするような状況においてすら、食べ慣れないものは食べようとしない生き物らしい。
 そして19世紀になると、現代のようなパラフィン蝋燭が登場するようになるのである。

 石炭を乾留すると石炭ガスが出る。これは何かに使えないだろうかってんでウィリアム・マードックは1798年、バーミンガムの工場をガス灯で照らしてみた。以後、街路灯がガス灯にどんどん切り替わっていくのである。

 なお、ダンジョン探検や鉱山での採掘のために坑内安全灯が作られたのは実に18世紀になってからだそうな。

 しかしまあ、なんといっても現代に続く最大の革命はやはり電気を使った照明である。
 1802年、ハンフリー・デーヴィーはアーク灯の実験を行った。アーク灯はきわめて強烈な光をともす事ができるので街灯などに利用された。後には映写機などにも使われている。
 一方で白熱電灯はそれから少し遅れて1879年のエジソンによる実験から始まり、1909年のラングミュアによる窒素ガス入り電球などの改良を加えて20世紀になると本格的に利用されるようになった。
 その他、20世紀にはいってからはインマンによる蛍光ランプ、HIDランプ(高輝度放電ランプ)、発光ダイオードなどと続いている。

 占星術というのはなんとも魅力的なもので。
 今でも、朝のテレビなどでは『今日の運勢』で星座を使った占いが毎日のように流れている。信じる信じないは別として、なんとなく、そういうのが人間は好きなのだと思う。
 さて、『今日の運勢』がいったいいつ頃から行われてきたかというと、いわゆる黄道十二宮の星座は、紀元前5世紀、2500年前の新バビロニア時代の粘土板にそれっぽいことが書いてあるらしい。
 このバビロニア由来の「カルデアの科学」はその後、理屈っぽいことでは古代世界随一のギリシア人にひねくりまわされて2世紀の大天文学者であるプトレマイオスによってオリエント系占星術は『四の書(テトラビブロス)』によって体系化される。ちなみにこれは読んでもSANチェックの必要はない。
 占星術はさらにアラビアを経て、インドにまで伝わる。インド人は元々独自の宇宙論や宇宙占いがあったようであるが、舶来品をありがたがるのはどこも一緒である。『ヤヴァナ・ジャータカ(ギリシア出生占星術)』という、つまるところ生まれた日で星座を決めて運勢を占うというのが翻訳され、独自の解釈を踏まえて現代にいたるまでたいへん盛んになっている。ところで、これは仏教系占星術にも影響を与えて習合し、それは中国を経て日本にも伝わっている。今でも大安や仏滅で知られる『宿曜経』というお経である。

03月12日

■本日の読書:『歴史群像 No.70』
 歴史群像という本は、まことに図版が多く、これが実によい具合に機能している。
 兵器などの図版もいいのだが、むしろ歴史上の資料からひっぱりだしてきた図や写真がいい感じである。

 たとえば、佐藤俊之さんの『ブルゴーニュ戦争』。
 これは、ちょうど英仏百年戦争が行われていた15世紀のブルゴーニュ地方を治めていた大貴族、ブルゴーニュ公爵の栄光と敗北についてまとめた記事である。
 ちなみに歴代のブルゴーニュ公爵のふたつ名が面白い。
 初代:フィリップ“豪胆公”
 二代:ジャン“無怖公”
 三代:フィリップ“善良公”
 四代:シャルル“突進公”
 この中で一番狡猾に立ち回り、領土を増やしたのが“善良公”であるのは興味深い。
 その遺産を受け継いだ“突進公”は中部フランスに覇権を確立すべく軍事力を増強し、戦争にあけくれるのだが――どうやら“突進公”は戦争は上手でも、その戦争を政治上の成果に結びつける能力には欠けていたようである。
 戦いには持続する意志――はじめたら、目的を達するまで手を抜かない、という原則があるのだが、この“突進公”はあちらで戦い、こちらで戦いという感じで結局、自分の戦力をすりつぶしてしまう。
 最後にナンシーの戦いで戦死するのだがドラクロワの有名な絵画がカラーページで見開きで存分に使われており、なかなかのインパクトとなっている。
 この絵である。

 あるいは松代守弘さんの『ロビダが描いた「未来」兵器』の記事。
 ロビダという名前は実は知らなかったのだが、絵を見ればすぐに誰だか分かった。
 SFの世界でもけっこう有名な画家さんである。
 科学技術の進歩に夢と浪漫を感じていたSF画家が多かった中で、ロビダは冷静に人間というもののどうしようもなさを思い、絵にしてある。
 こちらにある左側の二列目の絵『戦争特派員』などが雑誌にも大きく(ついでに彩色されたのが)掲載されているが、やあ、なんかこないだのイラク戦争を思わせるではないか。

 こういうのではやはり絵の力というのが大きい。『SFは絵だねぇ』とは野田宇宙大元帥のお言葉である。むろん言葉の力を侮るわけではないが、絵によって相乗効果、あるいは補完を得られるのであれば、それを活用しない手はないのだ。

 そういうわけで……おや?

 おお、ドクロちゃん。どうしたのかね? え? 今日はボクの出番だった?
 ――おおっ!
 あ、いや忘れていたわけではなくてだね。ああ、別にドクロちゃんをバカにしているわけではないよ? だから落ち着いて。エスカリボルグはしまって、ね?
 え? その手にもったサラダオイルはなに? 再生の時にこれも一緒に? ダメッ! ダメだよドクロちゃん! せっかくダイエットしているのにこんな油物を一緒にしちゃぁ! 分かった! 明日は確実にドクロちゃんの日にするから! お願い、だからサラダオイルだけはっ――

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪

03月13日

■本日の読書:『撲殺天使ドクロちゃん 5』おかゆまさき

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪

 枕詞のようなもので。
 桜くんが状況を説明した後、ドクロちゃんに撲殺されるというオープニングもすっかり定着した『撲殺天使ドクロちゃん』です。
 このぐらい飛び抜けてヘンな作品の場合、そのぐらいの定型化は許容範囲、というよりは必要不可欠。でないと読者も混乱しますし、何より作者の魂が持ちません。

 そうです。ギャグというのは漫画にせよ小説にせよ、作家にすさまじい負担をかける作業なのです。鴨川つばめさんの例をあげるまでもなく、ギャグをやっていて魂をすり減らしてリタイアしてしまった作り手のなんと多いことか。かといって、ギャグは鮮度が命。
 今でこそ笑いの種になっているドクロちゃんによる撲殺も、これが3年後には風化して「ああそんなもので笑えた時があったねぇ」となる事は必定。

 そんな危険な限界領域に敢然と立ち向かうおかゆまさきさんに私としては心の底からのエールを送らせていただきます。

「火浦功になったら楽だよ〜〜〜〜」

 呪いエール終わり。

 さてこの5巻で気に入ったネタは、やはりなんといっても『フランス脳内革命:脳の中のアンシャン・レジームをギロチンにかけろ!』に匹敵する【手作りスイーツのお店 マリーアントワネット】でしょうか。このケーキ屋さんの謳い文句はもちろん,『ケーキを食べればいいじゃない』です。どうでもいいことですが、『脳内革命』という本が売れたことを覚えている人はどのくらいいるのでしょうか。少し不安です。たぶん、10年後には『バカの壁』も同じように忘れられていることでしょう。

 それにしてもさすがは天使がトゲ付きバットで撲殺しまくっても誰も不思議に思わない不思議空間の住人です。考えることが普通ではありません。なお、桜くんやドクロちゃんのいるこの不思議な町は埼玉県にあるようです。なるほど、秩父困民党の伝統は伊達ではないということでしょうか。
 ただ、この埼玉県はどうやら我々の埼玉県とはどうも違うようで(たとえて言うのならば、『あんみつ姫』の日本みたいなもので)この巻では戦後初の埼玉県知事が国枝・R(ルター)・与兵衛となっております。ちなみに我々の日本における戦後初の埼玉県知事は西村実造(昭和22〜24年)さんです。
 しかし、これはあくまでこの町の教育委員長のお言葉を信用すればの話で、何せ町にある四つの中学校に“ミケランジェロ中学”“サルバドール・ダリ中学”“シャガール中学”そして“聖ゲルニカ学園”と名付けるような教育委員会です。県知事の名前をねつ造するぐらいは平気でやるでしょう。そうして考えると天使のドクロちゃんよりよほどこの町の人間の方が不条理です。

 それにしても、ドクロちゃんがどんどんどつき専門のギャグキャラへと特化し続けているせいでしょうか。桜くんのハートを狙い、南さんにくわえてサルバドール・ダリ中学の1年生、弓島千佳ちゃんまで登場しました。桜くんを先輩先輩と慕う可愛い後輩で、弓道部に所属しています。そのうち十人張りの強弓で桜くんのハート(心臓)をぶちぬく場面が見られるに違いないと期待しています。

「先輩っ! 私3月生まれだから――」
「だから?」
「まだ12才なんです!」
「だから僕は違うんだってばーっ!」

 それでは皆さんご一緒に。

「るねっさーんすっ!」

03月14日

■本日の読書:『鋼の錬金術師 10』荒川弘
 帯に『“焔の錬金術師”ロイ・マスタング VS ラスト“人造人間”!!』とあるように、
 この巻の主役は誰がなんといおうと、マスタング大佐である。
 ブラボー、大佐っ!
 やあもう、大総統の無敵ぶりもなかなかいかしましたが、ぼろぼろに成りながらも立ち上がるその姿はまさに見事、否、美事

 後はまあ、東の賢者=西の賢者=“お父様”(≒ホーエンハイム)がいよいよ動き始めましたですよ。エドの最後の敵が親父なのは確定として、“お父様”との関係は微妙。髪型や口元がそっくりなので、別人なのではないかと私は踏んでいる。きっと、エドやアルの親父は“お父様”の手駒のひとつとして作られたに違いない。で、エドやアルと協力するふりをして最後に“お父様”を殺して自分がなんかしようとするのだぜ。
 いずれにせよ、続きが楽しみである。

03月15日

■本日の読書:『新・世界の七不思議』鯨統一郎
 あの名著、『邪馬台国はどこですか?』の続編。今度は世界史編である。
 相変わらずの酒場のバカ話は健在である。
 健在であるのだが……
 うーん。前作のすばらしさを知っていればいるほどに、今度はちょっと……
 この本の解説で新保博久さんがいみじくも前作をこう評価している。

 一九九八年五月『邪馬台国はどこですか?』という異色の連作短編集で…中略…『黒後家蜘蛛の会』後期作品などより遥かに高いグレードを示してみせた。

 『黒後家蜘蛛の会』は私も愛読しているが、まことにもってその通りである。あれの後期シリーズよりはるかに前作の出来が良かったのは間違いない。
 そしてこれはまったくもって残念な事なのであるが、やはり本作を前作と比べてしまうと、小説としていくらこなれていようがどうにも出来が悪い。『黒後家蜘蛛の会』を前期と後期とで比べる場合と同じく。

 原因はやはり、ネタの熟成度、ツッコミ度にあると思われる。何せ探偵役の宮田六郎が「僕は外国の古代史を知らない」などとぬかす始末なのである。これは好意的な解釈をすれば、読者に懇切丁寧にネタを解説するために、宮田六郎を聞き役に回したとも言えるのであるが、だとしたら選んだ素材がいかにも中途半端である。

 しかし、個人的にはタイトルではあまり期待しなかった短編が意外な面白さをかもしだしていたので、これはうれしかった。また、前作と完全に切り離して考えるのであれば今作だってけっこう優れた歴史ミステリなのである。

 気に入った短編を前回の要領で紹介してみよう。

■ストーンヘンジの不思議
 ヨーロッパにある巨石文化。フランスのメンヒルやドルメンと並ぶイギリスのストーンヘンジ。手間暇かけてわざわざあんな巨大な建造物をなぜ作ったのか?
 天文観測? バカを言ってはいけない。それだけであそこまで大きくする必要はどこにもありゃしない。
 ならば、祭祀か。それは間違いないだろう。けれど、ではなぜあの形で、なぜあの大きさである必要があったのか――それは。
 そうだ。ストーンヘンジは大きくなくてはならなかったのだ
 いかにもな心理的トリックがお見事。

■ノアの箱船の不思議
 旧約聖書にある大洪水とノアの箱船の記述。
 動物をひとつがいずつ乗せた箱船は、アララト山にたどりついたという。
 むろん、その記述を鵜呑みにはできない。
 確かに洪水はあっただろう。
 だが、そんな巨大な船に動物をたくさん乗せて、アララト山に――いや待てよ。
 ひょっとしたら、逆だったのではないのか?
 ストーンヘンジの不思議と同じく、因果を逆転させる手際がうまい。

■ナスカの地上絵の不思議
 ナスカにある巨大で不思議な線画。
 はるか大空からではないとその形は見えないのに、それを見ることのできるような高所はナスカにはないのだ。
 ひょっとしたら、ナスカの地上絵を作った人々は熱気球を作って……
 それとも、宇宙人が地上に着陸する時の目印に……
 いやいや。
 もっと簡単に考えようじゃないか。空にいるのは鳥や宇宙人だけではないだろう?
 語り口調のうまさが光る一品。

 ……うーん。こうして紹介してみると、意外と今回も悪くないような気がしてきたぞ。

03月16日

■本日の読書:『ゆらゆらと揺れる海の彼方 4』近藤信義
 今回読んで感じたのが、なんともおさまりの悪い感覚である。座布団の下にちょうど段差があるような感じだ。

 まず3巻の感想を引っ張り出してみよう。ここで述べたように、ドラマを盛り上げるために情報を小出しにし、ミスリードするという手法は4巻でも多用されている。

 だが、今回使われているやり方はあまり誉められない。

 たとえば、隣国バストーニュで対立をしている皇太后にせよその息子の国王にせよ、3巻での噂話や、最初に登場した時の描写とはまるで逆の人間であるという風に描かれている。それに合わせて、このふたりに仕える宰相も3巻とは立ち位置がかなり異なってきている。
 作者としては、意外性を出そうとか、飽きられないようにしようとか。そういう意図があるのであろうが……

 しかし、そろそろまずいんじゃあないだろうかとの危惧がある。

 つまり、このやり方を押し通されてしまうと。読者は作者の記述を信用しなくなるのである。何が書かれてあっても、この先その内容がくつがえされてしまうのではないか。そう思って、作品から心理的な距離を置く――つまり、醒めてしまうのだ。

 読者が作者の記述を信用しなくなっては物語は成立しない。だから、たとえミステリのように作者が読者を騙す作品であっても最低限の仁義は守られなくてはいけないのだ。ましてや『ゆらゆら』は、ミステリですらない。読者を騙したり引っかけたりする必要性は本来ないのだ。
 どうかこの先はあまりこのようなアヴァンギャルドな技巧を凝らされないように切に願うものである。

03月17日

■本日の読書:『日曜日には宇宙人とお茶を』火浦功
 うちのみのりちゃんについて書くのでちょっと、オリジナルの方の語感(?)を思い出すために引っ張り出す。
 ちなみに表題作になった短編の書き出しはこうだ。

 異星人(ベム)あり、
 遠方より来たる。
 また、たのしからずや。

 いや〜〜〜火浦功だなぁ。

03月18日

■本日の読書:『世界戦史2 英雄かく戦えり』編集部編
 編集部が編集という、何やら愉快な著作であるが、これは私が愛読している『歴史群像』に掲載された原稿を、そこの編集部が集めたものである。前は有坂純さんだけだったが、今回は瀬戸利春さんや来村多加史さん、篠田耕一さんが参加されておられる。
 まあ、内容はすでに雑誌の方で読んでいるのでいまさらなのであるが、なかなか面白い。『マルタ大攻囲戦』なんかは、さすがは有坂純さんという感じである。

 最初にハメットの有名な『マルタの鷹』を引用。十字軍騎士団が誕生した背景からその勢力の変転、そして最後まで地中海で十字軍としての本来の使命をまっとうせんと(その是非はともかく)不屈の意志でもってマルタ島にこもる騎士団と、最盛期を迎えたオスマン=トルコの包囲軍とが激突するまでをぐいぐいと引き込む独特の筆致で描かれている。
 『歴史群像』を購読されていないのであればぜひお読みになるといいだろう。

03月19日

■本日の読書:『ねじれた町』眉村卓
 なぜにこんな古くも懐かしい本を引っ張り出してきたかとゆーと。
 チャットで『セカイ系』というキーワードが出たからである。
 はてなダイアリーではこんな定義であるな
 そして私の記憶にある(つまり子供の頃に図書館で読んだ)この本は、今で言うところの『セカイ系』なのである。
 何しろ、主人公の少年が父親の転勤でやってきたQ市は『思念』によってなんでも出来るのである。強く望めば、テレポーテーションなど思いのままなのだ。学生の多くがそうやって学校に通っていたりなんかする。
 こういう『意思が力になる』というのは昔からよくあるネタであり、いわゆる現代の『セカイ系』においてもしばしば使われる。まあ、主人公の煮えた思いがそのままダイレクトに現実世界に影響を与えるわけであるから便利なのだ。イロイロと。
 しかし、この本が『セカイ系』っぽくならないのはそこにごくごくまっとうな思考が入ってしまう事なのである。つまり、思いが具現化するのは主人公だけではなく、Q市に住む、誰もがそうなってしまうのだ。
 なぜ、Q市は特別なのか?
 なぜ、この力は外に漏れないのか?
 そして騒ぎの中で最強の力を持つことになった主人公であるが(このへんはセカイ系っぽい)だが、彼は思念の力ではなく、きわめて合理的な思考の果てにこのQ市にある問題を取り除くことになる。

 思うに、こういう合理的な思考の果てに身近にある問題を解決というのが『セカイ系』っぽくならない最大の理由なのであろう。私は大好きなのだが。

03月20日

■指輪戦役プレイレポート:仁義なき中つ国の戦い(1)
 『ロード・オブ・ザ・リング バトル・フォー・ミドルアース』をプレイしてみることにする。
 これは指輪物語の映画に対応したリアルタイム・シミュレーションである。
 まずは当然、闇の軍勢でプレイ開始。アイゼンガルドのサルマンである。
 木を切り倒し、資源を手に入れてオーク兵を増やす。
 そこへ現れるエント。いきなり本拠地攻撃かっ。

「森は復讐を求めておるぞサルマン」
「やかましいこの園芸品」

 エントが石を投げて城壁を崩し、内部に進入してくる。
 これをなんとか撃退すると、今度はローハンの騎兵隊である。ウルク=ハイが立ちふさがるが、騎兵突撃を受けて跳ねとばされる。ガッデム。
 最後はほぼ壊滅状態になりながらもサルマンはアイゼンガルドを守りきることに成功したのであった。

 続いて今度はこちらからエントの森を侵略する。
 すると、エントだけではなくてエルフが森のあちこちに隠れていて、弓矢で攻撃してくるではないか。
 木材をダイレクトに資源に変換する呪文で、隠れている森を破壊してオークが突っ込む。
 これを繰り返していると、いよいよエントの根拠地が近づいてきた。

 エントは怪力で耐久力も高いが、何せ老木であるからしてよく燃える。サルマンがファイアーボールの呪文を使えば、エントは炎に包まれながら悶え苦しむのだ。

「ふははははは、しょせんは炭水化物よ。酸素と結合すればよく燃えるわっ」
「サルマン様、サルマン様。私らだって炭水化物ですが」
「……」
「……」
「……さあ行けオークよっ! とどめをさせいっ!」
「わあっ、やぶ蛇ぃぃぃ?」

 燃えながらもエントは強い。オークをなぎはらい、サルマンをも打ち倒す。
 しかしこのゲーム、一般兵士は蘇らないが、英雄はよみがえるのである。
 本拠地で復活したサルマンはローブの裾をからげながら、走って再びエントにファイアーボール。
 しかる後に杖で殴る、殴る、殴る。
 一般オーク兵はたちまちエントになぎはらわれるが、サルマンはさすが大魔法使い。少々エントに殴られても死にはしない。さらに杖で殴る、殴る、殴る、殴る。

 その後ろから、オーク石弓兵がひゅんひゅんと矢を飛ばす。
 最前線で悪の魔法使いが戦い、後ろからオークが石弓を使う。
 そして遠く本拠地ではオークの木こりがせっせと木を切る。

 しばらくして、再び、城の扉がばん、と開いた。

「おやサルマン様。どうしただね?」
「うむ、ちょっと不覚を……いや忘れ物をしてな。行くぞ! 道を開けい!」

 そしてオークの木こりをかきわけて全力疾走で最前線へ向かうサルマン。
 それを見送っていたオークの木こりはやれやれと首を左右に振って仕事に戻った。
 長い苦難に満ちた戦いの後、ようやくエントの森は破壊され、サルマンの占領下に置かれた。残ったのはサルマンとオーク石弓兵が1個部隊。
 悪の軍勢に癒しの魔法はない。戦って戦って、そして散っていくのである。

「よし、次はローハンを攻めるぞ。オークども。わしに続けっ」

 だが、ローハンとの国境にはローハン騎兵隊が待ちかまえていた。1部隊しかいない石弓兵はあっという間に蹂躙される。必死に逃げるサルマン。追いかける騎兵。ほぼ騎兵と同じくらいの速度で走るサルマン。

 悪の魔法使いは健脚だ。

 これを何度か繰り返して、サルマンはようやく気が付くのである。

「ひょっとして……初期戦力が少なすぎるのではないのか?」

●指輪戦役今回の教訓:クリアする前に、部隊を編成

 クリア時に残っていた部隊は、次の面でも初期部隊として使用できる。
 これがないと戦えないマップもあるぞっ! 注意だっ!

「ではサルマン様。エントの森からやり直しでございますか?」
「いや、オートセーブしかしてなかったからな……最初からだ」

 がんばれサルマン!
 負けるなサルマン!
 指輪を手にするその日まで!

03月21日

■本日の読書:『皇国の守護者 壱』原作/佐藤大輔 漫画/伊藤悠
 こないだ帝都動乱が終わり、続きが出るかどうかについては『アルスラーン戦記』並みに信用がおけなくなった『皇国の守護者』の漫画版である。

 閑話休題。

 戦記物を読むたびに私がわめく「地図を出せ地図を」が必要ないという(当たり前だ)まことにもって希有な作品。
 何がすごいかといって、いきなり最初の天狼原野での会戦。
 フリードリヒ大王のプロイセン軍のごとく、横隊になった皇国軍に、ナポレオンの大陸軍のごとく、縦隊と散兵を組み合わせた帝国軍が激突する。
 やー、文章ではめんどうだが図にすると分かりやすいし、漫画になるとさらに感覚的に理解できる。
横隊戦術対オーダーミックス
 漫画を読んでない人のために説明すると上図のような感じである。

 他にも、見逃しやすい部分として一コマだけ描かれている真室大橋があるのであるが、これには私はうならされた。でかい木の橋なのだが、この絵だけで川の広さや、橋がない場合「こりゃ渡河はたいへんだわ」というのが簡単にイメージできるのである。

 ちなみに話が変わるが戦争映画の傑作、『ワーテルロー』(1970年 監督セルゲイ・ボンダルチュク)にも、川(画面上には出てこないが間違いなくサンブル川である)を渡る大陸軍がほんの10秒か20秒ほど映像が出る。映像では橋の上をごろごろと輓馬が大砲をひき、騎兵は邪魔にならないよう先を急ぐために浅瀬を渡河していた。かように、そうでなくともごちゃごちゃしやすい大軍が川を渡るのは大事であるのだ。あの映画はまっこと普通の観客が気にしない部分に心血を注いだマニア映画となっていた。
 さらに話が変わってしまうのだが、アバロン・ヒルのウォーゲーム『Hundred Days battles』(デザイン:ケビン・ザッカー)では、マップ上でこのサンブル川に橋がかかってなくて、すごく頭をひねったものだ。何せあそこに橋がないと、大陸軍は初動で遅れてしまいプロイセン軍とイギリス軍を各個撃破できなくてナポレオンは必ず敗北するのだ。そのぐらい、橋は影響がでかいのである。

 渡河が重要であるのに、小説ではなかなかそのへんの記述が難しい。いや記述が難しいのではなく、読者に記述が伝わりにくいのだ。恥ずかしながら私もちゃんと『幅100間(メートル)』と小説に書いてあるのを読んでいたのに、さほどイメージができていたとは言えない。それゆえに、あの状況説明でちらりとバックに描かれているだけの橋に感心してしまったのである。

 なんにしても、小説では1巻と2巻(漫画では4〜5巻ぐらいか?)で書かれていた北領での遅滞戦はまこと地獄のような戦いで、漫画にはたいへんふさわしい内容である。伊藤悠さんの漫画ははじめて読むが、絵もよく漫画としてもたいへん達者で、しかもよく原作の内容をよくわかっておられるようである。
 これは望外の喜びであった。
 今後もこの漫画はぜひ応援したい。

03月22日

 風邪をひく

03月23日

 風邪が悪化する

03月24日

 風邪がひどくなる

03月25日

 風邪が少しよくなる

03月26日

 だいぶよくなったので、フィットネスプラザでトレーニングする

03月27日

 なんてバカなことをしてしまったのだ
 だが後の祭りである

03月28日

 へろへろ

03月29日

 ふらふら

03月30日

 ぴろぴろ

03月31日

 午前は平熱
 午後は微熱

■本日の読書:『スクールランブル 8』小林尽
 えらく久しぶりに烏丸を見る。
 相変わらずの不思議系キャラであるが、今回はそれどころではない。
 学校内でサバイバルゲームというのも愉快だが、みんな演技過剰だってば。
 何もやられた後、マジで死体になってしまうこたぁないだろうに。いや、だから面白いのだが。
 やあ、花井もいいキャラだなぁ。いじりがいがあって。

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