ジュール・ヴェルヌの小説がゴダードやオーベルトらにロケット開発への道を歩ませたように。アトムやドラえもんは日本における歩行型ロボットの開発を推し進めた。
子供の頃に見たSFの風景というのは、大人になって何かを作ろうとするときに少なからず影響を与えるのではないかと思う。
「ネズミの脳」が飛行機を操縦
フロリダ州のどこかで、ラットの体から切り離された2万5000個のニューロン(神経細胞)が、米軍の最新鋭ジェット戦闘機『F-22』の操縦について考えている。
この背景にも、SFでは昔からある、未来兵器として人間あるいは動物の脳を利用するというのがなんか影響を与えているんではないかと思う。
何せ、飛行機の操縦である理由は、実験の目的からするとまるでないのだ。ようはニューロンの研究なので、昔ながらのネズミ迷路の電子版でもいいのだ。
だが、F−22戦闘機をネズミの脳が動かしているというのには、SFファンの心をくすぐるナニかがある。
いずれやがて――
ネズミの脳を搭載した巡航ミサイルが発射され、それを猫の脳を搭載した迎撃ミサイルが迎え撃つ。
だが猫の迎撃ミサイルは獲物のネズミミサイルを捕まえるやいなや、ご主人様に見せるために一目散に基地へと戻っていくのである。
そんな妄想の未来図がかいま見えるのだ。
■本日の読書:『国産ロケットはなぜ墜ちるのか H−IIA開発と失敗の真相』松浦晋也
扇情的なタイトルは、さすがは日経BPの記者あがりである。
内容は、H2Aに限らず、日本の宇宙開発に対する問題提起の書となっている。むろん、だからといってああしろこうしろと押しつけがましくやるのは松浦さんのスタンスではないから、基本は「このやり方ではいかんだろう」というレベルにとどまっている。
これを良しとするか歯がゆいと思うかは読む人しだいだ。
本書は6章+終章の構成になっている。
▼1章:H−UA 6号機打ち上げ失敗
開発途中のロケットではあちこち不具合が発生するものである。
不具合をなくすには時間と金をかけるべきである。
それでも失敗するのはこれは当然のリスクである。
ようは、まだ技術的に完成していないH−UAロケットは試験モデルであり、その前提で運用すべきだという事なのだ。
▼2章:大型地球観測衛星「みどり」と「みどり2」の機能喪失
予算を確保するために、ひとつの衛星にあれもこれもと要求が肥大していく政府もそれを受け入れる開発側も間違っている。
技術的な冒険はできるだけ少なく、シンプルでサイクルの短い物を作っていくべきなのだ。
▼3章:そして「ひまわり」はいなくなった
だからーっ!
なんで、予備機の必要性が理解できないんだっ!
機械は壊れるものだし、衛星のように修理できないものには常に予備の衛星を打ち上げておくか地上に置いて打ち上げられるようにしとくべきだろうがっ!
▼4章:理工系教養の欠陥がまねいた混乱
気を取り直して冷静にいこうか。
おまいら分かってますか?
偵察衛星は、目的地の上空に止まっているわけではないのですよ? 地球の周囲をぐるぐる回っているのですよ?
偵察衛星にいかに優れたカメラがあっても、それを見てナニが写っているかを判断するのは地上の人間なのですよ? 今までそういう航空偵察とか写真分析とかした人が日本にどれだけいますか?
そもそも、衛星は隠れる物がなにひとつない宇宙に浮かんでいて、世界中に大勢のサテライトウォッチャーがいて彼らの持つ情報はインターネットで瞬時に公開されてるのですよ?
ところで歴代の科学技術庁(現:文部科学省)の長官と内閣総理大臣の最終学歴リストを掲載してみましたよ。ええ、もう、見事なくらい文系の学部出身ですねー。
ついでなので中国の共産党政治局常務委員の学歴をみてみましょうか。おやー? 全員が理工系ですねー。
こんなんで本当にいいんでしょうかねー? 理系の方が頭が良いわけではありませんが、理工系の知識というのは持ってないと、補えないんじゃないですかねー?
▼5章:官需は儲からない
日本の宇宙開発関係の企業はかなりやる気を失ってますよ。
何せ儲からない。儲からないから優秀な人間も配置しない。
それもこれも、国の政策が腰が定まらないからなんです。金を出すなら出す。出さないならさっさとやめちまいなさい。
▼6章:アメリカの宇宙政策と日本
なんで、あのロシアが国際宇宙ステーションにおいてえらそうな顔でぶいぶい言わせていて、巨額の金を出資した日本の研究や人材が、はるかあさってに先送りされていると思いますか。
いいですか。ちゃんと聞いてくださいね。
『国際協力』で『技術を習得』などという、たわけた甘い夢をみるからこういう事になるんです。
宇宙技術は、その国にとってトップレベルの技術ですよ? 金積んだところでくれてやるわけないじゃないですか。『技術を持っている』『設備がある』ところだけが発言権を持ってやりたいようにやるのです。何せ宇宙開発はどこもギリギリでやってますからね。他の技術なら「ちょっとはいい目を見させてあげましょうか」なんてなるんですが、そんな余裕はどこにもありませんよ。
その点、中国はよく分かっていますよ。彼らの宇宙開発は決して他の国に依存しませんからね。
とまあ、内容をアカガネフィルターを通して見るとこんな感じである。お先真っ暗に見えるかも知れないが、まだ手遅れではないのだ。
だが、私がみるところ国に頼るのはもはや諦めた方が良いのではなかろうか。この国がよほど大きな変化を迎えないと(たとえば大恐慌とか大災害とかクーデターとか内乱とか)日本人が宇宙に大金を投資するようになる未来というのは想像できないのだ。
眼鏡を修理する。
うむ、やはりしっくりくるなぁ。
■本日の読書:『Alice』川崎康宏
川崎さんは『銃と魔法』の作者である。
度重なる粛正の嵐により、手違いで続編の『青い炎』を捨ててしまったが『銃と魔法』はボロボロになりながらもまだ我が本棚に残っている。この人の作品と私はたいへん相性がよろしい。
で、めでたく発売になった『Alice』であるが、相変わらずの内容で一安心である。
とにかく、どいつもこいつもヘン。このヘン具合は、成田良悟さんにも相通ずるものがあるが、川崎さんの方が全体的にバタ臭くて私の好みである。
で、本書の内容であるが。
熊が出る。
そう、熊だ。ここんところ連日のようにテレビのニュースに出てくるツキノワグマではない。カナダグリズリーである。この熊、名前はボーボーこそが本書における真の主役と言っていい。
彼と戦う相手もすごい。“爆雷王”バズ・ガイガン。れっきとしたアメリカ海兵隊員である。だが、ボーボー以上にこやつは“人間離れ”してやがる。
バズ・ガイガンが最初の戦いでアリスに脳髄を吹っ飛ばされてその夜。
「アリス・ザ・ファイアボールめ! 今度会ったら手加減なしでぶち殺してやる!」
生きてるし。
彼の体は脳細胞をも再生する。さすがに複雑な脳だけあって少々時間はかかったが、夜にはもうすっかり健康になっていた。
彼は少し眉をひそめて呟いた。
「はて、なんであの女と戦うはめになったんだろう?」
でも若干記憶が消えているようだ。
……そうや、火浦功の『トリガーマン!』にこいつとよく似た男がいたなぁ。
そうそう、フェニックス・山田だ。
しかし、いかに生体改造を繰り返した不死身の体といっても、エネルギーは消費する。“爆雷王”はステーキハウスでエネルギーを補充しようとする。
ステーキをキロ単位で注文する男、バズ・ガイガンはナイフとフォークを振り上げ、うれしそうに叫んだ。
「胃液大量分泌! 消化酵素充填っ! 胃壁最大蠕動〜〜〜ぉっ!!」
食う時も絶叫だ。
まあこいつは特別としても、他のキャラクター連中ものきなみまっとうでない。
どいつもこいつも人の言うことを聞かないor聞いても理解できないor理解できたら無視するので、まるでかみ合わないのだ。
このはずれっぷり、無軌道ぶりが本書をたいへん愉快な小説にしたてあげている。
オススメである。
以前、ガンダム同好の士と会話をする機会があって、こういう質問をされた。
「ガンダムのコロニー落としで月を経由するとか聞いたのですが、ありゃなぜですか?」
しばらく説明を試みたのだが、どうもお互いの意思の疎通がうまくいってない。
よくよく聞いてみると、彼は軌道上の物体というものは、地球の上にぷかぷか浮いていると考えていたのである。
「地球の重力はどこに消えたんだ?」
「え? 地球の重力がないから、無重力じゃないんですか?」
「なぜそう考える」
「ハマーン様も言っていたではないですか。『地球の重力に魂をひかれた者』うんぬんと」
なるほど。そういう事か。
ハマーン様には悪いが、地球圏に住んでいるスペースノイドは、全員が地球の重力の影響下にある。常に地球の重力にひっぱられて『落下』し続けている。コロニーも、月も、ガンダムもすべてである。
にも関わらず、地球におっこちたりしないのは、落下の向きに対して横方向に高速で移動しているからである。
たとえば、ガンダムがリックドムと出くわしたとしよう。
最初にガンダムとリックドムの互いの速度が0だとしても、実はこの2機は地球の周りをすごい速度で回っているのである。
図でいうとこんな感じ。
ちなみに、速度はともかく向きは一緒である必要がないので、互い違いの軌道にある場合はすさまじー勢いですれ違うことになる。
TV第32話『強行突破作戦』では、ホワイトベースとガンダムは、ドレン大尉指揮下のキャメル艦隊と比較的低い(だろう)軌道ですれ違う。軌道速度は秒速でいうと4kmとか5kmとかになるのではないか。
ドレン「軌道変更、マイナス110。木馬を追撃するぞ」
あらかじめ予想して待ちかまえていたと、あるいはシャアのように追いかけているというのでなければ、キャメル艦隊の軌道はホワイトベースとは違ったはずである。
同じ軌道にあれば並走して長時間の戦闘が可能であったが、ドレン大尉が拙速を重んじた用兵をしたところから考えて、この追撃軌道は交差した後はどんどん離れていく軌道だったのではないかと思われる。
ドレン「リック・ドム2機、後退させろ。こちらからの砲撃の邪魔だ!」
このへんのセリフからしてドレン大尉は、ムサイの艦砲射撃で木馬(ホワイトベース)を撃破しようとしている。おそらく、相対速度が大きいのでモビルスーツではその速度を減殺しきれず、後方に取り残される危険があったのだろう。
これはお互い様で、ブライトはアムロにこう指示を出している。
ブライト「急いでくれ、目標はムサイだ。スカート付きのモビルスーツは構うんじゃないぞ」
そしてガンダムは、高速ですれ違いながら、見事ドレン大尉指揮下のムサイ2隻をほふっているのである。
むろん上記の説明は牽強付会であって、適当にそれらしくこじつけているだけであるが、まあなんかほら、それっぽく感じられれば成功である。
で、コロニー落としであるが、図で描くとこんな感じ。
なんとなく感じがつかめていただけたであろうか?
暑いわけではないが、寒いわけでもない。
11月というのはこんな感じだったろうか?
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史:16世紀の世界2』
表紙絵はガンジス川を渡るアクバル帝。
この名前のせいでさっきから脳内で「アッラー・アクバル!(神は偉大なり)」という叫び声がやたらと響くのである。
つまり、アクバル帝とは偉大帝?
さて、16世紀後半ともなると、もはや世界史は最初にまずヨーロッパの話をせんと進まなくなる。
この頃からヨーロッパは絶対主義国家。つまり、それぞれの地域を治める貴族が力を持つ時代から、国家すべてを支配する国王(ないしそれに準ずる主権者)の時代になったという。とはいえ、イギリスはかのエリザベス女王が支配するのは南のイングランドで、スコットランドはやはり女王のメアリー・スチュアートの時代だったりしたりするのだ。
どこらへんまで国家と見なすか、難しいところである。
東ヨーロッパでは再版農奴制が確立する。何がこう『再版』なのかいろいろと調べてみて思うのが、訳語の問題のようである。つまり、農奴制が一度消えて自作農の時代になったがまたぞろ農奴制が復活したので『再版』だとかなんとか。
さて、16世紀までその強大な軍事力を誇っていたオスマン・トルコであるが王位を継承したスルタンが最初にするのは兄弟を皆殺しといった、やはりこう、それでは人間、精神が殺伐とするだろー? というような事をやっていてはよろしくないようで。ともかくこう、国家は上から怪しくなり、経済もアメリカからの銀の流入やら土地の不足やらでだんだんおかしくなってくる。終わりの始まりの時代なのだ。
さて南アジアのアクバル大帝であるが、ムガル帝国の第3代皇帝である。この手の歴史に偉大な足跡を残した皇帝の多くと同様に、彼もまた父の死により13才という若さで皇帝となり、半世紀もの統治期間を持つ。やはり大事をなすには時間がかかるのである。
ムガル帝国というのはもとより北の、どっちかというと今で言うとアフガニスタンよりの地に生まれた辺境国家である。だが、その背後には内陸アジアやイランといった文明諸国があり、そこから新しい文物――火器からイスラム教にいたるまで――を手にしてムガル帝国はインドを支配してゆく。アクバル帝は宗教的にたいへん寛容であった。つうか、あまり神様というものに重きを置いていないようである。だから、「いろんな宗教の良いところを集めて新しい宗教を作ろう」とか考えて、自らその教主となっていたりする。
当たり前だが、こういう論理的、即物的な理由で作られた宗教は彼の死後、すぐに消滅してしまう。正しい政を心がけ、不公平をなくすよう努力し、芸術を愛したこのアクバル帝はしかしその治世の末期に皇太子の謀反と対することになる。
はるばる大海をこえて商売をしようとするヨーロッパ人の進出は、アジア経済の活性化にもつながった。貿易が盛んになれば当然、地元の商人も活躍するようになる。これに元末明初の混乱から抜け、経済的に豊かになった中国商人も加わり、東南アジアは活況を呈するようになる。琉球や日本からの商人が盛んに訪れるのもこの時代である。
ちょっとした会話から、適当に思いつくものもある。
「猫耳というのはメジャーであるが、熊耳というのはどうだろうか?」
熊耳。確かに丸っこくて可愛らしいと言えなくもない。
名前は……そうだな、『くまたん』にしよう。
おなかが空いたので、山から下りてきたのだ。
ふむふむ。
そういうわけで、構想3分で作り出したキャラ、『くまたん』の短編を2本サイトに掲載してみた。
『くまたんが来た』
『くまたんとお風呂』
どうぞご笑覧あれ。
ちょいと田中芳樹さんの『アルスラーン戦記』を読み直していたのであるが、さすがに田中芳樹さんはうまいなぁ、という部分が随所にある。
たとえば、己の出生の秘密で思い悩み、「私は誰なんだろう?」と呟くアルスラーンに対してダリューンが答えるシーン。
しばらくあれこれ悩んだダリューンは、かく答える。
「殿下が何者であるかは、このダリューンが存じております」
「ダリューンが?」
「殿下は、このダリューンの大事な主君でいらっしゃいます。それではいけませぬか」
巧言令色と縁のないダリューンであればこそ、この言葉は実に重い。戦術とか兵理とかそういう面では甘いところの多い作品ではあっても、登場人物の行動や言動に関しては首尾一貫しており、その演出もうまい。
ちょっとした味付けが特に良いのだ。
たとえば、シンドゥラ国王のラジェンドラ。このおしゃべりで陽気で、信頼の置けぬ悪党であるところの御仁は、いい加減で底が浅いが、それゆえにどうにも憎めない。
自分の得になると思えば掌など何枚でもひっくりかえすであろうこの人物が、おそらく、蛇王ザッハークとの決戦で最後の最後、ぎりぎりの部分で損得は関係なしにアルスラーンに味方をして彼に勝利をもたらすであろう事、私は疑っていない。そしてむろん、死ぬまでこれを恩に着せようとするであろうことも。(いや意外と、アルスラーンに素直に礼を言われてこの男らしからず照れる場面が見られるのではないかとも期待している)
もうひとり、ヒルメス王子。さまざまな運命の変転により、アルスラーンと共に天を戴くことができぬこの王子は、物語としては悪役の立場にある。復讐者であるが、一部の終わりで復讐の無意味さも知り、キャラとしての深みができている。だが、だからといって安易に味方にはならず、あくまで己の道に殉じて突き進むというのがヒルメス王子をこの物語になくてはならぬ人物にしている。
彼はいろいろな形で死にフラグが立っている。その意味で死ぬのはまあしゃあないだろう。おそらく、アルスラーンと蛇王ザッハークの戦いに先立って、宝剣ルクナバードを手に立ち向かうが敗北するのではなかろうか。だが、瀕死の重傷を負ってなおルクナバードを蛇王に奪われぬよう逃走し、アルスラーンに剣を渡して死ぬ、というあたりではないか。誇りを持って、前のめりに倒れるのが似合うキャラである。
こうして読み直してみても、キャラクターの配置と演出において、やはり一頭地を抜く作家さんであると思わざるをえない。
暖かい日々が続く。
■本日のアニメ:『舞-Hime-』
友人がやけに薦めるので試しに1話を見る。
おおっ!
おおおっ!
なんというか、実に手堅い。
作画も脚本も演出も。すごいわけではないが、手を抜いてない。
久しぶりにやる気のあるアニメを見た、そんな感じである。どれどれ、『巌窟王』がどうにもアレだったので(だから出崎さんにしろとあれほど私が脳内で訴えたのに)こいつをきっちり見ることにしてみるかね。
今日もまた暖かい。
陽気に誘われてというわけではないが、『くまたん』の続きを書いてみた。
『くまたんとお布団』
天衣無縫なくまたんはともかく、祐介までがボケ役なので、ツッコミ役の香澄はたいへんである。
■本日の読書:『鉄人28号〜皇帝の紋章 2』原作/横山光輝 漫画/長谷川裕一
どこからどうみても鉄人28号なのだが、同時にどこからどこまでも長谷川裕一である。
つうか、ガンダムだろうが原作付きだろうがいつもの長谷川節は健在である。
長谷川さんの作品をみていて気持ちが良いのは、苦難や危機に正面から知恵と勇気でぶつかるところであろう。
本巻では妨害電波によって、あらゆるリモコン操作をできなくする強敵、ブラックオックスに対して鉄人28号と正太郎君が取る作戦がその最たるものである。
有線のリモコン――却って原始的なこの方法は、だがしかし。作戦の第一段階に過ぎない。
正太郎の本当の目的は、有線による戦いではなく。
鉄人よりも進化した自律頭脳を持つブラックオックスが、それゆえに内包する弱点を引きずり出すための罠だったのだ。
しかも長谷川さんが優れているのは、それらの作戦を成り立たせるためには正太郎以外の仲間達の協力が不可欠という点にある。
いかに作戦が良くとも、正太郎ひとりが優れた頭脳を駆使して勝つのでは、娯楽用の漫画としてはやはり片手落ちであろう。正太郎をカバーする村雨さんや、はっきりいって役に立たないヒロインのアリスの活躍があって、はじめて鉄人と正太郎はブラックオックスに勝利できるのである。
戦う前の、正太郎と村雨の会話がいい。
「頭脳も心もない鉄人で……オックスに勝てますかね?」
「へへっ。さあ知らねぇ――
だが、頭脳や心はなくとも。“魂”はあるんじゃねえのか? あの鉄クズにはよ!」
ここで不覚にも涙腺がっ。
日々是精進也。
■本日の読書:『空ノ鐘の響く惑星で 5』渡瀬草一郎
弥栄!
諸君、歓喜の声をあげようではないか。
バンザイ!
や、さすがは渡瀬さん。これまでのは気の迷いで、きっと面白くなるに違いないと私は信じてましたよ。
その証拠に、日記を検索してこれまでの読書記録をみてみよう。
1巻:2/16
2巻:2/18
3巻:5/9
4巻:8/10
……まあなんだ。あまり信じてないよな。
だが、5巻は違う。手放しで誉めようではないか。そう、私はこういうのを読みたかったのだっ!
いきなり序章で、神殿に戻ったウルク(幼馴染みヒロイン)が敵の手にとっつかまり、速攻で洗脳、記憶除去、調略っ!
これまでのだらだらと腑抜けた描写はすべてこの急転直下の燃える展開のためにあったのかと思うほどの手際の良さである。
また、主人公のフェリオが良い。
これまた2巻の、あまりに物わかりのよい優等生な対応は今回との対比のためであったのかと錯覚するほどの行動力と決断力である。
むろん、敵側であるウィータ神殿=タートム=ビジター(追っ手)が物語としては都合良く手を組んでいるのが状況的に丸わかりなので、王族としての立場と個人としての心情とに乖離がないのは事実である。
しかしその上でなお、己にとって何が大事なのかを見極めてわがままだろうがなんだろうがウルクを助けるために全力を尽くすその姿勢は主人公の鑑である。
これはもう、記憶が戻らないまましばらくもどかしい会話を続けて読者をやきもきさせていただきたいものだ。
「ウルク。どうして……」
「つらいのです」
「だから、俺がきっと記憶を――」
「ほらわかってない」
「ウルク?」
「フェリオ様にとって大事なのは、記憶を失う前の私。あなたの覚えている私で、この私ではない」
「それは」
違う、といいかけてフェリオは口をつぐんだ。ウルクの目に浮かぶ涙がフェリオから言葉を奪った。
「私は――憎い。あなたからそんなにも思われている“私”が。記憶が戻ってきたら、誰もが“私”を祝福してくれる。なら、この私は? この私は、私が抱いているこの想いは、いったいどこに行くのでしょう? 誰が悼んでくれるのでしょう?」
「ウルク」
「記憶など――戻らなければいいのに」
などとゆー、少女漫画的展開を切に希望。あ、いや、素直に記憶が戻ってもそれはそれで喜びますが?
我が家ではこの30年近く、ちょっとした贈り物として広島銘菓というほどではないが、まあそこそこ有名な長崎堂のバターケーキを送っている。
久しぶりに本日12個を購入。親戚に配るのである。
■本日の読書:『歴史群像 No.68』
のんびりとページをめくる。今号もいろいろと面白い記事が多い。
▼『ハインツ・グデーリアン もうひとつの素顔』守屋純
電撃戦の立役者、グデーリアン将軍といえば、ウォーゲーマーの間でその名を知らぬ者はいない。かの有名な独ソ戦初期の機甲軍団の戦いを扱った『パンツァー・グルッペ・グデーリアン』はその略号のPGGだけでも意味が通じるほどである。(ちなみにアメリカ人の作ったゲームである)
彼を名将として尊敬するウォーゲーマーは多い。かくいう私もそのひとりである。
そのグデーリアンが裏でヒトラーと癒着して私服を肥やしていた疑惑がある――というのが記事の内容で、私などにはたいへんショッキングであった。
1942年に一時軍を退いた後、グデーリアンは当時ドイツの占領下にあったポーランドに農場を買ったが、農場を手に入れるための金124万マルク(約6億円)を、総統の裏金から払ってもらっているというのだ。
どこまで事実なのかは分からないが、なかなかに興味深い記事であるのは間違いない。
▼『海軍カレー物語』
日本海軍といえば、カレーである。
その日本海軍のカレーの事始めと、素材と調理方法、味などについてカラー写真をまじえて紹介した記事。
イギリス由来なので肉はビーフと決まっていたのだが、太平洋戦争に突入後は安い豚肉を使ったポークカレーになっていたり。まあ、食う物もなしに前線に放り出された陸軍さんよりは良い物を食っていたのではあろうが。
食せよカレー。
讃えよカレー。
▼『アレクサンドロスを継ぐ者は誰か』有坂純
恒例の有坂節。以前、アレクサンドロス大王の父親であるフィリポス2世の記事があったが、今回はアレクサンドロス大王の死後に起こった、後継者戦争(ディアドコイ・ウォー)である。
内容は置いておいて、愉快だったのがこの部分。
武将エウメネスはキリキアの地において、帝国軍最精鋭部隊、“銀盾隊”(アルギュラスピデス)を配下に組み込む。
この“銀盾隊”は、なんと平均年齢70才で60才未満はひとりもいない文字通りシルバー部隊なのだそうだ。しかし、鬼のように強く、どんな若者の部隊にも負けなかったという。
そして彼らを率いるエウメネスが宿敵アンティゴノスと最後の決戦に挑んだ時。
銀盾隊は獅子奮迅の働きをして前線は膠着状態になったが、アンティゴノスの別動隊が、背後にあったエウメネス軍の輜重隊を捕らえ、彼らの家族(連れていってた)と財産を確保するやいなや。
おじいちゃん達は指揮官のエウメネスをとっつかまえてぐるぐる巻きにしてアンティゴノスに渡し、家族と財産を返してもらったそうな。
すごいぜ、じいちゃん。
1862年。ビスマルク首相は議会での演説でこう述べた。
「現下の大問題は言論や多数決によってではなく,血と鉄(Blut und Eisen)によってのみ解決される」
ビスマルクがここで『オイルと鉄(ol und Eisen)』と言っていれば、その後の世界はロボット兵器によって覇権が争われるスチームパンクな世界になっていただろうと思うとちと残念でならない。
まあ、チャペックの劇作品『R.U. R. (エルウーエル)』が1920年であるからして、呼び名はロボットではなかったと思うが。
■本日の読書:『歴史群像 No.68』
昨日に続いてあちらこちらとつまみぐい。
▼『火縄銃の作り方』桐野作人
前号の、戦国時代に硝石をどうやって産出していたかネタに続いて、火縄銃がらみである。
火縄銃の伝来から、それが日本でどのような形で量産体制に入ったのかについての考察記事である。
意外に思ったのが、戦国時代の火縄銃がほとんど残存していないという記述であった。
今我々が見ている火縄銃のほとんどは、どうやら江戸時代以降に作られたものらしい。
また、戦国大名が火縄銃という最新兵器の技術を領国の外に漏れるのを嫌ったために重要なノウハウを記した文献があまり残っていないなど、戦国時代の火縄銃の実像はまだ霧の中にあるのである。
なお、図解で銃身に製作と尾栓の取り付け方(+ネジの付け方)が書いてあり、なかなか面白い。
火薬兵器というのは、ようは片側が塞がった筒の中で火薬を爆発させ、その威力で弾を飛ばす兵器である。
ポイントはふたつ。
火薬の爆発に耐える銃身(砲身)であること。
火薬の爆発エネルギーをできるだけ弾の運動エネルギーに変換すること。
初期の攻城用の大砲は、とにかくでかく重くすることで火薬の爆発に耐える作りになっていたが、個人携行の銃となるとそうもいかない。軽量で、かつ、丈夫な銃身を作るためには素材の品質向上がかかせなかった。その点、日本の鍛冶職人は十分な技術を持っていたというわけである。
だが、大砲のように鋳造(鋳型に溶けた鉄や青銅を流し込んで作る)でなく、鍛造(鉄の板を叩いたり巻いたりして作る)となると、銃身には両側に穴が開いてしまう。片方はきっちり塞ぐ必要があるわけであるが、そこで当時の日本にはなかった新技術、ネジが出てくるのである。昔話では、南蛮人に娘を妾にしてやるかわりにネジの作り方を学ぶなどという悲しい話があるが、まあ、現実はもっとドライで鉄砲伝来の翌年、ポルトガル人の鍛冶屋がやってきて説明してくれたそうである。
『其の巻きてこれを蔵(おさ)えむを知る』――だそうな。
これまで、自宅で音楽やらDVDやらを聞く時には、どっかの家電におまけについてきたようなヘッドホンを使っていたのであるが、こいつはあまり長く聞くのには適していないし、音もやはりよろしくない。
元来がソナーマンのような耳は持ち合わせていないのでそれでも文句はなかったのだが、ここ数年はヘッドホンも進化しているそうな。
で、インターネットを巡ったりチャットで相談にのってもらったりしたのであるが、やはり最後は自分の耳で確認するしかないというのが結論であった。そらそうだ。カタログデータで装着感は分からないわな。
ヘッドホンが試聴できる店というのは、どうしても限られてくる。今回私が行ったのは広島の電器店では老舗になる旧ダイイチ、現デオデオである。
店員さんにいろいろとアドバイスされながら、ヘッドホンをとっかえひっかえして音の聞こえ具合やフィット具合を確認する。
ふむむ……
むむむ……
うーむ……
結果として、ふたつが候補に残った。
オーディオテクニカ(定番らしい)のATH-AD500。
SONYのMDR-F1。
音の具合はまあどちらも同じようなもんであるが、装着感はMDR-F1に軍配があがる。
とはいえ、値段の差を埋めるほどでもなく、しばらく逡巡した後で、ATH-AD500にしたのであった。
こうして日記をつけながら音楽を聴いていても、なるほど、これは確かにまるで違うわい。
■本日の読書:『ガンスリンガー・ガール 4』相田裕
機械の身体と洗脳を受け、イタリア政府お抱えの殺し屋になった少女達の物語もこれで4巻である。
この作品の優れている点は、まずもって「こういう少女達がいる」ところからはじめている点にある。
こういうフィクションでは前提条件についていくら言い訳しても意味がない。そのくらいなら、そこから思考を膨らませていくべきであろう。
少女達は、何を思い、何を求めていくのか――
大人達は、何を悔い、何をもって贖罪となすのか――
4巻でもしだいに明らかになるが、大人達の代表であるジャンとジョゼは復讐を求めている。しかし、復讐にその身を捧げ、そのためにすべてを犠牲にしようとする者は、たとえそれを成就させたとしても幸せになることはできない。
古くから言われるように、復讐を終えた復讐者は、抜け殻となって物語から退場するしかないのだ。
このシリーズの最後がまったり系で終わるか、それともドラマティックに終わるかは分からないが、後者だとしたら――
おそらくそれは復讐のためにすべてを――自分自身と『公社』と少女達を――ネメシスの祭壇に捧げようとする兄と、今を生きるひとりの少女のために復讐を捨てようとする弟との対決になるのではないか。
そんな気がするのである。
金曜日の夜、友人が倒れて入院したとの連絡が入る。
脳卒中のようで、命に別状はないが入院とリハビリが必要だという。
ううむ。
あやつ、酒は飲まぬが生活は不規則な上に、食生活も偏っておったからなぁ。
とにかく辛いものが好きなのだ。刺身とか食う時には、両面に醤油をべったりとつけて……っておまい、それはなんぼなんでもという。こう、ああいうのは端っこにちょとつけてわさびをひょいとのせて、ぱくりといくもんだろう。
落ち着いたら見舞いに行こう。
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 17世紀の世界2』
フランスはルイ14世『太陽王』の時代。彼は臣下にもめぐまれ、経済に辣腕をふるう財務総監コルベールが、軍制改革を行なうル・テリエ、ルーヴォア親子が、それぞれ国家という単位になったフランスの国力を統合して運用できる環境を作り上げる。
イギリスはごたごたの時代。クロムウェル護国卿による独裁があり、それを打倒した後も名誉革命などで国王の権力はおおいに制限され、議会が代わりに権力基盤となる。
ロシアはウクライナを併合し、西欧化をすすめていく。国内では相変わらず血なまぐさい権力闘争が続く。
オスマン・トルコは第二次ウィーン包囲とその後の大敗北などでよいことなし。
北アメリカではイギリス植民地がしだいに勢力を拡大していく。ある意味で北アメリカというのは豊かな土地であっても銀が豊富とか、そういう目に見えるお宝のある土地ではないので(だから、アメリカ固有の都市文明やら国家やらは、中南米に集中している)そういう、地道に農民として働く植民者でなくては開拓は進まないのだ。
ラテンアメリカでは、教会組織がコロニアル・バロックという豪華絢爛たる聖堂を建築したりとか。日本でも中世から近世にかけて寺社が流通や金融のセンターの役割を果たしたが、ラテンアメリカでも教会が同じような仕事をしている。坊主が儲かるというよりは、社会がまだ未分化である証拠であろう。
中国では、抗争が続いたあげく、ついに満州族の清国が中原を統一する。満州族は軍事力に優れていても数が少ないから、明を滅ぼすにあたっては、漢人の勢力が大きな働きをした。彼ら、旧明朝の将軍たちのうち、三藩と呼ばれる大貴族は半ば独立国のような勢力を築いていたが、康煕帝の代についに滅ぼされる。同時に、康煕帝は漢人の文明や西洋の文明も積極的に取り入れ、清国の繁栄の土台を築き上げるのである。
フィットネスプラザでトレーニングの後、どうも体調が思わしくない。
風邪でもひいたか?
■本日の読書:『ナマコの眼』鶴見良行
ちまちまとこないだから読んでいる。
これはナマコの本である。
ナマコの本なので、ナマコ視点。
ナマコに国境はない。
だから、ナマコを追い求める人の動きを追ってみると、国単位の歴史では見えないもの、分からないものもたくさんある。
そういう意味で、なかなか面白い。
風邪をひいたようじゃー。
ダウンなのじゃー(くまたんモード)。
まだちょっとぐったり。
■本日の読書:『日本沈没 上・下』小松左京
この本を最後に読んだのは……もうかれこれ20年は前か。
いやー、光陰矢のごとし。人生ってはかない。パンツはかない。(ドクター秩父山)
しかし、こうして読み直して思うのは、気力体力共に全盛期の小松左京のすごさである。
これはもう、なんというか別格である。
何しろタイトルが『日本沈没』である。当たり前だが、この本を読む人間はすべからく「なんと、この本では日本が沈没してしまうのか」という心づもりをした上で読み始める。
その上で――引くのだ。
引いて引いて引きまくるのだ。
最初は予兆である。
冒頭、東京駅で主人公は水を飲もうとして、ふと駅の壁にひび割れが走っているのを見る。出会った友人にそれを話すと「このぐらい、たいしたことはない」と答える。
そして彼は言う。
「これから出張だ」
「そういや、リニア鉄道の工事に携わってたな」
「ああ、だが。測量を全部やりなおさんといかんかも知れん。どういうわけか、事前の測量と実際の値がズレているんだ」
この、地味〜に、じわじわ〜と、さまざまな事件があちこちで発生をはじめる。
だが、何しろコトがコトである。
調べても、調べても、調べても、足りない。分からない。
だがその上で、ようように、田所博士が結論をだす。
「最悪の場合……」田所博士は、ごくりと唾をのみこんだ。「――これは、地震の大小にはかかわらずだ。……最悪の場合――日本列島の大部分は、海面下に沈む……」
これが、上巻のおしまいに近い、328ページ目である。いやはや、なんともすごい。
後思ったのが、傍点の数の多さである。これは、強調指定ができぬ時代の小松左京なりの強調方法であったのだろう。
思うに、今の時代に小松左京氏が20代の若者であったなら――
間違いなく、小説なんか書かずにノベルゲームでスクリプト組んでると思うね。あれだとテンポも強調も、何もかも思いのままであるから。
来月は塩野七生さんの『ローマ人の物語13 最後の努力』が発売だとか。
やー、年に一度の楽しみのひとつだなぁ。
友人と話をしていて「宇宙海賊とお姫様が出てくるSF」という話になり、実は意外とこの組み合わせで良作というのは少ないようである。
「銀河英雄伝説は?」
「お姫様つうたらお姫様言えなくもないキャラは出るが、宇宙海賊は一般名詞でしかないだろ」
「クラッシャージョウは?」
「『連帯惑星ピザンの危機』はお姫様が出るし、『撃滅 宇宙海賊の罠』は宇宙海賊が出るが、それぞれ別の話だからなぁ」
というわけで、自分で書いてみる。構想1分、ライティング1時間である。
■『お姫様と宇宙海賊』その1
お姫様と宇宙海賊が好きな人はどうぞ。
そういえば、『ハウルの動く城』が公開だそうである。
いや見に行くかと言われれば行くのだが。宮崎さんのファンだし。『雑想ノート』も『泥まみれの虎』も永久保管だし。
しかし、いろいろと事前にこう、心の準備つうか、がっかりしない覚悟つうか?
とりあえず、まあ声については諦めよう。何しろこれまでのCMフィルムで、ハウル達が喋るのを一度も聞いてないから。営業としては聞かせたくない理由があるに違いない。
こういう批評もあるし。
そもそもが、宮崎駿さんの真骨頂は、女の子をねちねちとこれでもかというくらいにいたぶる演出にあると思うわけで(むちゃくちゃ私見)。そのためには、やはりえげつない悪役が必要なのだ。
カリオストロ伯爵しかり、レプカしかり、ムスカしかり。
いずれとっても、変態と紙一重つうか、間違いなく変態。
彼らの鬼気迫る描写はまぎれもなく世界の宮崎駿という二つ名がふさわしい。
あの『カリオストロの城』で、時計塔の上に追いつめた(それにしても高いところ好きだなぁ)カリオストロ伯爵の、
「ど〜こ〜ま〜で〜い〜く〜の〜か〜な〜? く〜ら〜り〜す〜」
というセリフには、『お前こそ、どこまでイっちまうんだ伯爵』とこみあげる感動を抑えきれなかったものである。
でもなぁ、ハウルにはそこまでは期待できんよなぁ。
フィットネスプラザでトレーニング。
そういえば、体脂肪の測定をしていたのを忘れていた。
前回(10/2) 今回(11/14)
・身長166cm ・同じ
・体重69.7kg ・70.9kg
・脂肪率26.1% ・28.0%
・脂肪量18.2kg ・19.9kg
・標準体重60.6kg ・同じ
・肥満度16.1% ・18.4%
(グラフも修正。)
むむむ? むむむむ?
微妙に増加傾向だぞ? ご飯がおいしいからかなぁ。
■本日の読書:『銀河乞食軍団外伝1 木枯郡山猫街道8番地』野田昌弘
野田『宇宙大元帥』昌弘さんがそのため込んだSF心を思いっきり詰め込んだ銀河乞食軍団の、これは外伝である。
この銀河乞食軍団という作品を、私はもう好きで好きでたまらないのだ。
SFを知る人がSFのネタが満載されたりさりげなく使われているのをみて、ニヤリとする――そういうのでいっぱいの作品なのである。スペオペファンなら嬉しくならないはずがない。
だが一方で、そのためのいろいろな描写が、たとえばキャプテン・フューチャーとは違って少々偏っているのもやはりまた事実である。キャプテン・フューチャーは決して読者を置いてけぼりにする事はないが、こちらは「ツいて来られる奴だけツいてきなっ!」てな感じはやはりするのである。
まあそれも、外伝の方ではメインのキャラがお七とネンネのふたりの若い女の子に絞られて、さらには鉄火なお嬢、お七の一人称という記述も含めてなかなかどうして、SF初心者にも優しい、読ませる展開となっている。
お七達は、小惑星に作られたステーションでの整備などを担当する技術者で、その整備に絡んであちこちで発生するトラブルに首を突っ込むというのが基本プロット。
ここの整備班には“おネジっこ制度”というのがあって、小学校や中学校を出た女の子が配属されて仕事&行儀見習い(むろん、下町風である)をさせられている。だからここは女の子ばかりなのだが、何せ昭和30年代風の女の子の集まりである。元気はいいし威勢はいいし、なんともからっとした雰囲気がある。
未読の人でSFが好きならぜひ一度呼んで読んでみるといい。それも本編ではなく外伝を。きっと楽しめるか――あるいは勉強になるはずだ。
らりほー。
■本日の読書:『導きの星1〜4』小川一水
これは面白い。
実に面白い。
たいへん素晴らしい。ハナマル進呈である。
未読の方は是非とも読むべし。
物語はかなーり未来。
人類は宇宙に進出し、そこへ多数の地球外知的生命体=ETI(Extra Terrestrial Intelligense)を発見した。そして、それら文明の保護と育成を決定。
そして、その際涯圏に属する惑星オセアノに、ひとりの若い外文明観察官(Civilization Observer)辻本司が派遣される。彼には3体のアンドロイド=目的知性(パーパソイド)が助手としてつけられていた。
という設定で始まるこの物語。実は評判がいいのは知っていたし、小川一水さんは昔から腕の良い作家だと思っていたので、1巻はだーいぶ前に買って手元に置いておいたのだ。
でだ。
主人公19才。アンドロイドは美少女3人。そしていきなりアンドロイド達がきゃいきゃい騒いでシャトルが不時着してETIと直接接触してしまうという最初の30ページを読んでそこらにほっぽらかしておいたのである。
だってねぇ? これなら別に慌てて読むことないと思うじゃないか?
いやだがしかし。ふと思い立って先週bk1で残りもまとめて購入したのでまあ続きを読みはじめてみたのだが――
うぅむ。これはすごい。ぐいぐい引き込まれる。ふと気がつくと2巻も、3巻も読み終えて気がつくと夜明け近くには4巻まで一気呵成に読み終えていた。
いわゆる、最初はSFとしては定番の物語としてスタートする。
樹上生活をしていたオセアノの知的生命体が、樹から降り、火を使い、金属を利用し、農業を覚え……というおきまりのパターンである。それを手助けしようとして新米観察官の司は失敗を繰り返す。だが、それでもオセアノの文明は進歩してゆく。
何十年も、何百年も、司は見えざる神の手となって、オセアノの文明を導く。
だが――その司の行動の上、否、人類の行動すべての上に、さらなる見えざる手が介入をしていた――
というわけで中盤からは、その介入者の動きもあからさまになっていき、地球人やそのほかのETIをも巻き込んだ銀河のチェスゲームが展開される。
まあ、ぶっちゃけ『進化の使者』じゃん? とか言われると返す言葉はない。
オセアノの文明の展開も、『竜の卵』と同じような――とか。
司ってアレだよね、『地球人のお荷物』のアレックスと一緒だよね――とか。
純粋にSFとして見た場合、「どっかで見たようなアイディアの集合」になってしまうのは、これはもういたしかたない。つうか諦めよう。とんでもなく珍奇なアイディアでは、アイディアを展開させるだけで枚数を使いすぎる。
あるいは、そう。
アイディアだけをナマのまま食わせるかだ。いや、そりゃ私はナマでも食うよ? でも普通はオススメしかねる方法だよね。
だからドラマの展開が面白いかどうかはすごく大事なのだ。逆説的に言えば、私が放り投げた最初の30ページというのはたいへん重要であったのだ。確かにアレで私は読むのを(今日まで)やめたが、あそこで感情移入など徹底的に廃するようなキャラが読者置いてけぼりで最適行動を取り始めたのではやはりまずかろうと思うのだ。
新米の司がおっかなびっくり行動しては失敗して上司に怒られる。(重要)
その過程でアンドロイドの少女達とも仲良くなっていく。(とても重要)
ドラマである以上、主人公は常に物語の中心にいるべきなのだ。主人公のいる場所が鍵となり、主人公の行動がすべてを決める。群像劇もむろん悪くないし、こういう数百年の時を経る物語ではそれもひとつの手ではあるのだが――そのためには主人公ではない焦点が必要になる。
先ほど引き合いに出した『竜の卵』であれば、中性子星に住む知的生物という興奮がある。あるいはニーブン&パーネルの『悪魔のハンマー』的な展開であれば、彗星が地球にぶつかって文明が崩壊していくさまをながめるのが読者の楽しみになる。
そういうわけで、小川さんが『導きの星』でやった手法というのはたいへん優れたものだと私は思う。
むろん、いくつか瑕瑾(不平不満)はある。
3人の美少女アンドロイドのうちおまけ2人の行動は1〜2巻と3〜4巻ではなんか違わないかとか。
なんぼなんでも最後の『地球人のお荷物』の処理の方法は無理があるだろうとか。これがホーカ人なら――あの愛すべき『くまたん』であればなるほど、地球人ではできないことをやってのけてくれるだろうが、オセアノ文明では地球人が重荷を背負うのとなんら変わりがない。本質的な面で、彼らは我々の劣化コピーでしかないからである。
すべてを掌にしたゲームマスターの行動が性急すぎやせんかとか。おまいらもっと長いスパンで行動しとるんだろうが。いや、あの3巻のラストは『引く』という点でたいへん優れているとは思うものの。
しかしそれらをすべてひっくるめて言おう。
今年読んだ本の中では(こないだ読み返した『日本沈没』のような過去の作品をのぞけば)一番面白く、興奮したと。
この楽しいひとときをくれた小川一水さんと出版社に感謝したい。
秋晴れの良い天気。
明け方近くまで本を読んでいたせいで朝寝をしていたが10時にはたたき起こされて、甥(10才)と姪(7才)と一緒に近くにある鈴が峰までハイキングである。
祝日とあって、かなり人は多い。年配の方が覆いが、姪のような小学校低学年の子供も登っているし、中には家族+犬で登っている人もいた。
よく歩き、頂上でおにぎりのお弁当を食べ、降りる。
人間の肉体というのはよくできていて、汗をかいて運動ないし労働した後は、なんの飾りもない普通の梅のおにぎりでも、たいへんおいしくいただける。
もの書きでいうと、谷甲州さんなんかはさすがは現場監督あがりで山男だけあってそのへんの機微は心得ておられる。塩だけのにぎりめしを、実にうまそうに食うのである。
後、面白く思ったのが己の肉体的欲求である。
私はタオルや弁当などと一緒にペットボトル3本を飲み物用にリュックに入れて運んでいた。しかるに飲み物には一口しか口をつけなかった。子供達のペースで歩いたのでさほど疲れていないというのもあるのだが、何より「休憩休憩できちんと子供達に飲ませるようにしよう」という意識はあっても、自身はまるで喉が乾かないのである。なるほどなるほど。いわゆるこう、子供を守ろうとする霊長類の本能が己の遺伝子に組み込まれているのだなぁと感心した次第。
■本日の読書:『GSホームズ極楽大作戦』椎名高志
椎名さんの短編集。
GS美神以来、連載を書いてはこけ(SF歴史)、書いてはこけ(SFコメディ)の椎名さんであるが、まあ、なんというか、やはり少年誌ではこのディープなネタは理解されにくいよなあ。
すごく面白いのだが。発表する場が違うような気はしないでもない。
今回は、タイトルにあるように『GS美神』の世界で100年ほど前、シャーロック・ホームズが妖怪退治するという愉快話と、ドクター・カオス(おまい、いつの時代でも登場可能だなぁ……いろいろな意味で面白すぎるよ)の助手、アンドロイドのマリアとのロマンスである。
やー、ホームズがいい具合にキャラが立ってる。
あと、他の作品では『破壊僧ジョドー』が、あほらしくてよろしい。やってることは『ヘルシング』とそう変わりはないのだが、あのぞくぞく来るようケレン味がないのは流行り廃りのサイクルが短い漫画では厳しいよなぁ。
うおー、いそがしー。
でも本は読む。
■本日の読書:『灼眼のシャナ VIII』高橋弥七郎
VIIで、そろそろ見捨てるか(8/3の日記)と考えていたのであるが……
高橋さんは『A/Bエクストリーム』とか私好みの作品も書いてくれるし、決して小説としてはダメなわけではないのでやはり今回もお布施をかねて買ってみました。
このぬるま湯感覚がいい具合といえばいい具合なんだが……カタルシスがないんだよなぁ。
この巻のおしまいでメイドさんが「被害極限のためには少年(主人公)をぶち殺すのもひとつの手です」などと言うのだが、ここまで来たシリーズだと、そんなのがただの脅しなのはみえみえだし。いや、これが秋山瑞人さんならわかりませんがっ?!
そもそも、この作品のよってたつところは、非日常に対する日常の勝利――紅世の連中がいかに強かろうがなんだろうが、結局、現実で健気に生きる人間の方が強いのだと、そういう話なわけであるし。
そういう意味では、終幕はもう見えているんだよなぁ。後は、いかにそこに向けて盛り上げるかで。
■本日の読書:『武装錬金 5』和月伸宏
やあボスキャラ登場っすよ。
なんかこう、ジョジョ2部のあいつらみたいなんが出てきましたがっ。
この巻でいい感じなのは、主人公の友人連中。いやー、イイ奴らだ。
でも、主人公は人間やめたっぽいぞ? 大丈夫か?
むろん大丈夫なのである。
ああ、そうか、先が読めて安心できるのは悪いことじゃないんだよな。
うん、昨日のシャナもそういうつもりで読み直すといいかも知れない。
■本日の読書:『血闘絶対国防圏 邀撃の章』吉田親司
噂の巫女メイド架空戦記。
巫女も出ればメイドも出てくる。
だが、SF者としてはそれ以上に愉快なのが、いきなり1943年4月17日20時13分に発生した、木星の新星化である。
ええ、当然私は手元にある『つるちゃんのプラネタリウム』で確認しましたよ。サイパンはなかったので座標入れるのも面倒なのでグアムでやりましたが。どうせ近くだ。おお、確かにふたご座のところに木星があるわい。
案外に作者も同じソフト使ってやせんかしらんと思うと愉快な気分に。
さて、木星が新星化して夜空が明るくなると当然、夜の時間が短くなる。これが、戦争にどのように影響するかというと――
実は、あまり影響はないのだ。それはむろん、作品中では飛行機の活動時間が長くなったとか、潜水艦の活動が難しくなったとか、それらしいことが書いてはあるが、これはどうにも苦しい言い訳でしかない。
1943年ともなるともはや戦争は枢軸国側にとってにっちもさっちもいかなくなるほどに劣勢であるし。木星が核融合の火をともしたとしてもそれだけではどうという事はない。
むしろ、問題となるのは――この後である。
何をどういじったところで、木星は核融合を起こすには質量が小さすぎる星である。その木星が突然こうこうと夜空を照らしたのであれば、考えられるのはひとつ。
マイクロブラックホールの衝突である。
ブラックホールが、木星内部に入り込み、その超重力で周囲に核の炎を灯したのだ。とすると、作品中の太陽となった木星、天照星の寿命はおそらくかなり短い。ブラックホールが食い尽くすまでの命だ。そして、おそらくはその最後に、強烈な爆発を起こし――太陽系全域に、ガスの帯をまき散らすことになるだろう。夜空は星空ではなく、発光するガス星雲で彩られることになるのだ。
それにともない発生する電波障害その他の影響――これこそが、この話における戦争を予期せぬ終結に導くのではないかと私は予想している。
さあ、来年初春発売の下巻がどうなるのかたいへん楽しみである。
■本日の読書:『龍神の艦隊 1』中里融司
メイド巫女架空戦記に続いては、ゲッター戦艦架空戦記である。
こちらも設定は破天荒だ。6400万年前。小惑星の衝突によるカタストロフを避けるために、時空をこえてやってきた恐竜帝国がもたらした超エネルギーと超金属により、日本海軍は(なんとみみっちいことに陸軍には内緒で)艦艇や航空機の性能をのきなみアップ。
戦艦はのきなみ30ノット以上の高速で走り回り、航続距離はほとんど無限。
航空機は出力向上とガソリン不要なので速度は上がるわ防弾性能はつくわ、一式陸上攻撃機だって燃えないわ(でも陸軍の97式重爆は史実どおりなのでよく燃えるし落ちる……やっぱり納得いかんなぁ)。
だが、まあそんなのはどうでもよろしい。些事といえよう。
ポイントは、この恐竜帝国の技術で作られた、戦艦大和と空母武蔵である。
こいつらは、合体戦艦/空母なのである。
大和>武蔵で合体すると、巨大空母に。(さすがに搭載機は増えない)
武蔵>大和で合体すると、巨大戦艦に。(こちらはなぜか主砲が倍に増える上に、砲身長まで伸びる)
そして、なんと、合体しなおすと、それまでの損傷はあらかた消えて元に戻るのである。
さすがゲッター戦艦の名前は伊達ではない!!
という、ある意味で木星が太陽になって巫女やらメイドやらが走り回る架空戦記よりもよほどぶっとんだ設定の作品である。すごい。素晴らしい。
さすがだなぁ、中里さん。
■本日の読書:『鋼の錬金術師 9』荒川弘
さあ、いよいよマスタング大佐が反撃ののろしを上げましたよっ!
がんばれ、焔の錬金術師。
ヒューズの仇をとってくれ!
でも、ちょっとあれだな。エドの活躍が少ないのがおじさん残念だよ。やはり、マスタングが負けた後の(失礼な事を言ってる)最後の最後に逆転の切り札として参上だろうか。
うおー、いそがしー。
友人とバカ話をする。
次に送られてくるターミネーターの話である。
実は、最後のターミネーターは現在すでに稼働中である。
そいつは、人間になりすまし。
映画俳優となって知名度を稼ぎ。
現在は州知事にまで成り上がっているのだ。
そして連邦憲法を改正して、移民でも大統領になれるようにして。
アメリカ大統領になったら、いよいよ、人類抹殺計画を発動しようとしているのだ。
間違いない。
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