唐突に、秋の空。
涼しい。
■本日の読書:『キャプテン・フューチャー全集1 恐怖の宇宙帝王/暗黒星大接近!』エドモンド・ハミルトン
私が小学校の図書室で最初にキャプテン・フューチャー(の抄訳)を手にしてから30年。
いよいよ、全集のお出ましである。
スペオペヒーローあまたある中で、キャプテン・フューチャーことカーティス・ニュートンはある意味別格とも言うべき存在である。
太陽系に恐るべき危機が訪れる時――
北極に設置された信号灯台にまばゆいマグネシウムの閃光がきらめく。
これぞ、月のチコクレーターにいる、我らがキャプテン・フューチャーへの出動要請ののろしなのだ!
当たり前であるが、この時代の太陽系ではこんなのろしに頼った通信をする必要はない。
テレバイザーという通信機があり、これで事は足りる。
だが、考えてもみてほしい。事は太陽系の危機である。やはりここは絵になるシーンがあってしかるべきであろう。
そして我らが、キャプテンの仲間達、フューチャーメンというのがこれまたくせ者ぞろい。
透明なケースに脳みそだけがぷかぷかと浮かび、目と口がついている箱。キャプテンの育ての親、生きている脳髄ことサイモン・ライト博士である。
身の丈7フィートの鋼鉄製のロボット。光電管の目がらんらんと輝くのは、怪力自慢の鉄人グラッグである。
なまっちろいゴムのような質感の肌を持ち、切れ長の緑色の目をしているのはその相棒、アンドロイドのオットーだ。
これにハンサムな赤毛の天才科学者、カーティス・ニュートンをリーダーにくわえ、愛機コメット号で太陽系狭しと暴れ回るのがキャプテン・フューチャーという物語である。
冷静なサイモン、直情径行なグラッグ、お調子者のオットー、そして快男児キャプテン・フューチャー。いずれも見事なくらいにキャラが立っている。このキャラ立ちの良さは、娯楽読み物としての本シリーズの成功に大いに寄与している。
また、展開がすごい。とにかく、危機、また危機の連続なのだ。
恐怖の宇宙帝王では、木星に向かったフューチャーメンはいきなり、謎の宇宙艇の不意打ちをくらう。こいつを撃退してカリストに墜落した宇宙艇を追って着陸すると、今度は恐るべき結晶生物が迫ってくる。さらに木星に到着してオットーの変装を利用して宇宙帝王に会ってとっつかまえようとすると、ヤツの身体はすりぬけてしまう。物質透過の術だ!
どうやら木星人と宇宙帝王が手を組んでいるらしいというのでオットーが今度は木星人に変装して潜り込むが、通信しようとこっそりテレバイザーを使っているところを木星人に見つけられてしまう。一方のキャプテンは先祖返りを起こしている人々を収容した病院へ行くと、閉じこめられて先祖返りで猿やらトカゲやらになった患者の群れに襲われる羽目に!
……という感じで息もつかせぬアクションの連続である。
むろん、内容の古めかしさは否めないが、それすらも味わいと言えると言えば、ひいきのひきだおしに過ぎるだろうか――?
未読の方には、この機会にぜひ読んでもらいたい一冊である。
昼間はそれでもまだツクツクホウシが鳴くが、夜の歌はすっかり秋。
■本日の読書:『ゲームジャーナル12号 特集:日本史の宴』
『日本史の宴』
なんともこー、あやしげである。
日本の宴とかいうのなら、天の岩戸の物語かとも想像できるが、日本史ともなると、どこらへんがどう宴なのやら。
まあ、実際にはほとんどが収録ゲームである『壬申の乱』がらみの記事なのであるが。
この『壬申の乱』というのは、1984年。ちょうど今から20年前にアド・テクノスが発売したブック型のウォーゲームである。今回はそのリメイクで、記事のほとんども、その当時の本に記載したものからの転載である。
むろん、びみょーに食い違う部分がある。
大化の改新を行った中大兄皇子がなかなか大王(天皇)に即位しなかった理由として、20年前の記事では
『……というかなりもっともな説から同母妹の間人皇女と近親相姦の関係にあったため、間人が死ぬまで皇位につけなかったという何ともいいようのない説まで……』
これが今回では
『……というかなりもっともな説から同母妹の間人皇女と近親和姦の関係にあったため、間人が死ぬまで皇位につけなかったという説まで、』
となっており、20年の歳月によりいくつか視点が変わった様子がうかがえる。
まあこれは冗談としても、このゲームは、出た当時から一部のファンの間で話題となったゲームであった。
指揮官とその配下の軍による部隊(=スタック)ごとに、移動−戦闘を行うシステムなのだが、この時、どれだけその部隊が行動できるかをサイコロを振って決めるのである。
よって、サイコロの目しだいでは有力な部隊が戦闘はおろか、移動すらできないという事が発生する。
これを防ぐにはどうすれば良いか。
まず、部隊を小さくする事である。小さい部隊は何かを決めてそれを全員に伝えるにせよ動くにせよ、機敏に動ける。(というか、大きい部隊を動かすのにペナルティがあるのだ)
次に、部隊に占める徴募兵の数を減らす事である。徴募兵というのはいわゆる農民をかり出して武装させた兵士で、ろくに訓練を受けていないだけでなく、当然ながら戦意にも乏しい。
だが、専門兵(7世紀の日本に侍はいない。豪族お抱えの兵士達である)は数が少ない。いくつかの警戒部隊は専門兵だけで編成することができるかも知れないが、これらは先行偵察および敵の移動の妨害を主任務とする。主力はやはり徴募兵と専門兵をミックスした部隊だ。
マップは琵琶湖を真ん中に、西に大阪湾、東に伊勢湾がある。琵琶湖南西側にある近江(淡海)京に、天智の息子である大友皇子軍が陣取り、そして乱を起こした天智の弟で叔父の大海人皇子軍は不和関ヶ原を拠点にしている。
史実と同様、戦いのポイントは奈良、倭京をめぐる戦いから始まる。史実では大海人の軍が少数の精兵で倭京を落とし、その後の反撃を食い止めて支配を続けたが、ゲームではそのあたりかなり微妙である。大海人の援軍が間に合うか、それと大友皇子が攻め落とすか。だが、守ってばかりいてはこのゲームでは勝てない。というか、どのゲームでもそうだが、守勢に立っている場合こそ、積極的にイニシアティブを奪う行動が求められるのである。相手が思ってもみなかった場所で、想定外のタイミングで戦う。
むろん無理な拙攻は傷口を広げるが、相手の予測の範疇で行動していては勝ちはない。
慎重に、かつ大胆な作戦が求められる作品である。
ところでこのゲームのデザイナーである高梨俊一さんはたいへん機知に富んだ方で、その文章センスもデザインセンスも優れておられる。
本誌でも、戦乱の記事の冒頭に万葉集から次の歌を引用されている。
斉流 鼓之音者 雷之 声登聞痲低
(とどのふる つづみのおとは いかずちの こえときくまで)
吹響流 小角乃音母 敵見有 虎可*吼登
(ふきなせる おくだのおとも あたみたる とらがほゆると)
――柿本人麻呂(万葉集199より)
高梨俊一デザインについて考察。
高梨さんのゲームデザインは、理解しやすい、納得できるという点から実に優れたものである。
たとえば『アフリカン・ギャンビット』では第二次世界大戦のアフリカ戦役(キャンペーン)における補給の再現という点に焦点を絞っている。
他にも補給を中心に扱ったゲームは数多いが、その多くは抽象的になりすぎるか詳細になりすぎ――いずれも、実際の戦争ではありえない展開を見せる。
だが、『アフリカン・ギャンビット』は部隊ユニットを師団単位とし(おかげで部隊の数は驚くほどに少ない。東部戦線ではこうはいかないだろう)港から前線への補給を煩雑にならぬように見事に再現している。
ロンメル指揮下のドイツ・アフリカ軍団は補給さえ十分にあれば、縦横無尽の大活躍をみせるが――その結果、前線が東に移動して補給線が伸びきると、とたんに防衛すらままならなくなる。
そうしたアフリカ戦役ならではの動きを、本作では高いプレイアビリティでもって再現できるのだ。
『壬申の乱』でもそうである。
このゲームでは1ターン=1日であるが、これは
『地図の端から端まで駅馬なら1日で到着可能と見たからである』
と書かれている。各部隊(スタック)を動かすにあたり、プレイヤーは地図上のすべての情勢を見て取ってから行動できるが、そのための情報や命令が(実際には不完全であったとしても)両軍司令官に届いている――という前提をこれで満たす事ができる。
徴募兵の元となる人口算出は
『沢田吾一『奈良朝時代民政の数的研究』における八世紀後半の人口統計をそのまま採用した。この推計時と壬申の乱には、ほぼ1世紀の開きがあるが無視した』
とある。人口の増減の誤差はあるだろうが、一律で処理してしまえば、むしろ恣意的に修正を加えるよりは実像に近くなる。
そして、専門兵にいたっては
『一律に人口の20分の1とした。(中略)専門兵や騎兵の動員については本来旧国造(くにのみやっこ)の数などで決めるべきかも知れないが、徴募兵の数に応じて一律に決定してある。つまり、一定数の農民を支配するには、やはり一定数の支配者が必要なはずということである』
とある。見事な判断と言えよう。
ゲームで再現すべきポイントをいかに掴むか。
そのために必要な情報の取捨選択をどのようにするか。
高梨さんに学ぶべきところは多い。
明日はフィットネスプラザでトレーニングだー、と思って用意をしていると、先輩からメールが。
今日は福山で野球の試合に参加したのだが、肉離れを起こしたとの事。
お見舞いのメールを送る。
うーむ。ひとりで行くのはどうも味気ないのだよな。
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 13世紀の世界』
13世紀はモンゴルの時代である。
とにかく、13世紀のユーラシア大陸の歴史地図を見るとかなりすごいことになっている。
バイカル湖の南。草原地帯に端を発したモンゴル族の侵攻は、まずは1250年以降、西夏へ5回の遠征を繰り返してこれを滅ぼし、金を打ち砕き、カラ・キタイを併合し、ホラズム・シャーを滅亡させ、インド北部へと侵攻。西夏の残党を包囲中にチンギス・ハンが死亡するやオゴタイがその後を継いで金を攻めロシアから東ヨーロッパへと侵攻。ワールシュタットの戦いでドイツ・ポーランド連合軍を破る。その後短命に終わったグユクの統治を経てモンケがハーンの地位を継ぎ、西ではバグダードを攻略、東ではいよいよ中華である南宋へ照準を定める。
が、南宋への無理な攻勢がたたってモンケは陣没。弟で南宋方面軍司令官であるフビライがハーンとなるが――ここで、モンゴル族の権力の継承システムが破綻をみせる。
そもそもが、東は中国、西は地中海へと広がる広大な帝国を、ろくな通信、統治制度もなしに維持する事ができようはずもない。
モンゴル帝国は分裂し、そのもっとも中核となるチンギス・ハーンの帝国は、中国の統治システムを取り入れて元帝国となる。
だが、その元帝国の寿命もまた、短いものであった。
それでも、モンゴルの衝撃は世界を大きく揺り動かした。自分たちの世界の外にも世界は広がっている――その認識は、やがて世界をゆるやかに改革していくのである。
結局ひとりで行くのはめんどくちゃいので、トレーニングをさぼる。
いかん。先週はJGCだったから二週連続でさぼった事にっ。
のべのべと、前に読んだ『密偵ファルコ:白銀の誓い』の続き『青銅の翳り』を読む。
『挽き割りトウモロコシの昼飯』という記述で、はて、と頭をひねる。
この小説は帝政ローマ帝国、紀元70年が舞台となっている。そしてトウモロコシはというと、これは新大陸の産物であり後1500年しなければ、ヨーロッパには登場しない。
だから、ファルコがトウモロコシを食べるなどという事はあり得ないのである。
だが、この小説を書いたリンゼイ・デイヴィスというおばちゃんはたいへん博識であるし、このような初歩的なミスをおかすとは思えない。もしミスをおかすとしたら、それは訳者であろう。
というわけでcornで辞書をひく。
研究者リーダーズ+によると
2a 穀物, 穀類 (grain) 《英国では麦・トウモロコシ類の総称》; 《その地方の》 主要穀物; *小麦 (wheat); 《スコ・アイル》 オート麦.
つまり、原文では粉にされた雑穀というぐらいの意味合いでcorn gritsと記載してあったのではないかと思われる。
なお、本書には梅毒持ちの〜という表記もあり、おそらくこれはpockとかpockyとかで、あばた野郎ぐらいの意味合いか、またはcrudで、いやらしいやつという具合だったのではないかと思われる。
この本、かなーり面白いのだが何せ500ページあるんだよな。
まあのんびりと読んでいこう。
台風18号通過。
昼間には広島のすべての交通機関が停止。
午後、瞬間最大風速で60mオーバーを観測。車がひっくりかえったところもあるらしい。
我が家でも一部被害発生。
さらにアンテナがおかしくなったのか、テレビが映らない。
とはいえ、今のところは大過なし。
まだ9月のはじめなんだよなー。
台風一過。今日は秋の日差し。
久々の風台風のおかげであちこちで物が飛んだり、壊れたりと今日は土建屋さん大忙しの日である。
飛ばされた葉っぱなどのゴミも出ているので、次のゴミの日はすごいことになるであろう。
テレビは復旧。
電気も電話もガス、水道、さらにはインターネットも問題なし。
そういえば、前に台風19号が平成3年に広島の近くを通った時には、風によって海の水がかなり陸地の奥までびゅんびゅん飛ばされ、それが電柱の絶縁体(碍子)を覆う塩害となって一部では停電がかなり長く続いたという。
中国電力はその時の教訓で、碍子を塩害に強いタイプにしたそうであるが、そのおかげかどうか、今回はさほど停電はひどくないようである。
何しろ情報家電はノートパソコン(今里子に出している)をのぞけば、どいつもこいつも電気がないと困るので、停電になるとたちまち手も足も出なくなるのだ。
でんぽんでんぽん♪
BGMとして、今アニメ『DTエイトロン』のCDを聴いている。この中に、アカペラの歌がひとつ入っているのだが、これがもう、作品中ではある1話でしか使われなかったといういわくつきで。
まあそういうのも含めて、いろいろと凝りに凝った作品だった。
一言で言うなら、手塚治虫さんの『火の鳥』に近い雰囲気の作品である。基底に流れるのが人間への賛歌で、私はむちゃくちゃ好きな作品なのだ。もしもビデオ屋さんで見かけたら、だまされたと思って借りてみる事を強くオススメする。
何もかももうダメだというような絶望的な状況の中で、それでも、前に進んでいくというのにどうも私は弱いのだ。
特に、ふだんは気の弱い、線の細い、頭も良くなければ、技能も何もない――はっきりいって何の役にも立たない主人公シュウが見せる、本当の意味での強さというのが印象に残っている。
「ふん、なんのためだ」
「こいつっ」
「みんなのため」
「?」
「!」
「……そうじゃないのかな」
ええもう、泣きましたよ。ぼろぼろと。
窓辺には夜の歌。
■本日の読書:『武装錬金 4』和月伸宏
今回もはっちゃけてる。
特に“エンゼル御前”が良い感じ。桜花先輩、いろいろな意味でおもしろ過ぎます。
前巻より花“蝶”風月で、蝶とコンビの月ことムーンフェイスが、絵的には愉快。
「……貴様、人間型か?」
「もちろん!」
嘘をつけ。
■本日のアニメ:『サブマリン707R mission1』
かの名作サブマリン707の新作OVA。
謎の組織USRによる海上交通線の破壊に対し、世界11ヵ国は共同してPKN(平和維持海軍)を設立。
その結成式の式典に、PKNのレッド提督率いるUX号が出現。指揮系統の統一も出来ていないPKNの艦艇は次々と撃破される。
そしてついには旗艦である巨大空母アポロノーム号も危機に陥る。
もはやこれまでかと思われたその時。
あまりに遅いので式典に間に合わなかった日本のディーゼル潜水艦、707号が現れた!
えー、私ならこの後、この海戦だけで1巻使いますが……
だって、燃えるじゃないかっ! ディーゼルのドン亀が最新鋭どころか未知の技術まで使っている潜水艦を相手にするのはっ!
いろいろな意味で、残念な作品。メカとか本当にいい感じなんだがなー。いやしかし、mission2が実はすごいのかも知れぬ。
そして雨。
最高気温23度。昨日より−7度。
■本日の読書:『ゆらゆらと揺れる海の彼方 3』近藤信義
いろいろと文句を言いながら、それでも読んでいるのは、どこかこー、見捨てられない部分があったからで。
こういう時には己の感性を信じるのが吉。
3巻目にしてようよう面白くなってきた。
なんといってもこの巻は、いろいろとはしょってあるのがよい感じである。
たとえば、戦闘が始まる。
次のシーンでは、戦闘が終わっていて、どうなったかをかいつまんで描写する。
こんな感じで、がんがんテンポ良く進むのである。1巻、2巻のあのだらだらと意味もなく続いたシーンとは雲泥の差である。
これだよ、これ。これを私は待っていたのだ。
さらに、ゆらゆららしいすっとぼけた部分も健在である。
たとえば、この巻の冒頭では主人公の兄ちゃんが援軍を求めて隣国に行くのだが、直接会って話をするまで相手の国に宰相がふたりいて対立しているという事実を知らなかったりする。
ブラボーッ!
またこれに関連するのだが、宰相の片方は兄ちゃんを捕縛ないし暗殺しようと暗殺者Aを送り込む。対立する宰相はそれを防ぐために暗殺者Bを送り込む。
暗殺者Aは、従者のふりをして兄ちゃんのそばに接近。一緒に馬車(獣車)に乗る。そこへ暗殺者B登場。馬車の前に立ちふさがり
いきなり、御者を撲殺。
逃げ出す兄ちゃん一行。追いかける暗殺者B。
そら逃げるわな。
ああむろん、この一連の流れには理由がある。
ドラマを盛り上げるため、情報をあえて制限しているのだ。宰相がふたりいるという情報を隠すことで、宰相の部下の暗殺者Bが兄ちゃんを殺そうとしてるんじゃないかーと思わせる。さらにいきなり襲ってくることで、緊迫感を高めておいて、実は味方でしたよーっ、という風にオチをつけるわけである。
労力の割に報われているとは思えないが。
だがそういう部分もあってこそ、ゆらゆらだとも言える。ソツのない文章が必ずしも面白いとは限らないのだ。
それにちっとも期待していなかった、後半の『第二次ストレイエン沖会戦』が先ほども述べたように、描写をいい具合に省略して実に面白く読ませる展開となっている。
せっかくなので記念して、戦況をウォーゲームのマップ風にまとめてみた。
こちらに置いてあるので、本を片手にごらんになってみてはどうだろうか。(クリックで先に進む。IEで閲覧可能)
今日は少し暑い。
強力ネオミノファーゲンCを注射する。
■本日の読書:『斎藤道三 1』岩井三四二
読書万歳にも書いた『簒奪者』を文庫にしたもの。ちょうど1巻がそのまま『簒奪者』を収録している形になっている。
戦国時代の戦が、実にわかりやすく、また面白く書かれている。
そのひとつのエピソードを紹介しよう。
近江勢が国境をおかしたとの急報が届く。
近くの国人、稲葉一族は衆寡敵せず、山城に籠城したとのこと。
後詰めのための陣触れがかかり、美濃のあちこちの村から武者が御構に参陣する。その数2千。この集結に2日かかる。
朝の午前5時頃に出発。
6里(約24km)近くをてくてく歩いて昼過ぎの午後2時頃に国分寺に到着。今日はここで一泊するというので、寺やら農家やらに寄親などが宿を確保する。足軽たちは適当に思い思いに寝場所を準備。
新九郎(若い頃の斎藤道三)は、さらに物見(偵察)に走る。敵の配置だけでなく、移動に不具合のある場所や、部隊を展開させられる地形などを調べる。当たり前だが国土地理院はなく地図も適当なので、このあたりに住んで地理に詳しい兵と組んで行動する。田んぼは深いか槍でついて調べたり。
物見から帰って報告。雑炊をかっくらってぼけっとしていると、午後6時に軍議が終わる。これから道普請である。物見をした兵を新九郎は先導。道を広げたり、丸太橋を補強したりする。
真夜中過ぎ、やれやれと国分寺まで戻る。部隊の参謀総長である親父は夜に到着した小荷駄(補給部隊)の手配などでまだ起きている。
翌朝午前4時、起床。午前6時、出立。ぞろぞろと歩いて進むと、敵の近江勢はすでに陣をひきはらって退却していた。
戦は終わるが、当然これまでに金はかかってるし戦果もあげていない。文句をつける連中が多い。
とりあえず逆襲という意味で、少数の兵を近江の国に送り込んで国境の村を掠奪、放火、暴行。その後すたこらと逃げ、追ってきた近江勢を待ちかまえていた兵で打ち破る。
実に泥臭く、またいちいち手間がかかる。こういうのを百年ほど続けたわけだ。
そろそろ身体をいじめないとどうも落ち着かない。
というわけで、先輩はまだ肉離れが治らないのだがひとりでフィットネスプラザへ行く。
私を見てトレーナーの方が一言。
「いつもご一緒の方は?」
ああ、やっぱり聞かれるよなぁ。顛末について話すと、
「いつもインナーマッスルを鍛えられてますから、それほどひどくはならないといいですね」
ちゃんと個々人のメニューを把握されてる。さすがだ。
最近はちょっと腹筋のメニューを追加している。基本はやはり脚から背筋、肩や胸といった部分なのだが――ええそうです、でっぷりとでているおなかがちょっとね。
■本日の読書:『鉄人28号:皇帝の紋章 1』原作/横山光輝 漫画:長谷川裕一
『グランサー』がアレだったので早々に連載は切り替わり、今度は鉄人である。ガオー。
内容はというと、これがもう、きっちり長谷川裕一テイストである。
この人の漫画というのはどこをどう押しても古き良き少年漫画で、これが鉄人28号にはぴったりである。
物語は追われている少女(いつもの長谷川系ロリ)が正太郎君のところにやって来て助けを求めると同時に、正体不明の敵が襲いかかるという――ああ、いつものオープニングだっ。
そして、逃走するも謎の怪ロボットに囲まれた時に、鉄人が登場するのである。これまたいつものアレである。
こういう、ひとつひとつの描写が、まことにきちんとした塩梅で積み重ねられている。
さすがというか。
安心できるというか。
やはり長谷川さんはこうでなくてはいかん。
■ちょっと考察:南北戦争革命
ゲームジャーナル11号の記事を読んで。あれこれと。
かつて『シミュレーター』で高梨俊一さんが、日本史ゲームデザインの難しさについてこう述べられた。
日本史ゲームへのユーザーの期待は、個々のエピソードにある。
第二次世界大戦のゲームでシシリー上陸作戦のゲームで駆逐艦とティーゲル戦車の撃ち合いを再現できなくとも誰も文句を言わないだろうが、
関ヶ原戦役のゲームでは、小早川が寝返ったような戦いの前の外交交渉と、大谷隊や島津隊の奮戦というまったく違うエピソードの再現が要求される。
だが、別々のゲームならともかく、ひとつのゲームでこの両者を成立させるのは難しい。
とまあ、こんな具合である。
その後、アメリカのゲームデザインではいわゆる『南北戦争革命』というのがあり、チット引きやランダムな行動値によって、移動の不確実性というのが再現されるようになった。
その後、日本でも同人ゲームなどでこうした『南北戦争革命』以後の新しいゲームデザインの流れを受け継ぎ、チットやカードを組み合わせる事によって、歴史上のエピソードを再現できるようになってきた。
ひるがえって、RPGでいえばFEAR系ゲームにおける特技がこれに相当する。
騎士であれば防御力を高める特技を取得でき、盗賊であれば影に潜むなどの特技を取得できるというやつである。
さてさて。
これをもう一歩進めてみるとどうなるだろうか。
たとえばシナリオ固有のエフェクトというのは面白いかも知れない。
ヒロインと仲が良くなると、そのPCはヒロインNPCが持つエフェクトを取得できるのだ。
別に難しいものでなくとも良い。シナリオ中、一回だけ致命的な攻撃を回避できるという汎用的なもので十分だろう。
他にも、各シーン事にPCひとりがひとつのエフェクトを取得できるとか。
煩雑になる危険もあるが、システムの組み方しだいでは面白い展開になるかも知れない。
うわっ。
昨日はひとりでトレーニングしたのだが、ちょっと間があいたからかそれともひとりでペースが乱れたのか。
筋肉痛。
ま、我慢できないわけではないのだが。
■本日の読書:『歴史群像67号』
面白かった記事をいくつか。
▼『戦略分析:インパール作戦』/「幻想」から立案されたビルマ防衛構想
JGCでも相部屋だった佐藤俊之さんの記事である。
インパール作戦といえば、補給を軽視した無謀な作戦があたら多くの将兵を無為に死なせてしまった事で有名である。
そのため、作戦を主導した第15軍司令官である牟田口中将については、現代においても批判の声が大きい。
だが、佐藤さんはこの作戦そのものは決して牟田口中将ひとりの頭の中から出てきたものではなく、南方資源地帯を守るために日本陸軍が彼らなりに真面目に考えてつくりあげたものであると述べている。その失敗の程度はともあれ、牟田口中将個人を非難して事足りるものではないというわけだ。
ようは、泥縄で戦争をしてはいかんという結論に達するのであるが――
組織の論理だけで戦争をする当時の日本の陸軍や海軍ではこれはもうどうしようもない。
この状況をなんとかしようとするならば、少なくとも開戦前に政戦両面での明確なイニシアティブを握るリーダーが必要になる。
ひょっとして、ヒトラーが必要だったのは、ドイツではなく日本だったのかも知れない。
▼『M4シャーマン大研究』/高いポテンシャルを秘めた偉大なる凡作
シャーマン戦車についてのあれこれ。
やはり面白いのは最初に書かれているM4シャーマン戦車が戦時急造のとりあえず作ってみました戦車だという点であろう。
1939年、第二次世界大戦勃発。
大西洋の向こうでどうやらえらいことになってるらしいというその時。
アメリカには戦車を主軸とした機甲師団はひとつも存在しなかった。
しかも戦車部隊の主力と目されていたのはM2戦車で、37ミリ砲を搭載した、どこからどうみても古くさいシロモノであった。そのうえ、生産していたのは先行試作型を15両発注したばかり!
ほとんど、ガンダムの一年戦争勃発時の連邦軍みたいなもんである。
ここから天才技術者がザクに対するガンダムのような、タイガーやパンターに比肩する強力な戦車を開発したというのであればドラマティックであるが、リアリズムとプラグマティズムの国はそんな愉快な事をしてくれなかった。
仕様はただひとつ。
『75ミリ砲を搭載できる、使い勝手の良い戦車』
ここまで目標がシンプルであると、たちまち設計は完了する。
1941年4月:設計原案まとまる。(5種類)
同年9月:試作T6戦車完成。
同年10月:M4中戦車として制式化。
1942年2月:量産開始。
そしてその生産台数、各モデル合わせてなんと4万とんで9234両。M4戦車だけで、ドイツとイギリスの戦車生産台数を上回る。終戦時にはだぶつくぐらい余っており、戦後は日本などにも供与される。
なるほど。モビルスーツでいえばガンダムではなくジムだったのであるなぁ。
日々是精進。
■本日の読書:『歴史群像67号』
昨日より続く。
▼『戦史検証:戦国宇喜多盛衰記』/謀略と義に生きた備前の勇
昨日紹介した『インパール作戦』とはスタンスがまるで違い、こちらは情感たっぷりの読み物である。どちらも面白いが、私が書くのならやはりこちらに近いだろうか。
トロイアの戦いではないが、物語の最初の一行はいきなり、おしまいの部分から始まる。
その合戦は、開戦から数時間を経た段階で早くも決しつつあった。
宇喜多秀家の最後の戦い、関ヶ原の合戦である。宇喜多家の盛衰を、どんづまりから筆を起こす。こういう構成は歴史読み物ならではである。
短い文章で、効率よくまとめるにはなかなかに重宝する方法なので覚えて損はない。
そして序文は次のように締めくくられる。
慶長5年(1600)初秋。
戦場――関ヶ原――の戦局は、一方的な追撃戦へと変わりつつあった。
いきなり次の章で、物語は1534年にさかのぼる。宇喜多家が重代の城を失い凋落する合戦である。
落ちぶれた宇喜多家は雌伏の時を経て、やがて時機を得てのしあがっていく。
その過程でむろん数多くの敵と相対するが、戦国時代の梟雄、宇喜多直家は次々と同盟相手を変えながら戦いを続け、領土を拡大していく。
最後は秀吉に仕えた彼の死とともに幼い秀家へ家督は移る。
豊臣秀吉にかわいがられ、数の少ない豊臣親族武将としてエリートコースをひた走る青年武将、宇喜多秀家。だが、朝鮮侵攻と秀吉の死が彼の運命に暗い影を落とす。豊臣政権が瓦解していくに従い、彼の立場は悪化していく。
関ヶ原の合戦とその敗北により、宇喜多家は消滅する。
八丈島流刑の身になった秀家は、その後50余年の長い後半生を、この島で過ごす。その間に、豊臣家は滅び、徳川家康も死に、戦国時代を生きたほとんどの武将が姿を消す。
秀家が84才で死亡した時には、徳川の治世はすでに4代将軍家綱となっていた。
家康の死亡後は、幾度か恩赦が出たが彼は固辞し続けたという。
彼は最後まで、己の道に殉じたのである。
それは直家の生き方とは、天と地ほどの差があった。
筆者の大野信長さんは最後をこう結んでいる。
人は言う。秀家は将として愚かだったのだと。この合戦を「勝ち組」で終えた武将たちも、彼に対し同義の言葉を吐いたかも知れない。
だがその言葉が本心からのものであったかは、彼らしか知る由はない。
思えば父直家は、その卓越した嗅覚を以て、常に勝ち組に属する道を選択していた。
しかし晩年に彼のとった行動を見る時、それは損得以上の理念に支えられていたようにも思われる。
まるで「こう生きたいと思うが故に、それまで生きてきた」ように――。
だとすれば子秀家は、父のやり残した生き様を継承したとは言えないだろうか。
梟雄の血は正しく受け継がれ、そして花開いたのだ。
愚かしくも、美しく。
資料としての価値はないが、こういう文章は読んでいて楽しい。
薬湯サウナへ行く。
だらだらと広い湯船につかり、その後はバスローブを着てごろごろと過ごす。
バスローブというのはつまりはタオルを巻き付けておるようなもので、風呂上がりには実に具合がよろしい。
よし、充電完了。
■本日の読書:『ツバメしんどろ〜む 1』茜虎徹
こないだ読んだ長谷川さんの『鉄人28号』が、まさに少年漫画の王道ともいうべき作品であるのに対し、こちらは萌え漫画の王道ともいうべき作品である。
主人公のタイガ君にはツバメ姉さんというのがいて、ふたりっきりで暮らしている。
このツバメ姉さんは実は宇宙人で、とか。
タイガ君には2年前より昔の記憶がない、とか。
タイガ君の『原始の心臓』がドキドキすると、怪物が襲ってくる、とか。
いろいろとあるのは、むろん、全部刺身のつまである。
ようはツバメ姉さんの愛くるしい仕草や胸やら乳やら太ももやらに萌え狂えという、たいへんコンセプトが明確な作品なのだ。
実のところ、私もこういうのは嫌いではない。
なんといってもドキドキオロオロするタイガ君がプリティであるし。
充電しておきながら、ふと気が付くとぐだぐだと一日が終わっている。
どうしたことか。
私が長年ファンを続けている山本貴嗣さんの『超人日記』という漫画に、こういうセリフがある。
「えーまあなんやねー。SFちうやつの欠点の最たるものがこれ。
特殊な舞台設定の状況説明にやたらと手間がかかるちうとこやねー」
「でも先生、それをすんなり見せるのがテクニックとゆーものではありませんか」
「んーそれはそうや。しかしな。
どんな名人でも前戯にはそれなりの時間がかかるわな。
前戯が終わってイザ本番とゆーところで、ご休憩時間が過ぎてしまう……
これがまあ、短編におけるSFの大難点とゆーところやねー」
ちなみにこの時の話は、これまた私が大好きな傑作ファンタジー『ダーククリスタル』のパロディである。バカバカしくてたいへんよろしい。
それはそれとして、前フリをいかに短くするかは重要なポイントであろう。
『コサックス』というゲームが届く。
17世紀〜18世紀の軍隊を率いて戦うゲームである。
シナリオによっては最初から軍隊が編成されているが、それでは足りないので軍隊ユニットは自前で作らなくてはいけない。
チュートリアルで操作方法をだいたい把握した後、シナリオを開始する。
……ボロ負け。
えー、練習のためeasyモードでランダムシナリオをプレイしてみる。
1回戦
最初は軍隊がなく国民だけ10人ほど。これで家を建て、畑を耕し、木を切り、石を採掘し、鉱山を掘る。人出が足りないのでどんどん増やす。
ああ、なんか楽しいっ。
どんどん、町の規模を拡大してゆく。シムシティな感覚である。
すると突然、敵国の歩兵部隊が5人ほどやってきた。
なすすべもなく殺戮される国民。
燃える家屋。爆発する鉱山。
非武装中立を掲げる我が国はたちまち滅びた。
教訓:『軍備はおさおさ怠るべからず』
2回戦
前回の失敗に懲りて、今度は速攻で兵士訓練所を作り、歩兵を生産する。
どんどん増やす。
すると、やはりまた敵国の歩兵部隊がやってきた。
むろん、こちらの方が数は多い。囲んで袋だたきにする。
さて、もっと増やすか……あれ? 増えない? とゆーか減ってる?!
飢饉であった。不用意に人を増やしすぎたので食料がなくなり、ばたばたと国民が死んでいく。
うお、いかん。荒政だ。今年は台風が多かったからなぁ。
食料はこれでよし。えーと、また兵士を増やすか。飢饉で半減したからな。
む? 増えない。そうか、資源が足りないのか。
鉱山を……あれ、作れない。なんだ、木材が足りないのか。
森林の伐採に人を送って……えー、鉱山を作って……
などとやっているうちに再び来襲した軍勢により、我が国は滅亡した。
教訓:『だからといって国力以上の兵は養えない』
3回戦
今度はもうちょっとバランスの良い国造りを心がけよう。町の開発と軍の編成を並行して行なうのだ。
リアルタイムなのでやけに忙しいぞ。
おお、敵が来た。迎撃だ迎撃。
撃退したが、兵士が減ったなぁ。また再編成だよ。
よし、だいぶ兵士が増えたぞ。む、敵か?
パパラパー。ドカバキ、オウッ、ダカダカ、ドドドド、オウッ、オウッ、オウッ。パパラパー。
ああ、また兵士がほとんどいなくなってしまった。また再編成……
パパラパー。
ナニッ?! もう敵だと? 早い、早いよスレッガーさんっ!
教訓:『正面から戦うだけが能ではない』
4回戦
戦いを避けるにはどうすればいいか?
しばし考えた後で私はすぐに良いアイディアを思いついた。町を防壁で囲めば良いのだ。
考えてみれば、ヨーロッパや中国の都市は城壁に囲まれている。
うまいぐあいに、マップの角っこだから、まっすぐ防壁を作れば、三角形に領土が確保できる。
よしよし。これで安心して国力と兵力の拡充に取りかかれるぞ。
ん? 敵か? ふふふ、無駄な事を。石の壁に剣や槍が効くものか。
パパラパー。ヒュンヒュンヒュン。ボーンボーンボーン。
うわっ? あいつら手榴弾投げてるしっ?! えーと、マニュアルマニュアル……ああっ、あれが擲弾兵(グレナディア)かっ。
開いた防壁から突入してくる敵の軍勢。
そして炎上する町。
教訓:『籠城は時間稼ぎにしかならない』
5回戦
よしわかった。
私は歴史や軍事にはうるさいが、だからといってやりたい事がやれるわけではないのだ。
やはりマニュアルをちゃんと読もう。
ふむふむ。
よし。これまでは正面から戦う兵士だけを生産していたが、考えてみれば今は17世紀。ちゃんと銃もあれば大砲もあるではないか。
よし、少々値段は張るが大砲を生産しようじゃないか。
のろのろのろ……大砲は足が遅いな。や、敵だ。
それいけ。迎撃だ。
のろのろのろ……
早くしろよー。前線では兵士が戦ってるんだぞ。
お、止まった。
ドドドドーン!! ウアアアアヒヒヒヒーンウアアアアヒヒヒヒーン。
すごいぞ大砲! もみ合っていた兵士や馬が一瞬でミンチになったぞっ! 何も残っていないっ。
……何も? 味方は? え? ひょっとして……
教訓:『大砲の弾は敵と味方を区別しない』
こうして試行錯誤を繰り返しながら、私の将軍としてのスキルはちょっとずつ成長しているのである。私がヤン・ウェンリーを超える日は近い。
猿のように『コサックス』をプレイして休日を過ごす。
いかんいかん。このゲーム、止めるタイミングが難しいなぁ。
ずるずるとプレイしてしまう。
■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 14世紀の世界』
おお、『コサックス』に近づいてきたぞ。
モンゴルの世紀であった13世紀が終わると、膨張した遊牧民の帝国はたちまち世界のあちこちで勢力を弱めていく。
元は明へと代わり。
ロシアを支配したキプチャク・ハン国にモスクワ公国らが叛旗を翻す。
中央アジアではモンゴルの血(と文化)を継承する一代の英雄、ティムールがティムール帝国を築き上げるが、これもまた短命に終わった。
さらに世界のあちこちでは、モンゴル・ショックの影響もあってか既成の体制にヒビが入りはじめる。
ヨーロッパでは1347年、ジェノヴァの艦船がクリミア半島からペストを持ち帰る。ペストにより、当時のヨーロッパの全人口の1/3が死亡したとも伝えられる。
疫病の他、天候不順や戦争なども手伝い、封建社会の基盤は大きく崩れはじめ、同時にローマ教皇の権威も失墜する。
東南アジアでは、元の侵攻を3度にわたって受けたベトナムのチャン王朝が疲弊し、幾つもの新興諸国が誕生した。愉快なのがタイやラオスに生まれた国の名前で、それぞれラーンナータイとラーンサーン王国でる。
ラーンはメガ。すなわち1,000,000。百万である。
ラーンナータイとは『水田百万枚のタイ』。豊かな国という意味であろう。英語で言えば、mega paddy。メガパディ。
ラーンサーンとは『百万頭の象』。象は荷役などで重機のような使われ方をしていたはずだから、英語で言えばmega tractor。メガトラクター。
フィットネスプラザでトレーニング。
ちょっと間が開いたが、体重と脂肪率を測定する。
前回(8/8) 今回
・身長166cm ・同じ
・体重72.0kg ・70.4kg
・脂肪率23.0% ・23.8%
・脂肪量16.4kg ・16.8kg
・標準体重60.6kg ・同じ
・肥満度18.1% ・16.1%
やったー。下がったー。60kg台に復帰するのも時間の問題である。
めでたくグラフを更新。
しかし、IRCで不観樹殿が指摘していたのだが、体重が減少しているというのに脂肪量がさほど下がっていないのは(今回など増えているっ)これはつまり、脂肪以外の何か大事なものが失われているのではないか。
えーと、筋肉はむしろついたはずだし。
骨格の強度が下がっている様子もない。
頭は順調に薄くなっているが、元から何kgもあるわけではない。
とすると臓器か。
最近機能が低下している臓器というと…………大脳?
文士らしい食い物とは何か?
おそらく、10人中7人までが『牛鍋』と答えるであろう。
というわけで、もの書き仲間である椎出(枕)さんと肉のますゐですき焼きを喰らう。
それにしてもすき焼きは何年ぶりだろうか。
美味であった。
■本日の読書:『旭日の鉄騎兵西へ』陰山琢磨
日露戦争後、日本は満州開発にアメリカ資本を受け入れ、経済的・政治的に欧米との結びつきを強めた――という設定の架空戦記。
とにかく、本書のポイントは鉄騎兵=戦車である。
主人公は戦車指揮官。ひたすら戦車が走り、戦車が撃ち、戦車が破壊される。
戦車好きの、戦車好きによる、戦車好きのための、戦車物語だ。
歴史改変する理由はただひとつ。史実の日本軍の戦車で戦車戦をしては、まるで罰ゲームにしかならないからであろう。おそらく陰山さんはそういうのも大好きだろうが、読者はあまり好きではないだろうし、出版社もそのあたりは心得ているのだ。
第1ラウンド:3式改vsT−34/85
国共内戦末期。
福建省に追いつめられ、瓦解していく国民党軍の中で、戦車教導連隊の教官として日本から派遣された主人公は、最後の機動反撃を行なう。
T−34/85は、史実通りの性能。
一方の3式改は、名前にだまされてはいけない。戦車の防御力(装甲)と攻撃力(戦車砲)、それに重量を比較するとこうなる。
3式戦車(実際)
全備重量:18.8t
最大装甲:50ミリ
戦車砲:38口径75ミリ
3式改戦車(陰山ver)
全備重量:45t
最大装甲:150ミリ
戦車砲:58.3口径76.2ミリ
お気づきの通り、3倍の厚さの装甲を持ち、おかげで重量も2.5倍になっている。
それに比べると戦車砲は同じように見えるが、戦車砲というのは数値だけ比較したのでは分からない部分が多く、これはもうまるで別物である。
どういうことかというと、本書の3式改が搭載しているのは、イギリス軍の17ポンド戦車砲――史実ではM4戦車に搭載され、パンターやティーゲルをも撃破した強力な戦車砲なのだ。本書の改変世界ではイギリス軍と肩を並べて戦った日本が、その威力に感心して、戦後3式戦車に17ポンド戦車砲を搭載するよう改造したのである。
第2ラウンド:100式vsセンチュリオン
日本は世界各地の独立運動の支援(武器を売ったり恩を売ったりするため)を目的とした台湾で中国人傭兵部隊(元国府軍)を組織する。装備は日本製。指揮官も日本人だ。いわゆる謀略工作である。
最初の戦場はインドネシア。敵はイギリス軍。だがなんとインドネシアにイギリスはセンチュリオンを少数だが配備していたのである。
100式戦車は、3式戦車よりも一世代前の戦車である。史実での1式戦車に相当する。
100式戦車(陰山ver)
全備重量:25t
最大装甲:80ミリ
戦車砲:60口径57ミリ
全体的にこぶりであるが、やはり現実の1式戦車と比べると数段上である。何せ史実における3式戦車よりも優れた戦車なのだ。
だが、しょせんは一世代前。第二次世界大戦における戦車の最後に登場したイギリスが誇るセンチュリオンと比べると不利は否めない。
センチュリオン(実際)
全備重量:48.77t
最大装甲:121ミリ
戦車砲:58.3口径76.2ミリ(17ポンド砲)
このハンディキャップを埋めるのはなにかというと――『水田』である。
第3ラウンド:T−51(10式戦車)vsタイガーII
イスラエルが建国された。
シリアを支援するドイツは大量の戦車と先の大戦で経験を積んだ熟練戦車兵を提供する。
一方の日本は最新鋭のT−51戦車を装備した中国人傭兵をはるばる日本(本書での台湾は日本領である)からイスラエルまで運ぶ。
ゴラン高原を舞台に、第二次世界大戦のリターンマッチが行われる。
最後はいよいよ真打ち登場である。T−51もティーゲルIIも架空の戦車である。
T−51(陰山ver)
全備重量:56t
最大装甲:260ミリ
戦車砲:70口径105ミリ
ティーゲルII(陰山ver)
全備重量:63t
最大装甲:280ミリ
戦車砲:55口径128ミリ
これが1952年である。強さのインフレは架空戦記のよってたつところであるが、これはまたすさまじい。ドイツも日本も戦争に負けてないとはいえ、20年ぐらいすっとばしている。ティーゲルIIはそれでもドイツがあのまま戦車を開発し続けていたらこうもなったであろうという数値であるが、日本のT−51はまるで別次元だ。
そこらのファンタジーよりもはるかに幻想的なこのふたつの鉄騎兵がどのような戦いを繰り広げるか。
ぜひ、本書を手にして確かめてみてほしい。
J・H・ブレナンをご存じであろうか?
「ブレナン先生」と尊敬と愛情と少々の恨みを持って呼ばれるこの方は、作家である。
それもゲームブックの作家で、その作品たるや――なんというか。
変なのだ。
いわゆるゲームブックは、二人称で語られる事が多い。読者=主人公視点を「キミは〜」という形で書かれる。
1『キミはドアを開けた。2へ』
2『キミは敵を見つけた。3へ』
3『キミは剣をふるった。4へ』
4『キミは負けて死んだ。1へ』
こんな感じである。
ブレナン先生のも「キミは〜」でそのあたりは同じなのだが、普通ゲームブックでは登場しない「私」が存在するのだ。いや、文章の中にあるのではない。文章の背後にその「私」が見え隠れするのである。
たとえばドアを開ける。指定したパラグラフへ行くとこんな感じだ。
『おもしろそうだぞ。6×6メートルの部屋で……中央に大箱が置いてある。それを守っている者は誰もいない。どうだ? 怪物はお茶の時間なのだろうか?
問題は、その大箱を開けるかどうかだ。とんでもない罠かも知れないぞ』
このように、ブレナン先生のゲームブックでは他では無色透明で意識に登ることのない「私」が語りかけてくる感じがするのだ。それも、どうも真面目な人間ではない。いかにもユーモアたっぷりでちょっと意地の悪いじいさんな感じなのだ。
死んだ時の『14へ行け』というのも有名である。
肩の力をぬきまくった、少しとぼけた感じの大冒険。出てくるキャラは、たとえ敵であってもなんかどうにもこうにも愉快すぎる奴らばかり。
長らく入手困難であったが、このたび復刊するとの事。創土社で、10月上旬だそうだ。
楽しみにまとうではないか。
夢を見た。
美少年になる夢である。
しかもっ!
女装するのだっ!
羞恥に頬を染めながらもどこか心が浮き立つ物を感じながら、ミニのスカートをはく美少年。
男達の視線も心地よい――
という夢である。
……疲れているのだろうか。
昨日のあまりに恥ずかしい夢であるが、ひょっとしたらと思う物がないわけではない。
昔、構想だけ練って、ほっとらかしにしてある作品があるのだ。
『花嫁は男の子っ?』
上記の作品がそれである。オープニングまで書いてあるが、先はだいぶ長い。
これを完成しろという、お告げかも知れないなぁ。
■本日の読書:『スクールランブル 6』小林尽
1931年。ひとりの僧侶が何人かの関係者に「北満州に膨大な埋蔵量を持つ油田が存在する」と語った。
この僧は、他にもあちこちで奇妙な占いとも予言ともつかぬ事を言い、それがゆえに日本の歴史は少しずつ、だが確実に変化しつつあった……
尽は尽でも、尽瞑さんだろうそれはっ。
いかんなぁ。最近は私がいくらぼけても放置プレイが多いせいか、セルフツッコミを入れるようになってしまったよ。ボケのはじまりかしらん。そういえばアルツハイマー(の予防)にはカレーが効果があるというニュースがあったな。(伏線)
いや、この尽瞑さんのネタはまるで無関係ではないのだ。
谷甲州さんの『覇者の戦塵』シリーズのキーパーソンであった、歴史改変者(or歴史犯罪者)、未来情報を持つこの僧侶はそれこそ昭和初期にはしばしばその姿を見せていたのだが、1930年代の終わりになるとぱたりと姿を消してしまう。
それどころか太平洋戦争が激化した昨今は、まるでその存在を確認できない。
同様に、『スクールランブル』においてもその初期において、主人公の天満ちゃんが恋しているという設定の烏丸クンは、4巻の最後でかなりどうでもいい登場をしたきり、まるまる2巻、まったく登場していないのだ。
これはいったいどうしたことか。
ここまで何事もないかのように彼抜きで話が進行しては、もしかしたら尽瞑さんみたく、烏丸クンも「ボクの役割は終わった」と思って、ふたりで一緒にカレーを食べているのではないだろうかと疑ってしまう。(伏線発動)
いやいや。
それどころか。
ひょっとしたら、この後で作品世界を大きく揺るがす大事件が発生し、そこでむやみやたらと感動的な演出のキーパーソンになるのではないかとか、いらぬ期待が膨らんでしまう。
……そう。たとえば、原爆投下と終戦工作に関連した大事件とかっ。
サウナへ行く。
ぐつぐつ。
ぐらぐら。
トレーニングである。
うお、腹筋で下腹部が痛い。
汗で水分がぬけた後で体重をはかると68kg台にっ!
■本日の読書:『スカーレット・ストーム 第二海軍物語』中岡潤一郎
本書の歴史改変は、20世紀に入って、男子の平均出生率が20パーセントにまで落ち込んだというもの。
なかなか良い点に目をつけている。こんな社会の根底を揺るがすような歴史改変があると、どんな無茶なifがあったとしても読者としては「まあ、しかたがあるまい」ですませる事が可能だからだ。
結果として日本では女性を軍隊に――という動きが起こり、海軍では女性兵士主体の『第二海軍』が創設される運びとなる。男ばかりの『第一海軍』は戦艦を手放したくなかったので、空母やら補助艦艇やらはどんどん『第二海軍』へと移籍。パイロットも女性が増える。
主人公(だよな)の大神少尉は――もとい、タクヤ・アンダースンは――もとい、進藤少佐は、第二海軍の空母機動部隊の参謀として赴任。彼の下に、俊英の女性士官、渡来夕紀大尉がつく。有能だが感情を表に出さない、冷たい女性だと新藤は考えていたが共に戦ううちに――などというような愉快な話では全然ない。
つうか、なぜそうしないのか?
いや。確実に続きが出る作品ならいいけど。これ、売れ行きしだいでは次が出ない可能性は高いし。
そもそも、このご時世である。戦いの流れ全体を描く必要はさらさらない。「空母部隊を囮にして、その隙に――」などというような、しごくまっとうな部分が本書に求められているとはとても思えないのだが。
むしろ、視点や登場人物を限定することで人間ドラマの密度を上げるべきではないかと思う。
ちょっと不調。
かなり不調。
すこぶる不調。
コーヒーの飲み過ぎのせいか、出てくるものまでコーヒー色である。
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この日記は簡単ホームページ日記で作成されました。