01月01日

 一年のはじまりである。
 だからといって、何か特別なことをするわけでもなし。
 というか、やはり調子がよくない。ちと床に臥せる。

■本日の読書:『新書英雄伝:「疾風」衛青・霍去病伝3〜6』有坂純
 今はなき「TACTICS」という雑誌に掲載されていた記事。これと後、『大陸軍その光と陰』は実にすばらしい記事だった。たいへん惜しまれる。雑誌そのものはしゃあないけどね。
 特にこの「衛青・霍去病伝」は有坂さんの記事でも私がもっとも好んでおり、雑誌は処分しても記事のコピーだけはこうして(1と2がないのだが)確保してある。いわゆるakagane-基準で「永久保存」である。
 で、ときどきこうして読み直しているのだがいや、熱い。

 古は漢の武帝の時代。
 それまで中央アジアの遊牧民族である匈奴族は漢帝国に対し外向的に優位にたっていた。
 漢の人口1千万に対し匈奴族の人口はわずか30万ほど。これに同盟、被征服部族を加えても150万といったところであろうか。約7倍の差がある。
 だが、西域を押さえシルクロードの文物を持ち、さらには遊牧民族独特の機動力を生かした軍事的柔軟性に支えられた匈奴は、漢の高祖が天下統一直後の紀元前200年にみずから大軍をひきいて戦いを挑んだのをさんざんにうち破っている。
 その後もしばしば匈奴は漢の国境を侵してきたが漢はそれに対し有効な対策を打ち出せずにいた。

 だが武帝は高祖以来の対匈奴融和策を破棄し、武力でもって雌雄を決することを決め、ここに登場したのが衛青と霍去病という騎兵戦術に長けた将軍であった。
 彼らはまさに新時代の将軍であった。騎兵の持つ機動力を生かした戦術もさることながら、何よりふたりに特筆すべき点はその間接的アプローチによる『戦う前に勝利を決める』という姿勢にあった。軍をすばやく動かし、敵の懐深く進撃して重要拠点を奪い、まず優位に立つ。後はその優位を生かして戦果を拡大するという手法である。

 うち続く敗北に追い込まれた匈奴は最後の策に出る。その領土の奥深くに敵を引きずり込み、敵が疲弊しきったところでこれをうち破るという作戦である。
 この匈奴の戦略に、武帝は真っ向から挑んだ。
 有坂さんは次のように記述する。

 ……例えば、匈奴の根拠地のひとつが置かれているバイカル湖南方までの距離は、もっとも敵側に突出した策源である雲中からでも、優に1500kmはある。間に有効な兵站基地をひとつも期待できないこの長途を辿って、待ち受ける匈奴主力部隊を撃破するに充分なだけの大軍を派遣しようというのである。軍事史を顧みても、ほとんど比べるものがないほどに、気が遠くなるほどの大作戦である! 規模的には、アレクサンドロス大王の東征すら霞んで見えるほどだ。漢は、果たして本当にこの夢物語的な作戦を行なうつもりだったのだろうか?
 しかり、漢は行なうつもりでいたし、また何が何でも成功させるつもりでいた。武帝は、空っぽに近い国庫の中身をあらん限り絞り出させ、国力の限界をギリギリまで試し、大動員を行い、馬匹を集め、兵器や補給品を集めた。
 (中略)
 とはいえ、おそらく武帝はこのバクチの賭け率が、見た目ほど悪いものではないと思っていただろう。何故なら、漢軍には不敗常勝の将星2つあり。その2人、皇帝の全幅の期待を担う衛青と霍去病の両将が指揮を執っている限り、全軍の崩壊といった最悪の事態だけは、ほとんど起こり得るはずもなかったからである。
 時に前119年春、ついに決戦の時は熟した。

 (中略)
 衛青と霍去病……彼らは、砂漠を通り過ぎる疾風のように突如歴史に現れ、そしてすぐにまた去って行った。まるで、漢に騎兵戦術をもたらし、宿敵・匈奴族を討ち破るためだけに生まれてきたような、伯父と甥であった。

01月02日

 朝6時起床。雨戸を開けて、寝る。
 朝7時半目覚める。雑煮を食べて、寝る。
 昼12時目覚める。昼食を食べて、寝る。
 午後3時目覚める。おやつを食べて……
 こんなただれた生活ではイカンと思う。

 思いながら寝る。

 いかんいかんいかん。
 寝正月は日本の伝統とはいえ、やはりよろしくない。

 精神集中。そういえば意識を覚醒させるには全身の血流をよくするためにぴょんぴょん跳ぶといいと何かであったな。

 ぴょんぴょん×100。

 さて、発売から一週間経過したし、短い話だったからそろそろよかろうってんで

『沙耶の唄』のネタバレ感想である。


 えー、わたしゃ、遊んでいて『クトゥルフの呼び声』(CoC)をプレイしている気分になりましたよ。
 マジに。
 クリックしなが「もしぃも〜、SAN(正気度)が低ければ〜」などと太陽戦隊サンバルカンのCoC版替え歌を口ずさむほどでして。

 そういやこの歌は『愛国戦隊大日本』でも使われていたな。いや、これは何の関係もないのだが。

 話を戻して、シナリオの主題は狂気。

 いや、主人公の郁紀(ふみのり)の狂気ではなくて。あれはまぁあれでSANが0になった人間のどうもならなさ具合が出ていてよかったのですが。
 彼は脳の手術による後遺症で最初から境界線の向こうにいるので、私としてはオッケーなのです。

 ぞくぞくくる位、イカス狂気は、最初は郁紀を担当するごくまじめな女医として登場した涼子先生の、後半のあまりのキレぶりでしょうか。

 なんといってもこの先生、冷静に狂ってやがるわけでして。

 物語のそもそもの発端になった事件は奥涯(おうがい)という涼子先生と同じ大学の教授が、『あっちの世界』との扉を開いてナニモノかを呼び寄せてしまった事にあるわけですが。
 その事件をまじめに追いかけてしまった涼子先生、いろいろと見てはいかんものを見てSANがごっそり減らされてしまったわけですな。
 奥涯教授の秘密の(ソッチ方面の)研究室に入った涼子先生、怪しげなものには傷をつけたりペンキをスプレーしたり。

「鏡とか水晶球のようなモノは下手に壊すとやっかいな事になる可能性があるから布でもかぶせておけ」

 などとぬかす始末。
 あげくは奥涯教授の残した手記を調べて事の真相を究明するという。
 ――って、あなたこれはどこからどう見ても、『クトゥルフの呼び声』における探索者(PC)の行動ですがなっ!
 きっと〈ラテン語の読み書き〉技能も保有しているに違いないと思いましたね。

 しかも、こうしたSANが下がる事を自分から進んでやっちゃう業の深さ。
 だからこのゲームをキャンペーンで遊ぶのは危険だというのに。

 クライマックスの戦闘では、用意した液体窒素をバケモノ(沙耶)にぶっかけて、

「ひゃあっはっはっはっは。ねぇ、冷たい? 熱い? ざまぁないわねぇぇぇ」

 などと嗤う始末。うわー、正真正銘のキチガイがここにいますよ。
 というわけで、この作品イチオシのキャラは涼子先生です。ブラボー。

01月03日

 今年の抱負。
 脂肪を3kg落とす。えーと、最新(2003/12/21)だと18.6kgだから15kgか。
 肝臓の数値もよくする。GOTとかGTPとか基準値とまではいかんまでも、肝臓が苦しくないようにする。

 つまりは、健康が一番、なのである。

 さて、今日は妹夫婦と甥と姪が家にやってきた。
 甥も姪も元気に育っているようで何よりである。とはいえ、いっしょに遊んだりできるのはいつまでだろうか。そのうち、友達でないと話が合わないとか、そういうことになるのだろうなぁ。
 何年ぶりかで片づいた私の書斎に妹と義弟を案内すると、妹が突然気分が悪くなってしまった。

「なんか、耳鳴りとかがして、めまいが起こった。お兄ちゃん、あの部屋まずいんじゃないん?」

 瘴気か何かがこもっているとでも言うのか、おまいは。

 いやむろん、いろいろと怪しげなモノがどよどよとしているのは私も認めるが。

 ちなみに義弟は大丈夫であったし、甥も姪も平気で私の部屋で遊んでいた。
 むろん、『大人の女性にのみ影響がある』ナニかがある可能性は否定しきれないのであるが。

01月04日

 今年最初のフィットネスプラザでのトレーニング。
 いつもと同じく7日間隔なのだが、年末年始がはさまっているので、なにやら2週間ぐらい通ってないような気がする。
 トレーニング前に先輩に新年の挨拶でワインを進呈。どうせ我が家にあっても飲めないのである。肝炎というのもあるが、そもそもが下戸で酒がうまいとは感じられないのである。
 今年の抱負を実践するためにも、ちょと早いが体脂肪を測定してみた。

 前回(12/21)     今回
 ・身長166cm     ・同じ
 ・体重73.8kg    ・73.5kg
 ・脂肪率25.2%    ・28.6%
 ・脂肪量18.6kg   ・21.0kg
 ・標準体重60.6kg  ・同じ
 ・肥満度21.7%    ・21.2%

 突然脂肪の量が増えてますがぁあ?!
 うぅむ。脂身がこんなに急激に増えるとは思えないので、今日はなんかの具合で伝導率が悪かったと考えるべきか。それとも前回の伝導率が間違っていたのか。
 ま、来月にまた計ってから考えよう。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 宗教と異端』

 まえがきが、いきなり『世界の大宗教のうちでキリスト教ほど異端の多い宗教はない』で始まり、その理由が『イスラーム教や仏教では正統教会が確立したわけではないので、異端も存在しないはずである』とのっけから飛ばしまくりでいやがおうにも期待がもたれる本書ですが、さてさて内容やいかに。

●神に選ばれた民の生
 キリストは生前に何を信仰していたかというと、これはもう言うまでもなくユダヤ教である。
 ユダヤ教が生まれた背景には国を失った流浪の民族という境遇がある。その中で他の民族に吸収されないようにするために、異教徒に対して隔意を抱く独特の戒律を持つ宗教となったのである。
 結果として、ユダヤ教の教義ではユダヤ教徒のみが選ばれた民であり、異教徒の連中は救済されないし、ユダヤ教の戒律を破るような人間も救済されない。
 キリストは

「それはおかしいやろ。蔑視されてる人や苦しんでいる人こそまず神の恵みにあずかるべきや。だいたい汚れを外に求めるのが間違いなんや。人間誰しもが内側に汚いもんをぎょうさん抱えとる。それをまず認めようじゃないか」

 てなわけで、ユダヤ教徒の間では今ひとつありがたがられなかったが、異教徒、異民族の人々に信仰されるようになって世界宗教への道を歩むのである。

●火と太陽と水の神
 ペルシアにおいては、闇を払う太陽と、その太陽を象徴する火、そして生物をはぐくむ水が聖なるものという考えが生まれた。これが預言者ゾロアスターの出現によって明確な信仰へと変わる。ゾロアスターの主神アフラ・マズダーは天であり光明でありその属性は火に象徴されるのである。
 水は女神アナーヒターに象徴された。この女神はギリシアの美の女神アフロディテ、アッシリアの愛と戦いの神イシュタルとも習合して広く信仰された。
 ゾロアスター教から分派したのがマニの掲げるマニ教である。これはゾロアスター教にキリスト教をミックスし、善悪二元論を追加した教えで、さらにはマニの画才によって見た目にもわかりやすくなって一気に広まった。しかし、マニ自身は迫害され処刑されてしまったのである。

●ヴェーダの世界から新宗教へ
 インド。悠久のインドである。
 まずはまぁ、リグ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダ、ダース・ヴェーダの4つの伝承系統から始まる。

 ……おや、5つあるぞ?

 さておき、ヴェーダから儀礼を廃したウパニッシャドの思想とかが生まれてきた。
 そして。そこからジャイナ教や仏教が誕生したわけである。
 さらに、ヴィシュヌ神やシヴァ神というRPGではけっこう強力な神様の神話を集め、ドゥルガーなどの女神を組み込み壮大な宇宙観を作り出したヒンズー教が生まれ、他の宗教を圧してインド全域に広がっていくのである。

●仏教にいれあげた天子
 6世紀、梁の武帝はやったらめたらと仏教に熱心であった。今の南京市のある健康城には500を超える寺院が甍(いらか)をつらねたという。
 でもっていろいろと信心をしたわけであるがあるときよせばいいのに達磨法師にこう聞いたのだそうである。

「朕は生涯にわたって寺院を造営し、僧に供養し、布施を行い、斎会を設けてきたが、これでいかほどの功徳があったかのぉ?」
「んなもんかけらもありゃせんわ、ぼけぇ!」

 まあこれは禅宗の創作であろうが、反乱を起こされて幽閉されて最期を迎えたところからすると、やはり支配者にとって宗教はほどほどに利用するのが良いようである。

●初期キリスト教の異端
 キリスト教の教義がほぼ確定するのが、451年のカルケドン公会議である。
 すなわち、400年にわたって教義があいまいだったわけで、その間には同じキリスト教といってもさまざまな思想が浮かんでは消えたわけである。
 曰く、キリストは実際には復活してない。
 曰く、キリストはふつうの人間だったが神の養子となって特別な存在になった。
 曰く、「父なる神」から「子なるキリスト」が創造されたということは、「キリストがいなかった時」があるわけで、三位一体の前提が崩れやせんか?
 曰く、聖母崇拝はおかしいのではなかろーか。
 などなど。
 どうでもいい事でも信仰のためにはゆるがせにはできないのであろうが、難儀なことである。

●中世キリスト教の異端
 いわゆるカタリ派の俗称で知られる中世の二元論はどういうものであったかというと。
 世の中は善悪のふたつがある。
 地上のすべてのものはサタンの所業である。
 よって、この世の富とか権力とか権威とかそういうものとはできるだけ無縁の生活を送るのがよろしい。
 だいたいまぁこういう具合であったのだが、南ドイツからフランス、イタリアにかけて信者が増えるとどういうわけか組織化されて伸張するようになり、とうとうローマの教皇としてもほっとくわけにいかなくなり、世俗の権力を動員して十字軍を起こし、南仏一帯のカタリ派の信者や組織を一掃したのである。これがアルビジョア十字軍である。

01月05日

 仕事始めの日。
 いや、そんなことを言うと仕事納めの日があったような感じであるが、なんとなく気分的にそんなもんはどこにもなかったような気がするのであるが。
 病院も久しぶりに営業開始。さっそく出かけて肝臓の薬、強力ネオミノファーゲンCを静脈注射してもらう。それにしても、いつ聞いてもほれぼれする名前である。いかにも強そうではないか。どのくらい強いかというと機械獣ガラダK7ほど。

 微妙。

 今日も、甥と姪がお泊まりをしている。
 姪は、私のワールドタンクミュージアムのコレクションがお気に入りのようで、戦車を「小さいの、大きいの」という具合に分けていた。

 楽しんでくれるのはいいが、2号戦車の銃身はたいへん脆いので気をつけていただきたい。

 夜、ふたりが寝る前に、古い簡単なカードゲームを持ち出して遊ぶ。
 簡単ではあるが駆け引きがあるので、強気のカードを使ってくる姪が連勝。愉快なものである。

01月06日

 IRCで、「もしタイムマシンがあって1回だけ使用できるとしたらどうするか?」というネタを出してみた。

 で、自分でも考えてみるのだが。

 H.G.ウェルズのタイムマシン(1895年)から100年間。いろいろなメディアでまっとうなのからヘンなのまでたくさんの話があるので、これといった新しい話を考えるのはたいへんであることに気がつく。
 それでもSFファンとしてはタイムマシンで『時間が不変であるか』を確認するための「親殺しのパラドックス」に挑戦するのが筋というものであろう。
 むろん、本当に両親やら祖父母やらを殺したりはしない。ようは歴史が改変され得るのかどうかを確認するのである。

 であれば、ちょっと過去に行って自分に会ってくるのが一番であろう。

 ああ、しかし、ただ自分と出会っただけでは歴史が大きく変わるわけではないので、時間の可塑性の中に飲み込まれてしまいそうだな。

 もっとでかいことをすべきだろうか。ひとりで出来る歴史の改変としては今の時代の情報を持ち出せるだけ持ち出して、5年ほど前に行ってあらいざらいインターネットにぶちまけるというのがあるのだが。

 とはいえ、地球の歴史を変えても宇宙全体からすると塵芥のごとし、という考えもある。しかしこの流れでいくとどこまで行っても時間が改変できるかどうかはっきりした答えはでないなぁ。
 そもそもタイムマシンが存在するからといって、それによって行くことができるのが同じ時間の流れだという保証はどこにもないのだよなぁ。ああ、これもSFじゃありふれた話だ。

 SFはセンス・オブ・ワンダーの物語である。そこに驚きがなくてはいかん。『いつものアレ』『見なれたソレ』では良質のエンターテイナーになることはなってもSFとしての評価はどうしても辛くなる。これはSFというジャンルが持つ致命的な欠点であると同時に、私のような業の深い人間を蠱惑してやまないのである。
 しかし、いかに愛しているからといってそれを人に強要するようになってはやはりいかんよな。
 つるかめつるかめ。

01月07日

 コマンドマガジン日本版54号は、付録ゲームが『決戦! 関ヶ原(原題はShogun Triumphant:将軍大勝利)』という、リチャード・バーグ氏のデザインによるものである。

 関ヶ原の戦いというと日本人で知らぬ者はまずいないであろう歴史上の大決戦である。時代も西暦で1600年と実に覚えやすい。

 その関ヶ原の戦いを外国人デザイナーがどのようにゲームにしてあるかは興味深いところであるが、ルールや雑誌のリプレイを読んだ限りではかなりまっとうな仕組みになっている。

 まず、大名ごとに采配値(コマンドポイント)を使って部隊を活性化させて移動、戦闘を行わせる。この時に裏切りチェックが入る。また敵が近づいてきたら自動的に活性化する。

 裏切りの可能性は史実を反映して小早川秀秋や吉川広家らで高くなっている。だもので、西軍としてはこいつらをわざわざ采配値を使ってまで活性化してやる義理はさらさらない。
 一方の東軍としてみれば、味方が増える上に敵の動揺(心理的にもシステム的にも)を誘うことができるので、戦場から遠い吉川広家はともかく、小早川秀秋にはこちらから接近して(史実では威嚇射撃を食らわせたというがその再現であろう)むりやりにでも活性化させてしまえということになる。

 さて、活性化した部隊であるがマストアタック(敵と接していたら強制的に戦闘)の強ZOC(接敵したら戦闘結果以外では離れることはできない)という、この時代の合戦らしい正面からの殴り合いである。
 実際、初期の部隊配置をみても東軍は徳川家康直率の戦略予備をのぞくと東軍西軍の間は目と鼻の先であり、正面からの殴り合いとなる。

 全体としてはむろん、徳川家康と譜代という信頼できる強力な部隊を有している東軍が優勢なのであるが、序盤における正面戦力ということになると、東軍は部隊規模の小さな大名家が正面でばらばらに戦闘に参加することになり、効率的な部隊運用が難しい。宇喜多、小西、石田というまとまった戦力を早期に運用できる西軍が少数ながらも善戦するであろう。
 勝利条件的に西軍が防御側というのも西軍を有利にしている。戦線を固めて出血を強いれば、徳川家康麾下の東軍主戦力が戦場に突入する前に時間切れをねらえるのだ。

 むろん、ゲームにおける戦闘と実際の戦闘は違う。8ターンで時間切れ終了というのはあくまでゲーム的な処理であり、どちらかが倒れるまで殴り合うというのであれば、明らかに東軍優勢である。
 それでも、きわめて『関ヶ原らしい』戦いになりそうで、一度くらいプレイしてみるのもいいかなと思わせるできであった。

 ちなみに私が持っているもう一つの関ヶ原のゲームは、アド・テクノスの『異聞関ヶ原』で、こいつは部隊配置を間違えた小早川秀秋の軍に、正面から福島正則隊が突っ込むことでゲームが始まるという架空戦記物である。関ヶ原の合戦がどっちの勝利に終わっても結果としては徳川幕府が開かれるが、歴史が微妙に変更され織田有楽斎が死亡して有楽町が按針町になってしまうというお茶目があった。

01月08日

 新幹線で東京へ行く。
 そして打ち合わせ。
 夜も借りたパソコンでホテルで仕事。
 仕事をしながらテレビで『エリア88』のアニメ第一話を見る。
 どうでも良いがミッキー、いきなりF−14に乗ってるのはどういうわけだ。

01月09日

 今日も東京でうち合わせ。
 終わった後、秋葉原駅へ向かう途中でアソビットというビルひとつがもろもろのホビーショップになっている場所を見学する。
 ははあ、ちゃんと本屋にはそれ傾向の書籍がきっちり並び、国産ならびに翻訳物のRPGも一通りそろっている。む、d20クトゥルフはないな。
 それにしてもさすが秋葉原である。ちなみに、18禁ゲームは一番上の階にあった。広島でもそうだが、どこでも18禁は地下か最上階が多いな。

■本日の読書その1:『歴史群像63号』
 東京で買い、帰りの新幹線の中で読む。
 今号の戦略分析はミッドウェー海戦。著者の佐藤氏は、いみじくもこう結んでいる。

『いわば米軍は、いつか来る勝利のために全力で戦い、そのうえで一時の敗北を許容できる軍だったのである。それに対し日本軍は、もしミッドウェーで勝利かあるいは少なくとも引き分けていたとしても、次の目標となるどこかの戦場で、再び負けることのできない戦いを強いられることになるのであった。
 (中略)
……ミッドウェーのような敗北は遅かれ早かれ避けられない運命なのだった。』


 まったくもって同感である。戦場の勝利を戦争の勝利に結びつけることができない日本は、自分では終わらせるチャンスのない戦争を始めてしまったのだ。ある意味、ローマに挑んだハンニバル将軍のようなものである。あれもローマが「まいった」と言わない限り、ハンニバルがいくら戦場で勝利を重ねても戦争は終わらないのだ。
 そしてご存じの通り、最後のザマの会戦でハンニバルはスキピオに敗れ、戦争はローマの意のままに終結する。

 『第四次川中島合戦』の記事では、小部隊編成により柔軟性に富むが衝撃力に乏しい武田勢と、有力国人衆を戦術単位とするおおざっぱだがそれゆえに耐久力に富む長尾勢の性格の違いが景虎と晴信の戦場での行動を規定しているというくだりがたいへん興味深かった。後やはり『兵は詭道也』というか、景虎の常にあいての意表をつく行動が晴信の練りに練った作戦をおしゃかにするところが両雄の性格を見ているようでおもしろい。

 有坂純さんは、『赤壁大戦』。

 西暦208年、天下統一を狙う魏の曹操は指揮下15万の大軍を率い長江を下る。迎え撃つ呉の孫権と劉備の連合軍はわずかに5万。後漢末最大の決戦が、今幕を開ける!

 というわけで、三国志演義とかでも有名なあの赤壁である。有坂さんは当時の戦略状況を分析して、そもそも曹操が何を目標として荊州に攻め込んだか、それに対し当時は荊州最前線の傭兵隊長的な立場にあった劉備が何を画策したか、江東を守る孫権がどう判断して曹操と対立するに至ったかをきれいにまとめて述べられている。たいへんわかりやすい。
 思えば、曹操は赤壁で大敗したとはいえ荊州全土を失ってはいないし、勝利した孫権も必ずしも手放しで喜べる状況にはない。そしてこの機会を最大限に利用し、本領を持たぬ一介の傭兵隊長から一気に歴史上の重要人物に躍り出た劉備は、演義で語られるほどではないにしてもやはり一代の英雄であるのだ。

 『実録 大塩平八郎の乱』。実践的な陽明学の徒は、実になんというか、あれです。今風の言葉で言いますとテロリストに実に近いですな。

■本日の読書その2:『終わりのクロニクル1下』川上稔
 1上を読んだのが、日記をぺらぺらとめくってみて8月1日。半年近く放置していた計算になる。
 おもしろいんだけど苦手なんだよ、この人の文章。
 新幹線の上では逃げるところもないので、あきらめて本を開く。
 ところがあにはからんや、すらすらと読める。
 いったい私にこの半年で何があったのか。
 実際はただ単に『思わせぶりな記述についてはまじめに取り合わない』という基本スタンスを固めたのが功を奏したのではなかろうかと思う。そうだ、考えてはいけない。感じるのだ。
 良かった。これですでに買ってある2の上下が無駄にならずにすむ。

01月10日

 疲労。

■本日の読書:『でたまか 問答無用編』鷹見一幸
 正直に告白しよう。
 実はこの作品については長い間その存在を知っていたのだが、どうにもイロモノっぽいので回避していたのである。

 いや、むろん私はイロモノをイロモノというだけで忌避するような狭量な人間ではないつもりだ。なんかこう、地雷じゃなかろうかというセンサーが働いていたのである。

 このたび、チャットでの彬兄殿の薦めにしたがい、いつでもゴミ箱に放り込めるように準備をして本作の第一部3冊を購入し、読んでみたところ。

 意外にも地雷ではなかった。

 むしろ、傑作というほどではないにしても佳作であることが分かったのである。

 いやあ良かった。ここだけの話だが、彬兄殿はきわめて心の広いひとかどの人物なので、彼が許容する本の少なからぬ割合が、私にとってはアレクニドの核地雷級(アバロンヒルの『宇宙の戦士』をプレイした方ならその恐るべき威力は分かっていただけると思う)だったりするのである。

 もしかしてやっぱり私が狭量なだけですか?

 さて、内容について簡単に触れると、士官学校を優秀な成績で卒業した主人公「僕」がその成績ゆえに門閥貴族の恨みを買って辺境のアウトニア王国に左遷させられるところから物語は始まる。
 ついたローディスト王国、じゃねぇやアウトニア王国はたいへんアットホームな良いところで、そこの王女もけなげでかわいい。だがしかし、王国にはたいへんせせこましい秘密があったのである。それは敵対するローデス連合のやっぱり辺境の諸国と100年以上にわたって偽装戦争をやっていたという秘密なのである。無人のボロ船を互いに沈めていかにもまじめに戦争してますというフリを中央政府に対してやっていたのだ。
 ところがぎっちょん、向こうのトップが代わって本気で戦争する気になったからたまらない。
 さあ、貧乏艦隊を率いて「僕」はどう戦うのか?

 てなわけでさて、2巻目にとりかかろうかね。

01月11日

 週に一度、休日の朝にはフィットネスプラザに通いトレーニングで汗をかく。
 順番としては、以下の通り。

 筋肉の使用開始。
 ATP(アデノシン3リン酸)消費。
 数秒で使い果たされる。
 ATPが転じたADP(アデノシン2リン酸)にクレアチンリン酸がリンをわたしATP復活。
 やはり数秒で使い果たされる。
 しょうがないので蓄えておいたグリコーゲンを分解してクレアチンリン酸を補充。再びATP復活。
 ところが乳酸がたまって分解を阻害するので、全力運転だと30秒ぐらいでアウト。もうダメ。
 だが一方、その頃から酸素エンジンが稼働。脂肪などを燃焼してATPを補充しはじめる。
 細胞に通常よりも多くの酸素を供給するために、呼吸が早くなる。
 同時に酸素を運搬するヘモグロビン(赤血球)を全身に届けるために心臓の鼓動が上昇し、血液の流れが速くなる。
 酸素の燃焼により余分な熱が発生して体温上昇。
 恒常性(ホメオスタシス)が働き、体温を一定にとどめるために打ち水型冷却システム、汗が分泌される。

 こうしてみると人間の肉体というのは良くできた精密機械の趣がある。
 『人間機械論』をぶちあげたデカルトの気分もちょっとは分からないでもない。
 ちなみに酸素エンジンを使用しない筋肉は白身、酸素エンジンを使用する筋肉は赤身である。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 民族と移動』

●移動と出会い
 民族をどう切り分けるかというといろいろと難しいが、同じ言語を使っているというのはひとつの考え方であろう。
 たとえば、ゲルマン民族の大移動を引き起こした東方のフン族であるが、匈奴と同じ言語を使っていたのではないかと言われている。わずかに残った言語史料からそう類推されるというわけだ。

 だが、現代の日本語でもそうであるが言語は常に変化を続けている。むかしは「国語」という概念が無いか希薄であったから、ひとつの民族で複数の言語を使い分けるというのもしばしばあったのである。

●モンゴル族の大移動
 遊牧の民というと年がら年中大草原をあっちへこっちへ移動しているイメージがあるが、けっしてそんなことはない。遊牧の民が移動するそもそもの理由は彼らの生活の糧である家畜に草を食べさせるためであり、無駄に動く必要はあまりないのである。広大なステップでも充分に草がある場所というのは意外と少ないものなのだ。

 けれども、天候の不順などが続き、家畜の餌が不足すると大移動が行われることもむろんある。17世紀前半のある遊牧民は中央アジアを横断して3000kmをはるばる移動したという。そしてその幾割かは17世紀末にはなんと再び3000kmを移動して元の場所へ戻ったというのだ。

 他にも、遊牧の民の中でも騎馬の民はその軍事的な優越によって侵略のための移動を行なうこともある。チンギス・ハンのモンゴル族などがその代表的な例であろう。
 何しろ、生活のためとはいえモンゴル族は3才にして馬を乗り回し、5才で弓を手ばさみ、長じては四季を通じて狩猟をしたというのである。
 モンゴルの騎兵を表わす次の表現が記載されている。

 その速さは旋風の至るがごとく
 その強さは山を圧するがごとく
 その左旋右折は飛鳥のごとく
 よって左を見ながら右を射る

 元はいずこかの詩であろうが、なかなかに格好がいい。さらに記事には小学生ぐらいとおぼしきモンゴルの子供が鞍をつけていない裸馬に乗って走っている写真(現代のだ、もちろん)が掲載されている。

●遊牧国家の中の定住民
 匈奴がたびたび中国を侵略したときの史料に、彼らが人間を掠奪していったという記述がある。
 その人間はどうなったのか?
 どうやら、彼らは草原の中に畑を切り開き、農耕を営んでいたらしいのである。
 他にも、天災などで家畜を失った遊牧民が農耕をしたりとか。

 そういうわけで、遊牧の民の中にも定住していた者が少なからずいたようなのだ。

 交易もまた、遊牧民にとっては重要な生産活動であった。突厥やウイグルは唐の時代、朝貢の形をとった絹馬交易(馬を売って絹を得る。むろん比喩で他にもいろいろ生活に必要な品々を売り買いしていたのであろう)を毎年のように行っていたと記録にある。その規模は唐の王朝が「ちょっと減らしてくれ」と悲鳴をあげたほどであったという。

●漢族の南下と少数民族
 移動は遊牧の民だけの特権ではない。農耕民族だって移動する。ただ、農耕民族はその灌漑施設などのインフラ整備に労力と時間を要するので、あまりじゃかじゃか移動したりしないだけなのだ。
 その例として漢民族が黄河流域から長江流域へ、さらに南嶺山脈を越えて移動したという事例がある。これにより、元からそこに住んでいた少数民族は、あるいは漢民族と同化したりあるいは圧迫されて南、東南アジア方面へ移動したりしたのである。彼らの中には今もなお、独自の文化風習を保っているものが少なくない。

 そうした写真がいくつか掲載されているのだが、トン族の村の写真が実に興味深かった。

 村そのものはごくごくふつうなのだが、その平屋の間にひょこんと、まるで電磁バリアー発生装置のような高楼がいくつかのぞいているのである。この高楼は、同姓集団ごとに建築しているもので、釘を使わず木組みで建てる。そして上に牛革で作った鼓がぶら下がっていて変事には叩いて知らせるというのだ。他にも高楼のある広場は鼓楼坪といい、集会や祭りを行うという。

 さて、そうした漢民族による圧迫を受けた少数民族であるが、同時に漢民族の優れた文化を吸収したりもし、漢の王朝による保護を受けたりもしていた。そういう、不即不離(つきもせず離れもしない)な関係は神話や伝承にも見受けられる。
 たとえばヤオ族やシャオ族には、自分たちの始祖は漢民族の王様を助けた勇者で、王様の娘を嫁にもらって辺境の地に封じられたという昔話が残っている。

01月12日

 次の日曜日には、テト会の定例会に出席せねばならない。
 テト会といっても、旧正月を祝う会ではない。『テーブルトークの会』、略してテト会。
 つまりRPGやボードゲームを遊ぶ会である。
 参加は別に強制ではないが、次回はアルシャードキャンペーンの最終回セッションなのである。マスター持ち回りキャンペーンで、最終回のマスターは私。
 つまり行かないと終わらない。終わらないキャンペーンというのも世の中には多数あるが、やはり終わった方がいろいろと良い。
 一週間あるからぼちぼちと内容を考えていこう。

■アルシャードキャンペーン:今回予告

 帝都グラズヘイム。
 真帝国の中枢たるこの巨大積層都市の上空に、突如として巨大な渦巻きが出現した。
「空間湾曲率、なおも増大!」
「高射砲連隊、配置につきました」
「スカーレット隊、緊急発進完了。現在高度3000」
 近衛師団を中心とする帝都防衛部隊の反応は早かった。88(アハト・アハト)対空カバラ砲が砲口を持ち上げ、真っ赤に塗装したフォッケウルフが空中に舞い上がる。
「空間湾曲、シュバルツシルト障壁を超えます! 特異点、出ますっ!」

 ごぼぉ。

 空間が渦巻きの中心で飲み込まれ、そのまったき闇の中から巨大な飛行物体が出現した。ゆっくりと回転する平たい五角形の物体。

 空中機動要塞、五稜郭である。

 その中枢に、ひとりの少年が笑みを浮かべて立っていた。彼の足元の床はスクリーンとなり、眼下に帝都を、そしてその最上階にある宮殿を投影していた。少年の靴が、宮殿の映像を踏みつける。
「さあ、お望みどおりに来てやったぞ」
 少年は美しい顔に覇気をみなぎらせて言った。
「帝国は、この僕がもらいうける」

 アルシャードキャンペーン最終回『皇帝崩御』、1月18日公開予定。

■『皇帝崩御』:ハンドアウト

▼ノイン用ハンドアウト
コネクション:オットー
関係:家族
 キミはついに帝都グラズヘイムについた。キミと同じ皇帝のエイリアス、オットーは皇帝を倒し、自らが皇帝になろうとしている。彼を止め、帝国に平和をもたらさねばならない。
クエスト:『平和な帝国をつくる』

▼エカル用ハンドアウト
コネクション:フィル
関係:幼子
 キミの目の前で帝国にさらわれたフィル。あの子を救い出せるのはキミだけだ。だがあの子を誘拐した帝国軍のクロミアの背後には、どんな陰謀があるというのだろうか。
クエスト:『フィルを取り戻す』

▼アーニャ用ハンドアウト
コネクション:アルフレッド枢機卿
関係:忘却
 キミは五稜郭を知っている。ラグナロクの大戦において、キミは五稜郭に配備されていた。だが、どうにも大事なピースが埋まらない。キミの使命は何だったのか。誰がその使命を下したのか。
クエスト:『五稜郭と自分の謎を解く』

▼デュナン用ハンドアウト
コネクション:グスタフ・ヨーゼフ2世
関係:ビジネス
 キミは皇帝に会わねばならない。そして、この悲惨な戦争を止めなければならない。それがキミが探し続けてきた天命なのだと今ならば分かる。
クエスト:『慢性的な戦争状態を終わらせる』

▼ジェフリー用ハンドアウト
コネクション:ポルシェ博士
関係:秘密
 キミの身体には、自爆装置(リモコン付き)が取り付けられている。いつ爆発してもおかしくない。キミはクラッカーのようにハジけてしまう前に、ポルシェ博士にあってこの自爆装置を取り外してもらわなければならない。とにかくこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。キミの帰りを嫁さんともうすぐ生まれる子供が待っている。
クエスト:『生き延びる』

01月13日

 寒い。
 我が家は広島湾がのぞめるちょっと高台の住宅地にあるのであるが。
 今日は宮島が白くけぶっていた。
 いや、それにしても寒い。

■本日の読書『でたまか 奮闘努力編』鷹見一幸
 帝国からの外交武官としてアウトニア王国に送られたはずの「僕」は、そこで長年行われてきた偽装戦争について知る。だが相手が偽装をかなぐりすてて本気で戦争を始めたから大騒ぎ。こちらはろくに訓練も武装もしていない弱小艦隊。まともに戦っては勝ち目はない。さてどうする?

 ということで「僕」が奮闘努力する話なので、『奮闘努力』編。うむ、タイトルと内容は合っている。

 ……合ってればいいというものでもなかろうに。

 大型船を沈めて宇宙航路を閉塞したことで稼いだ時間を使って、「僕」が何とか戦えるだけの戦力と作戦をかき集めるのがこの第2話である。むろん、その作戦とかいうのは、現代科学や戦術に照らし合わせてみれば噴飯物であるが、エンターテイナーで重要なのはただひとつ、『おもしろいかおもしろくないか』なのだからこれでいいのである。

 いや、「俺はおもしろくねぇ」という人もたぶんいるだろう(それも大勢)し、私もまったく“ひっかからない”かというと、いや実はちょっとひっかかってはいるのだが、これはこういう作品なのだからこれでいいのだと言い聞かせながら読んでいる。

 こうして考えると、『銀河英雄伝説』は優れた作品であった。現代人の目から見ても古くさい科学と戦術を使用することで、読者に『そういうものだ』という認識を植え付けることに成功している。『スカーレットウィザード』については焚書やむなしの立場をとる私も、『銀河英雄伝説』に文句をつけようとは思わない。そういうものだ。

 あと、シリーズとして続ける場合しんどいかなー、というのが人の生き死にに関する感覚である。田中芳樹さんはその点、やはり優れた作家でヤンにしてもアルスラーンにしても必要な死について悩むようなメンタリティを持っていない。戦いは人の殺し合いであり、優れた指揮官とは効率よく殺すものだときっちり割り切っている。ヤンは生身では役立たずであるが、あのアルスラーンにしたところで敵と会えばばっさり殺している。
 だがまあ、ヤングアダルトでそれをさらりと乾いた筆致で書ける作家は意外と少ないようで、味方だけでなく敵の死者についても思い悩む線の細い人間が主役になるのである。この作品の「僕」などもそうである。

 さて2巻を通して時間稼ぎを行い、なんとか援軍もせしめて戦う準備が整った辺境王国連合軍。傭兵艦隊相手にいかなる戦いをみせるだろうか……というわけで、続きは第3巻にて。

01月14日

 すっかりハードディスクの肥やしとなった感がある『太平洋戦記2』であるが、そもそもまっとうな政治をしていれば中国とアメリカとイギリスをまとめて敵に回すような馬鹿なまねはせずにすんだのである。こういう馬鹿な状況下でいくら前線指揮官が働こうが状況がよくなるわけでもなし。満州事変あたりからゲームさせろと強く言いたい。
 だがまぁ、まっとうなバランス感覚を持った人間ならそもそも中国やイギリスやアメリカと戦争するはずもない。そのぐらいなら大陸から撤兵した方がなんぼかマシである。
 当時の日本でもそういうバランス感覚を持った人はいて、『満州など大陸から得られる利益は欧米との貿易で得られる利益の何十分の一である。どちらを優先させるべきか明らかであろう』と書いた新聞もあったのである。賢者の言というべきであろう。

 とはいえ、単にゲームとしてだけ見た場合、明らかに『英米と戦争した方がやりがいがある』のは事実である。往年のブームが去った今なお、架空戦記の多くが戦国時代でなければ太平洋戦争を題材にしていることからも明らかであろう。いくら世評(マニア人気)とは違ってヤコブレフのYak−3がそれなりの名機であるとしても、認知度ではスピットファイアやF−6−Fヘルキャットに数段劣る。空母エンタープライズを沈めたい日本人はかなりの数いるだろうが、同じ空母でもアキーラ(アクィラ:イタリアが建造していた空母。けっきょく完成しなかった)を沈めたいという物好きな人間はさほどおるまい。むしろ戦艦ローマ(イタリアが連合国に寝返った後でドイツ軍の空襲をうけてあっけなく沈んだ)と合わせて活躍の舞台をやりたいと思うくらいである。
 エンターテイナーとして考えた場合、強い敵を倒すことに意味があるのであり、三国志演義で曹操が、戦国時代物で徳川家康が、そして第二次大戦物でアメリカがヒールを演じてくれなくてはやはりおもしろくない。むろんソ連だって強いが海軍は持ってないし、ドイツだって強いがあまりに遠いしさらに言うならやっぱりろくな海軍は持ってないし、ああいやむろん、ソ連の河川砲艦(甲板にT−34の砲塔をのっけたタイプなど実にイカス)やドイツのU−ボートはその建造目的にはきわめて合致してると思うがいくらなんでも大和と戦うわけにはいかんだろう。

 けっきょくのところ、強い敵役はそのままに、そいつらと戦って激戦の末(ここが重要)勝利するか、まあそこまでいかないまでもさんざん煮え湯を飲ませた上での敗北というのが定番となる。
 だとするとそれなりに史実よりも日本を強くする必要があるのだが、これはあくまでも手段であって目的ではない。何を間違えたのか日本を強くする方に主目的を置いた作品があるが、私に言わせるとそういうのは邪道である。プロジェクトXがなぜあんなに評判がいいかと言うと、『自分たちの過去を肯定してくれる』からであって、過去をいじくってそれで成功したところでそれが自分たちのそれまでの努力をあざ笑うようでは世の中の多くの人間は不愉快にしか思わないだろう。人間、自分の過去を嘲弄されてうれしいモノではない。それがどんなに無駄で愚かであったとしても、否、現実としては無駄で愚かであるからこそ、何かで肯定してもらいたいのだ。
 そしてどういうわけか世の中、頭が良くて合理的な人間ほどその辺の人間心理の機微が分からないようである。
 むろんのこと、現実における国家や会社の運営ならばそういう合理的で論理的で時には非情なタイプの人間は必要であるが、娯楽というものはそう割り切ったもんではなかろうに。

01月15日

 探していた情報がネット上に存在していてもいまさら驚くことはないが、昨日書いた日記の、『満州など大陸から得られる利益は欧米との貿易で得られる利益の何十分の一である。どちらを優先させるべきか明らかであろう』はさて、誰の言だったかしらんとチャットで聞いてみたら、ありましたよ奥さん

 論者は石橋湛山氏で、『戦う石橋湛山』という本が紹介されているページを見ると、ほら。

 まず経済・貿易上の観点から、数字をもって朝鮮・台湾・関東州が日本の経済的自立のための重要な供給地とはなっていない事実をあげる。「この三地を合わせて、昨年、我が国はわずかに九億余円の商売をしたに過ぎない。同年、米国に対しては輸出入合計十四億三千八百万円、インドに対しては五億八千七百万円、また英国に対してさえ三億三千万円の商売をした」。すなわち経済・貿易を重視するならば、三植民地より後者三国のほうが欠くべからぎる国であり、よっぼど重要な存在ということになる。


 かように引用されている。
 ちなみに戦艦大和のお値段が当時の日本円で1億2千万円ほどである。これを3隻作ろうとしたのだから(けっきょく信濃は空母に改装されたが)海軍というのはべらぼうに金がかかる組織であったと言えよう。ちなみに大和を建造するくらいならもっと補助艦艇を充実させてはどうかという意見はむかしからあるが、1億2千万円で作れるのは駆逐艦でいえば1個水雷戦隊(旗艦を巡洋艦)であり、太平洋戦争での使いでは大和よりあったろうが、さほど目をみはるほどに戦果をあげたとは考えにくい。むしろ、その1億2千万円が景気対策に使われていた方が国のためにはなったろう。

 というところで、ブッシュ大統領が14日に『国際宇宙ステーション』(ISS)を2010年までに完成させ、スペースシャトルをほぼ同時期に引退させて新しい有人宇宙船を実用化するというので、今後5年間に総計120億ドルの予算を投入しようとか発表している方に話をもっていこう。
 この新しい有人宇宙船は残念ながら完全リサイクルの宇宙往還機ではなく、使い捨てロケットと有人宇宙船を組み合わせたローコストの『乗員輸送用小型宇宙船』(CEV: Crew Exploration Vehicle)であるという。このあいだ読んだ『われらの有人宇宙船』とえらくだぶるが、まあ現実的にそろばんをはじいていけば、誰もが似たような結論に到達するのであろう。
 なお断言してもいいがこれまでの経歴から言って、予算が120億ドルですむとはとうてい思えない。きっと開発期間は数年遅れ、予算も500億ドルを突破するのではなかろうか。

 ではだからといって、こうした方面に金を使うべきではないかというと、いやむしろ積極的に使うべきだと言いたい。世の中には無駄に終わる努力は山のようにあるが、宇宙開発は長い目で見てけっして人類にとって無駄にならないと私は思う。むしろ新しいフロンティアを開拓することによって、多大なる利益が最終的に還元されると考えるのだ。

01月16日

 パソコンがいよいよ怪しげな断末魔のぎゃりぎゃりという音をたてはじめるので、組み立てた友人を呼ぶ。

「CPUか電源のファンがいかれとるんではないかと思うんじゃが」
「わかりました。CPUファンは手元ありますから持っていきましょう」
「頼む」

 そして筐体を開けていろいろと音を聞いてみたところ。

「こりゃファンはファンでもグラフィックボードですよ。ほら」

 ファンを指で止めると音も止まる。

「おお、ほんまじゃ」
「性能は落ちますがグラフィックならマザーにもついてますがどうします?」
「こんな怪音を出しているボードが長生きできるとは思えん。交換じゃ交換。それまではマザーのを使おう。どうせ文章書きにしか使やせんのだ」

 というわけで、グラフィックボード:GeForce4 Ti4200を取っ払って交換に出すことにした。どうも初期不良っぽいしな。
 それにしても静かなことだ。ファンレスというのもいいかも知れぬ。

■本日の読書:『アンタレスの夜明け』マイクル・マッコーラム
 原題はAntaresDawn。そういや『アースドーン』(EarthDawn)というRPGがあったなぁ。
 軽めのスペースオペラ『でたまか』を読んでいたらなんとなく正統派(ストロングスタイル)のスペースオペラが読みたくなったので本棚からひっぱりだす。

 時は未来。ところは宇宙。
 人類はフォールドポイントを利用した恒星間旅行を実現していた。このフォールドポイントというのは重力によって空間が折り畳まれたフォールドラインが、やはり恒星の持つ重力で焦点を結び、星系近傍に現れたものである。フォールドポイントまで移動した宇宙船が、しかるべき手順でエネルギーを解放させてやれば、その宇宙船は一瞬にして次のフォールドポイントまでフォールドラインに沿って瞬間的に跳躍するという手順である。
 つまり、宇宙旅行に必要なのはフォールドポイントと、そこまで移動する手段ということになる。かくして星と星との距離は物理的な光年ではなく、「そこまでどういうフォールドポイントを経由して行けるか」が指標となった。
 フォールドポイントは重力によって焦点を結ぶ。だからいくつのフォールドポイントがひとつの星にあるかは、恒星の質量などによって変化する。人類が宇宙に進出してまず見つけた多数のフォールドポイントを持つ星が、アンタレスだった。

 さて、アンタレスは質量の大きな星である。宇宙の法則として、質量が大きな太陽はエネルギーの放出も大きいがその反面寿命が短いというのがある。アンタレスぐらいになると、赤色巨星であり、臨終間近だ。とはいえ宇宙の物差しでの『間近』というのは数百万年とか数千万年とかの単位であるから人々はまあ遠い未来の話だろうと考えていた。

 ところが、そのアンタレスがついに寿命がきて吹っ飛んだ。新星(ノヴァ)である。

 物語は、その余波によって1個しかないフォールドポイントが消失してしまったヴァレリア星系から始まる。
 他の人類社会から切り離されたヴァレリア星系の惑星アルタの植民者たちは、しかたないので自分たちだけで暮らすことになった。そして120年が経過した――

 120光年の距離を120年かけて光が到達し、アルタの夜空でアンタレスが明るいノヴァとなってからしばらくして、一隻の恒星船(スターシップ)が、ヴァレリア星系に出現したのである。
 フォールドポイントが再びつながったのだ!
 だが、その宇宙船はなぜかまったく通信に反応せず、深宇宙のかなたへと飛び去っていく。アルタ宇宙海軍所属の宇宙戦艦(バトルクルーザー)「ディスカバリー」は、その船に追いすがった。そしてその不思議な訪問者が地球の宇宙戦艦「コンカラー」であることを知る。
 しかもあろうことか「コンカラー」は戦闘によって大破しており、激しい放射線にさらされて半ば溶けかかっていたのだ。
 120年前、人類の宇宙は平和だった。
 だが、どうも今はどこかで戦争が行われているらしい。はたしていったい何が? どこと?
 さまざまな疑問を抱きつつ、惑星アルタのひとびとは「ディスカバリー」を旗艦とする探索艦隊をフォールドポイントの向こうの宇宙へと旅立たせようとする。

 とまあ、ここまでが序盤である。
 同じように宇宙で、同じように戦争なのだが、『銀河英雄伝説』や『でたまか』とはまったく方向性が違う。
 これはどちらが優れているとかではなく、キャラクター(登場人物)に重点を置くか、はたまたアイディア(仕掛け)に重点を置くかの違いなのである。
 本書ではひとつひとつの仕掛けはけっして目新しいものではないが、それを丁寧に、かつ手堅くまとめて物語を構築している点は評価に値する。
 ちなみにあとがきは金子隆一さんである。お気持ちはたいへんよく分かるのだが、ご本人も言っているように『ご隠居の小言』になっており、ひょっとするとこの作品を買おうとした人間の幾人かがこの小言を立ち読みして不愉快になってやめた可能性は捨てきれない。もしそうなら、気にせず購入なさるがよかろう。本作の続編である『アンタレス突破』ともども、たいへん良い作品なので。

01月17日

 朝は冷え込み、街を見下ろす山々は白く化粧をしていた。
 それでもフィットネスプラザでいつものトレーニングを終えた後はそれなりに暖かくなってきていた。

■『皇帝崩御』内容を決める
 いよいよ明日がセッションである。シナリオを作ろう。

 念のため:この先はネタバレである。明日プレイに参加する諸兄ならびに諸姉は見てはいかん。もし万が一にも見てしまった場合はセッション中はまったく『見なかった』ロールプレイをすること。見破られた場合は経験点なし。


▼エンディングから決めよう
 やはりハッピーエンドとバッドエンドの両方を用意しておこう。

 ハッピーエンドは、クライマックスでPCが勝利し、帝国に平和が訪れるというパターンである。皇帝のエイリアスは、PCのノイン(No.9)以外にも、イシュチェル(No.10)と、フィル(No.5)のふたりがPC側に属する。フィルとノインが死亡したことを考えて、イシュチェルはオープニングで青のシェルリィあたりに回収させて退場させよう。
 3人のうち誰かが皇帝になればいい。

 バッドエンドは2通りある。
 1つは皇帝のエイリアス、オットー(No.8)がすべてを掌握して玉座を簒奪する。
 もう1つは実はすべての黒幕であったという設定のアルフレッド枢機卿がフィルを傀儡にしてこれまで通り帝国の影の支配者として君臨するというものである。
 いずれも戦乱は終わず、平和は到来しない。

▼クライマックスの戦い
 せっかくの最終回である。景気良くぱぁ〜っといこう。

1)対オットー戦
 キャンペーンのこれまでも、オットーは敵役として何度も登場してきた。こいつのおかげでいろいろと悲惨な事件も起きている。PCとしてはやはり一発がつんとやりたいのが心情であろう。

◇オットー
クラス:エイリアス5&ブラックマジシャン5&ソーサラー10
加護:フレイ、オーディン、オーディン、ヘイムダル、ネルガル、ヘルモード

◇エイリアスゾルダート×3「アントン」「ベルタ」「ケーザル」
クラス:エイリアス2&ゾルダート3&ハンター1
加護:フレイ、フレイヤ、ティール

◇エイリアスソーサラー×2「アルファ」「オメガ」
クラス:エイリアス1&ソーサラー4&ウィザード1
加護:フレイ、オーディン、バルドル

2)対アルフレッド枢機卿戦
 実は皇帝はすでに200年前に死亡している。この200年間玉座にあったのは、抜け殻でしかない。そして、帝国が建国されて以来、ずっと皇帝を傀儡として実質的に帝国を支配してきたのがアルフレッド枢機卿である。彼の正体はラグナロクの時代から生きるヴァルキリーである。

◇アルフレッド枢機卿
クラス:ヴァルキリー5&スカウト5&プリースト27
加護:フレイヤ、フレイヤ、ヘイムダル、ネルガル、ヘルモード、タケミカヅチ、フレイ

◇クロミア少佐
クラス:エイリアス3&ゾルダート5&エレメンタラー3
加護:フレイ、フレイヤ、ニョルド

◇帝国軍シャード兵士×3「バッハ」「モーツァルト」「ベートーベン」
クラス:ゾルダート3&ファイター5
加護:フレイヤ、フレイヤ、トール

▼オープニングでやっておくこと

1)マスターシーン
 帝都のすべてのリアクターが機能を停止し、闇に閉ざされる。オットーが五稜郭の機能を使って【みこころのままに】(五稜郭)+ネルガル(オットー)+バルドル(エイリアスソーサラー)でシーン全体(帝都)を麻痺させたのである。

2)PC:アーニャ
 五稜郭を囲んでいる帝国軍兵士たちの中からアルフレッド枢機卿が登場して、オットーを倒すようPCに依頼する。

3)PC:エカル
 ドロシーが登場して、エカルを止めようとする。その後で、アイテムや装備品を提供する。

4)PC:ジェフリー
 青のシェルリィが登場して、アルフレッド枢機卿に注意するように言う。イシュチェルを回収。

5)PC:デュナン
 ソフィー・ウィルマーが登場して、一緒に皇帝のところへ行こうと言う。

6)PC:ノイン
 皇帝のホロ映像が暗闇の中に現れて、重々しく一言。「た〜すけて〜(Help me!)」

▼ミドルフェイズは?

 動機づけが弱そうなら補強する。
 理解度(情報)が不足しているようなら与える。
 帝都がじわじわと奈落落ちしている様子を描写してPCをあわてさせる。
 会いたいNPCを登場させてやる。

 こんなもんでいいか。
 さて、実際のプレイやいかに。

01月18日

 アルシャードキャンペーンの最終回、『皇帝崩御』をプレイする。
 長らく続いたキャンペーンも無事終了である。参加したみんな、おつかれさま。
 それにしても疲れた。

■本日の読書:『でたまか 純情可憐編』鷹見一幸
 中盤までは、前の巻の続きである。
 精強な傭兵艦隊を相手に、寄せ集めのオンボロ艦隊でさてどう戦うか?
 さてどっかで読んだことがあると思ったら、『戦士志願』で似たようなシチュエーションがあったわい。あれも、相手が営利企業である点を攻めて勝利した。
 作品の雰囲気にも合っているし、特に問題はなし。

 仰天したのは、戦いが終わってからである。

 第1部完というからには、苦労して勝利したからには、「僕」にはそれなりの報酬というか、『よかったね』モードで物語はいったん幕引きになると私は考えていた。
 「僕」に士官学校時代に恥をかかされたというだけで援軍の要請を握りつぶし、一兵もよこさなかった大貴族のボンボンは、その身勝手な行動が皇帝陛下の叱責を受けて恥をかき、それで主人公をさらに逆恨みするとかなんとか。

 ちゃうねん。

 皇帝陛下は1カットも登場しないし、それどころか大貴族のボンボンも「僕」の前には一度も姿を見せない。
 じゃあどうなったかというと、突然爆弾テロが発生して皇太子が死亡し、それで世をはかなんだ皇帝は犯人探しもろくにしないまま退位して、そのテロの首謀者である(たぶん。まさかここでまだ登場してないキャラのしわざということはあるまい)大貴族のボンボンが新しい皇帝になるのである。
 そして当時その場にいなかった「僕」に罪がなすりつけられる。

 はぁ?

 私は何か読み間違えたかと思ってページをめくりなおした。
 だが、そもそも読み間違えるほどページ数がない。

 落丁か?

 ページ番号を確認する。それもない。

 ????

 とりあえず、残りページも少ないことだし、読みすすめてみる。これはきっと第二部の伏線に違いない。テロの黒幕である悪いやつが牢屋の「僕」をみて呵々大笑したりして、「僕」と読者に、「この恨み晴らさずにはおくものか」という動機付けをするのだろう。

 ぜんぜん、ちゃうねん。

 代わりに登場するのは1巻で退場したはずの万能AI(テクノサーバント)で、その手助けを得て「僕」はヒロインの王女を助けて脱出する。
 私はてっきり、王女を奪われ、無実の罪で牢屋につながれ、十数年にわたって地獄の苦しみを味わった「僕」が脱獄して冷酷非情な復讐者になるのだと思っていたのだが、まあ、ヤングアダルトではこんなもんだろうか。

 ところがどっこい。

 エピローグの4ページで、第一部3冊かけて主人公が守ったアウトニア王国は帝国自身の手で滅ぼされ、国王も王妃も殺され、国民は流浪の民となるのである。

 なにやらことごとく裏をかかれた気分である。

 それも、悪い方に。
 なんとも評価に困る第1部の幕切れであった。

01月19日

 あーしんど。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 税と貨幣』

●金貨から銀貨へ
 それまで金貨を使っていたのが、銀貨中心になるというと。
「なんかビンボくさいな、困窮しとんじゃなかろうか」
 というイメージが強い。
 このイメージの悪さもあって、中世初期、フランク王国が8世紀に銀本位制に切り替えたのを経済の停滞だとする考えがむかしあった。
 ところがどっこい、これには少額貨幣の需要を満たすという大事な目的があったのである。当時は、農民でも年に10デナリウスほどの支出があり、そうした民衆でも使える貨幣を造幣していたというのだ。
 この後は、500年くらいゆっくりとではあるが経済発展があり、13世紀になって貿易が拡大してくるとまず高額銀貨、続いて金貨が造幣されるようになったのである。

●西の金貨銀貨、東の銅貨
 ユーラシアの西では、国や文明圏をまたがって流通するための貨幣として、貴金属である金や銀が使用された。
 そして東では、より記号性、すなわち貨幣が持つ「記号」が通用する範囲内において流通する銅などの卑金属貨幣が使用された。
 元帝国が紙幣を使ったのも、そういう「記号」重視の貨幣文化が背景にあるといえるのだろう。

●塩が支えた国家
 中国の国家財政というと、何はなくとも塩の専売である。
 こいつは、唐の時代以降、国家財政の25%〜80%を占めたほどである。むろん、そのためには塩の価格をもともとよりずっと高く設定しなくてはならず、従来の市場売価の10倍以上(時には37倍)もの専売価格となっていた。
 さあそうなると、塩をこっそりと安く売って税金はおさめないでいようという連中がでるのも道理である。この塩の密売をする商人たちは秘密結社のようになり、中国の動乱期にはしばしば反体制側として歴史の表舞台に登場するのである。
 なお、現在の中国の面積は日本の26倍ほどであるが、海岸線は実は2/3くらいしかなく、そういう地理的な背景も塩の専売に役だったようである。

●中国船の入港とインド商人
 大航海時代というと、ヨーロッパばかりがクローズアップされるが、むろん東のアラブ商人やインド商人、そして中国の商人だって海をわたって商売をしていたのだ。ヴァスコダ・ガマのインド航路にしたところで、アフリカやアラブ、インドの商人がすでにインド洋を中心とした交易ネットワークを作っていたからこそ、それに便乗できたわけである。
 さて、15世紀のある日、はるばる東の明から中国の貿易船がインドにやってきたとしよう。
 まず中国の商船から錦が取り出され、インドの大臣とか商人代表とか大勢が集まって、この錦の値段がいくらになるか喧々囂々で議論して合意文書を作成し、互いに保管する。
 手打ちもやって「あとで文句は言わないようになー」とブローカーが音頭をとる。
 その後で、インドの土地の産物である宝石やら真珠やら珊瑚やらが持ち込まれて取引がはじまる。支払いの基準は、先に取り決めしたサンプル商品の価格である。
 中国の記録によると、インド商人は算盤を用いず、両手両足の20本の指を巧みに利用して計算をするが、これにはまったく狂いがないと感心されている。両手の指はともかく、両足の指はどういう計算に使われていたのか、そもそも足の指ってそんなに器用に動くかとか、その計算は立ってでもできたのか、などといろいろ考えさせられる。

01月20日

 ねむい。

01月21日

 さむい。

■本日の読書:『TWD EXPRESS 1〜4』聖悠紀
 3人組の民間輸送船の宇宙船乗りが、どたばたを繰り返しながらさまざまな仕事をこなしていくという、スペースオペラの王道ともいうべき作品。
 3人組の宇宙船乗りというとアニメ『宇宙船サジタリウス』が思い出されるが、あちらが歌にもあるように『スペースオペラの主役にゃなれない』ふつうの人間(?)であったのに対して、こちらの3人はいずれも荒事に慣れたタフなプロフェッショナルである。ただ、過去にいろいろあって組織の中で出世街道を進むというわけにはいかなくなっている。
 また、いろいろやばい橋をわたったせいで犯罪組織『宇宙友愛協会』(たぶんデュマレスト・サーガの『宇宙友愛協会』をひねって正反対の組織にしてしまったのだろう)と敵対しており、折に触れてそれ絡みのイベントが起きている。
 とはいえ、基本は宇宙の運び屋であり、物語は最後までその路線で進むのが良い感じである。
 『超人ロック』などとは違って重厚な作品というわけではないが、たいへんおもしろい。

01月22日

 むちゃくちゃ、さむい。

■本日の読書:『ミリタリークラシックス Vol.1、Vol.2』
 Jウイングの別冊である。
 であるからか、1号は零戦が、2号がメッサーシュミット262の特集がしてある。
 その零戦であるが。
 ミリタリーに興味がない人間でも、零戦の名前ぐらいは聞いたことがあるであろう。架空戦記三種の神器として『大和、零戦、山本五十六』を活躍させると良いといううわさ話がまことしやかにささやかれたりもするのは、そのたぐいまれなる知名度ゆえであろう。
 太平洋戦争の開戦から終戦まで、バージョンアップを続けながら酷使されてきた零戦であるが、同じくバージョンアップを続けたスピットファイアが、しまいには2000馬力のロールスロイスグリフォンエンジンを搭載し、時速700km台をたたきだしたのと比べると、52型の時速565kmはいかにも貧弱な印象は否めない。これはつまり、全速力で飛んでいても背後から相対速度で時速100kmオーバーの勢いで敵が迫ってくるようなもんで、とうてい逃げ切れるものではない。むろん、敵を追撃しようにも追随できはしない。
 原因ははっきりしていて、何はともあれエンジンである。零戦の栄エンジンは当時としてはたいへん優れた設計であったが、何せ1000馬力である。むかしから飛行機開発はエンジンが命で、エンジンさえちゃんとしたのを積むことができれば、後は機体設計が少々まずくても、飛行機はきっちり飛ぶのである。日本は、零戦の後継機である烈風に2000馬力級の誉エンジンを搭載しようとしたのだが、このエンジンが難物であったのだ。というか、当時の日本の技術ではまだまだ本気を出した欧米との技術競争にたちうちできなかったのである。
 なお、我が友人に言わせるとプロペラ技術も日本はかなり遅れていたらしい。おお、この本にもそげなことが書いてあるな。
 ちなみに零戦のレプリカの製造費用は1億5千万円ほどだそうである。ちなみに国内で飛ばすのはまず無理で、アメリカでエクスペリメンタル機(耐空証明がないレプリカや開発中の機でも飛ばせる)として登録して飛ばすのがよいそうだ。
 さて一方のメッサーシュミット262であるが、この機体断面おむすび形のジェット戦闘機は、日本とドイツの技術力の差をまざまざと物語るものであろう。
 何しろ最高速度、時速870kmである。航続距離が短いとか、エンジンの信頼性が今ひとつとか、そういう問題はすべからくこの速度の前には無意味である。零戦と時速で200kmも違うのだ。ああこいつがあればB29にも一泡吹かせてやれたのになどと思うのだが、その前にレーダーによる警戒網と統合した防空指揮システムが先であるよな。

01月23日

 寄生生物について考える。
 むろん、ここでいう寄生生物はギョウ虫とかサナダ虫とかではなく、寄生した相手を操るSFやファンタジーによくでてくる怪物である。
 寄生生物のポイントは、まず自分が寄生されているかいないかの自覚症状の有無であろう。続いて、寄生されたことによって食性とか行動パターンとかの変化も大事である。
 このネタは短編でも長編でも使え、SFでは短編で人気が高いのであるが(何しろオチをつけやすい)、長編でも『人形使い』などは傑作のひとつである。
 何にしても、寄生生物ほど古くから我々の肉体を狙っている存在も少なくない。

「このところ、どうも疲れているようだ」
「ときどき無性に眠くなる」

 というあなたは要注意である。もしかしたら寄生されてじわじわと浸食されている可能性が濃厚だ。意識が、ふっ、と跳ぶようなことがあったらもう確実である。その間はあなたの肉体は寄生生物に乗っ取られて、猟奇殺人をおかしているに違いない。朝新聞で読む奇怪な連続殺人事件の犯人はあなたである。

「いや大丈夫。おれは意識がしっかりしているし」

 というあなたも危険だ。そもそも現代人で意識がはっきり覚醒しているのはどこか間違っている。さまざまなストレスと悩みを抱えて、疲れているのが当然である。おそらく、すでにあなたは過去のあなたではない。もう身も心も寄生生物に乗っ取られてしかもそれに気が付いていないのだ。

「そんな馬鹿な」

 では聞くが、あなたの部屋から腐臭がするのはなぜだ。昼でも雨戸を閉め切り、真っ暗闇の中でディスプレイの明かりがだけがぼうっと部屋の中を照らしているのはなぜだ。あなたを心配した友人があなたのアパートに来たのをインターフォンごしに追い払ったのはなぜだ。冷蔵庫の扉をあけると、卵が並んでいるはずのところに子猫の生首が並び、生ゴミの袋にはぎとった猫の皮が無造作につっこまれているのはなぜだ。そしてさっきからくちゃくちゃと猫のはらわたを租借しているあなたの口にずらりと並んでいるのは牙ではないのか。あなたの身体はもうすでにっ――

01月24日

 発売まであと一週間ということで、フェイト/ステイナイト(Fate/staynight)のデモムービーをダウンロードして見る。

>>>再生開始

 1950年、朝鮮半島上空。

 後方から銃撃を受け、黒煙をあげて墜落してゆくF−80。それを見下ろすミグ15パイロットの顔に笑みが浮かぶ。

「くくく。アメリカンスキーめ。あの程度の性能でジェット戦闘機とは笑わせる」
「油断するな、同志ランサー。やつらこのファゴットに対抗して新鋭機を投入したと聞く」
「はん。サンダージェットとかいう機体ならどうということはない。それはそれとして同志アーチャー
「なんだ」
「なんでおれとおまえが同志(タワリーシチ)なんだ。すさまじく不満があるのだが」
「わたしだって不本意だ。ん?――上空、敵機!」
「ちぃ、太陽を背にするとはこしゃくなまねを――な、なにぃっ。速いっ?!」

 天空から、逆落としに急降下をかける戦闘機。機首のエアインテーク。鋭い後退翼。銀色に塗装した上に描かれた星のマークとUSAF(アメリカ合衆国空軍)の文字。
 びりびりと震動するコクピットに座る金髪の少女は――

「あれはっ?!」
セイバーだっ!」
「いや、そりゃセイバーだろうが、そうじゃなくて」
「だからセイバーなんだっっ!」

 ノースアメリカンF−86『セイバー
 この機体こそは、ミグ15の登場によって天空の支配者の地位を追い落とされた国連軍が満を持して投入した新鋭機だった!

「くそっ、なんてベタなっ」
「いいから早くブレイクしろっ」
「遅い!」

 高速ですれ違いざま、ロケット弾をミグ15の翼にたたき込むセイバーのセイバー。
 ランサーの機体が空中で分解する。

「してやられたか……」
「しかたないわ。しょせんミグ15はわたしの祖国が開発していたフォッケウルフTa183フッケバインとロールスロイスのエンジンをコピーして組み合わせたもの。相手があのセイバーのセイバーではせいぜいが互角がいいところね」
「きみは?」
「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。イリヤでいいわ。こっちはバーサーカーよ」
「がぁぁぁ」(ふしゅるるる〜)
「よ……よろしく」
「あなたに汚名をそそぐチャンスをあげるわ。この機体、開発コードI−330――ミグ17でねっ!」
「ぐるるる」(ちょんちょん)
「なによ? え? 開発コードがついてたときはまだミグ17の正式名称じゃないから、Mig-15SIというのが正しいですって? むーっ! いいのよ、そんなマニアでないと知らないことはっ! どうでもっ!」
(不安だ……)

 そしてミグ17による三位一体の攻撃で一敗地に塗れるセイバーとセイバー。かろうじて生還したものの愛機セイバーを失い、苦渋の涙を流すセイバー。
 そこへ現れる、赤毛の少年。

「シロウ……」
「セイバー。もう一度飛んでもらいたいんだ」
「わたしは負けた」
「でも生きている」
「生きて――」
「そうだ。生きている。負けても、落とされても、生きていれば再び飛ぶことができる。そうじゃないのか?」
「それはご命令(order)ですか、マスター?」
「うーん、どうだろう。……お願い(wish)、かな?」
「わかりました。ですがわたしの機体はもう……」
「大丈夫。こいつがある」

 そして再び朝鮮半島上空。

「レーダーに反応。ん? いや、ちがうのか?」
「どうした」
「は、上佐。レーダーに反応があるのですが、どうも妙なのです」
「妙とは?」
「音速を――超えているんです」

 音の壁の向こう側。
 F−86セイバーよりもさらに鋭い後退角の翼を持ち、より抵抗の少ない機体により強力な推力7000kg(A/B)のエンジンを搭載した超音速機。
 後に、センチュリー・シリーズとして航空史に不滅の名前を留める100番台Fタイプナンバーの1号機。

「すごい――なんてパワーだ」

 セイバーが乗る新たな機体、それこそF−86セイバーの上位機種。
 F−100Aスーパーセイバーだった!(どどーんっ!!)

>>>再生終了

 いやぁ、今からたいへん楽しみである。

01月25日

 フィットネスプラザへ行き、トレーニングのメニューをこなす。
 ダンベルで前腕の筋肉を鍛えたので、腕が重い。うむ〜。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史 世紀末と予言』

 まず、ページをめくると見開きで進化図をさかしまにしたような系統図がある。タイトルも『神秘主義の系譜』とぶっとんでいる。
 これはもう、絵がお見せできないのが残念なほどであるが、せめて雰囲気をお伝えしよう。

 さあ始まりました、神秘主義バトルロイヤル。すでにリング上にはユダヤ教、ゾロアスター教、バラモン教などの古株があがっております。お、ここで東洋からぞろぞろと維新軍団が乗り込んできた。墨子、老子、荘子、孔子、ブッダ、マハーヴィラたち新鋭だぁ。少し遅れて、プラトンとアリストテレスもギリシアから参戦。このふたり、仲がいいのか悪いのか。さあ、一気にリング上は混沌としてきた。
 ここでここで新星本命希望の星のイエスがパウロを率いてリングにあがったぁ。さぁ、ここでもキリスト教が嵐を呼ぶのか。ユダヤ教は苦い顔だぁ。そこへプロティノス登場。プラトンの衣鉢を継いで、新プラトン主義をぶちあげたぁ! 東方ではマニがマニ教をこっそりと布教している。おや、キリスト苦しんでる、マニの教えが浸透してきてキリスト教にカタリ派が誕生したようだぁ。いや、解説の山折先生。こりゃすごい試合になってきましたね。

 ええまぁ、もともと神秘主義というのは単体で存在するというよりは、相互に影響を及ぼしあうところが多いですからね。つまり、相手と融合したり場合によっては乗っ取ったりしたりするのですよ。

 なるほど。神秘主義は無法地帯というわけですね。さて、ADも500年をすぎて、やや、さきほどの山折先生の言葉を証明するかのように、仏教とジャイナ教とバラモン教から転じたヒンドゥー教が融合をはじめた。ぐにょぐにょとなにやらくっつきあった肉塊から抜け出そうと各宗教必死だぁ。

 タントラ化ですね。これはすごいですよ。古くからあった土着の神秘主義を各宗教が取り込んでいったんです。

 おおっと、仏教は密教という技を習得したようだ。これを老荘思想から転じた道教へも不空が中国密教を生み出した。さらに東の果てには空海が日本密教を輸出している〜。
 で、西に視線を転じると、そこにはムハンマド! 預言者ムハンマドがユダヤ教やキリスト教の教えをバックに従えて一気に勢力拡大っ! 爆発するような勢いで全世界を席巻せんという勢いだぁ。おおっと、このへんでゾロアスター教がひっそりと息をひきとった。長い宗教だっただけに消えゆくさまも線香花火の叙情を思わせるぅ。それにしてもイスラム教、軍事力と権力を両手にしたいほうだいだ。長く根をはっていたインドの仏教もこれはたまらんとチベットに逃げ出した。さあいよいよ混沌とした試合の展開はこれからますます余談を許さない。だが残念ながら放送時間が限界だ。ここでうち切るのは断腸の思いなれど続きはまたいずれ〜。

 いやほんと、すごくおもしろい図なんだよ、これが。シンプルだけど。

01月26日

 我が書斎は和室の6畳である。昨年、本棚2つと、ラック1つを追加して部屋の荷重バランスが崩れたせいか、最近、入り口のふすまの開け閉めにきしみが生じるようになった。
 そうでなくとも築二十年の家屋である。リフォームとかリハウスとかそういう頃合いではあるのではある。ちなみにgoogleで「リフォーム リハウス」で検索したら1750件がヒットし、さらに業者の紹介だの見積もりだのいろいろサイトが紹介されていた。
 まあ、金が余る生活になったら考えることにしよう。

■本日の読書:『ミリタリークラシックスVol.3』
 おととい(24日)に適当なことを書くためにひっぱりだしたので、ついでなのでここでセンチュリーシリーズについてまとめてみようか。
 1950年代の冷戦時代まっただなか、アメリカは超音速を出せる戦闘機を開発し、配備した。そのトップバッターがセンチュリーシリーズだったのだ。

F−100:スーパーセイバー
 朝鮮戦争での『ミグ15ショック』は大きく、「ソ連あなどり難し」の雰囲気の中で、より強力な戦闘機の開発が進められた。わけても超音速の戦闘機には期待がかけられ、わざわざ100番台を用意して登場したのがこの名刀(セイバー)の系譜に連なるスーパーセイバーである。とはいえ、この機体は純粋に戦闘機としてよりは戦闘爆撃機として改造されてからが本領発揮で、ベトナム戦争でもがっちり働いた。

F−101:ブードゥー
 なにやらゾンビを召還しそうな名前であるが、まさしく戦略爆撃機のお供をして敵地深く侵攻し、核をばらまいてとんずらここうというコンセプトで作られた重戦闘機である。ところが途中でSAC(米国戦略空軍)からTAC(米国戦術空軍)へ鞍替えしたので北米の防空戦闘機として任務を勤めることになったのである。

F−102:デルタダガー
F−106:デルタダート
 『デルタ』の名前から想像されるように、デルタ翼(でかい三角形の翼)のこの両機は、高々度防空戦闘機として開発が行われた。デルタダガーは開発に手間取ったが、「エリアルール」(胴体の中ほどをきゅうっ、と絞り込むといい感じ)を適用して完成。さらにアビオニクスやミサイル、エンジンを強化したデルタダートが登場し、北米の空をがっちり守ったのである。

F−104:スターファイター
 日本ではセンチュリーシリーズ随一の知名度を誇り、怪獣ともさんざん戦ったのがこの機体である。防空一本槍の自衛隊が喜んで使用したように、ひたすら無駄を省いて作ったのがこの機体だ。というのも、朝鮮戦争でミグ15に苦しんだ前線のパイロットに、開発者が実際に出向いていろいろと聞き取り調査を行った結果、

「とにかくひとつの機体に対する要求が多すぎて複雑で鈍重になる傾向が強い。戦闘機たるもの、余分なものはできるだけ排除し、スピード、上昇力、運動性を追求した軽快なものが望ましい」

 との答えが返ってきたからである。
 結果として、絞りに絞った結果、燃料タンクの置き場にも困るほどの限界に挑戦した機体が完成した。それがこのスターファイターである。なんといっても名前がいいと思うのは私だけではあるまい。
 ただ、やはり贅沢になれたアメリカ本国ではいまひとつ不遇であったようだ。

F−105:サンダーチーフ
 戦術核爆弾を搭載して敵地に突っ込む斬り込み隊長として開発されたのがこの機体。ところが、その役目を行なう日は来ないで(それはそれで幸いなのだが)代わりに投入されたのがベトナム戦争ときたからたまらない。もともとは超音速ですぱーっと飛び去りながら核爆弾を落とす機体が、ゆっくりのったり飛んでじっくりねらいをつけて通常爆弾をばらまく仕事に従事したのである。人間慣れない事はするもんじゃないし、飛行機だってふつうはそうである。それでもがんばって仕事をこなしたサンダーチーフは実に苦労人の風格がある。

 そうして、センチュリーシリーズががんばっている間に、西側世界きってのベストセラー戦闘機F−4ファントムIIが躍り出るのであるが、それはまたそのうちに。

01月27日

 高校時代からの旧友がバイクで事故。足を骨折。
 明日には松葉杖をついて退院できるとかでちょっと安堵。

■本日の読書:『アリソンII 真昼の夜の夢』時雨沢恵一
 前作を読んだのはずいぶんと昔になる。
 内容については特に文句もなかったのであるが、オチに大いに呆れた。
 なんぼなんでもソレはなかろう、てなもんである。
 まああれから私としてもいろいろと思うことがあり、しょうしょうおとなげなかったかも知れぬと反省している。ちょびっとだけ。
 てなわけで、ふと書店で見かけた本作を手に取ってみた。

 うぅむ?

 おもしろくなかったのかと言われると、いや、おもしろかったよと答える内容である。特に日本語がおかしいわけでも演出がむちゃくちゃなわけでもないし。何しろ最近、『でたまか』を読んでいたりしたので、かなりエキセントリックな展開でも許容できるようになってきたのである。

 でも……ねぇ?

 なんというか、あれだ。地に足がついていない感覚というか、いや飛行機物だから地に足がつかないのは当然なのだが、いやいやそういうわけではなくなんというか、『なぜわざわざこーゆー展開に』という疑問符が点灯するのである。

 ストーリーを時系列にそって組み立て直してみよう。

・小さな山国で、20年前に双子の王女が生まれる。
・王位継承はひとりだけなので、王女の片方は里子に出される。
・10年前に王家が皆殺しにあう。
・瀕死の王女は村娘として育てられた双子の妹と会い、復讐を託す。

それから10年間、何もなし!

・主人公(今回は完全に脇役)の男の子と女の子がこの山国を訪れる。
・たまたま王女の双子の妹がいる村を訪れた男の子と女の子を、何をトチ狂ったか村人が拉致監禁する。
・主人公たちの知り合いのパイロットが村を訪れる。
・王女の妹、たまたま偶然に姉の仇の正体を知り、正統な裁きをくだす決意をする。
・主人公たちとパイロットは村人から逃走途中に王女の妹にかくまわれる。
・主人公たちとパイロットと王女の妹が飛行機で首都に行って、犯人を糾弾する。
・犯人、唐突に「今やこれまで」と暴れだし、ちょっとアクションの後で自殺。刑事コロンボの犯人なみにあきらめが良い。
・おしまい

 やはりこう、なんというか、どうにも尻の座りがよろしくない物語であった。

 なお、得心がいった箇所は、「偽物の英雄と偽物の王女がラブラブ」という展開である。これはきれいであった。

01月28日

 資料が少しばらついたので整理をする。
 ちまちまと愛読している『朝日百科世界の歴史』のような人文系はまぁ、少々古くなっても使えるが、科学系の資料は古くなるとこれがもうまるで使えなくなるのでいつ新しいのと取り替えるかが悩ましい。

 とりあえず学研の『最新科学論シリーズ』あたりはもはや最新とはほど遠いのである。手持ちで一番古い『最新宇宙技術論』は、1989年発行だったりするし。何しろ特別インタビューが『ソ連はなぜ、米ソ共同の火星探査を望むのか』で、紙面にもいたるところにソ連の文字が。
 いやむろん、今でもロシアが宇宙大国であることを認めるのにやぶさかではないが、まさかこれが書かれた頃は、わずか10年大富豪が金を出して宇宙旅行するようになるとは思わなかったものなぁ。

 ……人文系資料も適度に更新をかけるべきだな。

01月29日

 骨折した友人が松葉杖をつきつつ退院。見舞いに行く。
 動くのはたいへんそうだが、意外とぴんしゃんしていて一安心。

 アメリカBSEに続いて鶏インフルエンザ。おかげで新聞のチラシには魚介類と豚肉しかのってない。

■本日の読書:『降伏の儀式 上』ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル
 とりあえずネタを整理するつもりが読み始めてしまう。
 SF史上まれにみる傑作宇宙船を3タイプ選べといえば、私は「とりあえず光速を突破してみました」のX動力で動くスカイラーク号と、「目的と手段が間違っている」マッカンドルー航法の相殺宇宙船、「おまえ、なんぼなんでもそれは」のこの作品のアレをあげる。
 ラムスクープ部門では憂国なんかもいい感じだし、サンダーバードやウルトラホークも特撮物としては……ああ、特撮から1隻ならシルバー仮面の光子宇宙船がすごい。いや、宇宙船そのものは光の速度が出せるぐらいで必ずしもすごくはないのだが、その宇宙船の秘密を狙ってよその星の宇宙人がやってくるのである。どうでもいいが、おまえらどうやって地球まできた
 さて続きを読もうかね。

01月30日

 言うまでもないだろうが。
 私の右手はいま、左クリックの連打でたいへん忙しい。
 では。

01月31日

「しまった」

 朝7時。
 流れるエンドテロップを見ながら私はつぶやいていた。
 眠い。それはいい。徹夜をすれば眠いものだ。
 目がしょぼしょぼする。長時間ディスプレイと真剣な顔でにらめっこをしたせいである。
 首のうしろに鈍い痛みがある。ちょっと姿勢もよくなかったかも知れない。
 むろん右手の人差し指は。まあほかがこの有様なのだから、ご想像の通りだ。
 ああしかし。
 だがそんなコトは些細な事なのだ。

「ごめん、秋葉――じゃなかった凛」

 けっきょくのところ、私の結論はそこに行き着く。
 最初の一周目は、凛のルートにしようと思っていた。むろん、私とてこの作品のメイン・ヒロインがセイバーであることは百も承知である。承知であるが、

 だって。ほら。

 体験版の段階で脳内ボイス、秋葉役の女の子だったし。セイバーは体験版やデモムービーではよくわからなかったから。前クールの番組でひいきにしていた役者さんが出たらそっちを選ぶだろう。
 だが、序盤の段階でもう分かっていた。自分がもう引き返せない分岐をたどっている事は。いくつもある選択肢の中で選んでいたのは、やっぱりというかなんというか。
 セイバーだったのである。

 だって。ほら。

 知ってしまったではないか。
 であるのならば――
 知らぬそぶりはできない。
 たとえようもなく凛々しいくせに。
 どうしようもなくはかない。
 あの少女を放っておくことはできなかったのだ。

 まあ。しかし。

 たとえ何度時間を戻そうとも。
 やはり自分は同じ選択肢を選びとっただろう。
 それだけは確かなことで。
 じゅうぶんに満足し。十二分に納得しているのだ。
 とりあえず今はそれでいいではないか。

「さて、ちょっと一眠りするか」

 凛に謝るのはそれからでもよかろう。

 ……Fate/stay night。セイバー・ルート、終了。

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