07月01日

 7月1日は、6月1日と違って涼しい一日であった。
 雨。
 梅雨であるからにはしかたがないが、うっとおしいのもまた事実である。
 雨。
 古来、人は水のあるところで生活してきた。人類最初の都市、そして国家は水のあるところに生まれた。
 雨。
 地球よりわずかに太陽に近い金星では、温室効果の暴走で惑星すべてが分厚い雲に覆われている。濃硫酸の雨が降り、高熱で地表に到達する前に蒸発する。
 雨。
 逆に地球よりわずかに太陽から遠い火星では、水はすべて氷となって大地と混ざっている。太陽系の黎明期に海があったと言われているが、定かではない。
 雨。
 その事を確認するため、この雨の降り続けている雲の向こう、星空のかなたを火星に向けて(正確には火星の未来位置に向けて)惑星探査衛星が飛び続けている。それが分かったからといって、景気が良くなるわけでも人類が新しいステップを踏み出すわけでもないが。

 ──そう。それでもそれは、良い事なのだ。

 本日の読書:『ガンスリンガー・ガール 2』相田裕
 IRCのチャットで知人がこの本についてこう語った。

 『大変によく出来た優れた漫画であり私はこの漫画が大嫌いだ。』

 実によくできた要約である。私もおおむね同意する。
 美しい物語であり、そして反吐が出るストーリーである。
 よく練られたプロットであり、そしてお涙ちょうだいの嘘臭い筋立てである。
 この本には名作と駄作に必要な要素が共にそろっている。
 どちらに転ぶのか、しばらくお付き合いさせていただく事にしよう。

07月02日

 SDリガズィ・カスタムが完成したので意気揚々と友人に見せに行く。
 開口一番。
「緑が死んどる」
 うう、そげな事を言われても。
「まだ塗りが濃いのぉ。塗っているうちに筆が乾いてしまっているのではないのか」
 そうか。だが、継ぎ目はきれいに消してあるぞ。
「塗りが濃いからそこまでは分からん」
 しょぼーん。
 次のガンダム・アストレイはがんばろう。
 ちなみに、私のプラモデル作業台であるが、これは私と同じくらい年季の入ったコタツ机が使われている。(小学校の時から使用しているコクヨの学習机といい、私は家具にはこだわらないタイプなのだ)
 本来、このコタツ机はウォーゲームのマップを広げてソロプレイをするためのものであったのだが、今はプラモデル作成専用となり、塗料その他の道具がずらりと並んでいる。今数えてみたら26個の瓶があった。そろそろ収納のための箱を買うべきであろう。

07月03日

 ざんざん土砂降り。
 いかんなぁ、こう天候がころころ変動すると気分が滅入る。

■本日の読書:『ガンパレード・マーチ 5121小隊 熊本城決戦』榊涼介

 熊本城に敵をおびきよせ、できるだけ持久をはかって抜き差しならぬ所まで追い込み、しかる後に包囲殲滅する。
 決戦の火蓋はついに開かれた。

 『示弱の計』という言葉がある。

 読んで字のごとし、弱そうに見せかける事で敵に攻めさせ、待ちかまえて討つという計略である。
 しかし本当に弱いと、これはもうどうにもならんわけで。だいたい、包囲部隊だけで勝利できるのならわざわざ計略はいらん。正面から戦えばいいのだ。
 十代の学生を消耗品の兵隊にして使い潰すという時点でこの戦争負けやん、とか思うのだが、そうやって無理矢理に戦場に送り込まれた連中の中には戦い続け、生き延びる事でより狡猾になる者も出てくる。
 我等が5121小隊がその代表である。寄せ集めのおちこぼれの部隊は、ついにこの決戦の舞台でその真価を発揮する。
 ゲームでも使われた芝村舞の言葉がかっこよい。

「竜はただのトカゲだが、空を飛ばねばならぬから、空を飛ぶ。火を噴かねばならぬから、火を噴く。最強でなければならぬから、最強なのだと。トカゲはすべての不可能を可能にしても、やらねばならぬことがあったのだろう」

 見栄をきるというのは、やはりこういう事だと思う。

07月04日

 気分、ますます退嬰する。
 いかんなぁ。
 元気になるために、友人と焼き肉を食べにいく。
 ああ、やっぱり人間、たまには肉を食わねばダメだ。
 でも、気分はやっぱりしおしお。
 再度、気分を変えるために本を開く。
 『刀京始末網』(森橋ビンゴ)である。
 ……あかんやん。
 いきなり冒頭でつまずく。どのくらいつまづいたかというと、そのままこの本を閉じて資源ゴミにするべきかどうか本気で検討に入ったほどである。

 21世紀の日本。犯罪が多発し、警察が役に立たないので、政府は人々は自衛しましょうと刀の所持を認めるように。かわりに銃器はこれを厳禁。こうして犯罪者を狩る『始末』という人々と、犯罪者になる『愚連』という輩が東京転じて『刀京』に集まる。

 ……というのを、すごく真面目な文章でシニカルに書いてあるのだ。
 ダメやん。これ。
 こういうのは、言葉で説得しようとすればするほど嘘くさく、軽佻浮薄に見えるのである。
 演出で、ストーリーで納得させねばダメなのである。
 まず、冒頭。
 新宿の歌舞伎町でいきなり刀で斬り合う男と男っ。あの手この手、いかがわしいアフリカ投げナイフなんかも使って肉と鋼がぶつかりあうのだ。
 そして、最後にどばぶしゅっ、と片方を殺したところに警察が登場。警察官も拳銃ではなく刀を持っているのだ。
 中年の警察官がいう「始末……か」
 生き残った男がうなずく。
 「こいつは愚連か」
 生き残った男がもう一度うなずく。
 「確認した。賞金首だ。30万円だな」
 警察官達が死体を運ぼうとするのを生き残った男──始末が止める。
 「今宵一夜。通夜をさせてくれぬか」
 「通夜? 知り合いだったのか」
 「弟だ」
 「……そうか」
 雨が、降りはじめる。 
 東京──刀京の町に。
 とかなんとか、こういう風にスタートするのが正しい小説だと私は思うのだがいかに。

07月05日

 朝起きると微熱。
 だるいのでだるだると過ごす。
 夜、近所のスーパーに行った帰りに猫と出逢う。
 首輪はしていなかったが、にゃーにゃーとやけに人なつっこく、私の足にすりすりとすり寄ってきた。元は飼い猫だろうか。
 単に餌をねだっているのかも知れないが、野良猫に餌をやっては後々のためにならないので愛想を返すだけにする。
 家に向かっててこてこと歩くと、後ろをとことこ、横をとことこ、目の前を斜めにとことこ、猫が歩いてはにゃーにゃーと言う。
 すまんなぁ、お前が愛想をしても私は何もできんのだよ。
 動物を飼うという事にはそれなりの責任がついてまわる。途中で放り出すぐらいであれば、かまってはいかんのだ。
 やがて諦めたのか、猫は音もなく立ち去っていった。

 ■本日の夢

 夢をみた 。
 高校、大学と同じ学校に進んだ友人と会う夢である。
 大学では同じワンダーフォーゲル部で山登りもしていた。
 私が言うのもなんだが変人で、いいやつである。

 いやあ久しぶりだな。いやおまえもな。どうだ、そこでいっぱい。ああいいな。
 まあどっちも酒は強くないのだが、懐かしいのでつい深酒になった。
 それでどうだお前の方は。いや、変わらないよ。そっちこそどうだ。俺も相変わらずだね。そうか。そうか。
 ところで、酒の肴がきれてきたな。まあ互いにのんべじゃないからな。何か注文するか。ああまて。
 おやじさん包丁貸してよ。なに、貸せない? どうした。ああいい、ナイフがあるから。ああそういやお前は昔からなんでもかんでも持ち歩いていたなぁ。ははそんなこともあったっけ。
 それで、ナイフなんかどうするんだ。いや酒のつまみでも。ほう、蛸か。ゲソか。生か。というか、おまえ、ゲソなんか生えていたか。生えていたよ。そうかそうだったかな。
 で、これが俺のゲソだ。どうだうまいぞ。おおそうか。ところで俺はこのへんでそろそろ。何を言う。まだ宵の口だぞ。そりゃそうかも知れないが。まあいいだろう。
 おいこら、お前は昔から酒癖が悪くて。おい、だからお前いつからゲソをはやすようになった。やめろ絡みつくな。うわ吸盤がべたべたとはりつく。うわぎゃあ。苦しいやめろやめろやめろやめろ。まあいじゃないか。いっしょに飲もうぜ。いやだやめろたすけてくれ。

 そういう夢だった。

 そういや、長く会ってないな。今は日本のどのあたりを……ああいや、世界のどのあたりにいるのやら。

07月06日

 今日の本日の読書でも書いてあるが、ニューギニアで根菜農業やってる人々は焼き畑農業なんかしている。
 で、ふとTVのCMを思い出した。コスモ石油のCMで、森林保護のために焼き畑農業をやめて定置型農業をやるように我が社は指導してますよってやつである。
 今まで特に気にしてなかったのだが、このCMはむちゃくちゃ恥ずかしいのではなかろうか。
 そもそもニューギニアなんかで焼き畑農業は何千年とずーっとやってきたわけで、それが原因で地球温暖化が進行したとかそういうわけではなく。
 地球の温暖化が進行したのは誰の責任かと言えばこれはもう、言うまでもなく石炭や石油をがんがん燃やしてきた我々先進国の責任なのである。
 その自分たちの石油を燃やすライフスタイルは変えずに、森林を燃やす方のライフスタイルだけ変えてなんかこー、エコロジーな気分にひたるというのは……これはむちゃくちゃ恥ずかしい。
 いや、百歩譲ってまあ、焼き畑農業ももう時代遅れだし、やめさせようじゃないか、というのがオッケーだとしても。
 それをCMで放映するのは天下に恥をさらしているようなもんなので、これはやめて。お願い。
 「うちの石油はよそより*円安いからがんがん使え燃やせ。温暖化? 気にするな、どうせ今がよければいいんだろ、おたくもさぁ?」
 とかやってくれた方がマシである。心おきなく電気も使えるし車にも乗れるというものだ。

 ■本日の読書:『朝日百科世界の歴史9 大地を耕す人びと』

 ●紀元前1500〜500の世界
 ▽紀元前1500〜1100頃
 ギリシアでは騎馬の習慣広まる。エジプトの奴隷価格、男銀180g、女銀360g……安いのか高いのかわからんっ。でもって奴隷の賃貸料は1日銀30g。たぶん奴隷といっても特殊技能者なんだろうな、この場合。王家の谷(ピラミッドがごろごろしてるあそこだ)で食い物がないのでストライキが発生したと記録に。しみじみとお百姓さんに感謝。
 ヒッタイト王国が崩壊して製鉄技術が周辺諸国に流出。たぶん先ほどの賃貸される奴隷とかも、そういう技術を持っていたのではなかろうか。
 インドで近親相姦の禁止。それまではフリー? 妹萌えの人間は前世でインド人か。
 中国では戦車の使用がはじまる。もちろん、馬でひく奴である。まあ騎乗できる人間が少なかったのだろうが馬も貧弱だったのではないかと思われ。殷代を通して飲酒が盛ん……いや、それ別に殷に限らないし中国にも限らないと思うが。
 カリブ地方、エクアドルなどでトウモロコシ、カボチャ、タバコなどの農耕。注目すべきはタバコであろう。やはり人間、パンのみで生きるにあらずなのだ。
 ▽紀元前1100〜700頃
 ギリシア人、ウナギを蛇の一種と考える。あー、まあ、似てる……かなぁ? フェニキア人、羊毛の遠隔地貿易を行う。どことどこだ。エジプト、ヒトコブラクダ導入。導入って何にだ。強調するために写真が掲載されているが、それにわざわざ「若い」ヒトコブラクダと強調してあるのはどういう意味だ。
 アッシリアの法律書で、不動産取引の公示制度として「大声告知」。だいたい何が行われていたのか分からなくもないが法律書でわざわざ制定するほどの事かとも。
 インド、十進法の導入。こいつらが二進法を採用していたら我々は今頃010100001101011000
 中国では食事に箸が使われるように。なんか、同じ頃にインド人は数学で中国人はテーブルマナーですか。民族性よのぉ。
 ▽紀元前700〜500頃
 ローマ、暗渠式の下水設備造られる。ここにも民族性が。ヨーロッパで戦車葬……はぁ?! なんですかそれは? 死体を戦車で運ぶのか、戦車で踏みにじって粉砕するのか、葬儀で戦車レースをするのか、いったい何をどうするのだ。エジプト、豚は穢れた動物とされ触れると川の中へ放り込まれるわ豚飼いは神殿には入れないわ。イスラーム以前から受難だったんだなぁ。
 インドでチェスの原型ができる。
 中国では魔よけに桃の木が。闘鶏に関する記述がある。

 ●ナイルの恵みと農民の1年
 古代エジプトでは、1年を、洪水期(アケト)、播種期(ペレト)、収穫期(シェムウ)の4ヶ月単位の3期に分ける。ナイル川の岸辺などの各地に水位計が設置された。

 ●ギリシアの勤勉農民
 ヘシオドスの『仕事と日』を解説。とりあえずまず、遺産相続でもめた自分の兄弟をいさめるための本らしい。農事に関しては『すばるの昇る頃に』とか『あざみの花が咲き……』とかの表現でいつ何をしろと書かれてある。しかし「太陽にむかって立ったまま放尿したらあかん」とか「葬式から帰った日は縁起が悪いので子種をまくな」とか、どこまで信用してええのかわからん事も多々記載されている。
 ちなみに政治家にはとりあえず文句を言ってみるのは古今東西変わらぬらしい。それを不羈の精神とか言うのは、真下先生、持ち上げすぎじゃあないでしょうか。

 ●黄河流域の「衆」たち
 図版入りで亀甲占いの手順がきっちり説明してあるのだが、ここまできっちり書かれていても、それをどう解釈すればいいのかが書いてないので実用性はゼロである。いや、解釈の方法があったとしても実用性がそんなにあるとは思えないが。
 とはいえ、亀甲占いは、解釈を甲羅に直接彫り込んで、朱を入れたので、解釈の方法が分からなくても当時何をどう占ったのかは分かるのである。
 やはり、農作業や天候、災害に関する占いがほとんどで、やはり古代社会では農作物の出来がそれこそ生死を分けたのだろうなぁ、と推測される。中には「巫女を生贄に捧げるべきでしょうか?」などという物騒な占いまである。結果がどう出たのかは書いてないが。

 ●イモを食べる人々
 どうやらニューギニアでフィールドワークをした吉田先生が、たぶん昔もこうだったのだろー、というのを1ページにまとめてくれている。
 朝、起床して囲炉裏の火をかいておこし、バナナを放り込んで焼いて食べる。食べながら今日の予定を決める。
 で、お父さん、どうするんです?
「あっちの(彼らに地図の概念はない)畑のバナナを収穫して、ついでに側芽を2本植えよう。タロイモも幾つか収穫できると思う。そっちの畑にはヤムイモを植えよう。隣家でサツマイモを収穫するとか言ってたから、茎を少しもらおう。それに下流のパンノキの実をとったら2〜3日はもつだろう」
 ははぁ、けっこう考えてますな。で、カヌーで行くんですか? ああなるほど。荷物を運ぶには水路が一番ですか。
 夕方、バナナ1房、タロイモ20個、サトウキビ20本、ナマズ2匹、カエル1匹などを収穫して帰ってくる。
 こういう根菜農耕の起源地はマレー半島あたりで、そっから東へニューギニアくんだりまで広まってきたらしい。
 根菜農耕は収穫物が貯蔵できない。(例外:アンデスのジャガイモは凍結乾燥保存する)だもので、余剰生産物やらそれの再分配やらで社会が複雑化しなかった。
 さらに、石斧と焼いて硬くした棒があれば耕作には十分なので、技術的発展も促されなかった。
 そうやって数千年を彼らは生きてきたのである。

 ●都市が崩壊するとき
 むかしむかし。メソポタミア、つまりイラク南部にはシュメール人の住む都市国家があった。紀元前3千年頃の話である。
 そのころ、ちょいと地球は寒冷化した。で、ティグリス=ユーフラテス川で洪水が起こった。なじぇ? それはそれらの川の水源がザーグロス山脈やアナトリア高原の降水量や降雪量に影響され、気候の変動でそのへんでよく雨か雪が降ったのである。
 ナイル川がそうであるように、適度に洪水がだばだばと流れるのは農業にはいい影響もある。むしろ紀元前2千年頃になって温暖化して水量が少なくなった方が塩害などが発生しやすく、よろしくないのだ。
 こうした洪水の記録が、後々にめぐりめぐって、ノアの大洪水の記述になったんじゃないかと現在は考えられている。
 そして乾燥し、農作物が十分に取れなくなったメソポタミアの諸都市は、弱体化し、滅びたのである。
 
 ●遊びの宇宙
 実は農耕民よりもサラリーマンよりも、狩猟や採取をしている人々の方が労働時間は短くてすむのである。
 もちろん、これには地球の人口が数千万人とか少ないのが前提であるが、とにかく平均すると2〜3時間/日ぐらいで残りは余暇なのである。
 となると、余暇をいかに過ごすかであるが、まずはなんといっても狩りの遊びである。面白いのは力よりも命中精度に重点が置かれていた事である。結局、シャアが「当たらなければどうという事はない」と言っているように、いかにガンダムのビームライフルが強力でも避ければいいのだ、避ければ。
 農耕を始めてももちろん遊びは重要だが、そこに呪術的な要素も含まれるようになる。たとえばブランコはそのぶらぶらが、稲穂を垂れてゆらゆら揺れるという類感呪術につながる。
 類感呪術は魔術の基本で、たとえばエスキモーは男の子があやとりをするのを禁止する。大人になって銛を投げた時に銛綱がひっかかるから、という理由なのだ。
 北米インディアンのチェロキー族ではラクロスを部族対抗で行う場合、1ヶ月前からコーチの元でトレーニングを行う。コーチといってもシャーマンである。やるのは、呪術的な強化で、たとえば食事制限があり、兎はだめ。臆病だから。でもって一事が万事この調子で、絶好調になるのが試合の前日で、夕方から選手は一晩中踊りまくる。踊りには勝利祈願と敵が惨敗する歌がついている。そのダンスの間中、シャーマンは敵チームに呪いをかけ続け、敵チームのシャーマンが送ってくる呪いにカウンター・スペルを唱えるのである。これを徹頭徹尾、真面目にやるのである。さすがというかなんというか。
 これがアステカの方になると洒落にならなくなり、ボール遊びといっても命がけとなる。負けたチームの首がなく、勝ったチームが片手に刀、片手に敵の首を持った彫刻が試合場の壁に彫られていたりとか。いや、どこまでこの壁画を本気にしていいのか知らんが。阪神ファンでもここまではせんぞ。

07月07日

 朝からどばだだだだ、と物凄い雨。新聞を取りに郵便受けまで数歩の距離を傘さして行くはめに。地面が飛沫をあげてたり。
 まあ、雨そのものは午後には止んだのだが。これまた夕方に夕立のごとく一雨きて。
 そろそろ梅雨も終わりかしらん。
 それにしても──だるい。
 肉体ではなく精神が。意識に薄い靄のような物がかかっている感じである。
 何をするのもおっくうで。
 何に対しても興味がない。
 何も楽しき事はなかりき。
 口をついて出るのは、ただため息のみ。なんともかんともしようがない。

 ぐぅ〜。ぎゅるぎゅるぎゅる。

 それでいて腹だけは減る。
 
 もぐもぐもぐもぐ。
 がつがつがつがつ。
 がふっがふっがふっがふっ。

 ……ううむ。体重が減らない理由が分かったような気がするぞ。

07月08日

 いらいらする。
 会話も喧嘩腰。
 電話も喧嘩腰。
 メールも喧嘩腰。
 チャットも喧嘩腰。
 とにかく噛みつく相手を捜してうろうろしているようなもので。
 理由は分かっているのだ。焦っているのである。他人に己を認めさせようとしてあがいているのである。そうして造った己なぞ、虚像に過ぎぬというのに。
 どうにも見苦しい。
 他人をおとしめてまで自分を偉くみせてなんとなる。

 分かってはいるのだが、やはりいらいらする。
 これはどうにもならんなぁ、なんとかせんとなぁ。

07月09日

 旅に出ようと思う。
 己の腹の中を腑分けして、旅の空の下でながめてみれば、おのずと成すべき事も見えてくるのではなかろうか。
 となると、遠くへ行くのがよい。
 屋久島はこないだ行ったので、さらに遠く。海外である。
 外つ国へ行けば、何かこの胸のもやもやも晴れるのではなかろうか。

 思い立ったが吉日。

 私は戸籍謄本を握りしめ、旅券を求めて県庁へと向かった。
 申請は無事に受理された。
 さてさて、どこへ行くべきであろうか。

 ■本日の読書:『朝日百科世界の歴史4 森に生きる』

 ●ずーっと昔〜紀元前1500年の世界
 ▽とにかく昔〜紀元前5千年
 50万年前。北京原人、鹿肉を焼いて食用にする。……なぜ北京原人だけ掲載? アシモフの科学と発見の年表を読むだに、おそらく火の使用について書きたかったのだろう。
 1万2千年前、タイ北部でマメ科植物を食用にした痕跡。どうやら世界最古の栽培植物のもよう。
 エジプトでは1万年前にアイシャドウがあったそうな。
 6千年前にメソポタミアでビールの生産や灌漑農耕を始める。
 1万年ほど前から犬やら羊やら牛やら豚やら山羊やらを家畜化。
 ▽紀元前5千年〜紀元前2千年
 ウクライナで家畜化された馬の骨が出土。
 エジプト、ミイラの作成やでかい墓を造るようになる。喪服の色は青。エジプト第五王朝、世界最古の軍歌。ガンパレード・マーチ。
 メソポタミアでくさび形文字が出現。船に陸鳥をのせて羅針盤の代わりとする。
 北西インドでは象の家畜化が行われる。愛玩用の犬、猫も存在。
 山東省で獣骨による卜占。
 アメリカでトウモロコシやカボチャや豆の栽培。
 オーストラリアではディンゴを家畜に。
 ▽紀元前2千年〜紀元前1千5百年
 エーゲ海地域に、シリア、アフリカからの象牙が輸入される。ギリシアで文字の使用はじまる。
 エジプト第12王朝でひげ剃り専門の床屋や洗濯屋が存在。
 ヒッタイト、馬に牽かせる戦車を発明。オリエントでは金を交換品目に。ちなみに金8g=大麦160kg。
 インダス川流域の都市には排水施設や浴室などが備えられる。
 河南省にて夏王朝の物らしき最古の城壁。殷王朝あたりから青銅器時代に。

 ●地中海からゲルマンの森へ
 マルセイユの司祭が5世紀に書いた『神の支配』という書物では、ローマ帝国が弱体化して、ゲルマンの侵入を防ぐ事ができないと嘆かれている。司祭らしく、キリスト教的な道徳に照らしてみて、ゲルマン人の方がキリスト教的な道徳を守っているから神の恩寵があって強いのではないかと分析。それはちゃうやろと思うのだが、そこに『隣りの芝生は青く見える』心理がかいまみえて興味深い。というかあれだ、本の性質からみて、ローマの人々に説教を垂れる目的で書かれたんではないかと思うのだが。

 ●トネリコの木の下で
 最古のエッダ詩写本『王室写本』の写真が掲載されている。1270年頃に書かれたもので、アイスランドにあるらしい。なんでアイスランドかというと、なんかここに移住したバイキングの子孫がえらく勉強熱心だったらしい。
 
 ●森と都市
 11世紀以降、ヨーロッパでは大開墾時代を迎え、14世紀にペストの流行などで一時農地が放棄される事はあったが、しだいに森を切り開いていった。
 ヨーロッパの森の木々が図版入りで紹介されている。当初はハシバミ、ナラ、ニレなどで、後になるとブナやモミなどが有力に。これにシラカバやクリなども加わる。
 村や都市は深い森の中に点在し、広い森は異界として精神的にも人々を圧迫した。教会の鐘などは、心理的な防衛でもあったのではなかろうかということだが、そりゃ穿ちすぎのような気もしないでもない。

 ●森の国の魔物たち
 ロシアというと、やはり源文先生の『魔女の婆さんに呪われろ』ではないかと思うのだが、その魔女の婆さんというのが『ヤガー婆さん』だというのは初めて知った。日本でいえば山姥に相当するこの婆さん、ロシアの17〜19世紀の版画が掲載されているが、豚とゆーか猪にまたがって杖を振り回しながら追いかけてくる。こりゃたまらん。実に勇ましくて笑える。

 ●仮面と守護霊
 人類の祖先はアフリカで誕生し、そこの森から出て二足歩行を始めたとかなんとか言われている。
 そういうわけで、アフリカにおいてもやはり森は精霊の土地であるわけで。それを祀り、鎮めるためにアフリカの森林地帯に住む農耕民は『仮面結社』を発達させ、折々に仮面をかぶって祭りを行う。

 ●桑摘み女の密会
 中国文明においては桑の木に関して独特の伝承を持つ。殷の創始者である湯王は桑林の社で雨乞いをしたし、『詩経』などでは、桑中が男女の密会の場として書かれている。
 反体制の組織が森に潜むのはどこでも変わらず、唐代の詩から『緑林豪客』は山賊を呼ぶ雅称となった。

 ●森と林と山
 日本における「はやし」の語源はおそらくは「生やし」で、飼い慣らされた自然を意味するもの……だそうな。
 で「もり」はどうかというと形から「盛り」とも、鎮守という意味で「守り」とも。いずれにせよ、神話的な太古につながる自然への呼称……らしい。
 日本人にとっては、山と森はほぼ同じ物で、山は森で覆われているものなのである。そこは神々の領域であり、古代には多くの「かんなび=神奈備」の森と共に「神奈備山」があったという。

 ●庭園
 まあ、何にしても古いのはやはり中近東地方である。エジプトは古王朝の時代から庭についての記録があるが、紀元前16世紀の新王国の時代には船を浮かべられるほどの池があり、周囲にはナツメヤシやシカモアが整然と植えられ、そして池の畔には吹き放ちの庵があったという。
 あと、なんといっても忘れてはならないのはバビロニアの美貌(?)の女王セミラミスの空中庭園であろう。まあ、空中に浮かんでいたのではなくて階段状だったらしいが。
 東洋も負けてはいない。紀元前11世紀にはじまる周王朝の文王の庭が壮大にして華麗であると『詩経』にも書かれている。
 日本は、やはり中国や朝鮮の影響が大きい。蘇我馬子の庭跡とみられる遺構は、朝鮮由来の形式である。だが、日本の風土に合わせた庭造りの試みはその後も続き、『作庭記』という平安〜鎌倉時代に書かれた書物(なんと、庭関連の本では世界最古)などを経て、飛び石やら石灯籠やら大刈り込みの技法やらが取り込まれていくのである。
 庭園文化といえば、ローマ人であろう。ローマ人は庭を愛した。わけてもハドリアヌス帝のヴィラは群を抜く美しさである。
 ヨーロッパではその後、長らく庭などにかまけている暇がなかったのであろうが、ルネサンスの時代からメディチ家などの金持ちがヴィラをこさえるようになる。そして16世紀になるとイタリア式庭園の完成を見るのであるが、完成すると歪めたくなるのが人情というもので、ボマルツォの「聖なる森」なんかは、人面の洞窟なんかあって、こう、かなりいっちゃってます。
 芸術においては一家言あるフランスでは、遠近法を利用したどこまでも続く〜式の幾何学庭を造り、17世紀のヨーロッパを席巻。いや、席巻ってそんなおおげさな。
 もちろん、フランス人に対しては隔意のあるイギリス人のこと、「やっぱ自然な感じが大事だよね」などとぬかして風景式庭園を造る。何もそれなら庭にせんでも、と思わぬでもない。

07月10日

 朝、かゆいので目覚めると、下半身を中心に湿疹がぶくぶくぶくぶく。
 うわっ、なんじゃこれは。
 まあ一番ありうるのはアレルギーである。何か食べたか飲んだか、あ、そういや新しく服用した薬が。
 ビタミンE中心の薬なのだが、どうだろう。とりあえず処方箋を読む。
 ……えーと、1日3回、毎食後に1錠ずつ……
 ……おや?
 ワタクシ、1日3回、毎食後に3錠ずつ服用してましたですよ。

 うわああ。これだ。

 ビタミンといっても、摂りすぎは身体によくない。いわゆる過剰摂取という奴である。ビタミンCのようになんぼ摂りすぎても尿として流れ出るものはいいが、ビタミンAが豊富すぎる深海魚なんかは内臓食うと一発で生死の境に行けるという話である。
 まあ、アレルギーは以前に抗ヒスタミン剤を処方してもらっているから、これを……ごっくんと。
 う……
 なんだ、これは……
 も、猛烈な眠気が……
 く。いかん、いかんぞ。眠ったら死ぬ……いやそんなこたぁないが。

 ぐぅ。

 ああ、たまげた。睡眠薬もあまり効かないこの肉体が、抗ヒスタミン剤ごときに屈するとは。
 つーか、この肉体かなりやばいのではないのか?
 ううむ。今日はドラッグなしの日にするか。肝臓もたまには休ませてやらないと。
 オヤジも肝臓癌で早死にしたしな。長生きするつもりはあまりないが、お袋よりも早く死んではさすがに申し訳ない。

 ■本日の読書:『鋼の錬金術師 5』荒川弘
 相変わらず負け続けの主人公エド。いいんだって。主人公は100戦99敗で。
 絶対に勝たなきゃならない1勝ができれば、それでいいんだ。
 いつものごとくムチャな錬金術を使っていますが、ちゃんと深い谷に橋を渡そうとして自重で橋が潰れたりしておりまして、そういうのがいいよなぁ。
 ちなみに、ああいう場面では吊り橋だ、吊り橋。
 なお今回のメインはなんといっても、赤ちゃんの誕生でしょう。初産で、しかも医者がいない中、エドとアルの幼なじみのウィンリィがついに破水しちゃったお母さんを前にして決断します。

「本気かい?! 出産に立ち会った経験は?!」
「無いですよ。でも迷ってるヒマはありませんから──みんなで協力して、赤ちゃんを取り上げます」

「腹、くくってください」

 うおー、かっこいいぞぉー!
 主人公も言っているが、人間ってすごいのだ。
 生きてそこにあるだけで、すごいのだ。どんな善人も、どんな悪人も。どんな人でさえも。

07月11日

 えー薬を1日止めただけで、多分に精神的な物だと思われるのだが──

 頭痛ぇ。

 いや、我慢できないレベルではないのだが、これはあれだ。まずいのではないかという恐怖心がわきあがってくる。
 こういうのを薬物依存症というのではなかろうか。つまり中毒患者。

 平たく言ってしまえば、ジャンキー。

 ありゃありゃありゃ。なんか、人生踏み外してませんかぁ?
 まあ、お医者さんかて、私の肝臓の数値が悪いのは承知で、薬を処方しているわけだから、無駄に大量の薬を服用しているわけではなかんべと思うが。
 それにばかり頼っていてはいかんよなぁ、と。今度、相談する事にしよう。
 なお、今朝からちゃんといつもの処方どおりに薬を飲み始めると、頭痛はけろりとおさまった。
 そんなに薬が劇的に効くとかでないかぎり……うわああ。ますます依存症だぁ。

07月12日

 今日は雨の日だというので、朝5時頃起きて曇天だったのでこれ幸いとコンビニへ行く。
 弁当だのペットボトルだのを買い込んで帰る。
 これで今日一日は大丈夫、とか考えていたらちっとも雨が降らない。どういうこっちゃ。
 夜になってようやく降る。
 今年の梅雨は1日の間でも降ったり止んだりと実に梅雨らしい梅雨である。
 雨を嫌って一週間ジムに行っていない。明日はちょいと筋肉をつけに行こう。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史69 船乗りの大航海時代』
 表紙をめくると、17世紀頃の地図。ISLANDという島はアイスランドだろう。島の大地には炎と煙をあげる場所が幾つかあるが、これは火山かな。
 この地図には海やら陸やらにいろいろな動物というか怪物というか怪獣が描かれている。
 シロクマ……白熊である。
 ザリガニ……アメリカザリガニっぽい。ただ、ハサミで人を挟んでおり、おそらく大きさの対比なのだろう。このサイズなら立派に怪獣である。
 額から水を噴き上げる怪獣……恐竜のような感じやら、魚のような感じやら。クジラから生まれたのか?
 横腹に目がある怪獣……水掻きとウロコのついた魚とは虫類のあいのこのような感じ。
 なにげに地図の片隅で帆船同士が砲撃戦をやっているのが愉快。

●16世紀の世界
▽ヨーロッパ
 アメリカから銀が流入。インフレだぁ、ひゃほー。
 ルター訳の新約聖書の価格は職人の週給分。おそらくルターには1円も入らなかったろうが。当時でもやはりベストセラーだったんだろうなぁ。
 イタリアでトウモロコシの栽培、スペインでタバコの栽培、ドイツの料理書にジャガイモが登場、イングランドでトマトを(観賞用として)栽培、スペインにココア普及などなど。
▽西アジア・アフリカ
 カイロでコーヒー店禁止。理由は音楽や踊りのある店でコーヒーが供されるようになったため。いーじゃんかよー、歌声喫茶ぐらいよー。
 アフリカにアメリカ大陸からトウモロコシ、キャッサバ、落花生、タバコなどが到来して急速に普及。
 マリ帝国で、モスクの建て直し。日干し煉瓦や石材を使った、黒人アフリカでは珍しい耐久建築。
 エジプトでもタバコ栽培がはじまる。
▽南アジア・東南アジア
 ポルトガルがマラッカを占領。ルソン島、スペインに征服される。
 アクバル、ムガル帝国の支配権を確立し、イスラームとヒンドゥーの融和をめざしてがんばる。えらいやっちゃ。
▽内陸アジア・中国
 景徳鎮で古赤絵が作られるように。
 1560頃には中国にトウモロコシが伝わる。はやっ。
 そういうわけで、明国も海禁政策をやめて外国貿易を解禁。わはははは。ナニ? 面白くないだとぉ?!
 明国で算盤計算法や九九の歌をまとめた『算法統綜』がベストセラーに。
 サツマイモがルソン島経由で伝わる。
 一方でヌルハチが満州文字を制定。おおっ、なんか怪しげな雰囲気になってきましたですよ。
▽朝鮮・日本
 日本では第十七回遣明船。相変わらず銅銭とか輸入してましたりして。
 種子島に鉄砲伝来。あっ、とゆーまに日本中で量産体制。これだから首狩り族は。
 当時の毛利家家臣の本によると、武士の子供は13才で元服。勉強のために寺で「いろは」の書き方などを習う。それって遅くないかぁ? 16才で寺を出てそれから武芸を学ぶ。……はあ、ふーん。案外に悠長なんだなぁ。
 カボチャの種とかスイカの種とかジャガイモとか伝わってくる。イエズス会やキリスト教も伝わってくる。
▽アメリカ・その他
 スペイン人、植民地でサトウキビ栽培を開始。
 メキシコでは天然痘が流行。これだけじゃねーぞぉ。はしか、インフルエンザ、赤痢、ハンセン病、発疹チフス、ペスト。どかどかどかどか病気が入ってくる。
 フランシスコ・ピサロ、馬をペルーに持ち込む。野生化して繁殖。

●海の男たちの日々
 遠洋航海というと、どのくらいだ。半年? 一年? ああまあ、現代だとそのくらい行きっぱなしの船も多いがな。コロンブスのアメリカ行きは37日で、後々、40日前後の航海だったという。
 が、これが長引くと、壊血病、すなわちビタミンCの不足が出るのだ。これはすごいぞー。総勢280人だった船員が戻ったら18人だったとか。(もちろん不足分は現地調達)
 そのへんエライのがキャプテン・クックで、酢漬けのキャベツやオレンジやレモン汁などを食わせていたのだ。新鮮な野菜が手に入るチャンスは逃がさないし。
 ちなみに、この時代のトイレはぽっとん式で海に落とすので、うまいぐあいにまたがって用を足さないと自分がぽっとん。時化の時は用便も命がけである。我慢して便秘になる比率は高かったのではなかろうか。
 船員の食事は1日に700gのパンと80gの豆。葡萄酒1リットル。もちろん足りない。さらに不衛生な環境が壊血病以外の病気ももたらす。
 船客は食事は自前で用意。後は、ひたすらお荷物としてじーっとしてるしかない。
 とにかくろくでもない旅を、当時のヨーロッパ人はがんがん行っているのだが。まあこれも一種の熱狂であろうか。

●探検航海のパトロンたち
 何事をなすにしても、まず金の計算ができなくてははじまらない。
 コロンブスの最初のアメリカへの航海は小型帆船3隻による小規模なものだが、この金を捻出するためにはいろいろ苦労があった。王室に金を貸しているジェノヴァ商人などと手を組んで、なんか警察組織のよーなものから2/3を捻出。残りは国庫からとコロンブスの借金(やはりイタリア承認)から折半。失敗したらこれはもう借金でどうにもならん。
 が、コロンブスは成功した。成果はともかく、新しい土地には何かあるにちがいないというので、第二次アメリカ航海には大商人がばかすか融資。
 何にしても融資を受けるとなると借金をどう返済するか、探検家も大いに悩むところである。普通は。
 規格外なやつは悩まない。フランシス・ドレーク船長である。こいつは世界一周の冒険旅行のついでに、世界各地のスペインの領土や船から掠奪をかまして、莫大な富を築きあげた。国家の認める海賊、すなわち私掠船の登場である。
 イギリスの国家予算が15万ポンド。私掠船による収益が3年で40万ポンド。あれです。国家予算に匹敵する利益を海賊行為であげていやがったのです。イギリス人を海賊野郎と呼ぶのはたいへん理にかなっていると思うのですがいかに。
 よほどもうかるのか、あるホワイトさんという船乗りは、自分で金を出して100tの小型船を私掠船に仕立て上げて海賊働き。もうけたら今度は船を売り払ってより大きな船に乗り換えて私掠船の船長を続けるという……ゲームの主人公か、あんたはっ。

●アジアの船乗りたち
 アジアの外洋航海船のジャンクは、当時のヨーロッパ外洋船と比べても大型で頑丈なものが多く、航海術においてもひけはとらなかった。
 鄭和は船乗りの神さまとして廟に祭られる身分に。いや、本当にこう実在の人をころころころころ神さまにしますなぁ。人間って。
 ヨーロッパからはるばるやって来た船も、たいていは片道契約だから、帰る前には人を集めないといけない。そうでなくても、いろいろあって減ってるだろうし。
 で、アジアの人間がヨーロッパの船にも乗る。日本人だって乗る。こうして人々はあっちゃこっちゃ混交していくのである。

●カリブの海賊
 カリブ海でフランス人やイギリス人は、船乗りのために豚肉の薫製を作って売っていました。そういう人々は「薫製野郎」(仏:ブーカニエ/英バッカニア)と呼ばれていました。
 ある時、薫製をもって船に乗った薫製野郎は、その船がお宝満載だと知りました。
 「これはもしかして、薫製を売るよりも儲かるのでは?」
 そう気づいた薫製野郎は、仲間を集めてその船を奪ってしまいました。
 以後、薫製野郎=バッカニアとはカリブの海賊を表す言葉となったのでした。めでたくもあり、めでたくもなし。
 まあそうは言っても、年季奉公で無理矢理故郷のヨーロッパからアメリカ大陸まで連れられてひどい待遇でこき使われていた若者が多かったのだから、どっちにしろ犯罪へ進路を取るのはこれはもうしかたなかろう。
 わけても有名なのは海賊モーガンで、こいつは水陸両用戦の戦術指揮官として優れており、海賊をまとめて統制するコーディネイターとしての能力が高かった。2500人の海賊が参加し、約25万ペソの収穫があったパナマ攻略では、もめ事の種になる分け前の配分まできっちりこなしている。さすが。
 で、こいつは変わり身も早く、イギリス政府によってジャマイカの副総督となって今度は海賊退治に精を出す。

●太平洋の出会い
 太平洋の島々ではしばしば島民の好奇心からくる盗みに航海者達は厳罰をもって望んだ。その結果、しばしば流血の惨事になったのである。
 一方でキャプテン・クックは発砲を厳禁し、島民を観察して誰が首長かみきわめ、首長に特別な贈り物をしてコネを作り、小さなトラブルや補給などを円滑に行うようにした。
 が、そのクックもハワイでは運がなかった。ちょうど収穫祭に来たクックは、これは神さま(の現身)だということで歓迎されたのだが、旅だった後、嵐のためまた戻ってきてしまったのだ。収穫祭は来年だから住人にとってこれは神学的に困る。困ったので、島民はクックを殺して遺骨を護符として保存する事にしたのである。

●海を渡った日本人奴隷
 当時の南蛮人の貿易の品目として重要な一つが、日本人奴隷の売買だった。豊臣秀吉はこれは奴隷売買の証明書を発行する教会のせいじゃと宣教師追放令を出すが、なかなか収まらない。まあその一方で日本も朝鮮侵略では大量の朝鮮人を戦利品として日本に持ち帰っているので人間、チャンスは逃さないという事か。
 奴隷としてどれだけの日本人が海外に出たかは不明だが、マカオ、マラッカ、ゴアといったアジアのポルトガル領はむろん、遠くポルトガル本国、さらにはそこからブラジルなどのアメリカまで行っちゃったのもいるらしい。

●食卓革命
☆タバコ:「あ」とか言ってるまに世界を席巻。悪徳は万里を走る。
☆コカ:アンデス高地では家庭用常備薬程度な使われ方をしていたのだが、銀の鉱山労働者を死ぬまで働かせるためにも使用。
☆トウモロコシ:ヨーロッパではあまり流行らなかったが、なんといっても気温が高いところでよく育つ。アフリカや東南アジアなどでは主食の地位を占める事も。
☆ジャガイモ:見てくれが悪いが、なんといっても寒冷地、痩せた土地でがんがん収穫できるというのでばりばり広まる。ドイツとかアイルランドとか。そしてジャガイモのおかげで人口がぐんぐん増えるのである。
☆サツマイモ:病虫害や風水害に強いという利点ゆえ、サツマイモは救荒食として重宝される。日本でもそうだねー。
☆唐辛子:カプサイシンはダイエットにいいー! いや、失礼。まあ、辛さが胡椒などと段違いですので、がんがん広まりましたですよ。朝鮮とかこれなしではキムチもつけられない。
☆カカオ:最初は用途不明。粉にして溶かして飲むというのが分かってから、ココアが誕生する。
☆コーヒー:こいつはアフリカ原産でアラビア圏内で広くイスラームのムスリムの飲み物として愛用されてきた。17世紀になってヴェネチアでコーヒーハウスが出来るのがヨーロッパでは最初。
☆緑茶から紅茶へ:17世紀ころから、コーヒーハウスが普及していくにしたがって、紅茶も飲まれるように。18世紀になると価格が下がっていき庶民も愛飲。
☆砂糖:それまで、いろいろ辛くするのが一般的だった飲み物(茶に塩、ココアに唐辛子を入れてた)が、砂糖が普及するようになると人間甘い物の方がおいちいという事で、がんがん砂糖の消費量アップ。世界中にサトウキビ畑が。

07月13日

 朝から雨。昼からは怒濤の雨。
 でもジムへ行く。会社の先輩と約束してるからな。
 ちゃんとストレッチもしているのだが、どうにも筋肉がついた分、可動範囲が狭くなっているような感じがする。
 いわゆるアレである。フィットネスで作った筋肉では柔軟性に乏しいので、九十九乱蔵を相手にしたら一撃でノされる肉体になってしまうのである。
 いや、あんな規格外なヒトと事を構えるような真似は死んでもごめんですが。だいたい私のはダイエットであって格闘能力を向上しているのではないのだ。
 家で、ガンダムアストレイ「レッドフレーム」の塗装。この機体。基本的に白と赤で塗り分けられているのだが、サーフェイサーでまんべんなく灰色にした結果──
 うわああ、なんぼ白を塗っても灰色が透けて見えるっ。
 友人に助けを求めたところ、「重ねて塗るしかあるまい」との返事。
 うう、辛抱が大事ですか。ぺたぺた。──【乾燥】── ぺたぺた。──【乾燥】── ぺたぺた──【乾燥】── ああっ、失敗したぁあ。気泡がぁ。 しゃあない千番でペーパーかけて……ああ、またサーフェイサーの灰色が。
 以下、エンドレス。
 なんだな。エアブラシが欲しくなる瞬間というのはあるものだな。
 いやいや、筆をマスターしてからだ。エアブラシは。

07月14日

 これ以上はないというくらいの好天気。
 そう暑くもなく、風もからりと乾いていい感じ。
 昨日の雨はなんだったんだろうか。
 そろそろ梅雨も明ける頃合いかねぇ。
 今週の日曜日(20日)に備えてRPGのシナリオを考える。アルシャードか……そうだ、ゾルダートだ。ゾルダートを主役にしよう。
 潜入工作で敵の要塞を破壊するのだ。NPCの部下もつけてやろう。エイリアスでな。

「行くぞ青鼻」
「いえ、私は黒鼻です少佐」
「ああそうだったな。白鼻、爆薬はセットしたか」
「まだです少佐。それから私は緑鼻です」
「少佐、敵です!」
「何! どこだ、茶鼻?!」
「私は黄鼻です。うわあっ!」
「いかん、紫鼻、援護しろ。私もザクで出る」
「それはザクではなく動力甲冑(ゲパルト・ギア)であります。なお、私は紺鼻です」

 もちろん、オリジナルの赤いのは赤いヒトと一緒にジャブローに行っているのだ。

07月15日

 今日もまた快晴である。
 気温もさほどには高くなく、風もさわやか。
 このまま梅雨があければ良いのだが。

■本日の読書:『小さい魔法使い』石岡正和
 石岡正和さんから、手紙が届き、新刊が出たとの話。
 さっそく購入し、家に届いたのをポストから取り出してほむほむ。
 これはライオ・シリーズという、ファンタジー世界(でも魔法使いは胡散臭がられている。火あぶりとまではいかないみたいだが)で旅をする魔法使いライオと剣士のエクトに、少女のルーリィが一緒についてまわって、その三人がいろいろな事件に巻き込まれるというお話。
 タイトルにあるように、今回は魔法の修行を始めたルーリィががんばっちゃう話なのである。
 この作品、すごく面白いかと言われると、いやそういうわけではなく。
 ただ、なんというか、いろいろなものがちゃんと「ふ」に「落ちる」のが心地よい、そういう話なのである。
 機会があったら、一読してみてはいかがだろうか。通販もこうしてしてるし。

07月16日

 夢遊病にかかる。
 二階の自室で寝ていたはずなのだが、ふと気がつくと、一階の部屋で畳の上に寝転がっていたのだ。
 なお、私は下が板の間でもぐっすり眠ることができる。
 別に暑苦しいとか、そういう気温でもないしこれはいったいどういうわけだろうか。
 ううむ。

■本日の読書:『虹のつばさ』赤城毅
 わかってるっ!
 だから何もゆーなっ!
 赤城さんの作品が、見事なくらい徹頭徹尾、私にとっては無価値である事は、当の自分がよーく理解している。
 本作品ももう、見事なくらいに内容がない。
 からっぽ。
 虚無。
 どのぐらい空虚な小説かというと、

・バルト海の小さな島国のお姫様がナチスの陰謀を探り出し、元パイロットと飛行機好きの少年と一緒にそれと戦うという裏表紙のあらすじと、
・332ページからの最後の8ページを読めば。

 間は、あなたが想像した通りの物が入っている。これで買う必要はもうなかろう。
 じゃあなぜお前は買ったとか言われそうであるが。
 頭の中をからっぽにしたい時だって人にはあるのだとだけ、答えておこう。

07月17日

 病院にて血液検査の結果をわたされる。
 悪かった数値は以下の通り。()内は標準値。

#AST(GOT)…102(10〜40)
#ALT(GPT)…159(5〜45)
#γーGTP…………290(16〜73)
#中性脂肪……………226(50〜149)

 簡単に言うと、肥満による脂肪性の肝疾患の可能性がきわめて高いのである。
 とはいえ、2月の日記を見ると、わずかなりとはいえ改善の傾向が……

(2/4)
#AST(GOT)…136
#ALT(GPT)…217
#γ−GTP…………272

 ……ないですね。はい。
 どうやら本腰を入れてダイエットに取り組む必要があるらしい。
 ジムへ行って筋肉をつけ、基礎代謝を上げるという方法は現在試しているのだがあまり効果が上がっていない。
 後は、日々是精進という事で、早朝ランニングを30分ほどするとか。
 エレベーターは使わず階段で上り下りをするとか。
 そういう地道な方式だよなあ。いや食生活は十分質素ですよ? ああっ、パンにはたっぷりとジャムをまんべんなく付けるのが私の生き甲斐なのにぃぃぃぃ!
 はいはい、食べる物も選ぶようにしますよ。自分の身体だものなぁ。
 でもなあ、食い物を質素にするとモラルが下がるんだよなぁ。いやまあ飢えていないだけ、感謝せんといかんのだろうが。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史74 見世物小屋と旅芸人』

●16世紀の世界
▼アメリカ・オセアニア
 スペイン人宣教師ラス・カサス、同国人によるアメリカ征服における蛮行を激しく非難。こういう人もいたのだ。
 メキシコではケツァルコアトルの信仰が復活。ペルーでは反キリスト教運動。
▼ヨーロッパ
 ミケランジェロだのレオナルド・ダ・ヴィンチだのシェークスピアだのが活躍したのがこの頃。いやまあわし、芸術にはあまり興味ないし。
 コペルニクスが地動説を展開し、ケプラーが数理的に証明を試みる。メルカトル、投影図法による世界地図を作製。おお、燃える。
 カルヴァン派がプロテスタンティズムを理論武装。対抗してローマ・カソリックも教会刷新により巻き返しを図る。血さえ流れなきゃ、こういうのもいいとは思うんだけどね。
▼西アジア・アフリカ
 イランのサファヴィー朝、中国の陶工を多数招き、製陶技術を学ぶ。えらい。
 オスマントルコの建築家ミーマール・シナン、生涯に手がけたモスクが大小130あまり。作りも作ったりとはこの事か。インドのイスラーム建築にも影響を与えたという。
▼南アジア、東南アジア
 ジャワやボルネオやカンボジアにイスラーム教がじわじわ。すごいなぁ、宗教って。
 ミャンマー最古の王統史が編纂される。それはいいのだが、タイトルだけ『ヤーザウィンジョウ』とか紹介されても意味不明なのだが。せめて翻訳してくれい。
▼中国
 陽明学が成立。えーと哲学は苦手なんだが、心が理であるという心即理……なんのこっちゃ。辞書ひくと、『心を理に合致せしめよ、心の外に理を求めるな、と主張したもの』(大辞林)。あー、ますますわかりにくいが、理屈をこねても情理が納得しなかったらダメだという事か? ええいまあどうでもいいわい。とにかく実践あるのみという事らしい。日本人では大塩平八郎とかが陽明学者だというので、まあなんとなく納得。
 『水滸伝』刊行。おう、500年のベストセラーか。
 このころ文壇では文は秦漢、詩は盛唐を模範とし、それ以後はゴミだクズだカスだという動きが。いるんだよ、こういうやつらが。いつの時代も。
▼朝鮮・日本
 山口で日本語のミサ解説書が編纂され、歌ミサが開催される。豊後でキリシタン少年学校、長崎で教会(もちろんイエズス会だ)が設立。4人の少年が天正遣欧使節としてローマに行ったのもこの頃。

●神から人へ
 カソリック教会は演劇を弾圧したが、ミサなんかの絢爛豪華な舞台演出は、ある意味で演劇そのもの……ああそうか、だから自分達だけの物にしときたかったわけね。やがて聖体祭を民衆が自前で演じるようになり、なしくずしてきに演劇が広まっていく。

●広場が生んだ役者たち
 職業俳優がルネサンスになって誕生し、16世紀には「友愛一座」(ナイスな訳です、竹山先生)の記した契約書が残っている。
 この頃に行われていたのはコンメディア・デッラルテという即興性の強い仮面劇で、仮面ごとにだいたい役柄が決まっていた。
 召使いA(ブリゲッラ):機転がきく。
 召使いB(アルレッキーノ):お人好し。
 商人(パンタローネ):裕福でケチで頑固でほれっぽい。
 学者(ドットーレ):頭が固くてうぬぼれやで長広舌。
 軍人(カピターノ):いばりんぼでほら吹きでお邪魔虫。普通はスペイン人だそうな。イタリア人、何かスペイン人に恨みでも? ああ、まあこの時期はスペインが強大だったからなぁ。

●旅する劇団と即興喜劇
 コンメディア・デッラルテは、なんとあらすじしか決まっていなかったそうな。台本みてもセリフなんかない。役者は、役に応じて即興で会話を交わし、演技をしていたという。ははぁ。なんというか、RPGに近い物がありますなぁ。感慨深い。
 16世紀に著名な劇団としては「ジェローシ一座」というのがあり、イタリアだけでなくフランスにも出張公演をしていた。中心となるフランチェスコは元軍人から役者に転身。その後、イザベッラという良家の娘と結婚する。役者に娘を嫁に出した親はいったい賛成したのか反対したのか式はあげたのか駆け落ちなのか、そういう大事な事は書かれていないので適当に各自妄想すること。イザベッラは当時16才だというのもポイントだし、その後、女優をやって大成功というからには美少女だったに違いないと思われる。

●サーカス
 私の文章はよくけれんみがないなどと言われるのであるが、やかましい、人が気にしている事をというわけで、その「外連味」はこれはまあはったりや大げさなごまかしの事なのだが、元となる「外連」は歌舞伎での軽業的な演出や仕掛けの事で、さらにさらに遡ると曲芸にまで行き当たるという。
 で日本における曲芸の起源としては奈良時代に中国から散楽として伝来した竹馬や空中コマ回し、蜘舞などだという。「蜘舞」=「くもまい」は蜘蛛が巣をかけるように軽々と空を舞うのでその名がついたそうな。
 ちなみにヨーロッパ的なサーカス、すなわち曲馬がやってきたのは1864年の事で、おお、私の生まれる100年前だから明治か。横浜で興行という。その前年には象が西両国で見世物興行をして人気を集めたという。
 で、その日本のお手本となった中国の散楽であるが百戯とも言い、漢代には西域からシルクロード経由で諸芸が入ってきた。散楽は音楽入りで演じられた曲芸で、坊主が布教活動に利用したりもしたり。
 宗教と手品は昔から仲がたいへんよろしく、たとえば祭壇に火を焚くと、神像の持つ壺にワインがわきでたり……はい、おわかりのように祭壇からパイプが伸びていて火で温められた空気がワインを押し出したわけである。
 インチキじゃんかー、とか言ってはいかん。ようは心のもちようしだいで、信じれば幸せになれるのならそれでいいのである。仏教の坊主が中国の皇帝の前で道教の坊主とマジック対決をしたりもしたのだ。(花を咲かせたり)おかげで中国のマジックはおおいに発達したのである。
 ヨーロッパ風のサーカスが「曲馬」と呼ばれるのは、そのものずばり、源流が馬による演技だからである。サーカスの語源はラテン語で「キルクス」。これは「輪、円」で「円形競技場」の意味も持つ。つまりは戦車競争やら走る馬から馬へと飛び乗ったりとかいった大衆娯楽が元にあるのである。

07月18日

 昨日までの好天が嘘のような雨である。
 雷も鳴る。
 寝る。

07月19日

 朝から大雨。雷まで鳴り響く。
「こりゃーたいへんだー」
 朝のTVのニュースで福岡がえらいことになっているのを見て、広島は大丈夫だろうかと心配になる。
 そう思っていると電話。先輩からである。
「そっち、雨はどう?」
「ざんざん降ってます」
「こっちもだ。今日、ジムへ行くのはやめようや。あさってにしない?」
「ああ、いいっすよ。じゃあ、あさっての朝に」
 で、家にいることに決まったとたん、雨が小降りになり、やがてやむ。
 昼頃には日もさしてくる。
「おやああ?」
 結局、夜まで雨は降らなかった。まあそういう事もある。
 明後日は少し天気が悪いようだ。まあそういう事もある。
 お天道様に文句を言ってもはじまらない。そういう事だ。

 bk1から本が届く。『図解ドイツ空軍』(菊池秀一/小泉和明)と『図解ソ連戦車軍団』(斎木伸生/上田信)である。
 最近、こう、架空戦記物ばかり読んでいたので歴史の知識がどうも怪しくなっているためこういう入門書を読んで知識を再確認しようと考えたのである。
 まずはルフトヴァッフェからというわけで、ぺらぺらとページをめくってみる。
 ドイツだけでなく、同盟国(イタリアとか)の航空機や、敵国(ソ連やイギリス、アメリカなど)の航空機が図入りで紹介してある。
 いやあ、イタリア人の作る戦闘機は美しいねぇ。性能はどうなのか知らないけれど。
 一方でドイツ人の飛行機は、まあ、美しくなくはないが、どちらかというとどっしり、というかがっしり、というか優美さよりも無骨さ、男性的なイメージが強い。
 ああ、メッサーシュミットのMe110はG型でレーダーを搭載して夜間戦闘機として生まれ変わったのか。うーん。こういう不遇だった機体が生まれ変わって活躍するのはいいねぇ。
 プロジェクトX風あたりで一つどうかな。

「双発戦闘機。それは大型の機体にエンジンを2つ搭載し、余裕のある機体に長距離侵攻用の搭乗員や燃料を搭載しようというものだった。メッサーシュミットの技術陣はこの要望に、Me110戦闘機という回答を出した」

「だが、Me110は不遇な戦闘機だった。戦闘機としては速度が遅く、運動性能はどうしようもなく低かった。戦闘機としての価値は、無に等しかった」

「これは、そのMe110を夜間戦闘機として見事に蘇らせた技術者達の、血と、汗と、オイルの物語である」

07月20日

 本日は私もメンバーであるところの、広島テーブルトークの会、略してテト会のコンベンションの日である。
 テト会はRPGもすればボードゲームもするという、かなりフレキシブルな会である。人数もそう多くなく、ほやほやとした感じで遊べるところが気に入っている。
 とはいえ最後にテト会の例会に参加したのは……一年以上前のような気がするなぁ……いいのだろうか、こういう人間が参加しても。
 コンベンションでは、GMを担当する。ゲームはアルシャード。シナリオタイトルは『要塞破壊命令』である。
 ゾルダードのPCとしてゾンバルト将軍の下で活躍できるという、ありがたいのやらありがたくないのやらわからないシナリオである。
 プレイ時間が短いというのもあったので、戦闘ははしょった(シナリオには用意してあった)のであるが、そのため経験点はおもいっきり少なかった。
 クエストを余分にあげる……程度ではおいつかないので、やはりアルシャードで戦闘は必要だろうかと反省する事しきり。
 いやもちろん、楽しいプレイであればそれでいいじゃないかという話もあるだろうが、やはりそれはそれとして経験点が欲しいのが人情というものである。
 経験点というのは別腹なのだ。

 どれ、次回のテト会の定例会にはちょっと無理してでも参加して同じシナリオでやってみるかね。
 えーと、場所は……どこだったっけ? 時間は……何時からだったっけ?

07月21日

 甥(8才)と姪(5才)が夏休みでお泊まりにやってくる。
 そうでなくとも午前中にジムで一汗かいてきているので、タフな子供達を相手にするのはさすがにしんどい。
 とか言いながら神経衰弱で圧勝し、夜中に吠えるわし。おもいっきり近所迷惑である。
 しかし、やや不安であったのが、甥に英才教育として、ワールドタンクミュージアム第四弾の自衛隊保有戦車を見せていた時の事である。
「我が国では、伝統的に年号を戦車に採り入れる習わしがある。この61式戦車は、1961年に制式採用されたわけじゃ」
「うん」
「では質問。今年は2003年。1961年は何年前じゃ?」
「え?……うーん」
「なんだ、何を悩んでいる?」
「……わかんない」
「なにっ?!」
 私はびっくり仰天した。どうやら甥は2−1=1。0−9=ひけないから、上の位の1をもってきて10ー9=1。えーと、次は……、と、紙に書いて計算するのと同じ方式で暗算をしようとしていたのだ。
「こういう場合はまず、もっと簡単な数式に置き換えるんだ。両方から、1900ずつ引いて、103と61。3は置いておいて、100−61で、いくらだ?」
 ここで甥はまたもやさんざん悩んだあげく39と答える。
「それに残した3を足して42。まあこの場合、3はそのままに暗算してもいいが、とにかくそういうやり方で計算するんだ」
「むずかしい」
 ううむ。
 我が甥がこういうのに向いていないのか。
 それとも自分が小学3年生の時というのはこんなものだったろうか。
 なんかこう、たいへん釈然としない。
 釈然としないといえば、最近の小学校の遠足というのはおやつは何円までなのだろうかと聞いてみたところ。
「おやつはないよ」
「なにぃっ?!」
 これまたびっくり。私の頃は100円。その後300円とかいうのも聞いた事があるが、まさかそういう制度そのものがなくなっているとは。
 日常でそういう小遣いのやりくりなど考えていないのであれば、数字に親しみようがないではないか。
 日本の学校教育になんかいい知れぬ不安を感じた一日であった。

07月22日

 今日もまた、甥と姪は元気いっぱいである。
 まあ、この年齢で元気でなかったら、そりゃいかんと思うのだが。
 そんなわけで、早朝6時過ぎ。近所の公園へと向かう。そう、夏休みの子供の日課、ラジオ体操があるのである。
 引率ということで私も行く。30人ばかりの子供たちが首からスタンプカードをぶら下げて集まってきている。
 もちろん体操の後、スタンプを押してもらうのである。
 あれですなー。なんか、30年前と変わらない物もあるのだと思うと、ちょっとおじさん感慨しきりですよ。
 で、あの威勢のいい声をラジオで聞きながら体操をそれこそ四半世紀ぶりぐらいにやったのであるが、ちゃんと覚えてるよ、記憶じゃなくて肉体が。どういう風に動けばいいのか。
 何かこう、気持ちのいい朝であった。
 どうでもいいが、まだ幼稚園の姪はともかく甥は夏休みの宿題を持ってきておらず、朝から遊びほうけている。そんな事でいいのか。わしが小学生の時にはしこたま宿題があったものだが。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史79 からだ・病気・医者』

●17世紀の世界
▼ヨーロッパ
 オペラ広まる。もちろん当時の常として流行の発信地はイタリアである。
 ヨーロッパ各国でタバコ禁止令。無駄なことを。
 オーストリアにおける宮廷儀礼。貴族の食卓でのふるまいは次の通り。「きちんとした服装」当然ですな。「飲み物を飲む前に、口ひげと口を拭う」ナプキンを使えと。「指をなめない」はぁ? 「皿に痰をはかない」なんですとぉ? 「テーブルクロスで鼻をかまない」いたのかっ! まあ昔は貴族といってもこんなもんだ。中世に比べれば進化してるよ。
 オックスフォードにイギリス初のコーヒーハウスできる。やー、1世紀あまりでイタリアからイギリスまで到達したねぇ。
 西ヨーロッパ各地で動物の血を使った輸血が行われる。それはアブナイー。
 イギリスの清教徒革命でクリスマスにはダンスなどのレクリエーション禁止。それどころか断食日。さらに恋人同士が並んで歩いたり座ったりするのも非難される。おいおい。まじで『清』教徒だな。そういえばむかし校則に「不純異性交遊は禁止」とあったので「どういうのが不純でないのか」と先生に質問したところ、「お前が今考えている事をやらない事だ」と返された。つまり相手の鼻水をちゅうちゅうとすするのは禁止かぁ。
 どうしてそれまで誰も思いつかなかったのか分からないが、フランス人のヴォーパン、銃身の先っちょに剣をとりつける事を考案。戦争はますます血なまぐさくなっていく。
 酒飲みにとってはコーヒーハウスよりも重大事件。この世紀のおしまいにフランス人ドン・ペリニョンがシャンパンづくりに成功する。
▼西アジア・アフリカ
 トルコにタバコが伝わる。なんでも「肺の病気に効果あり」とかでイギリス人が持ち込んだらしい。やれやれ。
 モーリシャス島のドードー鳥、食い尽くされる。まあ、あれだ、滅びる生き物というのは滅びるもんなんだよ。
▼内陸アジア・南アジア
 インドにタバコが伝わる。ポルトガル商人が持ち込んだのである。まあ、ヨーロッパ人が悪いのかもしれんが、受け入れる側も受け入れる側である。基本的に人間は悪癖に関しては実に積極的になるものなのだ。
 インドでタージ・マハル建造。世界で最も美しい墓の完成である。
▼中国・東南アジア
 中国の医学書によると、午前0時に全身の血液が心臓にいったんかえるのだが、起きているとそれができないので病気になるとか。えー、つまり、早寝早起きが健康の秘訣だと?
 清国。宦官を募集したところ2万人の応募。3千人採用のところを4千5百人に。そんなにちんちん切ってでも出世したいのかー。
 清国。紫禁城の声門の名称を天安門に。
 清国。遷海令を発布。どういうものかというと、沿岸住民を内陸に強制移住させ、航海も禁止するというもの。なんか騎馬民族の考え方の基本がここに見られる。
▼朝鮮・日本
 日本でもタバコが流行りはじめる。はいはい。もう好きにしてくれ。
 出雲の阿国、京都で歌舞伎踊りを公演。観客かぶりつきの大人気。アイドルの走りか。
 日本と朝鮮の間に通商協定。朝鮮からは人参、中国産の絹と絹織物、日本からは銀と銅がそれぞれ輸出される。
 伊勢参宮が流行する。
 この世紀に日本に、南瓜、西瓜、落花生、唐辛子などの作物が伝来する。食卓が豊かになるのはいいことだー。
 にごり酒に代わり清酒が醸造されるようになる。
▼アメリカ・オセアニア
 ケベックにフランスの交易植民地ができる。
 北アメリカのインディアンにヨーロッパ伝来の麻疹が流行して人口が激減する。
 ミツバチを見たアメリカインディアン曰く。「白人の蠅」
 白人の年季契約労働者に代わり、黒人奴隷を労働力として使用するようになる。

●からだとやまいの想念
 えー、相変わらず哲学は私の得意とするところではないのだが、樺山先生いわく、この時代の哲人デカルトが医学の発展において重要らしい。
 「我思う、故に我有り」……まあいわんとしてるところは分かるのだが、だからどうしたと言われればそれまでである。で、この考え方によって理性と身体を冷静に切り離して考える事によってどうなったかというと。
 悪い事をしたり、呪いがかけらりたりしたから病気になったりするのではなく、そういうのとは無関係に、からだはメカニズムだから「故障」することもあるし、それが病気だというのである。
 よって、この時代を境に魔女狩りといった考えもなくなっていくし、病気を客観的に調査し分析し対処方法を見つけだすようになった……のだそうだ。なんかこう詭弁くさい論理だなぁ。

●病気と社会
 1492年。アメリカ大陸にコロンブスが到達。
 まあ、当然の経過をたどって梅毒がアメリカからヨーロッパにもたらされる。
 そしてこれまた当然の経過をたどって1512年には日本にまで達する。その間、わずか20年。
 日野先生は「セックスに関して寛大な社会的風潮が」とか書かれているが、私に言わせると、これはもう、いつだろうがどこだろうが、絶対に、ぎゅんぎゅん広まったに違いないと思うね。

●踊り狂う集団
 15世紀〜17世紀、南イタリアで舞踏病という病気がはやった。
 当時、これはタラントゥラという毒蜘蛛にかまれた事によるものだと考えられていたが、当然ながらこれは間違いである。
 まあ、間違いだろうがなんだろうが、原因が分かっている方が人間気楽になれるというものなのだ。
 当時の南イタリアはスペイン支配下にあり、そのせいで社会的抑圧が爆発してどうのこうのらしいのだが、まあ魔女狩りとかで噴出するよりはいいかな。

●病を治すのは誰?
 モリエールの喜劇「病は気から」が随所に引用され、当時の医者を風刺するこの喜劇の愉快さと、ほとんど何もできなかった当時の医術についての解説がされている。
 そりゃま、ヒッポクラテスの古典をありがたく暗記しているようではまずいよな。
 また、外科は床屋ということで、医者が処置しないのもやはりまずい。
 しかしまずいのは医者も認識していたようで、この時代とかの解剖学や生理学から、現代医学が誕生するのである。

●内臓の風景
 すごいタイトルであるが、つまりは中国人の医者と医術に関する記事である。
 内経図というのが挿し絵としてあるのだが、これは本当に人体なのでしょうか? なんか水車を子供が足で踏んでいたり牛が鋤をひいていたり、火事があったり、女性が糸を紡いでいたり、赤ん坊が北斗七星を棒でつついていたりするのですが。
 そもそもどうやって描いたのかというと、「心が身内に居り、一体の象を存観すること」……透視? 透視か?! そりゃあまあ、こういう観念図にもなろうもんで。
 とにかくまあ、中国人は親からいただいた身体を切り刻む事にいじょーに恐怖感があったらしく、できることならまあ薬でという事なのだそうな。日本人の老人もやたらと薬をもらいたがるが、これはどちらかというと、戦後になってアメリカからやってきたペニシリンなんかの抗生物質やらDDTやらが劇的に効果を現したのがインプリンティングされてるからだろー。

07月23日

 今日帰る予定だった甥と姪がまだいる。
 なんでも雨が降ったから予定していたサッカーの試合がなくなり、出かけなくてもよくなったのだそうだ。
 そして築20年の我が家を粉砕する勢いで家の中で暴れ回る。そろそろリフォームの頃合いだろうかと考えてみたりしたり。
 頭金ぐらいの住宅財形は貯めてあるので、建て直すのもいいかも知れない。
 で、インターネットで「リフォーム」で検索すると……13万5千件ヒット。おっほー。
 適当に選んで読む。

『築20年近くとなると、見た目だけにとらわれず、今まで一度も手を入れなかった部分については、再度見直しが必要です。特に土台まわりの腐朽については、外壁のコーティング水切板、排水管からの水漏れ、およびコンクリート基礎の換気口がふさがれていないかを点検し、これらの原因を取り除くことが大切です』

 ははぁ、なるほどね。
 古い家というと今はもうなくなってしまったが、父方の祖父の家が古かった。何せ、私が幼い頃にはまだ鶏小屋もあって、朝ご飯に新鮮な卵を食べる事ができたくらいである。台所や風呂場は母屋とは別の場所に作られていたし、台所の中には炊事用の井戸もあった。
 そういう生活からわずかに二世代、三世代で、今や電化住宅とかバリアフリーとかそういう時代である。
 家具にしても昔は桐の箪笥が嫁入り道具だったのが今は家に作りつけである。
 そういえば、家を造り直すなら私の部屋は書斎用に改造せんといかんな。とりあえず壁は最低2面は本棚にして書籍を整理できるようにしないと。
 まあこういうのはあれこれと考える間が楽しいのである。
 何しろ一生に二度も三度もできるもんじゃないしな。

■本日の読書:『コンバットAtoZシリーズ6 図解・ソ連戦車軍団』文)斎木伸生/画)上田信
 今はもうないかつての大国、ソビエト連邦。
 その一つの絶頂とも言える、ドイツ帝国の挑戦を退けた『大祖国戦争』について、戦車軍団を中心に語られた本。
 まあ、正直なところ私にとっては知識の再確認であったが、なかなか面白い本であった。
 ソ連の戦車というと、圧倒的に有名なT−34のおかげで、他の戦闘車両についてはあまり知られていないが、この本は多砲塔戦車を始めとして、戦車開発におけるいろいろな試行錯誤の歴史も紹介されている。
 特にT−26系列はBTから始まりT−34で一つの完成を見る主力戦車の流れとはひと味違って興味深い物がある。
 個人的には、ソ連戦車の優秀さ(というか日本戦車の非力さ)が際だったノモンハン事変や、ドイツとの戦いに勝利したソ連戦車軍団による満州侵攻やその後の朝鮮戦争なんかを紹介してくれるとうれしかったのだが。
 まあ、あまり焦点がぼやけるのは良くないからこの本はこれでいいのだろう。
 それにしても、T−34も意外とちまちまと改良が続けられていたり作られた工場によって微妙に違ったり、他の戦車も試作してみたり、SU76などの自走砲も量産してみたりとソ連の兵器生産もてんやわんやであったのだなぁと考えてみる。
 そりゃあ、後知恵でよければソ連がドイツに結果的に勝利するのは分かっていたのだが、1943年にいたるまでソ連にしてみれば勝てるかどうか胃の痛い思いをしていただろうし、ドイツが次々と繰りだしてくる新型戦車や既存の戦車の改良型にびびったりもしただろう。
 そして勝てると自信のついた1944年以降になってくると、今度は戦後をにらんでどこまで領土を拡大できるかという問題もあったわけで。
 歴史の当事者というのはたいへんな物なのだ。

07月24日

 暴風のように我が家で暴れ回った甥と姪がいなくなり、家は静けさを取り戻す。
 夏休み中、またもう一回来るらしい。
 今日は、お昼にお婆ちゃんに連れられてプラネタリウムに行ったのだそうな。
 プラネタリウムが映し出す満天の星空を本当に見たのは、はて、何年前だったろうか。
 町ではさすがにああいう星は見られない。どこか旅に行きたくなるのはこういう時だ。

■本日の読書:『ホルスマスターXV 紅い雪の戦場』嬉野秋彦
 前の巻で一敗地に塗れ、生死不明となった主人公。
 当たり前ながらもちろん死んでなどおらず、謎の女性に救われて一連の事件の背景にある事情を説明してもらう。
 明かされる驚愕の事実っ……などではもちろんない。読者が想像していた範疇である。それにしても、このくらいはもっと前に教えてやっても良かったんじゃないかとも思うのだが、まあ、小説の作法だしな。コトが終わった後で事情が分かるのは。
 こうして、籠城戦を続ける町へ登場人物達が集まっていくのだが……後1冊だけ? ああ、なんかますます第一部完な雰囲気が強くなってきたぞ。

07月25日

 朝から雨。それもかなり強い。
 そして昼には晴れ。日差しも強い。
 このまま梅雨があけるのかどうなのか。
 それは分からぬがもう7月も終わりだしな。いいかげんに夏本番になってもいい頃合いだ。

■本日の読書:『クロノアイズ グランサー2』長谷川裕一
 『祝2003年日本SF大会 星雲賞受賞作!!』の帯も輝かしい、クロノアイズの最新作である。
 改変された歴史を少しでもよくしようというグランサー達の活躍やいかにという作品で、歴史の改変具合とアクションを楽しむ作品となっている。
 前の『クロノアイズ』シリーズが、少しずつ明らかにされていく謎を追っていく話であったのと比べて、SFの根幹である「センス・オブ・ワンダー」色はさすがに薄れてしまっている。
 つーか、やはりわしとしてはあのクロノアイズのぞくぞく感が懐かしいなぁ。アポロ計画の話なんか今読んでも泣ける。
 SFってやはりネタが勝負だと思うのだ。

07月26日

 町に出たついでに、田宮のJu−87G2「スツーカ」のプラモを買う。翼の下に37mm機関砲を搭載した、いわゆる『大砲鳥(カノンフォーゲル)』である。
 最高時速375km。当時の戦闘機の半分の速度しか出ないこの機体に求められたのはただ一つ。雲霞のごとく押し寄せるソ連戦車軍団を1両でも多く破壊するという、タンク・バスターとしての任務だった。
 いやー、私こういうとんがったデザインが大好きなのである。乗るコトになったパイロット達はたまったもんじゃなかっただろうが、これにやられたソ連戦車もまた多い。
 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐など、この不格好な機体でもって500両以上の地上車両を撃破しているのだ。世の中には理屈では考えられない出来事だってあるのだ。
 もちろん、外国にはもっとまっとうな機体はある。ソ連のIL2「シュトルモビク」やアメリカのP−47D「サンダーボルト」などの方が、そりゃあ優れていただろう。
 だが、ドイツにはこれしかなかった。
 だから、ルフトヴァッフェのパイロット達はこれを使った。
 そして散っていった。
 戦争は人類の持つ悪徳の中でも飛び抜けてタチが悪い。男にとっては妖艶な悪女のようなものだ。
 そして男は悪徳をせずにはいられない。それが妖艶な悪女と分かっていても、なお。

 いや、だからこそ──

 惹かれるのであろう。

07月27日

 我が友人に、まあ、人には言えないような環境で寝起きしている人間がいる。
 その部屋には、かつてゴキブリが大量に発生していた。
 理由は言うまでもあるまい。餌が豊富にあったからである。
 ゴキブリにとって天国であったその部屋に、新たな住人が来るようになった。
 蜘蛛である。
 ご存じのとおり、蜘蛛には巣をはる奴とそうでない奴がいて、この場合は後者である。
 そしてどちらの蜘蛛も捕食者である。
 蜘蛛の狙いは、そう、ゴキブリである。ゴキブリにとっては天敵が出現したと言えよう。
 ゴキブリは次々に蜘蛛の餌食になり、今度は蜘蛛が部屋を徘徊するようになった。
 好事魔多し。
 蜘蛛の天下と思われたその部屋に、最近、ネズミがうろちょろするようになったというのである。
 嗚呼、なんという事であらふか。
 ネズミは蜘蛛を食べるのである。ほ乳類の中でも最も人間社会に適応したネズミが相手では、さすがの蜘蛛も旗色が悪い。

 だが、これで終わりではない。

 ある日友人が、ベッドがわりにしているソファでうたた寝をしてふと目を覚ますと。

 部屋に侵入しようとした猫と目があったのである。

 その時は猫は退散したが、猫の狙いが何であるかは言うまでもなかろう。
 古来、猫はネズミを退治するために人によって飼われていたのだから。
 こうしてついに、食物連鎖はその頂点へと……待てよ。
 私はここでふと気がついた。
 忘れてはいないだろうか。この部屋の本来の住人を。
 そうだ。今度、くだんの友人宅を訪れた時。
 どんぶり飯を盛って、鍋をつつきながら私を迎える友人の、その鍋から。
 にょっきりと。

 肉球の生えた足が伸びていないと、どうして断言できようか。

07月28日

 夏本番。

 昨日の事であるが、私の所属するRPGサークルの定例会が行われた。
 そのころ私は何をしていたかというと、ジムでトレーニングをしていた。
 終わった後、エネルギーと蛋白質を補充するためにモスバーガーに行ったところ、サークルの面々が来ていたので少し話をした。
 出たばかりの『異能使い』とかプレイされていたそうである。
 現代はオカルト伝奇系が人気なのか、そういう作品が幾つもプレイされている。
 ダブルクロスはSFだとかいう人間もいるが、私のSF観によればああいうなんでもありな超能力はSFではないのである。いっておくがバビル2世や超人ロックはSFだぞ? なに、違いが分からんだと? 黄金の50年代からやり直せ。
 いや、SFとしてどうこうとRPGとしてどうこうはこれは別の問題であるので間違えないように。嘘だと思うなら、そこら辺を歩いている人に聞いてみるがいい。

「カウボーイ・ビバップは、アニメとしてはまあ良作だけど、SFとしてはねぇ……」

 などという意見が返って来るはずである。
 ちなみに私に言わせるとアニメとしてもかなりどうかと思っている。絵はきれいだけどね。絵だけは。
 話がずれた。『異能使い』であるが、PCは異能のために背負っているものが比較的小さいので、とっつきやすいというプレイヤーの話であった。でも一応は異能は隠さないといけないらしい。
 いっそデビルマン(漫画)の崩壊する人類社会のように、異能を持つ者は魔女狩りのような差別と裏切りに怯える世界だと愉快だと思うのは私だけだろうか。なに、プレイする人間がいないだと? いつから日本のゲーマーはそんなに軟弱になった。赤箱からやり直せ。

■本日の読書:『朝日百科世界の歴史84 子どもの発見』

●17世紀の世界あれこれ
▼アメリカ・オセアニア
 ドメニコ会士ディエゴ・デ・オヘーダ著『キリストのいさおし』。宗教劇詩だそうだが、『勲し』たぁまた、勇猛なタイトルである。もしかして、ラオウのようなキリスト(いや、この場合トキかアミバか?)が、ローマ兵士をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、という話じゃあるまいな。
 イギリスの清教徒が、くそめんどうな事に、アメリカに移住しやがる。
▼ヨーロッパ
 ドイツのグラウバー、染め物のために硫酸ナトリウム(Na2SO4)を製造。……とかなんとかやってるうちに、おや、火薬の原料の硝酸(HNO3)ができちゃいましたよ。
 ガリレオ裁判。それでも地球はぐるぐるー。
 ヴェルサイユ宮殿建設。ばらー。
 グリニッジ天文台設立。標準時間を決める。
 ルイ14世に仕えるヴォーパン、近代要塞を次々と建設。銃剣の発明といい、実にこー、合理的な親父であったのではないかと思われる。
 ニュートン、『プリンピキア』著。この人の「地球に引力があるなら、もしかしたらリンゴも地球を引っ張ってるのではないか」という発想は感服するしかない。
 ライプニッツ、微積分法を発表。
▼西アジア・アフリカ
 イスタンブルでブルー・モスクが完成。青タイルの美麗さによる俗称。
 イランのシーア派神学者モッラー・サドラー没。イスラームの思想を体系化した『四つの旅』などの著作がある。
▼南アジア・東南アジア
 インドネシアのイスラーム化完了。
 メコン川流域のランサン王国で仏教文化栄える。
▼中国
 『金瓶梅』出版。
 『封神演義』出版。
 他にもいろいろ出版されたらしいがよく知らぬ。
▼朝鮮・日本
 このころ、長崎で「踏み絵」はじまる。こう、底意地の悪いやり方だよなぁ。
 幕府、各地の高札場に倫理を説く『忠孝札』をかかげる。
 日本で建築、土木用工具書『大工規矩尺集』刊行。読みは「だいくきくしゃくしゅう」か?

●子どもは主役になったのか
 フランスの歴史学者アリエス曰く「子ども時代という概念が誕生するのは17世紀以降」だとか。
 いわゆる聖体拝領の儀式は7才だったのが、19世紀になると12〜14才へ。一方で、産業革命以後、子どもも大人と同様に労働者として搾取されていたのもこの時代。
 貧しい家では赤ん坊が捨てられ、それを養育する養育院が必要不可欠であった。しかしまあ、中世ではくびり殺していたわけで。まがりなりにも「捨てるあて」がある時代になったという事だろうか。

●手伝いと遊び
 絵画が並べられ、その描いた光景と説明がセットになっている。
 早春。果実の垣根仕立てを行う両親のかたわらで、5〜6才の子どもも枝をずるずる引きずっている。犬、そのへんを歩き回っている。
 春。羊の放牧で、羊番は少年が行う。弓術大会が行われ、子どももまねごとをしている光景が写本の余白に描かれる。
 夏。干し草作りや麦刈りで一年で一番忙しい時期。子どもも忙しい中で、でんぐり返しをしたりレスリングをしたりしている絵が。
 秋。土を耕し、種をまく。それをほじくる小鳥に石を投げて追いやるのは子どもの役目。捕まえた雀の足には紐をつけて遊ぶ。
 冬。屠殺される家畜。で、その膀胱袋は子どもの大事な遊び道具。
 真冬。凍った池や川の上で、橇滑りや独楽回し。

●孝は親のためならず
 中国では儒教的な思想、すなわち人の手になる教育、感化、文化が自然より上位に来る。
 また、現世的な思想が強く、キリスト教などのあの世や、仏教の輪廻転生は中国人には結局受け入れられなかった。
 人は魂=精神と魄=肉体があり、死ぬと魂は天に魄は地に。魂を返して魄返さずで、鬼となり、いわゆるゾンビ。いや、こういう話じゃなくて。
 ようするに、
 過去=祖先は祭祀して
 現在=父母は敬愛して
 未来=子孫を継嗣する
 というわけで、孝というのは親への孝行だけではなく、祖霊や子どもも含めるのだという。
 なお、一番インパクトがあったのは、20世紀に撮影された中国の下層街での写真である。天秤棒に、籠をぶら下げ、その中に赤子を入れて「子どもはいらんかね」と売り歩く老婆。うあ〜。洒落になってねぇ〜。

●家のためか子どものためか
 日本の育児書の歴史。
 まずもって愉快だったのが、徳川家康が息子秀忠の奥さんに「わしは長男の信康を気ままに育てたところ、わがままな子どもになってしまった。そうならんように、孫も長男はきっちりと、次男以降はその家臣として育てるように」と手紙を送っているところか。あんたは、子どもの時から人質生活で息の詰まる思いをしとったんが子育てに反映したんじゃろうねぇ。
 現在まで続く育児書のはしりが、江戸は元禄に医者の香月牛山著の『小児必用養育草(しょうにひつようそだてぐさ)』。赤ちゃんのとり上げ方、産湯、乳つけ、食事から早産や障害児、病気、その他の具体的で啓蒙的な内容になっている。ははー。
 ほっとしたのが掲載されている渡辺崋山の絵で、江戸時代の母子の姿。赤ん坊が裸で母親のふところに抱かれ、幼児が素足で母親の手をとっている。なんか原始的ながらもよい感じのスキンシップが見られる。

●ファッション人形から手遊び人形へ
 14〜15世紀にヨーロッパで人形が作られるようになる。これは何かというと、ファッション人形なのである。
 つまり、女性の最新流行のファッションを、女性が遠く異国まで旅して見せるのはたいへんだしというわけで、人形に精緻なファッションをさせて、送ったというのである。はー、なるほど。このタイプは19世紀にいたるまでヨーロッパの貴婦人の間で大切にされていた。
 その後、19世紀にもなるとモード雑誌がその役目を担うようになるが、一方で人形製作者たちは素材にビスクなどを使って人間のような肌合いを与える方法を考えたり……誰だ、今、美少女フィギュアのようだと思ったのは。
 いや、その通りなのだ。
 19世紀のビスクの人形の写真があるが、これはもう立派に美少女フィギュアといっても通用する。ちなみに、人形の頭部はドイツ製が多かったそうで、さすが職人気質。日本人とも通じるものがあるな。
 ちなみに人形のワンフェスなどの祭りに相当する最初が、第一回万国博覧会というのもなかなか洒落がきいていてよろしい。

●昔話の世界
 日本では、民話というのは第二次世界大戦後に使われるようになった用語だそうな。それまでは昔話(架空)か伝説(事実?)だったわけである。
 まずもって、昔話に必要なのは語り口である。ポイントは、簡潔・強調・反復。主人公の心理描写や周辺の風景の描写はとりあえず置いておく。森はつねに、大きな森、暗い森でいいのである。
 なお、昔話は3回の繰り返しを好む。ちなみに私もしばしば、この3回反復強調は利用させていただいている。
 人間は善い奴もいれば悪い奴もいる。悪い奴もひどいめにあうとは限らず、子ども達に現実の多様性を教えている。
 「かちかち山」では、元々、狸は婆さんを殺して婆汁にして爺さんに食わせている。とにかく、こういう残酷なのも昔話の特徴である。だが、その残酷性はホラー映画のような「この先を予測させてぞくぞくさせる」というのではない点に注意。乾いた感じの恐怖であり残酷さなのである。これらの残酷さが昔話に荒々しい生命力を与えていたという弓良久美子先生の意見には私も賛成である。
 「こぶとり爺さん」とか「三枚のお札」とかは、世界の他の地域でも同じような話がある。まあ人間の考える事なので、似たような話になるのもあるだろうが、一方で国をこえ海をこえて伝来した話もあるだろう。『今昔物語』にはインドや中国の説話も多く掲載されている。また、イスラームの「千夜一夜物語」などの説話が、広く世界に普及しているのも事実だそうな。

07月29日

 雨が降る。
 気分の方も陰鬱である。
 なんともかんとも。
 そういう日もある。

07月30日

 頭が痛い。
 最近、薬の量を減らしたせいだろうか。

 それはともかくダニアースを6缶まとめて焚く。
 なぜかというと甥と姪が帰った後、妹に怒られたからである。

「お兄ちゃん! 二人ともダニにかまれとるじゃん! どしとんね!」

 我が妹は、怒らせるととても怖いのである。
 前世はギリシア神話のヘラス女神にちがいない。
 というわけで素直に薫蒸する。もくもくもく。

■本日の読書:『銀河帝国の興亡1〜3』アイザック・アシモフ
 1万年以上の歴史を閲した銀河帝国が崩壊の途上にある事を予見したのは、一人の天才数学者だった。
 ハリ・セルダン。彼が築き上げた『心理歴史学(サイコ・ヒストリー)』は、個々の人間ではなく、何億、何十億という惑星の住人、そして何兆という銀河系の住人の動向を予測し、その未来を予見するというものであった。
 それによると、もはや銀河帝国の崩壊はいかなる方法をもってしても防ぐ事はできない。
 だが、3万年と予測される暗黒時代を1千年に縮める方法はあった。
 それは『ファウンデーション』。人類の知識を集約し、将来の銀河帝国の核を維持するという方法であった。
 ハリ・セルダンは二つのファウンデーションを、「銀河の反対の端」に作り上げた。
 そのうちの一つは、銀河の辺境の辺鄙な田舎の星テルミナスに作られた。彼らの目的は人類の知識をまとめた銀河百科大事典(エンサイクロピーディア・ギャラクティカ)を編纂する事だった。……表向きには。
 ファウンデーションの人々がせっせと百科事典を作っている間にも銀河帝国の凋落は続き、ついに銀河帝国と辺境のテルミナスの間の星々は銀河帝国から分離し、ファウンデーションは野蛮な星々の中に取り残されてしまう。
 そこで彼らは初めてファウンデーションの真の目的を知る。
 百科事典の編纂など実はどうでもよかったのだ!
 産業もなく、資源もない、孤立した星テルミナス。だが、それゆえにこそ、その星が取るべき「選択肢」は限られてくる。野蛮な星々に取り囲まれた時、テルミナスの取るべき方策は──そう、それは一つしかなかったのだ!
 こうして、『セルダン危機』と呼ばれる歴史の分岐点を一つ、また一つとクリアーしていく事によって、ファウンデーションは千年後の銀河帝国の母胎となり得る。そうなるように、セルダン達、心理歴史学者達があらかじめ計算していたのである。
 野蛮な星との最初の接触。
 そしてそれらの星を軍も何もないファウンデーションが支配下に置くための方策。
 銀河帝国の太守によって支援された星間国家との戦争。
 さらには、銀河帝国そのものとの対決。滅び行くとはいえ、いまだファウンデーションとは隔絶した勢力を誇っている銀河帝国。その最後の強力な皇帝と将軍による挑戦をも、ファウンデーションは退けたのである。
 すべては、心理歴史学の示す通りであった。
 だが、そこにハリ・セルダン自身も予見できなかった一つの変数が乱入する。
 『突然変異』──ミューテーション──によって生まれた一人の超人、ミュールの登場である。
 心理歴史学は、群衆を対象とした数学である。一人の人間の行動やその結果は、歴史の大渦の中に呑み込まれるという前提の元にあった。
 だが、ミュールは違った。彼は一人のミュータントであり、そしてそれゆえにこそ、セルダンの計画をひっくり返してしまったのである。
 かくしてファウンデーションは、ミュールに敗れる。
 だが、かつてセルダンは言った。「私は二つのファウンデーションを、いわば銀河の反対の端に作り上げた」と。
 1つのファウンデーション、百科事典を作るために銀河の知識を集約した、物理学者と技術者のファウンデーションはミュールの前に敗れた。
 だが、そうするともう1つのファウンデーションは──
 そう、それこそは──

 かくして。

 第二ファウンデーションを探索する試みが行われるようになるのは必然であった。
 最初はミュールによる探索が。
 そして次には第一ファウンデーション自身によって。
 セルダン計画は果たして実現するのか。
 そもそも、セルダンは何を計画していたのか。
 ミュールによる歴史の歪曲は修正され得るのか。

 そして、第二銀河帝国を支配するのは、はたしてどちらのファウンデーションなのか?

 すべての謎が、今明らかにされる!

 これで文庫3冊!
 いやもう、感心する他ない密度である。
 ちなみに今は『ファウンデーション』シリーズとか言って後付けされた作品とか、作者の違うそれとかは、全部無視すること。
 世の中、何がいかんといって蛇足ほど興を削ぐものはない。

07月31日

 蝉が鳴く。
 もう7月も終わりであるからそれはおかしくもない。こないだ甥と姪を連れて歩いていた時に脱皮した蝉の抜け殻を拾った事であるし。
 それにしても子どもというのはなぜにああも道に落ちている物に興味を示すのだろうか。道と視点との長さが関係するのかも知れない。
 蜻蛉が飛ぶ。
 やけに飛びまくる。蜻蛉がこれだけいるという事は、蜻蛉の餌が豊富にあるという事である。
 ちなみに蜻蛉は肉食である。嘘だと思うのならドナルド・モフィットの『第二創世記』を読むといい。しばらくは蜻蛉を見てびくびくできる。
 つまり、蚊とか蠅とかそういう小さな虫が多いのだろう。ああいうのはすぐ増えるからな。
 なお、我が家の庭であるがこないだ庭師のおじさんに夏向けに刈り込んでもらった。見晴らしもよくなって良い感じである。
 今日のなぜだろう?
 昨日読書報告をした『銀河帝国の興亡』3巻の表紙絵は、人の頭蓋骨の側面と、その上に描かれた赤い線による波形である。
 この波形が、脳波であれば、構図からいっても第三巻の内容からいっても何の不思議もないのであるが。
 私が大学時代に魚で測定した時の記憶によれば、これは心電図の波形なのである。
 かつて心臓は情動を司る場所とされた事もあったと思うが、今一つ釈然としない。

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