■銅大の読書万歳(9)
作品名:『火神を盗め』
著者名:山田正紀
出版社:文春文庫/株式会社文藝春秋
ISBN:4−16−728403−0

 インドが中国との国境近くに建設した原子力発電所『火神(アグニ)』。

 難攻不落とか鉄壁とかを越えて、ほとんどパラノイアの域に達しているアグニの
警備網に引っかかった中国の諜報員が射殺される場面から、この物語は始まる。

 そんな、その道のプロでも敵わないようなアグニに仕掛けられた謀略を不運にも
主人公である日本のサラリーマンが知ってしまう。

 もしも再びインドと中国が国境紛争を──1962年に一度やらかしている──
起こして中国軍がインドに侵攻したら、アグニを爆破させてあたり一帯を放射能汚
染させてしまおうというのだ。

 もちろん、こんな馬鹿な計画をインド政府がたてるはずもない。
 アグニ建設に力を貸したアメリカのCIA、それもごく一部の狂信的な連中の仕
業である。
 ここまでやるような連中が、謀略を知った日本のサラリーマンを放っておくはず
がない。謀略を『知ったかもしれない』というだけで、一緒に仕事をしていた同僚
は事故に見せかけて皆殺しにされてしまう。

 運良く助かった主人公は、決意する。

「アグニに潜入し、CIAが仕掛けた爆弾を除去するしかない」

 嫌がる会社を巻き込んで、主人公が編成したチームはというと──

 宴会でみせる芸だけがとりえの営業マン。
 英検1級合格ながら外人恐怖症で英語が喋れない経理課の万年係長。
 女好きで、女に騙され続けている社史編纂室の三枚目。

──なんかもう、ここまででダメダメな雰囲気が漂っているが、それも当然。
 会社は、この作戦を『失敗させるつもりで』できるだけ無能なメンバーを集めた
のだ。さらに、万が一にも生き残ったメンバーを処分させるためのお目付役として、
そういう会社の汚れ仕事を専門にする男を加えるという徹底ぶりである。

 この。どうにもならない逆境の中で。
 それでも、知恵と勇気を振り絞って難攻不落のアグニに挑む。
 何が男たちをここまで頑張らせるのか。

 メンバーの中で一番さえない中年の万年係長は言う。

「今度、私のところに子供が生まれることになりましてね……」
「この話を受けたのも、最初は、家を買うための頭金をつくることが目的だったん
ですよ。二間のアパートで子どもを育てるんじゃ、女房が可哀相だと思いましてね。
私は甲斐性なしだが、せめて子どもだけは、ちゃんとした一軒家で大きくしてやり
たい、と……そんな望みを持ったものですからね。
 ですが、皆さんと一緒にいるうちに、少し考えが変わりました。私が生まれてく
る子どものためにしてやれることは、何も家を買うだけがすべてじゃない。それよ
りも……父親たる私が、何事かを成し得る人間であり、ときにはそのために生命を
賭すのも辞さない男であることを証明してやるほうが、子どもには大切なんじゃな
いか、と……
 いや、子どものためだけにやるんじゃない。私に、この意気地のない私に、本当
に父親たる資格があるかどうか……そいつを自分自身に確かめてみたいんですよ」

 もはや、これに付け加えることは何もあるまい。
 男たちの『誇り』をかけた作戦は果たして成功するのか。
 本当に火神(アグニ)を盗むことはできるのか。

 そして、その結果は──
 ぜひ、ご自分の目で確認していただきたい。

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