■銅大の読書万歳(8) 作品名:『ウォッチャーズ 上・下』 著者名:ディーン・R・クーンツ 出版社:文春文庫/株式会社文藝春秋 ISBN:4−16−713613−9(上) クーンツといえば有名なベストセラー作家である。 SFファンとしては『人類狩り』あたりもお薦めしたいのだが、見あたらな いので、クーンツの作品中もっとも好きな『ウォッチャーズ』を扱うことにす る。 クーンツの作品には、ある定型的な様式がある。視点を主人公からだけ追う のではなく、複数の(特に主人公と敵対する側の)グループに分け、それをク ライマックスに向けてどんどんと盛り上げ、収束させていくのである。 盛り上げるために時間をずらしたり、内面描写を多用したりもしている。 これによって読者は善玉の描写には感情移入ができ、悪玉の描写には嫌悪感 と緊迫感を感じることができるという寸法である。 さて、それでは『ウォッチャーズ』の登場人物をグループ分けしてみよう。 主人公グループ トラヴィス(対テロリストチームにもいた元軍人:トラウマあり) ノーラ(絵画が趣味な女性:トラウマあり) アインシュタイン(逃亡した実験動物:原型は犬。賢く優しい) 悪役その1 ヴィンセント(殺し屋:性格はかなり破綻している) 悪役その2 〈アウトサイダー〉(逃亡した実験動物:原型はヒヒ。凶暴で狡猾) 追跡チーム レミュエル(国家安全保障局の支局長:アインシュタインと〈アウトサイダ ー〉を追う) ウォルト(郡保安官:レミュエルと共に〈アウトサイダー〉を追う) 他にもいろいろと登場人物はいるのだが、それは割愛する。 まず主人公グループであるが、物語はトラヴィスが山歩きをしているところ で犬(アインシュタイン)に出会う所から始まる。トラヴィスは親兄弟、戦友、 妻と次々に親しい人間の死を迎え、やる気をなくしたふぬけ状態であるが、犬 との交流で少しずつ自分を取り戻していく。 一方のノーラも強圧的な叔母の下で閉塞した生活をしていたが、叔母の死を 迎え途方に暮れているところを悪漢に襲われる。しかし、そこへ犬とトラヴィ スによる助けを受けて少しずつ心を開いていくようになる。 このように、主人公グループは「犬:アインシュタイン」を中心に結びつき を深めていく。この結びつきは下巻にかけてしだいに他のキャラクターも含め て広がっていく。 次にヴィンセントであるが、こちらはアインシュタインや〈アウトサイダー〉 の実験に関わった科学者を次々に殺害していく。 とにかくオープニングに近い最初の登場場面で人を殺しておいて、殺した相 手に「ありがとう、ありがとう、ドクター」などと感謝のキスをするという、 えげつなさである。しかもその後の登場シーンでも度々、妊婦を殺す──つま りその胎児も殺す──ことで自分は素晴らしい生命パワーを得られるなどと夢 想する。 もちろん、お分かりかと思うが後にトラヴィスとノーラは結婚して赤ん坊が ノーラのお腹にいる状況になるのである。読者としては気が気でならないわけ だ。 そして悪役扱いされるもう一方の〈アウトサイダー〉であるが、こちらは、 間接描写が中心である。つまり、襲われる側の視点で描くことで『何か分から ない物に襲われる恐怖』を読者が感じられるようにしてある。 しかしながら、一方で醜く凶暴で、誰からも忌み嫌われ、しかもその事を理 解する知性を与えられた実験動物の悲哀も描かれている。 ここでも直接描写──〈アウトサイダー〉自身の内面描写をしていない点が 作品のポイントである。追跡チームが〈アウトサイダー〉の遺留品から、その 心を推測する様式を用い、情感を高めている。 最後に追跡チーム、中でもレミュエル(レム)であるが、彼は全てを知る立 場にある。実験動物の計画や、その目的なども。 その上で、彼はきわめて善良な人間でもある。読者は彼のアインシュタイン 追跡が失敗することを主人公たちのためにも祈るしかないが、決して彼自身を 嫌うことはできない。このへんのジレンマも良い感じで緊張を高めてくれる。 また、善良で法を勝手に曲げたりしない人なので、殺し屋のヴィンセントや 〈アウトサイダー〉に遅れを取る展開にも納得がいく。 こうして、物語はアインシュタインと主人公たちにどんどん収束していき、 最後のクライマックス、そして余韻の残るさっぱりとしたエンディングへと向 かう。 気持ち良く読める逸品である。 銅大(あかがね だい)/週末ライター
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