■銅大の読書万歳(52) 作品名:東亰異聞 作者:小野不由美 出版:新潮文庫 ISBN4-10-124022-1 『その街は海底の泥の中から浮上した。』 本書は、この一文より始まる。そして、これが全てである。この一文にこそ、本 作の全てが凝集しているといってもいい。 舞台となるのは明治を迎えた帝都、東亰。 「東京=とうきょう」ではない。「東亰=とうけい」である。であるから、この 本は「とうけいいぶん」となる。このタイトルにもまた、実に色々な意味合いが込 められている。 この東京であって東京でない、東亰という不可思議な街が誕生して29年。 近頃、この町では怪しの出来事が頻発していた。 全身火だるまで姿を現し、人を高所から突き落とす火炎魔人。 夜道にて人を誘い、切り裂く闇御前。 だがしかし。文明開化のこの世において、そのような魔人、怪人が本当に跋扈す るものだろうか? 意味のない猟奇な事件と見せかけておいて、その裏には何かが 隠されているのではないか? 新聞記者の平河新太郎は、友人のよろずもめごと引き受け人の万造と一緒になっ てこの怪異の謎を探ろうとする。判じ手(探偵役)は万造で、新太郎は主にワトソ ン役である。 この二人、探偵役であるからにはもちろん、火炎魔人も闇御前も人のなせる技で あると確信している。それはそうだ。これが本当に魑魅魍魎のしわざであるのなら、 どんな怪奇であっても『そういう事なんだよ』で終わってしまう。 だが、人が起こした事件であれば違う。いかに怪奇に見えても、犯行には手段が あり、理由があり、目的がある。新太郎と万造はそれを追って帝都東亰を歩き回る。 そして見えてくるのは人の哀しみと同時に、闇の、本当の意味での怖さ。 瓦斯灯の明かりで追いやっているようにみえて、逆にその影に闇はくっきりと形 を残す。 そして、調査の中でもさらに発生してゆく火炎魔人と闇御前による凶行。 さらには名門、鷹司公爵家のお家騒動まで絡み、事件は解決の方向へと進むに従 い、より混迷の度合いを深めてゆく。 奇々怪々ながらも本当は単純であるはずの事件が。なぜ? そして、調査を続けてゆく二人の前に発生する怪異は、これは本当に人による物 なのだろうか? 疑問をはらみつつ。 物語は終幕を迎える。 桜の咲きみだれる上野公園にて、被害者の回向に人々が集う。 事件に関わった、すべての人が。 そして、判じ手の万造の手によって、事件の全貌が明らかにされる。 しかし、それは―――― こうして本作品を読み直してみると、小野不由美さんの文章には実に無駄がない。 一つ一つの文章が練りこまれ、洗練されている。 特に終盤のぐぅいーんと盛り上げていって、一気にずどどどーん、と大どんでん返 しをかけ、息つく暇もなくエンディングという流れはお見事、としか言いようがない。 この夏(当時8/8)の夜に相応しい、ちょっと怪異なお話を紹介してみた。
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