■銅大の読書万歳(50)
作品名:征途(1〜3)
作者:佐藤大輔
出版社:徳間書店
ISBN:4-19-155130-2
ISBN:4-19-155251-1
ISBN:4-19-850056-8

 もしも……だったら。

 この言葉に心ひかれる人は多いだろう。
 人間誰しも、過去において一度や二度はやり直したい出来事があるものだ。
 だが、現実においては決して過去のやり直しはできない。幾ら望んでも、人は時
間を操る術を持たない。そして、それゆえにこそ人の決断や行動には意味があると
も言える。失敗するかもしれない。だめかもしれない。その畏れを抱きつつも何か
を為そうとするからこそ、人は人たりえるのだ。

 などと女の子(あるいは男の子)にアタックして振られた友人を酒飲みながらな
ぐさめる時のような台詞はここまでにして。

 とにかくイヤな過去をチャイしたいというのは人間の根本的な欲求であろう。
 娯楽小説においてその代表例とも言えるのが最近はちょっと下火、というか埋み
火になった感のある架空戦記である。
 三国志で蜀を勝たせたい、本能寺で信長が死ななかった事にしたい、というまぁ
その気持ちは分からなくもないよな的なものから、長島巨人軍が自衛隊の装備を持
って戦国時代に行ってしまうなどという、脳味噌のどのへんをつついたらそういう
発想が飛び出すのか知りたい的なものまで、このジャンルには幅広い「もしも……
だったら」がある。

 その中でも格段に多いのがもうすぐ終戦(素直に敗戦といえよ)記念日である太
平洋戦争を何とかしたいというニーズである。しかし、これにはたいへん大きな問
題点がある。
 その問題点を一言で言うとこうだ。

「じゃあ、あんた。戦前の日本みたいな国が今も続いて欲しいのかよ? ああん?」

 こう言ってはなんだが、私ならごめんこうむる。軍隊が気に入らない内閣を潰し
たり、勝手に戦争を起こしておいて尻拭いを政府に押しつけたり、クーデターまが
いの事をやっておいて反省しなかったり、絶対に勝てそうにない国を仮想敵国にし
てやたら軍備を拡張して国家財政を左前にしたりする国に生まれたくはない。

 戦争によって被害を受けた人、亡くなった人(特に民間人)は気の毒だと思う。
 それでも、やはり日本はあの戦争で負けて正解だったのだ、と私は考える。

 だが、もしも……もしかすると……もっと違った『負け方』があったかも知れな
い。今回紹介する『征途』はそのちょっと違った負け方をした日本とその戦後史の
物語である。

 時代のズレはレイテ海戦から始まる。
 戦史に詳しくない方のために簡単に説明すると、この時、太平洋戦争はすでに末
期となっている。陸軍は南洋の島々ですりつぶされ、海軍は消耗しつくしている。
 レイテの攻防は、日本海軍が最後の一花を咲かせるために行った戦いで、戦略的
にはあまり意味はない。空っぽに近い(つまり飛行機をほとんど搭載していない)
空母部隊を囮にして戦艦部隊をフィリピンに上陸しようとしているアメリカ軍の輸
送船団に突っ込ませ、盛大にどんぱちをやらかそうというのである。

 驚くべきことに、この戦いは史実においてもそれなりに成功しかけた。まさか空
母が囮だとは思わなかった当時世界最強のアメリカ機動部隊はまんまと誘因され、
戦艦部隊はアメリカ軍の潜水艦や航空機の攻撃にボロボロに消耗しつつもレイテ湾
へと近づくことに成功した。
 しかしまあ、戦場における過誤というのは双方共にあるもので。戦艦部隊は途中
で引き返してしまう。ようするに日本海軍はこの戦いでもボロ負けしたのである。

 もしも……

 そう。戦艦部隊が引き返さなかったら。
 輸送船団を護衛するそれなりに強力なアメリカ艦隊を撃破できたなら。
 そして、上陸したてで無防備な輸送船団を洋上で撃滅する事ができたなら。

 その後の歴史はどのように変わっただろうか。

 水を差すようだが、一番ありえそうなのは「あまり変わらなかった」である。
 先ほども述べたようにレイテ海戦は戦略的にはさほど意味のある戦いではなかっ
た。上陸作戦を指揮していたマッカーサーが戦死したり空母機動部隊を指揮してい
たハルゼーの首が飛んだりする事はあったかも知れないが、日本が最終的に降伏す
るまでの流れに大きな影響があったとは考えにくい。

 だが、もしかすると……

 日本が降伏するまでの流れは数ヶ月ずれこんだかも知れない。ソ連は満州から北
朝鮮までを制圧するだけでなく、北海道にまでなだれ込んだかも知れない。そして
日本はドイツ、朝鮮のような分断国家になっていたかも知れない。

 だとすると、すべてが変わってくる。

 分断国家となった日本は戦後においても朝鮮戦争のような骨肉相食む戦乱を経験
することになったかも知れない。西ドイツが、そして韓国がそうであったようにそ
れなりの軍備を整え、第二次世界大戦の後にも行われた幾つかの戦争――ベトナム
戦争や湾岸戦争――にも参加していたかも知れない。

 そして、ソ連によって建国された『北』日本は……

 『征途』では、こうして積み重ねられた『もし』を元に、北と南に分かれた兄弟
の物語を軸として、もう一つの戦後日本史を描いていく。
 もちろん、娯楽作品であるから読者へのサービスも忘れてはいない。
 まず、太平洋戦争物の架空戦記につきものの大和であるが、沈んでいない。それ
どころか改装を重ねに重ね、最後はイージスシステムまで搭載して湾岸戦争などに
も現役で登場する始末である。
 次に、作者の好みがかなり入っているのだろうが歴史・SF作家が次々に登場す
る。
 ロバート・A・ハインラインは海軍軍人として出世して最後は駐日大使まで務め
るし、司馬遼太郎は「南」日本の自衛隊の幹部としてベトナム戦争で日本の派遣軍
を指揮する。矢野徹は戦車に乗っている。まぁ、この3人は元々軍人(あるいは予
備役)だから良いか。
 ジェイムズ・ティプトリー・Jrことアリス・シェルドンはCIAにいるし……
ああ、これもそういう仕事してた人だからいいのか……チャールズ・シェフィール
ドはNASAでX30(宇宙往還機)の開発チームを率いる、ジョージ・パーネル
は湾岸戦争に参加する、とまぁやりたい放題である。
 さらに、佐藤大輔氏の十八番であるアニメネタが随所で炸裂しているのだが、こ
ういうのは解説するだけ野暮というものであるから分かる人間だけ分かって楽しん
でもらえれば良いだろう。

 さて、ここまで読んで「現実と比べてもあまりいい戦後史じゃないな」と思われ
た方。おおむね、あなたの意見は正しい。分断国家というのは悲惨な物である。

 だが、一つだけ。たった一つだけであるが、この作品世界の日本は現実の我々が
手にできていない物を手にしているのである。

 宇宙を――そこへ行く手段を。

 それだけで、私などは「そっちの世界もまんざらじゃないよなー」なんて感じて
しまうのだから業が深い。


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