■銅大の読書万歳(44)
作品名:『かめくん』
著者名:北野勇作
出版社:徳間デュアル文庫
ISBN:4-19-905030-2

 今回紹介するのはかめくんの本である。
 とにかくかめくんの話を、かめくんの視点で、かめくんらしい語り口調で綴
った本である。
 内容にこれほどふさわしい題名もそうはないだろう。

 とはいえ、まだこの本を読んでいない方にとってはこれだけではさっぱり分
からないであろうから、無粋を承知でこの本の中身について幾ばくかを紹介し
てみよう。

 本作品は、かめくんが会社の寮を追い出されて新しい住処を探すところから
始まる。木造二階建ての古いアパートの管理人のお婆ちゃんは開口一番、こう
言う。

「なんだ、カメなのかい」

 この一言で、我々の持つ現実は脆くも崩壊する。いや、普通カメがアパート
を借りにきたらもうちょっと何かとんでもないリアクションが返ってくるもの
ではないか。それがこともあろうに「なんだ」である。

 以後、物語はかめくんの日常を延々と綴ってゆく。かめくんは職を探して仕
事をし、図書館で本を借り、猫を飼い、とひたすらごく普通の生活を続ける。

 普通でないのはかめくんがかめくんであることだけ。だが、当たり前だがか
めくんは自分がかめくんであることに疑問などあるわけもなく、そのかめくん
の視点で進む物語においては読者もそれに合わせざるをえない。
 そして、いつの間にか読者もかめくんが日常の風景として存在する世界に溶
け込んでしまうのである。町でかめくんと出会っても違和感を覚えない程に。

 しかし。

 やはりかめくんがいる日常は我々の日常とは少し違うのである。
 そのわずかな、だがある意味で実に重い世界の『違い』に、読者はやがて気
づいていく。

 なぜこの世界にかめくんがいるのか。
 かめくんはどこから来て、どこに行くのか。

 そして物語の最後、かめくんが日常より歩み去って行く時、読者は幾ばくか
の寂しさを感じることだろう。

 『かめくん』とは、そういう不思議なお話なのだ。


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