■銅大の読書万歳(33)
作品名:『世界戦史 歴史を動かした7つの戦い』
著者名:有坂純
出版社:学研M文庫
ISBN:4−05−901023−5

 かつて、TACTICSという雑誌があった。
 ホビージャパンという、プラモデル雑誌なども出している出版社から出てい
たその本は、この国で一時期小さなブームにもなったウォー・ゲームの雑誌だ
った。ウォー・ゲームの多くは史実を元に作られているから、歴史を知ること
はゲームに勝利するためにも重要だった。そして同様に、ウォー・ゲームをプ
レイすることで、歴史が――少なくとも戦史が――なぜ、あのような展開をた
どったのか、知る一助になったのも事実である。

 そして、そこにある記事が連載されていた。

 『新書英雄伝』

 その記事には歴史への冷静な分析と共に熱い情熱が伝わってくる名文の数々
があった。
 その筆者こそ、今回紹介する有坂純さんである。

 この『世界戦史』は歴史群像という雑誌に掲載されてきた有坂さんの文章が
一つにまとめられている。
 扱われている題材は次の7つ。

 1カイロネイアの戦い
	新興マケドニア全ギリシアを制覇

 2イッソスの戦い
	アレクサンドロス大帝国を出現させた一大決戦

 3カンナエ殲滅戦
	ハンニバルが演出した包囲戦の金字塔

 4アレシアの戦い
	カエサル「ガリア戦記」最大にして最後の死闘!

 5匈奴遠征記
	衛青、霍去病、長途漠北を征す

 6漢中争奪戦
	三国鼎立を生んだ劉備会心の戦い

 7襄樊包囲戦
	南宋の死命を制したフビライの大戦略

 いずれの戦いも、有坂節としか言いようのない淡々とした、それでいてふつ
ふつと滾るものがある文章で見事に描かれている。

 たとえば、3のカンナエ殲滅戦においては、まず二重包囲戦の定義から始ま
る。これが成功すれば敵軍を殲滅することができるという運動戦の極致である
と。だが、同時にそれがいかに困難であるかをナポレオンのアウステルリッツ
の戦いを例にあげて説明する。さらに、それだけでは足りないかのように文章
はこう続く。

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 また、これも忘れてはならないのは、自分と同じように、敵にも時間と頭脳
が与えられているということである。自分が孫子を読んでいるのなら、敵も読
んでいるのである。戦場は、彼我双方にとって平等に流動的であり、不分明な
のである。
 彼我の兵力差が圧倒的であれば、文字通りの「包囲殲滅」が現実となる公算
が高まるとも考えられようが、しかしそのような場合には、劣勢な敵はみすみ
す負けと分かっている野戦を拒否してさっさと逃げ出すか、堅固な要塞に拠る
か、それとも降伏してしまうであろう。
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 このように、焦らすだけ焦らしておいて有坂さんはさらにこう書く。

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 しかるにここに、二重包囲による殲滅がほぼ完璧に、理論通りに行われた一
つの例がある。それは歴史における二重包囲が試みられ達成された「最初の戦
例」であり、また同時に、規律も装備も士気も我と同等か上回るところの、ほ
ぼ二倍の兵力の敵に対して勝利を得た、まことに希有な戦いであった。ナポレ
オンでさえ、生涯において二倍の兵力差を覆したことはないのである。
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 ここまで。このぎりぎりのラインまで引っ張るのが有坂さんの文章の独特の
持ち味である。私など、全ての結末まで分かっていても身体が熱くなる。
 そして有坂さんは一気にばん、と手札をオープンにする。

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 破られた軍隊をローマ軍、破った指揮官をカルタゴのハンニバルという。時
は前216年8月2日。ところはイタリア南東のアプリア地方、アウフィドゥ
ス(現在のオファント)河畔のカンナエである。
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 かくして読者は、もう一気呵成に引きずられるまま、なぜこの戦いが始まっ
たのか、そもそもの戦争の原因となる衝突はなんだったのか、そして決戦にい
たるまでの歴史を旅することになる。

 これが1冊に7本もあるのである。
 私としては実にお買い得と言わざるをえない。

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