■銅大の読書万歳(21)
作品名:『日本国の逆襲』
著者名:小林恭二
出版社:新潮文庫/株式会社 新潮社
ISBN:4−10−147811−2

 前回紹介した『東京に暮らす 1928〜1936』とはうって変わって、こち
らはギャグというかコメディー中心の作品。
 つまり、笑いを取るための作品である。
 実のところ、小説で笑いを取るのはけっこう難しい。何が“笑える”かは、人に
よって大きく異なるからである。ある人にとっては抱腹絶倒な内容が、別の人にと
っては怒り心頭に達する内容である、というのは往々にしてある。

 たとえば、小説ではなく漫画であるが安永航一郎さんは、この夏に開かれた同人
誌即売会の同人誌の奥付に一コマ漫画を掲載してある。
 それは、7月25日に墜落した超音速旅客機コンコルドがエンジンから火を吹い
ているのを、通りかかった人が車中からカメラに収めた有名なアングルの絵で。
 その下にこう書かれていた。
『科学忍法火の鳥はたいへん危険ですから良い子は真似をしないでください』
 私はこれを読んで爆笑した。が、航空ファンの友人は顔をしかめて「ひどいのぉ」
と嫌悪を露わにした。実際、コンコルドの墜落は100人を超える死者を出した大
惨事である。関係者やコンコルドのファンが見たら激怒するだろう。
 ……その前に『科学忍法火の鳥』の元ネタを何割が知っているかが問題だが。

 このように、“笑わせる”のは一歩間違えると呆れられたりしらけたり、場合に
よっては怒らせたりしてしまう危険を常にはらんでいる。
 その点では今回紹介する『日本国の逆襲』も例外ではない。例えば冒頭を飾る短
編の『大相撲の滅亡』は、熱心な相撲ファンを怒らせるかも知れない描写がある。

 だが、それはもう覚悟の上というしかない。怒る人間は何を書かれたところで怒
るのである。後は、それ以外の人間をいかに笑わせるかが焦点となる。

 そしてこれがまた難しい。
 『大相撲の滅亡』では元プロ野球選手の江川卓投手をネタにした変化球で笑いを
とっている部分があるが、これを江川卓の経歴を知らない人(現在20代以下だと
知らない人の方が多いのではないかしらん)がこれを読んで笑えるかどうかは疑問
である。
 そこで作者はあの手この手を使って、いろいろなネタを振り、どこかで読者が引
っかかって笑ってくれるように祈るしかない。

 『大相撲の滅亡』では、まず恐竜ネタを振って──男の子で、子供の頃に図鑑で
恐竜を熱心にながめた経験のない人は少なかろう──相撲は“力士が太り過ぎで環
境に適応できなくなったから”滅亡したなどという珍説を出す。
 ここでは、冗談がましくなくいかにも大まじめにホラを吹くのがポイントである。
 噺家でもそうだが、こういう突拍子もない冗談話で作者が笑ってはいけない。
 あくまで真剣なふりを押し通すのである。

 続いて、先ほど上げた江川卓投手ネタを振って日本人にいまだ数多いプロ野球フ
ァンであれば分かるように大相撲風アレンジを加えて提供する。『空白の一日』を
もじった『空腹の一日』など、そのさいたるものである。

 そして最後に、相撲ファンであれば誰しも心のどこかでわだかまっている、相撲
独特のしきたりをネタにする。何しろタイトルが『大相撲の滅亡』である。相撲を
全く知らない人が読むとは思えない。

 まったく。
 ギャグとかコメディとかいった話は、ここまで努力して注意して、それでなおか
つ“笑え”ないと非難されたり無視されたりするのである。
 これに比べれば“泣かせ”とか“怒り”の感情の方がよっぽど操作しやすい。
 それでもなおギャグやコメディに雄々しく挑戦する人に私は賛辞を送りたい。

 なぜなら、“笑い”こそは霊長類に許された素晴らしい特権なのだから。

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