■銅大の読書万歳(17)
作品名:『航空宇宙軍史 火星鉄道一九』
著者名:谷甲州
出版社:ハヤカワ文庫/早川書房
ISBN:4−15−030272−3

 前回紹介した『マッカンドルー航宙記』が景気の良い陽性のホラ話であるとする
ならば、今回紹介する航空宇宙軍史シリーズはどことなく虚無感のただようタイプ
のSFである。

 シリーズタイトルでもある航空宇宙軍は、実を言うと「秘密結社」じゃないかと
思われるくらい謎の組織である。人類が本格的に宇宙へ飛び出すと同時に、あちこ
ちの星系へと探査船を送り出し他の知的生命体を発見しては艦隊を送り込み、制圧
していく。それも数世紀単位の計画に従って。
 何が彼らをそこまで駆り立てるのか?
 また、航空宇宙軍以外の人類組織は何をしているのか?
 実は、このあたりはシリーズを通して具体的に書かれていない。設定マニアであ
る私としてはかなり不満であるが、同時に個々の小説における細かな設定は十二分
に練ってある。

 例えば、本書のタイトルにもなっている『火星鉄道一九』は、地上を走るための
鉄道ではなく、軌道上に物資を打ち上げるためのリニア・カタパルトであるが、射
出時の軌道を示す概念図や平面図、縦断面図などの地図が掲載され、本文中でも細
かく具体的な数字が幾つもあげられている。人間が作る社会組織についてはだんま
りを決め込む谷甲州さんだが、物理や天文、工学的な面ではきわめて冗舌だ。

 そして、その華麗とは言い難い文体が、きわめてSF的に美しい描写を生み出す
場面も本書にはある。
 本書の『小惑星急行』の舞台は、航空宇宙軍が地球=月系中心の社会組織に反旗
を翻した木星、土星の外惑星連合と戦う、いわゆる“外惑星動乱”の一場面である。
 旧式の軍艦ばかりで構成された偵察艦隊が、敵の設置した爆雷攻撃によってボロ
ボロになりながら進んでいく様子が、軍艦の観測員である広瀬少尉の視点から描写
されている。
 自分たちが囮ではないか。敵艦隊の待ち伏せがあるのではないか。そういう不安
を抱きながら艦隊は進み続ける。
 そしてついには広瀬少尉の乗る軍艦も被弾し、艦長が戦死するなど大きな被害を
受ける。もはや満身創痍の艦隊の中で、広瀬少尉は自分のCRTを見つめ続ける。

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 赤外反応があった。
 ひとつではなかった。確認できただけでも一〇あまりの点で、かなり大きな赤外
線源が出現していた。距離は遠い。瞬間的な出現ではなかった。爆雷の爆散による
赤外反応では、これほど長くあらわれない。位置は、まさに敵のひそんでいるはず
の宙域だった。そして見守るうちに、赤外線波長は少しずつシフトをはじめた。
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 これこそ、小説でないとできない描写である。漫画や映画などの映像作品では、
広瀬少尉がCRTを見続けているだけで、何の盛り上がりもない。小説だから、S
Fだからこそできるクライマックスという物である。

 まぁ、少々、読者を選びすぎるきらいはあるが。

 だが、どこかで読んだような話ばかりが氾濫する中で、こうした『**だから』
できる描写や小説というのは、たいへん貴重だとも思うのである。


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