■銅大の読書万歳(15) 作品名:『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』上・下 著者名:塩野 七生 出版社:中公文庫/中央公論社 ISBN:4−12−201634−7/4−12−201635−5 ヴェネツィアという町がある。 現代人にとって、その地名は観光都市を意味する。 あるいは、シェイクスピア作品の『オセロ』や『ベニスの商人』を想起される方 もいるだろう。 そして、私のようにボード・ゲームを趣味としている方の中には、中世期を舞台 としたゲームにおいてかの国が経済大国として、しばしばイタリアや周辺諸勢力の 上に君臨する様を目の当たりにした経験を持つ人もあるだろう。 今回紹介する『海の都の物語』は、そのヴェネツィア共和国の誕生から滅亡まで を描いた歴史小説である。 なぜ、ヴェネツィア共和国という国は興ったのか? なぜ、ヴェネツィア共和国は栄えたのか? そして── なぜ、ヴェネツィア共和国は滅びたのか? 本書は豊富な史料を元に、それらを生き生きと、それでいて理路整然と語ってく れる。ローマ帝国が滅び行く中で葦に覆われた干潟に生まれ、塩と魚以外に産出す るものとてない地理的要因ゆえに交易を糧とし、香辛料などの中継貿易で栄え、そ してナポレオンのイタリア遠征と共に滅びたヴェネツィアという町の栄枯盛衰を。 そして、まったく畑違いではあるが。 私は本書を読んで「国の興亡って、生物の適者生存に似てるなー」と思ったので ある。 特筆すべきヒーローがいたわけではないヴェネツィア共和国。 その“みみっちい”、どちらかというと後ろ向きな誕生は、生物が生態系の隙間 を見つけたらすぐさま潜り込む様子を思わせる。フランク軍がやって来て、陸続き では勝てそうにないので海に浮かぶ潟(ラグーナ)に腰を据えたのだ。 まるで恐竜の足元でキーキー言いながら駆け回っていた我がご先祖様(ネズミ似) 方のようではないか。 ところがどっこい、歴史の歯車は何がどう幸いするか分からない。 なーんにもない潟。下手をするとすぐに水がよどみ町が沈む。人々は否が応でも 創意工夫をこらして町を造り運河を掘り、商売のために海に乗り出していかざるを 得なかった。 そう。彼らには海しか残されてなかったのだ。 そしてその『海しかない』という選択肢がせばまった瞬間、ヴェネツィアという 町の進化の方向性は決まったのだ。 機会主義と、そして効率優先という方向に。 機会があればなんだってしちゃう。第四次十字軍などまさしく「純情な十字軍の 皆さんを手玉にとって自分たちの商売に邪魔な国をぶっつぶす」行為に他ならない。 相手が同じキリスト教徒? それがどうした。こんないいチャンスは二度とない ぞ。せっかくだからクレタ島とっちゃれ。 いや。見事な物である。同時代の、そして後世の(キリスト教圏の)歴史家たち がブーブー文句をつけたくなるのがよく分かる。 だが、キリスト教に限らずどの宗教にものめり込む事のなかった我らが日本の人 である塩野さんにとっては、そういう宗教と政治を見事に分離させたヴェネツィア 共和国の行動は賞賛にこそ値すれ、非難には当たらない物と映る。私も同感である。 国家の行動でモラルをうんぬんするのはそれが『得』になる場合だけでよろしい。 しかし、世の中は損得勘定だけで動くわけではないからややこしい。 妬みや恨みや、そして名誉欲が世の中を動かすことだって多いのだ。 特に中世が終わりを見せはじめ、中央集権型の国家がヨーロッパの東西で誕生し 始めると、王の意向が歴史を動かすようになる。 そしてトルコやフランスなどの陸地型の国家は、交易相手としての『他者』を必 要としない。自分たちだけで完全に完結してしまえるのだ。ヴェネツィア共和国の ように絶対的に他者を必要とする海洋国家にとっては価値観が違う相手が歴史の主 役になってくる。 ヴェネツィアの衰退は、この時に決定した。 自然環境の変動によって、それまで栄えていた種が衰退するように。 衰退の中にあっても、ヴェネツィア共和国は持ち前の機会主義と効率優先の能力 を活用して滅亡を先延ばしにしていく。大航海時代を迎え、地中海が貿易の中心か ら少しずつ外れていっても。 だが、それはかつて彼らが捨てた“本土”への帰還という形を取る。工業そして 農業への傾斜。それは利益をもたらしはしたが、同時に彼らが潟に町を作る時に恐 れた“澱み”をヴェネツィアという国に注入していく。 それでもなお地中海を『我らが海』としていたヴェネツィア共和国に最後の王手 がかけられる。 東地中海の要衝、クレタ島へのトルコ侵攻である。 ヴェネツィア共和国は、まさに最後の力を振り絞ってこの戦いを戦い抜く。25 年におよんだクレタ攻防戦は、だが勝ったところでヴェネツィア共和国に何ら利益 をもたらすものではなかったはずである。 にも関わらず。 ヴェネツィア共和国は戦い続けた。あれほど損得勘定にうるさかった商人の国と は思えないほどに必死に。国力と人材のありったけを振り絞って。 この戦いに破れ、400年守り続けたクレタ島を失った時が、歴史の表舞台より 自分たちが消える時であるということが分かっていたかのように。 そしてついに。 クレタ島は陥落した。 塩野さんはこう記す。 ************************************* 各国の君主もローマの法王も、それまではヴェネツィアがトルコと講話を結ぶた びに、裏切り者、利益しか頭にない商人と口をきわめて非難したのに、今度ばかり は、誰一人、イスラムに屈したヴェネツィアを非難した者はいなかった。それどこ ろか、賞賛の声は高まるばかりであった。 しかし、クレタ攻防戦を終えた時のヴェネツィアは、以前は一度も経験したこと のなかった満身創痍の状態であったのである。得たのは名誉だけである。これが、 嫉妬もされず憎まれもせず、軽蔑さえもされなかった、一七世紀のヴェネツィア人 の得た唯一のものであった。 ************************************* このクレタ攻防戦を最後に、ヴェネツィアは歴史という舞台から退場していく。 ゆっくり、ゆっくりと。 後はもう、ピリオドを打つだけだった。 そしてアンティ・ヒーローの国であったヴェネツィア共和国は、一人のまだ若い 英雄によって歴史から消し去られる。 1797年。ナポレオンによるイタリア遠征である。
HomePageに戻る